Blog of SAKATE

“燐光群”主宰・坂手洋二が150字ブログを始めました。

小熊英二が映画を作った ~『首相官邸の前で』

2015-07-20 | Weblog
安保法制反対で自分も久しぶりに国会前に行ったが、先週、3年前の、やはり官邸前での、反原発デモを描いたドキュメンタリー映画『首相官邸の前で』を観た。小熊英二さんが初めて監督した映像作品である。
小熊さんといえば同世代随一の歴史社会学者だ。こだわりも強いが柔軟な人だ。芝居のアフタートークも来て頂いたし、最近は下北沢のことでも、いろいろつきあって下さった。デモの現場で独自の動きをしている様子を見かけたこともあったが、ただ活動的なだけではなくて、じつはこういう記録映画を作ってもいたのだ。
映画は、この映画のために撮ったインタビューから始まる。一人の人間ごとに紹介していくのではない。数人ぶんが絶妙にてきばきと編集されている。共通の話題になると話者がスライドしていくのだ。それに過去の映像が混じり、やがて震災直後から翌年にかけてのダイナミックな動きがあったことが、観る者の中に甦ってくる。そのピークとなる中盤過ぎがやはり感動的で、どこが響くかは人によって違うだろうが、試写後に高橋源一郎さんも言っていたように、ほんとうにそこには「感動」があるのだ。
後半になるとテンポが変わってきて、いったん引きつけた観客に、「自分はどうなのか」をゆっくりと突きつけていく展開になる。これは私の体感した印象というべきか。
この辺りの采配については高橋さんが「小熊さんの本と作り方が同じだよね」と言っていた通りと言える。やはりドキュメンタリー映画は歴史社会学の本と同様に、「編集」こそ命、ということなのだろう。
質感としては、やはりインタビューと過去のニュースの編集を組み合わせた構成でできている30年前の傑作『タイムズ・オブ・ハーヴェイ・ミルク』と似ている。
音楽はこちらもおなじみ大熊ワタルチームである。ラストの曲は監督自身もギターを弾いて参加しているという。
試写の隣の席に出演者の一人である亀屋幸子さんがいた。3年前の国会前で私は福島から来た女性たちによって編成されている彼女のグループに頼まれて幟を持ったことがある、はずだ。先方は憶えていないと思うが。
彼女に限らず、登場人物たちとの距離感がすぐれている映画だと思う。
DVDは出ない。小熊監督は週に一度の上映後に必ず観客とのトークセッションの場を作るつもりだという。これも試みとして有効だろう。
演劇人たちが観る会も催してみたいと思うが、実現可能かどうかは、私の忙しさにかかっている。
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じつは同じ日に「標的の村」の三上智恵監督の新作「戦場(いくさば)の止(とぅどぅ)み」も観た。
よくできているのはもちろんだ。初めから映画として作られているわけだし。
ただ、こちらは「映画」だと思って観ることができなかった。多くの知り合いが出ていることもある。なかなか観た印象が自分の中で一本の映画の像としてまとまらない。作り手と被写体の距離が、三上監督でなければできない関係を踏まえているところがみごとだ。
私の印象がまとまりにくいのは、もう一年半くらい沖縄に行けていないせいだろう。ただ映画館で観ていていいのか、と自分を叱りたくなってしまうということだ。
こちらについても、また、いずれ。
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以下、『首相官邸の前で』ホームページより
http://www.uplink.co.jp/kanteimae/

『首相官邸の前で』
2015年9月2日(水)より隔週水曜日、渋谷アップリンクにて公開
企画・製作・監督・英語字幕:小熊英二 撮影・編集:石崎俊一 音楽:ジンタらムータ 英語字幕校正:デーモン・ファリー
出演:菅直人、亀屋幸子、ヤシンタ・ヒン、吉田理佐、服部至道、ミサオ・レッドウルフ、木下茅、小田マサノリ ほか
2015年/日本/109分/日本語(英語字幕つき) 配給・宣伝:アップリンク

2012年夏、東京。約20万の人びとが、首相官邸前を埋めた。NYの「ウォール街占拠」の翌年、香港の「雨傘革命」の2年前のことだった。
しかしこの運動は、その全貌が報道されることも、世界に知られることもなかった。
人びとが集まったのは、福島第一原発事故後の、原発政策に抗議するためだった。事故前はまったく別々の立場にいた8人が、危機と変転を経て、やがて首相官邸前という一つの場につどう。彼らに唯一共通していた言葉は、「脱原発」と「民主主義の危機」だった――。
はたして、民主主義の再建は可能なのか。現代日本に実在した、希望の瞬間の歴史を記録。

スタッフ総勢2名、企画決定30分
「映画を作ろうじゃないか。監督と出資は俺で、撮影と編集は君だ」。そこから製作は始まった。

無償提供された自主撮影映像を編集
ネット上で探し当てた自主撮影映像を、撮影者の賛同と協力にもとづき多数使用。現場映像だけが持つ生の迫力。

世代・国籍・出身・地位、全てがちがう8人の体験
原発事故の恐怖、運動の台頭、首相との会談までの経緯を、菅直人元首相や被災者ら8人のインタビューと、ネットに投稿された動画で構成している。
11年3月の事故直後には数十人しか集まらなかったデモが徐々に広がっていき、12年5月5日には国内で稼働する原発が1基もなくなった。
翌月の6月29日には官邸前に20万人が集まった。
反原発を訴える市民グループが「首都圏反原発連合」が8月22日に当時の野田首相と面談する場面では、小熊監督自身も出てくる。

監督の言葉
私は、この出来事を記録したいと思った。自分は歴史家であり、社会学者だ。いま自分がやるべきことは何かといえば、これを記録し、後世に残すことだと思った。
映画を撮ったことはなかった。映画作りに関心を持ったこともなかった。しかし、過去の資料の断片を集めて、一つの世界を織りあげることは、これまでの著作でやってきた。扱うことになる対象が、文字であるか映像であるかは、このさい問題ではなかった。
いうまでもないが、一人で作った作品ではない。同時代に現場を撮影していた人びと、インタビューに応じてくれた人びとが、すべて無償で協力してくれた。
なにより、この映画の主役は、映っている人びとすべてだ。その人びとは、性別も世代も、地位も国籍も、出身地も志向もばらばらだ。そうした人びとが、一つの場につどう姿は、稀有のことであると同時に、力強く、美しいと思った。
そうした奇跡のような瞬間は、一つの国や社会に、めったに訪れるものではない。私は歴史家だから、そのことを知っている。私がやったこと、やろうとしたことは、そのような瞬間を記録したという、ただそれだけにすぎない。
いろいろな見方のできる映画だと思う。見た後で、隣の人と、率直な感想を話しあってほしい。映画に意味を与えるのは観客であり、その集合体としての社会である。そこから、あなたにとって、また社会にとって、新しいことが生まれるはずだ。

小熊英二(おぐま・えいじ)
1962年東京生まれ。出版社勤務を経て、慶應義塾大学総合政策学部教授。福島原発事故後、積極的に脱原発運動にかかわり、メディア上での発言も多い。2012年の著作『社会を変えるには』で新書大賞を受賞。他の著作に『単一民族神話の起源』(サントリー学芸賞受賞)、『<民主>と<愛国>』(大仏次郎論壇賞、毎日出版文化賞)、『1968』(角川財団学芸賞)など。映像作品の監督は今回が初めてだが、脱原発運動のなかで得ていた信用のために、多くの映像提供などの協力を得ることができた。

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