“健康で手芸や俳句、読書とさまざまな趣味を楽しむことができた昨年でしたが、知人から「年を取ると、ときめきがなくなり、短く感じるんだよ」と言われてずっとひっかかってきました。新年のえと、辰は天に昇る様子が何事も成功や発展といった良い方向に導くことにつながって縁起がいいとか。ならば私も新しいことに挑戦して多くのときめきに触れれば、この1年を味わい尽くせるのではないかと考えました。衰えがちな脳を刺激するパズルや、体操教室、野球のテレビ観戦は続けつつも、好奇心を持っていろんなことに取り組んでいきたいです。結果、ときめきがさらに増えればいいな。”(1月26日付け中日新聞)
名古屋市の主婦・小杉さん(80)の投稿文です。「ときめき」、久しく使わない言葉です。ときめきは、年を経るほど減っていくものでしょう。それを80歳の人から聞くとは。そして、その機会を作ろうと努力される。若い!人間は歳ではないという、心がけである。
先日ボクは、学生時代に行った自転車旅行の記録を読み直す機会があった。こんなのだった、久しぶりに思い出した。これが青春だったのだ。そしてボクはこんな体験をしてきたのだ、もっと自信を持とうと思った。小杉さんのように、ボクもときめきを求めよう。これは好奇心、挑戦である。いくつになってもできる。
ときめきは若い人達だけの言葉ではありません。
私も76歳の現在、いろんな事にときめきを持って、今を生きています。
春になったら青春切符の旅の楽しみ、暖かい日差しに咲いた犬のフグリの青さに感激と
春の予感にときめき歩く幸せ、習い事の陶芸の釜揚げの日のときめき、久しぶりに会う人と再会にときめく日等々。
何事もときめきあっての今の私です。