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WEB上のニュースや新聞などで扱われたエホバの証人のニュースを取り上げます。シリアスな話題から笑えるニュースまで。

神のためにスタジアムを清掃する

2011-06-08 22:28:57 | 励みとなるニュース
夏の地域大会といえば、自発奉仕ですね。大抵、会場を使う少し前に会場の清掃の自発奉仕があります。今日の記事は、アメリカ、サンディエゴでの地域大会会場の清掃の自発奉仕の様子です。

ここでは、サンディエゴ市がスタジアムを無料で使わせる代わりに、証人たちは会場を徹底的に掃除するという、いわば共存共生の仕組みがあるところが興味深いですね。日本ではいろいろな点で難しいかもしれません。

しかし、ここまで会場をきれいにするグループはきっと証人たちだけでしょうね。組織力と人数の多さはこういう時に力を発揮します。

サンディエゴ クアンタム・スタジアムの清掃の写真(何枚もあります)

サンディエゴ -クアンタム・スタジアムの清掃の写真(何枚もあります)

■ Voice of Sandiego.org 2011年5月26日

踏み固められたり、太陽に当たって黒くなったガムが。イスの下やコンコース、歩道などにそこらじゅうにこびり付いている。ラドニー・ガルシアを含む6,000人のエホバの証人たちが、この土曜日にガムを取り除くだろう。

いかにも南米風の口ひげをはやしたガルシア(53才)は、クアルコム・スタジアムにおり、彼の手と膝は精力的にガムを追いかけていた。彼は、このスタジアムを知り尽くしている。というのも、彼の働いている会社は最近、このスタジアムに壁紙を貼る仕事を取っていたからだ。彼は、会社の仕事を申し分なく行なった。しかし、コンコースに張り付いたガムを取るという作業は別だ。彼は言う。「今まで自分を剥がし取ろうと思ったことなんて一度もなかったよ。スタジアムのガム?いや、そうじゃない。神のこと?もちろんそうさ」

ここ30年間サンディエゴ市は、年に一度ゴム手袋をはめた何千人ものエホバの証人をクアルコム・スタジアムに送り込んできた。この清掃は証人たちの地域大会の前に行われるもので、その大会では何万人もの人々が集まり、祈りやバプテスマ、また賛美の歌を歌う。

アメリカン・フットボールやモンスター・トラック・レースなどで出た一年分の汚いものが、漂白剤の臭いへと変わっていく。彼らは年ごとに古くなっていくスタジアムを良く世話している。市が余裕がなくて出来なかった作業を代わりにやっているのだ。これらの作業と引き換えに、彼らは無料でこのスタジアムを大会のために使うことが出来るのである。

先週はたくさんの証人たちが流れのようにこのスタジアムに入っていった。彼らの手には、モップ、バケツ、エプロン、ほうき、熊手、409(有名な洗剤)、紙タオル、ちりとり、雑巾、スポンジ、食器用洗剤、掃除機、ガラス用洗剤、洗浄機、ゴム手袋、ヘラ、ゴミ袋、落ち葉とり機、水の入ったボトルがあった。子供たちは、ちっちゃなほうきを手にもっていた。

70才になるレオン・オポルスキは力強い青い瞳を持っている。彼がみんなを中に入れるためゲートを開けた。証人たちがクアルコムにある10以上のゲートのドアを開けるために彼が必要とされた。市は彼に鍵を与えたからだ。

市はクアルコムでのオポルスキを信頼している。なぜなら、彼はスタジアムの建設の一部を助けたからだ。

サンディエゴが3つのスーパーボール(アメリカンフットボールの最高の大会)を招致する前から、オポルスキと証人たちはそこにいた。スタジアムのオフィスの建設と改装を行なっていたのだ。市がパーティールームのカーペットを敷き替える時も、彼らがそこにいた。スタジアムの整備員たちが泊まる場所を必要とした時も、彼らはそこにいたのである。

「我々はこれまで長くここを使っています。まあ、自分の家みたいなものですね」と彼は言う。

オポルスキは携帯をポケットから取り出して開くと、アンテナを伸ばしてから電話に出た。携帯を握りながら、頷き、話を聞いている。土曜日の清掃のため、証人たちは30分前に到着した。彼らはオポルスキがゲートを開けるのを待っていた。彼はスタジアムの管理事務所を出てゲートを開けに行った。

25年前に彼と他の証人たちは、会議室のために25mもの長さのテーブルを作った。オポルスキ自身は、スタジアムの壁にあるレリーフを作った。影を強調した輪郭だ。また証人たちはオフィスのキャビネットを作ったり、持ってきたりした。誰かが2つのファイル用キャビネットを加えたが、それは他のものと全くマッチしていなかった。それらを見て、「ガラスに爪を立てるようなものだ」と彼は言う。

オポルスキと証人たちが最初にこれらのオフィスを作ったのは1985年のことだった。それはちょうど、市が最初のスーパーボールを迎えるに当たって、てんてこ舞いしていた時だった。証人たちは金曜日の午後からオフィスの建築に取り掛かり、月曜の朝には仕事を終えていた。

市のスタジアム管理者が中に入って証人たちの仕事を見た時、彼は冗談で、収賄か何かの調査が入るのが怖いと言った。オフィスがあまりにも豪華だったからである。オポルスキも同じような感想を持った。

エホバの証人たちが来て建設をすると、それは一つの宗教的な体験をすることが出来ると彼は言った。「ある人は来て、'Holy cow.'と言います(神聖な牛が直訳。信じられないほど素晴らしいことの表現)。別の人は入ってきて'God damn.'と言います(神は呪うが直訳。なんてこった!)。そして3人目はこう言います。'Jesus Christ.'(ジーザス・クライスト。驚いた時の表現)」

長年に渡って、市とエホバの証人たちの関係は変わっていない。無料でスタジアムを使っていい代わりに、建設や改装、清掃などの作業を証人たちが行うことになっている。こうしたギブアンドテイクによって、証人たちは今年$35,000の費用を節約したことになる。

証人たちは長年にわたってスタジアムの作業をして来たため、ある物は既に思い出の中だけになっている。彼らが設置したクラブのカーペットはもはやない。パドレス(チームの名前)が引っ越した時に、証人たちを悩ました数知れないひまわりの種も一緒にいなくなった。

清掃の日の一週間前、オポルスキはスタジアムにある屋台店のカウンターをゴシゴシと擦っていた。彼の指は真っ黒になっていた。毎年これが繰り返されている。

スタジアムは建設されてから44年になるが、こと掃除となると、ありとあらゆる変わった、嫌気がさす話でいっぱいだ。ガムはもちろんのこと、どこから来ているのか分からない吐き気をもよおしそうな臭い、死んだ動物まである。

証人たちはふくろうが持ち込んだいくつものネズミの死体を見つけた。スタジアムの上階で死んだコウモリや鳥たちも片付けられた。

正午頃、サンディエゴのナショナル・シティからやってきた、筋骨たくましい中年の男、ジェフリー・フュラーはスタジアムの吹き抜けの壁を掃除していた。

[しばらく、彼が壁から大きなSnoogieを拭き取ったとか、壁を拭いてSnoogieをきれいにするという言葉が何回か出来てきます。しかしSnoogieの意味が分からないので少し割愛します。もし意味を知っている方いたら教えて下さい}

証人たちは、地上がやがて忠実な人々のためにパラダイスになると信じている。神の王国はハルマゲドンの後にやってくる。750万のエホバの証人たちのために、世界中で年ごとの地域大会の会場はおさえられており、平和な状態を反映するように努めている。

コロラド大学の宗教学教授のデビッド・ウェドルは、「神の王国では散らかったゴミなどはないでしょう」と言う。

協会は、38,000人の証人たちが、サンディエゴ、リバーサイド、インペリアルから出席すると見積もっている。この大会は金曜日から始まる。

宗教的な大会をフットボール・スタジアムで開催することは、異なった二つのものを興味深く際立たせることがある。2年前、証人たちが大会をちょうど終えた時、ダイレクトTVが中に入ってきて、ラッパーとして有名な LL Cool J 主演のコマーシャルの撮影を始めたことがあった。

証人たちの習慣は、小さな交流から明らかになることもある。

ナショナル・シティーのSnoogie掃除屋のフュラーは、年齢を尋ねられた時、即答できなかった。「自分は1956年生まれだから、今54才だと思う」少し間を置いてフュラーは言った。「私たちは誕生日を祝わないから・・・」

ジム・スティーグがサンディエゴのスタジアムを最初に訪れた時、彼は、マネージャーたちは駐車場のトレーラーの仕事をしていると言われた。当時、彼はスーパーボール(アメリカンフットボールの大試合)のプランナーをしており、1988年の試合前に市が順調に準備をしているのか見に来たのだった。

スティーグはスタジアムの管理者たちが何故トレーラーの仕事をしているのか分からなかった。しかし、彼はエホバの証人たちが会議室の改装を行なっていると教えられた。

「それはちょっと違っていましたが、これがカルフォルニアであり、サンディエゴなのです」

彼は加えて、「その改装工事はNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)の目から見て、スタジアムと市がプロとしての仕事が出来ることを明らかにした。それは、市が将来のスーパーボールの候補地に名乗りを上げる際に不利となることはなかった」と言った。

NFLが開催される都市でありたいという立場と、NFLのスタジアムにはお金を払いたくないという立場はいつも相反してきた。維持管理費はいつでも予算を上回っている。これまでの修理費は総額80億円にもなる。

証人たちはこのある種の溝を埋めて来た。市議会はこれまで何年にも渡って証人たちの仕事を高く評価し、それによって市議会は納税者たちのお金を節約しているのだとして来た。

1984年から13年前に市管理者の職を退いた時まで、スタジアムを見続けてたジャック・マックグローリーは「彼らはいつでも我々を助けてくれた」と述べた。「建設業者が何かを完成させることが出来なくなった時、私たちは証人たちに電話しました。そして彼らはそれを成し遂げるのです」

しかし、市と証人たちとの関係は多くの点で過去のものとなりつつある。証人たちは、かつてはヤンキースタジアムとドジャースタジアムで大規模な大会を開いていた。今や彼らは、サンディエゴ以外のすべてのアメリカの大会会場で屋内スタジアムを用いている。

さらに元々、証人たちと市がお互いに繁栄出来たのは、個人的な関係によるものであった。ビル・ウィルソンは、1984年から2005年まで市のスタジアム・マネージャーであったが、彼が毎年エホバの証人に働いてもらっていたのは、彼がオポルスキを信頼していたからである。

「神がレオンを祝福してくれるように」とウィルソンは言った。「私は彼が約束を守る男であることを知っている。もし彼が何かをやると言ったら、彼は必ずやる。それは私たちにとって歓迎すべきことだ」

土曜日、オポルスキはシャツとネクタイを付けていた。しかし、スーツの上着を家に忘れて来てしまった。他の監督の立場の証人たちはスーツを来て掃除のボランティアたちに指示を与えていた。「私はいくつかの規則を破ってしまいました」と彼は言った。彼は、骨盤の骨が金属になったために少し動きが遅くなっているが、それでも最初にスタジアムに現れ、最後に立ち去る。

彼はサンディエゴで育ち、パドレス(プロ野球の地元チーム)の試合をレーン・フィールドの木のフェンスの隙間から覗いていたことを憶えている。彼は、若い時にこの宗教が真理であると確信し、エホバの証人になった。彼は写真家、また建設業者として働いた後に弁護士となった。

オポルスキは結婚して50年になる。彼が受け取ったEメールは彼と秘書のどちらもプリントする。「自分は書類ばっかりの男だよ」と言う。

NFLのチャージャーズとクアンタムが市を出ていったら、証人たちの取り決めがどうなるか彼には分からない。他のコンベンション会場は高すぎる。今のところは、彼は週末の大会に集中する。彼は、その大会は一般にも公開されていますよと、強調した。

どうすれば人々はここに来ることが分かるのですか?と聞いた。

彼は答えた。「サンディエゴにいるすべての男性、女性、子供たちが招待状を目にするでしょう」とオポルスキは言った。

どうやって?

「毎年やっていることですが、家から家に訪問して人々を招待するのです」と彼は答えた。


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