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BABYMETAL探究(舞踊考5~イジメ、ダメ、ゼッタイ4)

2015-03-17 00:52:54 | babymetal
昨夜のWOWWOWの放送、すぐにBDにして、ポータブルBDプレイヤーで数回繰り返して観たが、最新版のBABYMETALの素晴らしさを、(量的には十分ではないけれど)味わうことができた。
初期の、(あえて言えば)「チープな豪華さ」みたいな楽しさから、「ゴージャスな豪華さ」へとグレード・アップしている印象を受けた。

『イジメ、ダメ、ゼッタイ』では、何と言っても、パートⅤ間奏その2での、ふたりのバトルにおける、YUIMETALのジャンプが凄い。が、その後の、MOAMETALのとんでもないのけぞりも凄い。
初期の映像では、必ずしりもちをついていたところだが(LEGEND Z の1曲目でもしりもちをついていたから、この曲を「演」奏するのが毎回の公演の終盤であったために体力の限界のためのしりもちだった、というだけでもなかったのだと思う)、こんなとんでもない動きをするようになったのだ、と、その進化ぶりには改めて目を見張った。
繰り返しになるが、YUI・MOAの「振り」は、プラスアルファのおまけではなく、BABYMETALのヘヴィ・メタルとしての「演」奏だと僕は考えているのだが、そういう観点からすれば、BABYMETALの「演」奏は、海外での経験を通じて、とんでもないレベルへと高まっているのだ。それを目の当たりにした。

さて、このブログを書くために、少しずつダンスの本などにも目を通しているのだが、『ダンスの創作過程』(アイリーン・ロックハート、エスター・ピース著)という本の中に、ダンスの<動きの質>として、次のような区分があった。
A.スウィング(swinging)
B.持続的 (sustained)
C.衝撃的 (percussive)
D.停止系列(suspended)
E.震動系列(vibratory)
F.崩壊系列(collapse)

これが標準的な区分なのか、この書独特のものなのか、よくわからないが、BABYMETALの「振り」には、これらのさまざまな<動きの質>が組み合わされて、さまざまな感覚・感情を誘発するものになっているのだろう。特に、C、E、Fあたりは、なるほどこういう区分の仕方があるのだなあ、と納得したのである。…参考文献も手さぐりです。

さて、以前に行なった区分に従って、『イジメ、ダメ、ゼッタイ』の「振り」=「演」奏の分析・探究を、ちょこっとずつ続けていこう。(手持ちの映像では確認しきれないところもあるので、例えば、5月発売のLONDON2公演のディスクを観て、確認できるところが増えれば後で手を加えていくかもしれません。)


パートⅠ イントロ
01:Intro1(16小節+αタメ) 
ピアノのイントロから、SU-METALの「ルルルー」の歌、後のタメまで。
YUI・MOAがスタートラインにつく。

02:Intro2
激しいリフ。
SU-の「X」ポーズ。左手にはマイクを持ち、右手ではフォックス・サインをしている。
YOI・MOAは、クラウチング・スタートのスタンバイ姿勢。SU-が、(観客から向って)左を見ながら腕を突き出し、右を見ながら腕を突き出す。YUI・MOAを確認。(おそらく、YUI・MOAがSU-に対して「いくぞ~」と片手を突き出して応えているようだ)。(ここまで4小節)。
もう一度、SU-の「X」ポーズ。腕を孤を描きながらほどき、ジャンプして、
「アー!」このときも、右手はフォックス・サインをしながら伸ばす。(4小節)
YUI・MOAの疾走→2度交差して中央へ(8小節)

03:Intro3 3姫のユニゾンで、ターラ・ラーラというギターに合わせて
ステップ・ステップ、指さした腕をぐるっとまわして観客を指す。(2小節)
くりかえし。(2小節)
右手をフォックスサインにして挙げ、右を見てぴょんぴょんぴょんぴょん、(2小節)
左を見てぴょんぴょんぴょんぴょんジャンプ(2小節)
三姫とも「X」ポーズでキメッ、手をほどく(2小節)

この後も、たびたび登場する「X」ポーズだが、その意味するところは、この曲においては、何と言っても、「ダメ」、だ。イントロ前半で、SU-が2回、イントロの終わりで三姫いっしょに1回行う。
<動きの質>では、ここはD.停止系列であり、前半はYUI・MOAの疾走スタートへの緊張感を高め、イントロの終わりでは、イントロ部の完結と、続く「駄々っ子ヘドバン」との緩急のコントラストをつくる。歌詞の「ダメ」と、停止系列の動きとはほぼイコールである。

また、この「X」ポーズは、この曲に限らず、BABYMETALの典型的なキメのポーズの一つであり、実に美しい。とりわけ、僕が魅せられているのは、「赤い夜」ライヴでの「BABYMETAL DEATH」の冒頭のSU-METALのこのポーズだ。顔は隠されて見えないのだが、何とも言いようのない神々しい美しさである。(追加訂正 「BABYMETAL DEATH」が、「イジメ、ダメ、ゼッタイ」のキメポーズを引用している、というのが正しい説明ですね。)

以前にも触れたが、この「X」ポーズだけでも単に歌詞の表現だけではない多層的な次元の表現になっている。言語化できるのはその一部でしかないのだろう。

それから、この曲の「演」奏は、三姫の結束という、いわば、メタ・レベルでの表現にもなっている。つまり、「イジメ、ダメ、ゼッタイ」という歌詞の表現世界での結束とは別に、いまステージに立ち演奏している三姫の、結束を、この後もたびたび「振り」の仕方として明示しているが、YUI・MOAの疾走前のSU-とのやりとりがまずそうした次元になっているため、その後の「演」奏全体が、例えば三姫のユニゾンが単なる「演」奏上のユニゾンではなく、背景にある人間的な「絆」をも(そこまで観客が意識の前景におかないにせよ)感じさせるものになっているのではないか。

YUI・MOAの疾走は、楽器隊、とりわけベース・ドラムスの打数の多さとあいまって、まさに「疾走」チューンであることを、ビジュアルとして、肉体の動きとして示している。
脳科学的には、「ミラー・ニューロン」などと言われるが、僕たちがアスリートの動きを見ていると心身がそれに同調するように、実際にYUI・MOAの疾駆を見ると、楽器だけを聴くのとは異なる次元での疾走を感じるのだ。
(ミラー・ニューロンについては、いつかまた触れたい)。
「疾走」チューンに合わせて走るダンスをしている、のではなく、YUI・MOAの「疾走」という「振り」がより強い・深い次元でこの曲の「疾走」を観客に伝えている、のである。
また、YUI・MOAが二回交差するのは、2つの「X」を描くのだ、と見ることもできるかもしれない。大・中・小さまざまな「X」をさまざまな動き・次元において描くのは、他にも例えば「4の歌」でもみられる、緻密な「振り」の構造である。


パートⅡ いわゆる「一番」の歌詞
04:A 「ゆめをみること~もてなくて」
YUI・MOAが向い合い、いわゆる「駄々っ子ヘドバン」(2小節)
腕をやわらかくスイング(2小節)
「ひかりと~ひーとーりー」
繰り返し(2小節+2小節)

『イジメ、ダメ、ゼッタイ』の「振り」の、最大の見せ場の一つが冒頭にやってくる。YUI・MOAの「駄々っ子ヘドバン」は、常軌を逸している「振り」だ、と初めて見たときから感じた。顔を地に向け、だらんとさげた腕を振りながら、必死に首を振る、荒ぶる・激しい、というより、狂気、に近い「振り」。
歌詞も「絶望」の表現だし、コード進行も、C#m→B→A→G#m→F#m→Eと、下降をたどる(実際のベース音はオクターブの関係で実音として下がっていくわけではないが)ことや、ギターのハードなリフとも相まって、鬼気迫る絶望感、を僕は感じる。
「ダメ」ということのまた別の形象化なのかもしれないが、YUI・MOAが向き合っている配置から、「イジメ、ダメ」ではなく、「わたし、ダメ」という閉塞感を感じる。

先取りになるが、短い間奏の後のパートⅣ09:F「なみだみせーずーに~」はいわゆる2番にあたるところで、コード進行や歌メロは04:Aの繰り返しになっているのだが、楽器陣やYUI・MOAの「振り」は全く異なる、「祈り」を感じさせるものであり、その静謐さ・聖なる感じがひきたつのも、この04:Aでの、「駄々っ子ヘドバン」という常軌を逸した「激しい振り」があるからだ。
MOAMETALが脚でリズムをとっているのに、YUIMETALはそうではない、という非対称が目立つが、それも、この「振り」のなりふり構ってられない追いつめられた必死さというものを僕たちに感じさせる要因のひとつだと思う。揃っていないことが「演」奏として有機的に機能しているのである。

(つづく ちょこっとずつ、つづけていきます)



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