はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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地這う龍 五章 その5 孔明の不安

2024年02月17日 09時47分45秒 | 地這う龍
そういえば、劉琦の愛妾を助けに行った胡済《こさい》の姿が、まだ見えない。
気になって、孔明は涙ぐんでいる伊籍《いせき》にたずねる。
「胡偉度《こいど》を見かけませんでしたか」
「ああ、あれなら、桃姫《とうき》の監禁されている部屋に行ったようです」
「戻ってくるのが遅すぎます、なにかあったのかもしれない。
その部屋に案内していただけませぬか」
孔明が言うと、それまで喜びの笑みを浮かべていた伊籍が、ふっと表情を暗くした。
「いけませぬな、偉度は、桃姫を恨んでおりますゆえ」
「恨む? なぜです」


一瞬、桃姫を胡済も気に入っていて、なのに劉琦のものになってしまった、それで恨んでいる、という空想がよぎったが、つぎの伊籍のことばは、思いもかけないものだった。
「偉度は桃姫さえいなければ、劉公子の名誉は汚されなかったはずだと言っておりました。
あれは過激なところがありますから、おかしなマネをしていないといいのですが」
「急いで桃姫のところへ案内してください、偉度を追いかけましょう!」


孔明が顔色を変えたのを見て、髭だらけの顔をした伊籍も事態の重さがわかったのだろう。
すぐさま孔明を連れて江夏城の奥の奥へ、孔明を案内した。
たどり着いた部屋は、使用人たちの住まう部屋の一角にあった。
元お針子だったという桃姫は、鄧幹《とうかん》に粗略に扱われていたようである。


見れば、入口にいた見張りたちはすでに倒されている。
殺したのかと思い、脈を診ると、まだ生きていた。
胡済は器用にかれらを気絶させただけですませたらしい。


「偉度、いるか?」
呼びかけつつ、おそるおそる中を見ると、部屋の片隅に娘がひとり壁にもたれるようにして気絶していた。
そのかたわらに、胡済が背中を向ける格好で立っている。
胡済の握る長剣の切っ先が、桃姫らしき娘の首筋にぴたりとあてられているのが見えた。
馬鹿な真似をするな、と叱ろうとした次の瞬間、胡済は、剣を鞘にしまうと、唖然としている孔明と伊籍を振り返った。
「桃姫は救出いたしました」
しれっと胡済は答える。


孔明の後ろに隠れるようにしていた伊籍が、声をわななかせて言った。
「い、偉度、おまえはいま、なにをしようとしていたのだ」
「べつになにも? 軍師、申し訳ありませぬが、この娘に気付け薬を分けてやってください。
気絶してしまっているようなので」
言いつつ、胡済は小憎らしくも鼻歌なぞを唄いながら、孔明のわきを通り抜けていった。
その小柄な背中を目で追いかけつつ、孔明は、この子はわれらがやってこなかったら、ほんとうに桃姫を殺してしまったのではないかと感じていた。
『まだ壺中の習性がなおっておらぬのか。
この子はだれかが手元に置いて、しっかりと再教育してやらねば、いずれ道を踏み外すかもしれない』
ちらっと隣の伊籍を見るが、胡済の様子にびっくりしてしまっていて、言葉を失くしているだけで、叱ってやろうという気概はなさそうだ。
ましてや、劉琦には力はない。
『困ったことだ』
苦りつつ、孔明は気絶した桃姫を助けるため、部屋の片隅へ向かった。





鄧幹はたしかに悪党だが、だれひとり殺していないということで、身ぐるみをはいだうえで、江夏から追放ということになった。
関羽たちは、
「奸臣は早く始末しないとだめだ」
と処刑を主張したのだが、肝心の劉琦が、
「われらは血を見ていないのですから」
といって、それをとどめた。
その優しい主張に鄧幹も感じ入るところがあったらしく、江夏城の門からたたき出された後、劉琦のいるだろう場所に向かって、深く一礼してから去っていった。


それからはとんとんと準備がすすみ、劉備救出のための船団を、江夏の南、夏口《かこう》から出すことになった。
劉琦の代理で伊籍が鎧をまとい、一万の兵とともに船に乗り込んだ。
関羽と孔明、それから孫乾《そんけん》と胡済も同乗する。
「しかし軍師、われらは漢水のどこへ上陸すればよいのだろうか」
関羽の問いはもっともで、孔明もずばり、どこ、と指摘できないのだった。


困っていると、ちょうどいいときに、劉備の使者と名乗る若者が夏口に到着した。
その上から下までぼろぼろの格好が、劉備たちの苦境をよくあらわしていた。
使者は、長坂にて曹操軍に追いつかれたこと、命からがら劉備とわずかな手勢が生き残ったこと、そして、その手勢は執拗な曹操の追跡をかわしつつ、漢津《かんしん》に向かっていることを知らせてくれた。
関羽や孫乾らは、劉備が無事だと聞くと、涙を流して喜んだ。
孔明もおなじく安堵したひとりだが、無事だった人々のなかに趙雲がいると聞くと、これまた力が抜けるかと思うほどにほっとした。
律儀な男である。
劉備を守りきり、自分も約束を守って生き残ったのだ。


「よしっ」
孔明は誰に言うともなく言って気合を入れると、諸将に下知した。
「漢津まで急ごう。曹操の兵はこうしているあいだにも、わが君を悩ませているかもしれぬ。
われらがお救いするのだ!」
おうっ、と一同が元気に応じた。


帆をおおきく広げて船が漕ぎだされる。
孔明も関羽も、劉備が心配で言葉少ないでいる。
おもったより江夏で時間をとられた。
劉備は無事だということが救いだが、いつまで持つかはわからない。
進む船に揺られながら、孔明は切なく、かれらのひとりひとりの無事を祈るほかなかった。




つづく


※ いつも閲覧してくださっているみなさま、ありがとうございます!(^^)!
おかげさまで「地這う龍」も終盤。
ほぼ三か月にわたり連載ができたのも、みなさまの応援があってこそのことです!
って、お礼はまた、連載が終わってからあらためてしたほうがいいですね。
続編の赤壁編も、急ピッチで制作中です。
いろいろ細かい点で調整をする必要があり、頭をフル回転させています。
ぎりぎりまで「毎日更新」をあきらめませんよー、がんばります!

ではでは、次回をおたのしみにー(*^▽^*)


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