何を見ても何かを思い出す

He who laughs last laughs best

雅で強いお蚕さんの命の糸

2018-05-28 20:58:15 | 
次作が出るのを心待ちにしているシリーズの最新作を読んだ。

「あきない世傳 金と銀 五 転流篇」(高田郁)

本シリーズについては、これまで此処に何度も書いてきたので、それぞれの巻で印象に残った箇所を再度記すことは控えたいし、今回心に残った場面は、実は物語の筋とは無関係とも云える場面であるので、本書のあらすじについては、本の裏の説明書きを転載しておきたい。

本の裏の説明書きより
『大坂天満の呉服商、五鈴屋の六代目店主の女房となった主人公、幸。三兄弟に嫁す、という数奇な運命を受け容れた彼女に、お家さんの富久は五鈴屋の将来を託して息を引き取った。「女名前禁止」の掟のある大坂で、幸は、夫・智蔵の理解のもと、奉公人らと心をひとつにして商いを広げていく。だが、そんな幸たちの前に新たな試練が待ち受けていた。果たして幸は、そして五鈴屋は、あきない戦国時代を勝ち進んでいくことができるのか。話題沸騰の大人気シリーズ待望の第五弾!』

毎回さまざまな困難に襲われその度 乗り越えてきた幸だが、本書では、いよいよ’’商い戦国武将’’の本領発揮とばかり何度となく勝鬨をあげ、商いを更に広げていく。ただ、その成功が売上高を伸ばすことに汲々とした結果ではなく、「買うての幸い、売っての幸せ」という信念によるものであることが、読む者に心地よい。
とは云うものの、本書で私の印象に残ったのは、’’商い戦国武将’’としての幸の戦いっぷりではなく、五鈴屋の屋台骨を支える一つとなる「田舎絹」のお蚕さんを、幸が見る場面だ。

今でこそ丹後縮緬は有名だが、もともと京の織元は、丹後縮緬をはじめ京以外のものを、「田舎絹」と蔑んでいた。
その「田舎絹」に目をつけ、他では真似のできない見事な羽二重に育て上げようと試みたのが、幸だった。

お蚕さんが育つ過程すべてを見たいと自ら産地に出向かう、ご寮さんの幸。
(『 』「あきない世傳 金と銀 五」より引用)
『卵から孵ったばかりの蚕は蟻のように黒くて小さい。直に灰色がかった白色に変わり、桑の葉を食べ続けて四十日ほどかけ、人の中指ほどの大きさに育つ。存外、神経質で病に弱いため、その生育には常に気が抜けない。身体が透き通り、桑の葉を食べなくなれば、糸を吐く合図なのだという。
「こないな姿になったら、蔟 まぶし いうて、繭を作る寝床へ移してやるんです」』

『狭く仕切られた中に置かれたお蚕さんは、頭をうねうねと捩らせながら、糸を吐いている。淡い糸の膜が少しずつ厚くなり、膜越しに動く蚕の姿が見える。全ての糸を吐き終えて丸い繭になるまで、休まずに三日ほどをかける、とのこと。
「健気ですやろ。こないな姿を見たら、糸を無駄にはでけしません」』

『眉をそのまま置けば、やがて中でさなぎが成虫となり、繭を破って出てくる。その前に、繭を天日に晒して乾燥させ、煮て糸を引く作業をする。これが糸繰りだった。』
『口の広い鍋で柔らかく煮られた白い繭たちは、湯の中で仲良く起立していた。』

小石丸繭
写真出展 
綾の手紬染織工房 http://www.ayasilk.com/workshop/koishimaru.html

細い細い、髪の毛よりも細い蚕の糸は、しかし、なかなかに強い。
この一本では細すぎて糸にはなれないものを、10本ほどまとめ紡ぎ、一本の絹糸にする。

この過程を具に見学し、『これはお蚕さんの命と引き換えに得た、いわば、命の糸だ。一本では細すぎて糸に出来ずとも、まとめることで太さと更なる強さを得る。ひとも、そして店も、こうありたい、と幸は密かに思うのだった。』

この場面が強く印象に残ったのは、来年5月に皇后陛下になられる雅子妃殿下が、養蚕を引き継がれるために御養蚕所を訪問されたというニュースを拝見した頃、本書を読んでいたからだ。

<雅子さま、養蚕引き継ぎで皇居へ=両陛下が施設案内> 時事通信2018/05/13-19:04配信より引用
皇太子妃雅子さまは13日、皇居で行われている養蚕を皇后さまから引き継ぐため、皇太子さまや長女愛子さまと共に皇居を訪問された。宮内庁によると、天皇、皇后両陛下が皇太子ご一家を皇居内の紅葉山御養蚕所に案内され、一緒に施設を見学した。
皇居での養蚕は明治天皇の皇后、昭憲皇太后が始め、その後の皇后が継承。養蚕所では、今はほとんど飼育されていない「小石丸」という日本在来種の蚕が飼われ、絹糸は正倉院の宝物の復元などに使われている。


皇后が手掛けることとなっている養蚕について、雅子妃殿下には無理だという心ないバッシングが長らくあった。
御病気の負担になってはならない、というエセ善意の衣をまとったものから、虫嫌いの雅子妃殿下は素手で蚕を触ることなど出来まいという ※ 幾重にも悪質なものまで様々なバッシングがあったが、それは皇后が務まらないというイメージを雅子妃殿下に定着させようとするかのような執拗なバッシングであった。

だが、それが底の浅い言い掛かりでしかないことは、皇太子御一家を応援し報道を見守っている者ならば容易に分かることでもあった。
皇太子御夫妻に男児誕生の可能性が低くなったのと時期を同じくして悍ましいバッシングが始まったが、それ以前には、小中学生の頃の雅子さんが生き物係として様々な生物を育てておられたこと、生き物を大切に思う気持ちの強さから獣医さんを目指されたことがあること、皇室にあがられてからは御用地で見つけた弱ったクワガタを捕獲し、大切に育て何年にもわたり繁殖を続けておられるという、ほのぼのとした明るく優しいエピソードが数多く伝えられていた。

このような雅子妃殿下が、蚕が苦手で養蚕を嫌っておられるはずがないと思っていたが、この度引き継がれるにあたり発表になったところによると、やはり 雅子妃殿下は長く養蚕に心を寄せておられたが、皇后さまがなさるべきお務め故に、御自身の身位に鑑み、早くからご関心を示す事をご遠慮されていたということだ。

この細やかな御心づかいこそ大和撫子だと私は思うのだが、どうも最近では やった者勝ち言った者勝ち が大手を振って闊歩しているので、繊細な配慮など何処のあたりでも通用しないのだろう。

もっとも生き物の命を心から大切にされる雅子妃殿下だからこそ、ご養蚕ではお心を痛められることがあるだろうことは、本書のある場面からも拝察される。

三日三晩糸を吐きだし続け繭をつくるお蚕さんは、そのまま置けば成虫となり繭を破って世に出てくる。
だが養蚕業の お蚕さんは、その直前で天日干しにされ煮詰められる運命にあるのだ。

それが、小さな命を守り育てることを大切にされてきた雅子妃殿下のお心に疵をつけることにならないかは、気がかりだが、だからこそ雅子妃殿下は『命の糸』を心から大切にされると、私は信じている。

と、このように物語の主筋とは異なるところに関心を持って読み進めたが、次巻では幸がいよいよ商い戦国武将としてお江戸に乗り出す気配がある。
これは本書の大きなテーマ「女名前禁止」とも絡んでくるので楽しみだ。

学者である父からは「幸が男だったら(女に学問は不要だ)」と言われ、母からは「女は子供さえ生んでおれば良い」と言われ、悔しい思いで育った優秀な幸。
9つで奉公にあがり商才を見出されたものの、大阪なにわに厳然とある「女名前禁止(女では、いかに商才があろうと店の主人にはなれない)」に阻まれ、思う存分才能を生かせずにいる幸。
この幸が、次巻では「女名前禁止」という旧弊な仕来りがないお江戸に打って出そうだ。

陋習を改める先駆者としての幸を期待しながら読んできたが、それはそう簡単なことではなく、どうも新天地に赴かなければ、その才能は活かせないようだ。

だが、今も変わらず陋習に捉われているお膝元で、幸がいかに活躍するか、次巻を楽しみに待っている。

注 ※
幾重にも悪質なバッシング、と書いたのには理由がある。
雅子妃殿下が虫嫌い故に養蚕ができないという嘘を撒き散らすのも悪質だが、その根拠としてあげられる、虫嫌いの雅子様は蚕を素手では触れまいというものは、(本書でも指摘されている通り)そもそも神経質で病に弱い蚕は素手では触らない方が良いため、見当違いな非難であったという事を是非に追記しておきたい。
バッシングのためならば、あらゆる事実を捻じ曲げる日本の報道が恐ろしい。
この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 今、そして依所、ワンコ② | トップ | 豚は、誰? ① »
最新の画像もっと見る

」カテゴリの最新記事