輝ちゃんつれづれに 

最近はインスタ・LINE、スレッズを始めました。楽しかったこと、残しておきたいことを自分の言葉で書き込みます。

たっぷり寝た

2014年08月01日 23時52分02秒 | 日記

誰かも言っていたな、今年もあと5か月。

残すところ153日。

俺の68歳も残すところ160日だ。

誕生日に運転免許の更新が来る。

最後の更新となるのかな?

今でも70歳を超えた人の運転は危なっかしいと思う。

自分だったらどうするのだろう。俺は大丈夫と。

テニスもそうだ、50歳ごろ、「60歳を過ぎたらテニスは無理だろうな」と漠然と思っていた。

ところがどうだ、技術は加速度的にへたになるが68歳の今、テニスコートに立ってラケットを振っている。

 

探し求めていた本を購入。

尊敬する、そして大好きな人だ。

理由は簡単、ぶれない。

 

  

なかにし礼著 「生きる力」心でがんに克つ 講談社

 

 

 

やっと三島由紀夫の「豊饒の海(二)」奔馬を読了

 

場面の切り替えが俺の頭が追いつかなかった。難しい。

「神風連」が自分にはなかなかなじまなかった。

「転生の物語」もすっと入り込んでこなかった。

過度の表現かもしれないが、それがいつの間にか自分と調和してしまう。

自分でメモした部分を記載しよう。

 

 

 

 

死に近い北崎の心に記憶の混乱があらわれて、一つの古い家の中に起こったさまざまな出来事の、色彩の濃淡だけが時間を超えて結びつき、むかしの恋の情熱と新しい忠義の情熱とが、いずれも矩を踰え準縄を外れた所で混じり合い、丁度あいまいに掻きまわされて沼のようになった生涯の記憶の上に、二輪だけ秀でた紅白の蓮の花が、一茎の蓮として観念されたのはありうることだ。

 

それこそ山尾綱紀先生の「神風連史話」であります。これを読んでのちの私は、以前の私とは別人のようになりました。今までのような、ただ座して待つだけの態度は、誠意の士のとるべき態度ではないと知ったのです。私はそれまで、「必死の忠」ということがわかっていなかったのです。忠義の焔が心に点火された以上、必ず死なねばならぬという消息がわからなかったのです。

 

『日の出には遠い。それまで待つことはできない。昇る日輪はなく、けだかい松の樹蔭もなく、かがやく海もない』

 

正に刀を腹へ突き立てた瞬間、日輪は瞼の裏に赫やくと昇った。

 

 

 

8月1日の輝ちゃん さっぱり

 

昨日のタクシーの運転手には頭にきたな。

小石川で懇親会をやって武蔵境駅に。

狛江行のバスは10時ちょっと過ぎが最終。

大沢(天文台方面)は陸の孤島だ。

仕方なくタクシーを利用。腹立った。貴重な1400円。

いらっしゃいませも言わない。終始無言。一言、おつり。

当然、「ありがとうございます」もない。

頑固そうな爺。個人タクシーだからこそ生き延びられるのか?

 

昨日は遅く帰ってきたから資料の整理等で3時過ぎまで起きていた。

6時半ごろゴミ出しに起きた。目が覚めたら11時。

久しぶりに8時間の熟睡。すっきりした。

昼飯は今日も餃子の王将。たまには定食で。マーボドーフとから揚げ。

八重洲ブックセンターに予約してあった本を取りに行く。

今日も暑かった。山梨のみかど園から桃が届く。振込みに郵便局。

世田谷の大蔵第二運動公園で午後7時からナイターテニス。

テニスコートに立つと見上げる空は黒い雲で覆われている。

無風。コーチと15分ストロークしたら汗びっしょり。やっとYさんNさんがくる。

Nさんは雨降り女と言われている。今日は雷を持ってきたようだ。

稲光が凄い。雨が降って来ないから8時半までやって中止。

天気を甘く見てはいけない。事故があっての「れば、たら」は許されない。

 

    

 

暑中見舞いで保護者の方と連絡を取り合う。

外部と遮断(でも一部の人とは)、それを引きこもりというのか。

まあ、何でもいいだろう。

何かの楽しみを味あわせてあげたい。

最近思うことは、人との出会いだ。

E君がまさにいい例だ。諦めずに就職活動で面接に行ったらいい人と出会った。

面接官の方が信頼してくれたという。真面目で誠実で・・・。なかなかいないよ。

 


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