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三本脚で立つ~思考の経路

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BABYMETAL探究(「Kawaii」という「極み」考④)

2017-03-12 01:14:17 | babymetal
WOWOWの東京ドーム公演再放送を見ながら今回の記事を書きはじめているのだが、
いや、ホント、こんな(とりわけメタル好きのオッサンにとって)楽しいショーはない。

「ありえない」レベルの、至上・至高のエンターテインメント・ショウ、だ。

激しく・美しく・カワイく・かっこいい。
何度観ても、大の大人が、思わずニヤケてしまいながら、涙ぐんでしまう。

耳で聴いて、
目で観て、
(ライヴ会場では)汗だくの身体全体で感じて、
「最高級」の充実感を与えてくれる。
そんな、「極み」の「凄み」を放射するライヴだ。

ときどき、まとめサイトとかで、2017年初春のBABYMETALの現状の活動に不平不満を唱える書き込み
(「ファンをないがしろにしている」とか「Tシャツ屋」とか)
を目にするが、僕は、とてもとてもそんな風には思うことができない。
「盲目的なファンの無批判的な肯定が、BABYMETALの向上を損なっている」
なんて趣旨の書き込みも目にしたことがあるけれど、何を言っているんだろう?という感じである。

SU-METAL、YUIMETAL、MOAMETAL、という(運命・絆で繫がれた)天才美少女3人が、
よりにもよってヘヴィ・メタル(を軸とする)激しく・重く・鋭い音楽を、
神バンドなる世界レヴェルの技巧を駆使する奏者たちをバック・バンドにしながら、
カワイく・カッコよく・楽しく・美しく、歌い・踊る。

こんなもの、もう2度と、絶対に出て来るはずがない。
そんなとんでもなく「ありえない」ものに、僕(たち)はいま遭遇している、のである。

しかも、本気で「世界征服」(その焦点は、当然「米国制覇」だ)を目指している(ようだ)。

これは、とんでもなく高い高い壁だ。
(映画『We are X』も観たが、いかに「言葉の壁」が高いものなのか、改めて認識した。
ある意味、Toshiの洗脳も、そこ(「言葉の壁」)に端を発しているし、
さらに、ひょっとしたらHideの死も、その延長線上に発生した事態なのかもしれない。
国内活動で「満足」できていれば、Xjapanをめぐる数々の悲劇もなかったのかもしれない。
でも、それで「満足」できないのが、Yoshikiの「業」なのだろうが・・・)

さすがに、BABYMETALの「盲目的なファン」の一人である僕にとっても、
(例えば、「ビルボード1位」に象徴されるような)「世界征服」「米国制覇」なんて、(今のところ)夢物語でしかない。
でも、「ひょっとしたら、ひょっとして・・・」とも思ってしまうのだ。
そんな期待を抱かせるのがBABYMETALの「実力」であり「実績」なのだ。

こんな、ありえない「実話=伝説」がリアルタイムで進行中なのである。
これに、文句をつけるって・・・、本当に、さっぱりわからない(あくまでも個人の感想です)。

そんなBABYMETALの活動を、ワクワク・ドキドキ・ハラハラしながら見守っている(米国でのアニメ化、もあるし)
それが、2017年3月時点でのBABYMETALファンの「まとも」な心情であるはずで、
こんな「贅沢な活動」に文句をつける、なんて、どれだけ欲どおしいんだ、と思ってしまうのだ。(あくまでも、個人の感想です)。

ベビメタ黒Tシャツも、いつのまにか30枚ほど所有するようになってしまったが、
普段着として(さすがに職場には「まだ」着ていっていないが)、”休日には必ず”着るようにしている。
(あ、パーカーやコーチジャケットは、普通に、職場にも着て行っている)。
気分やコーディネイトの具合によってあれを着たりこれを着たりと、いろいろと楽しんでいるので、
先日のメタリカT、ガンズTも(娘の分の「FOX AND ROSE」TEEを含めて)「どうせ、買えないだろうな~」なんて覚悟しながら、
幸い、5枚購入できた(2枚は、すでに持っているのと柄が被るので、今回購入しなかった。なんて・・・何という贅沢!!)。

もしも、僕の購入が、BABYMETALの「世界征服」のための礎(資金)の、ささやかな一部になるのならば、
まさにWin&Winだ。

4月の、「LIVE AT TOKYO DOME」 WORLD PREMIERE には、仕事で日程が合わずに参加できないが、
翌日、なんばでのFILM FES TOURの初日、LEGEND "I"、LEGEND "D"、 LEGEND "Z"には、
行く時間があるので、THE ONE 先行を申し込んでみた。

もちろん(このブログでも度々触れているが)、『Legend I,D,Z』のブルーレイは、2014年9月に購入し、
以来、数えきれないくらい視聴しているが、
映画館の大画面で観る、というのも(一度は経験してみたい)楽しみだし、
たぶん、
『Legend I』のアンコール、初代神バンドの降臨(「ヘドバンギャー!」の凶悪な生ドラム!)とか、
『Legend D』の「Over the Future」とか、
『Legend Z』の冒頭、ナウシカ・レクイエムからの「イジメ、ダメ、ゼッタイ」とか、
映画館の大画面で観ると、また泣いてしまうのではないか、と思っている。

会場でのグッズ、特に「メンバーコメントで軌跡を辿る〝オリジナル・パンフレット〟」は、ぜひぜひ入手したいし。

もちろん、国内ライヴがあれば嬉しいのは当たり前だが、
4月1日には、東京ドーム公演の映像盤、音盤、も手に入るのだ、
何とも楽しみだらけ、ではないか。

だから、いまの実感としては、文句を垂れるどころが、
「ありがたや~!」
の一語、なのである。
もったいない~!という感情も混じっている)。

あと、率直に言って、
「健康に気をつけて、できるだけ長生きしたい」、という切なる願いもある。
30代~40代はじめまでには、全く感じなかったのだけれど、40歳の後半になるとまずは、老眼からはじまり、
いろんなところにガタがきて、明らかに人生の残り時間はそんなに長くもないのだな、ということを考えさせられるのだ。

いや、ほんと、5年後、10年後、BABYMETALはどうなっているのだろうか、
(自分の娘たちの将来も期待・不安だらけだが、それ以上に)
何とかBABYMETALの「世界征服」を見届けたい
という切なる願いを抱いている。

たぶん、あと10年間は、僕も(それなりに)元気だろう(希望的観測)だから、
BABYMETALの「奇跡」を目撃・体験できるのではないか、と思っているのだ。

って、こんな期待が持てるなんて、ほんとうに「贅沢」の極みである。

先日来、映画『Bis誕生の詩』『Sis消滅の詩』、および、DVD『完全版 Bisキャノンボール』、
(これは昨年だが)DVD『はじめてのももクロ 完全版』
などを観てみた。

BABYMETALの「凄み」が何なのか、
「アイドル」という方向から考えてみたい、と思ったからである。

「アイドル」と言う言葉の定義はいろいろあろうが、
2010年代の「アイドル」の享受の仕方とは、
女の子達がひたむきに歌って踊る、そのことに対する「萌え」「感動」を主成分とする
ということは共通しているはずだ。
偶像的な恋人への憧れ(山口百恵とか)ではなく、「がんばっている娘を応援する」熱意によく似た心情。

という点から考えると、
BABYMETALが僕(たち)にもたらす(大きな)感動の主成分(のひとつ)が
「アイドル」的なものであること
これは、間違いない。

そういう意味では、「BABYMETALはアイドルだ」、と言うべきなのだ、今でも、やはり。

ただし、BABYMETALは、その”超絶的な可愛さ・カッコよさ”の「極み」「凄み」が「異常」である。

これは、他の「アイドル」と見比べると、つくづくそう思う。

というか、むしろ、
2010年代のアイドルの、
<女の子達がひたむきに歌って踊る、そのことに対する「萌え」「感動」>
を与えるためには、決して超絶的な才能は必要ないのである。
というか、むしろ邪魔なのである。

特に才能もない、普通の女の子(もちろん、何らかの「魅力」は潜在的に備えているのだろうが)が、
がんばって、パフォーマンスの質をあげていく。
活動の規模を大きくしていく。
メディアへの露出度を高めていく。
ファンを増やしてゆく。

それを熱心に見守り、ライヴでは一体化して大騒ぎする。

2010年代のアイドルの典型が、ももクロだろうが、
DVDで初期の映像を見ると、びっくりするくらい歌も踊りもヘタ、なのだ。

ところが、そんな彼女たちが、オリコン・チャートで上位に入ったり、
次々と大きな会場を満員にしたり、
結成当時の目標であった「紅白出場」という「夢」物語を、
現実のものにしてゆく。
その(「太閤記」のような)「成り上がり」のドラマは、BABYMETAL以上である。
Bisも、解散コンサートは、横浜アリーナを満員にしていた。

実際に映像で観てみた、ももクロやBis等には、
「ジャイ子」や「岡本太郎」を彷彿させるビジュアルの娘さえいた。
もちろん、あえて、そういう娘をメンバーに入れているのだ。

”普通に可愛らしい(いかにもアイドル的な)女の子”のみのグループでは「個性」に欠ける。
むしろ、「冴えない女の子達が、一所懸命にがんばる」のを「応援」する、
というのが、2010年代の「アイドル」を楽しむ醍醐味・たしなみ、なのだ。

BABYMETALにも、そういう要素(少女たちの懸命な頑張り)はあるのだが、
ただ、彼女達はその美しさにおいて「極み」の「凄み」を具現しているのだ。

それは、単に「程度の違い」ではなく、
もう根本的に「質の違い」「異次元」なものになっている。

BABYMETALの中で、そうした「アイドル」成分を最も体現しているのは、
MOAMETALだろう。
それは、「アイドル」志望であった彼女自身の「本懐」なのだろうが、
にしても、彼女の美貌、表情、歌、ダンス、インタビュアーとのやりとり、等のチャーミングさは、
「アイドル」として「異次元」のレベルにある。

そして、YUIMETALだ。

冒頭に書いた、BABYMETALの「ありえなさ」、
その権化が、YUIMETALだ。

BABYMETALって、結局は、YUIMETALなんだよな。

これは「真実」だろう。

ただし、
BABYMETALって、結局は、SU-METALなんだよな。
これは、もう、言わずもがなの「大前提」だし、

BABYMETALって、結局は、MOAMETALなんだよな。
これも、「事実の核心」だ。

まあ、その中で、YUIMETALの「ありえなさ」こそが、
BABYMETALの底なし沼のような魅力の「深み」
中心である、と思うのだ。

『RED NIGHT 2016』での、
「KARATE」でYUIMETALの感極まった泣き顔は、
観る度に、こちらをも涙ぐませるのだが、
なぜ、「KARATE」まで来てここで泣くのか?というのが、不思議、でもある。
だからこそ、こちらの胸が衝かれてしまうのだ。
まさに「ユイ・ラグ」の真骨頂発揮である。

(あ、そうそう、余談をひとつ。WOWOWの映像にはなかったが、「RoR」の出だしのイントロで、MOAMETALの目じりから頬にすーっと涙が一筋流れる絵を、当日目にした気がするのだが、あの崇高な絵姿は、ブルーレイの方には映ってはいないだろうか?)

で、『RED NIGHT 2016』で、
何度観ても鳥肌が立つのが、
「Tales of the Destinies」でのYUIMETALの「手刀繰り出し」である。
「ダメじゃない、ダメじゃない・・・夢じゃない、夢じゃない・・・」の後、
左足でリズムを刻みながら、右斜め上方に「手刀」を何度も繰り出すのだが、
そのメタルなカッコよさ、は、
もう言葉を失う。

メタル・ダンス、とは、これ、だ。

いや、本当に、中3の秋の夜に、渋谷陽一のNHK-FM番組で出会った、Michael Schenker Group の「Into the Arena」の衝撃に匹敵する、メタルなカッコよさ、である。

YUIMETALの恐ろしさ(「極み」の「凄み」)が、ここにある。

神秘的な美貌、性格をもちながら、
ヘヴィ・メタルの「鋭いカッコよさ」を具現化するキレッキレの舞踊を繰り出す、
その存在のありようの「深み」。

「謎」めいてるよなあ、YUIMETALは。
「深い」よなあ、YUIMETALって。


『BLACK NIGHT2016』では、オープニングの「BABYMETAL DEATH」。
これも、何度観ても、鳥肌が立つ。

どこかのまとめサイトで目にしたのだが、初めてこの放送で”噂のBABYMETAL”なるものを観た女性の、
「メンバーが十字架に磔になって出てきて、DEATH!DEATH!とい連呼しているのを目にして、こんなものがウケているんだとおぞましい思いでテレビを消した」
という趣旨のツイッターの文言が紹介されていた。

たいへん不幸な出会いだったですね、としか言いようがない。

SU-METALはともかく、YUIMETAL、MOAMETALが十字架の磔になって登場なんて、BABYMETALのキャリア上はじめてであり、
「BABYMETALの集大成としてのお祭りの演出」(大意)というKOBAMETALの東京ドーム公演における「遊び心」は、
ファンを大狂喜させたであろう(僕ももしその場にいたら、卒倒するほどの衝撃を受けたであろう)のだから。

で、その、「BABYMETAL DEATH」の冒頭、磔で登場した後、「動く魔方陣」に乗って3人が花道の端からステージ中央に向かって移動するのだが、
その際の、「DEATH!DEATH!DEATH!DEATH! SU-METAL DEATH!」の後、
「DEATH!DEATH!DEATH!DEATH!」に続くYUIMETALの所作、
くるっと一回転して、「YUIMETAL DEATH!」のキメポーズをする、その一連の動きのかっこよさよ!
これ、悶絶ものである。

これ、2014年新春キツネ祭りの「イジメ、ダメ、ゼッタイ」での、
間奏のバトルにおける「MOAMETAL飛び越え」に匹敵する、YUIMETALの神がかった格好良さ、だと思うのだ。

「GJ!」等の振り付けを観ると、YUIMETALの動きは(MOAMETALと比べると)後ノリというか、じっくりタメてから素早くキメる、という動きが本来のスタイルだと思う(このへんの2人の微妙な差は、例えばK.K.ダウニングとグレン・ティプトンのツイン・リードを思わせる)のだが、
このBLACK NIGHTの「BABYMETAL DEATH」の冒頭部の「YUIMETAL DEATH!」のキメ方は、
逆に、やや早めに始動してきちんとクルッと回るのを観客に見せたうえで、
しっかり間をとって「YUIMETAL DEATH!」とキメる、という「優雅」かつ「カッコイイ」ものだ。

カメラアングルの差もあるから一概に言えないが、SU-METAL、MOAMETALが、ただ回る(向きを変える)だけなのに対し、
YUIMETALは向きを変える動作そのものが、美しい「舞」でありうるようにダンスしているように見えるのだ。

もちろんSU-METALやMOAMETALをディスっているのではない(とんでもない。そんなことを「盲目的なファン」である僕がするはずがないし、するつもりなど全くない)。
ただただ、YUIMETALのここでの回転が、ヘヴィ・メタルの「演」奏として「魅せる舞」になっていることに鳥肌を立てた、という話である。

これが、BABYMETALの「極み」=「凄み」だ。

こうしたことを、(ある時はSU-METALの歌や舞踊に、またある時はMOAMETALの笑顔やチャーミングな所作に)何度も感じながら、BABYMETALを体験してきたのだ、僕は。
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