同窓会にまた行ったでー!

会えてよかった友・友・友、そして恩師。言えて良かったあの時ごめんねのひと言。次も絶対来ようね!

『週末はブログだね!』と言われるようになって・・・嬉しいような?追われるような?複雑な思いです。

2007-03-03 13:52:47 | Weblog
関東の皆さん 同窓会のお便りありがとう 

しっかりと見覚えのある方々ばかり、工藤君は当時黒ぶちメガネをかけていたのでその印象が強くすぐには分かりませんでしたがお元気そうですね。
この人数であの酒の量とは凄いですね!男性はともかく・・・
そういえば先日大分の幹事反省会でも中々の女性が約3名いらっしゃいました。

『ブログ主筆者募集中!』を呼びかけたところ、○君より『お前がそんなに困っちょんならかっせちゃるわ(加勢してやるの意)』という、とてもありがたい声が届きました。ボチボチでよろしいですのでお願いします。
女性陣の方どうでしょうか?ハンドルネームで登場しませんか。お酒の強い方!如何ですか?誰のこと?そう、あなたのことですよ!

さて、先日紹介の『二宮雑感』からわたしの気に入ったところを切り取ってみましたので今回掲載させていただきます。(今回もちょっと長いです。)

『青春はまだ終わっていなかった』
青春は素晴らしいものではないし、人生に必要じゃない。なければ苦しまなくてスッキリする。青春ははた迷惑でもある。人生うまくやらなきゃ生き延びれないが、青春は利口ではない、バカである。青春は周囲との調和でなく破綻である。

人生は先々のことを考えて我慢することが必要だが、青春に妥協はない。自意識が強く、自分の欲望を何よりも優先する、或いは、自分の欲望がはっきりしないからもがく。

しかし、時に、自分自身を犠牲にして人や何かに奉仕することもある。いずれにせよ、青春は自分の寿命を伸ばすことに興味はない、だから、健康食品や健康器具に関心もない。

青春は快適な生活より気持ちいい一瞬があることや、お金に変換できないものがあることを知っている。

青春は火の玉だ。体の中に火の玉を抱えている人がいる。それを適正に燃焼できたらいいと思うが、そうはいかない。それぞれ火の玉のサイズが違うのである。直径1センチの人もあれば、50センチ以上の人もある。2メートルを超す火の玉に焼け死ぬ人もある。

それに火の玉が燃えるには酸素が必要だ。それぞれ抱えた火の玉の大きさに見合う酸素を供給しなければ不完全燃焼をまねく。酸欠を恐れて自分の火の玉のサイズもわからないまま、火の玉を燃やす風が吹いてくる方向を探している。それが青春である。

火の玉の存在は必ずしも人を幸福にしない。それでも自分の中に火の玉を見つけた人はそれを燃やすしかないのである。・・・

うーん。読みながら興奮し、うなずきながら我が過去を振り返る。
ますます二宮君(一応杵築高校の後輩なので君付けしてしまったが)に会ってみたくなった。