「もう秋かあ・・」って秋風に吹かれつつ感傷に浸りたいとこだけど、ここボリビアは春から夏へと季節は移っていくところで、日中は暑い。感傷に浸るよう雰囲気はまるで無い。
てか、大雑把にいうと「乾季」と「雨季」の二つくらいしか日々あまり実感しないから、「花の匂いの香る春」とか「うだる様な真夏」とか「芯まで冷える冬」とかいった、そういう四季の感覚は正直はっきりとしたもんが無い。
日本人の和歌や短歌や文学に見られる繊細な感覚は、こういった豊かな四季の産物である、とここへきてよく思う。
今日の子ども施設でのお仕事は、先生たちに「クリスマスの折り紙を教えて!」と頼まれていたので、『星』と『サンタの帽子』を作った。本当はもっと作る予定だったのだけど、20人相手に1時間半だとこれが限界・・。
まーみんな楽しそうにやってくれてたからあっこも満足☆
夜には例の「きぬこ」が我が家に来て、あこの作ったリゾットをまぐろと戦いながら食べていた。
きぬことまぐろはどうやら相性が良い。
まぐろが、「同レベル」として彼女を見ているからなのだろうか。
いつも2人は楽しそうである。
てか、大雑把にいうと「乾季」と「雨季」の二つくらいしか日々あまり実感しないから、「花の匂いの香る春」とか「うだる様な真夏」とか「芯まで冷える冬」とかいった、そういう四季の感覚は正直はっきりとしたもんが無い。
日本人の和歌や短歌や文学に見られる繊細な感覚は、こういった豊かな四季の産物である、とここへきてよく思う。
今日の子ども施設でのお仕事は、先生たちに「クリスマスの折り紙を教えて!」と頼まれていたので、『星』と『サンタの帽子』を作った。本当はもっと作る予定だったのだけど、20人相手に1時間半だとこれが限界・・。
まーみんな楽しそうにやってくれてたからあっこも満足☆
夜には例の「きぬこ」が我が家に来て、あこの作ったリゾットをまぐろと戦いながら食べていた。
きぬことまぐろはどうやら相性が良い。
まぐろが、「同レベル」として彼女を見ているからなのだろうか。
いつも2人は楽しそうである。