はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

実験小説 塔 その42 最終回

2019年03月23日 22時05分12秒 | 実験小説 塔


「透明な空というものもあるのだな、なんてふしぎな色なのだろう。わたしはどこにいるのかな。
っと、危ない、なんで小舟のうえで寝てるんだ。あやうく立ち上がって船から転げ落ちるところだったではないか。と、いうより、どこだ、ここは。

河? 

わたしは釣りをしていたようだな。

てっきり天水か、そうでなければ、子龍のいるところへいけるかと思ったのに、なんだってこんなところに。
この箱はなんだろう。
う、餌のミミズか。気持ち悪い。生きてるではないか。
だれだ、こんな餌を用意して渡したのは。これは掴めぬぞ。
釣りはやめよう。そうだとも。蓋を閉めてしまえ。えい。どうかミミズが箱から飛び出してきませんように。

岸からはそう離れていないな。対岸は林になっているが、太陽はどっちだ。

なんだかすべてが墨をかぶったように黒いな。空ばかりが白んでいて。影絵のなかに迷いこんだみたいだ。
おや、あれは、煙ではないな。白い大きな筋が、空にのぼっていく。西のほうだ」

「おい、釣果を聞かせろ、軍師将軍。いいかげん、朝飯の支度をしないと、あっというまに昼になる」
「子龍」
「俺だが? おい、舟の上で立ち上がるな、落ちるぞ! なにを考えているのだ、まったく。で、釣果は?」
「釣果? ああ、釣果ね、釣果。はいはい。釣れた魚は、ええと、おや。いつの間にこんなに釣ったかな。あまり釣りは得意ではないのに。
よろこべ、子龍、魚篭にやまほど釣れている。これは、あの竜のおまけかな」
「へえ、意外な才能があったものだ。それともここの河の魚は、おまえに釣られるくらい、おそろしくとろいのだろうか。いつであったか桂陽におまえが遊びにきたときに、一緒に釣りにいったな。あのときはさっぱりだった」
「あのときはたまたま調子が悪かったのだ。というより、いま、桂陽と言ったか」
「言ったが」
「記憶があるのだな」
「あるとも。なんだかよくわからんが、それだけ成果があったのだったら、さっさと戻ってこい。まったく、夜釣りにいくと言い出して、それっきり夜明けまで戻ってこないのだから、てっきり溺れたのではと思ったぞ」
「そうなったら大騒ぎして助けを呼んでいたさ。ところで子龍」
「なんだ」
「ここはどこだ」
「…………は?」
「わたしはたしか、主公に二ヶ月の休暇をいただいて、そのあと夢で見た西の土地にある塔に向かったはずだろう。そのあいだに、なんやかやとあって、おかしいな、あなたもどうしてここにいるのだろう」
「寝ぼけているのか、はたまた錯乱か。前者であってほしいところだが、いいか、おまえは主公から働きすぎだと注意されて、二十日間の休暇を言い渡されたのだ。で、いきなり俺の家にやってきて、これから旅にでるからついてこいという。
いったいどこへ行くのかと思って付いてきたらば、どんどん東に向かって行って、いつのまに建てたのやら、見ろ、あんな立派な別荘で、ひたすらなんにもしないで過ごすといった。
で、なぜだか急に夜になって『釣りをしたい』と言い出して、棹を持って小舟を漕ぎ出し、いまに至る。わかったか」
「西の塔へ向かったのではないのか」
「西の塔とはどの塔だ?」
「どこだったのだろう。武威と酒泉のあいだにあるのはまちがいない」
「主公が休めとおっしゃった理由がわかってきたな。そろそろ朝陽がのぼるとはいえ、体が冷えているだろう。火も焚いたし、食事も用意したから、岸にあがってこい」
「戻るのはよいけれど、ところで、どうしてわたしが釣り?」
「俺が聞きたい」
「そうだろうな。ミミズが気持ち悪いので戻るよ。舟を繋ぐのを手伝ってくれ」
「生きた蚯蚓が触れないくせに、よく釣りができたものだな。ほら、手を貸せ。せっかくここまで来たのに転ぶなよ。それと、魚篭を。
ああ、蚯蚓を俺が持って、おまえは魚と棹か。いいけどな。

見ろ、おもしろい雲だ。煙ではないだろう。あちらのほうに人家はない。天に昇る龍のような雲だな。これは瑞祥かな」

「そうだろうよ。知っているか、龍にもいろいろ格があって、高貴な龍の爪は五本あるのだよ」
「ふうん?」
「朝陽がのぼる。前にもこんな光景をいっしょに見たな。二十日の休暇で、今日は何日目にあたる」
「四日目」
「そうか、あと十六日もあるわけだな。うん、あなたのいちばん心の叶うように過ごそう。のぞみどおりにするよ。わたしはすべてに従おう。釣りも狩りも付き合うし、なんにもしないというのもいいだろう。
それから、夢の話も聞かせてあげようか。それはそれは面白い話なのだ。
疑うな。ほんとうに面白いのだよ。最後は多くのおとぎ話といっしょで、いいところに落ち着くから安心して聞いてくれ。
まずは最初にわたしが夢を見たことからはじまるのだが………」







おしまい



おまけ

「軍師、その石の使い方なのだが、五つ揃えたとして、三つ目まではふつうに願いをかけて、四つ目に『五つ目の石の願いをかけた時点で、いままでの反動が来ますように』とかけて、五つ目は使わないようにしたらどうだ」
「む?」
「でなければこうだ。四つ目までふつうに願いをかなえる。だたしここで間を空けないようにするのだ。そして五つ目の石に『いままでの反動は全部、憎い相手に向かいますように』とかける」
「非道い………でもそれもありだな。というより、どうして石を手にしているときにそれを思いつかないかな、あなたは」
「責められてもな。おまえの夢の話だろう」
「いや、夢じゃなかったと思うのだが。待てよ、もしかして、こうして話しているのも、常山真定に戻る手前で迷っているあなたが見ている夢かもしれない。確かめる術はないぞ。さあ、たいへん」
「夢だろうと現実だろうとかまわぬ。戦場のど真ん中に放り込まれたというわけではなく、こんな静かなところでぼーっとしていてよいのだから、素直に状況を受け取るさ」
「前向きというか、適応力が高いというか。しかし、これがあなたの望んだものなのか」
「だから、俺が望んだものではなくて、おまえが俺をここに連れてきたのだろうが」
「こんな別荘を建てた記憶もないし、買った記憶もない。だからわたしの勝ち」
「勝負だったのか……」
「あと十六日。なにをしようかな」
「おまえのいう夢が本当で、ここが俺が望んだとおりの結果だとする」
「うん」
「で、おまえは、俺にすべて従うと言った」
「うん、言った………かな?」
「言った。たしかに言った。のぞみどおりにする、すべて従うと」
「言った、気がするが、すまぬ、その言葉に『常識の範囲内で』と『可能な限り対応できるよう善処します』を加えてくれないか」
「却下」
「えーーと」
「あと十六日、言葉どおりに付き合えよ」
「なんだろう、その意味ありげな笑い………………………本気か」







ほんとうにおしまい
ご読了ありがとうございましたm(__)m

実験小説 塔 その41

2019年03月21日 15時12分16秒 | 実験小説 塔


「夢で見た、というとまさに熱望していたように聞こえるが、冗談ではない。夢を見させられたわけだ。
なるほど、よくよく見れば、さほど立派なつくりというわけでもない。簡素なつくりであるが、見張りの役目はきちんと果たしているようだ。
こんな枯れ果てた土地にも、蒲公英が咲いている。川の音が聞こえるな。すこしは水があるのか。

ごめんください、名乗らずともわかっているだろうからあえて名乗らぬぞ! 
せっかくはるか南の国から足を運んでやったのに居留守か? 
ええい、賭場に踏み込んだ警吏のきもちだ。無駄な抵抗はやめて出てこい!

おや、鍵が開いた。愛想のない。出迎えもいないのか。
勝手に入るぞ。こんにちは。なんとなく挨拶をかかさないところが、わたしの育ちのよさを証しているよな。
確実にだれかいると思うのだが、いつまでわたしをひとりで喋らせておくつもりかね。それとも、この土地では、こうして殺風景な塔に誘い込むのがもてなしの流儀なのか。赤毛の老人か狼か、あるいは竜め、出てこい!」

「いつまで喋っておるのかと興味があったのでな。遠路はるばるご苦労であった」

「やっとおでましというわけか。赤毛の老人。こうして直にことばを交わすのは初めてだな」
「赤毛の老人?」
「そうだ。おまえのことではないのか」
「そうか、おまえにはわたしが赤毛の老人に見えているのか。そういえば、かつてはこの土地に、こんな塔を建てて男たちを監視していた男がいた。そいつが赤毛だったように思う」
「おかしなことを。おまえは月氏の男ではないのか」
「おまえこそおかしなことを言う。さっき自分でずばりわたしを言い当てていただろう。竜、と」
「ああ」

「赤毛の老人は、かつてこの地において、この塔に住み、最初にわたしの身体を掘り出させた。すでに朽ちた身ゆえ、もはや人界にあたえる影響などさほどなかろうと油断していたのがいけなかった。まさかあんな小さなものが、これほど多くの人間の運命をくるわせてしまうとはな」
「五つの石とは、つまりは」
「わたしの爪だ」
「なるほど。貴殿は五爪の竜であったか」
「ほかにもいろいろと名前があって、おまえたちは好きなように呼んでいた。とはいえ、もう身体は朽ちたのに、この世にいつまでも留まるのもおかしかろう。
だからこそ昇天しようと思っていたのだが、爪が足りないばかりに、長いあいだ、ずっと天に還れずにいたのだ」
「迷惑なことだ。こんどから爪に自分の住所と名前を書いておけ。ここまでくるのにどれだけ骨を折ったことか」
「次からそうしよう」
「…………素直だな。これではまるで、わたしがいじめっ子みたいではないか」
「肉体は滅びようと、その魂は不滅のものであるわたしから見れば、おまえは、この土地のちいさな草地にあるたんぽぽとそうは変わらぬものだ。小さな存在のちいさなことばに、いちいち腹は立てぬよ」
「そういうものなのか。ちと想像がつかぬ」
「あらためて歓迎の意を述べよう、小さき者よ。おまえがすべて揃えてくれたので、ようやくわたしは天に還ることができる」
「礼を言うために、わたしをわざわざここまで連れてきたのか。しかも天下を語らせて、そのうえ友の幻まで作って」
「何百年というあいだに、もうすこしでここにたどり着く、という者が何人もいた。かれらを守るために、わたしはそのそれぞれに、その者の、もっとも大切に思う『裏切れない者』を道案内をつけたのだが、みながみな、その道案内の制止もかまわず、私欲に走って、身を滅ぼした。しかしおまえはそうはならなかった。なぜだろうと、興味があったのでな」
「なら、やはり武威の崖までたどり着けば、あとはここまで来る必要はなかったのだな」
「爪が欠けてしまっているために、わたしの力は完全にふるうことが出来ずにいた。おまけに人間どもが、わたしの骨をがりがりと削って飲んでしまうので、たまに狼の姿で追い払っていたのだ」
「む? ということは、武威の骨と、この崖から出た骨はつながっているのか?」
「向こうが頭で、こちらが尾っぽだ」
「どれだけの大きなものなのか、さっぱり想像もつかない」
「おまえの話を聞いていてわかった。おまえは幸せなものなのだ」
「意外なことをいうな。幸せ? わたしがか? ちゃんと人の話を聞いていたのかね」
「聞いていた。おまえの言葉には熱がある。自身の思い描いた夢に、ほんものの血を通わせようという熱が感じられた。おまえは目のまえのことに一心不乱になれるから、ささいな欲望に惑わされることがないのだろう」
「わたしが、ではなくて、わたしの周囲にいる人々がそうだから、わたしも自然とそうなったのだ」
「わたしはおまえが気に入った。おまえに天下を取らせてやろう」
「断る」




「なんとな?」
「なんとな、ではない。もう一度いう。断る」
「自分が劉氏ではないことが引っかかっておるのか」
「そうではない。血統だけで天下は取れない。もともと劉氏の漢とて、秦をほろぼして為った国ではないか」
「おまえはもともと、臥龍などとあだ名されていたのだろう」
「あだ名はあだ名にすぎぬ。龍であると評価されたとしても、それがそのまま素晴らしい未来につながっているわけではない。多少、実力があると評価されたとしても、それを礎にして戦える者でなければ、結局は、評価されたという事実しか残らない」
「これまた珍しく謙虚なことだな。せっかくわたしの力を貸してやろうというのに」
「むかし、もし天になんでも願いをかなえてやると言われたら、天下のことではなにも願わないと約束したことがある。まさかほんとうに願いをかなえてやると言われるときがくるとは思っていなかったが、天下のことは天下にたくさんいる人間が、それぞれ必死に考えている。かれらに任せておけばよかろう」
「もったいないことだ。おまえにとっても、天下にとってもな。わたしはこれで天に還り、人の願いを聞くこともなくなるだろう。それでもよいのか」
「かまわぬ。天下はいらない」
「ならば、なにを望む」
「願いを言うまえに、ひとつ教えてほしいことがあるのだが」
「なんだ」
「天水で別れた趙子龍は、いまどうしているだろう。かれはちゃんと故郷に戻れたのだろうか」
「さて。故郷には戻っておらぬよ」
「なにかあったのか。病に倒れたとか」
「いいや、道の途中で、行くか進むか、ずっと迷っている。足がまるで鉛になったように動けないでいるのだが、かといって戻ることもためらわれるのだろう。頭をかかえて困り果てているのが見える」
「なぜ迷っているのだ。願いはかなえられただろうに。すべてを忘れることにして、一度は故郷へ向かったはずだろう」
「願いは叶えられてはおらぬ」
「すべてを忘れて、苦しみから解放されたいと願ったのではないのか」
「いいや。あの男が願ったのは、おまえが安らかであるように、だった。おまえが安らかになるためには、おのれの存在が邪魔であろうと思ったのだろう。だからこそ消えてしまおうと考えたようだが」
「消える?」
「そう。けれど、結局は思い切れずに、ただ記憶が消えただけになってしまったのだ」

「願いは、まだかなえられていないというのか。待て、ではわたしはこう願おう。『子龍の願いを叶えるな』と。これならばどうだ」
「かまわぬが、そんなことでよいのか」
「よい。むしろ礼を言う。子龍の願いを知らなければ、わたしは危うく、それこそ永遠に友を失ってしまうところであった。たとえ天下が手に入ったとしても、そこにかれがいなくては意味がない。
消えてしまおうなどと考えたのなら、どうしてそんなふうに思いつめてしまうのかを聞きたい。どうしても消えるというのなら、わたしもいっしょに消える」
「なぜそれほどに」
「なぜって? 不滅の魂である貴殿にはわかるまい。われらの命はちいさく、有限であるからこそ、そのはかない人生を、だれかに知っていてほしいと願うのだ。
あまたいる人間のなかで、たとえ知己を得たとしても、一人の人間をどれほどまで知ることができるだろうか。それは親兄弟、夫婦にしても同じで、たとえ血を分けようが、契りを交わそうが、その心を理解できるかということとは、また別なのだよ。
わたしはかれほどにわたしを理解できる者は、おそらくほかにはだれもいないであろうと確信しているし、それはかれも同じであろう。
わたしはかれのうえに言葉を重ね、そしておなじく行動を示してきた。かれはまさにわたしそのものであり、わたしがこの世に存在することを明かしてくれる人間でもあるのだ。
かれが消えるということは、わたしにとっては、自分が消えてなくなってしまうのとほとんど変わらぬ。天下に刻むことができるのは、わたしの名前と事蹟と印象だけだ。わたしの心を知るのは、家族でも妻でも、ましてやこれから知り合であろう、ほかのだれでもなく、かれだ」
「消えないでほしいというわけか」
「そうだ。しかしそれとて、わたしのわがままなのだろうか。わたしが思っているように、かれはわたしを思っていないようだ」
「なぜそう思う」
「天水で戻ってきた子龍は、わたしの分身として用意した赤毛の男が、その正体を見破られたために用意した道案内だろう。本物はわたしよりも故郷を選んだ」
「たしかに道案内のために作られた幻影だが、その行動や思想などは本人をもとに作ったのだ。だから、たしかにおまえは途中までは、影とはいえ、その心とともに行動をしていた。
絶望することはない。記憶がなくてもなお、あの男は迷っている。おまえが安らかであれと願ってはいるが、しかし自分を消してしまうにもためらいがある。おまえへの執着心が消えないから、その勇気がでないのだ」
「そんな勇気なんて、一生、でなければいい。では、故郷に戻りたくないと言ったのも、かれの本心か。わたしに語った言葉のすべても」
「そうだ」
「…………………………」
「どうする。天下のことは、ほんとうになにも願わないのか」
「それは自分で何とかする。いや、そうではないな。世の中というものにわたしが愛着をもてるのは、そこに愛する者がいるからだ。わたしはかの者の願うとおりの者になりたい。だから天下を望むのだ。
奇跡の力などではなく、自身の力でどこまでできるのか、わたしという人間に、すべてを捨ててまで守る価値があるのか、ほかのだれでもない、かれに見せてみたい。さあ、願いをかなえてくれ」

つづく……

次回、「塔」、最終回!

実験小説 塔 その40

2019年03月16日 09時43分53秒 | 実験小説 塔
「劉左将軍が聞いたら、きっと泣いて喜ぶであろうな」
「またまた劉左将軍などと、他人行儀な。主公が聞いたら『悪い物でも食ったにちがいねぇ。それにしてもあんまりだろ』と泣かれるにちがいない。そしてそれを慰めるのは、きっとわたし」
「大変そうだな」
「大変だとも。けれど、それも楽しいのだよ。あなただってそうだろうに、記憶をなくしたとはいえ、なんだかさっきから、らしくないな」
「疲れているからかもしれん。話を戻してよいか。曹操には仕えないというが、ではあんたの目指す道はなんだ」
「途中であったっけ。では、話を戻すが、仕えるべき主君ではないとはいえ、曹操は正しかろう。だが、すべては正しくない。向いている方向は正しいが、そこに至る道が正しいとは思わない。
わたしはずるい挑戦者なのだよ。つまりは曹操のよいところだけを取って、それを踏まえたうえで、超えてやろうなどと思っているわけさ。
真の天才にどこまで迫れるだろうか。自分の才覚のないことを嘆いていても仕方あるまい。天才がせっかくよいものを生み出してくれたのだから、要領のいい凡人であるわたしは、天才のふりをしつつ、天才の技を盗み、主公のおっしゃる『人の心の上に立てた天下』をつくるのだ。
そんなわたしを模倣者というか、それとも時代遅れのあわれな論客と評するかは、あとで歴史を眺めるものが決めればよい」
「あんたは矛盾の塊だ。自分で自分のことを天才だの鬼才だのと誉めていたのに」
「言うだけはタダだろう」
「そうかい……」
「いや、冗談だ。いいとこ取りの才能がずばぬけている天才というのも、いてもおかしくなかろう。独創性という点では劣っても、いいとこ取りができるというのも才能のひとつとして数えてよいのなら、わたしはそれの天才だ」
「謙虚なのだか、傲慢なのだか、わからんな。あんたがそんなふうに考えていることを、劉左将軍は知っているのかな」
「たぶんね。あの人がわたしのことで、知らないということはほとんどないのではないかな。ときおり怖くなるくらいに勘のいい人だから。
駄目なことはきっぱり駄目だというから、何も言わないということは、それでよしということなのだと思うよ」

「あんたのいままでの論調でいけば、曹操は正しいという。ならば、曹操の漢王朝に対する態度も正しいと思うのか」
「また微妙なところを突いてくるものだ。正しい、正しくないだけで答えろというのなら、答えはずばり、正しいだ」
「つまりあんたは、漢王朝復興を謳っておきながら、いざ天下を統一したあとは、別な国を作るつもりなのか」
「さきほども言ったと思うが、漢王朝を慕う民の気持ちというのは、どこか昔日をなつかしむ気持ちと重なっているものだろう。皇帝は神に等しき者なのだから、これをないがしろにする者への反発が強いのはあたりまえなのだ。宗教のようなものだもの。
しかしその皇帝の徳が足りないために天下が乱れたのだから、その原因となったものが、また頂点に立っても、民はまた同じことになるだけではないかと不安に思うのではないかね。
いままで帝をお助けするという名目で、曹操に向けて企てられた内乱のことごとくが、一部の貴族たちが起こしたもので、民が起こしたものではないということも忘れてはならぬ」
「民はもはや漢の帝を必要としていないと?」
「『いまの漢の帝』はいらないだろう。禅譲という形をとって、べつの劉氏によるあたらしい国をつくればよいのだ。曹操も同じことを考えているはず。ただし、曹操も歳だ。そして、残念ながら、われらが主公も歳だ」
「禅譲はむずかしいと思うか」
「主公があと二十年も若いか、あるいはあと二十年は確実に生きてくださるかというのならば、可能かもしれぬ。だが、主公がお亡くなりになった場合は、おそらくは無理だ」
「なぜ」
「これはあくまで私見なので、だれにも口外しないでほしいのだが、わが陣営がまとまっているのは、これは主公の仁徳に拠るところがたいへんおおきい。みな主公の器に惹かれてあつまってきているのだ。
もし主公が急に倒れられたら、後継の座をめぐり、みな紛糾するだろう。いまの時点で後継は義弟である関雲長、そのつぎは張益徳、この二人が駄目だという場合は、長子の劉公子になるわけだが、かれはわたしが推さないからだめ」
「なぜ推さない」
「自負がつよすぎるし、驕慢なわりには内気だ。特定の者としか付き合わない人だから、あれでは人心は離れてしまうだろう」
「では、次子の阿斗さまか」
「幼すぎる。だれかが補佐に立たねばならなくなる。いまの時点で補佐の適任は、気がすすまぬが法正だろうな。みながいちばん納得する人事だろう。
しかしこうして人を並べてみても、とりあえずは組織を維持させるための応急処置という感が否めなくないか? 
いまの時点で、主公がいなくなってしまうとたいへんに困る。蜀に落ち着いて間もないゆえ、人材が、わたしを含めてほとんど育っていないからだ」
「あんたも含めてとは?」
「そう。わたしはまだまだ、あの方から学びたいことが山ほどある。そのうえ、わたしはまだ若いし、最近気づいたのだが、頑固なので、自分の悪い性質をなかなか矯正できないでいる。
客観的に見たらどうだかわからぬが、わたしは主公ほどに苦労もしていないから、どうもすべてにおいていまひとつ貪欲さに欠けているきらいもあるし、だから、学ぶ姿勢がおっとりしていていけないのかもしれない。
おっと、あんまり並べ立てると、がっかりしてくるのでもうやめるけれど、つまりは、わたしはまだまだ学び足りないのだよ。いまのままで頂点に立ったら、きっと曹操を超えるどころか、曹操か曹操の子に倒されて、おしまい。さらば、臥龍、というわけだ。
ええい、しかしこの道はずいぶんと険しい。今度は登りか。喋るのがつらくなってきた。坂とはいえぬぞ、崖だ、崖。狼なら、こんな道もひょいひょいと越えられるのだろうな」
「人間の重いからだで登るよりは楽だ。あんたはあんまり鍛えていないから、よけいに疲れるのさ。これで夢に呼ばれてここまでやってきたのだから、たいしたものだ。誉めるべきだろうな」
「そりゃありがとう」
「しかし多くに声をかけてみたのに、結局、答えたのはおまえだけだったが、話を聞けば、やはりおまえでなければなかったのだろう。凡者では石に負けてしまっただろうから」
「? なにを言い出す…………子龍、どうした……


………? 

どこへ行った?」





「消えた、のか? 崖から落ちた? 
いないな。冷静になれ、怪我をして転げ落ちたのだったらいま、わたしはそれを見たはずだし、第一、坂の下にも子龍はいない。転がった形跡も見当たらない。
……………………………………冷静になっている場合ではなくなってきたな。子龍! 子龍! 返事はないか。
事情がわからぬ。一度、馬を置いてきたところまで戻るべきか。先に進んでいるはずがない。とつぜんに目のまえから消えるなど、通常ではありえぬ。仙術でも使わぬかぎりは………………………そうか、石か。
だれかが石を使った? 待て、石をつかえば反動がくることを知らないで使ったのだとしてもだ、どうしてもう石をもたないわれわれを害する必要があるのだろう。
消えたのではないとしたら、どういうことだ
……………………すべての怪異は石からはじまるのだ。
石はわたしを呼び、そして引き合わせ、五つの石を集めさせた。
いままで出会った者たちすべてが、自然とこの土地に来ることを示していた道標だったとしたらどうだ。
石はなにを願っていた。
この土地に帰ることだ。塔のあるこの土地に帰ること。
先に進もう。こうしていま、わたしがここにいることも、けして偶然などではない」





「最前の子龍は、あれはほんとうに子龍だっただろうか。天水で別れたあと、子龍はわたしの元に戻ってきたが、あれは本物だっただろうか。わたしの心を形にした、あの赤毛の男が消えたあと、子龍は戻ってきたのだ。
道しるべになるために、石がふたたびわたしの心から、今度は趙子龍という男のまぼろしを作り上げていたのだったらどうだろう。
そうだ、ならば、逆にわかる気がする。わたしの望みを最優先に動き、ときには叱り、励まし、あるときには、だれからも聞くことができないような言葉すら聞かせてくれる。あまりに都合が良いではないか。わたしはかれになにを差し出すこともなく、ただ受け取ればよいだけの人間だった。
そんな関係はおかしいのだ。記憶がないからという理由から、かれがわたしに過剰に接近しようとするのも解決させてしまっていたが、そうではない。なんのことはない。あれすらも、わたしの望んでいたことだったのかもしれない。


そうだろうか。本当にそうだっただろうか。

わからないな。」




「石め、もう望みどおり、故郷に帰れたのだろうに、どうしてわたしを呼び寄せる? なにか見せたいものがあるというのだろうか。せっかくだから土産を持っていけという話でもあるまい。
そうだ、だいたい、わざわざ石を集めたうえに、ここまで運んできたのはわたしだぞ。足のマメもすっかりつぶれてしまったし、日に焼けない体質だというのに、見るがいい、すっかり褐色になってしまって。
これで左将軍府に帰ってみろ、偽者だと疑われるかもしれない。いいや、疑われたらどうしてくれよう。劉曹掾なんぞはきっと、わたしだとわかっていても、知らないやつだと言いそうだ。あのひとならば、十分にありうる。
というより、土産があるなら、むしろ向こうから、ありがとうございましたと頭を下げてくるのが筋だろう。わたしはそもそも、石を好んで集めたわけではないのだからして。
まったく筋が通らぬ話だ。人にさんざん苦労をかけさせたうえに、危ない目にも何度もあわせて、そのうえ、最悪にも心までもめちゃくちゃにかき回したのだから。
腹が立ってきたぞ。だれだか知らんが、この先に人がいたら、まっ先に目があったものを殴ろう。ええい、つね日頃、温厚なわたしでも、怒らせたら凶暴になるのだということを知るがいい。

さきほどから考えるのを避けているな。いかん、泣けてきた。なんと心の弱いことだろう。自分で決めたことなのに、すっかり油断していたな。情けない。
人の話はあまり当てにしてはならぬという戒めであろうか。

あるではないか。塔が」


つづく……

実験小説 塔 その39

2019年03月13日 09時43分09秒 | 実験小説 塔


「ここから先は馬は進めない。仕方ないが置いていこう。
さあ、おまえたち、わたしたちが戻るまで、よい子にしているのだよ」
「狭い道だな。こんな場所ではろくに荷物も運べやしない。ほんとうにこの先に村があるのだろうな」
「月氏の時代には隠された村だった。罪人や、攫ってきた旅人などをここで働かせて玉を掘っていたのだという。
そのあとにやってきた者が、どうしてここを見つけたのかはわからないが、おそらくは、玉を捜してのことではないかな。
あちこちの山へ行って、どんな物が採れるかを調べることを生業にしている者もいるようだし、そういう連中が、古い伝承を聞いてこの山のことを探り当て、玉を目当てに掘っていたら、見つかったのは骨だった、ということだろう」
「どこであれ人間が住まうところには、欲望からはじまるものがついてまわるのだな」
「子龍、世捨て人にあこがれているのか」
「なぜ」
「蜀に戻ったら案内するけれど、あなたは南の蛮地にちいさな家を持っていて、たまに一人でそこに籠もりきりになることがあった。
荊州にいたころも、だれも知らないような土地に家を建てて籠もっていたな。もしかしたら、隠士になりたいとか、そういう憧れがあったのかと思ったのだ」
「どうだろうな。やはりよく覚えていないのだが、俺はそんなに世間を疎んじていたのかな。よくそれで将軍などというものが勤まっていたと思うのだが、どうだ。俺はちゃんと仕事はできていたのか」
「そこは心配しなくていい。申し分ないほどだった。ほかの武将が、ともかく勲功ばかり狙って派手に動きたがるのに、あなたは命令されたどおりのことをきっちりこなすことに優先順位を置いていた。まさに軍を統率する者から見たら、理想の武人だな。これは誉めすぎではないと思う」
「しかしそれは、命令されたことしかできない、ということではないのか」
「ちがうよ。なぜこの命令が出されるのか、という理由や意図がわかっているから、命令された範囲でしか動かないのだ。
軍師という立場からいわせてもらえば、あなたはわたしの命令に、だれの目にもわかりやすい実態をともなわせてくれる人だ。
ふつう、よその土地に侵攻する際は、将兵に掠奪をあらかじめ約束しておく。そうすると、士気がちがってくるからだ。
ところが、あなたの軍というのは、いったいどういう調練を日ごろしているのやらというくらいに行儀がいいのだ。見事なものだよ。
わたしが掠奪は許さぬというと、怒る武将もいる。いや、そっちのほうが数は多かろう。敵将の首を挙げたいがために、作戦を無視して突っ走る武将や、すこしでも豊かになりたいがために、隠れるようにして掠奪をする士卒が多いなかで、それだもの。
それだけ統率がとれている、ということは、あなたのほうこそ逆に恐れられているのではないか。よほど怖い大将をやっているのだろう。おぼえていないか」
「おぼえていないな。俺は周りの連中から恨まれているかもしれん」
「なにを恐れることがあるものか。たしかに、あなたに反感を持っている者もいるようだが、そんなものは放っておくがよいのだ。わたしはそんな者は選ばず、あなたを選ぶ。これからも、あなたがそうしていてもよいと言う限りは、ずっとそうだ。
派閥だのなんだのは関係ない。いつかわたしたちも死を迎える日が来るであろうが、そのずっとあとに、われらの名を史書のなかから見つけた者が、過去にこれほどの人物がいたのかと、あらためておどろくような人間になりたいものだ。あなたがいてくれれば、きっとそれは叶うだろう」

「そういう人間になりたいと思うのは、平和のためか」
「平和なのかな。平和というと、漠然としすぎていると思う」
「では、漢王朝の復興か」
「いいや。実際のところ、漢王朝というものには、わたしはあまりこだわりがない。あくまであれは、主公の立場を強くするための看板にすぎぬ。
この国は、いや、もはや『この国』とひとくくりに呼べるものがあるのかすらわからないほどに分裂しているが、どこを見渡しても、あまりに疲弊しすぎていて、みなが苦しんでいる。
あまりに戦が続きすぎた。漢族が分裂したのを見て、それまで圧迫されていた異民族たちが、混乱に乗じて乱を起こし、ますます戦火は外に広がっていく。おおよそ人の住む場所で、戦乱を知らない土地を探すほうがむずかしいのではないか。
このような状況であらためて漢王朝を復興させたとて、その名から喚起される印象は、暗くつらい時代だけであろう。あたらしいものを示さねば、民の心はつかめまい。
その点は、やはり曹操は巨人というべきかな。官僚制度にしてもそうだが、文学においてすら、独自のものを生み出している。
わたしはもう、むかしほどに自分を楽観視していない。もし世にいまいる天才をだれか一人挙げよと言われたら、わたしはためらいなく曹操の名を挙げるだろう」
「弱気だな。では、最初から曹操に従えばよかろうに」
「? ずいぶんと突き放した言葉だな。こんな話を聞いて、おもしろいか」
「あんたの話を聞いてみたくなったのさ。ここから先は単調な登りだから、気をまぎらせたい」
「それならばいいけれど、退屈だったら言ってくれ」
「退屈しないから聞いている」
「まあそうか。では答えるけれど、わたしが曹操のもとに仕えなかったのは、曹操がわたしの故郷を焼いたことを恨みに思っているから、というわけではないのだよ。
曹操に仕えるとしたら、それはそれでおもしろいかもしれないな。
だれにも言わないでくれ。わたしは、あなたにだから言うのだし、主公を裏切るつもりはこれっぽっちもない」
「わかっている。で?」
「とはいえ、たしかに曹操は巨人であるが、しかしすべてが正しいというわけでもない。
曹操はいわば、ひとつの指針だ。曹操が偉大だと思うのは、こうしたらよかろうという、われわれがいままで気づかなかった方向を実際に見せてくれたことだろう。
だが、曹操の、独自の方法が成功したのは、もちろん本人のずば抜けた才覚によるところが大きいけれど、かの者の地盤が中原だというのも大きかろう。
中原は、良くも悪くもこの国の中心。つまりはそこに住まう者たちも、文化的にも思想的にも洗練されており、先進的なものの考えができる者たちなのだ」
「そういうおまえはどうだ」
「古いものをこよなく愛するが、賢いために、先進的なものも理解できてしまう、可哀相な智者のはしくれ」
「厳しいな」
「いっそ漢王朝復興こそがすべての正義と頭から信じることができたら、どれだけよいかと思うよ。
中原の者たちは、都に近いからこそ、そこで行われた腐敗がどれだけのものかを知っている。
だからこそ、この老朽化した国が滅んでいくことを、当然のことと受け止めることができるのだ。
曹操が、漢王朝をないがしろにする賊であることは確かだが、一方では、民のために新しい国をつくり、平和をもたらした英雄でもある。
見ろ、曹操が治めた土地で大きな叛乱が起こったところがあるか? ちいさな叛乱は起こっても、それは広がらないのは、なにも曹操が力づくで抑えているからではない。曹操を世論が支持しているから、叛乱の火が広がらないのだ」

「あんたはよくわからんな。それだけ曹操を評価しているのに、敵対するのはどうしてだ」
「襄陽にいたころは、曹操のやり方に対して反発していたからな。徐州のこともそうだし、主公の力を殺ぐために強引に招聘された徐兄のこともある。
しかし実際に組織というものに入って、人々の上に立ち、世の中を見てみたときに、わかったのだ。曹操の方法も、そうせざるを得なかったということもあるのだと。
ひとつひとつあげればきりがないが、天下を治めるためには、仁君であるばかりではいられないのだ。強引な手法も必要なのだろう」
「恨みや悲しみを、理念で解決できると思うか」
「どうだろうね。じつはまだ迷っているのだ。うまく言えないが、ほんとうに曹操が選んだ方法は、それだけしかなかったものだろうかと思うところもある。
とはいえ、自分が曹操とおなじ立場になったときに、やはり同じ選択をするのではないかとも迷う。むかし話したけれど、これも覚えていないか」
「覚えていないな。あんたは、わりと俺にはなんでもしゃべっていたのだな」
「そうだよ」
「それだけ俺を信じていたわけか。俺があんたの足をすくって、あんたが信頼しすぎたために、どうとでも取れそうないまのことばを上奏したらどうなるだろうとか、そういうことは考えなかったのか」
「考えるまでもない。あなたに裏切られるのならば、所詮、わたしはその程度の器だったということだろう」
「あんたは割りきりがよすぎる」
「そうかな。割り切りがよいはずなら、悩むこともないだろうに、なぜだかわたしの心はいつも嵐でね、たまに嵐を鎮めてくれる人が必要なのだ。それが主にあなたなのだが」
「弱小勢力の中心にいるからだろう。いっそ、曹操に与してしまえば、かえって楽だぞ」
「あなたの口からそんなことを言われると、すこし怖いものがあるな。
ならば言うけれど、たしかに楽だろうさ。けれど、やはりわたしの心は鎮まるまい。
たとえば、中原とはちがって、いまだに漢王朝を慕っている土地、蜀やむかしの荊州がこれにあたるが、そういう場所では曹操の手法は急進的で強引なものに映るだろう。
曹操が中原でしたのとおなじことをしたところで、土地には土地の気風というものがあるから、すべてがうまくおさまるとは思えない。
蜀は保守的なところがあるから、いきなり曹操の手法をそのまま用いるのは駄目だろうな。
これが乱世でなければ、そもそも官僚制度もくずれていないだろうし、悩むこともなかろうが、官僚制度がこれだけガタガタに崩れてしまって久しく、地方にそれぞれ独自の政権が出来上がってしまい、さらに民もそれに慣れてしまっているという状況を現実のものとして受け止めなければだめだ。
とはいえ、それでは仲良くそれぞれ土地を分けて、まずは疲弊した土地を慰撫しましょう、といっても、それもまた現実としてむずかしかろうよ。
そこで実際の地方の情勢や、地理条件などを見て、国を三つに分けてそれぞれ対立し、こう着状態が一時的にでも数年はつづく状況をつくって、地盤を固めてから、徐々にひとつにまとめていく策を考えたわけだ。
似たようなことを考えていた者は、ほかにもいたようだけれど、それを実際に運用できるか否かと見た場合、主公はわたしならばと見込まれたのだ」
「ふうん?」
「なんだ、気のない返事だな。これはただの自慢話ではないぞ。そこまでわたしを見込んでくれたのかと感動したから、わたしは主公にお仕えすることになったのだよ。
だから、裏切ろうなどと考えたりしたことは一度もない。ここをぜひに強調させてくれ」

つづく……

実験小説 塔 その38

2019年03月09日 09時53分56秒 | 実験小説 塔


「しかし真っ暗でなにも見えないな。狼がわれわれの焚いた火に当たりたくなって、むこうから、こんばんはとやってくる可能性はないだろうか」
「ないだろう」
「そうだろうな。やれやれ、月のない闇夜というのは困ったものだ。馬も怖がってろくに走ってくれないし、慣れた道ならいざしらず、まったく初めての土地ゆえ、こちらも地理が不案内。狼め、運のよいことだ」
「夜が明けたら、このあたりの住民に、狼の出そうな場所を聞こう。
ところで聞きたいが、あの崖にあった骨は、あんたの目から見て、どうだった」
「龍かもしれない」
「ちゃんと見たか。巧妙な目晦ましかもしれぬぞ。薬の値をつりあげるために、詐欺師が腕のよい職人につくらせたのかもしれぬ」
「その可能性はちゃんと考えて見たよ。信じたいと思って見るのと、信じるものかと思って見るのとでは、印象がまったくちがうものになるだろう。
わたしは信じるものかと思って見たのだが、たとえ龍ではなかったにしても、ではあれはなんだということになると思う。
あんなに大きな生きものの骨はみたことがないよ。水牛の三倍はある」
「全体がか」
「いいや、頭がすこし出てきているところだったのだが、頭だけでそれくらいだ。全体となったら、どれほどの大きさになるのだろう。
人夫頭に聞いたのだが、むかしから、崖の一帯では古い骨がたくさん出るので有名だったらしい。古代の追い込み猟の猟場だったようなのだ」
「追い込み猟というと、魚の群れの行く手をわざと阻み、方向転換してきたところを網で一気に獲る、というのと同じか」
「あれの地上版ともいうべきかな。たとえば鹿の群れがあったとする。これを石で打ったり、あるいは太鼓などの音で脅かして追いかけて、谷底に落ちるように仕向けるのだ。
昔は楽器もれっきとした武器だったのだよ。いまでも祭りのときには楽器を打ち鳴らすだろう。音というものの効果については、いまのわれらより、先祖のほうが、ずっと神聖なものとしてとらえていただろうね。
それはともかく、そうして崖から落ちて死んだ動物のうち、なんらかの事情でそのままにされた、あるいはその場で解体され、不要な部分はそのまま打ち捨てられた動物の骨などがたくさん出てくる。このあたりでは、それを竜骨として珍重してきた。
ところが、掘り進んでいくうちに、いま掘っている、とんでもなく大きな骨が出てきた。村の物知りに聞いたけれども、はて、とんとこれの正体がわからない。
しかし、これだけ大きな動物となると、竜だろう、ということで、ほんものの竜の骨という看板を立てることにしたそうだ。
つまり騙すつもりではなくて、自然と竜だろう、というところに落ち着いたのだな。これは詐欺とはいえまい。実際に、薬の効き目がよいので助かっている命もあるのだし。
それに、もし詐欺ならば、詐欺を仕掛けた人間に、あの大きな骨をどうやって作ったのか、ぜひ後学のために聞いておきたいところだ。
松明を手に近くでじっくりながめさせてもらったけれど、なにかの動物の骨と骨をそれらしく接いだというわけでもなさそうだった」
「俺はその竜の骨らしいものを飲んだというわけか」
「そうなるな。なんであれ効き目は抜群なのだから、やはり買いだめをしておいたほうがいいかもしれぬ。帰りの路銀が尽きてしまうが、どうだろう、竜骨を売りつつ、路銀を稼いで成都へ帰る」
「あのな、あんたみたいな士大夫が、商人の真似事なんぞできるか、というより、商売なんぞ、あんたにさせたくないな」
「商才はないだろうか」
「ないだろう」
「たしかにな。いつだったか劉曹掾(劉巴)に、きみは金がからむと、まるででくの坊だと注意されたことがある。金には不自由してこなかったからなのか、金の流れについて無頓着にすぎる、とね。
いや、わたしの商才はどうでもいい。狼だ」
「狼は、人夫には怪我をさせているが、なぜだかあんたには牙を剥かずに石だけを奪ったのだな。それも妙な話だ。
あんたが骨を見に行ったあと、外でなにやら揉めていたので声を聞いていたのだが、どうやら狼は以前から人夫たちを何人も襲っていたらしい」
「ほんとうか?」
「ああ。それで、人夫たちは、もっと賃金を上げろと怒っていたわけだ。骨を掘るという力仕事に加えて狼からも襲われる危険があるというのだから、当然の訴えだと思うが、どうやら狼があらわれたのは、ほんものの竜の骨が出土してからだという」
「竜の骨と、狼と、石、か。なにか関連があるのだろうか」

「おはよう。疲れているようだから、先に起きて、付近のものたちに話を聞いてきたよ。狼がよく出るのは、酒泉に向かう手前の街道からすこしそれた谷だそうだ。それが聞いておどろけ」
「坊主たちが言った塔のある場所と、狼が出る場所とが一致する」
「そう。さすが勘がいいな。そのとおりだよ。狼と石は不思議なことであるが、まちがいなく関連がある。
行く先が一致したとなると、気も強くなるというものだ。それと、面白い話も聞いてきたのだが、それは朝食を食べながらにしよう。ほら、食糧もすこし分けてもらった」
「手際がよいな。ところで、今日は曇りだよな」
「? おかしなことを。よく晴れているよ」
「そうか。晴れか」
「まだ具合がわるいのか。顔色もよくないな。場所はもう決まったし、武威の太守への薬も、きっと神威将軍たちがちゃんと届けているだろう。
狼を使っている人間がいるかもしれないから、急がないといけないけれど、あなたの具合がわるいのであれば、ここから先は、わたしひとりで行く」
「だから、そんなことが出来るかというのだ。もし相手が一人じゃなくて複数だったらどうする。そのうえ狼。目も当てられぬ状況になるだろう」
「そう決まったわけでもあるまい。と、言い争いをするのは建設的ではないな。もうひとつの話なのだが、その谷というのが、入り組んだところにある谷で、昔はそこに集落があったそうなのだが、水の便がわるいし狼も出るというので、いまではだれも住んでいないし、どころか近づきもしないというのだな」
「ふむ」
「で、聞いたのだよ。どうして水の便もわるい奥まった土地に人が住んでいたのかとね。
人々が言うには、住んでいたというよりも、仮の宿りにしていたらしい。
はるか昔には、その崖から玉が出るというので、多くの人夫たちが仕事をしていたのだが、戦乱がきっかけで一時は絶えた。おそらく、これはわたしが夢で見た者たちであろう。月氏たちだ。
で、そのあとにこの土地に入ってきた羌族が、玉を得るために崖を掘っていたら、出てきたのは玉ではなくて、骨だった」
「動物の?」
「動物や人だったそうだ。そこで羌族は、その骨を竜骨として漢族の商人に売ることにしたのだそうだ」
「待て。動物の骨ならばともかく人の骨だと?」
「おもしろい話があるよ。人間も動物にはちがいないであろうし、粉々に砕いてしまえばわからなかろうと、動物の骨にまぜて売っても、ふしぎとばれてしまうのだそうだ。
しかしそれでもせっかくだからと、人の骨を煎じて飲んだ者がいてね、効用はどうかと効いたら、なんだかあいまいな返事だったな」
「恐ろしい話だな」
「それはともかく、狼が出るようになったのは、骨を掘り出してからなのだそうだ。崖を見ればわかると思うが、よくよく見ると崖というのは層があって、その層ごとに特長がちがう。
玉が出る層と骨が出る層がちがうことから、骨の出る層ばかりを掘っていたそうなのだが、あるときふと思い立ち、まったくなにも出てこなくなっていた玉の出る層を掘ってみたことがあった。そうしたら、大きな骨があらわれた」
「それは」
「竜の骨だ。これはこれで金になるから、みな喜んで骨を掘ったのであるが、しかし時を同じくして狼が頻繁にあらわれるようになって、人夫を襲うようになった。結局は骨を諦めざるを得なくなった。
だれかが狼を神からの使者だと言ったことから、よけいにみな怖じて、谷に近づかなくなったらしい。
で、その谷にある竜の骨はそのまま放置されているのだが、面白いことを言っている者がいた。その骨は、一度掘り出された痕が残っていたと。どうやら、一度掘り出したものを、わざわざ埋め戻した者がいたのだ」
「なんのためだろう」
「わからないよ。ただね、あらわれた狼を神の使者だとみなに告げたのは、ひとりの老人であったのだが、しかしだれもその老人が何者であるかを知らなかったらしい」
「老人」
「うん、その老人は、赤毛だったそうだ」



「おはよう。疲れているようだから、先に起きて、付近のものたちに話を聞いてきたよ。狼がよく出るのは、酒泉に向かう手前の街道からすこしそれた谷だそうだ。それが聞いておどろけ」
「坊主たちが言った塔のある場所と、狼が出る場所とが一致する」
「そう。さすが勘がいいな。そのとおりだよ。狼と石は不思議なことであるが、まちがいなく関連がある。
行く先が一致したとなると、気も強くなるというものだ。それと、面白い話も聞いてきたのだが、それは朝食を食べながらにしよう。ほら、食糧もすこし分けてもらった」
「手際がよいな。ところで、今日は曇りだよな」
「? おかしなことを。よく晴れているよ」
「そうか。晴れか」
「まだ具合がわるいのか。顔色もよくないな。場所はもう決まったし、武威の太守への薬も、きっと神威将軍たちがちゃんと届けているだろう。
狼を使っている人間がいるかもしれないから、急がないといけないけれど、あなたの具合がわるいのであれば、ここから先は、わたしひとりで行く」
「だから、そんなことが出来るかというのだ。もし相手が一人じゃなくて複数だったらどうする。そのうえ狼。目も当てられぬ状況になるだろう」
「そう決まったわけでもあるまい。と、言い争いをするのは建設的ではないな。もうひとつの話なのだが、その谷というのが、入り組んだところにある谷で、昔はそこに集落があったそうなのだが、水の便がわるいし狼も出るというので、いまではだれも住んでいないし、どころか近づきもしないというのだな」
「ふむ」
「で、聞いたのだよ。どうして水の便もわるい奥まった土地に人が住んでいたのかとね。
人々が言うには、住んでいたというよりも、仮の宿りにしていたらしい。
はるか昔には、その崖から玉が出るというので、多くの人夫たちが仕事をしていたのだが、戦乱がきっかけで一時は絶えた。おそらく、これはわたしが夢で見た者たちであろう。月氏たちだ。
で、そのあとにこの土地に入ってきた羌族が、玉を得るために崖を掘っていたら、出てきたのは玉ではなくて、骨だった」
「動物の?」
「動物や人だったそうだ。そこで羌族は、その骨を竜骨として漢族の商人に売ることにしたのだそうだ」
「待て。動物の骨ならばともかく人の骨だと?」
「おもしろい話があるよ。人間も動物にはちがいないであろうし、粉々に砕いてしまえばわからなかろうと、動物の骨にまぜて売っても、ふしぎとばれてしまうのだそうだ。
しかしそれでもせっかくだからと、人の骨を煎じて飲んだ者がいてね、効用はどうかと効いたら、なんだかあいまいな返事だったな」
「恐ろしい話だな」
「それはともかく、狼が出るようになったのは、骨を掘り出してからなのだそうだ。崖を見ればわかると思うが、よくよく見ると崖というのは層があって、その層ごとに特長がちがう。
玉が出る層と骨が出る層がちがうことから、骨の出る層ばかりを掘っていたそうなのだが、あるときふと思い立ち、まったくなにも出てこなくなっていた玉の出る層を掘ってみたことがあった。そうしたら、大きな骨があらわれた」
「それは」
「竜の骨だ。これはこれで金になるから、みな喜んで骨を掘ったのであるが、しかし時を同じくして狼が頻繁にあらわれるようになって、人夫を襲うようになった。結局は骨を諦めざるを得なくなった。
だれかが狼を神からの使者だと言ったことから、よけいにみな怖じて、谷に近づかなくなったらしい。
で、その谷にある竜の骨はそのまま放置されているのだが、面白いことを言っている者がいた。その骨は、一度掘り出された痕が残っていたと。どうやら、一度掘り出したものを、わざわざ埋め戻した者がいたのだ」
「なんのためだろう」
「わからないよ。ただね、あらわれた狼を神の使者だとみなに告げたのは、ひとりの老人であったのだが、しかしだれもその老人が何者であるかを知らなかったらしい」
「老人」
「うん、その老人は、赤毛だったそうだ」





「食糧も水も買ったし、これで、廃墟へ向かう準備は万端だ。ほかになにか必要なものはあるだろうか。狼はなにが嫌いなのだろう。なるべくならば話し合いですませたいところだが、さすが狼、話のわかりそうなやつではなかったな」
「そも、狼が人の話を素直に聞く動物だったら、なにも恐れることはないだろう」
「そうとも言い切れまい。人の話を聞いているふりをしながら、まったく聞いておらずに平気で牙を剥く人間だっているではないか」
「まあな。ところで、赤毛の老人というのは、あんたが言っていた夢のなかに出てきた、塔の住人だろうか」
「わたしが見た塔は、過去の風景だと思うのだけれど、もし塔がそこにあり、ひとがまだいるというのなら、そこに住んでいるのは塔の住人の子孫ではないだろうか。
市場でそれとなく聞いてみたが、やはり廃墟にはだれも住んでおらず、まして赤毛などという目立つ連中は、このあたりには滅多にいないそうだよ。
とはいえ、それは正確ではないな。このあたりにはいたのだが、土地をめぐって争そって、追い出されていなくなったのだ」
「塔はあるのか」
「いいや、見たことがないと言っていた。そもそも、その廃墟となっている村自体が、大昔に打ち捨てられた土の家を補強して住んでいただけの、かろうじて風雨をしのげるもので、まともな家ではなかったらしい。
塔があったのは、まだこの地に月氏がいたころの話だから、相当なむかしだ。あとになってやってきた者たちによって、壊されていたとしても、仕方なかろう」
「狼が神の使者だと告げた赤毛の老人は、意味ありげなことを言いってみなを不安にさせるのが大好きな、人の悪い偏屈な年寄りで、そのうえ浮浪者ということは考えられぬか」
「おおいに考えられるが、しかし偶然の一致だろうかね。石のことを知っていて、狼を手なづけて石を盗ませたのだとしたら、厄介だ」
「ということは、その老人も狼と行動を共にしていたはずだ。赤毛なんぞ目立つであろうし、だれかが見ていたとしてもおかしくないのに、だれも狼と老人を見ていないのだろう」
「狼に乗って逃げた」
「狼が馬くらい大きかったというのならともかく、ふつうの大きさの狼ならば、それは無理だ」
「ふつうの大きさだったよ。ふむ、ナゾは深まる。
しかし狼か老人かわからぬが、石のことを知っていたとすると、どうするつもりなのだろう。石を使うか、それともニキたちのように葬ろうとするか」
「それは当の本人に聞けばわかる。この渓谷を抜けると廃墟の村だな」


つづく……


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