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はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

赤壁に龍は踊る・改 一章 その17 鳳雛のこころのうち

2025年01月02日 20時01分18秒 | 赤壁に龍は踊る・改 一章
そんな不満が顔に出たわけでもないだろうに、となりにいる鶉火《じゅんか》は、気づかわしげに龐統を見やる。
この子に隠し事は出来ぬなと、龐統は思う。
鶉火は、龐統を励まそうとしているのか、小声で、こんなことを言った。
「この戦《いくさ》が士元さまにとって、大きな飛躍の機会になるかもしれませぬ」
「そうかなあ」


曖昧に答えつつも、そうであればと龐統は本心では願っている。
仙人ではあるまいし霞《かすみ》を食べて生きていける身のうえではない。
一族のためにも、そしていままで研鑽に励んできた自分のためにも、名を高め、みなで食べて行けるようになりたかった。
そのためには、勝ち馬に乗る必要がある。
その勝ち馬こそ、周瑜であった。
天下広しといえど、これほど勢いのある馬はあるまい。
孔明の乗っている馬は、なかなか良い馬だとは思うが、いささか年が行き過ぎているのが気になる。
それに、孔明の考える天下三分の計は、龐統には、回りくどい手に思えた。
周瑜が提唱している、江東から荊州を奪取、つづいて益州入りし、涼州の馬超らと組んで曹操に対峙するという天下二分の計ともいうべき戦略のほうが、現実的ではないだろうか。
なにより、周瑜は若く、未来がある。
この大一番をものにすれば、天下二分の計はもっと現実味を帯びてくるはずだ。
孔明には申し訳ないが、ここは勝たせてもらわねばならぬ。


「諸葛孔明のことをまだ考えてらっしゃいますか」
鶉火に指摘されて、龐統は苦笑する。
「おまえは人のこころを読むのがうまいな。わしはそんなに単純か」
「そういうわけでは。ただ、士元さまは、孔明のことを考えるときは、いつも難しい顔をなさいます」
難しい顔とは、困ったなと、龐統はまた笑った。
龐統は孔明が苦手だ。
嫌いではないが、かれの前に立つと、自分がひどくつまらない人間に思えてしまって、面白くない。
そういう龐統のこころを孔明が見抜いていて、それでもなお親族として親しくしてくるところが、もっと困る。
自分がつまらないところで引っかかっているのに対し、孔明のおおらかさ、器の大きさはどうだろう。
そのことに思い至るたびに、龐統は自分が嫌いになってしまうのだ。


「鶉火よ、おまえも孔明が苦手なのだな」
鶉火のように礼儀正しい少年が、孔明だけは呼び捨てにする。
そのことを指摘すると、鶉火は、むすっと黙り込んでしまった。
それも仕方ないことだと、龐統は思う。
「劉州牧《りゅうしゅうぼく》(劉表)の『壺中《こちゅう》』は孔明が潰したそうだ」
「そう聞いております。でもだからといって……わたしがあそこで暮らさねばならなかったことの恨みは消えませぬ」
暗く答える鶉火に、龐統は何も応じることができなかった。


かつて、鶉火は『壺中』という、劉表が使っている細作《さいさく》集団に所属していたのだ。
その出会いも、劉表からの刺客としてやってきた鶉火を、龐統が説得して味方にしたというものだった。
劉表はこころの狭い男で、荊州の名だたる人士がおのれに仕えないことを許さない男だったのだ。
龐統が江東の周瑜のところへ行ったことを劉表は憎く思ったらしく、刺客を送って来たのである。
零陵《れいりょう》の劉巴《りゅうは》もおなじように刺客を送られたことが複数あると、噂では聞いていたが、自分のところに来るとは、龐統も思っていなかった。
龐統は能弁ではないが、まだ幼かった鶉火に強く同情し、言葉を尽くして裏稼業から足を洗わせたのだ。
それを鶉火は恩に感じていて、いまもこうして、従者としてぴったりとついてくれている。


『壺中』という組織のすべてを龐統は知らないが、鶉火のような子供らが、苛烈な環境に置かれているところだったという認識はしている。
そして、その組織をはじめに作ったのは、諸葛孔明の叔父である諸葛玄《しょかつげん》だということも知っている。
鶉火は、その事実のため、孔明を憎んでいた。


『孔明、か』
孫権と劉備の同盟は成立したということだから、あとは開戦に向けて動くことになるだろう。
孫権の心が大きく変わらないかぎり、降伏ということには、おそらくならない。
だいたい、孫権が周瑜を前にして、翻意《ほんい》するということがあるだろうか。
それほどに、江東の人間にとっては、周瑜は希望の星であり、唯一無二の英雄なのだ。
孫権は、北方の曹操軍に対抗しなければならないので柴桑を動けないだろう。
となると、長江を大きく回って陸口に陣を敷く役目は、周瑜と劉備の役目となる。
孔明は両者の鎹《かすがい》となるだろう。
では、自分は?
『わしはこの戦で、どんな役目を果たすことになるだろう……いや、ぼんやりしていては、名を高めることなどできぬ。
たとえ汚れ仕事が回ってこようと、かならず役に立つところを示さねばな』
おのれを心の中で鼓舞して、龐統は、じっと長江の水面を見つめていた。


一章おわり
二章につづく


※ 遅くなりまして、申し訳ありません。
お正月からサイバー攻撃……なかなか厳しい船出ですな。
ともあれ、早く復旧してよかったです;
お正月からNTTの人も大変だったろうなあ。

さて、一章が本日で終了。
明日より、二章がはじまります。
周瑜と孔明+龐統、どういう化学反応を起こすでしょうか?
どうぞおたのしみにー(*^▽^*)


赤壁に龍は踊る・改 一章 その16 柴桑へ向かう美周郎

2025年01月01日 10時14分50秒 | 赤壁に龍は踊る・改 一章
風が吹いている。
身を縮《ちぢ》こまらせる、冷たい風だ。
その強い風に頬をなぶられながら、龐統は徐々に遠のく鄱陽《はよう》の街を長江のうえからながめていた。
鄱陽の水錬場には、龐統の上役たる周瑜の恋女房、小喬がいる。
見送りのために岸に立っているだろう妻のため、周瑜はとなりで、いつまでも手を振りつづけていた。
しなやかな腕の動きに合わせて、派手な色合いの、しかし周瑜が着ると不思議と品がよくなる衣の袖が流れるように動く。
互いを思いやる美男美女の夫婦の姿は一幅《いっぷく》の絵のようで、そうしたところからして、周瑜は恵まれている男だということがうかがえる。


名門の貴公子として生まれ、当代の若き英雄・孫策の義兄弟であり、なおかつ水軍を指揮させれば天下無双。
本人も右に並ぶものがないほどの美貌で、人柄も悪くない。
出来すぎだろうと龐統ですら思うが、現実に、周瑜はそうなのだ。
とことん、恵まれている。
スッと通った鼻梁が特徴の、その明るい横顔には、みじんも悲壮感はない。
『曹操に勝つということ以外に、何も考えていない顔だな』
龐統はそう思い、ひたすら感心する。
そこまでおのれに自信を持てることに対して。


やがて、鄱陽が完全に見えなくなってから、ようやく周瑜は船べりから身を離し、水夫たちにテキパキと指示をはじめた。
その指示に無駄はなく、下々に冗談を叩く余裕すらある。
水夫のほか、周瑜についている部将らにも、目に輝きのない者はなく、だれもがこの目の前の、きわめて美しい将軍を信じ切っているのがわかった。
唯一、目がどんよりしているのが龐統だが、かれは曹操を怖じているので、こんな顔をしているのではない。
かれはいつも何かを心配している。
万が一のことを考えて、ついくよくよしてしまうのだ。


「船酔いですか」
そんなかれを心から気遣う少年がいる。
つややかな長い黒髪を頭頂でひとつ結んだ、少年兵の|鶉火《じゅんか》であった。
これが周瑜か、ほかの部将であったなら、龐統の愁眉はひらかれなかったであろう。
この小柄ながらも鍛えられた体つきの可憐な少年には、龐統も気安く話ができる。
鶉火は龐統が召し使っている従者であり、策士を自任しつつも、こころのうちを人に伝えるのが苦手な龐統の先を読んで気遣ってくれる、貴重な人物でもあった。


鶉火の眉がしかめられているのを見て、龐統は、すぐさま愁眉をひらいた。
「いいや、気遣わせて済まぬな。いろいろ考え事をしていたのだ」
「公瑾さまのことですか、それとも、曹操のことですか」
「どちらともかかわりがあるが……劉備の使者として柴桑にいるという、孔明のことをかんがえていた」
率直に答えると、鶉火のしかめた顔が、ますます苦いものに変わる。
孔明としては迷惑だろうが、鶉火が孔明を嫌う理由は仕方のないことなので、龐統もたしなめない。
「人づてに聞きました。孫将軍を焚きつけて、開戦へ持ち込んだそうですね」
「あれは人を動かすのが得意なやつだからなあ」
「士元さまとて」
お得意です、と言いかけた鶉火に対し、龐統は無理するなというふうに微笑みかけた。
「わたしには出来ぬ芸当をやってのけたらしい。たいしたものだ」
「士元さまが同じお立場でしたら、もっと上手にやってのけたことでしょう」
「どうかな、わたしは口がうまく回らぬからな。言わなくて良いことも言ってしまうし。だからいつまでも、うだつが上がらぬ」
そう自嘲する龐統に、鶉火は悲しそうな顔を見せる。


龐統が大志を持つ、鳳雛の名にふさわしい人物だとこころから信じ切っているのは、目の前の鶉火のほか、妻と親族くらいなものだった。
その『親族』のうちには、孔明も含まれている。
あのきらきらした青年軍師は、なぜだか自分のことをよく見てくれている。
いや、孔明は、だれのことをもよく観察するかと、龐統は思い直した。
柴桑《さいそう》で会うことはあるだろうか。


風をはらむ帆の下では、周瑜が部将たちと歓談しているのが見える。
地図を手にしているので、柴桑を出たあとの算段をしているのかもしれない。
『いまの公瑾どのには、敗戦ということばは、もっとも遠いところにあるのだろう』
周瑜の部下になって二年になるが、そのまばゆいばかりの存在感に、龐統はつねに圧されっぱなしである。
それに周瑜は、龐統が進言せずとも、自らの手で策を生み出せる。
鄱陽湖の水練場においても、龐統が出来ることといえば、自身の知る荊州の情報を教えるくらいのことだった。
『敵わんわい』
やっかみではなく、素直にそう思う。
周瑜は若々しく、はつらつとしていて、向かうところ敵がいない。
仕える孫権すら、周瑜の前ではかすむ。
以前は周瑜のあまりの存在感を煙たがっていた程普《ていふ》でさえ、周瑜を認め、かれを美酒にたとえて人を酔わせる男だと褒めちぎっていると聞いた。
出番がない。
龐統は、おのれの翼を思い切り広げて飛べないことに、このごろ不満を抱くようになっていた。
なにか大きなきっかけがあれば、もっと才覚を発揮して、軍師として周瑜に貢献し、この地で思い切り出世もできように。
荊州に残した糟糠《そうこう》の妻や弟たちを江東に呼び寄せることも、できるかもしれない。


つづく

※ 龐統と周瑜の人物設定を前作と違うテイストにしています。
新しいかれらの活躍をおたのしみに!

さて、2025年! 新しい年になりました。
みなさまに多くの幸がありますようにー!!
またのちほど近況報告を書きます。
ではでは、またお会いしましょう('ω')ノ

赤壁に龍は踊る・改 一章 その15 美周郎と鳳雛のうわさ

2024年12月31日 10時23分18秒 | 赤壁に龍は踊る・改 一章
「そういえば、美周郎は音にうるさい人物だという話だな」
と、趙雲が琴の音のする窓のほうを向いたまま言う。
「楽団が演奏をまちがえると振り返るという。よほど耳がいい人物らしい」
「耳もよければ顔もよく、軍才もあって、育ちもいい。加えて妻は絶世の美女。
こんなに恵まれた人物がいるものなのだな」
孔明が琴の音にうっとりしながら言うと、趙雲はかれにしてはめずらしく、
「人柄はどうだろうか」
と、意地悪なことを言った。
「兄によれば、ほがらかな人物らしいよ。
それはそうだろうな、すべてに恵まれていながら、不機嫌でいることのほうが難しいだろう。
鄱陽《はよう》から柴桑《さいそう》まではたいした距離ではないから、二、三日のうちにやってくるはずだ。
さて、どんな人物か楽しみだな」
「おまえは前向きだなあ。おれはすこし怖いぞ。そんなに恵まれている奴に会ったことがないからな」
「目の前にいるじゃないか」
孔明が冗談を言うと、趙雲は一瞬、目を丸くしたが、やがて苦笑した。
「そうだった、おまえがいた」
「美周郎のところにも曹操からの揺さぶりがあるだろうが、かれはおそらく、それを突っぱねるだろう。
名門の貴公子が、宦官の孫に頭を下げるいわれはないからな。
それに、美周郎にしても子敬《しけい》(魯粛)どのにしても、みな荊州《けいしゅう》の事情によく通じている。
冷静に状況を分析して、勝てると算段するにちがいない。
われらは安心して大船に乗った気分でいればよいというわけだ」


「そこだ」
趙雲が身を乗り出す。
「どこ?」
「江東の人間は、おれたちが予想している以上に荊州の事情に詳しい様子だ。
じかに荊州を見てきた魯粛ならわかるが……」
「荊州の事情にも通じている人間が、江東の家臣たちに情報を流しているのさ」
「細作《さいさく》が?」
「いいや、そうではない。美周郎のところに仕えている者が情報を流しているのだろう」
「というと?」
「龐統《ほうとう》、あざなを士元《しげん》。鳳雛《ほうすう》という号を得た男だ。
わたしの姉の嫁ぎ先の男なのだが、聞いたことはあるかい」
「そういえば、わが君が言っていたな。
臥龍と鳳雛、両方を得れれば天下をとれるかもしれないと教えられたと」
「そんな大胆なことを言うのは水鏡先生《すいきょうせんせい》(司馬徽《しばき》)だな。
まあ、しかし当たらずとも遠からずだ。わたしのことはあなたもすでによくわかっているだろう」
「よく言うよ」
「鳳雛先生もまた、大きな才能を秘めた人物だ。ただ、いささか弱点があってね」
「どんな?」
「人見知りなうえに、案外、小心なところがある。
まあ、慎重とも言い換えられるが、石橋をたたいて渡る人間だよ。
一昨年あたりから襄陽《じょうよう》を出て、美周郎のもとで働いていると人づてに聞いた」
「人づてというと……おまえとは姻戚なのだろう? 仲はどうなのだ」
孔明はふふ、と笑って答える。
「あなたらしい率直な問いだな。仲はあまりよくないというのが正直なところだ。
わたしはかれが嫌いではないのだが、しかし向こうがわたしを苦手に思っているようだ」
「へえ? 喧嘩でもしたのか」
「喧嘩も出来ないほどに避けられている」
「それはよくないな。相性が悪いのか」
「そうなんだろうね。かれは悪いやつではないから、きっかけがあれば上手くやっていけると思っているよ」
「しかし、鳳雛ともいわれる男が、美周郎のところにいるというのは、いささか厄介だな」
「なにか仕掛けてくるかな?」
「用心するに越したことはない。おれの目の届くところにいろよ、軍師」
「もちろんさ」


そんな会話をしていくうちに、夜は更けた。
激動の柴桑の一日目は、こうして終わったのである。


つづく


※ 今年もご愛顧くださったみなさま! どうもありがとうございました!
みなさまに大いなる幸あれー!
今年は私的にいろいろあり、連載が途切れることがあったので、来年は、なるべく長期の休みをしないよう気をつけたいです;
来年もがんばります! みなさまもよいお年をお過ごしください(^^♪

赤壁に龍は踊る・改 一章 その14 お手紙作戦

2024年12月30日 10時24分44秒 | 赤壁に龍は踊る・改 一章



魯粛が指定してくれた客館は、掃除の行き届いた清潔な場所で、日当たりもばつぐんによく、空気が澄んでいた。
孔明は宿の主人にあいさつをすると、すぐさま筆記用具一式を用意してほしいとたのんだ。
宿の主人は心得たもので、さまざまな要望をされることに慣れているらしく、なぜと問うたり、口答えしたりすることなく、すぐさま筆記用具を用意してくれた。
孔明はそれらを受け取ると、通された部屋の机の前に座り、硯《すずり》に水を垂らして、墨をつくりはじめる。


墨をつくりながら、これから書くべき文面を考えていると、趙雲が心配そうに言った。
「疲れているだろうから、書き物は明日にしたらどうだ」
だが、孔明は墨を作りながら、首を横に振る。
「急ぐのだ。まごまごしていると、子敬(魯粛)どのらに先を越される」
趙雲が首をかしげたのが気配で分かる。
「というと、わが君に出す手紙を書くのではないのだな?」
「曹操に与せず、荊州《けいしゅう》のあちこちに隠遁しているわが朋輩たちに手紙を書くのさ。
わが君に手を貸してくれないだろうかと」
「なるほど。子敬どのの先手を打って、荊州の実効支配を強めようというわけか」
「そのとおり」


手紙のあて先を思いうかべる。
馬良《ばりょう》と陳震《ちんしん》、廖立《りょうりつ》、習禎《しゅうてい》……そのほか、曹操を嫌ってその陣営に顔を出していないとされる豪族ら、士大夫ら。
かれらに片っ端から手紙を書かねばならない。
同盟は成《な》った。
曹操は負ける、劉備につけ、と。


孔明が紙に筆を下ろすと、もう趙雲は何も言わなかった。
孔明がそれほど集中していた顔をしていたからだろう。
かれもまた、すぐそばで狸をなめした皮でもって、天下の宝剣・青釭《せいこう》の剣を手入れし始めた。


しばらく、おたがいに無言で過ごした。
孔明の筆は冴えていて、自分でもかなり調子がいいということが分かる。
曹操が負けるだろうことを説き、劉備に仕えることにいかに先見の明があるかを説き、つづいて、荊州を保つための戦略と、荊州を保持した先のことまで述べた。
さらには、相手の個別の事情を書き連ね、たたみかけるように、劉備に仕えることの利を書きつけた。


日が暗くなり、目がしょぼしょぼしてきても、手が止まらなかったので、書き続けた。
趙雲が燭台を持ってきてくれて、机を照らしてくれる。
もういいだろうと蹴りをつけたのが、夕飯の時間がとっくに過ぎたころだった。


「温かい食事を食いっぱぐれたな」
孔明は言いつつも、満足感にひたっていた。
あらかたの手紙は書き終えてしまった。
われながら、筆が早くて正確だとうぬぼれる。
この手紙に心を動かされない者はないだろう。
あとは、これを届けてくれる人間を探すだけだ。
魯粛に頼むことも考えたが、この手紙の内容は、と問われると面倒だ。
荊州に向かう商人にすべてを劉備に預けてもらい、そこからさらに各地に配ってもらうというのがいいだろう。
謝礼を弾まなければなと思っていると、どこからか琴の音が聞こえてきた。
客館の近くに繁華街があるようだ。
芸妓が客のために琴を披露しているらしく、なかなかの腕前で、しばし孔明は、琴の音に聞きほれた。


つづく


※ 同盟成立後の孔明の行動は、どう調べてもよくわかりませんでした……調べ方が足りないという可能性もありますが。
今回は、「こうしたんじゃないのかな?」というのを書きました。
今と違って連絡手段が手紙(竹簡だったと思うけれど)しかなかっただろうとも想像し、このカタチ。
さて、2024年も残すところあと1日。
悔いのない日々を過ごしたいものです。
ではでは、また明日もおたのしみにー(*^▽^*)

赤壁に龍は踊る・改 一章 その13 良薬は口に苦し

2024年12月29日 10時19分42秒 | 赤壁に龍は踊る・改 一章
それからは話がとんとんと進んだ。
孫権は、同盟することを約束した書状をしたためると、孔明に手渡しをした。
さらに待ちかねていた家臣たちの前に立つと、開戦すると宣言。
張昭《ちょうしょう》らはおおいに嘆き、孫権にすがりつかんばかりに考え直してくれと説得をはじめたが、孫権はかれらを冷たい目で見やるばかりだった。
魯粛が何を言ったのかは、孔明には想像するしかできなかったが、孫権に与えた助言は、まさに良薬は口に苦しのたとえどおり、かなり苦いものだったようである。


同盟が成《な》り、開戦が決定ということで、孔明たちもいったん、柴桑城市《さいそうじょうし》にある客館に行くこととなった。
魯粛が先導してくれるかと思いきや、かれはまだ用があって、孫権のそばから離れられないという。
「孫将軍のお心が変わらないよう、そばにいないといけないからな」
と、魯粛は言った。
「いまはあんな風に怒ってらっしゃるが、なんといっても張子布どのらは孫将軍にとっては身内のじいさんみたいなものだ。
あんまり長くへばりつづけられていれば、また降伏したほうがよいのかと思われかねん」
それはそうだ、と孔明は応じたが、気になってたずねた。
「子敬どのは、孫将軍に何と言われたのですか?」
それはな、と魯粛はすこし周りを気にしてから、だれもいないとわかると、孔明の耳に口を寄せてきた。
「孔明どのの言った通りで、おれたち豪族は曹操に重く用いられるだろうが、豪族じゃない孫将軍は、首を斬られてしまうか、奴婢同様にあつかわれるか、どちらかでしょうと言ったのさ」
孔明は思わず身じろぎをして、目の前の眉の太い策士をまじまじと見た。
「ずいぶんはっきり言われたものですねえ」
「事実だろう?」
「確かに……それで、孫将軍は自分よりいい目に遭うであろう家臣たちに、あんな目を向けておられるというわけですか」
「降伏した場合の、ご自分の立場が明確になって怒ってらっしゃるのさ」
「怒りはなによりも強い動機になりますよ。ところで、これから子敬どのはどうされるおつもりか」
「ダメ押しをする」
「どのように」
「鄱陽《はよう》にいる、周公瑾どのに柴桑《さいそう》に来ていただくのだ。
孔明どのもよく知っているだろう。天下の美周郎さ」
「孫将軍の実兄の義兄弟……つまりは、兄に等しい方、というわけですね」
「公瑾どのは、江東の地を平定するのに孫家がどれほど血を流してきたか、それをよく知っている。
だから、まちがっても曹操に降伏しようなどとは言いださないだろう。
孫将軍と美周郎と揃えば、もう張子布《ちょうしふ》(張昭)どのら降伏派も黙らざるをえまい」


なるほど、と孔明は納得した。
美周郎の名は江東ばかりではなく、荊州《けいしゅう》でも鳴り響いている。
ありとあらゆる美質に恵まれた人物であるという評判も聞いていた。
小覇王の義弟でもある周瑜が開戦派につくなら、孫権のこころは、もう動くまい。
「暇をみつけたら、あんたたちの客館にも顔を出すよ。しばらくゆっくりしていてくれ」
そう言って、魯粛はまた柴桑城の城内の奥深くへ戻っていった。


つづく

※ お待たせいたしました、本日より連載再開いたします。
近況については、別記事でおしらせいたしますー。

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