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●『朝日』潰しに夢中: 原発再稼働や輸出を進めるアベ様には「制御を失った原発の実相」が見えていない

2014年09月15日 00時00分55秒 | Weblog


東京新聞の二つの記事【原発事故調書19人分公開 情報入らず誤認の連鎖】(http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2014091290070157.html)、
【事故教訓 安倍政権顧みず 再稼働推進 調書把握後も】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2014091202000157.html)と、
コラム【筆洗】(http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2014091202000143.html)。

 吉田調書報道のうち、職員の「命令違反の撤退」について『朝日』が記事を撤回し、謝罪した。この件で『朝日』が悪いのは自明だが、『朝日』潰しに夢中のアベ様のほくそ笑みが腹立たしいし、それに便乗しての『産経』や『読売』などのハシャギぶりが大変に不快。今後も、『産経』や『読売』が報じない原発批判・アベ様批判のしっかりとした記事に期待するし、『朝日』が「ベ様の犬HK」化しないことを切に祈る。

   『●『朝日新聞』が「アベ様の犬HK」化しないことを望む:
          相対的に「大変にマシな報道機関」はどこか?

 アベ様はこの吉田調書全文を見ているはずで、それでも原発推進・原発輸出をしようというのだから呆れる。東京新聞の記事で、それら調書の断片を見ただけでも恐怖を感じるのに、アベ様は調書の内容を理解できているのだろうか?
 「「我々のイメージは東日本壊滅ですよ」・・・・・・「がれきが吹っ飛んでくる中で、一人も死んでいない。私は仏様のおかげとしか思えないんです」。一流の技術者をしてそう言わしめる。それが、制御を失った原発の実相」・・・・・・『朝日』潰しや原発再稼働・輸出にばかり夢中なアベ様には「制御を失った原発の実相」「死と破滅が本当に紙一重で存在していた現実」が見えていない。

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http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2014091290070157.html

原発事故調書19人分公開 情報入らず誤認の連鎖
2014年9月12日 07時01分

 政府は十一日、東京電力福島第一原発事故をめぐり、政府事故調査・検証委員会が実施した故・吉田昌郎(まさお)元福島第一所長=二〇一三年七月死去=や菅直人元首相ら十九人への聴取記録(調書)を公開した。吉田氏は全電源喪失で原子炉の状況がほとんどつかめず、暴走する複数の炉への対応に翻弄(ほんろう)され、「絶望」と「焦り」に支配されていたと証言。官邸側でも、情報が入らず誤認の連鎖に陥っていた状況が浮かび上がった。

 原発は、弁の操作やポンプの駆動、情報の収集まで電気で制御されている。事故対応マニュアルも全てはスイッチ操作を前提にしている。調書は、電源を失えば何もできない原発のもろさを証明している。

 計器が次々と動かなくなり、吉田氏は原発の状況がつかめなくなった。一一年三月十一日のうちに重大事故に陥った1号機では、水位計を信じ、原子炉に水は十分あり、非常用冷却装置(IC)も動いていると誤認していた。

 炉心が溶融し、放射線量が上がってきても水位はあると考え、「おかしい」「何か変なことが起こっている」との認識しか持てなかった。

 複数の原子炉が並ぶ危うさも明確になった。

 翌日、1号機で水素爆発が起きると3号機用の注水ホースが吹き飛び、切迫する現場から貴重な時間を奪った。十四日には3号機が爆発。注水の必要が出た2号機の注水ホースが損傷し「TAFに行く(核燃料が露出する)前に水を入れたくてしょうがなかった」という吉田氏をさらに焦らせた。まさに負の連鎖だった。

 2号機への注水が遅れ、「本当に死んだと思った」というほどの危機に陥った。2号機はベント(排気)で格納容器内の圧力を下げようとしても、すぐに弁が閉まり、炉圧が高くて水も入らない。

 「このまま水が入らないでメルト(炉心溶融)して、完全に格納容器の圧力をぶち破って燃料が全部出ていってしまう」

 こうなると福島第一内は高い線量で作業はできなくなる。1、3号機の注水も止まり、各号機のプールにある使用済み核燃料も過熱していく。

 「放射能が2F(福島第二)まで行って、四プラント(基)も作業できなくなってしまう」

 菅首相(当時)の要請で原子力委員会の近藤駿介委員長(同)が試算した「最悪のシナリオ」そのものだった。十五日朝、2号機地下の圧力抑制室が損傷して圧力が抜け、注水を再開でき、最悪の状況は避けられた


官邸「全員撤退」信じ込む

 政府が公表した、政府事故調による菅直人首相(肩書はいずれも当時)らの聴取記録からは、東電からの情報不足も手伝った、官邸内の混乱ぶりが分かる。

 菅氏は福島第一原発1号機でベント(排気)が実施されないのにいらだち、事故発生翌日の三月十二日朝、福島第一原発をヘリで視察しようとした。枝野幸男官房長官は「政治的パフォーマンスとしてやるなら、むしろマイナス効果の方が大きい」と進言。細野豪志首相補佐官は反対のニュアンスは伝えたが「あの総理にスイッチが入った」として明確には反対しなかった。

 菅氏は「現地の責任者とちゃんと意思疎通したい。最終的な判断は私が背負う」と考え、飛び立った。

 後に細野氏は「ベントを遅らせたかもしれない」と自責の念にかられたというが、福島第一の吉田昌郎所長は「全く(影響が)ないですと聴取に答えた

 十四日夜に2号機が危機的な状況となり、東電が「全員撤退」との情報が官邸をかけめぐった。

 実際には残っていた吉田所長は聴取に「全員撤退して身を引くということは言っていない」と説明。「必要な人員を除きの部分を東電側が明言しなかったのが誤解の原因だった。

 枝野氏は東電の清水正孝社長との電話内容について「間違いなく全面撤退の趣旨だった。自信がある」と強調。海江田万里経済産業相も清水氏の言葉を「全員だと思った」という。

 細野氏は、吉田氏との電話で「これまで『大丈夫です。まだやれる』の返事だった人が、このときは弱気になっていたから、これは本当にだめかもしれない」と感じ、全員撤退だと信じ込んでいたという。


 <政府事故調の調書> 政府事故調は吉田元所長を含め計772人から聞き取りし、2012年7月に最終報告書をまとめた。聴取した記録(調書)は非公開とされてきたが、政府は今回公開に踏み切った。特に吉田氏の調書は全7編で構成され、A4判で約400ページに上る。聴取は11年7月から11月まで約30時間にわたり、吉田氏が指揮を執った原発内の免震重要棟内と、事故対応拠点「Jヴィレッジ」で実施した。

 <最悪のシナリオ> 福島第一で、使用済みも含め核燃料が次々と溶融した場合どうなるかを試算。横浜市の一部も含む250キロ圏まで避難地域が広がると予想している。このシナリオは今年5月に、福井地裁が関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の運転差し止めを命じる判決を出したときの重要な根拠として挙げられている。

(東京新聞)
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2014091202000157.html

事故教訓 安倍政権顧みず 再稼働推進 調書把握後も
2014年9月12日 朝刊

 政府が十一日に公表した当時の民主党政権幹部らの聴取記録(調書)には、混乱しながら福島第一原発事故の対応に追われる姿や、原発事故の恐ろしさがつづられていた安倍政権は調書の内容を把握しながら、教訓を忘れたかのように再稼働を進めようとしている。 (城島建治

 「どんな安全対策をやっても原発はリスクが大きい。日本の場合、首都圏を含む三分の一は住めなくなる」。当時首相だった民主党の菅直人氏は聴取にこう答えていた。調書には菅氏に限らず、事故対応に当たった民主党政権幹部の率直な思いが記録されていた。

 記者は当時、首相官邸で官房長官だった枝野幸男氏の取材を担当していた。事故直後、秘書官の一人が「原発内部で何が起きているのか、全く分からない。東京から撤退する外国要人が続出している」と漏らしたのを覚えている。民主党政権が二〇三〇年代に原発稼働ゼロを目指す方針を打ち出したのも、事故の恐ろしさを体験したからだ

 原発が抱えるリスクが大きく変わったとは思えないが、安倍政権は再稼働に前のめりだ。四月に閣議決定した中長期のエネルギー基本計画では、原発を「重要なベースロード電源」と、再び電力の安定供給の柱に位置付けた。脱原発依存を掲げた一二年の衆院選公約にも反していた。安倍晋三首相は規制基準を満たした原発は安全との前提に立ち、原発を次々と再稼働させる方針。海外にも積極的に輸出して、日本の経済成長につなげようとしている。

 菅義偉(すがよしひで)官房長官は十一日の記者会見でも「事故を教訓に世界で最も厳しい安全基準ができた。基準に合致すれば原発を稼働していく」と明言した。しかし「世界最高水準」の根拠は明確でなく、菅氏が言及した安全基準は実際は「規制基準」でしかない

 エネルギー基本計画でも「事故が起きた場合には国は関係法令に基づき、責任をもって対処する」と事故の可能性も想定している。
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2014091202000143.html

【コラム】
筆洗
2014年9月12日

 「もうこの時は死ぬと思いましたから…」「ここで何回目かに死んだと、ここで本当に死んだと思ったんです」「一番死に近かったのはここだった…死んでいましたね」▼政府がきのう公開した福島第一原発事故をめぐる吉田昌郎元所長の調書。吉田さんの証言からにじみ出るのは「死」である。燃料棒は完全に露出しているのに、冷やす水は入らない、入れられない▼「死ぬかと思った」という表現ではなく、吉田さんは「死ぬと思った」「死んでいた」と言い、「我々のイメージは東日本壊滅ですよ」とまで語っていた。その言葉遣いからは、死と破滅が本当に紙一重で存在していた現実が、三年半の時を隔てて迫ってくる▼だが、それは過去の話ではない。原発事故による避難住民は、なお十二万人余。長引く避難生活などで命を落とした「原発関連死者」は、少なくとも千百人を超え、この半年で七十人も増えているという。原発事故による「死」は現在進行形の悲劇だ▼調書で吉田さんは3号機の水素爆発のことも振り返っている。直後に四十人余が行方不明と聞き、事実なら「腹を切ろう」と思ったそうだが、幸い落命した人はいなかった▼「がれきが吹っ飛んでくる中で、一人も死んでいない。私は仏様のおかげとしか思えないんです」。一流の技術者をしてそう言わしめる。それが、制御を失った原発の実相である。
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