はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

赤壁に龍は踊る 一章 その20 暗い密談

2024年04月24日 10時00分47秒 | 赤壁に龍は踊る 一章



諸葛瑾と、その愉快で忠実なお供のふたりは、朝焼けの空の下、おのれの泊っている館へと帰っていった。
これから盧江《ろこう》へ出立するのだろう。
かれらとまた会える日は来るのだろうか。
宋章《そうしょう》と羅仙《らせん》は、何度も何度も振り返って、こちらに手を振ってきた。
それに趙雲も応じていると、隣の孔明も手を振りながら、ぼやく。
「兄が会いに来てくれてうれしかったが、しかしこのあとが気の毒だよ」
「なぜ」
「おそらく、このあと兄は周都督に叱られてしまうだろうからさ」
「叱られるとは」
なんでだろうと考えて、趙雲はすぐに思い当たり、あわててとなりの孔明をまじまじと見る。
「兄君は、よもやま話をしに来たわけではないということか」
「そうさ。一言もそれらしいことは言わなかったが、まちがいなく周都督の言いつけてわたしのところへ来たのだよ」


なんのために、と聞くのは野暮だろう。
諸葛瑾は、周瑜に命じられて、孔明を孫権の家臣にすべく説得に来たのだ。


「兄はわたしが忠節を変えないことをよく知っている。
だから、はじめから話もしなかったのだ」
孔明はそう言って、ため息をついた。
「またわたしは心労のタネになってしまう。心苦しいよ」
すでに空の色は茜色から青白く変わってきている。
遠く盧江に出立するという諸葛瑾たちが、そのまえに周瑜にどんな嫌みを言われるかと思うと、趙雲も心が痛んだ。







諸葛瑾は覚悟していたのだなと、周瑜はすぐに感じ取った。
説得せよと命じたとき、行ってまいりますと素直に言ったが、結局のところ、まともに説得する気はなかったようである。
「弟がいかに忠節を守ることに命を賭けているか、それはこの兄たるわたしがよく知っております。
弟を説得するのは無理でした」
と、諸葛瑾はしれっと言って、深々と頭を下げた。
もっと大人しい男だと思っていたが、なかなか食えないところがあるなと、周瑜は苛立ちとともに思った。
どうやら、諸葛瑾は、自分が盾になる覚悟でもって、周瑜に頭を下げているらしい。


孔明の名を汚さぬよう、自分が盾になる……そういう強い覚悟を持っているじつの兄弟を持ったことのない周瑜にとって、諸葛瑾の態度は見ていて、うらやましいものでもあった。
ちらりと孫策のことがよぎる。
ああ、そうさ。おまえなら、きっとわたしのために、同じように頭を下げただろうな。
しかし、その朋友はもういない。
この地上のどこにも、いない。


「子瑜どの、顔を上げられよ。無理難題を言ったわたしが悪かったのだ」
つとめて柔らかい声色になるようにして、周瑜は諸葛瑾に声をかけた。
諸葛瑾はゆるゆると顔を上げる。
そして、残念そうに言った。
「申し訳ありませぬ。弟は頑固者ですゆえ」
なかなか演技もうまい。
これっぽっちも残念などと思っていないだろうに。
「いや、孔明どのが心を変えないであろうことは、わたしも予想していた。
兄弟の情に訴えようという戦略はまちがいであったな。
貴殿には嫌な役目を押し付けてしまった、ゆるしてくれ」
「なにをおっしゃいます。詫びなど……わたしの不甲斐なさを責めてくだされ」


そろそろ猿芝居を打ち切るか、と思い、周瑜は表情を切り替えた。
「もう、この話はやめようではないか。
子瑜どの、曹操の北方にいる軍は、江陵《こうりょう》から東進している本隊がうごけば、たちまち南進してくるであろう。
貴殿の役目は重大ぞ。なんとしても董襲《とうしゅう》とともに、盧江を守ってくれ」
「もちろんでございます、必ずや」
「頼みにしている」
諸葛瑾は、慇懃《いんぎん》に礼を取ると、その場から去っていった。


かれが背中を見せて廊下を去っていくのを、周瑜は黙って見送る。
と同時に、廊下をこちらに向かってやってくる男がいる。
諸葛瑾とは会釈程度の挨拶ですませ、どすどすと遠慮ない足取りで向かってくるのは、数年前から召し抱えている、龐統、あざなを士元であった。

小柄な男で、諸葛瑾の肩ほどしか背丈がない。
体形もずんぐりむっくりなうえ、顔にあばたのあとが目立つ。
この風采の上がらない男のなかに、餓狼も怖《お》じる軍略が眠っていると知ったら、ひとびとはどう思うだろうか。


「孔明の兄、ですかな」
挨拶を終えると、龐統は、諸葛瑾の去っていた方角を見た。
「よくわかったな。あの二人は似ておらぬであろう」
周瑜がおどろくと、龐統は小さく鼻を鳴らした。
「雰囲気が似ております」
「そうかな。子瑜どのには生活臭があるだろう。
しかし、孔明はまるで神仙のようだ。つかみどころがないように見える」


そう言いつつ、周瑜は孔明が瑯琊《ろうや》出身だったことを思いだしていた。
孫策を死に追いやった于吉と同じ、瑯琊の。


「孔明が気に入らなかったようですな」
「気に入っていたなら、いまごろそなたと違う話をしている」
「そうでした、失礼。して、どうなさる」
「兄弟をつかって軍門に降らせることは不可能のようだ。
穏便にすませたかったが、仕方ない」
「策を献じましょうか」
「いや、それはわたしが自分で考えたい。
それより士元よ、そなたには曹操のほうを頼みたい」
「曹操ですか」


言いつつも、龐統は怖じることなく、にやりと不敵な笑みを浮かべた。
「なにかすでに動き出している様子だな」
「左様で。お耳を拝借」
言いつつ、龐統が周瑜に耳打ちをはじめる。
周瑜の秀麗な顔に、おどろきが広がっていく。
「いかが」
すべて話し終わった龐統の顔には、これを拒否できるわけがないという確信が見えた。
小癪な奴と思いつつも、周瑜は暗く高ぶる感情に押されて、うなずいていた。
「よろしくやってくれ。江東の地を守るためならば、手段は選ばぬ」


そう、手段など選ばない。
孫策が血みどろになって得た江東の大地。
これをだれにも明け渡すわけにはいかないのだ。
相手がだれであろうと、容赦はせぬ。


一章おわり
二章につづく


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おかげさまで一章目をぶじに連載することができましたー(^^♪
それと、ブログ村に投票してくださった方、昨日17時ごろに拍手をしてくださった方も、どうもありがとうございます!!
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大感謝です!

さて、今日で430回目のこの「奇想三国志 英華伝」。
明後日からは孔明目線による二章目に突入です。
三章目もコツコツ作っておりますので、どうぞ今後の展開をおたのしみにー(*^▽^*)

赤壁に龍は踊る 一章 その19 楽しい宴

2024年04月22日 09時53分08秒 | 赤壁に龍は踊る 一章



丸くてごつい岩のような宋章《そうしょう》とのっぽで細いねぎのような羅仙《らせん》は、趙雲と胡済《こさい》が酒と肴《さかな》を持ってくると、たちまち目を輝かせた。
「おれたちなんかに差し入れしてくださるとは、なんて寛大な方々なんだ」
と、おおげさに宋章が感激する。
羅仙もまた、杯に酒をつぐ胡済の流麗な動作に目を白黒させていた。
「差し入れしてくださるだけじゃなく、いっしょに呑んでくださるので?」
「もちろんだ。どうせ暇だし、軍師と子瑜どのも、それぞれ盛り上がっているだろうしな。
おれたちはおれたちで、たのしくやろうではないか」
趙雲が言って、ふたりに杯をすすめると、まだ一口も呑んでいないうちから、かれらはほほを赤くして、
「ありがたい、ありがたい」
と恐縮して首をすくめた。
趙雲は、この気のいいふたりを気に入った。


「明日は盧江《ろこう》へ出立ですって?」
胡済が水を向けると、はい、と羅仙のほうが答えた。
「聞いた話じゃ、曹操の軍にそなえて、おれたちの軍の十万のうち、三万は北に備えなければいけないってことです。
おれたちには難しいことはわかりませんが、曹操は西と北からおれたちを狙っているんだ」
「挟撃しようというわけだな」
趙雲が言うと、二人は素直にこくりとうなずいた。
そして、宋章のほうが低い声で言う。
「周公瑾さまが討伐した山越《さんえつ》も、またこの機に乗じて騒ぎを起こそうとしている、なんて噂もながれてますぜ」


山越は、もともと、この江東の地に住んでいた民族である。
漢王朝の屋台骨が揺らぎ、漢人がおおくこの地に流れ込んできたことで、先住民たる山越はどんどん条件の悪い土地へ追いやられて行っている。
この動きに反抗する者はたちまち斬られ、抵抗をやめた者は重い役につかされ、こき使われるというのだから、これでは騒ぎを起こさんとするのは当然だった。
そして、この孫権の背後を騒がす勢力を見逃す曹操ではない。
山越の指導者と連絡をとって、反乱を起こすよう知恵を授けたりしているらしい。


「曹操っていう男は、いやなやつですなあ」
と、宋章はしみじみ言った。
「あなたがたは、揚州の出身なのですか」
胡済の問いに、二人は答える。
「おれは徐州です。羅仙が会稽《かいけい》の出身です」
「おまえたちの主人の子瑜どのは、どんなお方だ」
「そりゃあもう、いいご主人さまですよ」
宋章と羅仙はくちぐちに言ってうなずいた。
「おれたちのようなものにも優しくしてくださいます。
よその主人のように、気に入らないと鞭で打つなんてこともしないし」
「ご家族をとても大切にしてらっしゃいますよ」
「奥方とのあいだにはお子は何人いるのだ?」
「男のお子様がふたりと、女のお子様がひとり。
あと、ご主人様のお義母さまと義妹《いもうと》さまがいっしょに暮してらっしゃいます」
「ほう」


諸葛瑾が父の後妻をつれて江東にくだっていった話は、孔明から聞いたことがある。
すでに亡くなっている大姉という女性と、義母の折り合いが非常に悪く、仕方なく別れ別れになったと聞いていた。


「子瑜さまは孔明さまのことも、以前からとても心配なさっておいででした。
なにかにつけ、亮は荊州でうまくやっているだろうかと口にしておられました」
「その亮さま……孔明さまが劉豫洲といっしょに曹操に追われて消息不明になったときなんざ、お食事もろくにのどに通らないようすでした。
それが孔明さまが生き延びて、お使者となって柴桑《さいそう》に来られたんですから、そりゃあもう、喜んでいらっしゃいましたよ」
そのときの諸葛瑾のよろこびようを思い出したのか、宋章と羅仙は、歯を見せて笑った。


「おれも柴桑城に行ったのだが、子瑜どのもいたのかな」
趙雲は、孔明が孫権を説得した日のことを思いだしつつ問う。
「もちろんでさ。子瑜さまはちゃんとあの場にいらしておいででしたよ。
ただ、常日頃から、公の場では兄弟ふたりで会わないようにしようと決めているとおっしゃっているので、それでわざと目立たないようにしたのかもしれませんなあ」
奥ゆかしい御方なんですよ、と羅仙が言う。
どうやら、この凸凹した二人組は、よほど諸葛瑾のことが好きらしい。


「琳瑯《りんろう》さまも兄君にお会いしたいとおっしゃっていたなあ」
酒をちびちびやりながら、羅仙がつぶやくと、宋章も、そうだったなあ、と相槌を打った。
「琳瑯というのは?」
胡済が水を向けると、宋章が答えた。
「子瑜さまの義妹さまです。
もうお年頃なのですが、たいそうなお転婆娘でしてねえ、今日も付いていきたいと駄々をこねてらっしゃいましたが、子瑜さまに叱られて、お留守番ですよ」
「へえ、その琳瑯どのも柴桑にいるのですか」
「兄君に付いてきてしまいましてね。
天下の趨勢《すうせい》が決まるかもしれないこの状況で家にじっとしていられるか、なんて男のようなことをおっしゃって」
「琳瑯さまは、生まれる性別をまちがえてしまわれたな」
そういって、宋章と羅仙は愉快そうに笑った。


「ところで、趙子龍さまですよね?」
宋章が、うかがうように趙雲を見る。
「そうだが、なにか」
「ああ、やっぱりなあ、そうだと思った! 同姓同名の方がそうそういるもんじゃなし。
なあ、羅仙、やっぱりこの御方だったよ」
「そうだなあ、本人を目の前にして酒を飲めるなんて、おどろきだ」
「想像していた以上の男前ですね。
講談を聞いて、こんな御方かな、と想像していましたが、それ以上だ!」
「そうだよなあ、講談の主人公が目の前にいるなんて、すごいよなあ」
目を輝かせて言うふたりに、趙雲はあわててたずねる。
「待て、講談? どういうことだ?」
「あれ、ご存じない? いま柴桑の街では曹操をへこませた劉豫洲のご家来の武勇伝が講談になっているのです。
魯子敬さまの手紙がもとになっているのですよ。
劉豫洲とその将軍がたが、どれほど長阪橋で活躍されたか、もうみんな知っていますぜ」
「なんと」
唖然とする趙雲のとなりで、胡済が袖で口を隠して、くすくす笑っている。


「よかったら、お話してくださいませんかね、曹操の従弟の夏侯恩から宝剣を奪ったときのこととか?」
「百万の騎兵のなかを、劉豫洲の御子息を抱えて走り抜けたって、ほんとうですかい?」
「それから、張益徳さまが一喝したら、曹操の将軍の夏侯傑ってやつが肝をつぶして死んだっていうのも、ほんとうですか?」
なんだかいろいろ脚色されて、とんでもないことになっていると焦りながら、趙雲はとつとつと二人の質問に答えた。
宋章と羅仙は、『本当の話』におどろいたり、がっかりしたり、いそがしい。
となりの胡済はにやにや笑って聞いているだけで、趙雲に助け舟は出してくれない。


そうこうしているうちに、夜も更《ふ》け、酒が回りに回って、まず胡済が船をこぎ始めた。
つづいて羅仙が、そして宋章が寝入ってしまった。
客館の主人に言って、三人の体が冷えないよう布団をかけてやり、趙雲自身は厠《かわや》に行きがてら孔明の様子を見に行った。
孔明と諸葛瑾はにぎやかに話し込んでいる。
断片的に聞こえてくる単語からつなげると、天下の情勢についての事柄ではなく、家族についての思い出話をしているようだった。
厠から帰ってきても、兄弟の話は尽きることがないようだ。
徹夜になりそうなので、孔明たちに異変があったらいつでも駆け付けられるよう、そのとなりに部屋を作ってもらって、そこで眠ることにした。
孔明と諸葛瑾の声を子守歌にうとうとしているうちに、気づけば、朝になっていた。


つづく


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毎日の励みになっております、これからもがんばります(^^♪

本日は、いつものほぼ倍の分量で更新しました。
キリのよさを考慮したのですが、「長すぎるんよ」と思われた場合は教えてくださいませv
元の分量に戻します。
それと、さすがに週3のペースの更新だと、目に見えてお客さんが減っていくなあと感じています。
家の状況もあるので、毎日は無理にしろ、せめて土日のどっちかを更新日にしようかと検討中です。
決まりましたら、また連絡しますねー!

ではでは、次回をおたのしみにー(*^▽^*)

赤壁に龍は踊る 一章 その18 兄弟の再会

2024年04月19日 09時55分44秒 | 赤壁に龍は踊る 一章



「亮よ、久しいな、元気そうで何よりだ」
と、諸葛瑾は面長の顔をほころばせた。
面長で背のひょろりとした、実直そうな男。
それが、諸葛瑾《しょかつきん》、あざなを子瑜《しゆ》であった。
趙雲が見るかぎり、この兄弟は風貌があまり似ていない。
背の高いところと、人品のよさそうなところは似ているが。


「来てくださるとは思っておりませんでした」
「何を言うか、おまえがわざわざこの地にやって来たのだ。兄たるわたしが会わずにいられようか」
「うれしゅうございます、今日はゆっくり語り合おうではありませぬか」
孔明の屈託のない笑顔を見て、諸葛瑾の連れてきたお供の二人のほうが感激して、
「よろしゅうございました、よろしゅうございました」
と、なぜかおいおいと泣いている。
お供の名は宋章《そうしょう》と羅仙《らせん》といって、丸くて大きいのが宋章で、のっぽで線が細いのが羅仙だという。
かれらのことばからするに、諸葛瑾はそうとうに孔明の身を案じていたようだ。


「じつは明日、柴桑《さいそう》を発《た》たねばならぬ」
「お忙しいでしょうに、ありがとうございます」
「なにを他人行儀な。われらは兄弟であろう、わたしが弟のおまえに会いに来るのは当然。
今日一日くらい、昔にもどろうではないか」
「兄上は、盧江《ろこう》太守に任じられたと伺っておりますが」
「そのとおりだ。曹操のやつめ、さすがに戦上手だな、北から我らの首都を狙っておる。
明日は董襲《とうしゅう》どのと合流して、盧江に行く。
ところで曹操の本隊は、江陵を出立して烏林《うりん》に向かっているのであろう?」
「そのようですな。わたしは周都督と同道して長江を上る予定でおります。
おそらく、江東へ上陸せんとする曹操と、陸口あたりで開戦になるかと」
「なるほど、そうなると、やはりわれらが会うのはこの日以外になかったというわけだ。
何年振りであろうか、今宵はゆっくり語り合おうぞ。
おまえの好きそうな味の酒も持ってきたからな」
そう言う諸葛瑾のうしろでは、宋章と羅仙が、まだめそめそと、
「兄弟っていいものだなあ」
「本当に、お会いできてようございました」
と泣いていた。


「貴殿が趙子龍どのか。お噂はかねがね」
諸葛瑾に声をかけられて、趙雲は丁寧に礼を取る。
取りつつも、どういう噂かなと、ついつい警戒してしまった。
固くなった趙雲を見て、諸葛瑾はおもしろそうに言う。
「子敬どの(魯粛)が貴殿をべた褒めしておりましたぞ。
曹操軍の大軍勢のただなかを、劉豫洲の夫人とお子を守り通して、単騎で駆け抜けたすごい御仁だと」
「いや、それは」
まちがってはいないが、いくらか誇張があるような?
「思っていたよりずっと立派な風貌を備えてらっしゃる。
亮も貴殿のことを手紙で何度も褒めておりました。
なるほど、たしかに亮の友にふさわしい」
諸葛瑾は、うんうんとうなずいた。
ありがとうございますと照れつつも、この兄弟、見た目こそ似ていないが、中身はどこか共通するものがあるなと思っていた。
しかも、諸葛瑾は自分より十は年長のように見えるのだが、じっさいは自分とほぼ同年であることにも驚いていた。
よほど苦労をしょい込んできたのか、それとも一族の長としての責任感ゆえか、諸葛瑾は老成して見えた。
「これからも亮をよろしくお願いいたします」
そう言う諸葛瑾の目は、いつくしみにあふれていた。


そのあと、胡済《こさい》とも挨拶をかわした諸葛瑾は、これまた胡済のずば抜けた美貌をほめちぎり、褒められ慣れているだろう胡済をして、
「さすがご兄弟。相手をたじろがせる術をこころえていらっしゃる」
とつぶやかせたほどだった。
孔明は兄と会えてうれしいらしく、珍しいほどに溶けるような笑顔を浮かべ続けていた。


「兄に会うのは五年ぶりくらいかな」
と、孔明はこそっと趙雲に言った。
「揚州《ここ》に戻ったことがあったのか」
「いや、兄が荊州に会いに来てくれたのだよ。
孫将軍に仕えることになって数年たって、生活も安定してきたというその報告と、大姉の墓参りにね」
「そうか……なら、話も弾むだろう。
おれたちは外しているから、なにかあったら呼べよ」
そうする、と孔明は素直にうなずいて、兄とともに部屋に入った。
その二人の背中を見て、趙雲は、ああ、兄弟だな、後ろ姿が似ているな、と思った。


「あの兄君は、武器は持っていないようですね」
と、一気に興ざめするようなことを胡済が言う。
「あたりまえだろう。実の弟を殺しに来る兄がいるものか」
「いますよ、世の中広いんですから」
さらりと怖いことを言ってのけてる胡済に、趙雲は、そうだった、こいつはそんな身の上だったなと思い出した。
「すまん」
「謝る必要はありません。軍師のことはだいじょうぶでしょう。
なにかあったら、すぐに駆け付ければいい」


お供の宋章と羅仙が、客館の主人に案内されて、控えの部屋に連れていかれるのが見えた。
「あいつらからちょっと情報を引き出してみようか」
趙雲のことばに、胡済が、意外そうな顔をする。
「へえ、あなたもそんなことをするのですね」
「いつもしていることだ。おれはただの番犬じゃない、主騎だからな。情報収集もするのさ」
「では、わたしもお供しましょう。酒と肴を用意してまいります」
言いつつ、胡済は厨房のほうへと向かった。


つづく


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ブログ村に投票してくださった方、サイトのウェブ拍手を17日15時ごろ押してくださった方も、とってもうれしいです、ありがとうございましたー(*^▽^*)
長い周瑜の回想シーンも終わり、孔明と子瑜兄さんの再会シーンに突入です。
旧作をご存じの方は、だいぶ子瑜兄さんの描き方がちがうな? と思われたことでしょう。
管理人もいくらか年を重ねて、いろいろ考えを変えましてねえ……
子瑜兄さんの従者なども、これっきりの登場ではありませんので、どうぞ今後の展開をおたのしみにー♪

ではでは、また次回にお会いしましょう('ω')ノ

赤壁に龍は踊る 一章 その17 思いがけない来客

2024年04月17日 09時53分33秒 | 赤壁に龍は踊る 一章



開戦の決定を受け、まさに柴桑《さいそう》は沸騰した。
開戦か、降伏か。
どちらかになるかを息をつめて見守っていたひとびとも、ひとたび開戦と決まると行動は早かった。
家臣たちはあらたに役職をあたえられ、曹操軍にそなえるべく、それぞれの陣地移動をはじめた。
物資を売る商人たちも大きく動き出し、陸路も水路もさまざまな物資で満ちた。


だれもが曹操に対抗するのだという意志で燃えているように見える。
上は都督から下は奴婢まで、曹操に一丸となって戦う態勢となりつつあるようだ。
この豊かな江東の土地を、曹操の好きにさせてたまるか、という気概が満ち満ちている。
降伏派の中心にいたひとびとさえ、もう文句のひとつも言わなくなったとか。
机とおなじ運命になってはたまらないと思ったのもあるだろうが、江東を包み込む闘争心に圧倒されたというのが本当のところではないか。


趙雲も柴桑の街に、民の様子を見に行ったが、ちいさな童子たちまでもが、剣に見立てた棒切れを片手に、
「曹操、なにするものぞ! やっつけてやる!」
と気勢を上げているのには面食らってしまった。
不安そうな面持ちの者も中にはいるが、かれらの影は薄い。


左都督には周瑜がおさまり、右都督には程普と決まった。
賛軍校尉、つまりは参謀総長の地位には魯粛が任じられた。
にわかに多忙となったらしく、魯粛はあまり客館に顔を見せなくなった。
伝言と物資はまめに寄越すところが、気づかいと段取りのひと、魯粛らしい。
いまも、孔明の手元には魯粛からの手紙がある。
魯粛と孔明は、いまやすっかり運命共同体といったところだ。


「周都督の水軍は、明日にでも柴桑を発つようだ」
と、魯粛の何通目かの短い手紙を読んで、孔明が趙雲に言う。
「わたしのほうも、わが君に後れをとらないように樊口《はんこう》まで出てくださるよう、使者を出してお願いしておいた。そこで都督とわが君は初対面となるのではないかな」
「長江を上る、というわけか。おれたちも後に続いたほうがいいな」
趙雲が言うと、孔明はうなずいた。
「そうだな。うまくすれば、樊口でわが君とお会いできるかもしれぬ、楽しみだな」
孔明は親に会う楽しみを語るような軽快な口調で言った。


仮に樊口に到着したとしても、劉備たちの元に戻ることは、まだできない。
孫権は同盟を決めてくれたとはいえ、それはあくまで口約束。
劉備と孫権の代理である周瑜が会って、本格的に決めることだ。
同盟のゆくえを見守る必要がある。
とはいえ、孫権の様子からして、同盟の締結はまずまちがいないとは趙雲も思っているが、気になるのは周瑜のことだった。


じつのところ、周瑜が柴桑城にやってきたとき、趙雲はかれが孔明をどう見るか、注意していた。
いままでの経験からして、味方になってくれそうな人間は、すぐに孔明を気に入り、明るい顔を見せる。
だが残念なことに、周瑜はその逆の人間のようだとわかってしまった。
というのも、かれが孔明を見る目が、おそろしく冷たく暗いものだったからである。
もちろん、表面はにこやかにしていた。
おそらく、よほど注意していなければ、周瑜の目つきの暗さを見破られなかったろう。


孔明と周瑜が対面したとき、周瑜は満面の笑みを浮かべていたが、礼をとって顔を上げるその直前、ぞくっとするほど冷たい目で孔明を盗み見た。
それをとなりで逃さず見ていた趙雲は、この男には注意せねばと思うのと同時に、かなり失望した。
周瑜の前評判が高すぎたせいもある。
寛大な性格だと聞いていたのに、どうやらちがうようだとわかってしまった。


周瑜が孔明をきらったのはなぜだろうと考えても、本人に聞かないことには、正しいことはわからない。
思い当たることといえば、同盟のことだろうか。


周瑜が同盟について、あまり乗り気ではないということは、その表面はにこやかだが、どこか素っ気ない素振りですぐわかった。
かれは、孫呉だけで曹操を跳ねのけたいと思っているのにちがいない。
周瑜は独自で曹操軍の動向について、正しく情報を掴んでいるようだ。
孔明があらためて周瑜に曹操軍についての情報を披露しても、おどろく様子を見せなかった。
優秀な細作を使って、情報をあつめているのかもしれない。
周瑜もまた、その情報を分析し、孔明や魯粛とおなじく、曹操軍は過度に恐れる相手ではないと読んだのだろう。


そして、すでに先を見ているのだ。
曹操軍が撤退したあと、天下がどうなっていくか。
とくに、荊州がどうなるかを。
冷静にかんがえれば、夏口に駐屯する二万の劉備・劉琦連合軍は、孫呉の荊州進出に邪魔な存在だ。
曹操が撤退したあと、仲良く荊州を治めましょうということは、周瑜の天下二分の計の思想と合致しない。
その点、曹操と孫権につぐ第三極を育てて、天下を安定させんと考えている戦略家たる魯粛や孔明とは立場がちがうのだ。


『いや、そういう考えのちがいだけの理由かな。あの男の軍師を見る目はあまりに冷たかった』
孔明は周瑜とともに移動し、同盟の締結を見守ったあと、この大戦のゆくえを見定めるため、魯粛と行動をともにするつもりでいるらしい。
それは、孫呉に対する人質として、自分を差し出すのと同じことだった。
それほどの覚悟で、この同盟に望んでいる。
そんな孔明が、周瑜には目障りなのか。


噂に高い美貌をほこる、誰から見ても孫呉の家臣たちから尊崇の念を抱かれている男。
そんな人望の高い男が、孔明に敵意をむき出しにするというのは、見ていてあまりいい気持ちはしない。
どころか、孔明の命の危険すらあると、趙雲はあやぶむ。
『下手をすればひそかに消される可能性もあるかもしれぬ。重々気を付けておかねばな』


孔明は周瑜の敵意に気づいているだろう。
敏感な青年なので、にこやかな笑顔の裏の暗く冷たいものをすぐに見破ったはずだ。
誰に聞かれているともかぎらないので、
「気をつけろよ、軍師」
とぼかして注意をうながすと、孔明は、
「きらわれるのはつらいが、これも相性だから仕方ないな」
と、寂し気に笑った。


そんなことを話しているうちに、客館に、ふらりと酒瓶片手に訪れた人物がある。
孔明の兄、諸葛瑾であった。


つづく


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ちょっぴり長めの周瑜の回想が終わり、本日から、また孔明たちのお話です。
今後の展開もどうぞおたのしみにー(*^▽^*)



赤壁に龍は踊る 一章 その16 敵対の予感

2024年04月15日 06時35分54秒 | 赤壁に龍は踊る 一章



周瑜が柴桑《さいそう》城へ到着すると、魯粛が待ち受けていた。
かれの満面の笑みを見て、周瑜は互いにことばを交わさぬうちから、
『開戦か』
と判断した。
どうやら、夏口からやってきた劉備の軍師は、なかなかの口達者らしい。
「決まったのか」
確認のため、端的にたずねると、魯粛は大きくうなずいた。
「決まりました。いま、孫将軍が開戦を宣言なさるところです」
「そうか、わたしは間に合ったのだな」
「間に合うも何も……もちろん、公瑾どのを待っての宣言となりましょう。
貴殿がいらっしゃらなければ、わが軍は回りませぬ」
魯粛のほうをちらりと見れば、かれがお追従《ついしょう》ではなく、本気で言っているのが見て取れた。
顔が笑っていない。
「ところで、劉豫洲の軍師という人物は、どうだ」
「孔明どのですかい、噂にたがわぬ傑物ですよ」
「どのように」
「弁舌はさわやか、人の気を逸らさぬ求心力も発揮し、だれもが魅了される、といったところでしょうか」
「そなたも魅了されたひとりのようだな」
嫌みのようになってしまったが、魯粛は気にしていないようで、
「たしかにそうです」
と相槌を打った。
「子瑜どのに似ているのか」
「いえ。まったくといっていいほど似ておられませぬよ。
ほら、あそこ、孫将軍のそばで話をしているのが孔明どのです」


魯粛に言われて大広間の上座を見れば、孫権と親し気に話をしている背のほっそりとした青年の姿があった。
周瑜は江東の家臣たちの名と顔をすべておぼえているので、あの見知らぬ横顔こそが諸葛亮だろうと見当をつけた。
横顔の端正さだけ見れば、なるほど大役を担う使者にふさわしい容姿をしているようだ。
『諸葛亮……孔明、か』
心の中でつぶやきつつ、大広間に入る直前に足を止めて、かれを観察する。
孫権はすっかり打ち解けていて、孔明と何事か楽しそうに話をしていた。
どうやらしゃべっているのは孔明が中心で、孫権と、張昭をはじめとする降伏派までもが孔明の話に耳を傾けている。
とぎれとぎれに聞こえてくる単語から察するに、孔明ら劉備軍が、いかに曹操軍をしのいだかの話題になっているようだ。


『まるで曹操に勝利したような顔をして話をするものだ』
なにかカチンときて、そう思っていると、孔明のうしろに控えている男と目が合った。
これも知らない顔である。
男は自分と同じ年頃くらい……三十路半ばか。
ゆったりとした衣をまとっていてもなお、しなやかそうな体つきがわかる、眉目秀麗な男だった。
男のほうは、じいっと周瑜を探るように見てから、ようやく、ぺこりと一礼してきた。


「あれは孔明どのの主騎で、常山真定の趙子龍どのです」
と、魯粛が口をそえる。
そう紹介されても、周瑜にはピンとこなかった。
かれは鄱陽湖《はようこ》に長く滞在していたので、孫権あての魯粛の手紙の内容を知らなかったし、その内容が柴桑の家臣たちにも伝わっていることも知らなかった。


「おお、公瑾どのがいらしたぞっ」
声を張り上げたのは、甘寧だった。
どうやら、趙雲の仕草で周瑜に気づいたらしい。
孔明が中心となっていた人の輪がほぐれ、周瑜に注目が集まった。
孫権も中腰になって、周瑜の名を呼ぶ。
「待ちかねていたぞ、公瑾どの!」
「遅くなりまして申し訳ございませぬ」
「もう子敬から聞いておろう、わしは開戦を決めたぞ」
そう言う孫権の目は興奮でぎらぎらと輝いていて、悩みもなにも吹っ切れたようだった。


ずいぶん明るいな、というのが周瑜の印象だった。
曹操の百万の軍勢を前にしても、こうも明るくいられるのは、劉備の軍師の持ってきた情報が、こちらにとってよほどよいものだったのだろう。
開戦、と聞くと、孫権のそばにいた張昭たちが渋い顔をしたが、孫権はまったくそれにはかまわず、近侍がたずさえていた剣を持ち、すらりと鞘から抜き放つと、目の前の机を、がつん、と斬り落とした。
おお、と家臣たちから声があがる。
「よいか、開戦の議に異論を唱えるものがあれば、今後、この机と同じ運命をたどるものと心得よ!」
若々しい張りのある孫権の声に、家臣たちは平伏して、
「将軍のおっしゃりとおりにいたします」
と唱和した。


劉備の軍師と、その主騎もまた、礼を取っていたが、そのうち軍師の孔明のほうが、周瑜の目線にこたえるかたちで振り返った。
まともに正面から見る孔明の顔は美しく、その双眸も、びっくりするほど煌めいていた。
その深い知性と、思慮深そうな落ち着いた雰囲気をたたえた青年軍師を前に、周瑜はぞくりと背筋を震わせた。
孔明は周瑜にむかって、微笑み、礼を取る。
周瑜も表面上はにこやかにして、礼に答えたが、こころは真逆だった。
孫策とはじめて出会ったときと同じ衝撃を受けたことが、まずおどろきだった。
周瑜は思った。


こいつは危険だ。
わたしの人生を変えうる男かもしれない。


つづく

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今回より、孔明たちの出番が復活! 
どうぞ今後の展開をおたのしみにー(*^▽^*)

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