中野系

この銀河系の中心、中野で考えること

絶望的な話

2005年10月31日 | 日常
連れがエキストラで出演するあるアマチュアオーケストラの話。

定期演奏会を1週間後に控えた今になり、ピアノコンチェルトを演奏予定だったソリスト(まだ若く無名)が自らの申し出によって急遽降板することになった。何でも原因不明の角膜に関する病気を患い、その症状が悪化してきた為だという。今後失明の可能性が高い、重く深刻な病気であるらしい。

普通の感覚でいうならば同情せずにはいられない話だと思うのだが、世の中には「いろいろな人」がいるらしい。少なくともこのオーケストラの運営幹部にとって、この件について「普通」とは別の感情が沸き起こったようだ。

彼らにとって、直前で話を断ったという事自体がなによりも許せないことであったらしい。その事情がどのようなものであっても。そして彼らはその高ぶる感情を静める事が、この件に関する何よりの収束方法だと考えたようだ。

彼らはソリストを呼びつけ、全員の前で自分の病状を説明し、急遽演奏会をキャンセルしたことへの謝罪することを求めたという。そして若く、立場も強くない若き音楽家は彼らの言に従い先日の練習の場、全団員の前で自分の症状を事細かに報告、謝罪したという。もちろん、泣き崩れながら。

無神経な人はどこにでもいるけれど、こういう話を聞くと絶望的な気分になってくる。いろいろな考えの人間がいるからこそ人生面白いと思うわけだが、その全ての人々と触れ合うことが楽しいわけでもない、ということを思い知らされた限り。

人間としてさほど寛容なわけではないけれど、人生つまらなくなるので「好きでない人間」は作っても「嫌いな人間」は極力作らないよう努力してきたつもり。だが、今回のオーケストラ幹部のようなタイプの人々についてはそういう努力も不要だろう。正直「大嫌い」だ。

消費税

2005年10月26日 | 日常
会社の月例会計チェックの際、会計事務所の人との雑談で思い出したのが消費税のこと。

そもそも消費税が導入されたのは自分が大学生の頃、20年近く昔の話。当時はニュースでも大騒ぎ、課税対象企業かどうかで同じ物を買っても値段が異なることになるぞ、などと煽っていたものだ(消費税はその事業者の前年度年間売上が(当時は)3000万を超えた場合にのみ課税されるものなので)。

仮に週休1日で年間300日稼動したとしても、毎日10万円コンスタントに売上がないと3000万円には到達しない。そう考えると世の中の結構な数の店は課税対象外になるはず(少なくともうちの近所の煎餅屋とか布団屋は絶対にそうだ)。これらの店では消費税として上乗せした分はそのまま懐に入れることができる。いわゆる益税というやつ。

実際、課税対象外なので消費税は取らない店というのはまず出現しなかった(消費税施行開始年の夏、礼文島の雑貨屋で定価50円のアイスを買って51円取られた記憶あり)。

消費税導入自体に反対なので消費税はいただきません、という店は時折あったけれど、あれも今となって昔の話。結局世間は消費税を完全に受け入れてしまったのだ。

最近はさらに税込表示を義務付けてしまったので、もはや街で「消費税はおかしい」などという人はまずいない。共産党だけはかなり最近まで消費税反対を唱えていたけれど、今はさすがにそこまでは言わないみたいだし。

必要があれば増税は仕方ないことだと思うけれど、現状、いくらでも他に無駄を省けるところがあるはず。その意味で個人的には増税反対。

新聞等の報道でもそろそろ増税の準備をしている様子。あの消費税導入騒ぎの際も自民党は一時的に大敗したりしたものだけど、今回は「大丈夫」だったりするのだろうか。この件も「改革」の一言で乗り切れてしまったとしたら、それはそれである意味怖い話だ。

ロボット売ります

2005年10月21日 | 日常
仕事で池袋へ行った際、西武デパートのインテリアコーナーを素通りしようとしたら見慣れぬものが。飾りかと思ったが形はロボットのようなもの。なんだろう、と説明をみると本当にロボット、それも売り物。

ロボットとか宇宙といった単語には無条件に過剰反応してしまうところあり、まずは鞄からデジカメを取り出し写真を1枚。で、その後冷静になって横にあるプレートをみると、単なる展示ではなく「発売中」とのことだ。飾りでなく商品なのだ。値段は1,575,000円…ここでなんとか現実に戻った。

限定100台ではあるけれど、これは立派な商品。三菱重工製で名前はwakamaru。サイトもあるので見ると、愛知万博でも出演していたものらしい。三菱重工ってところが「ロボット」らしくていい感じ。

問題は何ができるかだが、スペックを見る限りさすがにまだまだ、といったところ。人の顔を記憶して、ある程度の会話をできる。基本的にはこれだけ。無線LAN必須となっていて、ネットから情報を取得、天気予報等時事的な会話、情報を発することもできるみたいだ。あとは適当に家の中をうろつき、バッテリーが低下すると自発的に充電する、といったところ。5万円くらいなら面白いオモチャだとも思うけれど、この値段ではさすがに欲しい、とも思えない。

SFに出てくるような人工知能の開発はまだまだ先の話だろうし、そういうものを期待してはいけないことは分かるのだけれど、そうであるならばAIBOのようにひたすら「動き」で魅せるか、もしくは実用性を高めたほうがよいのに、というのが個人的な感想。

パターン化された会話をするくらいなら、動きに対するプログラミング機能を高めて、家の中でお茶を持ってこさせたり、離れたスイッチを入れたりする動作を教えられるようにすれば、それなりに需要もでてくると思う。これなら現代のテクノロジーでも充分に出来るだろうし。

ちなみにwakamaru、購入した場合本体価格とは別にサポート料金が月10,500円必要。あと「十分なサービス・サポートをご提供するため」購入できるのは東京23区在住者のみ。場所的な資格はあるけれど、さすがに自分はパス。本体だけでも充分高いのにサポート料金月1万って…

とはいいつつ、やはりデパートでロボットが売られている、という事実自体にはなんとも言えず嬉しいものを感じる。店頭に置いてあったリーフレットには「未来への招待状」とあったけれど、まさにその通り。

この調子でいけば、自分の命あるうちに「実用的」なロボットが普通に販売されることになるかもしれない。タイミング的に、自分の購入第1号は「自らの介護」用になってしまいそう気はするけれど…

東急ハンズランキングにも

2005年10月20日 | 日常
東急ハンズのサイトの「ヒット商品ランキング」を眺めていて気が付いたのだけれど、上位10個のうち半分の5個を地震、防災製品がしめている。5個のうちの3つは実質同一の製品(メーカーが異なる)のだけれど、それにしても凄い話だ。

ここ20年以上、いつ来てもおかしくないと脅されつづけた我々関東人には、その警告が実に有効に届いているということなのだろう。関東では昨日もまた「ひと揺れ」きたし、さすがにこの状態が続けば人間少しは用心深くなる、のかもしれない。

備えあれば憂いなし、とはいかないのが地震の嫌なところ。備えていてもダメな時はダメ。うちのマンションは築30年を超えたふるい造り、調べるまでもなく耐震設計が現代の基準を満たしているとは思えない。

始めて半年に満たないこのブログですら、すでに過去二度も地震の話題を取り上げている。7月8月にそれぞれ1回、9月はなかったけれどまた10月の今日1回。ほぼ2ヶ月に1回はわざわざブログとりあげたくなる地震を経験してきた、ということになる。

自分では意識していなかったけれど、少なくとも防災意識の喚起、という意味ではブログというのも結構役に立つみたいだ。今後も、震度3以上の地震が起きた場合には必ず採り上げることにすれば、何かしらそこに「予兆」のようなものが表れる(かもしれない)。

少なくとも住む人々の心には地震に対する恐怖が徐々に確実に蓄積されている。たぶん、この地殻の中では同様にプレートから押し出されるエネルギーが蓄積されているのだろう。これらはどのような形で開放されることになるのだろう…

Fire Kingのカップ

2005年10月19日 | 物欲の彼岸
Fire Kingというのはアメリカのアンカーホッキング社によって1942~1974年の間に製造されたグラスウェア、その一連のシリーズ名。アメリカでは収集対象として昔から人気があったようだ。

最近は日本でもかなりのブームのようで、テレビでここ数日に気が付いただけでも消臭スプレーとあと何かもう一つ別の商品、計二つのCMでこのカップが使われているのを見た。ネットで「fire king」と検索したその結果を見てもその人気の程が伺えると思う。

特に人気のあるヒスイ色のカップはジェダイ(JADEとかけているのだろう)と呼ばれていて、同シリーズ他製品と比べて値段もだいぶ高くなっている。ただ高いとはいっても、もともと普及品で数も出回っていた物だけに、マグカップで一つ5~6千円位。買えない値段というわけでもない。この微妙な値段も人気の秘密かもしれない。

このジェダイシリーズのマグカップ、中野ブロードウェーにも置いてある店があり、通りかかる都度眺める為に足を止めてしまう。ガラスの風合い、透き通らず微妙に濁って淡い色をした質感がなんともいえない。この店では5500円くらいするので、毎度購入を迷っていたのだけれど、家に戻りネットで調べてみるとこの値段は「平均的」なもののようだ。

ネットで調べて比較的安い店を見つけたので、思い切って購入しようと思ったのだけれど、あいにくジェダイのマグカップは在庫ひとつ。写真の白いものであればペアで在庫があり値段もジェダイよりかなり安く一つ約2400円、まずはこちらの購入に踏み切った。

写真でどれだけ伝わるかわからないけれど、手にしてみると厚いガラスのずしっとした重さ、質感、微妙にくすんだ白い色の柔らかさ。非常に気に入った。こういうアンティーク(正確にはこの程度の古さだとコレクティブルというらしい)には、これを何十年も誰か別の人が保有していたのだな、と思いをはせる楽しさもある。コーヒーを飲む楽しみがひとつ増えた感じだ。

カップの裏にはブランド名等の刻印が施されているのだけれど、この内容が対のカップでそれぞれ微妙に異なる。これによってある程度製造年代等が分かるみたいなので、今度本でも買って調べてみよう。

またひとつ物欲の対象が増えてしまった感あるけれど、なんだかこれは楽しそうな世界なのでよしとしたいところ。

秋葉原のヨドバシカメラ

2005年10月18日 | 日常
仕事の用事でここ2ヶ月、週1回は秋葉原へ通っている。最初は込むだろうと避けていたけれどさすがにもう落ち着いているはずなので、メディアであれだけ騒いでいたヨドバシカメラの秋葉原店を今更ながらに少し覗いてみた。

外からみても明らかではあるけれど、何よりの印象深いのはその「ひたすらな」巨大さ。新宿西口の本店(毎週のように通っている)も総面積ではかなりのものだと思うけれど、それが一つのビルにまとめられてしまった感じ。

東京は確かに巨大な都市だけれど、地価も高い分、こういうひたすらに巨大なフロアというのは案外ないものなので、そういう意味でもこれは新鮮だった。もしもこれが貸しビルだとするならばその賃料は如何ほどのものなのだろう。

ただ、正直感心したのはこの広さ「だけ」。もともと扱うものが家電等なので、独自の品揃えとかオリジナリティをそうそう出せるものではない。これはある意味仕方ないのだろうけれど…

感心したことはひとつだが、感心しなかったこともひとつ。一部ニュースでも報道されていたけれど、この店舗ではどういう意図からか原則、製品はメーカー別の商品陳列にしている。たとえばAVコーナーというのがあって、そこではソニー、松下、と企業ごとのブースがあり、そこで同社の製品(液晶TV、スピーカー等)がまとめて展示されている。この展示は商品を選ぶ側には実に不便だった。

どこかの系列に勤める人ならともかく、とにかくXX社製品で揃えたい、という人は世間一般ではそう多いとは思わないし、普通テレビが欲しい人は各メーカーのものが一箇所に集まり、その前で値段やデザインを検討しながら選ぶ、と思うのだけれどどうだろう。

自分は来たついでとして電源タイマーを買おうとしたのだけれど、東芝のコーナーにそれがなく、松下のコーナーでやっと探し当てることが出来たが、これには非常に不便を感じた。こういうローテク製品は安くて比較的まともなデザインなら「どこのブランドでもよかった」のだけれど…

「社会が成熟すると人はブランドと付加価値で物を選び始める」とか、そいういうビジネス教科書的なものにでも被れたのかどうかしらないけれど、これはとにかく具合が悪い。是非とも改善してほしいところ。

もちろん全ての製品がブランド別、というわけではないのだけれど、製品によってブランド別であったり、一緒であったり。これはこれでまた不便であった。

デパート地下の食品売り場などは、意図的に迷いやすい配列に店舗設計をすることで色々と商品を買わせる工夫をしていると聞いたことがあるけれど、同じ迷うならヨドバシよりは秋葉原の街中のほうがずっと楽しい。少なくともヨドバシ目的で秋葉原へ、ということは個人的には当面ないだろう、というのが開店以下1ヶ月時点での個人的な印象。

生涯の趣味

2005年10月17日 | 日常
何度か述べてきたように、アマチュアオーケストラでの楽器演奏を趣味として楽しんでいる。多くの知人をここで得ることができたし、生活の中心、とまでは言わないまでも趣味が自分の人生の重要な一部であるのは確かだ。

担当している楽器はトロンボーン。中学校のブラスバンドで始めて以来、かれこれ四半世紀この楽器を吹いてきたことになる(冷静に数えてみて自分でも驚いた)。二十数年たった今でも、まだまだ力不足の感あるけれど、逆にそれゆえ「向上の楽しみ」がある、とも言えるる。少々気取った言い方だけれど、一つの楽器を楽器をやり続けるという行為は、ある意味「自分との対峙」みたいな部分もあるので、その意味でも続けてきてよかった、と個人的には思っている。と、ここまででは(少なくとも趣味に関しては)実に満ち足りているようだけれど、残念ながら世の中大抵のことには「でも」がつく。

金管楽器というのは金属製のマウスピースを唇に押し当てて音を出す。こういう仕組みなので、前歯がしっかりしていることが楽器を演奏する最低条件。今のところは問題ないけれど、このことを考えると多分まともに楽器を演奏できるのは良くても50代くらいまで(シカゴ交響楽団では70過ぎまで元気に吹いていた伝説の奏者もいるけれどこれは特殊な例外)。体力だけなら本人の努力次第である程度維持できると思うけれど、歯については寿命がきたらそれまで。

趣味の重要性は仕事をリタイアしてからの方がより重みを増すと思うし、そう考えるといまの趣味は「後々を考えると」ちょっと問題がある。

実は自分の所属するオーケストラでひとり、50歳を過ぎてから弦楽器に転向した人がいる。詳しくは知らないけれど、昔は管楽器をやっていたらしい。その意味では自分にも希望がもてる。今度宴会の場ででも、転向の理由について聞いてみたいところ。

将来的に弦楽器を始める、というのは悪くないかもしれない。ただ、弦楽器というのは楽器、弓、どちらも値段がトロンボーンとは「比較にならないくらい」高く、その辺頭が痛い。ピンキリの世界ではあるけれど、まともなモノを選ぶとすぐ車一台分の値段くらいになってしまうのが弦楽器の世界(ちなみにうちの連れのヴァイオリンの「弓」だけでも自分のトロンボーン5本分の値段…)。その点、トロンボーンという楽器はオーケストラの中でもかなり安いほう。サイズは大きいけれど、つくりが単純なので値段は意外に手頃で、プロが使うようなものでも20万円代から買えてしまうものがある。

今から貯金を始めて40歳(とかそういった節目)に新しい楽器を始める、というのも悪くはないか、と思っている今日この頃。趣味一つといってもやはり「計画性」とか「お金」といった現実から逃れることはできないのだ。

新ボンド決定に思う

2005年10月14日 | 日常
ジェームズ・ボンドの活躍する007シリーズを映画館で見たのは子供の頃「ムーン・レイカー」の一度くらい。特別にこのシリーズに対する思い入れもないし、時折TVで放送されればまぁ見る、といったところ。

その後もボンドは何回か変わってきているけれど、シリーズは未だ継続し、ボンド交代の際は、そのことが一般ニュースとして報道されるくらいなのだから、世界的にはまだまだ人気のシリーズ、ということなのだろう。

今回の新ボンド決定のニュース報道での「話題」はシリーズ初の金髪ボンド、ということみたいだが、個人的に興味を持ったのはその年齢。新ボンドを射止めたダニエル・クレイグ氏は37歳、ついに自分よりも年下の人がジェームズ・ボンドになってしまうのだ。

一度きりの映画が小学生時代ということもあって余計に、ジェームズボンド=歳をとっても(いろいろと)元気な「おやじ」というイメージを抱いていたのだけれど、そのおやじがついに年下、なのである。

35歳の誕生日を迎えた時、モーツァルトはこの歳で亡くなったと考えると不思議な感じはしたものだ。ただ、あのような「天才」との比較なので、実感までは湧かなかったのだけれど、今回のような比較的瑣末な話題のほうがリアルに自分の歳、というものを知らしめてくれる。

小学6年生になってサザエさんのカツオを学年的に抜いた時は、自分も大きくなったものだ、と素直に嬉しかった記憶があるけれど、今回のように、歳が上回る事がショックである事自体、たしかに「歳を取った証拠」なのかもしれない。

「ちょいワルおやじ」といったプランに多くのおじさんが共感してしまっているのも、ある意味自分と同じような気持ちを抱いてのことなのかもしれない。認めるしかない以上、そこで楽しまなければ、ということなのだろう。

結局は憧れ?

2005年10月13日 | 日常
阪神に引き続いて今度はTBSと楽天。10年後には「時代性」を表す出来事として振り返ることになるのだろうな、とテレビを眺めていて思った。

楽天の提案を見る限り、さすがにライブドアの件で「学習」している様子。今後TBSがどう動くかはわからないけれど、あの提案内容であればある程度、まともな話し合いで事は進む(のかも)しれない。

フジテレビ騒動の時は堀江氏の性格的な幼さが、必要以上に交渉相手を感情的にさせてしまった感ったけれど、さすがに三木谷氏は一枚上手みたいだ。

結果どう動くのかしらないけれど、しばらくはこの話題で持ちきりなのだろう。特に当事者「外」になったフジテレビあたり。

それにしても相変わらずというか、どうしてああもIT長者は既存メディアに必要なまでの執着をみせるのだろう。堀江氏の提案もそうだったけれど、内容を見る限り何千億も費用をかけてやるようなこと、とは到底思えないのだけれど。

「ネットとメディアの融合」。言うのはよいけれど、いまアップルがやろうとしていることくらいで充分では、と個人的には思う。テレビ番組が簡単にダウンロードできたら良い、とは思うけれど、それは楽天やライブドアの力が無くても十分できること。そもそも彼らが技術的に優れた集団、というわけでもないのだし。

結局のところ、財をなしたので今度は「業界人」になりたい、ということなのだろうか。

モバイル事情

2005年10月12日 | 日常
喫茶店、ルノアールへ行きノートパソコンの電源を入れたところで気が付いた。Yahooが提供していた無線LANの試験期間は今月頭で終了していたのだ。

ルノアールは無線LANが使え、電源も貸してもらえるので非常に重宝していただけに結構痛い。無線LANについては「試験」サービスが終了しただけなので、有料であれば使えるのでは、と家に戻り調べてみると月額290円。適切な金額なので早速申し込もうとした、らなんとこれはYahooBBの「オプションサービス」とある。YahooBBを契約していないと使えないみたいだ。

囲い込み戦略としてはうまい、けれど個人的には困ったこと。さらに何か手は無いか調べてみると実はこのYahooの無線LANポイント、Nifty(我が家のプロバイダ)契約者でも利用はできるみたいだ。ただし料金は1分8.4円。ダイヤルアップで「パソコン通信」していた頃の料金みたいだ。常時接続が当然の今現在の感覚からすれば、これは「現実的」とはいえない料金体系。

こうなればあとはLivedoorの無線LANサービスに期待するしかないけれど、あれは電柱等外部にアクセスポイントをつけるはず。なので、そのサービスの入るルノアールを探す必要がある。確実性を求めるならPHSカードでも買うのも手だけれど、あれは結構遅いのに高いし…

最近は喫茶店でノートパソコンを使っている姿を良く見かける。が、上記のようにネットへの接続環境、という点ではまだまだ途上の感ある。たぶん、無線LANについてはLivedoorをきっかけに良い方向に行くとは思うのだけれど、意外にダメなのが電源の問題。

電源を自由に使わせてくれるのは「ルノアール」位。アメリカではスターバックスでもタリーズでも原則電源は自由に使ってよいことになっている。あれが日本でもできれば、といつも思うけれど、これは難しそう。そもそも、アメリカの場合空港でもどこでもソケットがあれば皆勝手に使ってしまっている。電気代が安いからか、とにかく電源は自由に、というのが一般の認識になっているみたいだ。

たぶん、電源についてはアメリカのようになることはないだろう。ルノアールのように、戦略として意識して提供してくれるところでもない限りは今後も状況が改善されることはないだろう。こうなると燃料電池に期待を託すしか手はなさそう。

村上ファンドあれこれ

2005年10月11日 | 日常
村上世彰氏(いわゆる村上ファンド)と阪神に関するニュース。
生粋の関西人である連れにとっては非常に深刻かつ重大な話題のようだけれど、関東出身かつ野球自体への興味すら薄れてきた身としては、むしろ事の成り行き自体を楽しんでいる、というのが正直なところ(マスメディアの姿勢と一緒だ)。

表面的な意見だけを見る限り、村上氏側の方が正論を述べているような気がするけれど、彼の本意を知るわけでもないので、とくにどちらかの肩を持つ気にはなれない。

ただ、春先あれだけ世間が騒いでいたのに何もせず、結果いいようにやられているのだから、少なくとも阪神経営陣が「間抜け」であることだけは間違いない。

「他者に買収されるのが嫌ならば上場をしなければよい」という堀江氏の(フジテレビ買収騒動の際の)コメントはある意味もっともな話であって、こういうニュース報道は彼らも興味を持って見ていただろうに、と思うのだが、その際ですら「自分達には大丈夫だ」と考えていたのだろうか。

阪神百貨店の簿価が900万円だとか、こういう騒動があると社会の意外な仕組みが色々と見えてくる。また一般的でなかった金融用語がニュースで飛び交うようになり、「その当事者でない限り」において、こういう騒動は不謹慎ながら非常に勉強になる、と個人的には思っている。買収される側にはたまったものではないだろうが、それが嫌であるならばしかるべき対策を立てればよいだけのこと。どちらが良い悪い、の問題ではないはずだ。

いまさら、の感はあるけれど、こういう騒動によって日本が資本主義社会、自由経済の国であること、これを各々が理解していくのだとすれば、それはやはり良いことなのだと思っている。

最後に正直に告白しておくと、今回の一連のニュースにおいて個人的に一番の疑問は「村上氏は若き日の萩本欽一にそっくりなのに、メディアではそのことは話題としてあげないのは何故か」ということ。

「村上世彰 萩本欽一」でGoogle検索してみても、上記事項が自分ひとりの思い込みではないと確信しているのだけれど、そういう意見が大手メディアで流れているのを見たことがない。確かにどうでもよい話題ではあるけれど、既に週刊誌あたりでは村上氏の少年時代等々、徐々に「本筋からはずれたネタ」で遊びはじめている。まさか欽ちゃんにメディアが遠慮しているとも思えないのだけれど…

シン・シティ

2005年10月07日 | 映画
アメリカンコミックの映画化、ということらしい。全編(ほぼ)モノクロ、なかなかに豪華な俳優陣、さらにあのタランティーノもなにか絡んでいるようだ。この程度の予備知識でなんとなく見に行ったのだけれど、結果としてはなかなかに楽しめた一編。

タランティーノが「特別監督」という意味不明のクレジットで参加しているけれど、結果は、かなりタランティーノ的な映画に仕上がっている(ように思えた)。少々乱暴な言い方だけど「キル・ビル」に近い感じ。

原作のアメコミを見たわけでもないので、その世界がうまく描かれているかどうかは分からない。意味があっての「モノクロ」なのかは不明だけれど、これも手伝って独特の世界を描くことについては少なくとも成功している。

最近ではCGの発達で人の想像するもの何でも「リアル」に映像化することも可能な感じあるけれど、その対極の表現として、ワイヤーアクション等を使い「コミカル」に漫画的な世界を実写表現する映画というものも存在する。この映画はその中間という感じ。あえていうなら「劇画」世界の実映像化。適度にリアルで適度にコミカル。それをモノトーンの世界に押し込め、より一層独特な実写世界が展開される。この映像世界についてはちょっとした見もの。

まずないと思うけれど、もしも「ゴルゴ13」を実写版で映画化するとしたら、今回のような映像でいけば結構いけるのでは、と個人的には思った次第(すくなくともあの高倉健版よりはずっとましになるだろう…)。

キル・ビル同様、かなりエグイシーンも(モノトーンで多少は分かりにくくなっているけれど)満載、映画の好みとしては意見分かれるところ。少なくとも万人向けの内容ではない。そういう点を考慮に入れた上、(変な基準ではあるが)キル・ビルが「楽しめた」人には是非ともお勧めの映画。

★★★

相棒

2005年10月06日 | テレビ
あまり見ない、といったばかりで気恥ずかしいところあるけれどここ最近、楽しみにしているテレビ番組が「相棒」。水谷豊と寺脇康文主演の刑事もの。

10月から新シリーズが始まる布石として東京では現在、昼に過去シリーズの再放送が流れている。ふとしたことで1話見てみたら、いつのまにか「毎日」見るようになってしまった。

タイトルが想像させるように、主演二人のパートナーシップが物語の売り。単純ながらも正義感に溢れた行動派、刑事の典型(あくまでもドラマの世界で)のような寺脇と、全く正反対に理知的でわが道を行く水谷。合いそうにもない二人が見事に「相棒」として、事件を解決していく、という話。

ドラマではなにより水谷豊の個性から作られる杉下右京という刑事、このキャラクターの魅力が際立っている。自分にはない何かを完璧に持ちうる姿。人が架空のヒーローに憧れる理由だと思うのだけれど、その意味ではこの杉下もヒーローの一形態といっても良いかもしれない。どのような状況においても周りに一切影響されず、常に自分の知性と論理をもって物事を切り抜けていく姿。

実は推理物としての仕掛けや謎自体はそれほど凝っているわけでもないのだけれど、それに対し杉下が如何に考えどう行動していくか。彼の活躍をただ見守ること、それだけでも充分にこのドラマは楽しい。もちろん、彼の同僚である寺脇や、その他各メンバーとの関係性、この辺もなかなかよく描かれているので、ドラマとしてはやはり「相棒」というタイトルが相応しいのだと思うけれど。

岸辺一徳が警察庁の上級官僚として出てくるけれど、この存在感と演技も見もの。うまく説明するのは難しいけれど、「踊る大捜査線」ではついついウェットに成りがちだった完了との関係性に適度な距離感あり、個人的にはこちらのほうが面白い。

決してDVDを購入してまで集めたい、という類のものではないけれど、週に1回の放映を待つ、という分には充分に楽しい作品。10月からの新シリーズも今から楽しみ。初回はスペシャル版とのこと。未見の人はこれで判断するのもよいかもしれないです。

マンション建築中断

2005年10月05日 | 日常
まさに「中野系」に相応しいローカルな話題。

我が家の近くで8階建てマンションの建設が進んでいたのだけれど、それが近隣住民の反対運動が実り、今現在建設作業を停止している。

近所に張られたビラ情報では8階建てに対する差し止め請求が認められた(本来4階程度までしか許されない場所らしい)、としか分からなかったのだが、昨日の新聞、地方欄に詳細が説明されていた。

記事によれば、この区域で8階建てマンションを建てるには、前の道路幅が最低6m必要。しかしこのマンション前の道路は4m程度であった為、住民の差止請求が認められたようだ。普通に考えると、造る側もこういうことは企画段階で調べるのでは、と疑問が浮かぶところだが、それが今回の問題の肝。

実はこれまで中野区ではこのようなケースでは、マンションの前の敷地内1~2mを道路として扱うことで許可を出してしまっていたのだという。中野区独自の「慣例」だったようで、住民の差し止め請求に基づき他区の実態を調査をしたところ、こういうことをしている区のほうが「少ない」と言う事を知って慣例を取りやめ法に従った、ということらしい。なんだか情けない話でもあるけれど、本来あるべき姿に戻ったのでこれ自体はよいことだ。

今現在、このマンションは3階くらいまで出来上がった状態で建設が止まっている。建築には素人だけれど、8階用に設計したものを4階でやめておくことで構造上問題は起きないのだろうか(逆は絶対だめだろうけど)。構造は大丈夫でもコスト関連では相当な問題が生じているのは確かだろう。資材やら施行業者、いろいろなものを8階分予約してあるのだろうし。

擁護するつもりはないけれど、この建設業者にはご愁傷様としか言いようがない。きっと内部で責任問題等々、胃の痛い思いをしている人が何人もいるはずだ。誰でも知っている大手なのでこれで潰れる、ということはないだろうけれど。

一番悪いのはなんといってもいい加減な法の運用を認めてきた中野区だろう。中野区は人口密集度と道路の狭さから、大地震の発生時に壊滅的な火災被害が出ると予想されている。変な「慣例」を認めつづけてきたことで、その被害の発生確度を高めつづけてきた、と考えるとその罪は重い。今更、これらの結果の建物を廃止することもできないだろうし。こういうことは、地震が起きた「後」にしか責任問題が語られることもないのだろう、と考えると少々気が重い話。

小さい会社でも

2005年10月04日 | 仕事
午前中、品川のある中堅Sierを訪問。我が社のA君、フリーランス時代に同社と取引をした経緯から、社の顧客拡大のためにと同社へ個人的にコンタクト、会社のことも売り込んでくれたのだ。ここまでなら幸せな話、なのだがその後がいけなかった。今日はそのまずい売り込みに対する後始末、二度目の訪問。

求道的で、自己のスキル向上なによりの喜びとするA君、とにかく同社と仕事がしたくてたまらなかったらしい(このSierさんは業界でも知る人ぞ知る高スキルの会社なのだ)。困ったことにA君、その思い溢れすぎて少々余計なことをしてくれた。具体的には、ここ数ヶ月我が社が地道なアプローチにより獲得しかけているエンドユーザさんを、勝手にこの会社に紹介する、と約束してしまったのだ。このユーザさんは品川のSierさんからみてもなかなかに魅力的な先。当然ながら、上等の鴨鍋を前にしたかのごとく猛烈な勢いで「はやくユーザとの段取りを」と猛烈なアピールをかけてきた。

自分の意図としては、請け負えそうな仕事の一部について、彼らの協力を得たかっただけなのだが、A君はそれを丸ごと彼らに譲ってしまおうとしていたのだ(そして、その一部をこちらにまわしてもらおうとしていた)。

もちろんそのようなことはできないし、下手な嘘もつきたくない。ここは正直に謝り彼の発言を取り消すしかないな、というのが今日の訪問目的。曇り空以上になにか思いものを感じながらの訪問であった。

先方も大人の対応をしてくれたので話は無事に終了。訪問後に少し喫茶店で話をする。彼の言い分としては、我が社単独でこなした場合、自分達以上のスキルは発揮できないが、彼らの「下」で作業を行えば、よりスキル向上が行えると思った、と。

うちのような零細企業だと、会社の力も高がしれている。営業活動では常に相手より下の立場で物事を進めなければいけない。そんな中でやっとつかみかけた直接の大手取引先。このことが伝わっていたら、今回のような行動も取らなかったのだろう。

社員について、単なる使用人にはなって欲しくないし、徐々に上を目指して欲しいとも思っている。その意味も込め常日頃より「チャンスがあれば積極的に各自が営業活動を行って欲しい」と言っていたのだが、それがすっかり裏目にでてしまった形だ。小さい会社の中でさえ意図することを他人に完全に理解してもらう事はなかなかに難しい。

今回の件はA君が最近加わった会社立ち上げ時よりのメンバーではない、ということにも原因があるのかもしれない。まだ規模は小さくても、全てをツーカーで済ませるわけにはいかない段階になった、ということを知った意味では良い教訓だ。

良くも悪くも、我が社もだんだんと「企業」らしくなってきたということなのだろう、前向きに考えるならば。