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はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

赤壁に龍は踊る・改 二章 その11 祈りと宴

2025年01月13日 11時37分11秒 | 赤壁に龍は踊る・改 二章



趙雲は運のよいことに、仮家を飛び出してすぐ、それらしい怪しい人物をみつけることができた。
笠を目深にかぶった、砂で汚れた白っぽい衣を着た小柄な人物で、顔や年齢などはわからない。
男だろうことは、腰から尻にかけての体形でわかった。
趙雲が声をかけようとすると、その人物は気づかれたと悟ったのだろう、すぐさま足早に駆けだす。
趙雲も、負けじと駆け出し、仮家から離れた。


怪しい人物は陸口城市《りくこうじょうし》の路地を複雑に通って抜けていき、趙雲をまこうとした。
だが、ここで引き下がる趙雲ではない。
目の良いところを遺憾なく発揮し、怪しい人物が路地へ入れば、自分も路地へついていき、往来に紛れようとすれば、距離を縮めて肩を掴む寸前まで行き、市場に入られても、すぐに相手を見つけて、追いつづけた。


怪しい人物は当初こそ、平然としている様子であったが、いくらまこうとしても、趙雲がしつこく追ってくるので、焦って来たのだろう。
やがて、かれはちらちらと後ろを気にするようになり、市場から抜けると猛然と走り出した。
その勢いは、さに強弓によって放たれた矢のようである。
趙雲も後を追ったが、しかし土地勘があるのは逃げた相手のほうだったらしく、路地を何度か曲がったところで、とうとうまかれてしまった。


相手を見失い、行きついたのは城隍神《じょうこうしん》の廟である。
城隍神とは土地の守り神のことを指す。
どうやらこの陸口でも、厚い信仰をあつめているらしく、老若男女が集まって祈りを捧げている。
焚かれている清々しいお香のかおりをかいでいるうち、せっかくだから、お参りしていくかという気持ちになった。
逃げたやつは、もうとっくにどこか遠くへ行ってしまっているであろうから。


そうして、趙雲は賽銭を払って、戦に勝てますように、生きてわが君の元へ帰れますようにと祈った。
祈りを捧げている者の大半は、街の人間らしく、かれらも熱心に長いこと神の前に立っている。
迫る戦禍から逃れたい一心で、ひたすら祈っているのかもしれなかった。
かれらに交じりつつ祈っているうち、趙雲のこころが、波が引くように、すうっと落ち着いてきた。
劉備や孔明のこともそうだが、長沙の黄忠や、かれに託した孫軟児のことが心配で、気持ちに荒波が立っていたようだ。
子供たちや孫軟児については、きっと黄忠自身がなんとかしてくれる。
そういう、人を安心して任せられる老爺だった。
おれの目に曇りはない、大丈夫だ。


祈ることで、自身がらしくもなく感情的になっていたことに気づき、趙雲は、祈るというのは、たまには良いものだなとさえ思った。
仮家に帰るころには、もう平素の自分になっていて、すっきりした顔で孔明らの前に戻れた、というわけである。





「落ち着けてよかったよ。あなたの言うとおり、漢升《かんしょう》(黄忠)どののことは、きっと大丈夫だ。
あれほど義理堅く、信頼できる人もいないからね」
「そうだな、おまえの言うとおりだ。つい感情的になってしまった。すまなかったな、偉度も」
謝られて意外だったらしく、|胡済《こさい》は、目を丸くした。
「かまいませんよ、気が立つのは仕方ありません……ところで、逃げたやつと言うのは、何者だったのでしょうか」
「そうだな、気になる。何か特徴はあったか?」
孔明がたずねると、趙雲はおのれの顎をさすりつつ、首をひねった。
「いや、特徴らしいものはなかった。ずいぶん体力のあるやつだったな。
あれほど追いかけたのに、まったく足が遅くならなかった。それと、土地勘があるようだった」
「そうなると、周瑜の手の者でしょうか」


周瑜、と聞いて、孔明は眉をひそめた。
どうあれ、表向きは自分たちは味方である。
いまのところは、という条件付きとはいえ、敵ではないのだ。
細作を放たれる筋合いはない。


「どこまで聞かれていたでしょう」
「わからぬ。どちらにしろ、今後は気をつけたほうがよいな」
そして孔明は、すでに人気のなくなった垣根のほうを見やった。





そのうち、韓福《かんぷく》が、食事の支度ができたと言ってきた。
事前に知らせが来ていた通り、うまそうな栗のおこわに、三品ほど小皿がついていて、おかみさんが存分に腕をふるったのがわかる。
箸をつけてみると、どれも大変美味であった。
「これはうまい。栗がほくほくしているうえ、甘さがちょうどいい」
褒めちぎる孔明のとなりで、趙雲も、めずらしく感激して、お代わりをするほどだった。
胡済もご機嫌で、
「苦労して長江を渡った甲斐がありました」
と、箸が止まらぬ様子である。
韓福とおかみさんは、客人が大喜びしてくれているのが誇らしいらしく、奥からどんどん料理を運んでくる。


そのうち酒も持ってきて、みなで楽しく酒盛りとなった。
胡済と飲むのは初めてだったが、かれは顔色一つ変えずに、ぐんぐん吞んでいく。
どうやら、うわばみは、自分だけではないようだ。
御相伴にあずかっていた韓福が、余興をします、と言って、民謡を唄い出し、おかみさんがよしなさい、とたしなめる。
胡済は気を良くして、韓福の民謡に合わせて踊り出した。
踊りの華麗さに、みなはさらに盛り上がって、笑い合う。
その夜は、仮家にいつまでも楽し気な声が絶えなかった。


いまは戦時中だということも、そのときだけは忘れられていた。


二章おわり
三章へつづく


赤壁に龍は踊る・改 二章 その10 悪い知らせ

2025年01月12日 09時58分25秒 | 赤壁に龍は踊る・改 二章
「それと、あまりよくない知らせがございます」
胡済《こさい》はそう切り出し、孔明よりも趙雲のほうを気にしつつ、言った。
「長沙《ちょうさ》におられた黄漢升《こうかんしょう》(黄忠)どのが、曹操軍に降ったそうです」
「なんだと、なぜ? 連れて行った子供たちはどうした!」
身を乗り出し、詰め寄ろうとする趙雲に、胡済は冷静につづけた。
「まだはっきり事情はわからないのですが、漢升どのは、やむなく長沙太守の韓玄に降ったようです。
わたしの兄弟たちが集めてきた話によれば、長沙に戻った子らも無事だとか」
「軟児の一家は無事なのか?」
孫軟児《そんなんじ》は、わけあって、趙雲が救った娘である。
「戦や小競り合いがあったわけではないようなので、無事でしょう。
長沙太守の韓玄という人物、悪評がある人物ではないようですし、なにか漢升どのに事情があったのでは」
趙雲は「どういう事情だ」と悔しそうに言って、床に目を落とした。


「お気持ちはわかりますが、いまはどうしようもありませぬ。しかし漢升どのなら、軟児や、ほかの子供たちを守ってくれるでしょう」
「そうだよ、子龍。もしかしたら、漢升どのは子供たちを守るため、あえて曹操軍に降ったのかもしれぬ。
きっと功名心や野心などで降ったのではない」
「それはわかるが」
と言いつつ、趙雲は暗い顔でため息をついた。


さて、これはしばらく落ち込む顔だな、どうしたら励ませるだろう……と、孔明が思案している途中で、趙雲が、ぴくりと身を動かし、さらに腰を浮かせた。
「どうした」
「いや、枯れ葉を踏む音が同じところでしている。どうも垣根の向こうにだれかいるようだ」
それを聞いて、察しのいい胡済も腰を浮かせ、窓と孔明のあいだに身を滑らせた。
仮に窓から飛び道具が入ってきた場合に備えたのだろう。
趙雲もまた、剣の柄に手をやって、外を警戒する。
だが、趙雲が気づいたのが早かったおかげで、垣根の向こうの何者かは、何も仕掛けてこなかった。


「偉度、軍師を頼めるか。おれはさっきのやつを追いかけてみる」
「分かりました、お気をつけて」
その短い会話だけで、趙雲はすぐさま草履をはくと、足早に垣根の向こうへ飛び出していった。
残された胡済は、万が一に備えてか、窓を完全に締め切り、長剣を手にする。
剣を持たせると完全に戦士の表情に変わる。
さすがの孔明も近づきがたく思うほどだ。
胡済の厳しい横顔を見ながら、この子はずいぶん大人っぽくなったなと安堵する。
胡済が別の名まえで襄陽城にいたころは、これほど立派な姿になるとは想像もしていなかった。


ところが、胡済は孔明の目線が気に入らなかったようで、憮然として外を気にしたまま言う。
「わたしの顔になにかついていますか、さっきからじろじろと」
「おまえは子龍の前では大人しいのに、わたしと二人になると容赦がないな」
「べつに、どちらがどうと区別はしていませんよ。
あなたのほうがわたしと二人になると気を抜くのでは?」
「それこそ区別はしていないつもりだが」


その後、趙雲を待つあいだ、孔明は胡済とよもやま話をして過ごした。
ぶっきらぼうながらも、胡済は孔明の質問によく答え、とくに劉琦の病状についてはくわしく語った。
劉琦の状態は上向かず、側で看病をしている者たちや、|伊籍《いせき》たちをはらはらさせているという。
「どの薬もなかなか効かず、お苦しそうです。見ているとつらくなります」
襄陽城《じょうようじょう》での苦労が、もともと病弱だった劉琦の身体をとことん痛めつけてしまったのだ。
せっかく重い軛《くびき》がとれ、これから人生が開けるかもしれないというのに、気の毒というほかない。
「劉公子はほんものの劉琮が亡くなったことをご存じありませぬ。
人づてに、にせの劉琮が曹操に青州牧に任命されたと聞いて、遠くに追いやられて気の毒だというほどでして。
ほんとうに、お人柄がよすぎるといいますか、わたしのほうが泣けてきます」
胡済は語っているうちに、ほんとうに泣きたくなってきたらしく、何度も山猫のような大きな目を瞬かせた。
そうしていないと、涙がこぼれてくるのだろう。


孔明より胡済のほうが長く劉琦の側にいた。
劉琦のよいところは、余さず知っているからこそ、余計に悔しく、また、悲しいのだ。
孔明も、なんと声をかけるべきか迷っていると、ちょうど趙雲が帰って来た。
手ぶらである。
収穫は何もなかったようだったが、しかし意外なことに、趙雲の顔はすっきりとして、落ち着いていた。
なにか良いことがあったらしい。
「だれか知り合いにでも会ったかい」
孔明がたずねると、趙雲はそうではない、と言いつつ、外へ出た後のいきさつを語りだした。


つづく

※ 次回か、次々回で二章は終わりとなります。
四章目までは原稿がありますが、三章目に入る頃合いで、二日置きに更新となるかもしれません。
まだ決めかねています。
決まりましたらまた連絡させていただきます。

では次回もお楽しみにー(*^▽^*)

赤壁に龍は踊る・改 二章 その9 まずは良い知らせ

2025年01月11日 10時18分22秒 | 赤壁に龍は踊る・改 二章
韓福《かんぷく》が出してくれた茶を飲みつつ、三人はたがいの近況を語り合った。
「玄徳さまは、軍師の策のとおり、兵を温存させるべく、曹操の動きを見張ってらっしゃいます。
陸口《りくこう》も烏林《うりん》も、いまのところ動きがなさそうですね」
「こうも何もないと、却ってよくない。曹操に力を与えるだけだ」
趙雲が言うと、胡済は部屋の窓を気にする。
そして、外にだれもいないとたしかめてから、ふたたび口をひらいた。
「叔至《しゅくし》(陳到《ちんとう》)どのの細作《さいさく》の情報なのですが、烏林で疫病が発生しているようです」
「なんと」


孔明と趙雲は顔を見合わせた。
まさに、周瑜が予見したとおりになったのである。


「どうかされましたか」
ふしぎそうにする胡済《こさい》に、孔明はかくかくしかじか、と周瑜の予想したことを説明した。
すると胡済もさすがに驚いたようで、腕を組んでうなる。
「さすがですね、いや、われらのほかに荊州《けいしゅう》の情報にくわしい者が周公瑾のそばにいるのか」
「どういうことだ」
「叔至どのによれば、流行っているのは風土病らしいのです。
おそらく、烏林の要塞の建築に借り出された地元の民から兵卒たちにうつったのでしょう。
妙な病でして、地元の者は重症にならないのですが、よそ者は、まるで魂が弾かれるように重症になり、死ぬ者すらいるとか。
曹操は、この病を防ぐのに、かなり手を焼いているようです。
そのうえ、北方の者たちは、やはり船に慣れないようでして、連戦の疲れもあって、船酔いがおさまらないようなのです。
そこへきて流行り病でしょう。曹操からすれば天を仰ぎたくなるほどでしょうね」


曹操憎しで、孔明は天罰だと言いかけたが、胡済によい影響を与えないことに気づき、黙った。
その代わり、趙雲が口をひらく。
「そんなありさまでは、まともに戦える者は少なかろうな」
「わたしが曹操だったら、風土病がおさまり、兵が船に慣れるように、春を待ちますがね。
ただし、そうすればするほど、荊州の民は兵糧や資金だけではなく労働力も搾り取られ、悲惨な目に遭うのです」
第二のふるさとである荊州を、これ以上、曹操に蹂躙されたくない孔明は、そこに曹操がいるかのように、部屋の隅の空間をにらんだ。
「わたしが周都督だったら、曹操を挑発して長江に引っ張り出すのだが」
「たしかに、水上でなら曹操の兵も弱る。
だが、曹操もそれをわかっているから、半端な挑発では出陣しないだろう」


趙雲に言われ、孔明はそのとおりだな、と思い直した。
そもそも、曹操の船団が小出しで出てくるのをいちいち叩くのもきりがないから、曹操自身が大軍を率いて出てくるように仕向けなければならない。
なるほど、そう考えると、勝つためには曹操に、自分が勝てるかもしれないと確信させなければならないわけだ。
そうなると、どうすればいいか……


「ところで偉度や、おまえはたくさん荷物を抱えてきたようだね、中身はなんだい」
すると、胡済は、はっとして、自分の持ってきた葛籠《つづら》をふり返った。
そして、顔を桃色に染めて、恥じ入る。
「申し訳ありませぬ、本来の目的を忘れるところでした」
言って、胡済は葛籠の中から、たくさんの書状を取り出した。
目を丸くする孔明に対し、書状をひとつひとつ分けながら、胡済はいたずらっぽく、にっ、と笑う。
「これは、軍師の配られた手紙に対する、皆さま方の返書です」
「では」
「はい。中身の詳しい内容は分かりませぬが、わたしが受け取ったさいには、皆さまは全員が明るい顔をなさって、軍師にくれぐれもよろしくとおっしゃっておりました」
「おどろいた。偉度よ、おまえは自ら手紙を回収してまわったのか」
「ひとりでではありませぬよ。さすがにその時間はありませんでした。
わが兄弟や、例の便利屋たちに手伝ってもらって、手紙を回収したのです。
どうぞ中身をおあらためください」
「よくやってくれた、ありがとう、偉度」
孔明が頬を紅潮させて、胡済の手を取っていたわるようにぽんぽんと軽くたたくと、こそばゆいのか照れているのか、胡済はふいっと顔をそむけてしまった。
「あなたのその、分かりやすすぎるところ、どうにかなりませんか」
「これがわたしだ、慣れろ」
言いつつ、孔明は手紙をひとつひとつ丁寧に開いて見る。


馬良を筆頭に、弟の馬謖、ぜひに陣営に加わってほしかった陳震に廖立《りょうりつ》はもちろんのこと、司馬徽《しばき》(水鏡先生)の私塾で一緒だった仲間や、手紙だけでしかやり取りしていない者たちまでもが、色よい返事を寄越してくれていた。


孔明は満足して、大きく鼻から息を出す。
「これでよい。荊州の主だった有能の士は、ほとんどが良い返事をくれた」
「軍師、手紙についてなのですが」
と、胡済はまた声をひそめた。
「皆さま方に手紙を配って、引き抜きをしようとしていたのは、軍師だけではないようです」
「曹操の手の者か」
孔明がたずねると、意外にも胡済は首を横に振った。
「どうやら、周公瑾のもとにいる龐士元(龐統)どのも同じことをしたようなのです……この戦で曹操は負ける、孫将軍の家臣になるのが御身のため、一族のためになる、と」
「で、そちらへの返事は、みなどうしたのだろう」
胡済は軽く肩をすくめた。
「中には両天秤にかけている方もいるかもしれませんが、ほとんどが軍師のお誘いに傾かれているようでした。
それはそうでしょう、軍師と士元どのでは、立場がちがう。あちらは周公瑾の功曹にすぎず、あなたは劉豫洲《りゅうよしゅう》(劉備)の軍師。
しかも荊州に深い縁があるのは、周公瑾ではなく劉豫洲のほうですし、やはり馴染みのあるほうに、皆さまがたは賭けたくなるものなのでは」
「そうか。おまえの言うとおりかもしれぬ」
応じつつ、孔明は龐統を少しばかり気の毒に思った。
胡済の言う通りで、周瑜は龐統を家臣として重く扱っていない。
もし重く用いているのであれば、もっと表に出てきていいはずだ。
周瑜はおのれの才覚を信じ切っていて、この戦のほとんどを独力で切り抜けられると思っているのだろう。
と同時に、自分と龐兄はいま、まちがいなく競争相手になっているのだなと実感する。
どちらが勝つか。
いや、勝たねばならない。
劉備のためにも、荊州の人々のためにも。


つづく

※ 胡済が持ってきた知らせは、まずは良い知らせ。
さて、次回は……? おたのしみにー(*^▽^*)

赤壁に龍は踊る・改 二章 その8 思いもかけない来訪者

2025年01月10日 10時34分22秒 | 赤壁に龍は踊る・改 二章
そうこうしているうちに、日数が経ち、戦も膠着《こうちゃく》状態となった。
曹操はすさまじい速さで、陸口《りくこう》から長江をはさんで向かいの烏林《うりん》に要塞を築いているらしい。
おそらく動員されているのは、無理やりに働かされている荊州《けいしゅう》の将兵たちや徴収された民衆だろうと思うと、孔明も気分が塞いだ。


曹操は洞庭湖《どうていこ》で迷子になったことを教訓にしたのか、霧の立ち込める長江に、やすやすと出撃してくることはない。
そのため、周瑜率いる水軍も下手に手出しができず、ひたすらにらみ合う状態だ。
曹操に持久戦に持ち込まれると、同盟軍は不利となる。


孔明が、何とか策をひねり出して、周瑜に献上せねばと仮家で悩んでいると、韓福《かんぷく》があらわれて、ホクホク顔で言った。
「栗がたくさん採れましたので、今宵は栗のおこわを焚きますよ、どうぞお楽しみに」
どうやら栗は韓福の好物でもあるらしく、かれは心底うれしそうである。
孔明も栗のおこわが楽しみだったので、
「われらもよいところに居合わせたものです。遠慮なくごちそうになりましょう」
と応じた。


すると、おかみさんがやってきて、お客が来ているという。
子敬(魯粛)どのかな、と思い表に出て、おどろいた。
玄関口にいたのは、旅装に身をつつみ、背中に大きな葛籠を背負った、胡済《こさい》であったのだ。
「偉度《いど》、よく来たな!」
孔明が満面の笑みを見せて迎えると、胡済も、にっ、と唇を上げて、言った。
「お元気そうでなによりです。江東の民にはいじめられていないようですね」
「ばかなことを。とても良くしてもらっているよ」
「その通りのようですね。ホッとしました。
玄徳さまは、軍師や子龍どのがいじめられていないかと、そればかりを心配なさっていましたから」
劉備が心配するのは、樊口《はんこう》でのとげとげしい会談を思えば、仕方のないことであった。


「おまえはわが君の使者として来たのか? ならば、われらは無事だと、ありのままを伝えておくれ」
「そういたします。なにはともあれ、良かったです。
最悪の場合は、わたしもここに残って、ひと働きしなければいけないかもしれないと思っておりましたから」
胡済が働くという場合は、表立ってではなく、裏で工作する、ということを示す。
孔明は眉をひそめ、胡済の言わんとすることをたしなめた。
「おまえはもう『壺中《こちゅう》』ではないのだから、裏の仕事はしなくてよいのだよ」
「そうはいっても、だれかがやらねばなりますまい。あなたは人が好いから、心配です」
「心配してくれてありがとう。だが、重ねて言うぞ、おまえはなにもしなくてよい。
わたしはおまえに日の当たる道を歩いてほしいのだ」
率直に言うと、胡済は、「ほんとうに直言なさる方だ」とぶつぶつ言ったが、浮かべる表情は笑みを殺そうとしているもので、ほんとうはうれしいのだということが知れた。


それから胡済は韓福とおかみさんに引き合わされ、奥へと通された。
胡済の、気の強い性格とは似合わない可憐な美貌に、韓福もおかみさんもおどろいて、
「まあ、こんなにきれいな坊ちゃんが世にいるものなのですか」
と感心した。
胡済はかえってむっとしたが、孔明が小突いて表情をあらためさせた。
趙雲も合流し、孔明の居室でふたたび話をはじめる。


つづく

※ ここで胡済、再登場でした。
胡済の持ってきた情報とは?
次回をおたのしみに(*^▽^*)

それと、仙台も午後から一気に雪が降って、いまはあちこち積もっています。
みなさま、今日は雪に気をつけてお過ごしくださいね。
昨年、雪に滑って膝を怪我した牧知花より。

赤壁に龍は踊る・改 二章 その7 陸口の仮家

2025年01月09日 10時19分12秒 | 赤壁に龍は踊る・改 二章
孔明と趙雲は、魯粛のこまやかな計らいにより、陸口城市《りくこうじょうし》のなかにある、こじんまりとした民家を借りることとなった。
そこを仮家として、魯粛や周瑜の要請があると、登城するのである。


魯粛は同盟を言い出した人間なので、孔明たちになにかと気を使い、物資や食料などをこまめに送ってよこしてくれた。
周瑜はというと、かれの意識は曹操ひとつに向かっているらしく、孔明になにか仕掛けてくるでもなし、ひたすら軍略を練っていると言った様子である。
孔明は、陸口でなら龐統に会えるのではないかと期待していたが、どういうわけか、周瑜に仕えているはずの龐統は、まったく姿を見せない。
どうやら避けられているようだと、察しのいい孔明は気づいた。
内気な龐統を過度に刺激することに、意味は全く感じられなかったので、孔明もかれを探すのをやめた。


周瑜はたまに、孔明を個人的に呼ぶ。
そして、曹操軍の内容や、曹操に降った劉表の家臣たちの内情を聞いてきた。
孔明はそれらに正確に丁寧に答え、周瑜もまた、貴重な情報を喜んでいるようだ。
樊口《はんこう》での気まずい会談のことは、両者ともにおくびにも出さずにいる。
周瑜は変わらず自信たっぷりでほがらかにしていたし、孔明もまた、つとめて何気なく明るく振舞っていた。


仮家では、もともとの住人の親戚だという中年夫婦が、住み込みで孔明たちの世話をしてくれることとなった。
愛想のいいかれらは、魯粛から説明を受けたのか、孔明たちが侵略者を撃退してくれると信じているらしく、
「なんでもお申し付けください。あなたさまがたが力を存分に揮《ふる》えるよう、わたくしどもも全力で尽くさせていただきます」
と肩に力を入れて言った。


主人の名は韓福《かんぷく》といい、てかてか光る大きな額の男である。
その妻はふくよかで、いかにも裕福な街のおかみさんといった感じの女性だ。
仮家は大男の孔明と趙雲がふたりそろっていても、狭く感じない程度にはひろく、しかも孔明好みなことに掃除が行き届いていて、庭には松と、色づいた栗の木が植えられていた。


「よいところにいらっしゃいました。もうじき栗の実が収穫できますので、そのときは、お食事に提供できるかと思います」
韓福はにこにこと言う。
これほど愛想が良い理由について、あとからわかったが、かれらは講談を聞いてきたようなのだ。
もちろん、孫権が言及していた、長坂の戦いについての講談である。
その主人公となっている趙雲の世話をできるというのが、かれらにとっては自慢のタネであるらしい。
「親戚中に自慢できますよ」
と、夫婦はころころと笑って言った。


それにしても、講談のタネを仕入れている講談師の耳の速さには、感心するというか、呆れるほかない。
長坂の戦いから一か月くらいしか経っていないのに、江東の民衆は、そのあらかたの内容を講談をとおして知っているのだ。
興味を覚えて孔明は、かれらから、その内容を聞いたが、相当に誇張されて伝わっていて、江東の民にとっての侵略者たる曹操は悪、それに果敢に立ち向かう劉備軍は同情すべき善、ということになっていた。
善といわれて、悪い気はしないが、張飛が曹操軍を一喝したさい、肝《きも》をつぶして死んだ将兵が大勢いた、という話を夫婦が信じ込んでいることについては、さすがに苦笑せざるを得ない。
趙雲はと言うと、きらきらした目でかれらから見られるので、困惑しているようだ。
「行儀よくしていないといけないね」
孔明がからかうと、趙雲は
「講談のおれは、おれじゃない」
といって、顔をしかめた。


つづく

※ ここから、前作とは大きく変わってきます。
前作ですと、陸口に上陸後、周瑜がいろいろ仕掛けてきたり、徐庶のエピソードが長く続いたりしていました。
今回は、だいぶ様子が変わりますので、どうぞご注目くださいませ♪
それと、今朝の仙台市街は雪が降っていますが、積もるほどではありません。
みなさまのお住いの街ではどうでしょう。
どうぞみなさま、温かくしてお過ごしください。
ではでは、次回もまた、どうぞおたのしみに(*^▽^*)

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