みちのくの山野草

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2519 高瀬露は悪女ではない(賢治随聞)

2012-02-13 08:00:00 | 賢治渉猟
 今回からは、前回取り上げた高橋慶吾の証言がはたしてどれくらい信頼できるものかを知るために、他の人たちの証言を調べてゆきたい。

 ではまずは関登久也著『賢治随聞』から。この巻末には次のようなタイトルの座談会の記録が載っている。
1.座談会「先生を語る」より
 この「先生を語る」の中に高瀬露に関する発言が登場するのでそのような部分を抜粋して以下に掲げたい(この座談会は以前〝下根子桜の農耕自活の検証〟でも話題にしたものであるが、その際には取りあげなかった箇所である)。
慶 先生のご病気は昭和二年の秋ごろから悪くなったと思うが――。
克 よく記憶にないが東京へ行ってからだと思う。東京でエス語、セロ、オルガンなど練習されたという話だった。
慶 雪のうんと降った日、夜おそくまでお話を聞いたことがあるがあの日は愉快だったな――。それからあの女の問題で騒いだのはいつごろだったか。
忠 性慾についての話はずいぶん聞いた記憶が記憶に残っていない。ただ大事だと思って聞いたことは性慾を、芸術とか労働方面に使え、とよくおっしゃっていた。
慶 先生は仕事をするのにいつからいつまで働いていたのだろう。
忠 朝は早かった。読書して、ひとまず畑に出られ午前十時頃帰られる。再び読書をして昼飯を食い、また労働に出かけられ、夕方帰ってきてから読書というふうで、それが病気になるまで続けられた。
慶 この村の人たちはただ道楽に仕事をやっていたと思ったろうな。
克 そうだ、だれ一人先生の生活に理解のある人はなかったと思う。
慶 この次の集まりには、先生の生活上のことなどについて話し合いたい。それから前にも言ったがあの女のことで騒いだことがある。私の記憶だと、先生が寝ておられるうちに女が来る、何でも借りた本を朝早く返しに来るんだ。先生はあの人の来ないようにするためにずいぶん苦労された。門口に不在と書いた札をたてたり、顔に灰を塗って出たこともある。そしてご自分を癩病だといっていた。しかしあの女の人はどうしてもいっしょになりたいといっていた。
 いつだったか、西の村の人達が二、三人来たとき、先生は二階にいたし、女の人は台所で何かこそこそ働いていた。そしたらまもなくライスカレーをこしらえて二階に運んだ。そのとき先生は村の人たちに具合が悪がって、この人は某村の小学校の先生ですと、紹介していた。よっぽど困ってしまったのだろう。
忠 あの時のライスカレーは先生は食べなかったな。
慶 ところが女の人は先生にぜひ召上がれというし、先生は、私はたべる資格はありませんから、私にかまはずあなた方がたべて下さい、とけっしてご自身は食べないものだから女の人はずいぶん失望したようすだった。そして女はついに怒って下へ降りてオルガンをブーブー鳴らした。そしたら先生はこのへんの人は昼間は働いているのだからオルガンはやめてくれといったが、やめなかつた。その時は先生も怒って側にいる私たちは困った。そんなようなことがあって後、先生はあの女を不純な人間だといっていた。
忠 いつだったか先生のところへ行ったとき、女が一人いたので、「先生がおられるか」と聞いたら、「いない」といったので帰ろうかと思って出て来たら襖を明けて先生がでて来られたときは驚いた。女が来たのでかくれていたのであろう。
慶 あの女は最初私のところに来て先生を紹介してくれというので私が先生へ連れて行ったのだ、最初のうちは先生も確固した人だと賞めていたが、そのうちに女がかくれて一人先生をたずねたり、しつこく先生にからまってゆくので先生も弱ってしまったのだろう。しかし女もかわいそうなところもあるな。
<『賢治随聞』(関登久也著、角川選書)266p~より>
2.高橋慶吾の不自然さ
 ところでこの座談会のメンバー慶、忠、克とは誰のことかというと、それぞれ
   慶=高橋慶吾(明治39年生まれ)
   忠=伊藤忠一(明治43年生まれ)
   克=伊藤克己(明治45年生まれ)
のことであり、関登久也によればこの座談会は昭和10年頃に行われたものであるという。もしそうだとすれば、賢治没後2年頃の話でありあまり記憶に間違いはなかろう。
 さてこの中に登場する人物〝あの女〟とは高瀬露のことである。因みに高瀬露とは、『今日の賢治先生』によれば
 明治三四~昭和四五。稗貫郡根子村生。花巻高等女学校卒業→小学校代用教員歴任。湯口村宝閑小学校では訓導として妹タキと共に勤務。同小学校で農会主催講習会が頻繁にあり、賢治と顔見知りとなる。花巻高女での音楽愛好家の集いでも同席。露はクリスチャン、明るく率直な人柄、羅須地人協会での世話役を買って出た。
<『今日の賢治先生』(佐藤司著)より>
 ところで、この座談会の記録の中で真っ先に変だなと私が感じたのは、なぜか慶吾が恣意的に話の流れを〝あの女〟高瀬露の話に持っていこうとしている点である。
 なぜなら、慶吾は
   …愉快だったな――。それからあの女の問題…
とあるように、それまで話の後やや沈黙(〝――〟)があって、やおらそれまで話の流れを断ち切って〝あの女〟の話に持っていこうとしている。ところが一方の忠一はそれには応えず話を逸らす。そして慶吾は
   この次の集まりには、先生の生活上のことなどについて話し合いたい。それから前にも言ったがあの女のことで騒いだことがある。
と話を切りだして、この座談会は終わらせるのかなと思ったならば、今度は強引に再び〝あの女〟の話に持って行っている。
 この座談会の進行は、慶吾が一番年上だからかもしれないが、実質的に慶吾が行っていることがわかる。が、このときの慶吾の進行の仕方には不自然さがあり、何かしら高瀬露に関しての思惑があってのことではなかろうかということがかくの如く見え隠れする。そしてそれは何もひとり慶吾のみならず、忠一の話の逸らし方からも同様なことが感じられる。他のことに関してはそうでもないのに、このときの慶吾と忠一の〝あの女〟に関する話の進み方はあまりにもぎこちなさすぎる。そして、そこに思惑がありそうだと感ずるのは、話の進み方だけではなくこの座談会の記録が上述の如く尻切れ蜻蛉で終わっているせいでもある。まるでこの最後の部分を言いたいがための「座談会の記録」だったのではなかろうかということさえも疑われそうな、そんな危惧さえも抱いてしまう「速記録」である。一体この座談会はいつどこで行われ、だれが記録したものなのだろうか。
 そして一方では、前回取り上げた〝高橋慶吾は「賢治先生」〟においても、『イーハトーヴォ』(宮澤賢治の會)の創刊号だというのに高橋慶吾はしきりに高瀬露(〝某一女性〟)のことを話題にしている。創刊号なのだから、賢治に関するふさわしい話なら賢治に大層世話になった慶吾なら他にも沢山あるだろにわざわざ高瀬露のことを持ち出している。したがってこのことといい、座談会のことといい、高橋慶吾は高瀬露に何かわだかまりでも持ち続けていたのだろうかという印象を拭えない。
3. 座談会の証言
 なお、上記以外のことについては後ほど考察することとして、あとは確認のためにこの座談会における高瀬露に関する証言をいまは箇条書きに直しておくだけにしたい。
(1) あの女のことで騒いだことがある。(慶)
(2) 先生が寝ておられるうちに女が来る、何でも借りた本を朝早く返しに来るんだ。(慶)
(3) 先生はあの人の来ないようにするためにずいぶん苦労された。門口に不在と書いた札をたてたり、顔に灰を塗って出たこともある。そしてご自分を癩病だといっていた。(慶)
(4) あの女の人はどうしてもいっしょになりたいといっていた。(慶)
(5) 西の村の人達が二、三人来たとき、先生は二階にいたし、女の人は台所で何かこそこそ働いていた。そしたらまもなくライスカレーをこしらえて二階に運んだ。そのとき先生は村の人たちに具合が悪がって、この人は某村の小学校の先生ですと、紹介していた。よっぽど困ってしまったのだろう。ところが女の人は先生にぜひ召上がれというし、先生は、私はたべる資格はありませんから、私にかまはずあなた方がたべて下さい、とけっしてご自身は食べないものだから女の人はずいぶん失望したようすだった。そして女はついに怒って下へ降りてオルガンをブーブー鳴らした。そしたら先生はこのへんの人は昼間は働いているのだからオルガンはやめてくれといったが、やめなかつた。その時は先生も怒って側にいる私たちは困った。(慶)
(6) あの時のライスカレーは先生は食べなかったな。(忠)
(7) そんなようなことがあって後、先生はあの女を不純な人間だといっていた。(慶)
(8) いつだったか先生のところへ行ったとき、女が一人いたので、「先生がおられるか」と聞いたら、「いない」といったので帰ろうかと思って出て来たら襖を明けて先生がでて来られたときは驚いた。女が来たのでかくれていたのであろう。(忠)
(9) あの女は最初私のところに来て先生を紹介してくれというので私が先生へ連れて行ったのだ、最初のうちは先生も確固した人だと賞めていたが、そのうちに女がかくれて一人先生をたずねたり、しつこく先生にからまってゆくので先生も弱ってしまったのだろう。(慶)
(10) しかし女もかわいそうなところもある。(慶)

 さて、これらをどう考察するかは保留しておいて、もう少し他の人の証言を見てみよう。

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