はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

甘いゆめ、深いねむり その30

2013年07月30日 09時42分17秒 | 習作・甘いゆめ、深いねむり
そうおもいながら、一合、二合、と槍と矛とで刃をあわせる。
ところが、その切っ先が受け止める力が、いつもとちがって、異様に重い。
おかしい。なんだこれは。
もう一度、さらにもう一度。
火花を散らして刃を合わせていくうちに、顔良は、いままで自分がめったに味わったことのない感覚を味わっていることに気がついた。
関羽の剛力はすさまじかった。
ひとたび刃を重ねるごとに、腕が痺れていくのがわかる。
最初こそ、関羽の力がどれほどのものかを試すくらいの気持ちでいた顔良は、いまはもはや、こころの奥底から響いてくる声に耳を傾けざるを得ない状況においちいっていた。
こころの奥底からの声は、こういっていた。
まずい、全力を出さなければ、死ぬ。
いま、おれは、すさまじい力で押し潰されようとしているのだ。

弱気を吹き飛ばすように、雄叫びをあげて、関羽を弾き飛ばそうとする。
だが、関羽はまるでびくともしない。
どころか、じりじりと後退しているのは、自分のほうなのだ。
全身の毛穴から汗が噴き出し、顔良をさらに追い詰めていく。
体中が、混乱と恐怖に支配されつつあった。
関羽はまるで大きな山のようだった。
どんな攻撃を仕掛けていっても、まるで動じることがない。

なんだ、こいつは。
なんだ、こいつは!

もはや腕は痺れ、額から流れ落ちる汗で視界はわるくなり、呼吸も乱れ、顔良はまともに戦えない状態にまで追い詰められた。

死ぬ。
いいや、死なぬ。
おれは顔良だぞ。天下の顔良様だ。
こんなところで、死んでたまるものか。
おれはこいつを倒して、曹操の首を獲るのだ。

ぐわん、と銅鑼が鳴ったような音がして、全身が大きく震えた。
とうとう顔良が関羽の繰り出す刃を受け止めかね、そのわき腹に、重たい一撃を食らったのだ。
同時に、ぶわっと口と鼻から血があふれた。

死ぬ。
死ぬ。
冗談ではない、こんなところで死ぬわけにはいかぬ。
槍をかまえよ、おれは、おれはきっと生きて帰るのだ。
紅霞にも、そういったではないか。

一瞬、顔良の脳裏に、涙の痕もそのままに笑って見せてくれたうつくしい紅霞の顔と、鄴にのこしてきた古女房のいつもの笑顔、線が細くて心配な息子の斉のあどけない顔が浮かんだ。
関羽が大きく矛を振り上げた。
太陽を背にしたその大きな黒い影は、まさに死、そのものであった。

落ちてくる。
死が落ちてくる。
避けられない。

重たい衝撃が、全身を貫いた。

暗転。

かれの夢は、ついえた。




おわり

ご読了ありがとうございましたm(__)m

甘いゆめ、深いねむり その29

2013年07月29日 09時22分53秒 | 習作・甘いゆめ、深いねむり
まるで大滝がいっせいに奈落に落ちていくような、すさまじい足音とともに、すぐに戦闘ははじまった。
油断をしていた歩兵たちは、すぐには対応できず、士卒長たちの必死の励ましと怒号にもかかわらず、隊列を乱してしまっている。
隊列が乱れれば乱れるほどに、敵兵はそこを突くようにして入り込んでくる。蟻のように。

陳到が叫んだ。
「将軍、ここは、あの将を討ち、敵の士気をくじくほかありませぬ」
いわれなくてもわかっていた。
顔良は危地にあって、ますます燃えるおとこである。
ここでほかの兵とおなじように、敵に怖じて背中を向けて逃げるなどということは考えられない。
なぜなら、自分は顔良だからだ。
袁紹軍のなかでも一、二をあらそう武勇の持ち主としてその名を知られ、おそれられたおとこ、それが自分だからだ。
あの偉そうな大男の向こうに、曹操の首がある。

顔良は自分を奮い立たせ、槍をあらためて持ち直した。
すると、それが合図であったかのように、大男はみずからの顎の袋の紐をひっぱった。
袋はほどけ、そのなかから、さらりとみごとにゆたかな長髭があらわれた。
髭がみえなかったせいで、奇妙に細長いばかりであった男の顔は、それで完成したかのように見えた。
釣りあがった細い目が、やはり顔良をとらえて離さない。
赤い馬、九尺はある大男、長い髭、そして関の文字。
「関羽か」
ようやく顔良は、その正体を見つけた。
曹操の部下ではない。
やつは、いまは袁紹の長子である袁譚の客となっている劉備の義兄弟だ。
なぜそれが、こんな前線にいるのだ。
義兄が袁紹軍の世話になっているのだから、その弟はこちらに味方するのが筋というものではないか。
いぶかしんでいると、関羽はようやくその重たい口をひらいた。
「貴殿にうらみはない。しかし、恩義を果たすためには、貴殿の首を獲らねばならぬ」
「恩義だと」
そこで顔良は思い出した。
劉備は曹操の世話にもなりながら、曹操の留守のあいだに陰謀に加担し、曹操に城を攻撃された。
そのさい、関羽は、曹操に、劉備の夫人とともにとらわれたのだが、曹操はかれと夫人を虐待せず、どころか厚遇して世話をしているという。
「犬のようなやつだな。一宿一飯の恩義をかえすために義兄の敵になるというのか」
「兄者は袁紹の部下になったわけではない。長ったらしい問答は無用だ。いざ、参る」
顔良は、関羽についての武勇伝のほとんどを知らなかった。
天下無双とうたわれた呂布と対等に渡り合ったことも知らないし、いまかれが乗っている馬が、ほかでもない、その呂布の馬だということも知らなかった。
劉備。
あの草履売りから身を起こしたという、劉姓であるほかは、なんの取り得もないおとこの弟。
劉備が武勇にすぐれているということを顔良は聞いたことがなかったので、その義弟なら、おなじくたいしたことがないだろう、くらいにしかおもわなかった。
ともかく、この大男を殺さねば、曹操の首を獲るどころか、自軍の兵も救うことはできない。
見た目は妙に立派で威圧感があるが、おそらく見掛け倒しにちがいない、おれは天下の顔良だ、こんなやつに負けるはずがないのだ。

つづく…

甘いゆめ、深いねむり その28

2013年07月28日 10時30分47秒 | 習作・甘いゆめ、深いねむり
いままでの功に免じて、陳到はゆるしてやろう。
顔良はそうおもったが、ほかの部下たちの手前、すぐに引っ込むことはできない。
あえて顔を厳しくして、
「最初からそう決め手いるなら、ぐずぐずいうな、ばかめ。ともかくおれに黙ってついてこればよいのだ、わかったな」
と乱暴にいい、ふたたび馬の手綱を手に取った。

白馬の野では、行くさきざきで敵に会ったが、やはりかれらはほとんど手向かうことなく、顔良を見ると、散り散りに逃げていった。
逃げ遅れた兵の背中に槍の穂先をつきたてて、命を奪う。敵は断末魔の悲鳴をあげてその場にたおれた。
しろつめくさや名前のわからない青草のうえに、黒い血の染みがひろがっていくのをながめるともなしにながめ、それから顔良は顔をあげた。
ひゅうと砂を巻き上げながら風が吹く。
黄色い砂の壁の向こうに、騎兵の一団が待機しているのが見えた。

顔良は、その一団の先頭にいる男を見て、まず、違和感をおぼえた。
その男だけ、単騎で前に出ているのだろうかとおもったのである。
だが、そうではないことはすぐにわかった。男の身体に対して、馬が小さくみえてしまうほどに、男は大きかったのだ。
ほかの敵兵が、おそらくは常人とおなじ体躯だろうに、並んでいても、遠くに見えるくらいだ。
大きい。九尺はあるのではあるまいか。全身を黒い甲冑で固め、やけに大きな矛を手に、じっとこちらを見つめている。
その男の背後には、騎兵がずらりと並んでいるのだが、百戦錬磨の顔良には、かれらがいままで出会った兵とはちがって、逃亡する気などさらさらないことがわかった。
なにより面構えがちがうし、その全身から発する殺気がすさまじい。
敵だ。ほんものの敵だ。
大男の背後には、『関』の文字が染め抜かれた旗が風にひるがえっている。
『関』? だれだ? 
曹操の配下の部下たちの名前をおもいつくかぎりおもいうかべてみるのだが、顔良にはすぐに該当する人物をおもい当てることができなかった。
大男の発するびりびりとした殺気が伝わってくる。
とはいえ、顔良はそこで怖じるおとこではない。
むしろ、手ごたえの無い敵ばかり相手にしてきたあとだったので、やっとめぐり合ったほんものの敵に対し、よろこびすら感じた。

「袁紹軍顔良、曹操の首を獲りにまいった。下郎、そこの道を開けよ」
顔良が呼ばわると、大男は馬の歩をわずかに進めてきた。赤い肌をした馬だった。
大男が近づくと、顔良は、かれが顎のあたりに袋をつけていることに気づいた。
妙な風体のおとこだな、というのが素直な感想だった。
大男の顔はすべてが大作りで、長細く大きな頭の中に、主張のつよい眉だの鼻だの口だのが、すべて詰め込まれているといったふうであった。
只者ではない、ということはわかる。だが、名前が出てこない。
顔良が名乗っても、大男はだまったままだった。
そして、じっと顔良から目を離さないまま、ぱっと片手をあげた。

それが合図だった。
副将の陳到をはじめ、ほかの兵たちがどよめいた。
それというのも、いままでどこに隠れていたのか、右から左から、そして背後からも、大勢の敵兵があらわれて、顔良の軍を取り囲んだからである。
敵兵の発する鬨の声があまりにすさまじいために、さいわいというべきか、自軍の兵の絶望的な悲鳴は、顔良の耳にはほとんどはいらなかった。
もしはいっていたなら、顔良は、弱気に陥っていたかもしれなかった。

つづく…

甘いゆめ、深いねむり その27

2013年07月27日 10時22分44秒 | 習作・甘いゆめ、深いねむり
しかし陳到は、このほがらかなことばには同意しなかった。かれは特徴のない顔に翳りを浮かべていう。
「それがしには、そうとはおもえませぬ。このままわれらだけで白馬に深入りして、敵に四方を囲まれたらなんとします。ここはいったん止まり、敵の出方を見るべきです」
「敵の出方なぞ待っておられるか。そんなものを待っていたら、曹操の首を討つ好機を逃してしまうぞ」
「なれば、せめて斥候がもどるのを待つべきです。ほんとうに将軍の読みがただしいのか、それをたしかめてから進軍してもおそくはありますまい」

陳到のことばに、馬上で瓢箪の水を飲み干していた顔良は、おおいに不快をおぼえた。
副将の立場である陳到が慎重であることは、全軍のためにいいことだが、それの度が過ぎる気がした。

「ほんとうにおれの読みがただしいか、だと。陳到、おまえはおれの勘をうたがうのか。おれは戦場でまちがったことがない、だからここまで生き延びられたのだ」
「それはじゅうぶんに承知しておりますが」
「おりますが。が、なんだ。今回ばかりはちがうと申すか」
「左様です」
顔良がカッと頭に血をのぼらせるほどに、陳到はその整ってはいるが、華のまるでない顔をかたくして、答えた。
「敵があまりに脆すぎます。これはわれらを誘引せんとする曹操の思惑がはたらいているのかもしれませぬ。だとすると、われらはあまりに深入りしすぎました。いまからでも遅くありませぬ。兵とともに十里、いえ、せめて四里は引き返しましょう。そうすれば、敵が反撃してきた際にも、建て直しをはかることが容易となります」
「そんなにここに留まりたくば、おまえがひとりで留まればよい。おれの副将に臆病者はいらぬ。さあ、とっととおれの前から去ね!」
顔良が手にした瓢箪を投げつけると、それはみごとに陳到の額にこつんと当った。
飲み残した水が瓢箪の口からはじけて、陳到の砂埃をかぶった髪をぬらす。
しかし、そこまでされても、陳到はその場から動こうとしなかった。
「どうした、なぜ去らぬ」
「それがしは、あくまで将軍の副将でございます。将軍がどうしても退かないとおっしゃるならば、それがしも将軍と運命をともにするまで」

顔良は気が立っていたが、もとは単純なおとこであったし、やさしさも持っているおとこであった。
陳到がこれほどまでにおびえるのは、あまりになにもかもうまく行き過ぎていることが原因だろうとかんがえ、そして、これまでいろいろ尽くしてくれた陳到を、ただおびえているからという理由で切り捨ててしまうのは、あまりに無情だとおもった。
陳到がいままでそばにいてくれなかったら、政治的に不器用な顔良は、いまほど高い地位を維持できなかっただろう。
それほどに、陳到の内助の功はすばらしかった。

つづく…

甘いゆめ、深いねむり その26

2013年07月26日 09時03分53秒 | 習作・甘いゆめ、深いねむり
一方の顔良は、快進撃をつづけていた。
敵はおもった以上によわかった。
なにせ顔良の部隊が突進してくると、武器を捨てて逃げていく兵がいる。
それも歩兵だけではない、騎兵も逃げていくのだ。

白馬の戦場のなか、まっすぐに馬を駆って進みながら、顔良は、これならば曹操の首をとるのも、たいして困難な事業ではないとおもいはじめていた。
かれが見る限り、曹操の兵の士気はいちじるしく低い。あわれな小男の首はすでに目の前にぶらさがっている。
そして、その奧には、うつくしい紅霞が待っている。
かのじょがさいごに見せてくれた笑顔、かわいらしいえくぼと、小麦色の肌に映える白い歯が、いつまでも顔良の脳裏にあった。

なので、副将の陳到が、あまりに前に出すぎていることを諌めても、ろくろく耳を貸さなかった。
陳到は、おびえを声ににじませて、馬上から声をかけてくる。
「おかしいですぞ、将軍、敵が弱すぎます」
おかしなことをいうやつだ、と顔良は聞き流した。
曹操の兵がつよいというのは、だれが決めたのだ? 耳で聞くのと目で見るのとではおおちがいということは、世の中たくさんあるわけだ。これもその例のひとつにちがいない。

顔良と陳到、そしてそれに付き従う騎馬兵と、かれらの後を追う歩兵たちは、まるで無人の原を行くように白馬の奥へ、奥へ、と入っていった。
一里行くごとに、陳到が行軍の速度をゆるめるように言ったが、顔良は聞かなかった。
それどころか、陳到のひきつり、こわばった顔を見て、かれを笑い飛ばすほどであった。
陳到は、たしかによく出来るおとこだが、いささか気の小さいところがあるようだ。
袁紹うごく。
その報だけでも曹操の兵は肝を縮めたのに、先鋒が顔良と聞いて、ますます顔色をうしなったのにちがいない。
かれの姓である『顔』の文字が染め抜かれた旗をかかげ、大声で、顔良のために道を開けよ、顔良のために道を開けよと叫びながらの行軍。
白馬で待ち受けていた曹操の兵は、顔良の名を聞くと、おもしろいくらいに逃げていった。
その背中は、はっきりと、おれは命が惜しいのだ、ということを伝えていた。
自分でも自分が強いということはよくわかっていたが、それを目に見えるかたちでたしかめられるというのは気持ちのよいことだ。
自分がとても大きなものになったように感じられる。
この快感に、顔良は酔っていた。

途中、休憩のため、馬の歩をとめ、叫びながら馬を駆ったことで口に入った砂をゆすぎ取る。
そして、顔にたくさんぶつかってきて死んだ虫たちを顔からぬぐった。
あまりに楽な行軍だったので、うしろからぞろぞろとついてくる兵たちも私語が耐えない。
だれもが曹操の兵の弱さに安心していた。
歯を見せて、笑っている者すらいる。
緊張しているのは陳到だけであった。
かれは、まるで晩餐に自分が供されることを周囲の空気から敏感に感じ取って、がたがた震えている子羊のようであった。
「陳到よ、それほどおびえることはない、曹操はおそらく白馬から引くことを決めたのだ。この顔良が来ると聞いては、逃げるほかはないと算段したのであろうよ」

つづく…

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