はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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地這う龍 一章 その9 ふたたびの旅立ち

2023年12月12日 09時55分39秒 | 地這う龍
みんな曹操の大軍に呑み込まれてしまうのか?
趙雲の性格からして、曹操に降伏する真似はすまい。
とすると、待ち受けるのは死か。
生き延びたとして、荊州からどこへ落ち延びるというのだ。
江東か、あるいは士燮《ししょう》の統《す》べる交州《こうしゅう》、そこから抜けて益州へ行くか。
どちらにしろ、苦難の連続となるだろう。


「天下は統一されねばならぬ。それは民族の悲願だ」
狼心《ろうしん》青年の、どこかのんびりとしたことばに、夏侯蘭《かこうらん》は現実に引き戻された。
「だが天下をふたたび一つにするのは、劉氏でなくともかまわんと、わたしは思っている。
曹氏でもかまわん、それで民が安んじるならばな。
だが、ふたたび君臨するであろう者が単なる覇者であるならば、天下の頭となるべきものは、べつに曹公でなくともいいわけだ」
夏侯蘭は、目をぱちくりさせて、狼心青年のことばを聞く。
狼心青年は、唄うようにつづけた。
「それを決めるのは、曹一族ではない。民でもない。われら士大夫だ」
「ま、待て。士大夫に何の権利があって」
「民の代表者であるからさ。無力で無知な民を導くために、われらは刻苦勉励《こっくべんれい》して今の地位を築いたのだ。
暗愚で凶暴な武骨者のせいで、天下は荒れに荒れた。その後始末はわれらがやる。
曹公がわれらを使うのではない、われらが曹公を使うのだ」


夏侯蘭は、あらためて目の前の青年をまじまじと見つめた。
言っていることの意味は分かる。
だが、これが彼個人の、若さに任せたでまかせなのか、それとも曹操を取り巻く士大夫全体の意志なのかは、夏侯蘭には判断することができなかった。
狼心青年が、かれなりに天下を憂《うれ》いているのはまちがいないというのは伝わったが……


「なあ、夏侯蘭どの」
急に親し気な口調になった狼心青年は、夏侯蘭に向き直った。
「ふるさとで落ち着いた暮らしをしているおまえに、このようなことを言うのは酷《こく》だが、おまえはここもう、ここで暮らすことはできぬぞ。
『無名《むみょう》』の劉雅《りゅうが》に居場所を知られたからには、おまえとおまえの一族にわざわいが及ぶ可能性がある」
「なんだと」
「劉雅は執念深い女だと聞く。なにせ、知れば後悔するほど悲惨な過去を持つ女だ。
ちょっとやそっとじゃへこたれぬ。きっとまた、おまえを討ちにやってくるだろう。
そのまえに、おまえはここを去ったほうがよい」
「しかし、どこへ行けというのだ」
「そうさな、とつぜんいわれて、はいそうですかということを聞けるものではないな。
では、頼まれてはくれぬか、曹公の軍に帯同しているわが|朋輩《ほうはい》に、手紙を渡してほしいのだ。その連絡役を頼めないだろうか」
「また荊州へ行けと?」
「路銀はこちらですべて用意する。悪いようにはせん」


考え込んでいる暇はないようであった。
劉雅と呼ばれている、血の涙を流していた女の顔が浮かぶ。
娼妓殺しをたのしんでいた『狗屠《くと》』のために涙を流せる女なのだ。
尋常なこころの持ち主ではあるまい。
自分ひとりならともかく、よくしてくれたふるさとの親族や、慕ってくれた子供たちに劉雅の害が及ぶのは避けたかった。


「わかった。荊州へ行こう」
「そうか、頼まれてくれるか。手紙を渡す相手は、|荀公達《じゅんこうたつ》だ。
おまえも名くらいは知っているだろう」
「知っているもなにも、曹公が『わが子房《しぼう》』と呼ぶほどの名軍師・荀彧《じゅんいく》どのの、甥御ではないか」
狼心青年は、顔を輝かせた。
「おう、さすがに知っておったか。かれの名望の高さには恐れ入る」
「有名人だからな」
夏侯蘭が言うと、狼心青年は、わがことのように嬉しそうな顔をした。


「荊州のかれに手紙を渡したあとは、自由にしてよいぞ。
『無名』の力のおよばぬところへ行くとよい」
どこへとなり、逃げろ、ということだなと思いつつ、夏侯蘭はうなずいた。
「いますぐにでも発《た》つ」
「それがよいであろうな。ちなみに劉雅という女、皇室につながっている女だそうだ。
若く見えるが、もうおまえくらいの年だそうだぞ。
皇室の女が、どうしてあんなふうになったのかは、噂しか知らぬが、聴かないほうが良かろう、心が寒くなる」
そういって、狼心青年は笑いつつ、ふところからすでにしたためてあったらしい手紙を差し出した。
「では、頼む」
「たしかに。して、だれからの手紙と言えばよいだろう」
「おお、そうか、おまえには適当な名前しか名乗っていなかったな。
おまえはよくやってくれたし、いまさらわが名を隠すこともあるまい。
わが名は司馬懿、あざなを仲達。河内《かだい》の出だ」
夏侯蘭は、あらためて、まじまじと目の前の青年を見た。
「なんと、司馬家の八達《はったつ》のおひとりか」


河内の温県の高名な士大夫である司馬防《しばぼう》には八人の、「達」の字をもつ息子がいる。
それぞれがみな優秀だとひろく世間に知られていて、「司馬八達」といえば、たいがいの者に通じた。
「仲達」というからには、司馬防の次男坊なのだろう。


夏侯蘭は、その司馬仲達が、だれによって動いているのか、なんのために動いているのか、だいたいのところをすぐに察した。
『嫦娥《じょうが》が言っていたとおりだ。
曹公の性急なやりように反対している士大夫たちがいる。
この目の前にいる司馬家の仲達もそのひとりなのだ。
おそらく、若いこいつを使っている者が上にいる。
それが潁川《えいせん》の荀一族なのだろう』


曹操の陣営も一枚岩ではないというわけだと、夏侯蘭は頭の中でおもう。
曹操は天下統一のため、『無名』のような凶悪な組織とすら手を組んでいる。
士大夫たちは、その汚いと言えるやり口になじめないのではないか。


夏侯蘭は、曹操を遠目でしか見たことがない。
思ったより小柄だが、異様な熱気に包まれた、火の玉のような男だったことを覚えている。
早口で、動きも俊敏、思いついたことを次々と部下に采配している姿が印象的だった。


天下は誰の手にも負えないほど乱れてしまった。
それを正すためには、非情な手段をとらざるをえないと曹操は思っているのか……
それが是か非かは、夏侯蘭には、すぐにはわからなかった。
だが、そのあおりで、妻を殺された身としては、複雑であった。







その日の午後、夏侯蘭は親族に手短に事情を伝えると、静かに常山真定《じょうざんしんてい》を立ち去った。
子供たちはきっと、がっかりするだろうなと思いつつ。
次にどんな話をしてやるか考えていたのに、無駄になってしまった。
来年の秋祭りには参加すると約束したが、帰ってこられるだろうか。


司馬仲達たちとは途中で分かれ、一路、南の荊州へ向かう。
さいごに、世話になった仲達に、礼を述べようとして夏侯蘭はかれを呼び止めた。
すると、すでに北へ立ち去りかけていた仲達は、なんと背を向けたまま、首だけをくるりとうしろに器用に向かせた。
その奇妙なしぐさに、さすがの夏侯蘭もかけることばを忘れてしまった。
仲達はおどろかれるのに慣れているようで、夏侯蘭にむかってにやっと笑うと、
「おたがい、生きていたなら、また会おう」
といって、今度こそ立ち去った。


『狼、か。狼顧《ろうこ》の相の持ち主であったのか。だからか』
納得しつつ、街道を南へ向かっていくうち、夏侯蘭のあたまに、ちがう考えが浮かび始めていた。
『曹公がなにをしようとしているのか、この目でたしかめてやる。
子龍もそうだが、玉蘭《ぎょくらん》や阿瑯《あろう》たちに、また会えるかもしれない。
そのときは、おれがあいつらを守ってやろう』
決意をかためて、急ぎ、歩を進めた。


つづく


※ 最後まで読んでくださったみなさま、感謝でーす(^^♪
今日はキリの良さを優先して、ちょっと量が多め。
そして、夏侯蘭どののエピソードはいったん終了です。
次回より、新野城のエピソードがはじまります!(^^)!

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ではでは、次回をお楽しみにー(*^▽^*)


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