はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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地這う龍 一章 その10 新野城のいつもの朝

2023年12月13日 10時07分29秒 | 地這う龍



新野城《しんやじょう》の兵たちの朝は早い。
まだ日も暗いうちから食事のよいにおいが兵舎にたちこめる。
それにつられるように兵士たちは起きだし、仲の良い者同士、がやがやとにぎわいながら食堂へ向かっていく。
かれらの楽し気な声と、足音、物音につられ、趙雲もまた、目を覚ました。


明け方に夢を見ていたようだ。
例の老将がいかめしい顔をして、
「おい子龍よ、孔明さまのこと、くれぐれも頼んだぞ。
わしは子供らを長沙《ちょうさ》に連れて行かねばならぬ。
留守のあいだ、きっと孔明さまをお守りしてくれ」
と頼み込んできた。
わかったと答えたような気がする。
夢のなかでは、老将は目にいっぱい涙をたたえて、しおしおと子供らとともに長沙へ旅立っていった。
よほど軍師と別れるのがつらいのだなと同情していたところへ、目が覚めたのだ。


やけに鮮明な夢だった。
老将・黄忠は、二十日ほど前に、やはり樊城《はんじょう》から、子供たちを親元に戻すため、孔明の命を受けて旅立っていた。
現実では、黄忠はめそめそ泣いてなどいなかった。
むしろ、大功をたてた将軍のように誇らしげに、子供たちといっしょに旅立っていったのだ。
積年のうっぷんが晴れて、よほどうれしかったのだろう。
いまごろは、またこちらへ戻ろうとしているころだろうか。


兵舎の一角にしつらえた粗末な部屋が、趙雲の寝起きする場所である。
劉備からは、もっとよい部屋を用意すると言われていたし、じっさいに劉備や孔明のそばの場所もあるのだが、趙雲が希望してここにしてもらっていた。
ここにいると、兵卒たちのこまかい把握がしやすい。
さらに、過度に奥向きのことに気を取られなくてすむので、かえってのんびりできるのだ。
女が苦手というほどではなかったが、生来、あまりがつがつと異性に食らいつくほうではない趙雲としては、気を使わない男どものそばにいたほうが気安いというのもあった。


本来なら起き抜けにすぐ支度して、主騎として孔明や劉備のもとへ馳《は》せ参じる必要がある。
しかし、その朝に限っては、ぐずぐずしていられる理由があった。
昨晩、劉備は孔明や張飛とともに酒盛りをしたのだ。
趙雲も途中まで参加したのだが、次の朝のことをかんがえて退出した。
そのときに、張飛から、
「兄者と軍師の面倒はおれが見るから、おまえは明日はゆっくり寝ているがいい」
と、優しいことを言われた。
孔明は、
「そんなに飲んで、どちらが面倒を見ることになるでしょうね」
などと冗談交《ま》じりの憎まれ口をたたいていた。
とはいえ、たしかに劉備と孔明のそばに張飛がいるなら大丈夫だろうと趙雲は判断し、言葉に甘えることにした。
孔明としては、張飛がいるのは調子が狂うだろう。
劉備と差し向かいの状態で、襄陽《じょうよう》の蔡瑁《さいぼう》を討ち、荊州を取れと説得したかっただろうが。


はだけた衣《ころも》のまま、手近にある鏡におのれの姿を映してみる。
そして、だんだんと、肌から青あざや切り傷のたぐいが消えているのをたしかめた。
襄陽から樊城に至るまでの道のりで、敵に捕らわれ、さんざんに痛めつけられたときの傷だ。
あれから半月が経過し、孔明らの薬の効果もあって、どんどん快方に向かっている。
ありがたいことだと、趙雲は思う。
命があることもありがたいし、傷が残らないこともありがたい。


「子龍さま、お目覚めでございますか」
少年の声が部屋の外からして、趙雲はあわてて衣をととのえた。
「おう、起きたぞ」
応《こた》えると、入ってよろしいでしょうかと確認をとってくる。
これにも、いいぞと答えると、外から手桶《ておけ》に水を汲んでもってきた、張著《ちょうちょ》少年がいそいそと入って来た。
「おはようございます、子龍さま。今日もお髪《ぐし》をととのえさせていただきます」
「うむ、いつもすまぬな」
謝辞をのべると、張著はおさなさの残る顔をぱっと輝かせた。


張著は壺中《こちゅう》によって訓練されていた少年である。
さいわいにも、前線に派遣されるまえに趙雲に救われたひとりだ。
厳しい鍛錬をつまされつつも、まだ心は荒《すさ》んでいなかった。
壺中の好みらしく、色白で線が細く、柔和な顔立ちをしている。


「お礼を言われると、照れてしまいます」
などと言いつつ、張著は趙雲の髪を器用に結い始めた。
人の世話をするのが好きなようだなと、趙雲は鼻歌でも唄いだしそうなその様子を見て感心する。
かれのいた壺中は、よほど人から礼を言われることがすくなかったのだろう。
それに張著自身、感受性の強い性格らしく、こころのありさまが顔に出やすいようであった。


張著をはじめ、攫《さら》われたり、だまされて壺中に入れられた子供たちは、壺中の壊滅後、それぞれが故郷をめざすことになった。
ところが、張著と、趙雲が囚われていたときに世話をしてくれた少女・孫軟児《そんなんじ》は、親が見つからなかった。
そこで、このふたりのほか、すでに親戚と連絡がつかなくなっていたり、親元にかえしても、別のところに売られる危険のあったりする子供たちに関しては、新野城で孔明たちがじかに面倒をみることとなった。
一方で、張著の仲間だった治平《じへい》はぶじに母親のもとへ戻り、長沙に実家がある子玲《しれい》少年たちは、土地勘があるという黄忠につれられて、長沙に向かっていったのだ。
黄忠の夢を見たのは、かれらが無事かどうか、趙雲が気にしているからにほかならない。


また、壺中に騙されたり、脅されたりして、樊城にあつまっていた豪族たちは、それぞれがまた、それぞれの所領に戻っていった。
ある者は、自分たちを窮地から救ってくれたことに感謝し、劉備に忠誠を誓うと言った。
別な者は、騙されたというその一点ばかり気にし、挨拶もそこそこに消えた。
人それぞれだなと、趙雲は思う。
こういうときに、礼を失する人間にはなりたくないものだ。


「張著、そろそろ朝も冷えてくるころだから、俺が起きるのを待っていなくて良いぞ」
鏡の前で髪を丁寧に結っている張著に、趙雲は声をかけた。
しかし張著は、とんでもないというふうに首を振る。
「せっかくのお役目なのですから、けんめいに勤めさせていただきます」
「たしかにおまえを従者にしたのは俺だが、かといって、みなが起きる前からおまえは目を覚ましているというではないか。それはやりすぎだ」
「ご迷惑だったでしょうか」
しょんぼりとして、張著は櫛《くし》を持つ手を止めてしまった。
よくよく見れば、うるうると目が潤《うる》み始めているではないか。
趙雲はあわてて付け加える。
「そうではない。ここはもう壺中ではないのだ。
おまえはもっと自由にしてよいという話だ。
それに寝る子は育つという。俺はおまえにはもっと大きくなってほしいからな。
よく寝て、よく食べて、それから俺に仕えてくれればいい。わかるか?」
張著は素直なところをみせて、目をひらき、大きくうなずいた。
「はい。それでは、もうすこし朝は眠らせていただきます」
「そうしてくれ」
張著はそのあと、にこにこと嬉しそうにしながら、みごとに趙雲の髪を結いあげた。


つづく

※ 最後までお付き合いくださったみなさま、ありがとうございました(^^♪
書き直し前よりも、だいぶ文章に手を入れました。内容もふくらませています。
読みごたえがあるものになっているといいのですが……

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ではでは、また明日もお楽しみにー(*^▽^*)


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