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BABYMETAL探究(なぜ僕はNHK「BABYMETAL革命」にノレなかったのか?③)

2016-04-11 20:18:04 | babymetal
今回のテーマの最終回である。

思いかけず、多くの皆さんにコメントをいただいた。
ありがとうございます。
ずいぶん「反感・批判」のコメントもいただいたけれど、それも含めて、反響があることはブログの書き手としては、嬉しい・ありがたいことです。

今回のシリーズは(繰り返しになるが)、番組や、番組を楽しんだ皆さんを否定・批判するつもりは全くなく、自分が感じた「違和感」「どうして僕はこの素晴らしいはずの番組にノレなかったのだろう」という、僕自身の心理状態)を分析する、という趣旨の、ごく個人的な文章であった。

それをこうしたネット上に公開するのは、そうした素人の個人的な心境の吐露・分析であっても、同じくBABYMETALを愛しているファンの方々に読んでいただいたときに、何らかの参考・刺激になることもあるのではないか、という思いからである。

だが、それでもこれほど「反感」を買い、「批判」のコメントを投げかけられることがあるのだな、ということがよくわかった。いい勉強になった。

僕自身、例えば他の方のブログや、Amazon等のレビューで、BABYMETALに関して、自分の大好きなもの(曲、アルバム、映像盤)を否定するようなコメントを目にすると、腹が立ったりすることはあるから、「反感・批判」のコメントをしたくなる気持ちもよくわかるのだ。

例えば、聴き始めた十秒後には、もう個人的な「神曲」になってしまった「Amoreー蒼星ー」に関して、かなり辛辣な批判もいくつも目にする。そうすると、胸がモヤモヤっとして苦~い気分になってしまう。

ただ、「なぜ?この人はこんな神曲を否定するんだろう?」と思いながら、続きを読んでみると、例えば「メロスピが嫌いで…」と書かれていたりして「ああ、僕はメロ・スピがやっぱり好きなんだな」ということに改めて気づかされたりするし、あるいは「コード進行が完全に歌謡曲だからロックとして聴いてられない」なんて書かれていると「ど真ん中の日本の歌謡曲を、激走メロ・スピにする、これぞBABYMETALの唯一無二の醍醐味だ!」と、よりいっそうこの曲に惚れ直す、なんてことになる。

つまり、自分とは異なる(時に真逆の)見解であっても、自分が感じているBABYMETALの魅力を改めて認識するきっかけになったり、自分が気づかなかったBABYMETALをめぐる何かに気づくきっかけになったりする、そんな可能性があるはずで、僕がこうしてこのブログを書き、アップしているのも、その可能性を信じているからである。

今回の記事は、僕の書き方の至らなさで、多くの方に不快な思いを抱かせてしまったようで、それはたいへん申し訳ないのだが、上に書いたような可能性を信じて、これからも、大好きなBABYMETALをめぐって、感じたこと考えたことを、書いていこうと思っている。

できれば、これからもおおらかなお気持ちでお読みいただき、皆さんのBABYMETAL理解の参考・刺激になるような内容がほんの一行でもあり、役立てていただけるようなことがあればいいなあ、と思いながら、好き勝手なことを書き続けるのである。

以下、本論。

世界で最高(個人的な思い)のBABYMETALの、世界唯一の「スタジオ・ライヴ」を中心にした番組『BABYMETAL革命』は、BABYMETALファンならば楽しんで当然の番組だったはずなのだ。
なのに、なぜ僕はノレなかったのか?

おそらく、ここには、たいへん些細な機微、が影響しているのだろう。
そのほんのわずかなささくれに、僕はひっかかってしまった、ということなのだと思う。

その「ほんのわずかなささくれ」の1つが、前回考察したように、『BABYMETAL革命』の冒頭のナレーションだ。
ほとんどの方が何にも気にならかったのであろうが、そこに、僕は、「事実」ではない「盛った」ナレーションの演出を感じ、引いてしまった、ということなのだろう。

で、そこから逆に、一昨年末の『BABYMETAL現象』は「事実のみ」を積み上げることでBABYMETALの凄さを客観的に描き出していた、というその「神番組」ぶりを改めて確認したのだった。
だからこそ、あの番組は、たまたま目にした、BABYMETALをあまり知らない視聴者(とりわけ、おっさん)に衝撃を与えたのだ、と。

『BABYMETAL革命』に「僕がノレなかった4つの要因」として、次の4つをあげた。

① なぜ、いま、「スタジオ・ライヴ」なのか?
② 誰に向けての番組なのか?
③ 窮屈さ、あるいは、ヤラセ感。
④ 「二番煎じ」臭の強さ。

① なぜ、いま、「スタジオ・ライヴ」なのか? と挙げたが、おそらくこの疑問自体が筋違いなのであって、まず「スタジオ・ライヴ」ありきで、この『BABYMETAL革命』という番組がつくられたのだろう。
「スタジオ・ライヴ」が中心のコンテンツとして柱になっていて、そこに”BABYMETALとは何か?”を紹介するための、映像や対談やインタビューが挟み込まれ、ひとつの番組になっていた。

エンディングロールを見ると、『BABYMETAL現象』も『BABYMETAL革命』も、同じプロデューサーになっているので、実際のところはどうかわからない、素人の単なる憶測だが、今回が「MJプレゼンツ」であり、「MJ」という”音楽番組”の最終回の第一部として位置づけられている以上、番組のコンテンツのメインは「スタジオ・ライヴ」であった、と見るべきなのだろう。

ドキュメンタリーであった『BABYMETAL現象』とはそもそも、番組の趣旨が異なっていたのだ。

そういう意味で、BABYMETALを紹介する映像が、前回の『BABYMETAL現象』やWOWOW放映の『天下一メタル武道会』のものの再利用であったことも、今回の「スタジオ・ライヴ」中心の”音楽番組”という性質からすると当然だったのだろう。ドキュメントの部分は今回の番組の力の入れどころではなかったのだ(予算とか制作スケジュールとかの制限もあったのだろうし)。

しかし、僕は、そのメインではない部分に、足をすくわれてしまったのだ。
二番煎じ臭の強さ、を感じてしまったのだった。
本当に残念なことに。
(いつもなら気にならない枕元の時計のカチカチという音が、ふと気になってしまい、眠れなくなる、ごくたまにそんなことがあるが、いわばそれに近い心理状態に陥ってしまった、ということかもしれない)

とりわけ、レディ・ガガに関しては、「えっ、今さら、これ?」と引いてしまった。
②誰に向けての番組なのか?の答えが、「ふだんMJを観ている、BABYMETAL未経験者・初心者」に向けてであるのだろうから、知名度のあるレディ・ガガとのエピソードを紹介するのは、必然なのかもしれないけれど…。

『BABYMETAL現象』では、テッド・ジェンセンとか、サム・トットマンとか、BABYMETALファンからしても「驚きの人」が、次々と出てきて、BABYMETALの魅力を「証言」する、そんな衝撃・感動があったのに…と。

あれから1年半以上経っているのに、映像は一緒?使い回し?…またガガ?…と。

例えば、ズッ友写真を次々に紹介する(ブライアン・メイ、ロブ・ハルフォード、等)なんて絵が十秒ほどでもよいので挟まれているたら、「少女たちは世界で戦う」という謳い文句がより絵として説得力を持ったのでは、と思うのだ。

あるいは、会場に来た300人(?)のファンの”熱い語り”をいくつか紹介するだけでも、僕の印象はずいぶん変わったのではないか、とは思う。

もっというと、日本ではあまり知名度はないが、圧倒的な支持を得ている、という、BABYMETALの何とも不思議な立ち位置によって、そんなBABYMETALをどう紹介したらよいのか、その難しさがここに露呈していたのかもしれない。
(実際、特に、京都にいると、BABYMETALなんてほとんど誰もまだ知らないんじゃないの、というのが正直な実感である。それでいて、2ndの売上が、初週で13万枚って、どうなってるの…?という感じだ)
今日明日発表の、ビルボードのランキング報道によって、そうした認知状況が大きく変わるのだろうか?全く予想もつかないが…。

そういう意味では、お茶の間にはほとんど知られていない、という前提で、BABYMETALを世界的な現象として紹介する『BABYMETAL現象』は、報道すべき焦点が明確であったぶん、番組としては作りやすかったのかもしれない。

で、それはそれとして、さらにつらつら考えると、
今回の番組に、僕がノレなかったいちばんの要因とは、
「少女たちは世界で戦う」という謳い文句と「スタジオ・ライヴ」との齟齬、ということになると思う。
(気にならない方がほとんどであり、それでいいのですが、僕は気になってしまってノレなかった、ということです。これは「意見」ではなく、「個人的感想」です。)

「③窮屈さ、あるいは、ヤラセ感」と記したが、「スタジオ・ライヴ」では、「世界で戦うBABYMETAL」のスケール感を表現することは、基本的に難しい。
(このことは、すでに、コメントで指摘なさってくださった方も、何人かいらっしゃった。ありがとうございます。僕も全く同感です)

本当に微妙な感じ方の違いでしかないので、そう感じない方がいらっしゃっても当然なのだが、僕はあの日の放送の「スタジオ・ライヴ」に、(WEMBLEYの熱い熱いLVを体験した後だったということもあるのだろうが)、たいへん”ひんやりした感じ”を受けてしまったのだ。
今、繰り返し観ていても、その”感じ”はしてしまう。

素人の目では、専門的に分析できないのだが、ライティングなのかカメラアングルなのかカットの切り替えなのか、何か”台本通りにやっているライヴを見せられている”、観ている側からするとそんな”疎外感”のようなものを感じてしまったのである。
(ここは非常に微妙な感触を言葉にしようとして、キツい言い方になってしまっているので、この”感じ”はうまく伝えられていないかもしれない。ほんとうに微妙な感触なのです。で、僕のこの感じ方が正しいなんて主張しているのではありません。僕はそう”感じ”てしまった、ということです)。
(これも、コメントにあったように、「NHKらしい」きっちりしたリハーサルがあり、ライヴの躍動的なシズル感が減殺されてしまった、なんてことがひょっとしたらあるのかもしれない)。

なぜ、そう感じてしまうのか?

ひょっとして、BABYMETALの「演」奏は、テレビ(日本のお茶の間向けの歌番組)向きではない、ということなのか?

そうなのかもしれない。これは、今回のシリーズで残った(僕にとっての)大きな「宿題」である。
でもこれは、十分ありうることで、そして決してBABYMETALにとって不名誉なことではなく、”世界のBABYMETAL”、”オンリー・ワンのジャンル”である証だとも言えるだろう。

あるいは、単に、ふだん歌番組に出ないから、僕が観慣れていない、というだけのことかもしれない。

あるいは、僕(たち)が、ライヴ会場でのナマの体験や、映像であっても実際のライヴの強烈な映像を、日々繰り返し観つづけてしまっているために、そのスケール感・躍動感・狂乱がいわばBABYMETALに接するときのデフォルトになってしまって、「スタジオ・ライヴ」では物足りなかった、という「贅沢病」なのかもしれない。

逆に、面白いことに、『BABYMETAL革命』の最後に「THE ONE ~Unfinished Ver.~」が映されるのだが、そこには「観客」は映っていない。それで、ここで僕たち視聴者がシラケてしまうか?といえばそんなことは全くない。
むしろ、ここにこそ「スタジオ・ライヴ」の最良のよさが出ている、とも(僕は)感じたのだ。

「スタジオ・ライヴ」とは、もちろん、お茶の間向けのテレビ放映のためのものであって、その長所があるとすれば、実際の荒々しいライヴとはまた質の異なる、アーティストの細かな息づかいのようなものまでも鮮明に視聴できる、ということだろうか。

「THE ONE ~Unfinished Ver.~」は、その静謐な曲調からも、それを存分に堪能できる、素晴らしいものだった。

あるいは、ダンスであっても、それをお茶の間に見せるために、ということを念頭において作られ演じられている他のJ-POPユニットであれば、「スタジオ・ライヴ」とは、ある意味”最高の舞台”なのかもしれない。

しかし、BABYMETALの”ダンス”はそうしたものとは根本的に質が異なっている。これはこのブログのいたるところで書いていることなので、詳述しないが、簡単に言えば、ライヴの観客を身体ごと・魂ごと揺り動かす、そのためのものだ。

だから、『BABYMETAL革命』の「スタジオ・ライヴ」においても、まず、スタジオの300人の観客をノセるために、BABYMETALの”ダンス”は機能していたはずだ。
でも、それを撮るカメラの映し方は、それを俯瞰的に・対象化してとらえ、ステージでの歌やダンスとそれに熱狂する観客をお茶の間に見せる、という、いわゆる歌番組的なそれ、になっていたのではないか?
(廃墟のようなセットも、会場での機能ではなく、テレビ番組としての絵のために配されていたものだ)

そこの、二つのベクトルのずれ、のようなものが、お茶の間で観ている僕に”疎外感”のような感じを与えたのかもしれない。BABYMETALが送り続ける「力線」が画面越しにこちらに突き刺さってくるものではなかった、と。

あ、こう書きながら、何か、腑に落ちたような気がする。

なぜ、「The Late Show」での「スタジオ・ライヴ」はあんなに”熱かった”のか、『BABYMETAL革命』での”冷ややか”さ(個人的な印象です。しかもかなりキツい表現になっています)と、あまりにも対照的なので「謎」だったのだが、その一つが、まさにBABYMETALが「会場の観客」を揺り動かそうとしていた「力線」が、そのままストレートにカメラ越しにこちら側に突き刺さってきたからではないか。実際、何度も観てきた「ギミチョコ!!」であったが、そんな僕でも鳥肌が立った。
(これも、感覚的な言い方なので、うまく伝えられていないだろうが、自分なりには、何か納得できた気がする。)

ある意味、むしろ拙いカメラワークなのかもしれないが、「The Late Show」の映像には、例えば演者の側から観客席を映すとか、空中からステージ全体を映すとかいったカメラアングルはなく、右側から左側から寄ったり引いたりしながらも、あくまで愚直にBABYMETALを観客席側から捉えた映像のみで構成されていた。その”原始的なカメラワーク”によって、BABYMETALの迫力が、ひしひしと迫って来ているものになった。

ひょっとしたら、これこそが、テレビでのBABYMETALに最もふさわしい映し方、なのかもしれない。
極端に言えば、正面ど真ん中に置いた固定カメラで、ただステージ上での3姫と4神の「演」奏を映す。全くの極論でそんな映し方はありえないが、実はそんな映し方こそが、メタルダンスユニットBABYMETALの迫力をいちばん的確に伝えるものなのかもしれない。

もしも、例えば、「ヤバッ!」がお茶の間向けのテレビに映る機会があれば、「真正面センターの固定カメラ」による映像こそが、あの超絶ダンスのとんでもない楽しさ(それでいてつぶさに観れば、総毛立つしかない信じられないYUI・MOAの動き)を最もよく伝えるものになるのかもしれない。ある一点から撮られた、それでも十分に楽しいファンカムでの映像を観ると、そんな思いを抱きもするのだ。

これって、超絶メタルダンスユニットBABYMETAL特有の、また一つの逆説なのだろうか。

普通の歌手や、ダンスユニットならば、映像効果をあげるはずのカメラワーク(一点に固定されたカメラの映像では絵がもたない)が、BABYMETALの場合には、むしろ逆の効果を及ぼすことになってしまうこともある、ということなのかもしれない。

同時期に入手した、「赤ミサ」「黒ミサ」「メトロック」等の映像は、こうしたものとは全く別物で、これはもう、ライヴでありながら演劇・ミュージカルでもあり、ライヴ全体のドキュメンタリーでもある。
観ていて、必ず笑顔になり、何回も涙がこみあげる。
WOWOW等でのライヴ放映には、僕は今まで通り、感動し続けるだろう。

そうではなく、もし、これから、BABYMETALが、お茶の間向けのテレビ番組(歌番組)に出る機会があるのならば…と妄想をはばたかせるならば、今回の『BABYMETAL革命』での「スタジオ・ライヴ」に僕が感じてしまった違和感のようなものは、例えば「The Late Show」の「スタジオ・ライヴ」と比較対照して、いろいろと考えるに値する材料も詰まっていた、そんな気がしている。

オンリー・ワンのメタルダンスユニットBABYMETALを、どのようにテレビで「披露」するのか、報道番組やドキュメンタリーでもそうだし、とりわけ歌番組においては、既存のセオリー・手法は通用しないのだな。
たいへん難しく、だからこそ作り手の腕が問われる、最高の素材なのだろうな。

そんな思いを強く抱いたのであった。

(このシリーズは終わり)。

あ、全くの余談ですが、『METAL RESISTANCE』全曲、カラオケにあります。
いやあ、楽しい・楽しい。
アルバム発売から一週間もしないのに、全曲収録って、「出世したなあ」、と思います。
(これまでの、カラオケの「実績」がよいからでしょうね。僕も、せっせと通っては歌っています)。
もちろん、SU-METALの声が出るわけでもないし、「GJ!」もYUI・MOAのようには(まだ)舌が回らないのですが、実際に歌えてなくても、歌っているつもりだけでも、とても楽しいのです。

「Amoreー蒼星ー」で始めて、さんざん歌って、最後はまた「Amoreー蒼星ー」で締めてきました。
「META メタ太郎!」も、カラオケで歌うのは、また楽しいです。

もし行かれたことない方がいらっしゃったら、ぜひ。
1人で行くのも楽しいですよ。
誰に遠慮することもなく、思う存分大音量でBABYMETALが歌えますから。

さあ、ビルボード・チャート公式発表ですね。
どんな騒ぎになるのか、それとも、(またまた)ほとんどスルーされるのか…?
そのことにもドキドキしています。どうなるんだろう?






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16 コメント

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Perfumeからの文脈 (スーMETAL)
2016-04-11 21:41:33
始めてコメントします。
一連の「革命」に関する考察、大変面白く拝見しました。実は、前二本のコメント欄は読んでいません。そのうえで私なりに感じたことを少しだけ。

私は、比較的新しいPerfumeファンで、御多分に漏れずPerfumeに音楽を取り戻してもらった60年代前半製のおやぢです。
これと言って追いかける対象はいなかったものの、当時洋邦ごちゃまぜの街にあふれるヒットチャートはそれなりに追い、ROCK(QUEEN、DP、RAINBOW、KISSなど)や女子ボーカル(明菜、聖子、門あさみ、尾崎亜美など)中心に聴いていました。
Perfumeは同じ番組の最後に演ったエレクトロ・ワールド(この曲ROCKです)で’08に引っ掛かり今に至ります。

NHKは多分に「Perfumeは俺達が売った」と思っている節(半分事実ではある)があって、BABYMETALも同じ文脈の上で扱っている傾向を感じています。
初の武道館LIVE、東京ドームのドキュメンタリー、スタジオライブ、MJの司会、スレていないPerfumeの三人はとても使いやすかったのだと思います。

で、今回の「革命」ですが、MJ最終回という事で焦りというか入れ込み過ぎと言うか、違和感はわたしも受けました。
ただ、LVの興奮冷めやらぬメイトと、初めて見る一般の音楽好きとが受けた印象は大分に違うとも思います。
仮に主様の違和感が表面化したとしても、ヘイターやアンチがちょっと調べたことをきっかけに我軍に寝返る様は散々見てきてますから「TVで魅力なんて伝わらなくても良い」とさえ私は思っています。
NHKさんには、今後も大いなる勘違いを発揮して、事あるごとにBABYMETALを取り上げてくれる様に期待してます。


不確定情報ながらビルボードは総合TOP200で38位にランクされたようです。
クリスペプラー氏が、一過性でなくじわじわ火が付く、とも言ってますしホントに楽しみです。

カラオケ、私も行きました。
音源と違いNRNRがとても歌いやすくて・・・涙が出ます。
訂正 (スーMETAL)
2016-04-11 21:47:19
×クリスペプラー氏
〇ジョージ・ウィリアムズ氏

Unknown (Unknown)
2016-04-11 23:57:19
病膏肓に入るとは正しくスレ主の事かと・・・
今回は失敗しちゃいましたね
闇カジノに出入りした位のもんです
勿体ない
歌ってきました (おいちゃん)
2016-04-12 10:23:56
昨夜行ったスナックで電目チェックしたところなんと!あるではないか!他の店では12曲なのに〔まま音〕まである?
歌うつもりはなかったのですがAmore入れてみよ…楽しい!ママに「これ誰の曲?」と聞かれたので〔まま音〕にてメギツネを見せ、調子に乗って五曲くらい歌ったかなぁ…
まあ、他に客が居なかったので出来たんですけどね(笑)
本文の内容、ほぼ同意です。毎日色々観てればこその感覚でしょうね。
ブログ主さんと全く同感です (AtoQ117)
2016-04-12 12:02:20
前回の記事にコメントさせてもらった老人。ちなみにスーさん祖母の弟さん(大叔父様)と同年齢です。
ブログ主さんと全く『同感』です。通常の隠居老人は、新聞・テレビを好み、食卓とソファ(テレビ前)
の往復しかしない方も珍しくないですが、当方はテレビは一切見ません、新聞も20年くらい購読なし。
したがって、テレビそのものに違和感があるので、当然に「BABYMETAL革命」には、違和感
を感じました。

まあ老人なので、2015年10月07日の名古屋会場2階席最後列から見たモッシュピットの熱狂にも、
この世のものとは思えないような感慨を抱きましたが(何か長続きしないのでは無いかと言う不安感)、
配偶者と合わせ130歳での参加でたが、配偶者は爆音圧に耐え切れず中途からロビーへ避難でした。

当番組の録画を、嫁いだ娘夫妻(同級生結婚で夫君は後厄)に依頼しました。そのご録画を確認すべく、
5歳の孫娘と一緒に鑑賞したらしいですが、孫娘はいたく気に入り、娘は両脇が可愛いとの感想。
わが配偶者・娘・孫娘に、気に入って貰えたので、NHK番組にも一定の効果があったと思いました。

又、ブログ主さんのユイモア一つ下の娘さんですが、2015年10月01日の記事で、山口百恵も聞いている
とのことですが、当方は山口百恵のデビュー当時からのファンで、百恵チーム楽曲(ロックテイスト音)
に関するブログにあった、BABYMETAL発見の記事からファン(特にスーさん声とバスドラム音)
になりました。40年の時を越えて現れた、目力のスーパー高校生に魅了されています。

以上、長文の老人のたわ言、お聞き流し下さい。
Unknown (kokutoumaru)
2016-04-13 01:48:55
今回のテレビでの映像化の分析、興味深く拝読しました。

本当にあのレイトショーでの叩き付けるような鮮烈な迫力と、NHK映像での箱庭的なスケール感の小ささの差は何だろうか?と疑問の思って来ましたが、ブログ主さんの考察で腑に落ちた気がします。

「ベビメタのライブ感はテレビの枠には納まりきらない」という意見は良く耳にします。実際Mステスーパーライブでの出演の視聴時も「なかなか伝わらないな」と私自身も思いました。
しかし撮り方次第でレイトショーの時の様な「熱さ」を伝えることも証明されたわけですから、そこは工夫次第で何とかなる、という希望も見えた、という点でもコルベアのショーへの出演は得るものが大きかったと言えますね。

さてウェンブリーLV参加では、私は大感動したんですが、現地では意外と辛口の評価も出ている様です。
BABYMETAL翻訳: 【 THAT'S NOT METAL】Wembley Arenaライブレビュー (動画/字幕付)
https://t.co/GgUivf9co5

上記ブログコメントでも指摘されていますが、アルバム発売日の翌日にお披露目ライブは、日程に無理が有ったと思います。更にその直後同日にNHK特番というのも、メリット的には今一つだった感が有ります。アルバム発売・ウェンブリー・NHK特番それぞれの間に一月半くらいの間隔が有れば丁度良かったと思うんですが、何か上手く噛み合わなかったんでしょうね。
Unknown (Unknown)
2016-04-13 12:32:36
BABYMETALへの深度が人それぞれなので、これはこれでアリなんじゃないかと。
何となく噂を聞いて見た人もいるだろうし、MJをいつも見ているから見た人もいると思います。
まぁ、感じ方はそれぞれなので反論するつもりはありませんが、今迄BABYMETALを追っかけて来た人はライブ部分だけ堪能すれば良いかと。
自分はそうしました。
Unknown (たこべい)
2016-04-13 13:12:19
ウエンブリーLV に参加しました。
色んな方が記載されているように、「旗」のシーンは涙目になりました。いいもの見せてもらいました。当方、ロック歴45年(メタル歴0)のあら還世代です。土日仕事でしたので、スーツ姿での参戦。どうやら主さんの近くで見ていたようです。

それにしても、テレビではなかなか伝わらないですね。そんな中でも今回の番組は頑張っていましたし、鹿鳴館、対談などしっかりと魅力を伝えようとしていたと思います。私は楽しみました。

ただ、どうしても納得いかないのが、カメラアングル。
NHKに限らないのですが、何故、3人のパフォーマンスをしっかりととらえないんでしょう。
曲の途中で頻繁に挿入される観客、俯瞰、引いた映像。たまに入るのならいいのですが、一曲の間で何回も入ってくる。観たいのはそこでしゃない。NHKのはステージサイズが小さいだけに、余計にそのあざとさ目立ったように思います。

これだけ映像作品があるのに、Late Show の映像が新鮮だったのは、しっかりととらえたものが無いということなのかもしれません。

今回のも「KARATE」のパフォーマンスが素晴らしく、特に倒れたところから立ち上がり、より力強く歌っていくSU-METAL の歌・表情は最高です。そこをアップでしっかりと捉えないでどうするのよ、、と思う次第です。

「頻繁にきりかえたら過激でかっこいいでしょっ」とでも思っているのかなと。あるいは、「切り替える=仕事してる」「切り替えず固定で捉える=仕事していない」という評価 ??
アーティスト・パフォーマンスに対する理解・リスペクトが欠けているいるのではと思ってしまいます。このあたり、運営側の指示なのか局の専任事項なのかは不明ですが。
WOWOW横浜が以前と比べると落ち着いた編集でしたので、そこをもっと突き詰めてもらえればウレシイなと。。

(参考)
観られたのではないかと思いますが、WEBLEY の総集編的ファンカム。
最後の銅鑼~万雷の拍手~挨拶~see you が映されていて実に感動的。映像の角度もいいです。このシーンはWOWOW でもしっかり収めて欲しいものです。
(曲が途中編集ばかりで実にもったいないのですが)
https://www.youtube.com/watch?v=KbJOvzyLv6U&nohtml5=False

*長文失礼しました
Unknown (dandy)
2016-04-14 11:35:28
私は今回のNHKの特番の、KRATEのパフォーマンスを観て、「これなら大丈夫かもしれない」と思いました。
と言うのも、私もある時期BABYMETALにノレないことがあったからです。
私はLIVEが大好きで、20代から30代にかけて、ジャンル、国内外問わず様々なアーティストのLIVEに足を運んできました。そのせいで、「アーティストの良し悪しを計るのはライブパフォーマンスのみ、」
という随分な偏屈者になってしまいました。その偏屈者が感じてしまったこと、それは、彼女達自身が、「目の前のお客さんは、自分達を知っている人たちなのか、知らない人たちなのか」ということを(たとえ無意識であっても)線引きしているなということでした。
2015年の埼玉スーパーアリーナ以降、それが顕著になってきたので私はしばらく距離を置こうと思ったのです。
まあこれはBABYMETALに限らず、全てのライブミュージシャンに当てはまり、尚且つ盲点になりがちなことなのですが、
自分(自分達)を知っている者たちだけに向けられたLIVEは、予定調和に成り下がってしまうということです。
予定調和に成り下がってしまったLIVEは、遅かれ早かれ飽きられます。
BABYMETALのLIVEもそうなってしまうのかなと危惧していましたが、暮れの横アリで、お?っと思わせ、
WEMBLYのライブビューイングで、おお!と声をあげ、NHKの番組で「よし」と思いました。
あの番組のお客さんは、「自分達を知っている人たち」なわけで、その前であのパフォーマンスが出来れば大丈夫
と思った次第です。
そしてつい先日、ROCK SOUNDの動画が上がってました。モアメタルの言葉が印象的でした。
「どんなLIVEでもエキサイトしています、どんな場所か、誰が見ているかは、関係ありません。」
うれしいではありませんか。

長文失礼いたしました。
あらためて (u_metal)
2016-04-16 16:48:53
ノレない理由は単純です
当て振りだからです
あらためて確認してみてください

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