はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

赤壁に龍は踊る 三章 その15 万事休す

2024年06月17日 09時57分41秒 | 赤壁に龍は踊る 三章
蔡瑁は、拷問部屋に入ってくるなり、張允《ちょういん》に踏みつけられている徐庶を無感動な顔で見つめてきた。
「訴状は取り上げたのか」
「もちろんでございます。こんなものが丞相の手元に渡ったら……」
「わかっておる。さすがにわしもおまえも御終いじゃ。
しかし面倒な。出撃の前に、こやつに、おのが罪を認めさせねばならんとはな」
出撃、と聞いて、張允が徐庶を踏みつけていた足を止めた。
「出撃と申しますと?」
「聞いておらぬのか、のんきな奴め。おまえもすぐに支度をせよ。
丞相は夜明けとともに江東へ出撃することを決められたのだ」
「なんと。では、いよいよ決戦で?」


問われて、蔡瑁は訳知り顔になって、よく手入れのされたあごひげを手で弄んだ。
「そうではあるまい。じつはさきほど、陸口《りくこう》に派遣されていた使者が帰って来たのだ。
それが、周瑜のやつにかなり愚弄されて帰って来たようでな。
さすがの丞相も怒り心頭で、目にもの見せてくれると出撃を決められたのだ。だがな」
「だが?」
「お怒りなのは、おそらくそうわれらに見せているだけのもので、本心は、単に江東の軍の実力を測りたいというところではないのかな」
「なるほど。江東の水軍の実力がどれほどのものか、曹丞相はご存じありませぬからなあ。
さすがは徳珪《とくけい》(蔡瑁)どの、そこまで丞相のお心を理解されているとは」
と、張允はみごとな腰ぎんちゃくぶりを見せて、蔡瑁の明察を褒めあげた。
蔡瑁はまんざらでもない様子で、笑みを浮かべつつ、徐庶を見下ろす。
「われらはこの戦で、だれにも替えが効かない人間だと軍中に知らしめねばならぬ。
こやつに邪魔されるわけにはいかんのだ」


「おれを消したところで、流行り病が広がるのは、止められぬぞ」
徐庶がうめくように言うと、蔡瑁は厳しい顔で応じた。
「おまえを生かしたら、おまえは丞相にあることないことを吹き込むであろうが!」
「事実しか言わぬ。おまえたちが、あの建屋に病人を押し込めて、流行り病を隠蔽していることをな」
「黙れっ! 流行り病なんぞ、ないのだ!」
叫べば、言葉がそのまま真実になると信じているような勢いだった。


「呆れるぜ、あんたら、ろくな死に方しないぞ」
徐庶が憎まれ口をたたくと、それを黙らせるべく、張允がまた徐庶を痛烈に蹴飛ばしてきた。
その痛みに耐えかねて、徐庶がうめくと、蔡瑁は唇をゆがめて笑う。
そして、部屋の隅っこで成り行きを見つめていた医者の鍾獏に命じた。
「鍾獏《しょうばく》よ、こやつが『おのれの罪』を認めるまで、拷問にかけよ。
自白するならそれでよし、自白せぬようならば……わかっておるな?」
「心得ております」
鍾獏が慇懃《いんぎん》に礼を取ると、蔡瑁と張允はそれぞれ拷問部屋から出て行った。


ふたりの背中をじっと見つめていた鍾獏が、徐庶を振り返る。
その目は冷たく、徐庶のために面倒ごとを抱えたことを恨んでいるのは、あきらかであった。
鍾獏は、さきほどの卑屈なまでの低姿勢をあらため、大男に命じた。
「聞いていたな? こいつを適当に痛めつけろ」
「適当って、どういうふうですかね?」
やはり、あまり賢くない様子の大男が、きょとんとした様子で尋ねるのを、医者の鍾獏は苛立って答える。
「そこの火桶にある焼き鏝で、肌を焼いてみろ。たいがいはそれで吐く! 
すこしは知恵を働かせろ、馬鹿者めっ」
「おいおい、おれは牛や豚じゃないんだぜ」
徐庶がまぜっかえすと、鍾獏は鼻の上に皺を寄せて、憎々し気に言った。
「黙れ! 貴様のせいで叱られる羽目になったではないかっ! 
わたしとて、こんな役目はしたくないのだ」
「じゃあ、やらなけりゃいいだろう」
「やらねば、わたしに害がおよぶ。蔡都督に逆らって、この荊州でうまくやってこられた人間はおらぬ」
「あんたが最初のうまくやれた人間になりゃいいじゃないか」
「減らず口を。わしを心変わりさせようとしても無理だぞ。
ほれ、ぼおっとしておらんで、そこの焼き鏝《ごて》を持ってこい! そいつをこいつの腕に押し付けるのだ!」


大男は妙に素直に、焼き鏝をじっくり火桶であたためてから、その真っ赤に熱された鉄のかたまりを徐庶のからだに近づけてくる。
その熱さは、衣のうえからもはっきりわかるほどだった。
『くそっ、こんな目に遭うとはな!』
さすがに焼き鏝を押し付けられたことは、生涯で一度もない。
徐庶はぎゅっと目をつむり、やってくるだろう激しい痛みに耐えることにした。


しかし、さいわいというべきか。
その真っ赤に熱せられた焼き鏝は、徐庶の身体に押し当てられることはなかった。
拷問部屋の表で、騒ぎが起こったのである。
鍾獏と大男は、騒ぎにつられて、顔を外に向けた。
きん、がん、と金属のぶつかり合う音が聞こえてくる。
はっきりした声で、だれかが「敵襲だっ」と叫んでいるのが聞こえた。


「敵だと? なぜこんな要塞の内部に?」
鍾獏がおろおろしているのを見て、大男もまた、どうしたらよいかわからなくなったらしく、焼き鏝を持ったまま、つぶやいた。
「困ったな、それじゃあ、敵が来る前に、さっさと仕事を片付けちまわないと、また叱られちまう」
ありがたくないことに、鍾獏が外に気を取られているというのに、大男のほうは、粛々と拷問のつづきをしようとする。


徐庶は今度は目を開き、芋虫のように地面に這いずって、男の手から逃れようとした。
しかし、なかなか体が思うように動かない。
足だけを頼りに、けんめいに後ずさる。
大男は、
「逃げるなよ、面倒なやつめ」
と悪態をついて追いかけてくる。


つづく

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どうなる徐庶? 
次回は水曜日です、どうぞおたのしみにー(*^▽^*)

赤壁に龍は踊る 三章 その14 囚われて

2024年06月14日 09時45分26秒 | 赤壁に龍は踊る 三章



「やはり、こやつは、例の建屋のひみつに気づいてたようだな。とんでもないやつだ。
鍾獏《しょうばく》、そなたがしっかりしていないから、こんなやつに気づかれてしまうのだぞ! 
よいか、このことが丞相に知れたら、われらもただでは済まぬが、おまえも同罪。
それをわかっておるのか!」
一拍置いて、蚊の鳴くような声が応じた。
「そ、それは、あなたがたが、わたしどもに無理やり」
「なんだと!」
「いえ、申し訳ありませぬ。以後、気を付けます」
それでよい、とキンキンした声をした男が吐き捨てるように言う。
この声、どこかで聞いたことがあるような?


がんがんと痛む頭を振りつつ、徐庶は目をひらいた。
手を地面に付こうとしたが、うまく動かない。
そこでようやく、自分が手枷《てかせ》をされていることに気が付いた。


頭痛に耐えながら顔をあげると、ぱらりとほどけた髪が顔にかかった。
その髪と髪の隙間から、先刻、宿舎のまえで見た、泥鰌髭《どじょうひげ》の中年男が、痩せぎすのねずみのような顔をした男に跪《ひざまず》いているのが見えた。


そのねずみ顔の男を徐庶は知っていた。
襄陽城に司馬徽《しばき》の用事で出入りしていたさいに何度か見かけた、蔡瑁の腰ぎんちゃく。
張允《ちょういん》であった。
「あんたか」
と、言ったつもりだったが、唇から出たのは、牛が唸ったような声だった。


「起きたようだな」
張允が中年男の肩越しに、徐庶を見る。
徐庶はおのれがどこにいるのか、素早くたしかめた。
ちいさな空間で、窓はない。
入口には、徐庶を昏倒させた大男が控えていた。
張允が動き出したのとおなじように、大男も、徐庶が起きたのに合わせて、ありがたくないことに近づいてくる。
部屋の三方の壁には恐ろし気な器具がずらりと掲げられていた。
どうやらここは、急ごしらえの牢のなかの、拷問部屋であるらしい。
遠くから、さらにありがたくないことに、だれかのうめき声や哀願する声が聞こえてきた。


「思いもかけない再会だな、元直どの。
貴殿はてっきり、おとなしく丞相に従っているものと思うていたが」
張允は言うと、手にしていた徐庶が曹操に当てて書いた訴状をぐっと徐庶に向けた。
「こんなものを書いて、われらを窮地に陥れんとしているとは!」
勝手な言い草に、怒るより前に呆れてしまった。
「荊州の兵士たちは、おまえたちにとっては子飼いの兵だろう。
それが流行り病に襲われているのを目の当たりにしても、良心が痛まぬのか」
徐庶が言うと、張允はふんと鼻を鳴らした。
「流行り病なんぞ、わたしは知らぬ。貴殿の悪質な言いがかりだ」
「なんだと?」
「ここにいる鍾獏は、兵士たちのために献身的に治療をおこなっている名医じゃ。
それを貴殿は、この訴状で、われらと結託して流行り病が起こっているのを隠匿しようとしている悪人に仕立て上げておる」
「図星だろうが」
「証拠はなかろう。医者のところにいるのが病人なのは、当たり前ではないか」
「見下げはてたやつだな、おれはおまえたちが死体を隠すところも見たのだぞ!」
「見たのは、貴殿だけであろうが。その死体とて、どこにあるのやら」
「要塞の西側の」
と、言いかけて、徐庶は張允の悪意に満ちた笑みを見て、悟った。
こいつなら、死体を掘り返して移動させることくらい、平気でやる。


張允は、訴状を卓の上に捨てるようにして置くと、徐庶の前にやってきた。
「たしか、貴殿は劉備の軍師であったな」
「元の、な」
「いまの劉備の軍師の諸葛亮とは、朋輩であったはず」
「それがどうした」
「あの老いぼれの劉備は、生意気にも江東の孫権と同盟を組んで、わが丞相の前に立ちふさがんとしておる。
おまえはその劉備や諸葛亮と、いまだに通じているのではないか?」
「ばかな」
反論しようとするのを、張允は手ぶりで止める。
「いや、わたしにはわかっておる。諸葛亮に知恵を授けられたおまえは、水軍を操るわれらを滅ぼすべく、罠をかけようとしているのだ。そうにちがいない」


こいつ、正気か?
徐庶はすっかり呆れてしまって、おのれの推理に悦に入っているようにすら見える張允の、ねずみ顔をまじまじと見あげた。


「狂っているぜ、あんた」
「だまれ、下郎がっ! われらはそんな罠にはかからぬぞ!」
とつぜん張允は叫ぶと、徐庶の横っ面を拳でがつんと殴りつけてきた。
またもや眼前に火花が散る。
鼻を切ったらしく、血が垂れてきた。
うつむくと、血がどんどん垂れてくるので、あえて顔をあげる。
すると、それが気に入らないらしく、張允は徐庶の髪を掴み上げると、顔を近づけてきた。
「諸葛亮に唆《そそのか》されたのだと言え」
「だれが」
「諸葛亮だ、おまえの弟分の。おまえがそう言えば、すべては丸く収まる」
「言うものか」
張允は、ふん、と鼻を鳴らすと、徐庶の頭を乱暴に突き飛ばした。
ぐらりと体が揺れる。
徐庶は短く悪態をついた。
それが面白いらしく、張允は横倒しになった自由の効かない徐庶の体を足で蹴りつけてくる。
子供が芋虫をいじめて楽しんでいるような様子だった。


と、そこへ、足音も高く、もうひとりあらわれた。
趣味の良い色合いの戦袍と、ぴかぴかの甲冑を身にまとった洒落男・蔡瑁である。
徐庶は踏みつけられながら、蔡瑁を睨み上げた。
張允がひとりでやったことではない。
さきほどから、張允はうるさいほどに、われら、われら、と言っていた。
こいつが、黒幕なのだ。


つづく

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さて、囚われた徐庶、いったいどうなる?
次回は月曜日の更新です、どうぞお楽しみにー(*^▽^*)

赤壁に龍は踊る 三章 その13 暗転

2024年06月12日 09時40分00秒 | 赤壁に龍は踊る 三章
徐庶は知らず、ガタガタと震えている自分に気づいた。
おそらく、連中の埋めようとしているのは、人だ。
怒りのために震えているのではない。
怖かった。
時代は乱世で、いつどこで人が死んでもおかしくないし、戦場以外でも路傍に死体が転がっているのさえ珍しくない。
なのに、無性に怖かった。
かれらがあまりに死というものに慣れ過ぎている、そのおぞましさと無自覚さが恐ろしかったのだ。
悪鬼だ。
あそこで人を埋めている男たちは、悪鬼そのものだ。
身体の震えをおさえるため、徐庶は持ってきた長剣の柄をぎゅっと両手で握りしめた。


それからしばらくして、男たちは作業を終えたらしく、足早に建屋に戻っていった。
徐庶はかれらが扉の中に消えてしまうのをじっと待ってから、堀棒のところへ急いで駆け付ける。
堀棒は、墓標のように地面に突き立てられていた。
掘られたばかりの地面はやわらかい。
徐庶は堀棒を引っこ抜くと、まだ固められ切っていない地面を掘りした。
ざくざくと土を掘り返す、その音を無感動に聞いている自分が、まるで連中と同じものになったような気がして仕方がない。


むわっと立ち上る土のにおいにうんざりしてきたころ、堀棒がなにかに当たった。
連中が埋めたものだ。


徐庶は、いったん堀棒を動かす手を止めた。


出てくるのは、おそらく人間の身体だ。
間違いはない。
これを見たなら、おれはこの要塞に居場所をなくすかもしれない。
引き返して知らぬふりをしていれば、この遠征が終わるまでは、うまくすれば命をつなげることができる。
知らぬふりを決められないのなら、あとはいばらの道だ。
命を捨てる覚悟で、土を払いのけて中身を見るか、阿庶?


『心は決まっている。仮に今夜、ここで引き返しても、おれのことだ、明日もまたこの忌々しい土を犬みたいに掘り返しているだろうよ』


そうだ、引き返すなどできるはずがない、と覚悟を決めて、徐庶は堀棒を放って、今度は手で土を払いのけはじめた。
ほどなく、冷たいものが手に触れた。
声を上げずにいられたのは、上出来と言うものだろう。
土の中に顔があった。
目を閉じた、若い兵士の顔。
その額にまだ生々しい傷があった。
昨日の喧嘩のさいにつけられたものだろう。
『崔淵とかいうやつだ。まちがいない』


徐庶は、月明かりに照らされている、そこかしこに掘削の痕のある地面を見つめた。
まだほかにも、大勢の『病人』がここに埋められたのだ。
碌に手当ても受けられず、あの建屋に押し込められて緩慢に死に追いやられた者たちが。


徐庶は、男たちのうち、死体を運んでいた者たちが口を布で覆っていたことを思いだした。
いつだったか、やはり襄陽で流行り病が起こったことがあった。
そのとき、医術の心得があるという孔明の妻が、近所の者の看病のために外へ出る際、やはり口を布で覆っていたことを思いだした。
『連中もおなじことをしているのだ。やはり、軍中に流行り病が蔓延している』
このまま、建屋に乗り込んで、証拠を掴むべきだろうか。
『いや、こちらは単身。下手に突っ込んでも、医者とその手先に袋叩きにされるだけだろう。
それより、このことを本当に曹公はご存じないのか?』


曹操はたしかに残酷な男だ。
しかし軍のかなめ中のかなめである兵士たちを粗略に扱って、平然としていられるほど冷酷な男だとは思われない。
それに、いまでこそ兵士たちは流行り病のことを知らないが、いずれそれが広がれば、抑えきれないほどの混乱が生じるのは、火を見るより明らかだ。


徐庶は空を見上げた。
銀の貨幣のような月が、傲然と徐庶を見ている。
『曹公に上訴するほかない』
流行り病を隠蔽しているのは蔡瑁だという可能性に賭けるのだ。
徐庶は空を見上げていた顔を、今度は要塞の塀に向けた。
要塞の建屋から遠く、江東の軍からもっとも遠い西側にあるせいか、このあたりには見張りの兵もない。
『いまなら、ひとりで逃げられる』
そこまで浮かんで、徐庶は苦く笑った。
梁朋《りょうほう》をはじめ、これまで面倒を見てきた荊州の兵士たちの顔がつぎつぎと浮かんできたからである。
『そうさ、おれはそういう損な性分なのさ』
自嘲気味にこころのなかでぼやいてから、徐庶は掘った土を元に戻した。





徐庶は、おのれの宿舎に戻り、明かりをつけると、すぐさま筆を執った。
曹操に向けての訴状を書き始めたのだ。
興奮していても、手はさいわいなことに震えたりはしなかった。
思いのたけをぞんぶんにぶつけたものを一気に書き上げて、それから、曹操のいる要塞の中心の奥堂へ向かうべく、外へ出る。
身なりもろくに整えておらず、爪にはさきほどの土がついたまま。
しかも真夜中だったが、かまっていられなかった。
曹操は今頃、ぐっすり眠っているだろうから、たたき起こされれば機嫌が悪くなるかもしれないが、そんなことを言っている場合ではない。
さあ、行くぞと気合を入れて歩を進めたときだった。


「どこへ行かれる、元直どの」
声にぎょっとして、振り返ると、泥鰌髭《どじょうひげ》の傲慢そうな顔をした中年男が、松明《たいまつ》のあかりにぼおっと浮かび上がっていた。
そのとなりには、例の目の妙につぶらな大男が控えている。


しまった!


徐庶はあわてて逃げようとするも、大男のほうが動きが早かった。
壺ほどの大きさもあろうかというでかい拳が、顔面に飛んできた。
避けきれなかった。
目の前に火花が散り、鈍い痛みとともに、徐庶は昏倒した。


つづく

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いつの間にか、「奇想三国志」だけで、450回目の連載となっておりました。
これから、まだ続きますので、ひきつづき閲覧していただけるとさいわいですv

ではでは、次回は金曜日! どうぞお楽しみにー(*^▽^*)

赤壁に龍は踊る 三章 その12 星座の下で

2024年06月10日 09時48分37秒 | 赤壁に龍は踊る 三章



夜が更けていく。
静かに音もなく移動していく星座のまたたきを上に、徐庶は闇のなか、目を凝らしつづけていた。
建屋の小さな扉がひらくことはない。
そも、徐庶が夜陰に紛れて動こうと考えたのは、ほんとうに死体を処理しているのなら、目立たない夜にも動きがあるだろうと判断したからだ。
こちらは一人で、相手は複数だろうから、現場を押さえることはむずかしい。
だが、なにか証拠をつかみ、それを公にできたら……


そこまで考えて、徐庶は、ふと思った。
『丞相はこれを知っているのか?』
まちがいなく、いま軍中に流行り病が広がりつつある。
それを隠蔽しようとして、病人が出ると建屋に押し込めて、見殺しにしているのにちがいない。
それを主導しているのはだれなのか?
仮にそれが曹操の命令だとすると、とてもではないが、もう付き従うことはできない。
しかしだからといって、そのままほったらかしにして、自分ひとりで逃げることはできなかった。
『出奔するにしても、証拠を掴んでからだ。世に少しでも正義を明らかにしてやる』
正義、ということばが浮かんだとき、徐庶はつい、おのれのなかにあった青さにおどろいた。
同時に、そんなことを自然と考えられるようになるまで、おたずねものの剣客だった過去は遠くなっていたのだなと感慨深く思った。
手にしている剣が重い。
『これを抜かなくて済むといいんだが』


そうしてしばらく夜闇のなかでうずくまっていると、ごとごと、と建屋のほうで音がしはじめた。
来なすった、と徐庶は身を固くし、息を殺した。
ぎょっとしたことに、関羽とほとんど身の丈が変わらないだろうというくらいの大男が、ぬっと小さな扉から出てきた。
手には手燭を持っており、油断なく外をうかがっている。
ぼおっと明かりに浮かびあがるその顔は、図体のわりに小作りで、どこかちぐはぐな印象を与えた。
男があまり知恵のあるほうではないのは、服のだらしない着こなしでもうかがえる。


男は、きょろきょろとあたりをうかがうと、建屋の中へ向かって、出てこいというふうに合図をした。
すると、口元を布で覆った異様な風体の二人組が、布にぐるぐる巻きにされた細長いものの右と左をそれぞれ持って、ゆっくり出てきた。
「寒い。こんな夜に、たまらぬな」
口元だけを布で隠している男のひとりが、緊迫した空気にそぐわぬ愚痴をこぼした。
とたん、大男が叱る。
「ばかやろう、そんなことを抜かしている場合か。
とっとと、そいつを埋めて戻ってくりゃあいいことじゃねえか」
「ちがいねえ。まったく、いやな仕事だぜ」
愚痴の多い男と仲間は、布にくるまれた何か……徐庶には人の体に見えた……をかついで、大男の先導で闇のなかを移動しはじめた。


男たちは夜の移動に慣れているようだった。
満月に近い月が出ているというのもあるが、行く手に障害物がないとわかっている足取りである。
徐庶も足音を殺しつつ、かれらのあとを尾行する。
じっとしていたので膝が痛かったが、構っている場合ではなかった。


やがて男たちは、要塞の隅にある、まだ建物ができていない一角にやってきた。
ちょうど、木でできた堀棒が、地面に突き刺さっているのが、月下に見える。
かれらは、
「あそこだ」
と口々にいいながら、堀棒のもとへ向かった。
「重いぜ。腰が痛くなっちまった」
「とっととやっちまおう。建屋の中にいたほうが、いくらか寒さがまぎれるからな」
そんなことを言い合っているのが、徐庶の隠れている木陰からも聞こえた。
ざくざくと土を掘る音が聞こえてもなお、まれに男たちの笑い声すら聞こえてくる。
つらい作業を冗談で紛らわせようとしているのかもしれないが、異常な光景であった。


つづく

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本日分はちょっと短めですがご容赦くださいませ。
果たして、徐庶の冒険はどこへ行きつくか?
どうぞ次回もお楽しみにー(*^▽^*)

赤壁に龍は踊る 三章 その11 深夜の冒険

2024年06月07日 09時57分35秒 | 赤壁に龍は踊る 三章



梁朋《りょうほう》は夕暮れまで戻ってこなかった。
そろそろ帰って来いと呼びにいくかなと徐庶が考えていると、その梁朋が、建屋のほうから、息を切らせて駆け戻ってくる。
「どうした」
徐庶が問うと、梁朋は、きょろきょろとあたりを見回してから、小声で言った。
「おかしなことがあります」
「どんな?」
「建屋の後ろに、小さな扉があるんです。
あそこから、医者の部下みたいな連中が、人を運びだしているんです」
「なんだと、だれを運び出しているのだ」
「わ、わからないけれど」
ごくり、と梁朋はつばを飲み込み、それからさらに小声で答えた。
「あれは死体だと思います。布をかぶせられていたから、絶対とはいえないけれど。
元直さま、危ないよ、これは」


徐庶はそれを聞いて、暗然とした気持ちに襲われた。
予感はしていた。
戻ってこない兵士は、どこへ連れていかれるか?
新しい部署で養生しているということは考えられない。
だったら、元気になった者の姿をだれかが見ているはずである。
あの建屋には病人が集められ、そして死ぬに任せる状態になっているのではないか……


「医者の姿は見たか?」
梁朋は緊張した面持ちで、こくりとうなずいた。
「泥鰌《どじょう》ひげの、偉そうなやつです。鍾獏《しょうばく》さまって呼ばれていた」
「鍾獏か、聞いたことがない名前だが」
とんでもないやつだ、と徐庶はこころのなかで付け加えた。


「そいつが部下にどんな指示をしていたか、わかるか?」
「うん。建屋の外のどっかに死体を運ばせていました。それとね」
「ほかにもなにかあるのか」
「あります。荊州のおれたちの宿舎以外からも、病人があそこに運び込まれているみたいなんだ。
元直さま、めったなことを言っちゃいけないのかもしれないけれど、もしかしたら、は、はやり」
流行り病、と言いかけた梁朋の口を、徐庶は手ぶりで止めた。
「言いたいことはわかる。だが、それ以上は言うな。ともかくよくやってくれた。
あとはおれに任せて、おまえは宿舎に戻れ」
そう言うと、梁朋は目をまん丸にして抗議してきた。
「任せるって、どういうことです! 言ったでしょう、危ないですよ! 
何かあったらどうするんです?」
「だが、このままにはしておけん。いいか、今日見たことは、だれにも言うなよ。
おれのことも、これ以上、気にしなくていい」
「気にするなって言われたって……」
「いいか、これは監軍のおれからの命令だ。
命令違反はおそろしい罰を受けるぞ。それはわかるな?」
「わかるけれど」
「だったら、宿舎に戻れ。いいな?」


徐庶にきつく言われて、梁朋はしょんぼりと宿舎に向かっていった。
そのとぼとぼとした足取りの後ろ姿を見送って、徐庶はこころでつぶやいた。
『それでいい。おまえを面倒に巻き込みたくないんだ』


そして徐庶自身も、おのれの宿舎にもどり、長いこと使わずにいた長剣を取り出して、その腰に佩《お》びた。
ひさびさに意識して身につけた剣は、思っていたよりずしりと重く感じられた。
おそらく、それは徐庶が荊州の兵士たちに感じていた責任と同じ重さだったろう。


徐庶は、母を失って以来、長らく気鬱の病にとりつかれていた。
それが治って来たのは、荊州の兵たちのおかげだと思っている。
かれらに頼られたことで、自分にもできることがあるのだと思え、立ち直れたのだ。
かれらのためにも、この不穏な空気を払わねばなるまい。


あたりが夜陰に包まれて、兵士たちが宿舎に戻り切ったころを見計らい、徐庶は部屋を出た。
こういうときこそ、恐れられ、憚られていたことが役に立つ。
だれにも見とがめられずに、自由に動けることを徐庶はありがたく思った。


鍾獏という医者がどんな男かは知らない。
だが、おそろしく職業意識の低い、くわえて慈悲の心などみじんも持たない嫌な奴だろう。
建屋の中を見てからの話になるが、予想が当たっているなら、ぶん殴るくらいではすまないことをしているはずだ。


空には満月に近い月が出ている。
篝火があちこちに焚かれてはいたものの、宿舎から離れていくにつれ、その明かりも遠くなっていった。
だが、月のおかげで足元に不自由はない。
やがて、例の黒塗りの建屋が目の前にあらわれると、徐庶は近くの木材の山に隠れ、様子をうかがった。


昨日とおなじ顔ぶれの、頑強そうな兵士たちが入口を守っている。
『あいつらをなんとかしなければな』
建屋のとなりにある小窓は閉じられており、中を覗くにしても、こじ開けるのはむずかしそうだ。
まごまごしていたら、連中にすぐに気づかれてしまうだろう。
そういえば、梁朋は建屋のうしろに小さな扉があると言っていたと思い出し、徐庶はそちらを回ってみることにした。


すると、さいわいなことに小さな扉は実際にあって、そこには見張りはいなかった。
足音を殺して扉に近づき、開かないか確かめてみる。
だが、思うようにいかず、押しても引いてもびくともしない。
中にだれがいるかもわからないので、声をかけることもできないから、徐庶はふたたび扉から離れ、近くの井戸のそばに隠れ、様子を見ることにした。


つづく

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これからも更新をがんばりますので、ひきつづき応援していただけますとさいわいですv

さて、次回は月曜日の更新でございます。どうぞおたのしみにー(*^▽^*)

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