何を見ても何かを思い出す

He who laughs last laughs best

ペンと法でチェスト行け!

2015-08-22 10:45:00 | 
「桜島に忠誠を捧げる」つづき

桜島大噴火の恐れのニュースを見て、薩摩隼人と加治木という地名を思い出すまで、何故「二つの祖国」(山崎豊子)この作品を忘れていたのかと自分に怒りながら再読している。
一通り山崎豊子作品を読み終えた時、最も衝撃的かつ感銘を受けた作品として「二つの祖国」を挙げていたにも拘らず、長い間その存在を忘れていた理由が、中巻の太平洋戦争終結時まで読み進めたところで、分かった。
忘れていたのではなく、忘れたかったのかもしれない。

曽祖父の自叙伝でのみ知る、大伯父。
少し体は弱いが正義感が強かったというその人が、赤門から法曹の世界に生きることを目前にしていた頃、軍靴の足音が忍び寄ってきた。
時節がら大学は繰り上げ卒業となり、築地の海軍経理学校に補修学生として入隊。
即日主計中尉に任官、翌日宮中に参内記帳した後は国内で任務についていたが、戦局いよいよ峻烈となり大尉に任官、ペンを銃剣に持ち替えざるをえない時が来る。
海軍基地航空部隊、後に特攻第一号とも云われる有馬少将のもと副官となり、サイパン島よりパラオのペリュー島へ、そしてセブ島へ。
隊長を失った小部隊を率いて転々とするなか機銃掃射を大腿部に受けた大伯父が、背負うて逃れんとする部下を退け退避を命じた上で(部下の足手まといにならぬよう)自決したのは、終戦直前の6月11日のことだった。
(曽祖父は記す)
『恥ずかしくない終わりである。海軍主計少佐。』

曽祖父の自叙伝には、虫一匹握りつぶせそうにない優しげな大伯父の写真がある。
あの大伯父もまた、「二つの祖国」で書かれるような過酷な戦いをしたのかと思うと、涙が止まらず・・・・・
忘れたかったのだ。

戦争は否応なく人の生きる道を変えていく。

「二つの祖国」の主人公賢治の天羽家は、戦争によって家族が物理的だけでなく精神的にもまさにバラバラになっていく。
日本で過した時間や日本文化の理解は一つの家族のなかでも異なるために、忠誠(人間)テストを境にそれぞれ歩く道が異なっていくのだ。
日本で生まれ育った日系一世である賢治の両親、日本で高等教育を受けた賢治、開戦時に日本で学んでいる忠、そしてアメリカで生まれ育ち日本をまったく知らない勇。
忠誠テスト
NO27 あなたは命令されれば、どこであろうと、米陸軍兵士として、先頭任務につきますか
   (女性には機会があれば、陸軍看護舞台を志願しますか)
NO28 あなたは米合衆国に無条件の忠誠を誓い、外国または国内勢力によるいかなる攻撃からも、米国を
    忠実に守り、日本の天皇に対していかなる形の忠誠や服従をも拒否しますか。

良きジャパニーズアメリカンであることを示すために志願兵となりヨーロッパ戦線で散る、勇。
日本文化と日本語への造詣が深いため情報機関に協力せざるをえなくなる、賢治。
開戦時に日本の大学で学んでいたため、アメリカ国籍を剥奪されたうえで激戦地に追いやられる、忠。

その賢治と忠が、フィリピンのバギオで戦闘中に遭遇してしまう。
アメリカ兵として、日本兵として、互いに銃を向けあっているときに気づくのだ、それが「兄だ」「弟だ」と。
そして、弟を救うべく撃った弾が、弟の大腿部を貫いてしまう。

賢治がアメリカの情報機関に参加したのは、戦争を一刻も早く終結させ、「生きて虜囚の辱めを受けず」の訓示通りに自決することなく、戦後の日本の復興のために生き延びることを日本兵に勧めるためであった。
しかし、賢治が日本兵と弟忠に向けて書いた投降を勧めるビラは、忠の心には届かない。

賢治が書いた投降を勧めるビラ
『薩摩隼人の合言葉に「チェスト行け!」(とことんまでやれ)という言葉がありますが、これは犬死のためではなく、大義のためにチェスト行け!という精神だと思います。無駄死にせず、生きて、祖国日本の再建に尽くすことこそ、大義に生きる道です。
どうか今すぐ銃を捨て、このビラの白地の方を掲げて、近くの米兵に示して下さい』

兄弟の絆を切り裂き、戦争は終わった。

部下の命を守るため(足手まといになることを恐れ)自ら自決した大伯父。(戦後、部下の一人がわざわざ最期を伝えに来て下さったそうだ)
他者の命のために自らを犠牲にした志が無駄死であろうはずはないが、息子を喪った曽祖父も、兄を喪った祖母も、どれほど帰って欲しかったかと思う。

そして、大伯父自身、ペンと法で正義を求め、ペンと法により「チェスト行け!」と言える時代に生きたかったことだと思う。

戦後70年、桜島から重い宿題を頂いている。

つづく
この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 桜島に忠誠を捧げる | トップ | 血と汗の、夏 »
最新の画像もっと見る

」カテゴリの最新記事