はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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赤壁に龍は踊る 三章 その10 烏林の朝

2024年06月05日 09時55分01秒 | 赤壁に龍は踊る 三章



徐庶は、起床して顔を洗うと、持ち場に行くまえに荊州の兵士たちがあつめられている宿舎へ向かった。
昨日の、高熱に苦しんでいた兵士がどうなったか気になったためである。
すると、宿舎のおもてでは、梁朋《りょうほう》がひとりでつくねんと徐庶を待っていた。
徐庶の姿を見るなり、梁朋は駆け寄ってくる。
「おはようございます、元直さま。あのう」
「なんだ? その様子じゃあ、今朝は喧嘩はなかったようだな」
「喧嘩のことじゃないんです。あのう、昨日のことなんですけれど」
昨日と言われ、徐庶は梁朋が、何者かわからない背の高い男と話していたことを思いだした。


歩きながら、徐庶は梁朋にたずねる。
「あいつは本当に道を聞いてきたやつだったのか?」
「そ、そうです。それが本当だって言いたくて」
「待っていたのか。朝っぱらから」
この寒さが日に日に増しているなかで。
呆れて徐庶が目を向けると、梁朋は、にっ、と白い歯を見せて笑った。


梁朋のこのひたむきさは、ほんとうに孔明に似ているなと、徐庶は思った。
見た目については、両者はまったく似ていない。
梁朋はどこにでもいるような、いかにもあか抜けない田舎の少年といったふうの平凡な顔立ちだったし、背丈も孔明のように高くない。
だが、自分に向けてくる憧憬のまなざし、好いた者へ尽くさんとする心などは、ほんとうによく似ていた。


これが作り物の表情のわけがない。
そう判断した徐庶は、となりを歩く梁朋に言った。
「わかったよ、信じるよ」
「ありがとうございます!」
元気よく挨拶すると、その大声に、なんなんだ、というふうにほかの朝の支度をしている兵士たちが顔を向けてきた。
梁朋はそれには頓着しないで、鼻の下をかいて、えへへと、うれしそうに笑っている。
「おれ、なんだかよくわからないけれど、元直さまに疑われるのは我慢ならないんだ」
「そうかい。安心しな。おまえを疑ってはいないよ」
「だったらうれしいな。今朝はいい朝です」
鼻歌でもうたいかねない機嫌のよさをみせて、梁朋は言った。


「ところで、おまえは昨日の病人がどうなったか、知っているか?」
「ああ、崔淵《さいえん》さんっていうひとのことですよね、あのひとなら、医者がやってきて、こっちで看るからっていって、連れて行ってくれましたよ」
「こっち、だと?」
徐庶はぎょっとした。
梁朋はのん気に、早く治るといいね、などと言っているが、昨日みた、あの物々しい建屋の様子からして、医者がまともな治療をしているかは疑わしい。
それなのに、てきぱきと患者だけは運んでいくという。
連れていかれた者は帰ってこない、という喧嘩の仲裁役の男のことばが、不吉に徐庶の頭の中でこだました。


「梁朋、おまえは皿洗いの係だったな」
「そうだよ。やせっぽっちだから、どうせ力仕事なんぞできなかろう、だったら皿でも洗えっていわれて、毎日つめたい水でじゃぶじゃぶ皿洗いです」
言いつつ、梁朋はあかぎれの出来ている両手を徐庶に見せた。
「それじゃあ、今日はその仕事は休みにしてやるよ。
ほかのやつに皿洗いを言いつけるから、おまえは別の仕事をするのだ」
「え、なにをすればいいのです?」
皿洗いの仕事がよほどきついらしく、梁朋は仕事の内容を聞かないうちから、目を輝かせた。
「宿舎のはずれに、大きな長方形の建屋があるだろう」
「ありますね。あそこに偉そうな兵がいつも見張りについている」
「そうだ、そこを見張ってほしいのだ」
梁朋はきょとんとして、徐庶を見る。
「見張ってどうするのです?」
「なにか変わったことがあったら、すぐにおれに知らせろ。それだけでいい。
いいか、何か見たり聞いたりしても、ひとりでなんとかしようとするなよ」


すると、ありとあらゆる小動物が危機に対して敏感であるように、小動物に似た梁朋も、なにか危険がありそうだと察したようだ。
半歩、徐庶のとなりから、下がる。
「なんだか怖そうな仕事だね」
「変わったことがあったら、おれに知らせるだけの仕事だ。かんたんだろう?」
「そりゃそうかもしれないけれど……ほんとうに、なにもしないで、元直さまに教えればいいのかい? でも、何かあって、それを知った元直さまは、どうなさるんです?」
「それは、その『何か』によるな」
「元直さまが痛い目に遭うのはいやだよ」
梁朋は心配そうに顔を曇らせる。
こんな表情をしてくれるのは、亡き母か、孔明くらいのものだった。
両者をなつかしく思いつつ、徐庶は、なるべくおどけて見えるように答えた。
「案ずるな、おれは意外と強いのだぜ。
このあいだの喧嘩だって、ちゃんとおさめてみせただろう?」
「そうだけれど」
「なら、安心しろ。おれだって命は惜しい、無茶なことはせんよ」


徐庶のことばに、梁朋は納得したのか、それとも観念したのか、わからないが、言いつけどおりに建屋のほうへ歩いて行った。
その背中を目で追いながら、徐庶はひさびさに、戦場の最前線で陣頭指揮を執っていたときと同じ緊張感を味わっていた。


つづく


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さて、本日よりしばらく徐庶のエピソードがつづきます。
どうぞお付き合いいただけたならと思います。

ではでは、次回は金曜日です、どうぞお楽しみにー(*^▽^*)


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