はさみの世界・出張版

三国志中心(蜀漢多め)創作小説のHP「はさみのなかまのホームページ」の出張版です。
旧作多数掲載中!(^^)!

黒棗の実 3

2018年06月23日 09時48分19秒 | 黒棗の実
巫は、罪人として、後ろ手にきつく縛られて、牛に乗せられてきたが、しかし、その表情は、怯えた者のそれではなく、むしろ、己に好奇の眼差しを向けてくる者たちを、嘲うほどの余裕があった。
一方、そんな余裕がないのは王恵のほうで、手にした馬の鞭を、いまにも巫に打ち下ろしかねない勢いである。
允は、父やじいやと一緒に外に出て、昨日、山であったばかりの巫を、恐怖と驚きのいりまじった顔で見上げた。
巫が、安と一緒にいるのを見た者がいるという。
王の妻もいなくなっているということであるから、巫がなんらかの手引きをして、二人をどこかへ連れ去ったのだと考えるのが、妥当なところだろう。

王恵は、巫を牛の背のうえに残したまま、門先にあらわれた董和のところへ走り寄ってきた。
「都尉どの、この者が、わが身重の妻と、跡取り息子を、かどわかしたようなのです。ぜひに取り調べのうえ、きつい処罰をくれてやってくださいませ」
董和は、そのことばにはすぐに答えず、いまは薄汚れてしまった白い衣をまとう、牛の背のうえからおのれを見下ろす巫を見上げた。
允は、その背中に隠れるようにしていたが、そっと覗くと、巫と目が合ったような気がして、あわてて顔を隠した。
「この者が、貴殿のご子息を連れていたという話は、まちがいのないところなのか」
「まちがいないことですとも。一人や二人ではない。何人もが、安によく似た子と、この巫が一緒にいるところを見ているのだ」
「奥方も姿が見えないとか。奥方も一緒であったというのなら、話はわかるが」
「いいや、妻の姿は、だれも見ていないという」
王恵のことばに、事情を知りたくて集ってきたひとびとの中から、不穏なざわめきが起こった。
もしや、人攫いに、子供だけは連れ去られ、奥方さまは殺されてしまったのではあるまいか。
董和は、集ってきた人々の声を制するように、声を張り上げた。
「みな鎮まるがいい。ここは裁きの場ではない。話はわかった、さっそく、取調べをおこなうとしよう。この者は、我らで預かるゆえ、貴殿らは通達を待つように」
「いますぐ取り調べていただけるのではないのですか」
不服そうに王恵が言うと、董和は厳かに告げた。
「奥方たちがいなくなってから、まだそう日がたっておらぬゆえ、無事をたしかめるためにも、まずは裁きより、人を割いて、お二方を探すことを最優先にするべきだ。
詮議のほうは、通常通り構成にするゆえ、安心するがいい。緊急であるからといって、この場で略式に取り調べるというわけにはいかんのだ。この者が、たしかに奥方とお子を拉致したのだという証拠は、いまのところ目撃証言だけなのであるからな」
「悠長なことを。そのあいだにも、妻と子になにかあったら、どうしてくれるのだ!」
苛立って、声を上げる王恵に、董和は、あくまで冷静に答えた。
「お二方の探索は、わが部下も加わらせる。この場で裁きを行うわけにはいかぬと申しておるのだ。判っていただきたい。さて、巫を引き取ろう」
董和が言うと、王恵はしぶしぶと、巫を董和の部下に引き渡した。





静かな田舎町は、県令の奥方と子供の失踪に騒然となり、手の空いているものは、すべて二人の探索に借り出された。
県令はいやなやつであるが、奥方は、もともと巴東の旧家の娘である。
ひとびとは、小さい頃から見知っている奥方の行方を、心配したのである。
ぽつぽつと、見たことがあるという証言が集ったものの、失踪したという日にちよりもずっと前のものばかりで、安が寝込んでいたので、母子が外に出られるわけがなかったのだから、それは人違いであろうと処理された。

董和は、役所から帰ると、疲れているのか、渋い顔をして、食もあまり進まないようである。
じいやは、凝っていなさると、気の毒がりつつ、董和の肩を揉んだ。
「あちこちと騒ぎになっておりますね。塩の密売人などが世を騒がすことなどはよくありますが、このあたりで、女子供をねらった人攫いなど、滅多にないことでございます。奴婢たちまでも、日が落ちる頃には、もう子供を表に出さぬように注意しているようでございますよ」
「奴婢とて、子を想う気持ちには変わらぬ。どのような身分の者の子であろうと、これ以上、攫われるようなことがあってはならぬ。下手人は、かならず捕らえて厳罰に処してくれる」
と、珍しく言葉を荒げる董和であるが、ふと、息をついて、ぼやくように言った。
「王県令にも困ったものだ。妻子はまだ見つからない、きっと巫が売り飛ばしてしまったにちがいない、拷問にかけてしまえと、しつこく催促してくるのだ」
「土地の者たちは、奥方さまには、たいそう同情しているようですよ。奥方さまがあの県令に殴られているという話は、ここで知らぬ者はおりませぬ」
これ、と、董和は、允のそばにいることを気にして躊躇った。

允は、董和が帰ってくると、その側で、書を読んだり、大人たちの話を聞いたりして過ごす。
書を読むのは、あたらしい知識を得られることが嬉しいからであり、大人たちのむずかしい話は、まだよく知らない世間の輪郭が、なんとなくつかめるのが楽しいからである。
董和もふくめ、大人たちは、この行儀のよい、おとなしい少年に、ほとんど注意を払わなかった。
存在感がないというよりも、允のもつ雰囲気は、飾られた花のように、自然に場に溶け込むものであったからだ。

「父上、その話なら、安くんから聞きました」
「なんと、そうか。王恵は、子の前で、妻を殴っているのか」
と、董和は、ぎゅっと顔をしかめた。
「なればこそのことかもしれぬ。王恵の使いが来るよりも頻繁に、役所に、土地の者たちが詰め掛けてくるのだ。
あの巫は、この土地の者ならば知らぬ者がないほど優秀な巫である。命を救われた者も多い。悪い霊と付き合いのある巫ではないので、子供を攫ったとは信じられない。きっと、あの県令が、妻子が邪魔になって殺してしまったのだ、といって、巫を助けてやってくれと陳情に来るのだ」
「それはまた、憶測にしては、具体的な話ですな。たしかに県令は、評判のわるい男ですが、妻子を殺めるような真似をするでしょうか」
「わたしもそう思う。あれは、威張りたがりだが、小心者だ。だが、評判が悪すぎる。巫のほうは、獄卒たちも、むかし世話になったことがあるとかで、祟りを恐れて、その身に触れることも恐れておる。
己が恐れられているとわかっているのだろうが、巫が大人しくしてくれているのが幸いだ。自害などされては、大変な騒ぎになってしまうからな」
「うさんくさい巫のほうが、評判がよい、というのは面白いものですな」
土地の者を、すこし小莫迦にするようにじいやが言うと、董和は、首を振った。
「じいや、巫というものは、古来より医巫同源といって、医者と同様に見られていたのだよ。ここは山深いところゆえ、中原の医術をおさめた医者も、寄り付かぬ。土地の者にとって、巫は、たいせつな医者でもあるのだ。敬われて当然であろう」
たしなめられて、じいやは決まり悪そうにしながら、そういうものでございますかね、と、卓の上の白湯を入れた器を片づけた。
「父上、巫は、なぜ里に住まないのですか」
「山の霊気を得るためということであるが、山に生える薬草を採って、清水で薬をつくるためにも、山に住んでいたほうが、都合がよかったのであろう。医学がいまほどに発達していなかった昔には、おいしい水そのものが、薬として重宝されていたのかもしれぬ。
その証左というわけでもあるまいが、霊山と呼ばれ、信仰される山には、名水と呼ばれるおいしい水がおおく湧く。各地に巫の名の残る山は多いが、それは古来より、巫が山を住処とし、ひとびとの健康をもまもる、なくてはならぬ存在であった証だ」

父上は、なんでもご存知なのだと、允はあらためておどろいた。
そして、籠いっぱいに薬草を摘んでいた、巫のことを思い出していた。
男とも女ともつかぬ、魅惑的な妖気を漂わせている巫であった。
たしかに、里にはなじまぬ、異界に暮らす者である。気も遠くなるほどむかしから、脈々とつづく、巫の伝統を、あの者が継いでいるのだ。
允は、子供ごころに、もしかしたら、あの巫が、人さらいだとしたら、自分も攫おうとしていたのかしらと怯えた。
と、同時に、安を見たことを、いくら巫と約束したとはいえ、父に黙っていてよいものかと悩んだ。
とはいえ、約束を破るのはいけない。
約束を交わすかわりに貰った黒棗の実は、もう半分も、腹の中におさまってしまっており、残りは、錦の袋にはいったままである。
それに、喋ってしまえば、あの巫が罪人として処罰されるのは確実になるだろう。
その重さに、允はおののいていた。

そわそわと落ち着かなくしていると、董和が目を開き、言う。
「允や、最近、あまり腹を下さぬようだな。ずっと水っ腹がつづいていたから、おまえには、ここの土地が合わぬのかと心配していたのだが」
允は、董和が言うように、たしかに巴郡に来てから、ずっと下痢をつづけていた。
ひどいものではないのだが、原因がわからず、いつも腹の調子を気にしなくてはいけないので、食事をつくるじいやが困っていたのである。
それがここ最近、調子がよいのは、巫のくれた黒棗の実のおかげなのであった。
「わたしは、おまえに聞かねばならぬことがあるのだが、その前に問おう。おまえは、わたしに、言いたいことがあるのではないかね」
いきなり指摘を受け、允はどきりとしたが、それでもまだ、迷っていた。
父のことは大好きであるが、巫との約束を破るわけにもいかない。
もじもじと迷っていると、董和は、息をついて、それからどぎまぎしている息子に、まっすぐ力強い目を向けて言った。
「允や、おまえ、王県令の令息がいなくなったことについて、なにか知っているだろう。令息がいなくなった日、おまえは市場で、安に似た子を市場で見かけて、山まで追いかけたと言ったな」
「申しました」
咽喉がからからと渇いていたが、允は父の目線から、目を逸らすこともできず、頷いた。
「よろしい。重ねて尋ねるが、おまえは、なぜ巫は里に住めないのかと尋ねたな。巫が山に住まうものだということを、おまえはどうして知ったのだね。わたしはなにも話をしておらぬし、じいやもあのとおり、このあたりの習俗には詳しくない。だれに聞いたのだ」
「それは」
ちらりと、適当な名前をでっちあげて、嘘をついてしまおうかと思ったが、父の目を見てれば、そんな勇気は出なかった。
口ごもる允に、董和は畳み掛けるように言った。
「言いたいことがあるのだな、允。もしや、おまえは、あの巫を知っているのではないか」
ずばり言い当てられて、允は、はっとして顔を上げた。
「なぜにお分かりなのですか」
と、言ってしまってから、約束を破ってしまったことに気づき、允はあわてて口を塞いだが、もはやあとの祭りである。
董和に、なぜいままで黙っていたのかと責められて、允は、泣きながら、結局、仔細をすべて父にあきらかにしてしまった。

つづく……
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2018/6/22 サイトにて「おためし短編小説 第一弾」発表!

2018年06月22日 16時31分48秒 | Weblog
たいへんお待たせしましたー!

サイト「はさみのなかまのホームページ」にて、
最新作の「おためし短編小説」の第一弾を発表しました。

拙い作品ですが、どうぞ見てやってくださいませ。
一緒に「近況報告」もあります。
そちらもあわせてごらんください(#^^#)

URLはこちら↓
http://home.cilas.net/~ka2mttsr/

最新作は、かなり肩の凝らない作品となっておりますので、
お気軽にごらんください。
つーか、ナニコレ! どう反応していいのかわからない!
に、なるかもしれないけど……(;^_^A
そのときは、そのとき。

「おためし短編小説」は、第五弾まであります。
次回のアップ予定は、来週の金曜日を予定しております。
反響がよいといいなあ。
面白かったら、サイトのWEB拍手をぽちっと押してやってくださいませ。
もう、めちゃくちゃ励みになりますので。

ドキドキしつつ、いったん切り上げます。
あ、そうそう、本日アップしている「黒棗の実」、
明日までデータ移行がかかりそうです;
明日から「説教将軍」のデータ移行の予定でしたが……
趙雲と孔明のはなし、もうちょっと待ってくださいね。

それと。

PCをご利用のみなさんへ。
Windows10の大型アップデート以降、
個人サイトを更新したさい、キャッシュが残っていて、新しいデータを見られない、
ということが頻発するようになったようです。
(わたしのPCはいつもそうなるようになってしまった!)
なんでかよくわからないところが、万年初心者。

その場合、ネットの「設定」から「閲覧するデータのクリア」を選び、
「クリアするデータの選択」→「キャッシュされたデータとファイル」のみにチェックをし、
データをクリアすると、新しいデータでサイトを見ることができます。
お困りの方、ためしてみてください。

そんなわけで、ではまた、サイトにてお会いしましょう!
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黒棗の実 2

2018年06月22日 14時15分06秒 | 黒棗の実
巫、と聞いて、允の脳裏をかすめたのは、やはり安のことであった。
安の母親が、安の病気の平癒のため、巫を呼んだと話をしていなかったか。
それに、允には、巫が、医者を兼ねているという話に気を引かれた。
成都も、まじないや巫女に頼る気風があったけれど、医者は医者として、ちゃんと別に存在しており、巫女の煎じる薬は、士大夫の階級では軽んじられる傾向にあった。
古い書物には、巫は山に入って薬草を採ると記述がある。
古来より、巫は医術をも心得え、生と死のふたつの世界の知識をもつ、神秘の存在であったのだ。

「薬って、その山菜がそうなの? そんなにたくさん摘んで、どこまで行くの?」
允はすこしだけ巫に近づいた。
沓で踏みしだく青草のやわらかい感触が心地よい。
巫は、允に籠の中を見せて、相変わらず笑みを浮かべながら答えた。
「どこへ行ったものかね。まだ決めていないのだけれど、きっと南に行くことになるだろうね。この薬は、自分たちで飲むためだけじゃなく、途中で旅人に売って、こちらの路銀を稼ぐためのものでもあるのだよ」
籠の中には、さまざまな種類の草が入っていたが、どれがどんな効能があるのかは、允にはさっぱりわからなかった。
「あ、棗だ。これなら知っている。うちの家にも生えているもの。好物なんだ」
棗は食べると甘酸っぱい。
小腹がすいた時にもいで食べられるし、干したものは、薬にもなるし、おなかを壊した時にも役に立つ。
「あげてもよいけれど、これはまだ青いから、酸っぱいよ。ほら、こっちをあげよう」
と、白装束の巫は、懐から、棗の実を干したものを允にくれた。
その手は、節くれだっていたが、不思議とじいやのように手荒れがなかった。
「ありがとう。干したものを黒棗というのだよね」
「さすが董都尉のお子だ。よく知ってなさる」
「父上を知っているの」
父が有名なのは、允にとって、誇りである。
顔を輝かせた少年に、巫は、優しい笑みを向けた。
「お父上が好きなのだね。可愛がってもらっているかい?」
「もちろんだよ。普通はそうだろう」
「おやおや、簡単に『普通は』、などと口にしないといい。幸せに育った者は、どうも無頓着でいけない。世の中にはね、子が親に、可愛がってもらえないことが普通な家だって、たくさんあるのだから」
「ごめんなさい……むつかしくて、よくわからないけれど」
「素直なお子だ。董都尉の評判はすこぶるよいようだけれど、坊やを見る限り、人物も確かなようだ。よい父上に育てられたのだから、ちゃんと孝行なさいよ」
「うん、そうする。父上のように立派な人になって、父上が自慢できるような子供になるのが、わたしの夢なのだ」
「立派な人とは恐れいる。坊や、このあたりに暮らしていると、どうもピンと来ないけれど、中原のあたりでは、毎日黄巾賊とやらが、村々を荒らしまわって、天子様の言うことを聞かなくなっているそうだよ。その隙に、有象無象の輩が、我こそはと名乗りをあげて、天子様の御位を狙っているそうな」
「その話は聞いているよ。父上も、天下が悪くなったので、荊州から巴蜀に来たのだから。巴蜀はだいじょうぶだよ。父上が、だいじょうぶだと思ったのだから、だいじょうぶなのだ」
允はそう言って、むん、と胸を張って威張った。
允にとっては、父親の言葉や判断は、すべて福音なのである。
「お父上は、いつか司馬相如のごとく、巴蜀を出て、天子様にお仕えするようにと言わないかい?」
允は、沈思熟考な性格をみせて、しばらく考えてから、答えた。
「ううん、言わない。父上が言う立派な人というのは、お金がある人や、地位の高い人ではないよ。だから、天子様のお側に仕えられる人間になれ、なんていわない」
「では、どんな人間が立派だと?」
「自分の為すべきことをきちんとやって、正直に生きる人、人を弾劾しない人、欲張らない人。お天道さまにいつでも顔向けのできる人が、立派なのだって。
大きな功績を残したとか、お金をたくさん持っているひとも、たしかに立派かもしれないけれど、本当に立派なのは、毎日をこつこつと真面目に暮らして、不平も不満もいわないで、家族をたいせつにする人なのだって」
「おやおや、董都尉は、家もそっちのけで、仕事に打ち込む御仁だと聞いているよ」
揶揄された允は、むっとして反論する。
「そんなことはない。父上は、立派な人だよ。みんな言っているもの」
「そうだろうか。だれがそう言っているのだい」
允は、考えて、それから答えた。
「ええと、じいやとか、じいやとか、じいやとか……」
「じいやという人は、何人もいるのかね」
「だって、だれ、って聞かれても、その人の名前がわからないのだもの。答えられないよ。でも、父上が成都の令をやめてこちらに来るときに、たくさんの見送りの人たちが集まって、かならず帰ってきてくださいと、みんな泣いていたよ。立派な証拠じゃないか」
「その人たちは、たまたま、董都尉にうまく助けてもらえた人なのだろう」
「たまたま、って、なにさ」
「たまたまは、たまたまだよ。人助けというのはね、なまじな覚悟ではできないものだよ。助ける相手のすべてを引き受ける覚悟で手を差し伸べるのが、ほんとうの人助けさ。
董都尉は、たまたま仕事で人を助けているだけで、仕事の範囲ではない人は、助けないお人ではないのかい? 世間でよくいう義人とやらには、多いのだよ、そういうエセ義人が」
「父上は、エセ義人なんかじゃないぞ! ニセモノは、自分のことを偉いとか、賢いとか宣伝するものだけれど、父上は、逆に、いっつも、わたしは莫迦だ、莫迦だ、って嘆いてらっしゃるもの」
「なぜ、董都尉は、自分を責めなさる?」
「ええと、ええと、よくわからないけれど、父上は神さまではないから、目の前の、いちばん近くにいる人しか助けることができないからだって。一人を助けていると、そのあいだに、ほかの困っているひとは、後回しになってしまう。
助ける相手を選んでいる自分は、天を恐れぬ愚か者だ、天下の乱れを直さねば、困っている人が減らないとわかっているのに、どうしたらよいのか、手立ても浮かばない、って嘆いてらっしゃるもの。そういうのを、エセ義人とは言わないでしょう? 山奥に住んでいる貴方なんかに、父上のことがわかるものか」
「言ってくれるものだね。わたしたち巫というのは、たがいに繋がりがあってね、おまえたちの知らないような情報も、いろいろと握っているのだよ」
「ふうん。よくわからないけれど、なら、ほかのお山に住んでいる巫にも、父上はエセ義人なんかじゃないと伝えておくれね。悪い嘘がたって、このまま成都に帰れなくなったら悲しいから」
「成都に帰りたいのかい。なぜ」
「父上はなにも言わないけれど、じいやが、父上は天下に必要なお方だから、このまま巴郡に埋もれてはいけないと、いつもそう言っているもの」
「ふうん、じいやさんがね。じいやさんは、ご主人の気持ちを代弁しているだけかもしれないよ」
「そうではないというのに。わたしの父上は、安くんのお父上とはちがうのだ。成都に帰りたい、帰りたいと愚痴ばかり言うくせに、ろくに仕事をしない大人とはちがうのだから」
すると、とたんに巫は愉快そうに笑った。
「そうかい、坊やにも、あの男は、ろくでなしに見えるのかい」
允は、素直にうなずいた。
「自分の奥方をぶつなんて、最低だよ」
「うん、最低だね。まったくだ。面白いお子だね。素直かと思えば、なかなか毒舌を揮うじゃないか。安は、坊やと仲良くできて、楽しかっただろうね」
巫の言葉に、允は怪訝に思ってたずねた。
「これからも仲良くするよ。だって、わたしのたった一人の友達なのだから」
「ああ、そうだね。そうだといい。ところで坊や、つい長話をしてしまったけれど、わたしはそろそろ出立の準備をしなければならない。ここで坊やとはお別れだ。
帰りは、いま通ってきた小道をおゆき。野うさぎが使っている獣道だけれど、坊やならば難なく通れるだろう。
さて、約束をしてほしいのだけれど、わたしと会ったことを、誰にも言ってはいけないよ。お父上にも言ってはならない。約束できるかい? 約束できるなら、ほら、黒棗をもうすこしあげよう」
と、巫は、黒棗の実を、さらに允に渡した。

好物でつられたわけではないが、允はもともと律儀な性質であったから、巫の言葉に従うことにした。
そして、貰った黒棗を、錦の袋に入れると、大事に懐にしまった。
錦の袋は、亡き母の形見の衣の一部を使って、伯母がこさえてくれた小物入れである。
「さようなら、坊や。約束を守ってくださいよ」
巫は念を押して、允を見送った。





屋敷に帰ってきた允は、あちこちに草と泥をくっつけて帰ってきたので、じいやにひどく怒られた。
しかし、董和のほうは、允のやんちゃを面白がって、どこへ行ってきたのかと尋ねた。
允は、巫との約束をおぼえていたから、安らしき少年と市場で出会って、山へ追いかけていったことまでは話したが、巫のことは話さなかった。
「ご子息は、まだ具合が悪いのか。長患いにならぬとよいな」
董和が言うと、傍らで、允の汚れた衣の始末をしていたじいやが、口をはさんだ。
「あの王県令は、よろしくないお方でございますね。患っているお子と、身ごもっていなさる奥方を屋敷に残して、ご自分は、妓楼に繰り出して、ドンちゃん騒ぎをなさっているとか」
「お会いしたことはないが、県令の奥方というのは、たいそう美しい方だそうだな。允や、もし奥方にお子が生まれたら、おまえの友達も増えるだろうよ」
そうか、安には兄弟が増えるのだな、と允はうらやましく思った。
「ああ、別なことを考えながら筆を動かしていたら、また損じてしまった。允や、この紙はおまえにあげよう。書き方の練習をするときに使いなさい」
董和は、筆を置いて、机にひろげていた紙を、允に与えた。
それは成都にいる高官に宛てた手紙の下書きで、何度も書き直した後があった。
文字の隙間に、允は自分の字を書くことができる。
父の字が手本にもなり、ちょうど良いのである。
「旦那様は、坊ちゃまに甘い。そのような高級品を与えてしまわれるとは」
「よいではないか。どちらにしろ、ほかに使いようがないのだからな。おや、允、おまえ、誰の顔を書いているのだね」
董和に見咎められ、允はびくりとして筆を止めた。
それこそ、何の気もなしに、允は、昼間にあった、あの不思議な巫のことを思い出し、その顔を描いていたのである。
とはいえ、允には絵心がなかったので、紙の上の顔は、まるで巫に似ていなかった。
允から紙を取り上げ、顔をまじまじとながめた董和であるが、軽くため息をついて、決まり悪そうにしている息子に言った。
「おまえはわたしに似て、絵心がないようだな。これは市場であった人の顔かい」
允は、どぎまぎしながら、こくりと頷いた。
罪悪感がちりりと胸を焦がした。
「今の世に、画才があっても邪魔なだけか。おまえは、わたしと一緒で、天賦の才能とやらがない凡人のようだから、こつこつと、毎日を精進せねばならぬぞ」
「はい。立派な人になります。父上の誉れになります」
「気負うことはない。健やかに暮らしておくれ。そうしたら、父もおまえを誉れに思うだろう」
董和はそんなことを言って笑ったが、允には、父の言葉の意味が、よくわからなかった。





さて、翌朝、王県令の使者が、董家に飛び込んできた。
妓楼から帰ってきた王恵であるが、戻った屋敷には、身重の妻も、病に伏せている子供もおらず、もぬけの殻であったらしい。
あたり一帯を探したけれど、いついなくなったのか、家令もだれもわからない。
そこで、探したところ、安にそっくりな子を連れた者が、川を渡ったということが知れた。
そこで、手配をして追いかけたところ、子供はいなかったが、安に似た子を連れていた者は捕らえることができた。
いま、縄にかけて、連れてきている、さっそく裁いて欲しいというのだ。
父と共に、表に出た允は、それこそ引っくり返りそうになるほど驚いた。
馬上にて、ぐるぐるに縄で縛られていたのは、ほかでもない、昨日の巫であったからである。

つづく……
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黒棗の実 1

2018年06月22日 10時05分40秒 | 黒棗の実
わたしたちのご先祖は、とおく巴郡の江州に住んでおられたのだ、と董和は息子の允に言った。
だから、わたしたちは、このたび主公のご命令で、成都を出て巴東に行かねばならないが、これは悪いことではない。
そもそも、なぜか我が一族は、土地を移動するということに、あまり抵抗のないのだ。ご先祖さまのお墓と一緒に、西へ東へ、幾代も経て、さまざまな血を一族の中にいれて、つづいてきた。
思うに、先祖代々、だれよりもつよい好奇心を受け継いできたせいかもしれない。
県境の豪族たちににらまれて、左遷をされるのだ、などと言うものもいるが、気にしてはならない。
楽しみではないか、ご先祖の生まれた土地、われらの故郷を見ることができるのだから。

さまざまな血、と説明されても、まだ世間をしらない允にはピンとこないのであるが、父の董和は、暗に、自分たちの根源たる血は、純然たる漢族ではないと示唆していたのである。
巴には、巴民族という夏王朝時代にまで遡る古い歴史をもつ人々が、多く住んでいる。
彼らは華陽国志によれば、勇猛な民族で、周とともに戦い、長く独自の文化を育んだ。
秦の司馬錯によってほろぼされ、以来、巴の地にも、漢族が大量に移民してくることとなる。
董一族の先祖も、そのあたりに根源をもっており、土地に馴染む際に、巴族の血と交じり合うこともあったのである。
だから、漢族にありがちな、異民族へのひどい差別意識は、董和のなかにはまったくなかった。
一人息子の允は、父親が大好きであったから、そのあたりはしっかり受け継いで、ほかの大人が蛮と蔑む彼らの、どこが蛮なのかわからないと、不思議に思うくらいであった。
巴族の独自の文化は、長いあいだ、漢族を受け入れ続けてきたために、すっかり独自性がうすれてしまってはいたけれど、彼らが信仰する白虎や蛇には、ふしぎと父子も敬虔な気持ちになった。
骨董として扱われる、ふしぎな動物の絵のついた土器や、巴独特の、槍のように投擲してつかう剣などには、驚くよりも、なつかしささえ覚えるのであった。





さて、成都の令としておおいに活躍し、財産家の過剰にすぎる奢侈を取締り、豪族たちの身分低い者たちに対するむごい扱い、不正、そのほか、さまざまな不正義を糾しに糾しつづけた董和、字は幼宰であるが、真面目に職務にうちこむあまり、敵も多くつくりすぎた。
民は、真面目で公平で、芯から優しいこの役人をとても好いていたが、位の高い人々は、逆に、煙たいやつよと、嫌っていた。
そして、董幼宰について、なんやかやと劉璋に訴えて、とうとう巴東の属国都尉として追放することに成功したのであった。

幼宰のひとり息子である允は、十歳になっていたが、子供の耳にいろいろ聞こえてくる話が、大好きな父親にたいして同情半分、冷笑半分というものばかりであったので、太守の劉璋さまという方は、なんだって頑張った者に冷たくあたるのだろうと、子供心に恨みに思った。
その心の動きを読み取ったのか、それとも、大切な子供に、早くからいじけた心を持って欲しくないと思ったのか、董和は、自分たちのご先祖の話をして、しょげる子供を励ましたのであった。

属国都尉とは、乱暴に説明してしまえば、巴郡一帯の警察の長である。
蛮地とはいえ、巴は塩の重要な産地であった。
漢族の視点からすれば、国を治め、国力を安定させるためには、巴の管理は必須だったのである。
もちろん、その周囲に住まう蛮族たちを抑えることも、重要であった。
左遷という形になったとはいえ、董和という人物は、役目にぴったりであったといえよう。

董和は、さっそく任地に赴くと、それまでの漢族の士大夫たちとはちがい、土地の者たちを、分け隔てなく、自分たちの遠い兄弟のように接した。
そもそも、董和は鳴り物入りでの着任である。
董和が属国都尉として、巴に行かねばならなぬという話を聞いた民が、何千人と集って、劉璋に留任を願い出た、という話は、いまどき珍しい美談であったから、巴郡にも聞こえていた。
かといって、漢族の役人というものに、悪い印象しか持っていなかった土地の者たちは、やってきた董和に対し、警戒心を解かないでいた。
しかし、ほどなく、これはどうも、噂どおりの男らしいと言うことに気づいてきた。
さらに董和を追いかけてくるように、成都での活躍の噂も耳に入り、時間をかけることなく、董和は、まるでもともと土地のものであったかのように、人々に受け入れられ、慕われるようになった。





さて、父親が土地に早くに馴染めたのに対し、おとなしい允のほうは、なかなかうまく行かなかった。
もともとからだがあまり丈夫でなく、成都でも、外にでて遊ぶということをしなかった。
くわえて、内気で引っ込み思案な子供であったから、友達の作り方もうまくない。
最初は、内気とはいえ、先祖代々から伝えられている好奇心は、允のなかにもしっかり受け継がれていたから、珍しい土地の風俗に心をうばわれて、探検をするような気持ちで、外に出て行ったのである。
しかし、允の住まう屋敷の周囲には、董和が着任するより前にやってきていた、武官の息子が、ガキ大将として子供たちを仕切っていた。
このガキ大将、ともかく理不尽に威張り散らし、暴力も辞さぬうえに、誹謗中傷なんでもござれ、嫌がらせも平気でするような、ちいさな暴君であったから、不正義をきらう允と、合うはずがなかった。
ガキ大将は、新米の、細くて小さくて色白な少年に、仲間に入るための条件として、おもちゃを上納せよと命じてきた。
允は、父親より、「みんなと一緒に遊べるように」と、いくつかおもちゃを貰っていた。
とはいえ、ガキ大将は、奪ったおもちゃを自分のものにして、自分より小さな子供のいうことを聞かせるのが目的であったから、允はそれを察すると、いやだと断った。
ガキ大将は、何をこいつ、生意気な、とぽかりと允を殴ったけれど、允の父親は属国都尉、つまりはガキ大将の父親より高位であったから、計算高いところを見せて、それ以上のことはしなかった。
けれど、允は、その一回きりですっかり懲りてしまって、近所の子供たちとは遊ばなくなってしまった。

一人だけ、県令の子供に安という男の子がいた。
年頃も近いし、気性も似ているうえ、ガキ大将が嫌い、というところが、たがいの気に入り、やがて允は、この少年と遊ぶようになった。
安の父は、王恵という男であった。
巴に赴任して五年、土地の財産家の娘を娶り、安という子供に恵まれていたものの、土地に慣れることもなく、土地の者を、田舎もの、蛮族と蔑むことを隠さなかったから、土地の者とも、董和とも、あまりうまく行っていなかった。
美しい瓦ぶきの屋根をもつ、豪勢な屋敷に住んでいたが、ある日のこと、允がこの屋敷に安を訪れると、なんとも困りきった顔をした、年配の女が顔を出した。
その女は、王家に仕える家令の妻であった。
やってきたのが允であるとわかると、家令の妻は、正直者らしく、さて、子供になんと説明したものか、と弱ったふうに、そわそわとするのであった。
怪訝に思いながらも、允は、
「成都の伯母上に、あたらしいおもちゃを贈っていただきましたので、安君と一緒に遊ぼうと思ったのですけれど、おばあさん、安君は、まだ風邪で寝付いてらっしゃるのですか」
と尋ねた。
允は、ここ数日、安の顔を見ていなかった。
応対に出てくる家令の話では、風邪を引いて養生しているから、表では遊べないということであった。
もうそろそろ、よいであろうとやってきたのに、まだ寝込んでいるのなら、相当に悪いのだろう。
合点した允は、また参りますとぺこりと頭をさげて、自邸へ帰ることにした。
その様子が、なんとも殊勝なのが家令の妻の気を引いたのか、允が去り際、こんなことを言った。
「申し訳ございません、お坊ちゃま。あたくしは、もう表に遊んでもよいだろうと思うのですけれど、奥様が、まだまだ熱が下がったばっかりなのだから、表には出せないとおっしゃるのですよ。
どうも、物の怪が安坊ちゃまに取り憑いたのではないかと、奥様は気にしてらっしゃるのです。先日も、巫を呼んで、お祓いをしていただいたくらいですからね」
「巫にお祓いをしてもらったのに、よくならないの?」
「こういうものは、しばらく…なんとおっしゃっていたかしら、後に残るのですって。坊ちゃんにも、物の怪が移ったら大変ですからね、奥様がよしとおっしゃるまで、やはりご一緒に遊ばないほうがよろしいでしょう。あたしたちでさえ、安坊ちゃんに会わせていただけないくらいなのですから」

王の妻は、美貌で有名な女であったが、同時に、たいへんに迷信深いということでも有名であった。
しかし、王のほうは、妻の迷信深さを嫌っており、夫婦仲は、あまりよくないという噂である。
そんな話を、十歳になる允ですら知っているほど、あたりでは有名な話ではあった。
実際に、安が、
「ぼくの父上は、母上をぶつから、嫌いだ」
とこぼしているのを、允は耳にしている。
片親の允は、両方そろっている安をうらやましく思っていたが、揃っていても、父上が母上をぶつところなんか見たくないな、と思った。





遊んでくれる友達は、安だけであったから、手持ち無沙汰になった允は、すこしばかりお小遣いがあったので、市場へ顔を出すことにした。
田舎の市場であるから、賑やかではあるけれど、物騒なことはすくなく、いるのはみな顔見知りで、允は大人しい、行儀の良い子供であったから、市場の顔見知りの大人たちにも可愛がられていた。
成都では買えないような、めずらしい動物の毛皮を触らせてもらったり、売り物の果物をちょっとだけ分けてもらったりしながら暇を潰していると、人ごみのなかに、ふと、子供の姿があるのを見つけた。
まぎれもない、安である。
手かごに山菜をたくさんつめて、市場を歩いていた。
風邪がよくなったのだろうと、允は喜んで声をかけた。
そのわりに、財産家でもある王の、安にいつも付けているお供がいないことが気にかかったが。
「安くん、よかったね、風邪は治ったのだね」
すると、とたんに安の顔はこわばり、手にしていた籠をどさりと落としてしまうと、おどろく允をよそに、くるりと背を向け、走り出した。
走れるほどによくなったのかと、人の良い允は思ったが、しかし、なぜに逃げられてしまうのかがわからない。悪いことをしたのかしらと焦って、允は、走り去った安を追いかけた。

安の足は、存外おそく、あまり足の速くない允でも、追いかけるのにたやすかった。
安は、どこへ行こうとしているのか、ときどき衣に足を取られつつ、懸命に前に進む。允は、走りながら、懸命に、名前を呼んで、止まってもらおうとするのであるが、安の足は止まることがない。
やがて、安は、市場も集落も抜けて、山のほうに入っていく。
山には虎だの熊だの猿だのがいて、あぶないから入ってはいけないと、じいやにきつく言われていたが、安が入ってしまったのだから、仕方ない。
允はためらわず、安の入っていった細い道を、さらに追いかけた。
道は、細く狭く、集落の者たちが使っている道とはちがって、人ひとりがやっと通れるくらいであった。
ときどき躓いて倒れたが、草が褥のようにやわらかく受け止めてくれるので、怪我をすることもなかった。
それでも、手と膝を泥だらけにしつつ、允は息を切らしつつ、安を追いかけた。
道は一本道である。
一緒に、山で遊んだことはなかったから、なぜ、安が山に入っていくのかがわからない。
わからないながらも、安を捕まえないことには、答えも出ないので、父親に似て、こうと決めたら頑固な允は、追いかけ続けた。

やがて、ちいさな道は、とうとつに、ぽかんと青空につきぬけた、広場のような野原に出た。
円形の野原には、草木が生い茂り、そのうえを、ちいさな薄い羽根をもつ蝶々が、ひらひらと優美に舞っていた。
允がおどろいたことには、そこにいたのは、安ではなかった。
白い装束を纏い、頭に同じように白い巾を巻いた、男か、女か、判然としない者が立っていた。
なぜ判らなかったかといえば、その者の顔立ちは、允が知る限りの男のひとのように、髯がなかったうえ、顎がごつごつしていなかった。
とはいえ、女にしては、線が固いのである。
宦官というものを、允は見たことがなかったけれど、噂に聞く、男でも女でもない、哀れな生き者は、こんなふうではないかと允は思った。
宦官も、山の精も、允の頭のなかでは、同列に不可思議な世界の者である。
それだけ、その者は、唐突に、見知らぬ世界から、允の目の前に現われたように見えた。

唖然としている允に、白装束の、何者かわからぬ誰かは、妖艶に微笑みかけた。
少年の允でさえ、背筋がぞくりとするほど、妖しげな笑みであった。
目は、化粧なのか、入墨なのか、朱で濃い縁取りがされている。
唇は、棗の実のように赤く、ぱっと開いたら、獣のような牙が並んでいても、允は納得しただろう。
しかし允が現実に引き戻されたのは、その者の持っていた籠であった。
それは、市場で安が持っていたものとはちがうけれど、中には、山菜がたくさん、入っていたのである。
「こんにちは」
と、允は声をかけた。
目は、その者の微笑から離せないでいた。
人を惹きつけてやまない、不思議な魔力が、目に込められているように思える。
この者の持つ空気は、允が知る、どの大人にもないものであった。
「こんにちは。里の子が、こんなところに来るとはめずらしい」
声を聞いても、なお、男か女かはわからなかった。
声の高い男かもしれないし、見た目より老けた女の声にも聞こえる。
「なぜ、ここにやって来たのだね。いってご覧なさい、坊や」
「安くんを追いかけてきた」
素直に允は答えた。
人見知りする允にしては、この者を前にして、言葉を口にだすのに、ためらいはなかった。
允の答えを聞くと、その者は、すこしだけ眉をひそめた。
とはいえ、それもわずかなことである。
唇には笑みを浮かべたまま、木漏れ日に透けて、かすかに体の線を浮かび上がらせる白装束は、なんの派手な装飾もない、地味なものなのに、なぜだか允はどぎまぎした。
「安くんは、ここにこなかった?」
「来たかもしれない。けれど、どうして、坊やは、安という子を追いかけているの?」
「安くんは病気なのに、一人で表にでて、大丈夫なのかと思って。それに、病気が治ったのなら、よかったねって言ってあげたかったし、それに、また一緒に遊びたかったのだよ」
「そうかい。でも残念だね。ここに来た子は、安という子ではなかったよ」
「本当に? でも、わたしはちゃんと見た。安くんじゃないのなら、どうして逃げてしまったのだろう」
「知らない子にいきなり声をかけられて、びっくりしてしまったのじゃないかね。あれは、わたしと同じ、獣子だから」
「けもの、ご?」
耳慣れない言葉に、允は首をかしげた。
「ところで、坊やは、何処の子なの?」
「わたしは属国都尉の董幼宰の子、董允と申します」
允は、躾けられたどおり、丁寧に拱手して見せた。
白装束の者は、なにがおかしいのか、鈴のようにころころと、声を立てて笑った。
笑われて、傷ついた允は、顔をしかめて、尋ねる。
「貴方はだれですか。なぜ、こんなところにいるのですか」
「わたしは、この一帯に住まう巫だよ。名乗れないのは許しておくれ。長旅をすることになったので、用心のために薬草を摘んでいたところだ」

つづく……
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笛伶(てきれい)2

2018年06月21日 20時31分29秒 | 笛伶(てきれい)


そうして夜更け、屋敷に帰ってみれば、董和の部屋のとなりにある物置き部屋にて、休昭ががさごそと、あちこちを漁っている。
董和は、いつになく夢中になっている息子の背中に声をかけた。
「休昭、家宝の笛は見つかったかね」
とたん、休昭はぎくりとして動きを止め、蒼ざめた顔をして、父親を振り返る。
「父上、なぜにわたしの探し物を、ごぞんじなのでございますか?」
「父は何でも知っているのだ」
まさか、一部始終を、格子越しにすべて見られていた、とは知らない休昭は、すっかりうろたえて、蒼くなったり、赤くなったりと忙しい。
「あの笛では、あまりよい音色を出すことはできぬぞ」
「でも、その、家宝の笛は、見栄えがよいので」
やれやれ、と思いながらも、董和は厳しい顔を崩さない。
やはり息子と同じ、十六前後のときは、とかく見栄を張りたがった。
同年輩の者に、おのれの優れたところを認めてもらいたくて仕方なかったし、それが女人相手となれば、尚更であった。
だから、休昭の気持ちは、わからないでもない。
だが、父親として、言うべきは言わねばなるまい。
「音楽というものは、そもそも、楽器という道具をとおして、真心をこめて、天に、我はここにありと訴える厳かなものであるぞ。天がすでに用意してくださっている風の音や、雷の音、雨音、川のせせらぎ、動物の声、虫たちの鳴き声、それらをあえてかき消して発するものなのだ。
単に、己の優位さを見せ付けるためのものに、なんの意味があろうか。そのような動機で吹くのであれば、家宝の笛を持ち出すことは、まかりならぬ」
ここでいつもの休昭であれば、しゅん、としてしまい、なにも抗弁せず、わかりました、父上、申し訳ございません、と言って去っていくのであるが、その日はちがった。
「お言葉ではございますが、歌にしろ音楽にしろ、人の心の中に、己も鳥のように、心情を高らかに歌い上げたいという願いがあるからこそ、人はいつでも歌うこと、音楽に耳を傾けることを、やめないのではないでしょうか」
真っ直ぐ父の目を見て、休昭は力強く訴えてくる。
真面目な父の息子は、やはり真面目であった。
真剣に、あの塾の下働きの娘を気に入ってしまったようなのだ。
それに、言っていることも、もっともだと、董和を頷かせるものであった。
「そこまでいうのならば、允よ、笛ならば、その奥の木箱に納めてある。出して、父が納得するように、吹いてみるといい」
判り申した、と休昭は言って、笛を箱から出すと、ほどなく、ぴゅう、と笛を吹き始めた。

それを、腕を組み、瞑目して聞いていた董和であったが…

「休昭よ、笛を吹かなくなってから、どれくらいたつ」
「一年にはなりますか、このところ、勉強が忙しかったので」
と、気まずそうに休昭は答える。
本人も気づいたように、納得がいかない様子で顔をしかめている。
休昭は、親の贔屓を差し引いても、自分より楽才があると、董和は思っている。
たしかに音色は清らかで、心情に訴えるものがあった。
だが、問題がひとつ。
長い間、笛に触れていなかったがために、技術がすっかり錆びついてしまっているのだ。
気まずい沈黙が、親子の間に流れた。
親に初めて、といっていいほど、はっきり楯突いたあとだけに、休昭は、余計にしょんぼりしている。
こうなると、もう駄目である。
董和は息をつき、息子に言った。
「男子たるもの、斯様にしょぼけた顔をするでない。よろしい、これより、笛の勘を取り戻すべく、特訓をするぞ。父が見てやろう」
「父上」
てっきり、生意気を言うな、と怒られると思っていた休昭は、父親の言葉にびっくりし、いまにも泣きそうな顔をして目をうるませる。
「腹をすかせた子牛ではあるまいし、そのような目をするでない。ほら、さっそく笛を構えるのだ。今宵は徹夜になろうぞ」
事実、その日は父子して笛をぴーひゃらり、と吹きつづけ、ご近所から、うるさいと叱られるまで、特訓はつづいたのであった。





翌日、董和は、あらかたの仕事をすませてから、時間を見計らって、またも休昭の塾へとむかった。
親ばか、ここに極まれり、といった感である。
母を亡くした子へ、愛情を惜しみなく注いできた。
母親がいない分を、自分がこなさねばと信じており、董和がいま、塾へ足を向けているのは、母親代わりとしてである。
そう、そうなのだ。
自分に言い訳しつつ、董和は、昨日と同様に、休昭の塾の中へと入って行った。
最初は、休昭の様子が気がかり、ということで、細部に目が届かないでいたが、訪れるのが二度目になったいまでは、この塾が、なんとなく片付きが悪い場所だな、ということに気づく。
教室の高窓の下に、董和が引きずってきた木箱も昨日のままであったし、枯れ落ちた葉も、そのままに、日陰ではすでに腐り始めており、最近、掃き清めた気配がない。
煤けた雰囲気、とでもいおうか、それも、つい最近のこと、という話ではなさそうだ。
ふと、建物を中心に見回っていると、木陰に隠れるようにして、額に斑点のような染みの目立つ老人が、切り株にすわって、ぼんやりしているのに出くわした。
面構えからして、あまり律儀そうでもない。
これは狡い男だな、と董和は勘のよいところで判断した。
すると、そこへ、昨日見た娘が、駆け寄ってくる。
「じいさま、たきぎを集め終わったよ。次は?」
「あとは、見えるところを適当に片しておけばええ。ところでおまえ、玉の輿に乗るのにちょうどいい、めぼしい男は見つかったか」
またえらく、遠慮も恥もない問いかけだな、と、董和が呆れていると、娘も、まるで悪びれず、うん、と可愛らしい顔を頷かせた。
「うん、二人。どっちがいいと思う、じいさま。ひとりは董和って、むかし益州の太守をやっていた人の息子なの。気が弱くて面白くないし、男らしくないけど、いい暮らしはしてそうじゃない?」
「董和?」
とたん、老人は、毛虫が背中に張り付いていたときのように、嫌悪もあらわに顔をしかめた。
「莫迦いうな、おまえ、董幼宰といったら、そのむかし、ほかならぬ、このじっさまを、賭博の罪で牢にぶちこんでくれた男じゃないか。それに、あいつは、とんでもない倹約家のうえに、お殿様に嫌われているからな、禄もたいしたことない。駄目だ、駄目」
董和は覚えていなかったが、成都の令のときに、あちこち賭場を摘発したことがあり、そのなかの逮捕者の一人が、その男であったようだ。
老人のことばに、娘は、同じく顔を歪ませ、口を尖らせる。
「そうなの? 金、持っていないんだ」
「そうだ、莫迦、もうちょっと人を見る目を養え。おまえはな、頭はよくないが、器量はとびきりいいときている。ちょっとでもいい暮らしをしたいのであれば、若いうちに、分別がまだついていない若造を捕まえて、玉の輿に乗るんだ。苦労なんかしたくねぇだろう」
「なあんだ、それじゃあ、もう構ってやる必要はないか」
「うん? 向こうはすっかりその気なのか」
老人は、思わず董和が蹴り飛ばしてやりたくなるほど、いやらしい笑みを浮かべて、痩せた肩を揺らした。
娘は目を細めて、きつく言う。
「なにもさせてやってないよ。ただちょっと、声をかけてやって、掃除を手伝ってやっただけ。でも、もういいや、勘違いされたらいやだから、もう無視することにしよう」
「そうそう、それがええ」
騙された、とぶつぶつと頬を膨らませ、不平をぶつぶつ言う娘の顔は、たしかに愛らしいことは愛らしいけれども、まちがいなく老人の血縁であろうことは、すぐに知れた。
小ずるそうな目が、そっくりであったからだ。
ふと、その娘の顔が、見ているほうがたじろぐほどに、ぱっと明るい、愛らしいものに戻った。
「じいさま、もうひとり来た。楊家の跡取り息子なんだって。あれならいいでしょう?」
『あれ』、といわれた青年は、ほかならぬ、先日、休昭に仕事を押し付けて帰ってしまった、調子のいい男であった。
楊家の子息か、と董和は納得する。
父親は劉璋のお気に入りで、禄高も、董和などとは比べ物にならないほど高い。
楊家の息子を見つけ、うれしそうに手を振る娘に、楊家の息子も顔をほころばせて、近づいてきた。
聞こえないように、となりの老人が、ぼそりと娘に言う。
「うまく捕まえろよ」
「わかってる」
そうして、娘は、可愛らしい顔を微笑ませて、楊家の息子に、子犬のようにじゃれついていく。
楊家の息子のほうも、すっかり娘に参ってしまっているようで、『捕まる』のは時間の問題のようだ。

董和は、その様子に、暗然としながらも、どこかで安堵しつつ、ため息をついた。
特訓はたしかに無駄になってしまったけれど、こんな娘をまともに相手にして、振り回されたなら、休昭はメチャクチャになってしまう。
深入りする前に、娘のほうで逃げてくれるのであれば、ありがたい。
娘が言葉どおり、あれを無視してくれればよい。可哀相ではあるが、あれには良い薬となろう。
さてはて、気の重い、と、まるで自分が失恋したかのように、がっくりと気力が抜けてしまった董和であるが、ふと、董和とはちょうど反対側の物陰に、見慣れた影がひとつあるのを見つけてしまった。
ああ、と董和は、また、ため息をついた。

要領の悪い息子よ、おまえも全部見てしまったのか。

休昭は、家から大切に持ってきた笛の入った袋を片手に、物陰から、なんとも表現しようのない、沈鬱な顔をして、楽しそうにしている娘と、楊家の息子を見つめていた。
決定的な理由もなく、唐突に好きになったり嫌われたりするのが、男女の常であるとしても、この失恋は痛かろう。
泣くことも出来ず、表情を凍りつかせ、そのまま立ち尽くしている息子に、裏から回って、励ましてやろうかとも思った董和であるが、それではいけない、と、おのれを叱って、足を門のほうへとあえて向けた。
ここで可哀相だからと手を差し伸べてしまったら、休昭は、何事にも自分の力で立ち向かえない男になってしまうだろう。
あれは、気が弱いのはたしかだが、芯のしっかりした子だ。
一人でも立ち直れるであろうと、信じてやらねば。
そうだ、帰りに市場に寄っていこう。
そしてじいやと一緒に、あれの好物でも作ってやろう。
こういうときは、美味いものを食べるのが一番だ。
そうして、董和は塾を後にした。





休昭は、がっくりと打ちひしがれた格好で、いつしか河原にやってきていた。
父の董和が、自分がまだ幼少のころに、よく遊びに連れに来てくれた河原である。
董和が、草笛を上手に吹くので、それがとっても格好よく見えて、自分も笛を吹きたいと思った。
董和は、激務のあいだを縫うようにして、息子に笛を教えた。

幼かったから、単なる激務ではないこと、命を狙われたり、脅迫を受けたりすることも、たびたびであったことは、あとから知った。
父がたまに、鎧装束に身を固めて出て行くことがあったが、あれはなぜだろうと思っていた。
暗殺されそうになって、怪我を負ったこともあるという。
それでもよく任務を勤めたので、人から慕われている。
あまりに仕事に励みすぎて、豪族たちの恨みを買い、讒言されて、巴東に左遷されたときなどは、数千もの民があつまって、劉璋に留任を願い出てくれた。
どこへ行っても、民から慕われる、立派な父だ。自慢の父である。
それは、いまだって変わらない。
父の身分が不当に低いことは、父のせいではないし、うちが貧乏なのも、父の働きがないからとか、無能だから、というわけではない。
だから、父を恨むのは間違っている。
おのれの女人を見る目がなかったのだ。
まさに『分別がなかった』だけのこと。

ふう、と暗く切ないため息をついて、休昭は、ずっと手に持っていた笛の袋を見た。
聞いてさえもらえなかった。
父が懸命に自分を稽古してくれたことを思うと、家に帰って、なんと言えばよいのかと、涙が出そうになった。
が、そこをぐっと堪えて、袋から笛を取り出す。
もう、これからは笛を吹かない。
これを最後にしようと、休昭は、娘の前で吹いてやる予定だった曲を吹き始めた。
董和がここで、同じように幼い息子に、草笛で聞かせてくれた、思い出深い古謡である。

夕暮れの河原に、風と一緒に踊るようにして、休昭の笛の音は響き渡った。
帰り支度の釣り人や、河原に散策に来ていた者などが、その音色に耳を傾けている。
人が集まってきたので、休昭はいささか照れつつも、つづけて懸命に吹いた。
そのときには、もう娘のことは頭になく、董和の、音楽とは、真心をこめて、天に向け、我はここにありと訴える厳かなものだ、という言葉が浮かんでいた。

演奏が終わると、周りで聞いていた人々は、口々に、うまいねえ、どこの楽人さんだろう、と休昭を褒めちぎった。
これほどに人から賞賛されるのは、勉強外では、はじめてのことであったから、おおいに照れつつも、休昭は素直に礼を言った。

その中で、ちょうど河原に散策にやってきたところらしい、自分とほぼ同年の少年が、にこにこと、人懐っこそうな顔をして、近づいてきた。
「なあ、きみ。きみはいつもここで演奏をしているのか。今日は練習かい。だとしたら、わたしは、ずいぶんよいところへ居合わせたのだな」
と、少年は、朗らかに、得したなぁ、などと言いながら笑う。
「とても素晴らしい演奏だったよ。もしや、宮城の楽人なのかい。その年でたいしたものだ。まだ十三、四だろう? え、ちがうのか、十六。ふぅん、それでは、わたしより二つほど下だな。
楽人じゃない? ならば、尚更すごいことではないか。きみ、それで身を立てたらどうだい」
「身を立てるつもりはありませぬ、笛は、これで仕舞いと思って吹いておりました」
すると少年は、ガハハと、華奢な見た目に似合わぬ豪快な笑い方をして、休昭の肩を叩いた。
「たった二つ年上だというだけだ、そんな改まった口調はよしてくれ。しかし、これで仕舞い、というのは、悪い冗談だな。さては、だれかと喧嘩でもして、自棄を起こしているのではないかい?」
終始、笑顔以外の表情を浮かべない、なんとも明るい雰囲気の少年は、どうだ、というふうに首を傾げる。
休昭は、元来人見知りがはげしいのであるが、少年の空気に引き込まれ、言った。
「そんなところだ。笛を見ると、思い出してしまう人が出来たので、もうやめようかと」
「なんだ、それは身内かい。それともだれか亡くなったのか。だったら、口は出せないが、もしや別な理由なのだとしたら、わたしは、きみが笛を吹くのをやめるのをやめさせるね。なぜだろうという顔をしているな。そりゃあ、きみは、わが家の恩人だからだよ」
「なにもしていないよ」
「いいや、いまさっき、きみはものすごいことをしてくれたのだ。実を言うと、わたしは家出中なのだ。つい先だって、荊州からこっちにきたばかりでね、荊州と言うのは、東呉の孫氏と曹公と劉左将軍とがごちゃごちゃと覇権争いをしていて、住むには落ち着かないところなのさ。
わたしには父母がなくて、伯父ひとりが親代わりなのだが、伯父上は、戦乱ばかりの荊州に住むのがすっかり嫌になって、わたしと一緒に益州に来たのだよ。ところがだ、まるでわれらが大好きなのか、今度は益州をくださいな、と、劉左将軍が益州からこっちに軍を率いてやってきている、というじゃないか。
だったら、荊州に帰るべきだとわたしが言ったら、伯父上は、危険だから駄目だと言う。
そこで喧嘩になってね、こうなったら一人でも、故郷に帰ってやろうと思っていたのだが、慣れぬ土地ゆえ、見当違いのところにきてしまった。さてどうしようかなと思っていたら、きみの笛の音が聞こえてきた、というわけだ。
で、ここで繋がるわけだよ。きみの笛の音を聞いていたら、伯父上は、わたしをここまで連れてくるのに必死だった。
もし伯父ひとりであったなら、荊州を動かなかっただろう。伯父上は、曹操が大きらいでね、わたしがこのままどこかに仕官する場合、曹操に仕官するのは嫌だと思って、一緒に族姑を頼ってここにきたのだ。
つまりは、すべてわたしの未来を思ってのことだった。
その苦労が突然思い出されてね、わたしは生意気を言ってしまった。家に戻って、伯父上に謝らねばという気持ちになった。
もしきみが、笛でわたしの心を立ち返らせてくれなかったら、もしかしたら、わたしは家出したはいいが、道に迷って、路傍の行き倒れになっていたかもしれない。
だから、きみはわたしの恩人というわけだ。で、恩返しをするために、わたしはきみが笛をやめようとするのをやめさせる、と言っているのさ。そんなに上手なのだから、勿体ないよ、きっといつか、きみの役に立つ」
よく喋る少年の、明るくはきはきした言葉を聞いているうちに、休昭は、胸のうちにあった陰鬱な気持ちが、ひとつひとつあぶくのように弾かれていくのをおぼえていた。
「ところでね、図々しいついでに頼みがあるのだがね、どうも、完全に道に迷ったようなのだ。きみの家の近くまででいいから、道案内を頼まれてくれると、たいそう助かるのだが」
「いいけれど、家の名前は?」
休昭が尋ねると、少年は、またも明るく声を立てて笑い、言った。
「すまない、言い忘れていたな。わたしの名は費文偉という。伯父の名は費伯仁だ」
「なんだ、近所じゃないか。わたしは董休昭。董幼宰の息子だよ。伯父君から、なにか聞いていないかい。うちの父と、きみの伯父君は、すでに知り合いのはずだよ。このあいだ、囲碁を一緒に打ったそうだから」
ああ、と文偉は、ぱっと顔を明るくする。
「そうか、きみは、あの董幼宰さまのご子息か。だったら、なおのこと、これは運命にちがいない。わたしたちは友達になろうじゃないか。
さて、日も暮れてきたことだし、どうだろう、道すがら、きみが笛をやめようと思った理由など、教えてくれたら面白いのだが」
「あまり面白くはないよ」
つい数刻前まで、休昭はひどく傷ついていたのだが、文偉と対峙しているあいだに、なぜだか傷がすっかり癒えてしまった。
さすがに胸は痛むけれども、娘のことを、文偉にならば、言えると思った。

そうして、新しくできた友達と一緒に、休昭は、父の待つ家へと帰っていったのであった。

おわり

2005年7月に書き上げたものでした。
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