彦四郎の中国生活

中国滞在記

立春の日、梅林に行く―知人の画家のアトリエ―

2017-02-06 09:23:16 | 滞在記

 日本の2017年の「立春」の日は、2月4日。この日の日中はポカポカ陽気となる。「立春」は、12月の冬至の日と3月の春分の日の真ん中の日。暦の上では、旧冬と新春の境目にあたり、この日から春になる。梅の花が咲き始め、徐々に暖かくなり本格的な春に向かっていく。今年の日本の冬はかなり寒く、私が日本に帰国した1月12日以降、週末ごとに寒波がやってきて雪がちらついたり積雪があった。このため、関西各地の梅の開花も遅くなっているようだ。週末ごとの寒さのため、風邪の症状も治ってはまたぶり返すことの繰り返しだった。

 「立春」のこの日、関西の京都・大阪地区の梅の名所では唯一「五分咲き」となっている大阪府枚方市の「山田池公園」に夕方に行った。この日の日の出時刻は、午前6時半で日の入り時刻は午後5時半だった。午後4時半ころに山田池に到着し、広大な森林公園の中で梅林にむかった。桜の木はまだかたい蕾だが、あと1か月半もすると桜の開花が始まるのだろうか。梅林に着く。

 けっこう見ごろを迎えている梅林。中国にもうすぐ戻らねばならないが、日本の梅林の梅の花を見ることができたな。

 石楠花(しゃくなげ)の樹木の蕾。5月下旬には開花するのだろうか。池に夕日が落ちて行った。ああ、四季のある日本列島はきれいだなぁ。

 1月30日(月)のことだが、この日の一週間ほど前に友人の野村君から連絡があって30日の昼前に会うことになった。京田辺市の教育会館で待ち合わせをして、現在 画家として活躍している知人の永田君の自宅・兼アトリエ(木津川市)に行くことになった。(※左から3番目の写真の、左が永田君・真ん中が私・右が野村君)

 野村治君は、小学校教員を定年後に奈良教育大学大学院に進学し、現在2回生。全国でも屈指の理科教育実践の有名な男だ。ネパールやベトナムの小学校でも理科の授業をしたこともある。今年の3月には大学院を修了するが、ぜひ大学の教員として活躍してほしい人材だ。今後、彼を採用した大学は「もうけもの」だろうと思えるほどの、「理科教育」の逸材である。

 一方の永田英右君は、「白日会」という美術団体に所属し 活躍している人だ。2000年代に入り「日展」に入賞や特選となるような作品を描き、現在は「日展」の審査員にもなっているようだ。20年ほど前に、私と野村君・永田さんは同じ小学校に勤務していたことがあった。永田さんは、「学校事務職員」の仕事を永らく勤め、最近定年退職したようだ。

 2階建ての自宅兼アトリエ。小さなベットルームと小さな台所とバストイレ以外は、すべて絵画制作のためのアトリエだった。間取りの90%がアトリエ空間という家だった。ちなみに永田君は独身。クレオパトラと大理石彫刻がすばらしい。日本で最古のハープが置かれていた。もらいものだという。

 この日の昼食は野村君が知っている「ネパール料理」の店(京都府加茂町の加茂駅前)に行った。とても美味しい店だった。この日の夜、かっての学校の同僚だった坂根さんと祇園の「侘助」で会って飲んだ。その後、先斗町にある「居酒屋」を見つけ、二人で夜遅くまで過ごした。定年後の彼は今、息子さんが経営している自動車販売会社で働いているようだ。元気そうだった。

◆1月31日付のブログの「アパ問題」の記事で、「拓殖大学の早坂氏」とあったのは、「拓殖大学の富坂氏」の間違いでした。すみません、訂正します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


節分祭―吉田神社には たくさんの夜店が並んでいた―

2017-02-06 06:36:42 | 滞在記

 2月2日(木)の夕方、妻と京都大学正門で待ち合わせをして吉田神社の節分祭に行った。京都大学の正門真近まで露店の夜店が立ち並んでいた。学生時代以来、京都に住んでいるが この吉田神社の節分祭に行ったのは初めてだった。ものすごくたくさんの夜店が並んでいるのに驚いた。

 翌日の2月3日(金)、午前中に京都大学病院の耳鼻科を受診する。昨年の8月にこの日を予約していた。次の受診予約は7月となった。受診後、昼近くになったので 学生時代によく行った食堂「はやし」(三条東山)に行った。「はようて やすくて おいしくて」という「はやし」。おろしとんかつ定食を注文したがボリュームたっぷりの定食は 昔と変わらなかった。

 この「はやし食堂」の近くに「古川橋商店街」がある。この商店街にも学生時代に時々買い物に行った。ここ数年で、店を閉めてシャッターが閉まっている店も目に付くようになった。店を改装して、主に外国人観光客用のホテルになっていた店もある。この場所は、隣に白川が流れていて、とてもロケーションのいい場所なので ホテルの人気も高いかもしれない。しばらく歩いて八坂神社の節分祭を見に行った。ベトナムあたりの東南アジア系の女性が和服の着物を着ていた。

 午後1時から始まる祇園花街の舞妓さんたちによる豆撒きを撮影するため、舞殿の周りには早くから人が集まっていた。祇園階段下(八坂神社)の四条東山交差点近くにたくさんの人が行列を作っていた。何の店なんだろうと近づいてみると、「八代目儀兵衛」(米料亭)という看板が見えた。美味しいご飯を食べさせる店のようだ。

 2月3日節分の日、この日は日中ポカポカ陽気となり、祇園白川沿いの石畳を歩く。白梅が花を咲かせている。舞妓さんの貸衣装を身にまとっている女性や和服を身にまとって初春の花をバックに撮影をしている家族の姿があった。白梅を背景に撮影をしている娘さんに向かって 顔だちのよく似た父親らしい人が、]娘に向かって 「うわあ!!綺麗やな!!! --梅が!!!!」と、笑いをとっていた。

 この日の夜、昨年の10月に結婚した息子たち夫妻と私の妻の4人で午後7時ころ四条大橋で待ち合わせをし、祇園の焼き肉店に入って食事をした。食事後、木屋町の高瀬川沿いにある居酒屋「おかめ」にて、カラオケなどをして過ごした。店にいた2人づれのお客さん(京都外国語専門学校職員)、若い方の(27才)人は ビーズ(BZ)の歌がとても上手だった。

 次に息子たちと会えるのは 7月になるかな。