ケルベロスの基地

三本脚で立つ~思考の経路

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

BABYMETAL探究(番外編:あの”魔曲”も誕生日DEATH!)

2016-06-20 23:22:18 | babymetal
今日はYUIMETALの誕生日だが、だからというわけでもなく、カラオケ(ジャンカラ)に行き、ライヴダムで、BABYMETALの楽曲を中心にはじけてきた。
眼目は、何といっても「ヤバッ!」の公式映像の視聴である。

考えてみれば、この”魔曲”「ヤバッ!」が僕たちのところに降臨したのが、昨年の6月21日、幕張メッセの巨大天下一メタル武道会だから、ちょうど1年前である。
いわば、6月20日のYUIMETAL誕生日に続き、6月21日は「ヤバッ!」の誕生日でもある、のだ。

異形の子、鬼っ子。

一般にそんな認識はなされていないのかもないのかもしれないが、僕は「ヤバッ!」には初遭遇以来ずっとそんな印象をもちつづけ、だからこそ個人的には、たいへん依怙贔屓な心情を抱いているのだ(昨年の初遭遇後にも、ここにこの”新たな調べ”についての熱い思いをここに書き綴ったこともある)。

生まれて初めてのBABYMETALのライヴで遭遇できた「新たな調べ」という天からの贈り物であり、しかも誰も予想もしなかった「スカ・メタル」であり、呪文のような歌詞、そして、ゴーレムか仏像かをも思わせるキテレツな振り付けは、まさに「なんじゃこりゃ?」の衝撃であった(会場中ポカーンであった)。

この曲は、まさにBABYMETALの(代表曲ではないかもしれないが)”らしさ”を体現する究極の1曲だ、と思っているのだ。

そう、この「ヤバッ!」のいわば狂気に満ちた「なんじゃこりゃ?」奇妙奇天烈・摩訶不思議感こそ、BABYMETALの魅力の本質なのだ、と。
(だから、こうした”狂気”を体験していない人の、BABYMETALへの評言(成功したのはなぜか?等の語り)は、全く無意味・無価値なものだと思っている。実際、そうだ)。

さらに、初登場の後の変容ぶり(迷走ぶり?)も、「ヤバッ!」は他のBABYMETALの楽曲に比べて、際立っていた。
BABYMETALのレパートリーのなかでも、とびぬけた異形の楽曲、なのである。

僕自身、6月の幕張での初遭遇、8月の新木場での黒ミサⅡ、12月の横アリ、と、3回ライヴでこの楽曲を体験したが、その度に、かなり大きくアレンジが変わっていて、また、その度に、どこでどのようにノればよいのか観客として戸惑う楽曲でありつづけた。

とりわけ、Aメロの「スカ」の部分のノリ方は、いまだによくわかっていない
最新のアレンジでは、極端に楽器音もシンプルになったから、この「ヌケ」感は、他の楽曲とは全く異質だ。メタルのノリ方でもない、アイドル楽曲の合いの手でもない、というのが何とも微妙なのだ。

9月の東京ドームでも、(1stの楽曲群、会場中の一糸乱れぬノリ方が固定化・浸透・定着したものとは異なる)”微妙な”ノリ方になるのだろうか。
(そのうちに、この曲も、はじめから終わりまでしっかりみんなでノル、そんな楽曲になるのだろうか?そんなふうにはとても思えないのだが・・・。つまり、いつまでも「微妙」な曲であり続けるのではないか?)

鬼っ子、と書いたのは、そうした印象があるからだ。

そして、だからこそ、いまや代表曲となった「KARATE」等に比べると、判官贔屓・できの悪い子供ほどかわいい、という心情にも似た、とても強い個人的な思い入れを持っているのだ。(「できの悪い」というのは言い過ぎだが、BABYMETALの楽曲群のなかでは、「異端」に位置する、代表曲というよりは癖の強い一曲、であることは間違いないだろう)。

だからこそひときわ愛しい、そんな1曲なのである。

そんな中、「あわだまフィーバー」とともに「ヤバッ!」がライブダムの「まま音」で配信される、という知らせは、まさに”恩寵”とも言うべきものであった。

2ndアルバムからは、「Road of Resistance」に続き、2曲目、3曲目であり、あの「KARATE」にも先んじて、なのだから!
(僕は、別に「KARATE」が嫌いなわけではない。ただ、12月に登場してあっという間に堂々たる代表曲になった「karate」に対して、いわば”抜かされて”しまったお姉ちゃん「ヤバッ!」には、特別な思い入れがあるのだ)

で、
ライヴダムの映像は、やはりすばらしいものであった。
「ヤバッ!」派のおっさんとしては、ジーンと目がうるんでしまった
いやあ、やはりBABYMETALは凄い!鳥肌を立てながらそう再確認した

イントロのフィル・インに合わせて顔の横の両手を細かく刻み、一瞬静止する、その「間」の緊張感。
その後の爆発的な「スカ・メタル」の疾走。

昨年12月の横アリでの映像だから、初披露とはかなり演奏も変わっているのだろうが、3人+神バンド(+観客席)の「演」奏は、重厚でありながら溌剌とした、というBABYMETALの神々しい魅力を発散し続けている。

3人の、とりわけYUIMETALの表情は、妖艶、といってもよいものだ。これは、「ちがう」という歌詞の表現として、他の楽曲以上に”悩ましい”顔を表出しているからでもあるのだろう。

・・・にしても、撮り直しなどできないライヴでの映像の、どの一瞬の表情とも3人とも実に美しく、凛々しい。(これに慣れてしまうと、他のバンドは、いくら演奏や歌が凄くても、物足りなくなってしまうのだ・・・。)もう、存在そのものがプロフェッショナルなのだ。
神に選ばれた3人、という設定が、そのままリアルなものとして顕現している。

どの瞬間も、実に実に実に楽しい。

「ち~がうでしょ!」で腕をつきだして止まる振りでは、MOAMETALの方頬をふくらませた変顔(かな?)も見られる。

そして、いつもながら、スタジオ盤をはるかに超えたライヴ映像のこのグルーヴ感よ!

絵としても、神バンドの動き、とりわけ青山神、BOH神(位置的にこの2人が中央部にいるから3姫の動きとシンクロして見えやすい)とのバンドとしての一体感よ!(大村神は、赤いVシェイプを奏でている)。

こうしてちゃんとした映像を観てあらためて思うのは、
この楽曲は(この楽曲も)、
SU-METALの”この”歌声、
YUI・MOAの”この”キレキレの動き、
そして3人の”この”表情
だからこそ、
感動的な楽曲・パフォーマンスとなっている、ということだ。

だって、これ、コミック・ソングの成分も実に実に大量に含んでいるもの。
(その含有率は、BABYMETALの楽曲中最大、ではないか?)
それが、コミック・ソングどころか、超絶的にカッコよく・カワイイ至高の楽曲となっている。
それが、「この3人だからBABYMETALだ」ということの凄みなのだ。

しかし、考えてみれば、「BABYMETAL DEATH」にしても、「メギツネ」にしても、「ギミチョコ!!」はもちろん、「ヘドバンギャー!!」も「イジメ、ダメ、ゼッタイ」も、BABYMETALの楽曲は、ある意味すべてコミック・ソング成分を多分に含んでいる。(例外は、SU-METALのソロ曲群だ。ただし、「Amore~蒼星」の歌詞は別。これはまたここで考察するつもりだ)

先日、あるガールズ・バンド(ユニット)のCDを買った。BABYMETAL経由でネット上の動画を何本か観て、「わお、演奏上手い、歌上手い、曲かっこいい。こりゃ凄い!」となり、すぐにAmazonで注文したのだが、アルバムを数回通して聴いて、すでに飽きはじめてしまった自分がいる。

カッコイイ歌詞ののったカッコイイ曲を、カッコイイ歌い方で、カッコイイ演奏で、かっこよく始まり、楽器のソロとかもあり、かっこよく終わる。
その物足りなさよ・・・。

BABYMETALを体験してしまうと、そんな風に感じてしまう。
(だから、今までのバンド(ユニット)で、”BABYMETALの「なんじゃ、こりゃ!」の魅力”に多少なりとも迫ったのは、やはりLADYBABYだったのだ。
しかし、LADYBABYには、BABYMETALがどの曲でも見せている、「いわばコミックソングが、その至高のパフォーマンスによって超絶的にカッコよく・カワイイ楽曲へと化している」というマジックは見られなかった。コミック・ソングがコミック・ソングのままで楽しくパフォーマンスされていた。)

ヤバッ!」とは、まさにそんな”BABYMETALのマジック”を堪能できる、究極の一曲だ。

「いわばコミック・ソング」を、美少女3人が汗を飛び散らせながら、その「生身」を精一杯使って、楽器隊の音を増幅しある時にはカウンターメロディーのように複雑に絡みながら、具現化する、舞踊による「演」奏。
改めて、唯一無二、だと痛感した。
いやあ、これは楽しい!なんて楽しいんだ!

家では、ここまで大音量では再生できないので、カラオケで神バンドの演奏をずんずん腹に響くまで味わうのは、BABYMETALのヘヴィメタル面を改めて堪能できる楽しさがある。
「ヤバッ!」のAメロ部分のスカと、Bメロ・サビ・ブレイクダウンのところの凶悪なメタルサウンドとの強烈な対比は、スタジオ盤をイヤフォンで楽しんでいるいつもの視聴とは異なる次元の高みを体験できる。

いわゆる「1番」の後の、3人の「ピッポパッポ・ピッポパッポピー」のところの振りは、3人のユニゾンではあるが、その身のこなし方は3人それぞれ微妙に異なる。
それぞれの「らしさ」を味わうことができる。

精確な美しさのキレキレのYUIMETAL。
ハートフル・ダイナミックなMOAMETAL。
豪快・奔放なぶるんぶるんのSU-METAL。

これは例えば、ジューダス・プリーストのグレン・ティプトンとK.K.ダウニングの奏でるトーンの違いを味わいわける、ようなもので、映像を繰り返し観れば観るほど、その絶妙な動きの個性のブレンド具合を味わうことができるようになる、そんな気がする。

にしても、なんじゃ!?この歌詞は。
”歌詞に頼らない楽曲”というか、”洋楽の歌詞”というか。
「ギミチョコ!!」もまさにそうだが、BABYMETALの歌詞は、その楽曲世界を構成するマテリアルの一つであり、「ヤバッ!」も、この歌詞だからこその世界観をふりまきつつ、オノマトペ・呪文として働いている。(SU-METALのソロ曲は、もう少し「詞」が「歌詞」としてのオーソドックスな働きをしている。)

一個一個の単語の意味はわかるが、曲全体を通して、これほど抽象的な歌詞というのも、実に珍しいのではないか。

「違う」「気になっちゃった」ということをひたすら歌っているのだが、結局「違う」のか「違わない」のかも判然としない。
ピッポパッポピー、なのだ。

BABYMETALの歌詞の”自己言及性”にあてはめれば、BABYMETAL自身のことを歌っている、ということになり、それで一応辻褄は合うような気もするのだが、そうした具体的な事象に結びつかない、「摩訶不思議な浮遊感」こそが、この楽曲の世界観なのだろう。

ジャンカラには、フリータイムで入ったので、時々は歌ったり(昭和の歌謡曲、メタル、そしてもちろんBABYMETAL)、映像を流しつつ持ち込んだ仕事をしたりしながら、結局、計20回以上「ヤバッ!」を観てしまったが、観れば観るほど、かっこよさが研ぎ澄まされる感がつのる。

いやあ、やはり”魔曲”だなあ、これは。
横アリの、巨大キツネスフィンクス?のセットとも、絶妙に合っているし。

正規映像を繰り返し観ながら、まずますこの曲に惚れ直したのであった。

ああ、幕張の「ヤバッ!」と横アリの「ヤバッ!」の正規映像盤が手にはいるまでまだ丸2ヶ月もある・・・のだ。

それまで、何度もジャンカラに足を運び、ライブダムのこの映像で渇きを癒すことになるのだろう。(まだ、の方は、ぜひ!1人でも・おっさんでも、ジャンカラ、ふつうに入れますよ。ぜんぜん平気ですよ。)
コメント   この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« BABYMETAL探究~番外編:ポチ... | トップ | BABYMETAL探究(週刊誌はBABY... »

コメントを投稿

babymetal」カテゴリの最新記事