はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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ブログ開設6000日記念作品 筆の神は見ている

2024年01月18日 13時18分16秒 | 奇想三国志 英華伝 短編あれこれ
趙雲がいま、めったにやらない事務仕事をやっているのは、圧倒的人手不足ゆえにほかならない。
それが証拠に、すでに交代の太鼓がドンと鳴ったのに、陳到が席を立たないでいる。
あの、家族の元へ帰ることだけが至上命題となっているような男が、それを忘れているほど大量の事務仕事があるのだ。

まず、文官をたばねている麋竺が風邪をひいたのが原因だった。
それがどんどん移っていき、孫乾、簡雍とひろがって、最終的には関羽にまでたどり着いた。
関羽が抜けたことで、荊州の州境の見張りが張飛と劉封だけ、というのが心もとないという劉備のひとことにより、孔明が視察もかねて州境に派遣されたことが決定打。
たまりにたまった事務仕事を手の空いているすべての読み書きのできる者がやることになり、趙雲と陳到も動員されている、というわけだ。

「軍師はいつもほとんどおひとりで事務をさばいておられたはず。
いったいどんな魔法を使っていたのでしょうな」
と、めずらしく疲れた様子で陳到がぼやく。

趙雲と陳到は、常日頃は孔明たちが使用している新野城内の一室で、もくもくと手を動かしている。
使い慣れない部屋のため、どうも勝手が悪い。
座り心地もよくないし、風邪の流行のせいで人が少ないためやけに静かだし、たまに見張りの麋芳が顔をだして上役のようなお小言をいってくるのもうっとうしい。
孔明の代理をするのは事情が事情のためしかたないとはいえ、麋芳が上役面をしているのは、なぜなのか。
「殴ってやりたい」
めったに恨みつらみを口にしない趙雲だが、ついうっかり本音が出た。
じつはこまごまとした書類仕事で、だいぶまいっていた。
ほとんど徹夜でさばいているのに、ぜんぜん先が見えないためだ。

「子龍どの、お気持ちはよーくわかりますが、これ以上、人が減ると、ますますわれらの仕事が増えるだけですぞ」
それはそうだ。
陳到のことばはもっともなだけに、余計に腹が立った。
もちろん、麋芳に対して。

どうやら、麋芳は、ここぞとばかりに『わが君の義兄』なる立場を利用して、もっとも厄介な『孔明の代理』を避け、麋夫人らを守るとの名目の元、後堂でてきとうに遊んでいるようだ。
よけいなことを言ってくるお節介がいて、
「子方さまは、子龍さまのしておられる主騎の仕事は楽そうだ、などとうそぶいてらっしゃいますよ」
などと伝えてきた。
これがまた腹が立つ。
「くそっ」
ついつい腹立ちまぎれに筆をぼちゃんと乱暴に硯に突っ込んでしまう。
すると、筆の神なるものがいるのかわからないが、その祟りらしく、趙雲の顔に盛大に墨がはねかえってきた。
つくづく、ついていない。

ついてしまった墨を手の甲でぬぐって、それでもしばらく筆を動かしていたが、やがて、我慢しきれなくなって、趙雲は立ち上がった。
「どちらへ」
もはや顔を上げることもしなくなった陳到が聞いてくる。
趙雲は低く唸るように答える。
「どうにも気が収まらぬ。水でもかぶって、頭を冷やしてくる」
「それがようございます」
陳到の許可を得るかたちで、趙雲は座を立ち、水場へむかった。





新野城内に人は少なかった。
どうやら麋竺がかかった風邪は、かなり悪質なものだったらしく、文官武官はもちろん、下っ端の奴婢から夫人たちに仕える女たちにまで、くまなく猛威をふるっているらしい。
たまに廊下で人とすれ違うが、おかしい。
奴婢たちは趙雲を見るなり顔を赤くしてうつむき、女たちはあからさまに口元を袖で隠してお辞儀をしてくる。

なんだか笑われているような?

ただでさえむしゃくしゃしているなかで、人から笑われているかもしれないと思うのは、不愉快きわまりなかった。
めずらしくおれが事務仕事をしているのがおかしいのかな?
だんだん、腹が減った冬眠明けのクマのような顔になっていく。

すると、無人のはずの孔明の部屋の扉がぱっとひらき、部屋のあるじの孔明そのひとが、顔を見せた。
「子龍、わたしの仕事をしてくれていると聞いたよ、すまなかった……な?」
愛想よく言ってきた孔明だったが、趙雲の表情を見て、顔をこわばらせた。
「どうした、子龍。その顔は」
さすが遠慮なく聞いてくるところも孔明だった。
趙雲はにこりと笑う気力もなかったので、不愛想に答える。
「疲れたので、水をかぶろうと思ったのだが、なぜか人に笑われている」
「水なんかかぶると流行っている風邪に襲われるぞ。
それと人に笑われるのは仕方ないな」
「なぜ」
「そう目を吊り上げるものじゃないよ。ともかく、わたしの部屋へ来るがいい」

誘われるまま、部屋に入る。
孔明はすぐさま寝台のそばに置いてあった手鏡を取り出して、趙雲に向けて見せた。
「ほれ」
おれは骨をもらう犬か、とひがみつつ、にらむように鏡の中の自分の顔を見る。
すると。
「なぜおれに髭がある」
鼻の下に、ちょこんと髭らしきもの。
「それはわたしが聞きたい。見たところ墨で汚れたようだが」
墨で汚れた、と聞いて、すぐに筆をいじめて祟られたことを思いだした。
跳ね返った墨を手の甲で拭いたとき、鼻の下に髭のような汚れができたようである。
ほんとうに、つくづく、ついていない。
「思い当たることがあったようだな。
ともかく、いま拭いてやるから、水場で水をかぶるのはよせ」

言うと、孔明は部屋の片隅にある水差しからちいさな盥に水をつぎ、きれいな布をひたして、しぼる。
そして、趙雲の顔に絞った布を当てようとするので、趙雲は思わず顔をそむけた。
鼻の下に髭のような墨のあと。
これをぬぐうためには、鼻の下を伸ばした間抜けな顔をしなければならない。
なぜだかそのとき、いつだったか捕まえた新野を騒がせた覗き魔の顔がぽんと浮かび、おれもあいつみたいなおかしな顔をしないといけないのか、という気持ちになった。
覗き魔は現場を押さえられて御用となったのだが、まさに捕まったとき、鼻の下を伸ばした顔をしていたのだ。

「軍師、自分でやる」
「そうか? うまくとれるかな?」
「そのための鏡だろう」
悪態にも似た言葉を聞いて、孔明は、やれやれ、ご機嫌斜めだな、とぼやいている。
孔明の鏡をつかって鼻の下の墨をとった。
すっきりした。
ついでにいくらか気分もよくなった。
指摘してくれたのがこいつでよかったなという気持ちにもなってきた。
礼を言ったほうがいいか?
いや、それよりも、州境にいるはずの孔明が、なぜ新野城に戻っているのか。

「わが君は益徳どのらがうまくやっているか心配なさっていたが、まったく問題なかった。益徳どのと劉封どのと、たがいに協力し合ってうまくやっていたよ。
わたしの出番はなさそうだったので、早めに予定を切り上げて帰って来たのだ」
「ということは、曹操の動きもないか」
「曹賊も、山賊も、水賊も、なんにも動きはない。平和なものさ。
ところで子龍、気になったのだが」
「なんだ」
孔明は急に顔を覗き込んでくる。
「なぜあなたは髭を生やさないのだ」
「それは、決まっているだろう」
「決まっている? なにが?」
「わが君が……」
言い淀む趙雲に、察しのいい孔明は、ああ、とすまなさそうに相槌を打った。

関羽と張飛がぼうぼうの髭を生やしているのに対し、なぜだか劉備にはほとんど髭がなかった。
まったくないわけではないが、口の周りに申し訳程度に生えている程度なのだ。
劉備はそれをとても気にしているのを、もっとも側に仕えている趙雲は知っている。
そこで、趙雲は自分も髭を生やさないことで、劉備の自尊心を守ることにつとめているのだ。

「つきあいのいいことだ。雲長どのや益徳どのはまったく気を使っていないというのに」
「あの二人に、わが君に悪いと思わないのかと尋ねたことがある」
「よく聞けたな」
「二人がべろんべろんに酔っぱらっているときに聞いたのさ。
そしたら『兄者のぶんまで髭を生やしている』と言うのだ」
「あの二人らしいな。あなたが髭を生やさないことについては、なにか向こうは言ってきたか」
「言ってきた。なので、『軍師も生やしていないだろう』と答えておいた」
「なんだ、最近のはなしなのか。
ちなみに子龍、申し訳ないが、わたしが髭を生やさない理由は、わが君ではないぞ」
「うん?」

意外な答えに、趙雲は目の前の青年軍師をまじまじと見た。
中性的な美貌をほこる青年だけに、まさか、「おのれの美を損ねないため」とか言うのでは。
趙雲が危ぶんでいると、孔明はなぜだか誇らしげに言った。
「わたしは天才だからだ」
「率直に言って意味が分からぬ。天才だと髭を生やさないのか。
すると、宦官のたぐいはみな天才か」
「へりくつを言うものじゃないよ。あなたは史記を読まなかったのか」
「読んだ」
「なら、張子房の容姿についての話はおぼえているだろう。
張子房(張良)の肖像画を見た司馬遷が何と書いていたか?」
「よほどいかつい男かとおもったら、美女とみまごうと容姿だったとかなんとか書いていた」
「それだ」
「どれ」
「察しの悪い。よほど事務仕事で疲れていると見える。
天才軍師というものは、美女のような容姿をしているものなのだ。
わたしはあいにく張子房の絵とやらを見たことがないが、きっと『美女』などと形容されるくらいだから、髭がなかったのだ。そうにちがいない」
「そう思い込んで、髭を生やしていないのか?」
「思い込みとは失礼な。きっとそうに決まっている」
なぜ断言できる、と言いかけて、言葉を呑み込んだ。
口論になりそうな気配があったからだ。

「それともうひとつ。妻が、わたしは髭がないほうがいいと言ったからだ」
「ふん?」
「髭がないほうが、顔立ちの上品さが際立つと褒めてくれたのだよ」
今度はのろけか。
あきれていると、孔明はさらにうれしそうに言った。
「妻が言うに、四十を過ぎたら生やしたらいいとのことだ。
四十になったら、男は顔に陰影が出てくるからというのが妻の言い分だ」
「そうか?」
「というわけで、あなたも四十になったら生やすといいよ。
わたしもあなたも髭がなくても宦官と間違えられることはなさそうだし、わが君への忠誠心を示すことにもなるし、いいのじゃないかな」
なんだか話がうまくまとまってきた。
これ以上、のろけだの自慢だのを聞かされるのは、たとえ孔明の話でも面白くなかったので、
「おまえの言うとおりだろう」
と答えて、話をまとめることにした。

すると、ちょうど孔明の部屋の外から、わざとらしい咳払いが聞こえてきた。
なんだろうと見ると、麋芳である。
「なぜ仕事をほっぽりだして軍師とぺちゃくちゃおしゃべりをしているのかな、子龍よ。
軍師どのも、帰られたのなら、すぐにたまった仕事を片付けられよ。もとは貴殿の仕事だぞ」
おまえも口を動かさずに手を動かして見ろ、と言いたくなったが、ぐっと我慢した。
口周りを水でぬぐったことで、いくらか気分が落ち着いていたのである。
せっかく落ち着いた気分が、またくさくさし始めては面白くない。
孔明は眉をかるくひそめていたが、麋芳と喧嘩をするつもりはないようで、すぐに、
「ちんたらしていて申し訳ない、すぐに仕事を片付けましょう」
と答えていた。


「おまえにしては大人しいな」
趙雲が言うと、孔明は肩をすくめて、答える。
「口論する力を仕事に注ぎたいだけさ。さあ、そろそろ監督官どののいうとおり動こうか。仕事は山ほどあるのだから」
そうして、ふたりは部屋を出て、陳到の待つ部屋へむかう。

廊下をあるきがてら、ちらりととなりの孔明を盗み見る。
すると、向こうもこちらをうかがう顔をしていた。
その気づかわし気な目線を受けて、趙雲はやっと理解した。
孔明が、張子房がどうの、妻がどうのとばかな話をしたのは、趙雲の気持ちをほぐすためだったのだ。
「すまなかったな」
口にすると、ふしぎなもので、ほんとうに申し訳ない気持ちになる。
孔明をして、思わず気を遣わせるほどにひどい顔をしていたのだろう。

すると孔明は、軽く笑いながら、
「状況が状況だから、気にしないでくれ。
しかし子龍、筆には神が宿るぞ。もう筆をいじめないように」
「筆に謝っておく」
「それがいい。さて、叔至はだいじょうぶかな……おやおや、突っ伏して眠っているよ。起こすか寝かせておくべきか、迷うところだな」


孔明の言うとおり、陳到はすっかり音を上げてしまったようで、机の上に器用に突っ伏して居眠りをしてしまっている。
起こそうかと思ったが、孔明はそれを手ぶりで止めて、陳到の受け持っていた分の書類をすべて自分の机に持ってくると、ものすさまじい勢いでさばきはじめた。
魔法、と陳到は言ったが、どちらかというと神業だ。
「子龍、筆に謝ったら、あなたも手を動かしてくれ。
さすがにこれを一人でやるのはきつい」

孔明にうながされ、趙雲もまたふたたび手をうごかしはじめた。
ともに孔明がいる、というのが心強さにつながったのか、その後の作業は楽だった。
起きてきた陳到とともに書類をさばきにさばき、事務仕事は無事にすべて終わらせることができたのだった。




その後、風邪は大流行したうえ、だんだん重症化していって、さいごに麋芳がかかっておさまった。
「なまけ者は許さない。筆の神はすべて見ておられるのだ」
とは、孔明の冗談か本気かわからないことばである。


おしまい


◎ ブログ開設6000日記念作品です(^^♪
みなさんの応援のおかげで、こんなに長く続けられました。
ほんとうに、ありがとうございます!(^^)!

今回、すこしでも楽しんでいただこうと、ひさびさの短編。
のほほんとしたお話をと思い、作ってみました。
気軽に楽しんでいただけたなら幸いです。

これから「奇想三国志 英華伝」は長編の連続になりますが、機会をとらえて、また短編にも挑戦したいと思います。
話がうまく出来上がったら、また読んでやってくださいね!
あらためて、今後ともよろしくお願いいたします!

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ご協力よろしくお願いいたしまーす!

ではでは、次回をおたのしみにー(*^▽^*)


牧知花


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