はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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説教将軍 8 注・おばか企画

2018年06月29日 09時58分44秒 | 説教将軍
おばか企画・プリンの宿題

孔明の若き主簿である胡偉度の屋敷は、手狭ながらも、あちこちに外敵を防ぐための仕掛けがほどされている。
それは、彼の前身に深くつながりのあるところなのであるが、ここではあえて触れない。
しかし、そんな罠の数々をものともせず、小学生の陳家の長女・銀輪は、今日も今日とて、このだいぶ年の離れた友だちの家に、呑気にあそびにやってくるのであった。

「おまえ、うちのこと、帰り際に立ち寄る駄菓子屋かなんかと、まちがえていやしないか」
と、偉度がいうと、愛らしい顔立ちに、発育の良すぎるアンバランスな肢体をもつFカップ小学生・陳銀輪は、口をとがらせた。
「ともだちのうちに遊びにきてるんだよー。偉度っち、今日って代休なんでしょ?」
「偉度っちって言うな! なぜ知っている」
「幼宰さまが、軍師が代休を取ったから、偉度っちも代休だって教えてくれたの。ねえ、どうせヒマでしょ? ヒマなら、宿題手伝ってくれないかなぁ」
「ヒマと決め付けるな。これでもいろいろ忙しいんだぞ」
「ええー? わたしのほかに友達もいないくせして、ひとりで何をするわけ?」
容赦のない小学生の図星なことばに、偉度は一瞬、言葉をつまらせたが、すぐさま大人の矜持を取り戻し、つんとしまして言った。
「子供には、大人にわからない用事が、いろいろあるんだ」
「フーン、じゃあ、銀にはよくわかんないから、やっぱりいいってことじゃん。ねえ、家庭科の宿題で困っているんだけど、偉度っち、人生設計って、立ててる?」
「いきなりなんなんだ。おまえ、生保レディのバイトでもはじめたのか?」
「ちがうよぉ、それが家庭科の宿題なんだってば。学校を卒業して、何年くらいで働いて、何歳くらいで結婚して、何人子供をつくって、老後はどうするか、夢でもなんでもいから計画を立てるわけ。ついでに、どんな旦那さんが理想か、具体的に名前も挙げなさい、っていうの」
「なんだそりゃ。見せてみろ」
偉度が銀輪から受け取ったプリントには、こんな質問が、つらつらと並べられていた。

『問 1 あなたの人生設計をたててみましょう。
結婚するまえに、恋愛をしてみたいと思いますか。相手はどんな人がよいですか。具体的に名前と理由を挙げてみてください。
問 2 あなたは社会人になりました。
不倫をしてもいい、と思うくらいの理想の上司はだれですか。具体的に名前と理由を挙げてみてください。
問 3 さて、そろそろ結婚適齢期がまいりました。あなたの結婚相手はどんな人がよいですか。具体的に名前と理由を挙げてみてください。
問 4 結婚生活も平穏に過ぎ、どこか刺激が足りない毎日です。もし愛人を持つとしたら、どんな人がよいですか。具体的に名前と理由を挙げてみてください。』

「…これ、小学校の宿題なのだよな? おまえの家庭科の先生って、だれだ?」
「ううんとね、法揚武将軍の奥さん」
「なんだか政治的な匂いのする宿題だな…で、なんと答えたのだ?」

銀輪の答え
問 1 恋人にしたい人 馬超 
理由・流行のデートスポットとか詳しそうだし、口説くのも慣れていそうだし、がっついてなさそうなところ。
問 2 理想の上司 費褘
理由・細かいところを気にしない。失敗しても、ま、いっかで終わりそう。不倫したいとは思わない、というか、不倫という単語自体、頭の中になさそう。
問 3 結婚相手 董允
理由・優しいし、浮気するほど精神的余裕がない。毎日の小遣いが五百円でも文句を言わなさそう。
問 4 愛人 偉度っち
理由・あと腐れない。

「…………」
「どう? 恋人と愛人はベストだと思うんだけどぉ、上司と結婚相手がどうかなぁって思うのね」
「銀輪」
「なあに?」
「わたしは、おまえを見直したぞ。なかなか人を見る目があるな。うん、こういう相手を選んでいけば、まず人生に躓くことはなかろう。しかし、理想の結婚相手の名前としては、おまえの父上でよいではないか」
と、言いながら、偉度は、ちらりと、さきほどから庭の影で、こっそりとこちらをうかがっている陳到の気配をおぼえつつ、言った。
こちらは代休であるからよいが、あのひとは、今日はちゃんと仕事があったはずなのだが…サボりか?
「ええ? パパぁ? パパが旦那なんてやだー。パパ、うざいもん」
娘の無情な言葉を聞いて、草葉の陰の陳到は、こおろぎの鳴く声と一緒になって、しくしくと泣き出した。
たしかにウザいかもしれない。
「んで、偉度っちは、愛人確定、と」
「愛人ね。いいけどさ」
「あ、もしかして不満? すこし期待してた?」
「いいや。これっぽっちも。義理で名前を並べてくれてありがとうよ。結婚したいとか、思わないしな。子供ほしくないし。だがな、おまえが浮気をしたくなる年齢になったときには、わたしはもう爺さんだぞ」
「偉度っちは、きっと軍師みたいに、あんまり老けないと思うよぉ」
「そうだ、どうしてこの中に軍師と…普通は入るだろうに、趙将軍が入っておらぬのだ?」
「軍師はだめだよぉ、上司にするには細かすぎるしぃ、結婚相手にしたら、ずうっと放っておかれそうだもん。さらに恋人になんて選んでみなよ、宇宙人とコミュニケーションとったほうが、よっぽど楽しい、ってくらいになると思うよぉ」
「上司としてのあの人は、理想的だと思うがな。たしかに恋人と結婚相手と愛人は向いておらぬか」
そうつぶやく偉度に、銀輪は身を乗り出して言った。
「ね、ね、偉度っちが、もし女の子だったら、どういうふうに選ぶ?」
「なんだ、それは。わたしは男だぞ。そもそもの質問が成り立つまい」
「ええー。カタイこと言わないでよぉ、銀の特製プリン、また持ってきたんだよ」
と、銀輪は、アルミホイルにきれいにつつまれた、特大手作りプリンをランドセルから取り出して、偉度に見せるのであった。

偉度はやれやれと、厨から、プリン専用スプーンを持ってきて、遠慮なくプリンをご馳走になる。
そのスプーンは、プリンを楽しく美味しく食すために、偉度が特別に作らせた、取っ手の端っこに、ちいさな銀の鈴のついているもので、動かすたびに、典雅なちりん、という、さやかな音がする愛らしいものである。
「偉度っちって、小物に凝るタイプだよね」
「だから、偉度っちはよせ、って言っているだろ。わたしはおまえの九つは年上なんだぞ」
ちなみに銀輪、十二歳、胡偉度は二十一歳である。
「おじさん、って言ったら怒るくせに。でさぁ、宿題、偉度っちの、教えてよ」
「めちゃくちゃ適当に答えたからな。ホレ」

偉度の答え
問 1 恋人にしたい人 馬岱 
理由・徹底的に貢がせて捨てる。刃向かってきても怖くない。
問 2 理想の上司 趙雲
理由・色恋沙汰抜きに純粋に仕事が出来て楽。というか、不倫という単語自体、口にした時点で、即刻クビになる可能性大。そこは注意。
問 3 結婚相手 孔明
理由・なんだかんだと支えは必要。
問 4 愛人 劉備
理由・遊びなれてるぞ、あれは。別れるときに、たぶん揉めなさそう。

「偉度っち、けなげー。なんだかんだと、軍師に付いていくんじゃん。惚れてるんだー」
「うるさいな。惚れているとかなんとかじゃなくて、見ててほっとけないだろ、あれは。愛人にはできなさそうだし、かといってこちらが女なら、妙に恋愛感情がごっちゃになってややこしいから、放っておかれるのを覚悟でも、結婚相手にしちゃったほうが楽だろう」
「ほへほへー、考えているんだねー」

草葉の陰をちらりと見ると、やはりサボり中の陳到が、なるほど、というふうにうなずいてる。
しかし、陳到の隠れっぷりは、実はなかなかのもので、偉度は屋敷の方々に、ありとあらゆる罠を仕掛けたはずなのであるが、陳到はそれに引っかかった形跡がない。
餅は餅屋。なるほど、さすが袁紹時代に、細作を束ねていただけのことはあるな。
と、そこまで考えて、偉度はそうか、と合点した。
あまたいる陳到の娘たちの中でも、ウザいといいながらも、いちばんの父親っ子の銀輪が、偉度を慕ってあそびにやってくるのは、偉度に、父親と同じ空気を感じているからなのかもしれない。
おなじく、細作、刺客であった男の醸し出す、独特の空気を。

「んじゃさ、軍師が女の子だったら、どういうふうに選ぶかなぁ」
と、残りのカラメルを丁寧にスプーンで絡め取って、舐めている銀輪は、とんでもないことを口にした。
「なんだって?」
「うちのクラスではねー、結婚相手のいちばん人気は劉禅さまだったよー。だってさぁ、王女さまになれるんだもん。だけど、銀は、あれは好みじゃなーい」
「『あれ』とか言うな。不敬罪なるぞ、まったく…今日日の小学生は打算的だな。夢はないのか、夢は」
「みんなしっかりしてるよぉ、結婚相手で二番目に人気があったのはね、魏延さま」
「ぎえんー?」
と、これは庭に隠れていた陳到と、偉度の両方から出てきた言葉であった。
「なんでだよ、あの強欲と要領の塊」
「だからだよー。パパや偉度っちや軍師は嫌いみたいだけどぉ、ああいうさぁ、自分たちの利益はがっちり守る人って、家にたくさん、戦利品とか持って帰ってきそうじゃない? 贅沢できるもーん」
「恐ろしい…どうなっているのだよ、小学生の倫理観。軍師なら、絶対に魏延は選ばない。論外だ」

偉度の想定する孔明の答え
問 1 恋人にしたい人 徐庶 
理由・つーか、実際に似たようなものだったとわたしは睨む。
問 2 理想の上司 劉備
理由・軍師の個性を抑えきれるのはこのひとだけ。不倫はしないだろうな。
問 3 結婚相手 趙雲
理由・ほかに考慮の余地なし。押しかけてでも結婚するに決まってる。
問 4 愛人 なし
理由・愛人になりそうな気配を漂わせた男が近づいた時点で、趙将軍に闇に葬りさられる

「案外、つまんないねー」
「仕方ないだろ、あの二人には、あの二人しかいないんだ。つまり、世界はあの二人だけで完結してしまっているのだよ。ほかは付属品。わたしも、おまえも、ほかのものも、みんなそうだ」
「ふぅん」
じっと銀輪は偉度を見つめる。
「それでも偉度っちは、わかっててもあの二人に尽くすんだー」
「仕事だからな」
「ウソばっかり。なんだか切ないの」
「別に、切なくなんかないさ」
と、偉度は乱暴に言って、そっぽを向いた。
切ないという言葉は甘ったるすぎるが、実際に、ある種の虚しさはおぼえていることは事実であった。なんだってこの小学生は、容赦なく人の心を暴き立てるのやら。
小学生だからか? それとも銀輪だからなのだろうか?
「偉度っちさぁ」
「なんだよ」
「もし、偉度っちが、ちょっと結婚してみたいなぁ、と思ったら、銀、お嫁さん候補になってあげてもいいよ」
「ばあか。わたしはロリコンじゃない」
偉度が言うと、銀輪は風船のように頬を膨らませた。
「銀だって、来年中学生だよ。あと四年もしたら、結婚できる年になるもん。四年後っていったら、偉度っちだって、まだ二十五とかじゃん! 銀のこと、そんなふうに言っておいて、何年後かに、銀が納得しない女の人と結婚したら、偉度っち、友情はもう終わりだからね!」
「はいはい、で、おまえの納得しないタイプの女って?」
「ナイチチで脳みそもない女! 銀はチチが重いけど脳みそないって思われているけど、そうじゃないもん。このあいだの学年テストで、ちゃんと百人中、一桁になったんだからね! 銀と逆の女の人と結婚したら、銀は一生、偉度っち恨みつづけて、悪口言いふらすもん!」
「そう尖がるなって。わたしが結婚することはないし、だからおまえとは、一生、友だちか、でなきゃ愛人なんだろうな」
「ほんとう?」
「プリンにかけて誓う。もし約束破ったら、プリンは一生食べない」
「うん、わかった。プリンに賭けてね。宿題手伝ってくれてありがとう。偉度っちに、これでいいって言われたから、このまま出すね」
「もしおまえが、要領よく世の中渡りたい、って思うなら、理想の上司のところに『法正』って書いておくのを勧めるけれど」
「銀はキツネは嫌いなの。じゃあね、偉度っち。また今度は焼きプリンをもってきてあげる」
そういって、銀輪は去って行った。

やれやれ、と一息ついた偉度であるが、娘は帰ったというのに、父である陳到が、なぜだかまだ庭に残っている。
「お嬢さんなら、ちゃんと無事にお帰りになりましたよ」
偉度が嫌味も含めてそう言うと、草むらに隠れていた陳到は、じっとりした、なめくじのような眼差しでもって、言った。
「ともだちでいるのはいいよ」
「はあ」
「でも、愛人はダメ! つーか、恋人も婿もダメだから!」
「小学生のいうことですから」
「プリンに賭けて誓うか」
「賭けますよ。プリンにでもフルーチェにでも」
そういうと、陳到は、すこしは安心したのか、よし、と訳のわからぬつぶやきを口にし、そして意気揚々と、娘のあとを負い掛けて行った。
よく、あの派手なさぼりを、趙雲が許しているものである。
陳到のことだからと、諦めているのだろうか。
やれやれ、まったく困った親子だよ、と思いつつ、偉度は、銀輪と自分の、プリンの食べ終わったあとの食器を片づけるべく、厨へと立って行った。

やっとおわり。

ぬるーく見てやってくださいませ。
ちなみに、こちらは2005年4月の作品でした。
なつかしいのう。


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