寺さんの【伝えたい話・残したい話】

新聞記事、出来事などから伝えたい話、残したい話を綴っていきます。
(過去掲載分は「付録」の「話・話」を開いて下さい)

(第2575話) どんど焼き

2018年02月20日 | 活動

 ”私の住む地区で何十年と続いている「どんど焼き」が今年も一月中旬の日曜に地元の小学校の校庭でありました。自治会の役員ら百人余で運営していて、昨年の暮れに何十本もの竹やササ、丸太、薪を切り出して乾燥させておき開催日の前日にそれらを組み、当日は朝から神事をして点火しました。
 火は勢いがよく一直線に空へ向かって燃え上がり、炎は次第に周りへと広がっていき、パンパンパンと竹がはじける激しい音がしました。火の周りには九百人ほどの住人が集まり、無病息災を願って皆が持ち寄った正月飾りや寺社のお札などが次々と火の中に投げ込まれました。お神酒やするめ、お汁粉が振る舞われ、くじ引きをして盛り上がりました。寒さもなんのその、火を囲んで話に花を咲かせました。三時間近く燃やした後、片付けて地面に砂をまきました。私はこの行事に参加して十二年になりますが、いつも終わるとすがすがしい気持ちになれます。”(2月1日付け中日新聞)

 愛知県尾張旭市の会社員・大谷さん(男・74)の投稿文です。どんど焼きは左義長ともいうし、ボクのところでは「しゃぎと」と言っています。多分、左義長がなまったものでしょう。そして、規模も内容も地域によって様々でしょう。滋賀県近江八幡市の左義長は凄いもので、この日にウォーキング大会があり、ボクは何度も見ました。
 大谷さんのところもなかなか大規模ですね。ボクのところは、1月14日朝に神社の門松等を寄せてきて堤で焼きます。ボクは今年も御札様等を燃やしに行きました。見ていると持ってくる人は今でも結構あります。昔はここで餅などを焼いたものです。この餅を食べると風邪を引かないといっていました。今そんな人はありません。でも、今でもボクの村で残っている少ない行事の一つです。村の行事も本当に少なくなりました。細々ながらも何とか残って欲しいものです。

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(第2574話) 天でも咲け

2018年02月18日 | 活動

 ”半田市と阿久比町境の矢勝川堤で28年前にヒガンバナの植栽活動を始め小栗大造さん(半田市岩滑東町)が昨年11月7日、老衰で亡くなっていたことが分かった。99歳。同市出身の童話作家新美南吉(1913~43年)の生前を知る数少ない人で、その顕彰にも尽力した。堤は秋、三百万本のヒガンバナが咲く有数の観光名所となっている。   (中略)新美南吉顕彰会の広報部長を務めていた90年、南吉が散策した矢勝川堤をキャンバスに、ヒガンバナで真っ赤な風景を描くことを発案。南吉の代表作「ごんぎつね」にはヒガンバナの描写も登場する。ゼロから始めた活動は地域や行政の協力も得ながら広がっていき、現在では三百万本に。見ごろの秋分前後には14万人前後が全国から訪れる。 小栗さんは生前、「私の魂は矢勝川の土手のヒガンバナに化身する」と話していたという。(後略)2(1月31日付け中日新聞)

 記事からです。矢勝川のヒガンバナは何度も見に行ったことがある。それは見事なものである。それが、30年前の植栽から始まったのである。いろいろな努力があったのであろうが、30年たつとこれほど見事になるのか。何事も一朝一夕ではできない。そのきっかけを作った人も、その後に努力した人も凄い。小栗さんは矢勝川のヒガンバナに化身することが心からの願いであったろう。その可能性を信じたい。また賞賛したい。
 ボクの家の近くに川がある。その整備が年明けから始まった。遊歩道にするのである。数年で6kmほどの遊歩道が整備される予定である。そして、それを守っていく団体結成の話が出ている。どのような成り行きになるのか、興味が湧く。実はこの遊歩道の整備について、ボクは最初から係わり、実現に表から裏からそれなりに尽くしてきたのである。小栗さんのこの話を大いに参考にしたい。

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(第2573話) 幼稚園じい

2018年02月16日 | 活動

 ”幼稚園で送迎バスの運転をしている夫が、今日も相好を崩して帰ってきた。開ロー番、「逆なら大問題やで-」とうれしそうだった。聞けば、男児がバスから降りる際、運転席までやってきて、ほっぺにチュツとしてくれたという。
 夫は六十歳で定年退職し「もう働かん、主夫になる」と宣言。二年ほど、家事見習いをしていた。ある日、私が偶然見つけた求人を見せたところ「ん、時間を守れる方、子ども好きな方って、これ俺のことや」と言ったかと思ったら、もう履歴書を書いていた。
 運良く採用され一年あまり。園児からは毎日、言葉の矢が飛んでくる。「井上さんの前髪いつからないの」「結婚してるの」「井上さんをペットで飼いたい」。また、股間にパンチを受けることも。
 しかし、見違えるような成長を見せてくれるときもある。練習に練習を重ねたであろう賛美歌を、厳粛な空気の中で聴いたときは「あの子たちが」と涙がこぼれたという。先日は雪山遠足があった。御在所ロープウェイで山頂まで行き、手作りのそりで一緒に遊んだという。人生で初めて買ったスキーウェア。一番派手だったらしいが、園児にも好評で、ウキウキの幼稚園じいだ。”(1月31日付け中日新聞)

 三重県四日市市のパート・井上さん(女・62)の投稿文です。ボクの同級生でもつい最近まで幼稚園児の送迎バスに乗っていた人がいる。その人の話を聞くと、全く思いがけことがでてきて面白かった。井上さんの話もまたそんな話である。子供好きな、定年後元気な人に取ってはいい仕事であろう。若い人と接すると自分も若返る。「これ俺のことや」と思える井上さんには天から降ってきた仕事と思えたであろう。
 定年になると、やっと自由が得られた、これから好きなことを思う存分できる、と喜ぶ人は多い。ところが1、2年するともう飽きてしまう、あきらめてしまう人も多い。定年後始めようと思ってはもう遅いのである。その前に助走を付けておかねばいけない。しかし、多くの人はこれが難しい。そして何をしようとも、勤めていた頃に比べれば暇が多すぎる。そしてまた働く道を求めるのである。これもまた一つの生き方である。ボクはこれを否定はしない。4月以降、ボクにもこの試練が待っている。

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(第2572話) 犬型スーパーロボット

2018年02月13日 | その他

 ”尼棒は、その家の玄関から、こっそり中に入った。そこに、一匹の犬型ロボットがいた。「おかえりなさいませ、ご主人さま」しめしめ!こいつはオレのことをこの家の主人と勘違いしているな。泥棒はニヤリとした。
 「そうそう、通帳と印鑑はどこにあったっけ」「ベッドの下の茶色い缶の中です」犬型ロボットはまんまと教えてくれた。金目のもののありかは聞けばすべて答えてくれるので、泥棒は楽な仕事だと笑った。
 「そうだ、暗証番号も聞いておこう」「110です、ご主人さま」
 すると突然、玄関から警察官が入ってきて泥棒を捕まえた。「通報ありがとう。さすがスーパーロボットだ。時間稼ぎをしながら、警察に通報までするとはね」”(1月28日付け中日新聞)

 「300文字小説」から愛知県日進市の会社員・山門さん(女・38)の作品です。少し前までならば、まさに小説、空想の世界であったろう。ところが今や空想でも何でもない、このように泥棒を捕まえるところまではいかないだろうが・・・。
 ボクは今年度中学校へよく行った。校長室ではロボットが迎えてくれるのである。もう中学校にまで配置されていることに驚いた。この小説のように家庭に置くこともそう遠くないだろう。一人暮らしなど話し相手に手っ取り早くて、早々に普及するのではなかろうか。ボクなど今でも入れたい気分である。もうかなりの家庭に入っているのかもしれない。ロボットやIoT(Internet of Things・モノのインターネット)の技術の話を聞くと、もの凄いスピードである。そして、過去でもそうであったように、普及し始めるとあっと言う間に広まってしまう。それこそ今と別世界になってしまうだろう。でもそうなればなるほど人とのつながりが必要になると思う。こう思うのはボクらの年代だからであろうか。

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(第2571話) 高齢者サロン

2018年02月11日 | 活動

 ”一宮市の高齢者の生活支援について地域住民や医療、福祉関係者らが話し合う催しが二十四日、市尾西生涯学習センターであり、旧尾西市地域の自治会で広がっている高齢者サロンの取り組みが紹介された。各地の取り組みを参考にしようと、介護保険や地域福祉の拠点となる地域包括支援センターを市から委託されている医療法人「泰玄会」が主催。旧尾西市地域の住民や介護サービス事業者、医療関係者、民生委員ら二百人が参加した。 旧尾西市地域にある六連区が、高齢者が集い介護予防などに取り組むサロンについて発表。大徳連区ではお寺で読経した後や、地区内の病院で毎週一回朝に集まり、体操をしているという。また、朝日連区では近隣の喫茶店が閉店し集いの場が減ってきたため、集会所でお茶会や太極拳、合唱などをして交流を深めているという。同連区の中島稔連区長(六七)は、ここ一年ほどで連区内に三つの高齢者サロンができたことを紹介。連区の高齢化率は34.6%で市内で最も高いといい「住民に危機感があり、ボランティアも盛ん。町内の公民館を積極的に開放し、活動を支えられれば」と話した。”(1月25日付け中日新聞)

 記事からです。高齢者のサロンは今のボクが一番興味を持っていることであり、また行っていることです。そんな催しが旧尾西市で行われた、ということで紹介しました。
 ボクは以前から高齢者のサロンに興味があり、密かにその機会を狙っていました。そして、昨年地元の老人会会長になるとすぐに、このサロンを提唱しました。そして6月から「サロン羽根邨」として始めました。このことはすでにこの「話・話」でも紹介したと思います。進めていく内に、市もこの活動に力を入れていることを知りました。そして市では「おでかけ広場」の登録募集をしていることを知りました。これも面白いところですが、ボクが会長になるとすぐに「健康体操クラブ」の話が持ち込まれ、昨年5月から「羽根る会」として発足しています。この2つを登録することにしました。昨年12月と今年の1月の開催時に市の担当者が視察、調査に来られました。そして先日登録を承認したという連絡が入りました。今年3月が終わると、ボクの地元の老人会会長も連合会会長も終わります。でも「サロン羽根邨」と「羽根る会」は中心になってやっていくつもりです。考えているといろいろな構想が浮かびます。楽しんで運営をやっていくつもりです。高齢者同士が助け合っていく。少子高齢化がますます進む日本に取ってとても大切なことと思っています。

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(第2570話) スマホヒヤヒヤ

2018年02月09日 | 出来事

 ”地下鉄の車内で入り口の近くに立っていたときのことだ。急いで降りようとした人とぶつかり、私は手にしていたスマートフォンを落とした。降りる人に蹴られたスマホは車外に出てしまい、私も慌てて追いかけた。スマホは電車とホームの隙間から線路に落ちていた。
 私の友達と近くにいた乗客の若い男性1人が電車を降り、一緒に駅員に事情を説明してくれた。後続の電車も通過したが、スマホは車輪の下敷きになることなく無事だった。駅員が線路に降りて拾ってくれた。
 それ以来、私は電車の中でスマホを触っている人がとても気になるようになった。スマホを触っている人はとても多く、皆画面に夢中になって自分の周りが見えていないようだった。私は自分の失敗を大いに反省し、今では電車の中で乗り降りする人に注意を払えなくなるほどスマホに依存してはいけないと思うようになった。”(1月23日付け中日新聞)

 愛知県津島市の大学生・山田さん(女・21)の投稿文です。スマホの功罪についてはいろいろあるが、歩きスマホや人混みでのスマホは全く迷惑であると共に、危険である。この「話・話」でも何度も取り上げたと思うが、今回は失敗した人からの懺悔である。この危険性についてはもう言うまでもない。誰もが承知していることだろう。電車内ではいつも注意を促している。でもさわり始めると手が離せない。やっている人は迷惑や危険を承知してやっている、と言わざるを得ない。
 ボクの近所で運転をしながらポケモンGOをやり、子供を死なせた事故が数年前にあった。その親の苦衷や講演が今でも時折新聞で紹介される。道具は使うものである。使われてはならない。人の中では周りに気を使い、迷惑をかけることのない使い方を心がけねばならない。マナーのよい日本人と言われるが、電車内の席譲りと横断歩道の一旦停止は最悪のようだ。

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(第2569話) お裾分け

2018年02月07日 | 出来事

 ”愛知県岡崎市の山に囲まれた地域にある妻の実家へ帰省したときのことです。外出先から戻ると、玄関先に取れたての大根がドサッと置いてありました。近所の農家が分けてくれたとのことでした。妻の実家の周りには田畑が多く、余った農作物を隣近所で分け合う習慣があるそうです。こんな光景が都市部で育った私には新鮮でした。
 このお裾分けを目にしながら、私は「国内総生産(GDP)」や「生産性」という言葉を思い出しました。昨今、日本のGDPは中国に追い抜かれ、国民一人当たりの生産性も先進国の中では低くなったなどと言われます。自分の畑で取れた農作物を近所の人に分けてもGDPには加算されず、生産性も向上しないでしょう。しかし分かち合うという行為は間違いなく人を豊かにしているように私には見えます。私たちはGDPや生産性といった万能ではない指標に日頃振り回されていないでしょうか。いま一度自問すべきかもしれません。”(1月22日付け中日新聞)

 名古屋市の会社員・森さん(男・31)の投稿文です。「お裾分け」を新鮮と感じられたという言葉に驚くと共に、現代社会ではさもありなんと納得もする。隣とも交流しない時代である、亡くなっても知らない時代である、一昔前の感覚はすっかり失せている。この森さんの文からすれば、わが家は野菜をドサッと置いてくる立場である。するといつの日にかお返しが届く。旅行に行って来たからとか、頂いたからかと、返って高くついて申し訳ない気になるがありがたく受け取っておく。これも交流、絆を築くのである。さしずめ、わが家ではボクが作る人、妻が届ける人である。
 森さんはお裾分けの話からGDPの話に飛ぶ。お裾分けがGDPに及ぼすことはあるまいと思うが、でも話としては面白い。GDPばかり気にするなと言うことであろう。「人を豊かにする」これが元である。この豊かはもちろん金銭や物だけではなしえない。心の豊かさが重要である。心が豊かになるような行為、それを大切にしていきたい。

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(第2568話) やるならば

2018年02月05日 | 意見

 ”  【 やるならば精いっぱいよろこんで  小沢道雄(足なし禅師)】
 私の住む山奥の小さな坐禅堂での「坐禅会」の指導に来てくださったときのお話です。両足義足でこの山まで登って来てくださっただけでもありがたいことでしたが「やるならば・・・」と。「よろこんで」と言われてもなぁ嫌なものは嫌だし、大変なことはしたくないし、辛いのも・・・。
 ヘソの曲がっていた僕にとって「よろこんで」のところに内心、抵抗を感じたわけです。あのニコニコしたお顔でそうおっしゃるのですから、きっと何かもっと深いところで納得しなければならないはずです。戦争から生還して、義足で托鉢を始めたころの壮絶な体験とは正反対の柔らかなお顔で「よろこんで」とおっしゃるのです。
 そこで、どうであろうとせめて「精いっぱい」の方だけでも実践しようとしました。意外なことにそれが「よろこんで」に通じたのです。ポイントは「精いっぱい」の方だったのですね。”(1月23日付け中日新聞)

 「今週の言葉」からNPO法人・くだかけ会代表の和田重良さんの文です。またもや「今週の言葉」からです。この言葉、今のボクが心がけている言葉である。特に昨年4月、老人クラブ連合会長を受ける事になった時に、特に意識したことである。そして、皆の前で大見得を切ったことである。「会長に選ばれたのが不正な選挙であって、もう今更くつがえることはあるまい。この歳になれば1年1年が大切な1年である。やるならば楽しんでやりたい。それにはイヤイヤやっていては楽しくならない。積極的にやりたい。」という意味のことを言った。今思うと恥ずかしさも恐れも知らずよく言ったものだと赤面する。そして、言ったからにはやらねばならぬ、有言実行である。その気持ちでやり始めると、いろいろなことが舞い込んでくる。想像以上にいろいろなことをする結果になった。もうまもなくこの役目も終わる。今はやってよかった、楽しんだと思っている。和田さんの言葉を実践できたと思っている。これからまたいろいろ舞い込むだろうか。やるからには、この言葉を心がけ喜べるようにしたい。

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(第2567話) 3年前のお礼

2018年02月03日 | 出来事

 ”「ほろほろ通信」宛てに人捜しの依頼の便りが届いた。今から、三年前の話。名古屋市南区の森瀬隆徳さん(六〇)の娘さんは、高校の入学試験に向かうバスに乗り間違えてしまった。だが、運転手さんが乗り換えの方法を教えてくれ、試験開始に間に合った。帰宅するなり、その話を聞き「良かったね」と家族で言い合った。そして無事合格。ところが、昨年の暮れも差し迫る中、娘さんが「実はあの時・・・」と告白めいたことを話し始め、驚いた。あの日、乗り換えのバス停で待っていると、老夫婦から「受験?」と声を掛けられた。「はい、M高校へ」と答えると、そばにいた女性が「今からじゃ間に合わない」と言い、試験会場までタクシーで送り、代金まで支払ってくれたというのだ。森瀬さんは「なぜそんな大切なこと黙っていたんだ」と娘さんをしかった。だが、思い当たることがあった。(後略)”(1月21日付け中日新聞)

 志賀内さんの「ほろほろ通信」からです。「ほろほろ通信」のめざすところとボクのめざすところはほぼ一致しているので活用したいが、全文を引用するには長いので、いつも躊躇している。今回はまずは思わせぶりな部分で終え、その続きを次に書きます。
 ”「当時、妻が病気で入院中でした。子どもながら、よけいな心配をかけまいとして黙っていたようです。今からでもお礼を申し上げたくて投稿しました」とのこと。”
  そして、その主を捜し当て、お礼を言うことができたという話です。今の日本で高校入試は人生の一大重要事である。この女性にしてみれば、この受験生が自分の娘のように思われたのであろう。自分にも予定があったはずだ。それを曲げてまでの行為である、なかなか出来ることではない。両親にしてみれば、、何としても探してお礼を言いたい、お礼を言わないと、仕残したままで落ち着かないだろう。その気持ちがよく分かる。ボクの孫達も順次高校入試を迎えていく。間違いなく通り過ぎて欲しいものだ。

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(第2566話) 献立記録

2018年02月01日 | 活動

 ”今年から献立を毎日記録している。昨年子どもが巣立って夫と二人暮らしになったため、夫婦だけの食事をより大切に考えようと思ったからだ。シニア世代に仲間入りするにあたり、食生活を見直すことが毎日を健やかに過ごすことに役立つのではないかとも思ったのだ。
 昨年十二月から試しに家計簿の余白に献立をメモするようにしているが、それが案外楽しい。何げなく作っている毎日のおみそ汁も記録することで具材やみその種類の取り合わせにまで気を使うようになった。
 家計簿の余白には書き切れないので、一月からは日付ごとの余白に書き込めるカレンダーを使っている。夫婦だけの食卓をより楽しめるような日常を積み重ねていくつもりだ。”(1月16日付け中日新聞)

 愛知県一宮市の主婦・小森さん(57)投稿文です。今回は献立の記録である。その気になれば平凡な毎日でもいろいろ記録するものはあるのだな、と感心する。確かに料理は、毎日同じものにならないように、工夫をして作っていく。妻を見ていると全く感心する。それを記録する。毎日が違ったものになるだろう。テーマを持った記録というのも一つの方法である。
 作る人はまだしも、ただ出されて食べる人は、昨日何を食べたかも思い出せない。こんな人ほど記録を付けるべきではなかろうか。ボクはその典型である。当然威張っていることではないが、まだ当分今にあぐらをかいているつもりである。でもボクは結構記録を付けている方と思っている。日記、手帳、また活動について結果を記録をしている。

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(第2565話) 平和のために

2018年01月30日 | 意見

 ”    【平成のために何をしたらよいか 君自身が平和の人になり給え(毎田周一)】
 今日の世界を見てみると、あちらこちらで紛争や戦争が起きている。日本は抑止力と称して武器を持って平和を望んでいる。仏教では兵戈無用といって、本当の豊かさや平和は武器も戦争のための自衛隊も要らないと説く。
 ところが最近の日本は、自衛隊を軍隊として憲法九条に付け加える案が出ている。それはいつでもどこでも戦争ができる国にすることである。「集団的自衛権」を国会で強行採決した。この法案がある以上、米国から要請があれば地球の裏側であろうと自衛隊は参加しなければならない。現在の自衛隊は二面ある。一つは軍隊でなく災害救助隊としての活躍。だから自衛隊は必要だという人もいる。それなら武器は要らない。防衛費五兆円の一部を福祉に使えば、どれだけ国民のためになるか。作家の住井すゑさんは「憲法九条は日本文化の宝である」という。私自身改めて平和の人となることを考えたい。”(1月16日付け中日新聞)

「今週の言葉」から同朋大名誉教授の中村薫さんの文です。「話・話」では身近な出来事を紹介することに努め、政治的なことや宗教的なこともあまり取り上げていない。それは政治宗教はいろいろな主張意見があり、賛否両論様々であるからである。またあまり意見も採り上げていない。言うだけなら何でも言えるからである。今回取り上げたのは、毎田周一さんの「君自身が平和の人になり給え」という言葉に強く同感を覚えたからである。これは何も平和だけのことではない。地域活動でも会社でも家庭でもまず自分が望む人になりなさい、と言うことである。現代社会、自分をかえりみず、人に要求するだけのことが多すぎる気がしている。要求の結果がどのように繋がっていくのか、よく考えて発言したいものだ。
 そして中村薫さんは、ボクにとって時折話を聞く機会がある身近な人であるからである。中村さんはボクのことは知らない。でもこういう文を読んで、中村さんにますます興味を覚えるのである。

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(第2564話) 「落ちない」

2018年01月28日 | 活動

 ”大学入試センター試験初日の十三日、稲沢市平和町のメタウォーター下水道科学館あいも(県下水道科学館)で、落ちない、滑らない仕組みのマンホールのふたに願掛けする企画展「マンホールDEゲン担ぎ!」が始まった。三月十八日まで。
 マンホールのふたは円形で直径が一定のため、開け閉めの際に落下してしまうことはない。表面は滑らないよう、さまざまな溝も施されている。展示は「落ちない、滑らない」にちなみ、試験に臨む受験生を応援しようと、初めて企画した。
 会場では、ふたが落下しない仕組みをプラスチックの模型で解説。昨年十月に新しく決まった県のマンホールのふたのデザインも並ぶ。県の鳥で幸運を呼ぶ鳥といわれるコノハズクと、県花で花言葉は「幸運が来る」のカキツバタがモチーフになっており、縁起がいいという。円形のシールに願い事を書き込むスペースも用意した。(後略)”(1月14日付け中日新聞)

 記事からです。愛知県下水道科学館はボクも少し関係したことがあって、いつも関心がある。そこで粋な企画である。期間中に一度訪れてみたいと思う。
 街中を歩けば、下水道に限らずいろいろなマンホールがある。ボクはホームページを作り始めてその題材として、マンホールの写真を撮って紹介しようと思った。ウォーキング中にできることであり、ボクのホームページにふさわしい内容である。が、あまりにあり過ぎて、ウォーキングにならないのであきらめた、と言う経緯がある。マンホールの多くはその土地にふさわしいデザインが施してある。眺めるだけでも楽しいし、その土地を知ることにもなる。そのマンホールをゲン担ぎにするとはまた面白い発想である。いろいろな人がいろいろな知恵を出す。当たる場合もあるし、残念で終わることもある。でもいろいろやってみることである。

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(第2563話) 湖上の水田

2018年01月26日 | 知識

 ”湖上に浮かび、舟でしか行くことのできない水田が滋賀県近江八幡市にあることを昨年知った。「権座(ごんざ)」と呼ばれているそうだ。同じ県内に長年いながら、私はそれまでまったく知らなかった。
 つなぎ合わせた小舟に鉄板を置き、その上に農機具を載せて田んぼまで運ぶ。収獲物も舟で岸まで運ぶという。転覆の危険もあり舟の上での作業には時間を要する。通常の稲作の何倍も手間がかかるだろうが、地元の人たちが田を守るために汗を流している。人と人とのつながりを大切にしながら集落を守ろうとする地元住民のひたむきな姿勢に私は感動すら覚えた。
 昨年は骨折して現地に行くことはできなかったが、今年は収穫期の風景を見に行きたいと思っている。”(1月14日付け中日新聞)

 滋賀県彦根市の主婦・松本さん(79)の投稿文です。「権座」、初めて聞く言葉です。水郷の町、近江八幡ですからそんな知恵もあったのだろうと、納得できます。昔、大名が大きな川を渡った時にやった舟橋のようなものでしょう。これほどまでにして稲作をし、水田を守った来たのかと、日本人の知恵と苦労に感慨を覚えます。現代はそんな知恵も放棄し、休耕田を増やし続けてきた。時代の流れというのはこんなものなのでしょうか。今では貴重な風景でしょう。
 少し風景は違いますが、ボクの隣村に「島畑」というものがあります。田んぼの中に小さな畑が点々とあります。水田を開墾する際に、導水できる高さまで土地を掘り下げた際に出る残土を水田の中に積み上げたもののようです。昔は各地にあったようですが、隣村の島畑は、残された貴重な風景のようです。ここにも先人の知恵や苦労があります。そう遠くない時期になくなるでしょう。今のうちに見ておかれるのもいいでしょう。

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(第2562話) 繰り返す日々

2018年01月24日 | 活動

 ”日の出は遅く、まだ暗い中、五時半の目覚ましで起床するのは勇気がいる。愛犬の元気をもらい、「エイ」と声を出して布団から出る。列車通勤の息子を六時半に送り出し、身支度をしてまた「ヨシ」と掛け声。愛犬が散歩を心待ちにしている。
 歩くうちに、日の出とともに朝日に照らされ、山々が赤く染まっていく。ああ、なんて美しいんだろう。感動の白い息を吐き、散歩を終え、私の職場、小学校へ出勤。校務の仕事はもっぱら外仕事が主である。しっかり防寒しての作業。今日は剪定した枝の片付けをした。枝の下は切り取って何日もそこに置いてあったせいで、葉が腐り小さな昆虫がわいていた。片付けていると、ジョウビタキがじっとこちらを見ている。虫を食べに来たようだ。「たくさん召し上がれ」と声をかけてみた。山吹色をした尾羽の美しいこと。見ていて笑顔になった。
 給食の支度と片付けをし、一日の仕事を終え帰宅すれば、また愛犬の散歩だ。午後五時になると、夕焼けの赤を背に帰り、夕食の準備をする。そんな日々は繰り返されるが、それが幸せなのだと、年を重ねて感じるようになった。今日も自然に感謝の一日だった。また明日も頑張ろう。”(1月14日付け中日新聞)

 岐阜県川辺町の公務員・今井さん(女・54)の投稿文です。前回は毎日の行動、今回は繰り返す日々です。関連ありです。日々を見ればそれ程に変化がないのが普通です。時折は大きな出来事や変化が起こりますが、日々の変化は少しずつです。同じ事を繰り返しながら、後になって見てみたら結構な変化があったことに驚きます。これが我々凡人の生活です。毎日同じ事が繰り返されることに物足りなさを持ったら、苦痛の日々です。今井さんはそれを幸せと理解された。今井さんは毎日の行動をよく見つめ、観察し、喜びを見つけるように過ごされている。平凡は幸せなのです。前回の嶋村さんは、それを記録し、振り返ることによって、平凡を幸せと感じ、変化も覚えられているのでしょう。
 実はボクは今年4月以降を心配しています。昨年6月までの在職中はないと言ってもいろいろあります。また昨年4月から老人クラブ連合会長になり、それ以前より忙しくなりました。それも今年3月で終わり、4月から本当の無職になります。ボクはどちらかというと自分を追い込み、忙しくして来た人と思っています。暇なことに耐えられるでしょうか。次第に慣れるとは思いますが、当分戸惑う気がします。この文を思い出したいものです。

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(第2561話) 毎日の行動

2018年01月22日 | 人生

 ”五年ほど前まで自分の一日の行動を手帳に書き込んでいました。作業が終わって線を引くとき、この上ない達成感を得られたものです。手帳をめくれば一週間分の動きなどがすぐに分かったものです。忙しさにかまけていつしかメモをしなくなってしまった今、自分が何をしていたかをすぐに忘れてしまうことが多く、不安に感じることがあります。「あのときにメモしておけば良かった」。そう後悔することも少なくありません。
 それで一念発起して昨年のうちに新年用のメモ帳を買いました。家事でもどんな仕事でもメモをするという作業はその人の力になり、財産にもなると思うからです。新しいメモ帳には一日のやるべきことを記入し、前向きな気持ちで一日一日を大切にして過ごしていくつもりです。そうすれば日々の充実感ももっと味わえるのではないでしょうか。私はそう考えています。”(1月4日付け中日新聞)

 愛知県春日井市の訪問看護士・嶋村さん(女・43)の投稿文です。日々の行動を記録する、している人もしていない人もあろう。習慣であろう。していた人がしなくなると、落ち着かないものである。嶋村さんはまさにそんな体験者であり、ボクも最近全く同じ体験をした。
 ボクは在職中は毎年同じ手帳を使っていた。予定を書き込み、また行動結果を書き込む。行動結果は、行動時間も分かるように何時から何時と棒線を入れるものであった。昨年6月の退職し、今年からはそんな必要もあるまいと思って、100円ショップで適当なものを買ってきた。ところが使い始めてみると何とももの足りないのである。ここで数百円を惜しむこともあるまいと思って、ネットで探して買い直した。昨年までとは違うものではあるが、今にあうよりいいものが見つかった。習慣ではあろうが、記録することは大切なことである。これだけ物覚えが悪くなると、より大切である。予定も結果も書き込む。書き込む作業もボケ防止である。

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