はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

説教将軍 8 注・おばか企画

2018年06月29日 09時58分44秒 | 説教将軍
おばか企画・プリンの宿題

孔明の若き主簿である胡偉度の屋敷は、手狭ながらも、あちこちに外敵を防ぐための仕掛けがほどされている。
それは、彼の前身に深くつながりのあるところなのであるが、ここではあえて触れない。
しかし、そんな罠の数々をものともせず、小学生の陳家の長女・銀輪は、今日も今日とて、このだいぶ年の離れた友だちの家に、呑気にあそびにやってくるのであった。

「おまえ、うちのこと、帰り際に立ち寄る駄菓子屋かなんかと、まちがえていやしないか」
と、偉度がいうと、愛らしい顔立ちに、発育の良すぎるアンバランスな肢体をもつFカップ小学生・陳銀輪は、口をとがらせた。
「ともだちのうちに遊びにきてるんだよー。偉度っち、今日って代休なんでしょ?」
「偉度っちって言うな! なぜ知っている」
「幼宰さまが、軍師が代休を取ったから、偉度っちも代休だって教えてくれたの。ねえ、どうせヒマでしょ? ヒマなら、宿題手伝ってくれないかなぁ」
「ヒマと決め付けるな。これでもいろいろ忙しいんだぞ」
「ええー? わたしのほかに友達もいないくせして、ひとりで何をするわけ?」
容赦のない小学生の図星なことばに、偉度は一瞬、言葉をつまらせたが、すぐさま大人の矜持を取り戻し、つんとしまして言った。
「子供には、大人にわからない用事が、いろいろあるんだ」
「フーン、じゃあ、銀にはよくわかんないから、やっぱりいいってことじゃん。ねえ、家庭科の宿題で困っているんだけど、偉度っち、人生設計って、立ててる?」
「いきなりなんなんだ。おまえ、生保レディのバイトでもはじめたのか?」
「ちがうよぉ、それが家庭科の宿題なんだってば。学校を卒業して、何年くらいで働いて、何歳くらいで結婚して、何人子供をつくって、老後はどうするか、夢でもなんでもいから計画を立てるわけ。ついでに、どんな旦那さんが理想か、具体的に名前も挙げなさい、っていうの」
「なんだそりゃ。見せてみろ」
偉度が銀輪から受け取ったプリントには、こんな質問が、つらつらと並べられていた。

『問 1 あなたの人生設計をたててみましょう。
結婚するまえに、恋愛をしてみたいと思いますか。相手はどんな人がよいですか。具体的に名前と理由を挙げてみてください。
問 2 あなたは社会人になりました。
不倫をしてもいい、と思うくらいの理想の上司はだれですか。具体的に名前と理由を挙げてみてください。
問 3 さて、そろそろ結婚適齢期がまいりました。あなたの結婚相手はどんな人がよいですか。具体的に名前と理由を挙げてみてください。
問 4 結婚生活も平穏に過ぎ、どこか刺激が足りない毎日です。もし愛人を持つとしたら、どんな人がよいですか。具体的に名前と理由を挙げてみてください。』

「…これ、小学校の宿題なのだよな? おまえの家庭科の先生って、だれだ?」
「ううんとね、法揚武将軍の奥さん」
「なんだか政治的な匂いのする宿題だな…で、なんと答えたのだ?」

銀輪の答え
問 1 恋人にしたい人 馬超 
理由・流行のデートスポットとか詳しそうだし、口説くのも慣れていそうだし、がっついてなさそうなところ。
問 2 理想の上司 費褘
理由・細かいところを気にしない。失敗しても、ま、いっかで終わりそう。不倫したいとは思わない、というか、不倫という単語自体、頭の中になさそう。
問 3 結婚相手 董允
理由・優しいし、浮気するほど精神的余裕がない。毎日の小遣いが五百円でも文句を言わなさそう。
問 4 愛人 偉度っち
理由・あと腐れない。

「…………」
「どう? 恋人と愛人はベストだと思うんだけどぉ、上司と結婚相手がどうかなぁって思うのね」
「銀輪」
「なあに?」
「わたしは、おまえを見直したぞ。なかなか人を見る目があるな。うん、こういう相手を選んでいけば、まず人生に躓くことはなかろう。しかし、理想の結婚相手の名前としては、おまえの父上でよいではないか」
と、言いながら、偉度は、ちらりと、さきほどから庭の影で、こっそりとこちらをうかがっている陳到の気配をおぼえつつ、言った。
こちらは代休であるからよいが、あのひとは、今日はちゃんと仕事があったはずなのだが…サボりか?
「ええ? パパぁ? パパが旦那なんてやだー。パパ、うざいもん」
娘の無情な言葉を聞いて、草葉の陰の陳到は、こおろぎの鳴く声と一緒になって、しくしくと泣き出した。
たしかにウザいかもしれない。
「んで、偉度っちは、愛人確定、と」
「愛人ね。いいけどさ」
「あ、もしかして不満? すこし期待してた?」
「いいや。これっぽっちも。義理で名前を並べてくれてありがとうよ。結婚したいとか、思わないしな。子供ほしくないし。だがな、おまえが浮気をしたくなる年齢になったときには、わたしはもう爺さんだぞ」
「偉度っちは、きっと軍師みたいに、あんまり老けないと思うよぉ」
「そうだ、どうしてこの中に軍師と…普通は入るだろうに、趙将軍が入っておらぬのだ?」
「軍師はだめだよぉ、上司にするには細かすぎるしぃ、結婚相手にしたら、ずうっと放っておかれそうだもん。さらに恋人になんて選んでみなよ、宇宙人とコミュニケーションとったほうが、よっぽど楽しい、ってくらいになると思うよぉ」
「上司としてのあの人は、理想的だと思うがな。たしかに恋人と結婚相手と愛人は向いておらぬか」
そうつぶやく偉度に、銀輪は身を乗り出して言った。
「ね、ね、偉度っちが、もし女の子だったら、どういうふうに選ぶ?」
「なんだ、それは。わたしは男だぞ。そもそもの質問が成り立つまい」
「ええー。カタイこと言わないでよぉ、銀の特製プリン、また持ってきたんだよ」
と、銀輪は、アルミホイルにきれいにつつまれた、特大手作りプリンをランドセルから取り出して、偉度に見せるのであった。

偉度はやれやれと、厨から、プリン専用スプーンを持ってきて、遠慮なくプリンをご馳走になる。
そのスプーンは、プリンを楽しく美味しく食すために、偉度が特別に作らせた、取っ手の端っこに、ちいさな銀の鈴のついているもので、動かすたびに、典雅なちりん、という、さやかな音がする愛らしいものである。
「偉度っちって、小物に凝るタイプだよね」
「だから、偉度っちはよせ、って言っているだろ。わたしはおまえの九つは年上なんだぞ」
ちなみに銀輪、十二歳、胡偉度は二十一歳である。
「おじさん、って言ったら怒るくせに。でさぁ、宿題、偉度っちの、教えてよ」
「めちゃくちゃ適当に答えたからな。ホレ」

偉度の答え
問 1 恋人にしたい人 馬岱 
理由・徹底的に貢がせて捨てる。刃向かってきても怖くない。
問 2 理想の上司 趙雲
理由・色恋沙汰抜きに純粋に仕事が出来て楽。というか、不倫という単語自体、口にした時点で、即刻クビになる可能性大。そこは注意。
問 3 結婚相手 孔明
理由・なんだかんだと支えは必要。
問 4 愛人 劉備
理由・遊びなれてるぞ、あれは。別れるときに、たぶん揉めなさそう。

「偉度っち、けなげー。なんだかんだと、軍師に付いていくんじゃん。惚れてるんだー」
「うるさいな。惚れているとかなんとかじゃなくて、見ててほっとけないだろ、あれは。愛人にはできなさそうだし、かといってこちらが女なら、妙に恋愛感情がごっちゃになってややこしいから、放っておかれるのを覚悟でも、結婚相手にしちゃったほうが楽だろう」
「ほへほへー、考えているんだねー」

草葉の陰をちらりと見ると、やはりサボり中の陳到が、なるほど、というふうにうなずいてる。
しかし、陳到の隠れっぷりは、実はなかなかのもので、偉度は屋敷の方々に、ありとあらゆる罠を仕掛けたはずなのであるが、陳到はそれに引っかかった形跡がない。
餅は餅屋。なるほど、さすが袁紹時代に、細作を束ねていただけのことはあるな。
と、そこまで考えて、偉度はそうか、と合点した。
あまたいる陳到の娘たちの中でも、ウザいといいながらも、いちばんの父親っ子の銀輪が、偉度を慕ってあそびにやってくるのは、偉度に、父親と同じ空気を感じているからなのかもしれない。
おなじく、細作、刺客であった男の醸し出す、独特の空気を。

「んじゃさ、軍師が女の子だったら、どういうふうに選ぶかなぁ」
と、残りのカラメルを丁寧にスプーンで絡め取って、舐めている銀輪は、とんでもないことを口にした。
「なんだって?」
「うちのクラスではねー、結婚相手のいちばん人気は劉禅さまだったよー。だってさぁ、王女さまになれるんだもん。だけど、銀は、あれは好みじゃなーい」
「『あれ』とか言うな。不敬罪なるぞ、まったく…今日日の小学生は打算的だな。夢はないのか、夢は」
「みんなしっかりしてるよぉ、結婚相手で二番目に人気があったのはね、魏延さま」
「ぎえんー?」
と、これは庭に隠れていた陳到と、偉度の両方から出てきた言葉であった。
「なんでだよ、あの強欲と要領の塊」
「だからだよー。パパや偉度っちや軍師は嫌いみたいだけどぉ、ああいうさぁ、自分たちの利益はがっちり守る人って、家にたくさん、戦利品とか持って帰ってきそうじゃない? 贅沢できるもーん」
「恐ろしい…どうなっているのだよ、小学生の倫理観。軍師なら、絶対に魏延は選ばない。論外だ」

偉度の想定する孔明の答え
問 1 恋人にしたい人 徐庶 
理由・つーか、実際に似たようなものだったとわたしは睨む。
問 2 理想の上司 劉備
理由・軍師の個性を抑えきれるのはこのひとだけ。不倫はしないだろうな。
問 3 結婚相手 趙雲
理由・ほかに考慮の余地なし。押しかけてでも結婚するに決まってる。
問 4 愛人 なし
理由・愛人になりそうな気配を漂わせた男が近づいた時点で、趙将軍に闇に葬りさられる

「案外、つまんないねー」
「仕方ないだろ、あの二人には、あの二人しかいないんだ。つまり、世界はあの二人だけで完結してしまっているのだよ。ほかは付属品。わたしも、おまえも、ほかのものも、みんなそうだ」
「ふぅん」
じっと銀輪は偉度を見つめる。
「それでも偉度っちは、わかっててもあの二人に尽くすんだー」
「仕事だからな」
「ウソばっかり。なんだか切ないの」
「別に、切なくなんかないさ」
と、偉度は乱暴に言って、そっぽを向いた。
切ないという言葉は甘ったるすぎるが、実際に、ある種の虚しさはおぼえていることは事実であった。なんだってこの小学生は、容赦なく人の心を暴き立てるのやら。
小学生だからか? それとも銀輪だからなのだろうか?
「偉度っちさぁ」
「なんだよ」
「もし、偉度っちが、ちょっと結婚してみたいなぁ、と思ったら、銀、お嫁さん候補になってあげてもいいよ」
「ばあか。わたしはロリコンじゃない」
偉度が言うと、銀輪は風船のように頬を膨らませた。
「銀だって、来年中学生だよ。あと四年もしたら、結婚できる年になるもん。四年後っていったら、偉度っちだって、まだ二十五とかじゃん! 銀のこと、そんなふうに言っておいて、何年後かに、銀が納得しない女の人と結婚したら、偉度っち、友情はもう終わりだからね!」
「はいはい、で、おまえの納得しないタイプの女って?」
「ナイチチで脳みそもない女! 銀はチチが重いけど脳みそないって思われているけど、そうじゃないもん。このあいだの学年テストで、ちゃんと百人中、一桁になったんだからね! 銀と逆の女の人と結婚したら、銀は一生、偉度っち恨みつづけて、悪口言いふらすもん!」
「そう尖がるなって。わたしが結婚することはないし、だからおまえとは、一生、友だちか、でなきゃ愛人なんだろうな」
「ほんとう?」
「プリンにかけて誓う。もし約束破ったら、プリンは一生食べない」
「うん、わかった。プリンに賭けてね。宿題手伝ってくれてありがとう。偉度っちに、これでいいって言われたから、このまま出すね」
「もしおまえが、要領よく世の中渡りたい、って思うなら、理想の上司のところに『法正』って書いておくのを勧めるけれど」
「銀はキツネは嫌いなの。じゃあね、偉度っち。また今度は焼きプリンをもってきてあげる」
そういって、銀輪は去って行った。

やれやれ、と一息ついた偉度であるが、娘は帰ったというのに、父である陳到が、なぜだかまだ庭に残っている。
「お嬢さんなら、ちゃんと無事にお帰りになりましたよ」
偉度が嫌味も含めてそう言うと、草むらに隠れていた陳到は、じっとりした、なめくじのような眼差しでもって、言った。
「ともだちでいるのはいいよ」
「はあ」
「でも、愛人はダメ! つーか、恋人も婿もダメだから!」
「小学生のいうことですから」
「プリンに賭けて誓うか」
「賭けますよ。プリンにでもフルーチェにでも」
そういうと、陳到は、すこしは安心したのか、よし、と訳のわからぬつぶやきを口にし、そして意気揚々と、娘のあとを負い掛けて行った。
よく、あの派手なさぼりを、趙雲が許しているものである。
陳到のことだからと、諦めているのだろうか。
やれやれ、まったく困った親子だよ、と思いつつ、偉度は、銀輪と自分の、プリンの食べ終わったあとの食器を片づけるべく、厨へと立って行った。

やっとおわり。

ぬるーく見てやってくださいませ。
ちなみに、こちらは2005年4月の作品でした。
なつかしいのう。

説教将軍 7 注・おばか企画

2018年06月28日 15時53分41秒 | 説教将軍
おばか企画・あなたはわたしのおともだち

孔明の見舞いにいってから、どうも体の節々が痛いな、と思いつつ、趙雲は、なぜだか部将たちの目線が、いつもと違って、奇妙なことに気がついた。
興味深そうにじいっと見つめるもの。
あからさまに嫌悪の表情を見せるもの。
裏切ったわね、といわんばかりに切ない表情を見せるもの(こいつはあとで腕立て伏せ百回だな、と趙雲は思った)。
すれちがいざま、「やはり」と妙に納得しているもの。
そして最たるものは、双眸に昴のごとき輝きを放たせている陳到である。
とたん、嫌な予感に襲われて、趙雲は言った。
「俺はなにかしたか」
自分でもひどい鼻声に驚きつつ言うと、陳到は、さきほどすれ違った部下と同様に、やはり、と言った。
「とある情報通により、趙将軍がついに開き直られたというお話をお伺いいたしました」
「開き直り?」
と、いわれても、趙雲には思い当たる節がない。
はて、禁酒をあきらめたことであろうか。
「あなたさまの献身ぶりには、我ら一同、頭の下がる思いでございます」
そこまで言われ、ようやく趙雲は納得した。
「ああ、軍師の見舞いに行ったことか? しかし、開き直りとはなんだ?」
陳到は、手と首を激しくぶんぶんと振りながら、判っている、というふうに言う。
「いえいえ、お答えくださる必要はございませぬ! 叔至めもいろいろ勉強し、一定の理解ができたつもりでございます。嗚呼、末はカナダかスペインか」
「赤毛のアンと闘牛がどう繋がる」
「カナダのツアーに行くと、大橋○泉のお土産物屋に強制的に連行されるという噂は、本当ですかねぇ。ハッパフミフミ」
「?? ほかの連中までなにやらカナダだスペインだと言っているのはなぜだ? すまぬが、うちの慰安旅行は、そんなところまで行く予算がないぞ」
「当然でございますとも。もちろん、我らはお祝儀片手に、お二人のあらたな門出を祝うほうでございますれば、まあ、旅費なんぞはなんとでも。で、お話はどこまで」
「なにが」
「またまた。われらと趙将軍の仲ではございませぬか。昨日、みなで緊急会議を開きまして、もはやお二人の仲がそこまでならば、心から祝して差し上げようと意見が一致したのでございます。まあ、その盛り上がりといえば、金八先生の最終回スペシャルにも勝る、涙、涙の盛り上がり」
言いながら、陳到は♪くれーなずーむまちぬぉー♪と勝手に唄いだした。
俺は感冒のせいで、叔至の言っていることが理解できなくなっているのであろうか、それとも、こいつら、何か勘違いをしているのか?
「すまぬが、わけがわからぬ。なぜおまえたちが俺を祝す?」
すると、陳到は、勘の良いところでなにかを察したらしく、怪訝そうに、逆に尋ねてきた。
「は? ご結婚されるのでしょう?」
「だれが?」
「将軍が」
「…だれと?」
「将軍と」
そこへきて、やはり同じく勘の良い趙雲は、ぞくりと背筋を震わせて、答えの予想をつけた。
「どこの将軍だ」
「軍師将軍。趙将軍がお見舞いされたおり、軍師将軍に趙将軍が」
「が?」
照れて先を言おうとしない陳到に、趙雲はずいっと側によって続きを迫った。
すでに剣の柄に手はかけてある。
「その…寝顔に口付けをなさったがゆえに、風邪になったと」
「貴様ら! 総員そこになおれ!」
とたん、趙雲は周囲にいた部将たちを片っ端から捕まえて暴れだし、陳到は逃げるわ、物は飛び交うわ、馬は怯えて喚くわ、家屋は倒壊寸前にまで傾くわで大騒ぎとなった。
この大暴れが原因で、趙雲の熱は上がり、寝込むこととなったのである。

某陳家

「と、いうわけでぇ、うちのパパ、趙将軍がこわくって、しばらく失踪しちゃって、おうちに帰ってこれないのねー。とりあえず、口座のお金は動いているみたいだから、生きてるのはまちがいないんだけどぉ、おじさん、行方しらなぁい?」
「お兄さんだ。ふん、叔至殿も、案外根性なしだな。というか、まともに本人に聞く馬鹿があるか。こういう噂は、本人のいないところでこっそり楽しむところに意味があるのに」
「おじさん、せーかくわるーい。友だちいないでしょー?」
「お兄さんと呼べ。二回目だぞ。で、もちろん、わたしの名前は出ていないだろうな?」
「たぶんー。でもパパ、いざとなったら逃げるから、マジで趙将軍にバラされそうになったら白状しちゃうかもー」
「なんでハンパにヤクザ言葉を知っているんだよ、Fカップ小学生が。しかし、周囲に理解者を増やし、雰囲気を固めてから、あのお方の想いを成就させてやろうという、この心遣い、どうして理解されぬものか」
「まったくの見当ちがいだからじゃないの?」
「そうなのかな…いや、そんなわけはない」
「わかんないんだけどぉ、どうしておじさん、なんでもかんでもレンアイに結びつけて考えるのかな? 銀、そういうの古いって感じがするのね」
「古いぃ? ちょいと若いからって、わたしの考えが古いというのか。これだから今日日の小学生は。恋愛に関することに古いも新しいもないだろうが。ま、小学生には、この心の深淵はわからぬか」
「真の永続的恋愛は、尊敬というものがなければ成立しない」
「へ?」
「逆もあるんじゃないの? 最良の尊敬は、永続的恋愛にまさるとも劣らない」
「………」
「男女だろうと女同士、男同士だろうと、肉体的に結びつくことが至上のハッピーエンドとは限らないんじゃないのぉ? 恋は肉体を欲し、友情は心を欲す。
そして友情は其の果てに永劫的な未来を確信し進む感情。恋愛は、絶えず未来を語り約束するものだけれど、其の果てに、未来が確信できるものはなにもない」
「なんだそれ、道徳の時間に習ったのか」
「ううん。なんとなく名言をくっつけてみました。でもぉ、互いの心を求めてそこに永遠を確信し前に進む快楽と、先の見えない恋愛のために、短い時間を濃密に過ごす刹那的な快楽と、両方を得ることはむずかしいとおもうわけ。
ほーら、仲のいい夫婦って、最初は恋愛で、つぎに友達みたいになるってよく言うじゃん。恋人というより友だちみたい、とかさー。うちの親もそれなんだけどぉ。
だから、そううまくシフトできる人もいれば、やったら生真面目に、この人だけ! 性別関係なし! って人もいて、恋愛とか友情とか枠も超えて、相手の心だけを愛しぬいちゃう人もいるんじゃないのかなー? 
そりゃあさあ、傍から見れば、ちょっと変かもしれないけどー、銀は、好きだ、好きだって口ばっかの人より、そういう人に好きになってもらえたほうが幸せだなー」
「おまえ、小学生の癖に、そんな小難しいこと考えてるのか。でも、お子ちゃまの理想論だな」
「肉体的快楽に溺れたことがないから、そんなことが言うんだ、って言うつもりでしょ? でも、そんなの結局、恋愛の副産物じゃん。キャラメルのオマケだよ。なんともいえない充足感がある? 心の絆が深まる? それこそまやかし。そんな気持ちになるってだけだよ」
「………そうかな」
「そりゃあさ、男女で恋愛して、長い時間をかけてだんだんと友だちみたいになっていって、っていうのが、本当は理想というか、最高に幸せなんだろうけどね、そうじゃない幸せのありようを探しているっつーか、実践している、つーか、実践せざるをえない人もいるっつーことだよ。いいじゃん、それで。うちらが口出すことじゃないよ。大人気ないよ、偉度っち」
「偉度っち言うな! ったく、まさか小学生に説教を喰らうとは…まあ、たしかにおまえの哲学もわかったけど、わたしはやはり、それには納得できないな」
「しなよ。でないと苦しいよ。だって、肉体と心の両方の充足をある永遠が欲しいなんて無理だよ、贅沢だよ。虚しいよー」
「…だんだんおまえと話すの、怖くなってきた。変なバイトとかしてないだろうな」
「してないよぉ。偉度っちこそ、あんまり自分をいじめちゃだめだよ。労わってあげなきゃ」
「……小学生に泣かされそうになっている自分って一体……」
「偉度っち、泣くなー。ほらぁ、うちに、銀輪が家庭科実習でつくった激うまプリンあるから、一緒に食べよ? それからさ、あとでパパ捜すの手伝ってね?」

そういって陳到の娘、銀輪は、ベソをかきそうになっているのを必死でごまかしている偉度の手を引いて、プリンを食べにおウチに帰ったのでした…

その後、カプセルホテルで蛹のように隠れていた陳到は、無事発見された。
感冒は、うまい具合に趙雲から不愉快な(?)記憶をともども連れ去って行ったらしく、しばらく部将たちはびくびくしたものの、その後、だれかが降格されたり、左遷されることはなく、ほっと胸をなで下ろしたことであった。

ただし陳到には新たな悩みが発生した。
なぜだか偉度が、たまにプリンを食べにやってくるようになったことである。
その過去を知るだけに、家で一人でぷっちんしてろ! と無碍に追い返すわけにもいかず、陳到は柱の影から、どうしたら追い出せるものかと思案するばかりであるという…

まだ続く、おばか企画の嵐!

説教将軍 6

2018年06月28日 09時54分51秒 | 説教将軍


すでに日は落ち始め、あちこちの物陰から、虫の声が聞こえ始めている。
しかも家人たちはみな倒れてしまっているものだから、人の気配もなく、静かなものであった。
会話をすることすら憚られる気がして、孔明はしばらく黙って、趙雲の隣で、持ってきた書簡を見て、あれこれ決裁を下ろしていた。
やがて、夕餉の時間になると、これまた偉度が八面六臂の活躍をみせ、みずから厨に立ち、家人たちのための薬粥をつくって振る舞った。
ここまでくると、孔明は、おのれの主簿の優秀さが得意でならず、さきほどの馬鹿な悪戯は、もう忘れてやろう、衣裳と一緒に帯や帯飾りも用意してやろう、と考え始めていた。

さて、そうこうしているうちに夜もすっかり更け、孔明は趙雲の屋敷にやってきた使者に、決裁を下ろした書簡を託すと、同じく使いを出して、今宵は戻らない旨、己の屋敷のものに伝えさせに言った。
孔明は、偉度も屋敷に戻すつもりではあったのだが、
「では、朝餉はだれが用意するのです」
と、おおいに張り切っているのを邪魔するのが不憫であったので、好きなようにさせることにした。
思うに、偉度としては、これほどはっきりと他人様の役に立てること、そして直に感謝の言葉を述べられることが新鮮なのだろう。
本来なら、もっとたくさんの人の中で活かすべき人材であるのに、背負っている過去が邪魔をして、ほかならぬ本人が、目立つ役職に就きたがらない。
たとえ公の場でなくても、こういう機会を設けてやるべきだと思いつつ、孔明は趙雲の元へ戻った。
そうして、上着を脱ぎ、髪を解きはじめた孔明を、さきほどよりはずっと顔色のよくなった趙雲が、目をぱちくりとさせて見ている。
「なにをしている。風呂か。風呂ならば遠いぞ。ここは脱衣所ではない」
「風呂ならさっきもらったよ。そうではなくて、一緒に寝よう、子龍」
「は?」
おそらく、その「は?」は、これまで孔明が聞いた趙雲の言葉の中で、もっとも間の抜けたものであっただろう。
「だれと、だれが」
「わたしとあなたが。そしてさっさとわたしに風邪を移せ。今度はわたしが持ち返る」
「悪疫が脳にまで回ったか」
「しかし、風邪を治すには、だれかに移すのがいちばん早いぞ。わたしが移してしまったのだから、わたしに移すべきだ。ほら、筋が通っているだろう」
「筋は通っているが、その手段がなんだって?」
「一緒に寝るのさ。いや、ちょっと待て。妙なことは考えるなよ。というより、いまこの瞬間より、妙なことは一切合財、頭より消し去れ。わたしは、あなたに添い寝をするのだ。添い寝。それだけ!」
「それだけか」
「ほかに何か期待しているのか? それなら、風邪が治ってから相談に乗るが」
「そんな相談、絶対にするものか。ああ、永遠にすることはない! というより、頼む、軍師、いや、軍師将軍殿、俺に寄るな」
「なぜ? わたしは、あまり経験はないが、ふつう、義兄弟や、それに類する仲のよい友同士というのは、よく同衾するものだろう。なにを恥じる」
「……言葉だけ聞いていると、すごいことを言われている気がする。なあ、おまえ、本当に風邪が治ったのであろうな。というより、風邪なのか? ちがう病になっているのではなかろうな」
「ちがう病とはなんだね、人聞きの悪い。あなたが鼾も歯軋りもせず、死人みたいに静かに眠ることは知っているよ。わたしだって行儀がよいものさ。だから、となりで大人しくしているので、気にせず風邪を移すがいい」
「兵卒どもに行軍命令を出すのとはわけがちがうのだぞ。そう簡単に風邪が俺からおまえに移るものか」
「やってみなければわからぬ。さあ、早いところ寝台の半分を私にゆずり渡せ。そうそう、美しく二等分だ。枕も借りてきた。完璧だ」
「本当に待ってくれ。別の疑問がわいてきたぞ。おまえ、本当に諸葛孔明であろうな。諸葛孔明に化けた偉度。そういう嫌な展開ではなかろうな」
「風邪がかなり進行しつつあるな。眠れ、子龍。わたしも眠る。それとも、特別に子守唄を唄ってやろうか。姉が得意だった歌があるのだが」
「いらん」
これでは埒が明かぬ、と判断した孔明は、さっさと寝台に横になる。
そして、転がり落ちるようにして逃げようとするが、しかし熱のため(普段ならばとうていありえないことに)あっさり趙雲を捕まえて、横にした。
「おまえな」
「いいから、早く寝よう。そうだ、御伽噺でもするかね」
「それもいらぬ」
「話すことがないな。そうだ、うちの屋敷に野良犬が忍び込み、仔犬を産んだというほほえましい話で、なにやらひきつっているあなたの顔を、やわらかいものにかえて差し上げようか」
「犬? 犬がどうしたというのだ。犬が俺のいまの苦境のなんの役に立つ!」
「苦境を脱するためにも、早く風邪を移したまえ。こちらはなにやら眠くなってきたぞ。お休み」
「おい?」

趙雲は、まだなにやらがみがみと言っていたが、孔明は頓着せず、そのまま眠気にまかせて目をつぶった。
まったく、たまに人の寝顔をなにやらじっと見る変な癖のある男の癖をして、こうあらたまると、なんだって照れたりするのだ、へんなやつ。
寝ている間に逃げ出す、ということのないよう、孔明は体を横にして、趙雲の手首を掴んだまま、寝入った。
こちらがすっかり口を閉ざしてしまうと、趙雲は、最後のわるあがきとして、孔明の指を一本一本取って、逃げようとしていたが、結局果たせず、隣に横になったのが、寝台の揺れでわかった。
そうそう、最初から大人しくしていればよいのだ。

「子龍」
起きていたとは思わなかったらしく、仰天した趙雲が起き上がろうとするのを、孔明は手首に力を籠めて留めた。
「いま思い出していたのだが、子供の頃から、これだけ近くに人がいる状況で眠ったことがない」
「乳母とか、弟とか、姉君とか…細君とか、いただろう」
「妻は…あれは妻というより同志だからな。彼女は別として、うちでは、わたしが『皇帝』だったのだよ。なぜあそこまで徹底して特別扱いされたのか、いまもってよくわからぬ」
「跡取り息子ということで、期待があったのではないか。その…没落を防ぐためにも」
「そうなのかな。姉上は荊州なので、いまお話を聞くことは叶わぬが、異腹で、年が違いすぎる、ということもあったのだろう。いくらか年が近いはずの均も、わたしにすこし遠慮があるし、兄に関してはもう、いわずもがな」
「うむ?」
「特にオチがある話ではないのだ。いままで考えたことがなかったのだが、やはり、わたしの母上という方は、何者であったのだろう。どうして、わたしばかり誰にも似ていないのだろう。不思議だな。わたしは、ほかの、書物さえめくれば見つけられる事項や、部下たちの家族のことや、どんな出自であるかなどはよく知っているのに、自分のことがよくわからない」
明かりの消した闇のなか、しばらく沈黙が続いた。
寝息が聞こえないことから、おそらく趙雲はまだ眠っていないだろう。
孔明は答を期待していなかったから、そのまま目を閉じていたが、やがて、声が聞こえた。
「俺とて、自分のことがよくわからない。迷いがあるのもしょっちゅうだ。家人に、やたらと若い娘が多いだろう?」
「うん」
「周囲が気を回して、いろいろと世話を焼いてくれているのだ…いや、これは本音ではないな。結局のところ、俺と婚姻でつながりをもてば、おまえとも繋がりができる。そういう野心を持っている者が、女を使って近づいてくる。最近は、特にひどい」
「そうであったか」
「いっそ、そういった争いとまるで関係のない女を娶ってしまえばよかろうと思うのだ。だが、心をあずけることのできない、ただの盾として必要とする『妻』など、そこいらにある家具と同じではないか。ある程度、生活は保障してやれるし、共に暮らせば情も湧く。だがそれ以上となると、無理だ」
「決まったものでもなかろう」
「わかる。無理だ。だから俺は、おそらくずっと一人で生きていく。だがな、ちゃんと覚悟を決めているはずなのに、こういうふうに体が弱くなると心も弱くなるようで、本当にこのままでよいのか、だれもいなくなって、一人になってしまうのではないかと、柄にもなく沈み込むわけだ…おい、ひっつくな、気味の悪い」
「うるさい」
孔明は言うと、闇の中の趙雲の体の肩のあたりに、子供のように腕を伸ばした。
「もっとそばにいたほうが、ずっと風邪の移りが早くなる。それだけだ。それだけなのだぞ」
そうして、その肩に頭を預けるような形で、孔明はふたたび目を閉じた。
片側に寄せた頬にあたるぬくもりが、ふしぎと心地よく、それからほどなく、深い眠りにはいったのであった。





さて、翌朝。
計画通りであれば、首尾よく風邪になっていなければならないのであるが…
「完全な健康体だ。それになんと清清しい朝であろう。声も戻ってきたぞ。あなたは?」
と、中庭に面した欄干で、大きく伸びをして気持ち良さそうにしている孔明に、まだぼんやりした顔をしている趙雲は、しばし考えたあと、
「熱が下がったようだ」
と答えた。
「風邪はどこへ行ってしまったのかな」
「知らぬ……どこかな」
とはいえ、あちこち探して悪疫が箪笥のうしろに隠れている、というものでもなし。家人のなかにも回復したものがいたようで、趙家はおだやかな朝を迎えたのであった。
趙雲はしばらく憮然として、あまり目を合わせないようであったが、昼も過ぎるとすっかり元通りになり、熱が下がったせいもあるのだろうが、かえって機嫌がよくなり、孔明もまた、安堵したのであった。





やれやれ、人助けとは心地よいものだと孔明が喜んで自邸に戻ってくると、なにやら見慣れた衣を幾重にもまとった、あやしげな物体が廊下をウロウロしている。
なにごかと見れば、青白い顔をした偉度なのであった。
偉度は孔明の姿を見つけると、むずむずする鼻をうごめかせながら、なさけない顔をして言った。
「おごどばどおり、おめじもの(お召し物)はいだだいでまいりまつ」
「それは構わぬ。役立てよ。それより、おまえが風邪をひいたのか…そうか。わたしは本意ではなかったとはいえ、事前に薬を飲んでいたから、風邪がうつらなかったが、悪疫の蔓延する中、張り切っていたおまえはまともにその餌食になったというわけか」
「びどだずげなどもうごりごりでず」
「そういうな。たいした働きぶりであったぞ。ふむ、何枚も重ねていると孔雀のようだが、やはり似合うようだな、よかった」
鼻をずみずみ、と鳴らしつつ、偉度はこくりとうなずいた。
どうやら悪寒が止まらずに、何枚も衣を重ねて纏っていないと、我慢ができない様子であるらしい。
中には、与えるつもりではなかったものもあったが、偉度の趙雲の屋敷での奮闘振りを思い出し、まあ、あれの褒美としてやってよいか、と孔明はすぐにあきらめた。
「ときに、おまえ、寝ていなくてはだめではないか。だれぞに部屋を用意させてもよいのだぞ。どこへいく」
「おもでにでで、いぢばんざいじょにあっだにんげんに、うづじでまいりまつ」
「……あまり人さまに迷惑をかけるでないぞ」
「いっでぎまず。ごげんどうをおいのりくだざい」
言いつつ、ずるずると孔明の衣裳を頭からすっぽりかぶって、裾を引きずりながら、偉度はふらふらと表に出て行った。

その後、偉度が最初に遭遇した人物は董允であった。
このお人よしの青年が、偉度の思惑も知らず、うっかり風邪をもらってしまい、それをきっかけとして、その後費褘→費伯仁→董和→馬良→孔明→趙雲→偉度→董允、とその後数ヶ月におよび果て無き連鎖を繰り返すことになる。
そうしてあらかたの家庭訪問を終えた悪疫は、最後は寝込んだ趙雲をからかいにきた張飛のところへついて行ったのだが、そのあたりで消滅した。

かくて悪疫の禍は過ぎ去ったのであるがその後、左将軍府を中心とする人間関係が、その後微妙にぎくしゃくしたのは、言うまでもない。

まだつづく。

次回は「説教将軍 あなたはわたしのおともだち」です。

説教将軍 5

2018年06月27日 17時40分44秒 | 説教将軍
厩に回ったほうが早いのではなかろうか、と偉度に声をかけようとしたとき、前方の偉度が、ぎくりと足を止めた。
「どうした?」
偉度は、やはり背が伸びた様子である。
八尺の孔明よりは低かったけれど、以前は肩のあたりで頭のてっぺんがくるという具合の小柄な少年が、いまや孔明と肩を並べられるほどになっていた。
年相応に結婚をし、子をもうけていたら、こんな気持ちになったのかな、と感慨深く偉度を見る孔明であるが、一方の偉度は、前方にあるものに身を強ばらせる。
「これは、賊に襲われたか?」
見ると、屋敷の玄関からほどちかい廊下に、二人の娘が仲良く折り重なるようにして倒れているのであった。
それが、たまにぴくりと動き、うめき声さえあげている。
「どうした、そなたたち!」
偉度が助け起こすと、娘は、汗のにじんだ顔をして、うっすらと目を開く。
「わ、わたくしが…」
「どうした?
「わたくしが…薬を…もちに参ります」
「いいえ!」
ぐっと、もうひとりの娘が、倒れる娘の腕を渾身の力で掴む。
「なりませぬ。薬をお持ちするのは、わたくしの役目!」
最初の娘は、唸りつつも、隣に倒れる娘に唸るように言った。
「おだまり、新参者のくせに!」
「新参者だろうと古参だろうと関係ない! 古株の癖して、まったく見向きもされないくせに!」
「なんですって!」
孔明には、床に倒れる等身大のナメクジが、なにやらうごめいて争っているようにさえ見えた。
「どういうことだ?」
「軍師、この二人、ひどい熱がございます。どうやら家中のものが、感冒の波に襲われたようでございますな」
「それほどひどい風邪だったかな…」
「人に移された風邪はドンドンひどくなる。軍師から将軍に移された風邪は、家人たちにもっとひどくなって移っていったのでしょう」
こうしてはおられぬ、と偉度は口を布で覆い、後ろで縛った。
「おそらく趙将軍もろくに看病もされないまま、放置されているにちがいない。奥へ進みますよ」
「この娘たちは?」
「しばらく仲良く喧嘩させておきましょう。どちらにしろ、無駄な喧嘩なのですから」

そういって、勝手知ったる人の家。
さらに堂々と中に入っていく偉度の後ろを追いかけながら、以前もこんなことがあったなと、なつかしく思いだしつつ、孔明はたずねる。
「おまえ、ずいぶん子龍の屋敷に詳しいようだな。それに、無駄な喧嘩というのは、どういう意味だ?」
「その明晰な頭脳で考えられたらよろしいでしょう」
「嫌味を言うな。わからぬから聞いておる。偉度、包み隠さず申せ」
「なんです」
「子龍には、実はもう心に決めた女子がいるのではないか?」
ぜんぜん気づかなかったと、さまざまな想像を働かせ、衝撃を受けている孔明に、くるりと偉度はふり返り、言った。
「あなたは莫迦です」
「そうだと思う」
「自覚ナシ、と」
そう言って、偉度はふたたびずんずんと奥に進む。孔明は、わけがわからない。
「待て。莫迦だと認めたのに、なぜ自覚がないと言われねばならぬ」
「軍師、前にも言いましたが、わたくしは莫迦が嫌いです」
「覚えているとも」
「ですから、黙っていてください。お話したくありません」
「……」

そうして険悪な空気をあたりに撒き散らし、屋敷内に充満する悪疫と戦いながら孔明と偉度が奥へと進むと、趙雲の私室に行き当たった。
そこに入るなり、偉度は言う。
「趙将軍は、物置に寝てらっしゃるのか?」
「ちがうよ、ここに来たのは初めてだが、子龍というのは、私物を持たない男なのだ。案内も請わずにきたから怒るかな」
言いつつ、孔明は、あきれるほどに何もない、調度品も、どこからかもらってきたか、拾ってきたのか、趣味もばらばら、座と卓と小棚と文庫だけ、寝台の傍らに、実に立派な鎧と武器の一式のそろえてあるという部屋で、寝台によこたわる趙雲のそばに寄った。
普段ならば、部屋に入る前から、おそらく足音でそれとわかるのが趙雲なのであるが、孔明が寝台の横に立っても、趙雲はぴくりとも動かず、目を開かない。
「重症だな」
その白蝋の顔をのぞきこむ孔明のつぶやきにより、趙雲は呻きながら、ゆっくりと目を覚ました。
「子龍、ずいぶんひどい様子だな。家人もすべて風邪で倒れたらしい。医者には診てもらったのか」
「風邪だから養生しろと、それだけだ」
と、趙雲は、なぜここにいる、といった余計な質問はいっさいせずに、そう答えた。
「熱のほかに、具合のおかしなところはあるか?」
「眩暈がする」
「うむ…食欲もない様子だな」
と、やはり卓の上に冷めたままになっている粥の入った器を見て、孔明は言う。
おそらく、さきほど見た、廊下に倒れていた娘たちのだれかが持ってきたのだろう。
それにしても、だれが看病するかで揉めて、結局目的を果たせないでいる。
これでは家人の意味がない。
だれが雇用に関する権限を持っているのかはしらないが、趙雲はそういうことに頓着しないので、わたしがいわねばならぬだろう、と孔明は思った。
将軍職にある男が、ひとりつくねんと熱にうなされている。
哀れな話ではないか。

趙雲はというと、うっすらと目を開いたものの、やってきたのが孔明だとわかって安心したのか、また目を閉じて寝入ってしまった。
「しまった、薬を飲ませるのであった」
孔明が呟くと、偉度が杯と、娘たちの持っていた盆から奪った薬を取り出し、孔明に差し出した。
「将軍が眠ってらっしゃるわけですから、仕方がない。軍師、口移しで飲ませて差し上げたらよろしいでしょう」
「ああ、そうか」
と、孔明は水と薬を口に含み、瞑目したままの趙雲の後頭部に手を回すと、しばらくその、熱にやつれた顔を見つめていた。

身じろぎも、呻きもしないその顔を見つめていた。

もう四十に手が届こうというのに、ほとんど老いの気配のない顔をみつめていた。

こうして瞑目していると、ふしぎと性格が読めない顔だな、と思いながら見つめていた。

ただただひたすら見つめていた。

「ちょっと待て」
「あっ、薬! あなたが飲んでしまってどうするのです!」
抗議の声を上げる偉度に、孔明はきびしく振り返る。
「おかしかろう。ここは戦場ではなく、水差しもちゃんとあって、子龍には意識もある。なのに、わざわざ口移しをする意味がどこにある!」
「水差し? なんですか、それは。わたしの知らない物体です」
「嘘をつくな、嘘を! 後ろ手に隠したそれを出せ! まったく、何を考えておるのだ、おまえは。口移しなんぞしてみろ、正気に戻った子龍に、顔の形が変わるほど殴られるぞ」
「軍師に関しては、それはございませぬよ。わたしならば判りませんが」
まったく、とぶつぶつ言いながら、思わず飲み下してしまった苦い薬の粒を舌で始末しつつ、孔明は、もう一服あった風邪薬を、今度は普通に水差しで趙雲に飲ませた。
趙雲は、完全に眠っていたわけではなかった様子で、薬を飲むと、
「苦い」
と力なくつぶやいた。
孔明は寝台の傍らに座を持ってきて、膝をかかえて隣に座りつつ、趙雲の顔を見る。
「昔もこういうことがあったが、あのときよりだいぶひどいな。こういう、元気のない子龍を見るのは好きではない。律儀者め、本当に風邪を持っていくやつがあるか」
「仕方なかろう。季節の変わり目であったし、俺も油断した」
目を瞑ったまま、趙雲は言う。
「おまえとて、完全には治ってないようだな。足音でそうとはわかったが、声だけ聞いていると別人のようだ」
「そうだろう。良くんに声のよいカラス程度には回復したといわれた。声のよいカラスとはどんなものだ?」
「おまえたちは、あいかわらず呑気だな」
「仕事は山積みなのだが、良くんが来てくれたお陰で、滞りはない。今度、正式に挨拶にくる、と言っていたよ」
「俺の方が下位なのだ、俺が行くべきだ」
「あなたのほうが年上なのだから、あなたが訪問を待つべきだ。良くんは、わたしと同じで、あなたのことを兄のように思っているのだよ…おや、偉度がいない」
孔明は座を立つと、趙雲の私室から廊下を見た。
すると、偉度は、風邪の程度のひどくない家人をむりやりたたき起こし、そこかしこで倒れたり蹲ったりしている家人を一箇所にあつめ、寝台を用意してやっているところであった。
あれも、他者への思いやりがでてきたのだな、背も高くなるはずだ、と微笑ましく思いつつ、孔明は趙雲のもとへ戻る。

つづく……

説教将軍 4

2018年06月27日 09時20分11秒 | 説教将軍
続・説教将軍、悪疫に伏す

風邪をすっかり治して、すぐさま職務に復帰した孔明。
しかし、たった一日休んだだけというのに、こなさねばならぬ仕事は、誇張でもなんでもなく山のようにあった。
事実、左将軍府にきたとたん、文机のうえに、崩れかけの書簡の山がどっさり載っていたのである。
仕事が難解であればあるほど、そして忙しければ忙しいほど燃えるのも孔明である。
気合を入れて、早速、片っ端からつぎつぎと書面に目を通し、目にも止まらぬ早業で、決裁を下していったのであるが…

「乗りに乗っておりますな」
と、となりに机を構える胡偉度が、わき目も振らずに書面に目を落としつづける孔明に言った。
とくに用もないのに話しかけてくるのは偉度の癖である。
孔明が返事をしないとわかっていても、懲りずに話しかけてくるのだ。
いちど、なぜそんな無駄なことをするのか、とたずねたことがあるが、答えはやはり曖昧なもので、なんとなく、ということであった。
おそらく、単にさびしいのだろう。
「風邪もすっかりよくなられたようで」
「お陰さまでな」
と、病み上がりらしい、掠れた声で、孔明はちゃっちゃと筆を動かしつつ、言う。
「あの方が、風邪を持っていってくださったからでしょう」
ぴたり、と孔明は筆を止め、そ知らぬ顔をして書面を読むフリをしている主簿のほうを見る。
「まことか」
「本日は、ご出仕なさらず、休んでおられるとか。ひどい熱があるご様子ですよ。うつされた風邪、というのは厄介でございますからな」
鬼の霍乱、と憎まれ口を叩く偉度を尻目に、孔明は筆を置くと、立ち上がった。
「どちらへ」
「わかっておるだろう。すぐ戻るゆえ、そなたはここで留守を頼む」
すると偉度は、あからさまに迷惑そうにかたちのよい眉をしかめた。
「ご冗談を。軍師がいらっしゃらなければ、すべてはわたくしに集中いたします」
「がんばれ」
「がんばりたくありません。わたくしも参りますよ。御者を呼ぶ手間が惜しい。わたくしが手綱を持ちますゆえ、あなたさまは馬車に揺られているあいだ、すこしでも仕事をやっつけておしまいなさい」

孔明は、偉度に言われるまま、書簡をまとめ、それから執務室の奥にある、仮眠をとるためにつかっている小部屋に行くと、以前に自分で処方した、感冒に効く薬の入った箱をひらいた。
感冒、といっても、鼻にくるもの、咽喉にくるもの、熱ばかりが高くなるもの、さまざまである。
わたしはこれであったから、と思い、孔明は咽喉からくる感冒の薬を持ち、それから咽喉の痛みに効く煎じ茶も持ち出した。
これは咽喉に利く、清涼感のつよい葉をあつめて煎じたもので、気付け薬にも使われることがある。
咽喉がひりつくときには一番だ。





孔明が左将軍府を出るころには、偉度はすでに馬車の用意をして、表で待っていた。
御者台に座ってすました顔をしている偉度を見て、ふと孔明は、おや、この子はまた背が伸びたのではないかな、と思う。
以前は偉度の地面に映える影法師は、門の前にたつ孔明の足元まで伸びなかった。
「背が伸びたか」
馬車に乗り込みつつ孔明がたずねると、偉度は妙なことを、と呟きつつ、答えた。
「わたくしの背を、なぜ気になさる」
「それは気にするだろう。どれくらいになったのだ。いいなさい」
「七尺は越えました」
「そうか、ならば、あとでおまえの屋敷に、あらためて衣を届けに行く」
「衣?」
素っ頓狂な声をあげつつ、偉度は馬車を走らせる。
後ろに乗った孔明は、さっそく書簡を開いて、ああでもない、こうでもない、と考えながら、器用に偉度の問いに答えた。
「わたしの着なくなった衣をやろう。丈を詰めれば、まだ十分に着られるはずだぞ」
「あなたの衣を、わたしに? 衣の贈与は相当な仲でなければふつうはしないものです。それにもうひとつ意味が…邪推するものが出ますぞ」
「その、もうひとつの意味とやらは知らぬな。それに、邪推したい者には、させればよいではないか。勿体無いのだよ。わたしの衣を着こなせる物は、なかなかない」
「白まゆげの弟はどうです。中身はともかく、趣味は悪くなかったから」
「色が合わないよ。あれは案外、地黒だからな。と、するとおまえしかおらぬのだ。材質はどれも折り紙つきだぞ。不満か?」
「ぞっとしませんね」
そうか、と答えつつ、孔明は案件をすでに二つ、まとめていた。
同時進行で、脳裏に、自分の衣をまとった偉度の姿が浮かぶ。
襄陽時代に、やはり二十を過ぎたころに身にまとっていたものだ。
材質が上等なので、大事にとっておいたから、傷みもせずに、まだ着ることが出来る。
とはいえ、色合いが、三十を越した孔明には、華かにすぎるのである。
だから、二十を過ぎたばかりの偉度であれば、着こなしも洗練されているのだし、うまく着てくれるだろうとおもったのだが。

がらがらと馬車が進む中、ぼそりと、御者台の若者は言った。
「どうしても、というのであれば、戴きます」
「うむ、どうしてもなのだよ。では、あとで届けさせる」
やれやれ、これで物を無駄にしなくて済んだ、と孔明は喜び、偉度もまた、いつもなら冷笑的な笑みを浮かべるのが常のこの青年にしてはめずらしく、子供のように嬉しそうにしていたのであるが、それは孔明には見えなかった。





趙雲の屋敷は、孔明の屋敷のほど近いところにある。
敷地が広く、屋敷は狭いというつくりで、広い敷地のほとんどが、あつめた馬を納めておく厩である。
趙雲は、ヒマができると厩にいって、馬だの驢馬だのの世話をして時間を費やしている。
馬専用の、立派な井戸もあるほどだ。
家人のほとんどは、趙雲のあつめた馬の世話をする者たちで、実際に屋敷の中で働いている者はすくない。
趙雲には妻がいないため、家令が屋敷の一切を取り仕切る形となる。

とはいえ、どの世界にもお節介は存在するわけで、あるじに伴侶のいないことを気の毒に思った家令やそのほかの思惑をもつ一派は、趙雲に嫁をもらってもらう、嫁でなくてもせめて妾を、と運動をはじめた。
すなわち、屋敷に住み込みで雇う飯炊き女などに、自分たちに縁のある、若い美形の娘ばかりをあつめたのである。
趙雲の後宮屋敷、などと悪口を聞くものもいるが、たしかに屋敷はある種の華やぎがある。
しかし、肝心のあるじが娘たちに感心がないために、咲き誇る花は、客人の目を楽しませるばかりで、本来の目的をまるで果たしていない。
趙雲のもとに集った娘を、横取りしてやれと思う不埒な者もいて、このところ、趙雲の屋敷には、来訪者があとを絶たないとかなんとか。

「いい加減に、身を固めてしまえばよいものを」
「本当にそう思ってらっしゃいますか」
偉度の問いに、孔明は即答した。
「いいや」
「だったら、冗談でも薄情なことをおっしゃいますな。趙将軍が二度と病床から起き上がらなくなったら、どうなさる」
「? 子龍がなぜ、わたしのことばで、ずっと寝込むことになる?」
「いいから、黙ってらっしゃい。ごめんくださいまし、軍師将軍の主簿、胡偉度でございます。こたびはあるじとともに趙将軍のお見舞いに参じた次第にございます」
偉度は、とんとん、と扉を叩くのであるが、返事はまったくない。
おかしいな、とつぶやき、そっと門扉を開くと、やはりだれの姿もなく、屋敷内はしんと静まり返っているのであった。
「みなで、療養のために温泉にでも出かけたのではないか」
呑気にいう孔明に、偉度は、あきれたように答えた。
「だったら、留守居のひとりくらいは残しておくものでしょう。仕方がない。入りますよ」
孔明が静止するのも待たず、偉度はさっさと趙雲の屋敷に入っていく。

趙雲の屋敷は厩の立派さがひときわめにつくもので、風向きによっては獣臭い。
それを緩和するために、ふだんから玄関には高級な香が焚かれており、これは唯一といってよい、趙雲の使用するぜいたく品なのである。
ずかずかと中に入り込んでいく偉度のあとに、気まずくついていく孔明である。
木蓮や柘植の木の青葉が、陽光にすけて、鮮やかな緑を見せているのが目に映える。
遠くから、馬のいななきがたまに聞こえてくるので、まったく誰もいない、というわけではなさそうだ。

つづく……

お待たせしましたー。
説教将軍シリーズ、まだつづく。

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