★チチカカ湖でまぐろを釣る★ En JAPON

ペルー・ボリビアから帰国しました。旅の模様を写真と一緒にアップしてます。
●◆最新更新日→2009年4月22日◆●

成長<後退

2008年12月29日 | 想うことあれこれ・・・日記


土曜日の午後、美味しいケーキとお茶でまったりカフェ。

帰国報告会用のパワーポイントを自分で作るのがメンドかったため、陶芸家隊員のケイくんをケーキとランチで買収し、作ってもらっています。その間、自分は他の仕事をこなす。




最近つくづく思うのは、協力隊に来てからの自分の中での変化について。

パッと考えただけで思い浮かぶのは


●わがままになった(優しく甘やかしてくれる人がたくさんいるので)
●気が利かなくなった(↑同上)
●人に頼るのが得意になった(↑同上)
●物事を深く考えないようになった(これはボリビアで生きる秘訣かと・・・)
●嘘がうまくなった(ケイくんにご指摘されました)
●前より楽観的になった(このご時世ですが、日本帰っても何とでもなると正直思ってます)


自分は、人間的に成長しているのか後退しているのかと問えば、後者なのかも・・・?!

最近はもう、日本帰るのが楽しみでもあり怖くもあり。

こんな自分を、日本社会は受け入れてくれるんでしょうか。


今27歳なので、30歳まで日本で働き、30~32歳までJICAボランティア調整員をどこかスペイン語圏でやってがっつりお金貯めようと目論んでいます。

人生まだまだこれからだし!

協力隊は、ほんの通過点。

楽観主義者な自分は、自分の未来にすごく大きく期待してるし希望を持ってる。
これからの人生のことを考えると、やっぱりワクワクするし。
なんていうかもー、そういうプラス思考なとこだけが取り得かもー。


・・・・そんなことを考えていた平和な土曜日の午後。

自分の脳みそが一番平和ボケしてんだってことに気づいたのがその10秒後。

う~ん・・・来年2009年のモットーは

『自分に危機感をもつ』で、キマリだな。







というわけで、パワーポイントよろしくケイくん☆

ボリビアで最後のクリスマス

2008年12月29日 | ボリビアの文化・食べ物・伝統など
(12月24日の日記)

ボリビアのクリスマスでのプレゼントは、ほぼ100%「子ども」のためにだけあると言っていい。

日本の、例えばカップルや家族や友人同士で交換、といった感じは無い。


この日は夜に、いつもお世話になっているペルー人家族の家に招待されていたので、夜に一緒に行く予定のペルー人の友達らに、お昼にプレゼントの買い物に付き合わされた。 

まるで年末のアメ横みたいな大・大・大混雑の市場。
「もっと前日に用意しとけ!」と言いたくなるような数のボリビア人。

こんな南米一の最貧国で・・・と言ったら失礼だけれど、それこそ日々大きな買い物も豪華な食事もしないであろう一般的な人々が、バカみたくでかくて高価なおもちゃや人形を買っていく。

自分は特に興味もなかったし早く帰りたかったので、そこらにあった30ボリビアーノス(450円)の魚つりおもちゃセットを購入。
一緒にいたペルー人の友人は、150ボリビアーノス(2300円位)もするしゃべる人形を購入。

その他にもいろいろ買ったりしてる友人に、こんな高価なものばかり買ってるこいつに勝手に腹が立ち、なんでこんな当日にあたふたしてんだとムカつき、お腹も減っていたので、自分はだんだんストレスがたまり、不機嫌だった。

「アコ、怒ってるの?」
という問いに

「怒ってないよ!(怒)」
と超無愛想な回答。

今思えばとっても心が狭いわたし。


夕方、どうせすぐには始まらないだろうと予想し、他の隊員仲間と時間を潰させてもらってから、「6時に来て」と言われていたところを夜10時にこのペルー人家族の家へ。

予想的中。パーティは始まっていなかったどころか、料理もまだ出来上がっていなかった。




プレゼントを前にはしゃぎまくりのモイラちゃん5才。


散々たわいもないおしゃべりをした後、0時ちょうど、今日の一番のクライマックスである、イエス誕生の再現シーン人形(ナシミエントという)の中に、イエスの赤ちゃん人形を載せる。そしてみんなでお祈り。




いつも親切にしてくれるエドガー家族。
日本に家族みんな3年間いたから、とっても親日的。




夜中1時に、七面鳥を喰らう。
有難いんだけど、胃がもたれるっつーの・・・。




夜中にそっとサンタクロースがプレゼントを枕元に・・・・というのは、アメリカや日本だけみたい。
ここボリビアでは夜中0時にビリビリとプレゼントが大公開される。
なので、ここボリビアではサンタクロースの影が薄い。




日中あんなにイライラしていた未熟者のワタシでしたが、アットホームな雰囲気に癒され、これでボリビア最後のクリスマスを無事終えることが出来たのでありました。

最後の最後まで、まったくと言っていいほど「クリスマス」の実感が全然なかった。

来年は、日本でホワイトクリスマスを過ごしてみたいな~☆

エボ・モラレス大統領と握手したヨ。

2008年12月29日 | ボリビアの文化・食べ物・伝統など
(12月18日の日記)


「青年海外協力隊」は、人によっていろんな見方があるにせよ、こんなに美味しいものは無いと思ってる。


・語学をタダで学べる
・海外経験を2年積める
・帰国したら積立金がたまってる
・国際協力の現場を肌で感じられる
・様々な人との出会い


最後の『様々な人との出会い』では、隊員の中だけでも、本当にいろんな〝その道のプロ〟と出会えるし、JICA内でも国際協力関係のプロに出会える。

日本出発前には、皇太子様と謁見する機会も与えられ、そして今回は、なんとボリビア大統領エボ・モラレスに合う機会を設けられた。

JICAボリビア30周年記念を評しての謁見。


当日は、隊員全員スーツで、朝7時に集合場所を出発し、大統領官邸へ。

大統領官邸内は、期待通り(笑)、まるでボリビアらしい陳腐な金箔を張詰めたような装飾で、一見豪華な似非ディズニーランドといったところ。

大統領に謁見する部屋の蝋燭立てまでもが曲がっていたり、常に「ボリビアらしさ」を見せ付けられる。

おまけに、肝心のエボ・モラレス大統領が1時間遅刻。

「昨夜ブラジルから帰ったばかりで・・・」と後々言い訳をしていたけれど、日本がナメられているのか、それともボリビア人としてのアイデンティティーと言っていいのか。あきれるばかり。


彼のモットーである「ノーネクタイ」の姿そのままに、足元にはNIKEのスニーカー、服も特にパッとせず(なんかちっこいバッチつけてた)、顔にはなんだか疲労が見え、申し訳ないくらい一国の大統領としての威厳というか『オーラ』が無かった。「バスの運転手」という表現がとてもぴったりくる。


彼は日本大使の言葉の最中に2度ほど鼻をかんで、とても真面目な表情で聞いていた。残念ながら、今の自分のスペイン語能力ではエボの話を全て理解することはできなかったけれど、「日本には感謝してる」とか「現在のボリビアにはまだまだ他国の協力が必要だ」みたいなことを、アメリカへの嫌味もちょっと織り交ぜながら話していた。


最後に全員で記念写真を撮るときには、エボと2度も握手することが出来た。

彼の手は、これまでしてきた労働の重さや苦労を思わせるようなずっしりとした感触で、なんだか忘れがたい手をしていたのを覚えてる。




今回、大統領官邸から隊員全員へ贈られたエボ本。




前に何かで読んだうろ覚えの記事。

このエボ大統領が、社会作りでもっとも基盤となるものは、

●盗むな
●嘘をつくな
●怠けるな

の3点だと主張していた。

一国の大統領が発する国作りの基盤が、こういった小学校の道徳の教科書に載っている内容でいいものかと思ったけれども、裏返して読めば「嘘をつき、人のものを盗んで、人の苦労の上で楽にのしあがろうとする」白人植民者たちの侵略や植民地支配で苦しみ続けた何百年もの歴史をもつボリビアならではこその考える社会的基盤なのだ。



エボ・モラレスには、国内国外で賛否両論様々だけれど、日本へ帰ってからも彼のこれからに注目していきたい。

編み物クラブ

2008年12月28日 | ボリビア日記
ボリビアに来て、出来るようになったこと・やるようになったこと、はいろいろあるけれど、『編み物』もその内のひとつ。


クリスマス前に編み物をしていると、「一体誰に?」的な視線を感じるものですが、あくまでも自分用を製作中。

最近では、ここラパスに「編み物倶楽部」が発足され(会員3人)、自分も主将なおちゃん姐さんちで編む日々。




自分が編み物をしている最中も、自称主婦隊員のなおちゃん姐さんは手作りエプロンで料理開始。包丁キラーン。




今日の献立は天ぷらとお赤飯なり~!(豪華でしょ?)
衣用の小麦粉も冷蔵庫で冷やすなど、主婦の知恵が垣間見れました。




標高3700mのここラパスでは圧力釜は必須アイテム。




小豆のホクホクした匂いって幸せの象徴かもしれない・・・。




ワタクシは『味見係り』という重大な仕事をこなした。
(そして味見と食事に夢中になり、肝心の出来上がり写真撮るの忘れた・・)



女27歳が二人集まると、話の内容も「如何にも」的なもので続く続く・・。
おしゃべりと編み物って、相性いいんです。
そんなこんなで、もう出来上がりまであと一歩。






わたしの超カワイイお花マフラー写真は次回に乞うご期待!

パブロン5秒前

2008年12月19日 | ボリビア日記
もう、どこもかしこもクリスマス一色なボリビア。

嗚呼、こういうとき隣国がインドだったら、速攻エスケープするのに。
ヒンドゥー教ばんざい。





イエスの赤ちゃんの人形に着せるお洋服まである


















今日は午前にボリビア大統領エボ・モラレスと謁見し(詳細はまた後日)、同期隊員のみんなと美味しい和食を食べ、友達と雨の中、標高4000mの市場へ行って大量のCDやDVDを買いまくり、そのおかげで一気に風邪気味・・。夜は友人らとクリスマスツリーを飾りました。


今年ほど心がワクワクしないクリスマスもない。


ツリーを飾りながら、「去年はここに愛犬まぐろがいたっけ・・・」と、顔で笑って心で号泣・・・。
ツリーを飾り終わってこんなにブルーになっている自分。
クリスマスってなんなんだ。


明日から旅行だっちゅーのに。
頭ズキズキ。喉も痛い。


もう、パブロン飲んで寝ます。






サンタクロースと一緒に。
こんな奴となんかより、自分は愛しのあの方と写真が撮りたい。










あの方






☆おまけ☆




ボリビアにもドラえもんがいました。
顔がつぶれていたり、四次元ポケットが既に破れはがれているのは、「ボリビアだから」、それだけです。

日本に帰りたくない

2008年12月18日 | ボリビア日記
(12月13日の日記)


念願のピアスの穴を開けるために、ラパス隊員である助産師なおちゃんの働く病院へ行ってきた。


朝8時半に待ち合わせだったのだけど、(予想通り)寝坊して間に合わなく、タクシーで向かう。自分が住んでるラパス市内よりも、さらにちょっと上のほう。




病院の看板

コタウマ・セントロ・デ・サルー
(訳すとコタウマ健康センター病院って感じかな)




病院の入り口



「協力隊」の鏡であるような彼女は、次々にやってくる妊婦さんたちの対応で、本当に忙しそう。ベンチで待っていると、なおちゃんがせかせかと前を通ったり、横切ったり。
分刻みでどんどんお客というか妊婦さんが来るのに、ドクターが一人、ボリビア人看護婦一人、そしてなおちゃん助産師一人の計3人。いかになおちゃんの存在がデカイかが伺える。




なおちゃんによる、ママさん向け母乳講座。
母乳のメリット、母乳の出し方、母乳の手入れなど。母乳尽くし。
これをスペイン語で説明。恐れ入ります。。。




赤ちゃんとのツーショットが似合う隊員ナンバーワン!
この写真、明治安田生命とかのCMに使えそう(笑)



ようやく混雑も収まったころ、なおちゃんの同僚ボリビア人の熟練看護婦ビッキーさんが、ピアスの穴開け処置をしてくれる。


ちなみに既に自分は左右合わせて4つ穴があって、今回は自分のラッキーナンバー(だと信じている)7個を目指して、右に1個、左に2個追加で開けてもらった。


右の1個目は、麻酔も特にせず直で穴開け用ピアスを挿す感じだったので、ハッキリ言って激痛

左の2個目、3個目は、麻酔の注射をプチっとさしてもらってからやってもらったおかげで、痛さも軽減。

ボリビアでは女の子が生まれるとその時にピアスを開ける習慣があって、この看護婦さんも慣れていたハズだったのに、やはり成人の耳は分厚いらしく、自分でも意外なほど時間がかかった。


でも、念願の7個ピアスが達成できて、嬉しさでいっぱい!
(どうしてラッキーナンバーが7かって、7月17日生まれだから、それだけです)




記念写真





この達成の喜びは、なおちゃんをはじめ、ビッキーさん、同期の友人らは「おめでとう!」と祝ってくれたにも関わらず、保守的で頭でっかちの料理人隊員(男・39歳位)からは「インドへ行け!」と言われ、さらに日本の母親からは、


「ショックで物が言えません。今これから日本に帰ろうとしてる人がやることだろうか!」

とメールが来た。

これから日本に帰るからその前にやったのであって、犯罪でもなくデキチャッタ結婚でもなく逃避行でもなく、ピアス7個で、なんでこんなに言われなきゃいかんのか。

さらに、アメリカに住む叔母からは「耳の形は胎児が母体の中にいるときの形に似ていてナンタラカンタラ」と言い出してきた。もうどうでもいい。



日本の我が家に帰ったらまたこのことをウダウダと言われるのかと思うと本当にうんざりだ。

ちゃんとお仕事を見つけ就職して、早く実家を出ようと固く決意した日だった。

ていうか、もう日本に帰りたくない。

ジャングルで己の小ささを知る

2008年12月17日 | こんなとこ旅しました日記
(12月1日の日記)

前回の日記の続き。
常夏サンタクルスにある、アンボロ国立公園という名のジャングルへ、同期隊員の女3人で行って参りました。














この木の中には空洞があって、、、




中から覗くとこんな感じ。秘密基地みたい。




蛇のたまごも発見。温かかった。



もともと自然や動物・昆虫が大好きな自分。
エコ・レンジャーや、インタープリターも、将来やりたい仕事のひとつ。


なのに


狂暴な蟻に噛まれ、巨大ゲジゲジに怯え、鬱蒼と生い茂るジャングルの森を歩くことに心地よさなんて感じられなかった自分。
自然には危険も満ちてていろんな面があるからこそ探検のしがいがあるってもんなのに。

「あれ、自然が大好きじゃなかったんだっけ?」と自問自答。




個人的にとても衝撃的だったこと。

それは、こんなジャングルに、なんと高地に住んでる先住民インディヘナの格好をした人が住んでいたということ。自分の住んでる高地ラパスで毎日のように目にする先住民アイマラ系の民族スカートや、アワヨといった布をこんなジャングルで目にするなんて。
しかも、確実に電気も水道もなければ、こんなジャングルの中で蚊や猛獣もいるというのに、どうやって暮らしているんだろう。



ここサンタクルス県は、国内最大の農業県であるというのは聞いていたから、たくさんの出稼ぎが来るだろうことは想像出来るし、耳にもしていた。

でも、聞くのと実際見るのとでは、衝撃が違うんだな。


なんでも、毎年、何万という人が、アンデス高地(自分の住んでるラパス、その他ポトシやオルロなど)から出稼ぎ労働者として来るみたい。

そしてさらにその多くの人々が、労働契約者の偽りの言葉に騙され、労働現場である農地での安全な水や、トイレ、教育や医療などへのアクセス環境がない環境で暮らさざるおえない状況を強いられるという。さらには、低地サンタクルスの人々から高地先住民系の人々に向けられる蔑視や差別・・。


お金を払って、ガイドを雇い、帽子かぶってちゃんとした靴を履き、そんな重装備な格好しながら、蟻やゲジゲジに怯えて、嗚呼、なんて自分は小さいんだろう。。





普段いつも食べているバナナが、どんな人々の手で、どんな道を辿り、どれだけの汗と共に、どんな複雑な思いを込められて運ばれてくるのか。


きれいに飾られたパフェに付いてるバナナにも、一体どんな道のりが、どんなドラマがあったのか。


世界の裏には知らなきゃいけないことがまだまだたくさんある。


スプライト

2008年12月16日 | こんなとこ旅しました日記
(11月30日の日記)

前回の日記に引き続き、ボリビア常夏サンタクルス地方にあるブエナ・ビスタ(素晴らしい眺めという意味)を訪れたときの様子を写真付きで。





「ブエナ・ビスタ=素晴らしい眺め」という名前の町だけあって、眼前には青々としたジャングルの樹海が美しい。
同じ樹海でも日本の青木ヶ原樹海のような鬱蒼としたイメージは皆無。




今回友人らと泊まったロッジの中庭。
虫の死骸が浮かびまくるプール




部屋はきれい。クーラーもある。
でもカエルもいる。





この町を散策。ブエナ・ビスタの町は美しい。




教会も美しい。




教会内に侵入





すごい歴史がありそうな銀の宝の数々も展示。





道を歩けば無数に落ちまくってるマンゴーが。




それを撮影する日本人女子




たくさん。こんな光景、日本人としてはうらやましい。
てかこの写真撮った直後に蟻に刺された。






ジャングルに沈む夕日を眺めながら飲むために買ったスプライトは、なんと『水』だった。店の女主人に騙された。ボリビアを心底嫌いになった瞬間だった。
左は、満たされなかった喉の渇きを癒すために買ったコーラ。くやしすぎる。



なんかカビみたいのが浮いた水の入ったスプライトを前に、「てか飲んじゃったし!」「あの店のババア!まじムカつく!」とかギャーギャー女3人でわめいていたら、肝心の夕日は既に暮れかけていた。


汚水の入ったスプライトを公然と売るような人間がいる国。

それがボリビアです。


ボリビアコーヒーの真実

2008年12月14日 | こんなとこ旅しました日記
(11月30日の日記)


DELE(スペイン語試験)を受けに行ったついでに、ボリビアの常夏サンタクルスを隊員友達と旅行してきました。

サンタクルスからほど近い、BUENA VISTA(ブエナ・ビスタ)という小さな町へ。
BUENA VISTA=素晴らしい眺め、とはよく言ったもので、町も眺めも本当に綺麗だった。
(そんな町を一瞬にして大嫌いになったその詳細はこの次のブログ日記にて)


この町はコーヒーの産地。
てことで、女4人、コーヒー工場見学へ。






ボリビアは、年間生産量10万袋前後で、世界で生産される量の0.1%にも満たないほど、希少なコーヒーの産地なんだそう。

個人的にコーヒーはそんなに好きでもないし、一生飲まなくてもやっていけるほどなんだけど、そんなコーヒー味おんちの自分でも、市場や安い一般的な食堂で出てくるボリビアのコーヒーのまずさは「如何なものか」と思っていたので、この工場見学には興味津々だった。


ボリビア・コーヒーに自分が抱くイメージ

●味わいゼロ
●香りゼロ
●満足感ゼロ。むしろ喪失感満杯。

(もちろん外人が通うようなカフェは例外)





ガイドのお兄さんが丁寧に説明。
・・・が、スペイン語能力が日々低下している自分に理解できたのは6割弱。。。。

以下、写真を見ながらテキトーにコーヒーができるまでの過程を「推測」してみてください




にゃんたらかんたら




コーヒー豆の木の葉っぱはこんなにも瑞々しい。
観葉植物に一個欲しい。




くろい




しろい




スタバのマークを発見!
もとスタバ嬢のノン姐さんの鼓動が早まる!




なんの機械なんだろう。




コーヒーが出来るまでの過程を知りたくて居ても立ってもいられない方は、この写真を拡大にしてスペイン語を訳してみてください。




コーヒー豆を入れるかわいい袋。









ボリビアの廉価でまずいコーヒーは、砂糖や殻やクズと一緒に煎っているという事実をガイドによって教えられる。
どこまでもダメな国なのかもしれないと悟った瞬間。




コーヒーの美味しい淹れ方から歴史までもレクチャー。
まー自分としてはコーヒーよりチャイの作り方を知りたいとこですけども。




・・・こうやってコーヒーは出来るのでした。


いかがでしたか。
コーヒーって、いろんな過程を経て我々の食卓へ運ばれるのですね。


ちなみに、ここ、ブエナ・ビスタで生産されるコーヒーは、どんなに頑張っても味も質も二流以下で、「最高レベル」には登りつめることが一生ない運命なんだそう。

嗚呼、これがボリビア。

コーヒーにまで、ボリビアの哀愁漂う人生観が漂っていました。


雑記日記

2008年12月10日 | ボリビア日記
今日(9日)のわたし



日付変わって夜中2時に帰宅。
友人の職場のパーティに誘われ、5分だけいるつもりが3時間の滞在に。

ボリビア人だらけの場に現われたアジア女子に向けられる好奇の目。
もう慣れたとは言え、日本代表友好大使として、仮に目の前のデブサイクおやじの踊るジャニーズみたいな踊りがクソであっても「じょうずですね!ケ・ビエ~~~~~~ン!」。



酔っ払いの会話に国境はない。


「上司~~~、俺、ほんとマジで上司のこと尊敬してるんですって!」
「ばかやろう!仕事以外で上司上司呼ぶんじゃねえよ」
「そんなああ~~~、上司いいい、俺、上司に人生で会えて、ほんと幸運だったって思うんスよ!」

(↑全てスペイン語。双方、涙流しながらの会話)



帰宅後は泥のように眠りこけ、昼12時に起床。
寝坊が得意の自分だけども、やっぱ昼12時起床の時点で既に自己嫌悪な一日のスタート。

お昼ごはんを、「牛」専門家のケイコちゃんと食べた。
彼女は、肝も皮も筋も、骨までピカピカになるまで肉を食べる。
もし来世、自分が食用牛になったら、彼女の前に提供されたい。

食後、ケイコちゃんとベッドでごろごろしながら「ビバリーヒルズ高校白書」スペイン語版を見た。
全く話についていけず。「大草原の小さな家」が見たいなあ。



夕方、我が家の大掃除大会。
どんどん綺麗になる我が家。
どんどん帰国が近づいているという実感。


突然だけど、覚書!

今週中にやること

●最終報告書(日本語とスペイン語)
●帰国報告会の書類提出
●帰国報告会用パワーポイントをケイくんにやってもらう
●日本の親戚にお年賀がてらハガキ出す
●スーツケース一個日本に送る
●ピアスを3個開ける



夜、陶芸家ケイくんと芸術家あゆみちゃんの展示会オープニングパーティへ行く。

たくさんご飯食べれると思ったら、つまみ程度。
料理隊員のジョーに文句を言ったら「うるせえ」と言われた。

みんなとたくさんおしゃべり。すーごく楽しかった☆
肝心の絵と陶芸の鑑賞を忘れてたので、また次回じっくり。

でも、ちょっと垣間見た絵と陶芸は、なかなかステキなもので、「創る」ってことで自己表現できる人がうらやましかったり。


夜11時半、なおちゃん、さとし、ケイコちゃん、タクさん、ハビエルと一緒にハンバーガーを買いながら帰宅。

ハンバーガー屋さんの隣が売春宿(赤やらピンクやらのライト)だったらしく、興味津々の我らは、売り込みオヤジがすぐ隣にいたくせに、ハビエルもいたから全てスペイン語でおしゃべり。
「今入っていった女の人、ちょーデブだったよ!」とか。

日本語で話せばよかったかもー。



そんなこんなで一日がおわってしまいました。


ボリビア・ラパスの街は、もうクリスマス一色です。



愛犬まぐろのいないクリスマスなんか、一体どう楽しめっていうんだ。


早く来い来い、おしょおがつ。




まぐろと一緒にツリーを飾った去年のあの頃。





クリスマスなんか、クリスマスなんか、クリスマスなんか。。。。






まとも人間になりたい

2008年12月09日 | 想うことあれこれ・・・日記








こないだサンタクルスでみんなと食べたメキシコ料理!
(本文とは全く関係アリマセン。)




大学卒業後の自分の来た道。

インド人社長の怪しいエスニック雑貨のお店で店長として半年働き、その後ネパールで小学校の先生して、次にメキシコとグアテマラを一人旅して、そして今、南米ボリビアで協力隊。


考えてみると(考えるまでもなく)、大学終わってから、まともに〝社会人〟をしたことが無い。。。


むかし、「あこちゃんも社会人は絶対するべきよ~~~~」と隊員友達に言われたことがあったけれど、大体「社会人は絶対するべき」と強要してくる人に限ってまともじゃない大人だったり良い社会人時代を過ごしていそうにも見えなかったから、とくに気にしてもなかった。
(逆に「したらいいんじゃない?」くらいの余裕ある言葉をかけてくれる人はなんか良い)



最近、「帰国後(まともに)働く」という概念が頭に染み付くようになってきた。


社会の一員として、世のため人のために貢献し、自分の生きるためのお金は自分で稼ぐ!・・・・って、なんかカッコィー☆


そんなわけで、最近はJICAの職員の方にいろいろ相談してみたり、ネットでもいろいろ検索してみたり、頭ン中で想像を膨らませてみたり・・・・。


願わくば、この想いが一時で終わりませんように・・・・(汗)


ボリビアでのお仕事終わりっ!

2008年12月08日 | 協力隊としてのお仕事日記
11月26日が、施設で働く最後の日だった。

この日は、染色した羊毛を使ってフェルト玉を作り、ビーズをつけたり重ねたりして、それぞれオリジナルのキーホルダーを作成☆


















自分の希望で、もう来年からは来ないってことは、子どもに伝えてない。



これまで子どもたちと一緒にやってきたいろんなアクティビティーのどれか一つでも、子どもたちの心に残ってくれればいいな。


特に大きなイベントもしてこなかったし、日々平穏にクラスをこなしていたけれど、いつも「アコーーー!!!!」と子どもたちが出迎えてくれて、「今日は何をするの?!」と毎回のクラスを楽しみにしていてくれてたのが嬉しかったです。


これまで、ネパールやタイやラオス、そして日本の小学校の子どもたちとも触れ合ってきたけれど、基本的に、どの国の子もみんな一緒。遊んだりじゃれたり笑い転げる姿に国境は無かった。

違いがあるとすれば、その子のもつ家庭環境や貧困の差など。。。



ボリビアの自分の生徒たちに、これから明るい未来が待っていますように。



またいつか会えるかな・・?








子どもとユーカリの木を植えました

2008年12月08日 | 協力隊としてのお仕事日記
(12月6日の日記)



協力隊2年間の仕事の最後の締めとして、『ラパス市内のゴミ埋立地見学と植林ツアー』をやってきました。

これは、JICAの奨学金を使って日本で環境について学んできたボリビア人が、その経験と知識をボリビアに還元する、という意味も込められた(たぶん)企画で、幸運にも、わたしの施設の子どもたちを招待してくれたのでした☆



当日は、朝8時に施設に集合!・・・・のハズが、お決まりのごとく、その時点で半分も集まってなかった。。。



バスの中。右上にいる手で掲げられているのはぬいぐるみではなく、子犬。




普段学校でも遠足といったイベントも特にないらしく、みんな遠足気分でうきうき。
本日の参加者・・・子ども28人、先生2人、犬2匹。




たぶん生後一ヶ月とかなのに連れてこられちゃった可愛そうな子犬。




JICA奨学金研修生によって、ラパス市内のゴミ埋立地の様子の説明を受ける




ここボリビア・ラパス市では、ゴミは全く分別などされずに収集され、埋め立てられます。




埋立地だけあって、ちょっと臭い・・。
みんなヨロヨロ・・・




屋内にて、いろんな写真と一緒に、日本とボリビアのゴミ収集や処理の違いの説明を受ける子どもたち。

(ゴミの山にたたずむどこかの国の子どもの写真を見せながら)

ボリビア人研修員・・「みんな!こんなふうになりたいかい?!」
子どもたち・・・「NOOOOOOOOO!!!!!!!!!!!」(←悲鳴に近い)

・・・って脅してどうする!(笑)





最後は別の場所にバスで移動して、植林大会!
どんなふうに植えるのかの説明を聞く子どもたち




ひとり一本のユーカリの苗を、丁寧に植えました!




子どもたちと記念集合写真☆(右から2番目が自分。その左上に子犬がいるのに注目)



ラパス市の環境についても学べ、ユーカリの木もこの大地に植えることができて、とっても有意義な一日。

子どもたちを誘ってくれたJICAの皆様に感謝!


自分の2年間の最後の仕事締めとして、満足な一日だった。

もう悔いはないっす。

晴れ晴れと日本へ帰ります☆



帰国まで残り一ヶ月前の日曜日

2008年12月08日 | ボリビア日記
にちようび。

朝11時に目が覚める。
急いでシャワー。

今日は、いつもお世話にになっていたスペイン語の先生イルセが、自分も含めて隊員4人を昼食に招待してくれた。




「チャイロ」という名のスープ。
一年前は嫌いだったのに今では大好き。




メインはマスをカリッと焼いたものと、アンデスとうもろこし。
ボリビア料理は素材自体が美味しい☆


お腹も満足になって、イルセと隊員仲間とも昼下がりのおしゃべりして、あー、なんて平和なにちようび。





午後夕方からは、フェリアに隊員友達が出店していると聞き、ペルー人の友達と一緒に行ってきた。
フェリアの内容は、ボリビアのアクセサリーとお土産物。




会場内の様子




アンデス色の濃い、可愛いお土産物が並ぶ




全部手作りの、ボリビア各地のダンス衣装を着た人形たち!
もっと安かったら買ったのにいいいいいい。




隊員友達のシローが出店しているブースにて☆
思わず一個、お香立てを買ってしまいました。。。




なぜかダンスもフェリア内で披露されていた。
これは自分が大好きなダンスのチャカレラ。




アンデスの踊りといったらティンク?
ステキな踊りだけど、腰まげて踊るとこが、踊りたい欲をそそらない。



そんなこんなで、夜8時過ぎまでこのフェリアでぶらぶらと楽しいひと時を過ごしたのでありました。




家帰ってカレンダー見たら、あれ、今日って12月7日じゃん!

来月の1月7日は、ボリビア最後の夜。


一ヵ月後の今夜、いったいどんな思いを抱いているのかな。。。


残り一ヶ月、ついにカウントダウン、スタートなり。