かわせみ山の学校 『津山の中世山城巡り』 2020年1月5日
今年最初の山はあまり知られていない中世時代の山城を3ヶ所登りました。
江戸幕府になり津山城が出来るまでは美作の国には50ほどの中世山城があったようです。
城と言っても砦のようなものだったようです。
医王山城址は南北朝時代以前に築城され、美作滝尾 駅の西にあり、
登山口の岩尾寺が登山口。標高が324mで急な山道を30分登ると本丸跡。
眼下に加茂川、西に津山烏ヶ山、東に山形仙と広戸仙が見渡せます。
荒神山城址は津山市種の標高298mにあり、宇喜多直家の重臣の花房職秀が築城。
公会堂から約30分で標高298mの山頂。この季節は落ち葉がたくさんあり、
道が判りにくい。山頂はススキで覆われていました。
岩屋城址は1441年に美作国の守護になった山名教清が築城。
旧久米町の岩屋の標高483mの山頂にあります。
国道181号の岩屋に岩屋城の標識に従って右折、車がどうにか通れる狭い道を行くと登山口。
いきなり300段の階段を登ると慈悲門寺跡、桧林の急坂を行くと水神宮、
水場を過ぎると山頂の広場。約45分、展望は東と南が開けている。
下りはコンクリート舗装の車道(軽4用)を下りましたが急坂で滑りやすいのでやめた方がいい。
[医王山写真]
・ヤマアイ(トウダイグサ科) 衣類の染料になります。
・医王山山頂にて
・山頂から加茂川の見下ろし
・山頂から山形仙(手前)と広戸仙(奥側)
・観音堂の内部
・下山中
・登山口の岩尾寺
・近平用水 166年前に加茂川の三浦から高倉、野村、日下部まで作られた用水路
[荒神山の写真]
・荒神山への登山道
・荒神山山頂にて
・山頂のススキ跡
[岩屋城の写真]
・岩屋城登山口
・登山道
・山頂下の水神宮
・山頂前の休憩所
・山頂にて
・コンクリート舗装の車道
今年最初の山はあまり知られていない中世時代の山城を3ヶ所登りました。
江戸幕府になり津山城が出来るまでは美作の国には50ほどの中世山城があったようです。
城と言っても砦のようなものだったようです。
医王山城址は南北朝時代以前に築城され、美作滝尾 駅の西にあり、
登山口の岩尾寺が登山口。標高が324mで急な山道を30分登ると本丸跡。
眼下に加茂川、西に津山烏ヶ山、東に山形仙と広戸仙が見渡せます。
荒神山城址は津山市種の標高298mにあり、宇喜多直家の重臣の花房職秀が築城。
公会堂から約30分で標高298mの山頂。この季節は落ち葉がたくさんあり、
道が判りにくい。山頂はススキで覆われていました。
岩屋城址は1441年に美作国の守護になった山名教清が築城。
旧久米町の岩屋の標高483mの山頂にあります。
国道181号の岩屋に岩屋城の標識に従って右折、車がどうにか通れる狭い道を行くと登山口。
いきなり300段の階段を登ると慈悲門寺跡、桧林の急坂を行くと水神宮、
水場を過ぎると山頂の広場。約45分、展望は東と南が開けている。
下りはコンクリート舗装の車道(軽4用)を下りましたが急坂で滑りやすいのでやめた方がいい。
[医王山写真]
・ヤマアイ(トウダイグサ科) 衣類の染料になります。
・医王山山頂にて
・山頂から加茂川の見下ろし
・山頂から山形仙(手前)と広戸仙(奥側)
・観音堂の内部
・下山中
・登山口の岩尾寺
・近平用水 166年前に加茂川の三浦から高倉、野村、日下部まで作られた用水路
[荒神山の写真]
・荒神山への登山道
・荒神山山頂にて
・山頂のススキ跡
[岩屋城の写真]
・岩屋城登山口
・登山道
・山頂下の水神宮
・山頂前の休憩所
・山頂にて
・コンクリート舗装の車道