Blog of SAKATE

“燐光群”主宰・坂手洋二が150字ブログを始めました。

アメリカの言いなりになるための決定をアメリカに頼まれなくてもやっているに過ぎないこの国の情けなさ

2016-10-31 | Weblog
環太平洋連携協定(TPP)承認案を審議する衆院特別委員会は、とにかく今国会会期中の承認を確実にしたいということのようだ。
安倍首相は「自民党は結党以来、強行採決をしようと考えたことはない」と大嘘を吐くが、嘘しかつけないこの男の妄言に馴れてしまってはいけない。
そもそも「強行採決」発言をした山本有二農水相が、昨年11月にTPP交渉「大筋合意」撤回を求める署名に応じていたとか、「嘘つきばかりの自民党」の人たちのことを、世間は今さら驚かなくなってしまっているが、本当に麻痺させられているのだと思う。
二階俊博自民党幹事長もテレビで面妖な発言をしている。
「(TPP批准について)米国大使館レベルに話を聞いてみると、自分らが逡巡しておきながら、日本に期待すると。しかし私は、そんなことがあっても良い。今まで経済問題でもみんな、米国に追随していく外交だった。たまには日本が、米国が甲乙の判断がしがたい状態でも日本はこう考える、だから遅れてでも良いから米国が一緒についてきてくれたら良い、という外交があっても良いんじゃないか。そんなことを私が平気で言っていると、米側は黙って聞いている。「そりゃ困る」とかなんとか言わないね。」
なんじゃそりゃ。
アメリカの言いなりになるための「TPP」承認をアメリカに頼まれなくてもやると言っているに過ぎない情けなさが実態なのに、アメリカに判断つかないことを日本が独自で決めると自慢するかのように言うのは、もはや意味不明の愚かさである。
「TPP」がどれだけひどいものかはたいていもう言い尽くされていると思う。万が一わかっていない人がいたら自分で調べてくれ。

とにかくこの国が、国民が、この最悪の選択を容認し、それでも地獄への道を進めるのなら、これはもう狂気でしかない。

そして日本政府は国連総会第1委員会(軍縮)で27日、核兵器を法的に禁止する「核兵器禁止」を放棄し、「安全保障体制を下支えしてきた長年の戦略的安定性を損ねかねない」として核政策を維持するアメリカを全面支持した。
もはやこの国は、アメリカの核抑止力(核の傘)に依存する立場をも、恥じないようだ。
反対の理由について岸田文雄外相は「核保有国と非核保有国の間の対立をいっそう助長し、亀裂を深めるものだからだ」と説明した。何を言っている? 日本語か?
二階氏同様の愚かさとチャラさである。安倍総理の蒙昧がしっかり伝染している。
憲法で戦争を放棄し、「武器による解決」を選ばないはずのこの国は、非核保有国として、核保有国との間の対立を助長しようが亀裂を深めようが、すべての国が戦争を放棄する日までたたかいつづけることを選んだのではないのか。
第二次世界大戦が終わったときの教訓は、もはや大切ではないのか。
そうでないなら、「唯一の戦争被爆国」とは、もう二度と名乗るな。
渡辺謙さんは『怒り』という映画の中ではたいして怒っていないが現実ではこのことをしっかり怒ってくれていて、ありがたい。

安倍総理は何ごとも「自分の判断」のふりをしたいらしいが、結局アメリカの言いなりになることで保身している構造は、小泉政権のころとなんら変わっていないし、自覚がなく混乱していることが、輪をかけて悲惨である。この二点だけでもあからさまにそれが露呈している。

政権に携わる者たちよ。アメリカの属国になりたいなら、なってしまいたいとはっきり言え。
このまま国民を道連れに滅んでしまいたいならそう口にした方がいい。

そのほうが明瞭に袂を分かつことができる。

本当にもう、取り返しがつかなくなるぞ。


⋯⋯⋯⋯

写真は、米軍提供地域、現在の、高江N1ゲート奥。
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海外の米軍駐留基地を廃絶すべき理由

2016-10-30 | Weblog
作家でありジョージメーソン大学で教鞭を執る John Glaser が今月、 Time に「海外の米軍駐留基地を廃絶すべき理由」という記事を書いている。
あまり目新しい内容ではないかもしれないが、いまやろうとしている劇の内容に必要なことなので再確認。

彼は米軍駐留基地はアメリカの中心的な国益を支えるものではない、としている。
かいつまんで紹介する。というか、見出しだけ。本文は原文に当たってほしい。
沖縄の駐留米軍に対する抗議についても触れている。(六月の六万五千人の抗議)
http://time.com/4511744/american-military-bases-overseas/?xid=fbshare

海外の米軍駐留基地は、70の国に約800存在する。アメリカの世界に対する軍事支配のために当然のこととされているが、それはかなりのコストと不利益を招き、アメリカの弱点となり、思いがけない結果に導く恐れがある。

1. 米軍駐留基地は直接的な攻撃からアメリカ本国を保護しない。
2. 米軍駐留基地の抑止効果は過大に評価されすぎている。
3. 米軍駐留基地は核兵器拡散を効果的に抑止できているわけではない。
4. 米軍駐留基地は駐留国とその住民の不満と怒りを促進する。
5. 米軍駐留基地は米国に残忍な独裁政権をサポートさせる可能性もある。
6. 米軍駐留基地の存在は、不要な戦争に呼び起こすきっかけになる。
7. テクノロジーはすでに米軍駐留基地を時代遅れにしている。

アメリカも日本も、始めてしまったことはやめられないと思っているし、縮小、撤廃に向かう勇気もない。

写真は、米軍提供地域であることを示す、現在の、高江N1ゲート奥の表示。
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ヨーロッパアマツバメにはなれない

2016-10-28 | Weblog
クジラ学の師、小島曠太郎さんが、記事を紹介してくれた、
AFP=時事通信によれば、こげ茶色の羽毛をした小型の鳥「ヨーロッパアマツバメ」が、10か月間にわたり一度も着地することなく連続飛行することがわかったという。空中で過ごす時間としては、知られている鳥類の中で最長。

10か月間。長すぎる。というか、いったいどうなっているのだ。渡り鳥が大海を渡るあいだ休めないのはわかるが、10か月である。その間に人間は子供を産めるぞ。

スウェーデン・ルンド大学(Lund University)の研究チームが、ヨーロッパアマツバメ13羽の背部に、重さわずか1グラムの超小型データ記録装置を取り付け、飛行状況や加速度、位置情報などを収集した結果、わかったらしい。
そんな小さなメカが発明されて初めて実現した調査だ。動物に負担をかけないで調べられたわけだ。そんなものを開発するなんて、えらいぞ、人間も。

ヨーロッパアマツバメは8月に繁殖地を出発して西アフリカ経由で中央アフリカの熱帯雨林まで移動する際、10か月後の次の繁殖期に戻ってくるまで一度も着地しないのだという。
海ではないのだ。休もうと思ったら休めるのだ。なのに飛び続ける。
「一部の個体は真冬に短時間、場合によっては一晩中、木に止まっていることもあるが、その他の個体はこの期間中、文字通り一度も着地しなかった」。実際に止まった個体もその期間はわずかで、10か月間の99.5%を飛行して過ごしたという。

やつらはいったいいつ寝ているのだ。
と思ったら、「移動中の睡眠の有無やその方法については、まだ解明されていないが、毎日の明け方と夕暮れに高い位置まで上昇し、そこからゆっくりと降下する間に一眠りしている可能性がある」という。
グンカンドリなどの鳥も、滑空しながら眠ることが知られているらしい。

しかし、飛んでいる間、メシは食っているのか。エネルギーはどう補給するのだ。
ヨーロッパアマツバメは飛行中に餌を捕まえ、日中は暖気の上昇気流に乗って滑空することでエネルギーを節約していると思われる。
エサがなければ飛び続けるしかない。すごい。

「暖気の上昇気流に乗って滑空する」というのも、すごい。ちょうど今、そういうことに言及する芝居を稽古しているのだ。

そういうあんたも走り続けているではないかと言ってくれる人もいるかもしれないが、こちらはだらしない。
集中できなければどうにもならない。

いろいろ邪魔がはいる。飛びっぱなしにはしてもらえない。
信じがたい難題が持ち込まれる。
面倒な相談が来る。
気持ちのブレをぶつけられる。
パソコンがおかしくなってあたふたする。
とんちんかんになる。
だが、人やモノのせいにしてはいけない。

結論としては、降参する。
素直に認めよう。
私はヨーロッパアマツバメにはなれない。

だけど、飛び続ける。
つもりだ。

※写真は、石垣・下地空港。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161028-00000003-jij_afp-sctch
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体内被曝をおそれて「精神的に苦しくなることを避ける」のが正当なら

2016-10-27 | Weblog
ドキュメンタリー映画「大地を受け継ぐ」のDVDが発売されたという。
この映画は、福島県須賀川市に江戸時代から続く農家の八代目当主、樽川和也さんが主人公だった。原発災害で多大な被害を被り、樽川さんの父・久志さんは、震災後の3月24日、キャベツ畑の端で首をつった。遺書はなかった。前日、農協から放射能汚染のため農作物出荷停止の連絡があり、父は息子に「お前に農業を勧めたのは間違いだったかもしれない」と話したという。
樽川さんは農家として先祖伝来の土地を守りつづける。出荷も再開した。しかし、「作物はすべて検査しているので安全です。でも生産者の私でさえも汚染された畑の作物は食べたくない」と言う。
良心のある農家が、しかし、自分が食べたくないものを生産し、販売する。その矛盾をどう考えればいいのか、ずっと宿題のように思っていた。ともかく、「生産者が自分では食べたくないと考える食材」が流通している現実は、ある。

内部被曝、子供たちの甲状腺がんのおそれについては、原発事故直後から、各方面より指摘されている。
原発事故後に福島県が設置した県民健康調査検討委員会の委員で、甲状腺の内視鏡手術の第一人者の医師でもある「子供の甲状腺検査を評価する部会」の清水一雄部会長(日本甲状腺外科学会前理事長)が、検討委に辞表を提出していた。清水氏は検討委が3月にまとめた「放射線の影響とは考えにくい」との中間報告に疑問を感じ、「部会長の立場では自分の意見が言えない」「多発は事実であり、これまでの臨床経験から考えると不自然な点もある。『放射線の影響とは考えにくい』とは言い切れない」としている。
原発事故当時に18歳以下だった福島県の子供たち約38万人を対象にした検討委の甲状腺検査では、これまでに174人が甲状腺がんまたはその疑いと診断されている。
子供たちの甲状腺がんのおそれについては、原発事故起因の放射線の影響と考えられる可能性がある、ということだ。

その中で、食材による内部被曝がどのくらい原因になっているかは、はかりようがない。

「食べて応援」という言葉には賛否両論がつきまとう。当然だと思う。
泉谷しげる氏らが写真に登場する「食べて応援」の電車内吊り広告を見たときには、かなり驚いた。
応援のために福島産の食材だけを使うと公言するレストランチェーンも現れた。
逆に、事細かに産地を表記する店舗、食堂も数多く存在する。だが結局、じっさいには確かめようがないはずだという意見もある。
既製品は表示に限界がある。表示のないものを口に入れる機会がまったくない生活を送れる人は、そんなに多くはないだろう。

震災直後に原発から遠く離れた土地に引っ越した人がいる。そういう中で、弁当を注文するときでさえ、産地を事細かく検証する人も知っている。生活を一変させねばならないほどの決意をして移住した人にとっては、ただ住居を移動しただけではなく、食品による内部被曝をとことん避けるというのは、一貫して当然のことなのだろう。とくに子供がいる人はそうしたいはずだ。
周りの人たちがあまり気にしていなくてもこだわり続けることには、困難が伴うだろう。あるいはその人のことを「自分さえ良ければいいのか」とネガティブに捉える向きもあるかもしれない。
だが、こだわる自由はあっていいはずだ。
「被曝しないように食べ物に気をつける」ことが、内部被曝をおそれるだけでなく、その人にとって「精神的に苦しくなることを避ける」という意味もあるだろうからだ。
それぞれの人間にとってどういうことがストレスになるかを、周囲がジャッジすることはできない。

「国家が安全だと保証してはいるが生産者が自分では食べたくないと考える食材」が流通している現実。
それを食べる可能性を否定できない条件の中でしか生きることのできない人が、「精神的に苦しくなることを避ける」ことは、尊重しなければならない。
しかし逆に、だ。
誰かに向かって「そんなところに住んでいるなんてありえない」とか、善意の相手に対して「特定の産地の食材は送ってこないで」という意味に取られるような物言いは、決してあってはならないと思う。最近、幾つかの場所でその種の言葉に出会って、いたたまれない思いがした。
誰にとっても「精神的に苦しくなることを避ける」ことが正当なら、だ。

もちろんそれは、現在の、現実を知らせる仕組みの不全を厳しく指摘し、「国家が安全だと保証している」ことが曖昧にさまざまなことを許してしまう仕組みを、監視し、検証する体制を取る努力と、並行しなければならないだろう。
それができていないと感じる私たちもまた、内部から蝕まれてゆく。

⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯

二日にわたってパソコンが不調。
再起動すればいいのだが、再起動するための整理と、それでも零れた書類の修復に時間がかかるし、取りこぼしが出ている。
ともあれ辛うじて修復、作業再開。
で、弾みを付けるように、ブログを、ということだが、ちょっと前に書いていたがアップしていなかった、しかし気になっていた原稿に、ほんの少し手を入れただけだ。
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唐十郎氏の戯曲の著作権

2016-10-26 | Weblog
劇団唐組の公式ホームページに以下のように記されている。

ご報告

状況劇場時代の唐十郎の戯曲、小説等113点について、女優の李麗仙氏が著作権の譲渡を受けたと主張していた件について、本日、東京地裁民事第46部は李氏の請求を根拠の無いものとして全て棄却し、著作権は全て唐十郎に帰属すると認める判決を下しました。(平成27年(ワ)第34837号)。
創作者の権利が認められた当然の判決ではありますが、これを受けて、唐組関係者ともども今後も一層唐作品の保存及び上演をはかって参りますので、何卒ご支援を頂ければ幸いです。

2016年10月25日
唐組

いろいろな情報が入ってきていたが、外野としては、経緯を見守るしかなかった。
私としては「作品が上演されること」が大切と思っていた。
日本は「裁判沙汰」になったこと自体に対する偏見がある国だが、そういう色眼鏡はなくなってほしい。
ただ、「著作権」は本来作者に帰属すべきであり、付帯するさまざまな条件と混ぜて語られるべきではないという原則は、あるのではないかと思ってきた。
これで決着してほしいという思いはある。
もちろん、今後がどうなるかはわからない。
それでも、唐十郎戯曲に魅力を感じながらなんとなく距離を置いたり、上演を検討しながら躊躇していた人たちは、積極的に上演してほしいと思う。
唐十郎戯曲の上演の可能性じたいは明瞭に「開かれた」わけで、そのことはもう覆らないと思う。
これまでだって閉じられていたわけではないのかもしれないが、だとすれば、さまざまな誤解を招いていた。
今後、唐十郎作品の上演が活発化することじたいが、「演劇」そのものにとっては、幸福な解決といえる。

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事後の政治家たちの暴言失言妄言のほうがもっと深刻だ

2016-10-22 | Weblog
高江で「土人」「シナ人」暴言をした大阪府警の機動隊員二名だけの問題じゃない。
事後の政治家たちの暴言失言妄言のほうが、もっと深刻だ。

松井府知事のさらなる言い訳「反対派が機動隊員を散々挑発し、罵倒したから、思わず言ってしまっただけ」というのは、「擁護」にも何にもなっていない。
それじたいが市民に対する「挑発」と「罵倒」に等しい。
「思わず言ってしまっただけ」と扱われて、後で上司にちょちょっと叱られた振りをしてすむだけでいいなら、今後機動隊員の彼らは何を言ってもいいというお墨付きを与えられたことになるではないか。ひょっとしたら裏では褒められているかもしれん。
機動隊員たちは「言ってはいけないことを言った」。
市民には、最低限にでも、表現の自由がある。民意の表出は民主主義の根幹である。それを「挑発し、罵倒」などとまとめるような、見てきたような嘘をつくな。
松井府知事は、「反対派」という言葉のイメージで気に入らない相手をレッテル貼りし、「何か言ってみろ、今後は「挑発」と見なすぞ」「こちらが「罵倒」と感じたらお返しにどんな暴言でも吐いちゃうぞ」と言っているのと同様なわけで、本当にひどい。

ここは大きく勘違いしている人がいるらしいから記すが、「土人」問題については、言われた人間は「私たちは「土人」じゃないのに「土人」扱いされた」ことに傷ついたり怒ったりしているのではない。私の知る限りはそうだ。

「土人」というもはや「死語」になりかけた差別語を使うこと。
しかもその差別性を強調して使うこと。
体制側の立場から、暴言を吐き捨てるように言ってもいい、という「力関係の構図」を示すために、あえて使うこと。
そういう使いかたをされている事実に対して、県民以外の人間も、ショックを受けたり、傷ついたりしているのだ。

そしてこのことは、現在この国で起きていることの「象徴」である。
抗議する人たちは、末端の機動隊員が「土人」という根拠なき差別語を使いうる、蒙昧で愚かな「権力」に蹂躙されている現実に、怒りを燃やしているのである。

宮城秋乃さんのFacebookの書き込みにある「 こちらは巻き込まれている側なのになぜそんなことまで言われなくちゃいけないんだ。侵略者がこなければいいだけなんだよ。あなたたちがいなければ沖縄は静かなところなんだ。米軍機の音も演習の音も国と市民が揉み合う大声もないんだ。高江の森をあなたの家に置き換えてみなよ。不法侵入者があなたに「お前も暴言を吐いたじゃないか」って言ったら納得できるのか?これはセカンドレイプだよ。沖縄県民に文句を言いたいならまずは沖縄に押し付けている基地を自分とこで引き取ってからいいなよ。」というのは、全くその通りである。

ついでに。
鶴保庸介・沖縄北方相の発言もひどい。

「(沖縄県東村高江の米軍ヘリパッド建設現場で、抗議活動中の市民に機動隊員が「ぼけ、土人が」と叫んだことについて)これを人権問題だと捉えるのは、言われた側の感情にやはり主軸を置くべきなんだと思います。従いまして、県民の感情を傷つけたという事実があるならば、これはしっかり襟を正していかないといけないと考えています。
 ことさらに、我々が「これが人権問題だ」というふうに考えるのではなくて、これが果たして県民感情を損ねているかどうかについて、しっかり虚心坦懐(きょしんたんかい)に、つぶさに見ていかないといけないのではないか。我々が考えねばならないのは、発言をされた対象者の気分を害していますよ、と肩をたたいて言ってあげることが一番必要なのではないか。
 (「県民感情が損ねられているかどうかについて、まだ判断できないのか」との質問に)私は今のこのタイミングで、「これは間違っていますよ」とか言う立場にもありませんし。また、正しいですよということでもありません。自由にどうぞというわけにもいきません。従って今のご質問で、私が答えられるとするならば、これはつぶさに見ていかざるを得ない。(閣議後の記者会見で)」

だそうだ。

「言われた側の感情にやはり主軸を置くべき」
というのは、いかにも被害者に寄り添っていそうなふうにも聞こえるが、じっさいは、足を踏まれて痛いと言っている人間に対して、「ああ、もしも痛かったんならゴメンなさい」と言っているだけである。
「もしも〜だったらゴメンなさい」というのは、謝ったことにはならない、むしろ相手を侮辱する物言いであると、私はふだんから、子供たちや若者に教えている。

「県民の感情を傷つけたという事実があるならば」
あるから問題になっているんじゃないか。
「しっかり襟を正していかないといけないと考えています」
だから「しっかり襟を正していきます」以外にあり得ないだろう。

「ことさらに、我々が「これが人権問題だ」というふうに考えるのではなくて」
これは、人権問題と考えたくない、と自白している。

「これが果たして県民感情を損ねているかどうかについて、しっかり虚心坦懐(きょしんたんかい)に、つぶさに見ていかないといけないのではないか。」
県民感情を損ねているんだよ。もちろん県民だけじゃない。「見ていかないといけないのではないか」と曖昧にいうのでは、まだ見ていない、見る気がないと、これも自白しているわけだ。

「我々が考えねばならないのは、発言をされた対象者の気分を害していますよ、と肩をたたいて言ってあげることが一番必要なのではないか。」
つまり、鶴保沖縄北方相自身は、「考えなければならない」とわざわざ言うわけだから、問題発言とは考えていないことになり、
「発言をされた対象者の気分を害していますよ、と肩をたたいて言ってあげることが一番必要」というのは、自分はそう考えないけれど、その相手が気分を害しているみたいだから気にしてやれよ、と、まわりの者が教えてやれ、と言っているだけ。
違うだろう。正す責任は、政府としては責任者である鶴保沖縄北方相自身にもあるだろう。自分で教えてやらねばならないだろう。それ以前にまず自分が謝るべきだろう。

「(「県民感情が損ねられているかどうかについて、まだ判断できないのか」との質問に)私は今のこのタイミングで、「これは間違っていますよ」とか言う立場にもありませんし。」
じゃあいったいど沖縄北方相というのは何の立場なんだ。

「また、正しいですよということでもありません。自由にどうぞというわけにもいきません。従って今のご質問で、私が答えられるとするならば、これはつぶさに見ていかざるを得ない。」
何を逃げている。さいきん顕著になってきた安倍の発言の混乱同様に、自分が何を言っているのかわからなくなっているのではないか。
こんなの辞任ものだ。本当に、何か勘違いしているのはないか。
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第22回 劇作家協会新人戯曲賞 最終候補作発表。公開審査会は 12月11日(日)。

2016-10-22 | Weblog
第22回 劇作家協会新人戯曲賞の最終候補作が発表されました。
最終審査会は、12月11日(日) 18:30より、座・高円寺2にて。
この賞を、担当責任者として22年間のあいだ牽引してこられた小松幹生さんが亡くなられてから、初の開催です。1994年の北九州でこの賞のプロトタイプとなる劇作家大会でのコンクールを二人三脚で手づくりしたのが、昨日のことのようです。小松さんの不在は、とてもさみしいです。
何にしても、「いま」を表出する作品に、審査員として向き合います。
この公開審査方式、その前に候補作が読める候補作の事前出版(今年は11月中にはなんとか!)、審査員の応募者投票による決定、この仕組みを発明したことは、誇りです。その後、公開審査等の同趣旨のものは各方面に増えましたが、ここまで徹底した方法論はまだ他にはありません。

十二月、高円寺の風物詩としても定着しつつある公開審査会、ぜひいらしてください。

⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯

http://www.jpwa.org/main/drama-award/prize

第22回劇作家協会新人戯曲賞 は、演劇界の未来を担う才能に道を拓くことを期し、1995年より当協会が主催している劇作家協会新人戯曲賞。第22回となる2016年の応募総数は243本。うち27本が一次選考を通過し、二次選考で5本の最終候補作に絞られました。最終の審査会は2016年12月11日(日)に開催し、受賞作はその場で決定します。

最終候補作は、以下の通りです。 (応募戯曲到着順)

『もものみ。』   守田慎之介 (福岡県)
『プラヌラ』    高石紗和子 (東京都)
『触れただけ』   南出謙吾 (東京都)
『カミと蒟蒻』   長谷川源太 (京都府)
『the Last Supper』 太田衣緒 (東京都)


第22回劇作家協会新人戯曲賞 公開審査会

  [日時] 12月11日(日) 18:30
  [会場] 座・高円寺2
 
  最終選考委員
   川村毅、鴻上尚史、坂手洋二、鈴江俊郎、佃典彦、土田英生、マキノノゾミ

  審査会司会
   瀬戸山美咲


[主催] 一般社団法人 日本劇作家協会
[後援] 公益財団法人 一ツ橋綜合財団、杉並区


一次選考委員
 岡安伸治、小川未玲、刈馬カオス、黒川陽子、杉浦久幸
 瀬戸山美咲、象 千誠、高谷信之、嶽本あゆ美、棚瀬美幸
 ナカヤマカズコ、原田ゆう、柳井祥緒、芳﨑洋子

二次選考委員
 鹿目由紀、鈴江俊郎、鈴木 聡、瀬戸山美咲、
 佃 典彦、土田英生、永井 愛、長塚圭史


一次選考通過作一覧は、以下の通りでした。 (27作品・応募戯曲到着順)

トーキョー・D 吉村健二
音埜淳の凄まじくボンヤリした人生 細川洋平
反復する、イクツカノ時間と、交わる、
イクツモノ時間の中で、僕等にできる、イクツカノこと。 石田聖也
鯨 染谷歩
もものみ。 守田慎之介
るかわの砂漠 鈴木穣
プラヌラ 高石紗和子
ベイビー・マイン 高橋亜季
蛹のプシュケ カタ山裕子
赤ん坊を盗む。 大山鎬則
触れただけ 南出謙吾
Summer House After Wedding 清水弥生
カミと蒟蒻 長谷川源太
マインドファクトリー −丸める者たち 池内風
the Last Supper 太田衣緒
俺の酒が呑めない 古川貴義
東雲のストライキ 下川志乃ぶ
放課後のユートピア 上村奈帆
トゥルムホッホ 渡山博崇
春をゆるして 柳生二千翔
ただ夜、夜と記されて 中村賢司
あのコのあのコト 坂本鈴
雪女 −密室の行軍 望月清一郎
最虚構都市 伊藤知咲
最後に歩く道 大西弘記
かけみちるカデンツァ 小野寺邦彦
MY SWEET BOOTLEG (2016) ハセガワアユム

*9月16日付で発表した1次通過作について、一部変更がありましたのでお知らせします。
『朝をつれてこい』ですが、応募規定の「過去に他の賞の佳作以上を受賞した作品は、手直しをしていても不可」に抵触することがわかりましたので、審査の対象外といたします。発表前の確認が足りず、申しわけありませんでした。また、作者の大石晟雄様への事前の説明にも不備がありましたことをお詫びいたします。(2016年10月3日付)

最後の件につきましては、ほんとうに、以上の通りです。大石さんには何の責任もありません。申し訳ありませんでした。
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「土人」発言 差別は再生産される

2016-10-20 | Weblog
沖縄・高江、18日午前9時45分ごろ。米軍北部訓練場・N1地区ゲート横の丘に設置された仮設フェンス沿いでヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)建設に抗議する市民に対して、現場の大阪府警から出向してきている機動隊員が、暴言を吐いた。
「どこつかんどんじゃ、ぼけ。土人が」などと発言。他の隊員から「黙れ、こら、シナ人」という言葉が発された事実も確認されている。

市民に認められているはずの表現の自由を抑圧し、差別発言をする。大阪府警と、彼らを派遣した沖縄県公安委員会は、責任を取らねばならない。
あなた方にとって「国を背負う」ということは、差別語を吐くことか。

県警は当初、取材に「県警としてそのような発言は確認されていない」と回答したが、さすがに庇いきれなくなったのか、事実を認め、菅官房長官なども発言を批判していたりする。

しかし、松井一郎大阪府知事が、機動隊員の沖縄での差別を、「擁護」した。19日夜、彼自身のツイッターに以下のように記した。

「ネットでの映像を見ましたが、表現が不適切だとしても、大阪府警の警官が一生懸命命令に従い職務を遂行していたのがわかりました。出張ご苦労様。」

 日本維新の会の代表も務めている松井知事は、大阪府警を所轄する立場でありながら、機動隊員が暴言を吐く動画を確認した上で、庇い、ねぎらったことになる、と、多くの人たちが憤慨した。当然、松井氏にも批判が殺到した。

沖縄県の翁長雄志知事は20日午前の定例会見で、松井知事への投稿に、「不適切な発言と認めた上でよく頑張ったとなると、沖縄県民からしたら筋が違うとは思う。沖縄県に対する配慮は足りなかったのではないかという印象は持った」と批判したが、まだ生ぬるい気がする。

現に、その後、記者の質問に答えた松井知事は、「土人」との発言は不適切だったとした上で、
「売り言葉に買い言葉で言ってしまうんでしょう。(抗議している)相手もむちゃくちゃ言っている。相手は全て許されるのか。それをもって1人の警官が日本中からたたかれるのはちょっと違うと思う」と述べ、発言した機動隊員を擁護したという。「相手もむちゃくちゃ言っているわけでしょ、鬼畜生のようにけだもののように個人を叩くのは違うのではないか」(松井一郎知事)

 松井知事は、現場で無用な衝突を引き起こしている原因は反対派だと批判、警備に問題はない考えを示しました。
それは本当に、失礼だろう。権力を持ち武装した者が、市民を弾圧しながら言っていることについて、「売り言葉に買い言葉」とは、ふざけるにも程がある。
知事は「大阪府警の警察官、全国の警察官が沖縄のために無用な衝突を起こさないように、一生懸命働いているのは事実だと思う」とも言ったた。無用な衝突を起こしてきたのが「非暴力」を信条とする市民たちの側でないことを、高江を見守る人たちは知っている。
「混乱の原因が市民側にあると考えているのでは」と記者らに揶揄され、案の定、「(政府は)北部の基地を何とか返還させるためにしているわけで、反対派のみなさんの反対行動があまりにも過激ではないかと思う」と、厚顔無恥に屋上屋を重ねた。
そこまでみてきたような嘘を言うなら、高江現地に行って、「あまりにも過激」かどうか、確かめてみたまえ。

こうした、たった2日間の動きで、「土人」という日本語が、再生された。「差別語」としての側面に於いて、である。

「土人」という言葉には、おおまかには、二つの意味がある。

一つは、もとからその「土地」に住んでいる「人」。つまり土着の人。

もう一つは、原住民などを軽侮していった語。

前者は、ほぼ英語のnative(ネイティブ)に等しい。語源としては本来、単にその土地の人、土着民であり、原義は先住民・原住民と変らない。「土」は、「土一揆」や「土民」の「土」と同じ意味であるという。

侮蔑の意味が入る後者は、「野蛮、未開の生活形態を残す先住民族」に対して、多くの場合、近代以降、植民地における統治者が、未開・非文明的・粗野という決めつけで、地域住民を差別するものだとされている。
例えば、一方的な「開拓」という蹂躙行為の末に、アイヌの人たちを「北方土人」とし、明治末以降には公式に「旧土人」と称していた。

放送等における表現の自主規制としては、差別用語としての扱いが固定化している。新聞社が使う「記者ハンドブック」(共同通信社発行)でも差別語、不快用語とされており、記事にする場合は通常「先住民(族)」や「現地人」と表記するように指導されている。

本土側の沖縄蔑視、差別としては、1903年、まさに「大阪」で開かれた第5回内国勧業博覧会で、沖縄女性二名を「展示」した「人類館事件」がある。沖縄県民を、「7種の土人」の一つとして、「朝鮮人や台湾先住民らと共に見せ物として展示した」とされている。
何度聞いてもひどい話だ。
生きた人間を展示したのである。
この事件については、劇作家の故・ちねんせいしんさんが、戯曲「人類館」でも取り上げている。岸田國士戯曲賞受賞作。
ちねんさんとは、かなり前になるが、一度だけおゆっくり話ししたことがある。当時彼の職場であった、那覇の放送局でだった。
彼は、沖縄の言葉で語ることにこだわっていた。いってみれば、押しつけられた「標準語」のじたいが、差別を含んだものであるということだ。

今回の件で、大阪府警では、ふだんから日常的に、沖縄に対する差別が横行していると想像されても、仕方あるまい。
子供と同じだ。年長者や指導者が言っていることを、新世代の者は、受け継ぐのだ。
差別が蔓延していることは想像に難くない。じっさい、現場に居合わせた機動隊の他の誰も、差別発言者に対して、止めたり糾弾したりもしていない。

もう一つ、「シナ人」というのも、この場合は完全に差別語である。日本人が中国人を侮蔑するために使用した悪語であるとされ、現代の中国人一般にもそのように理解されているはずの言葉だ。ヘイト発言をする差別主義者が、まさにその意味で使っている。
そして、基地に反対する人たちに対して、差別主義者たちが繰り返し言ってきた言葉でもある。「中国からカネをもらって反対行為をやっている」という言い方もしている。
当然、沖縄の人々ばかりでなく中国の人々も差別していることになる。

謝罪とか、教育体制を洗い直す必要があるとかでは、ない。これだけのひどい状態を招いたのだ。
民主主義に対する否定であり、侮辱である。
きちんとした対応ができないなら、大阪府警のトップも、大阪府知事も、沖縄県公安委員長も、辞任していただくしかない。当然のことだ。30年前なら、確実にそうなっている。

私の気がかりは、この問題が取り沙汰されている間に、自民党が、2012年の同党による「憲法改正草案」について「草案やその一部を切り取って、そのまま憲法審査会に提案することは考えていない」と述べ、野党の批判を避け、「憲法改正草案」についての判断をうやむやにして棚上げする方針を明らかにしていることだ。うやむやにしているも何も、今は「提案しない」だとしたところで、一方で、安倍首相も含めた自民党幹部たちは、同草案を「わが党が歴史の中で発表した公式文書の一つ」「撤回できる性質のものではない」とも明言している事実がある。
自民党は野党に歩み寄るふりをして対立を避け、国民の目を欺き、同党による「憲法改正草案」を、採用はしなかったとしても、決して否定はしない形で、衆参両院の憲法審査会の場で、スルーさせようとしているのだ。

自民党がこの話題を追及されるのを避けることに、高江での差別発言が利用されているのではないかという気もしている次第。

いずれにせよ、今回の差別発言と、それについての一連の報道の御陰で、「土人」という語が、差別語として再認識されることになってしまった。「そんな言葉知らない」という若い人たちも、増えていたはずなのに。

また、「シナ人」発言については、こうした一連の報道を中国の人たちが聞いてどんな思いをするかの想像力が、全く欠けていることに驚かされる。

未曾有の無神経さがこの国を覆っている。

写真は10月6日の、高江・N1ゲート前。写真と本文の内容は直接には関係ありません。
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高江の運動は「非暴力」。そして「表現活動」。

2016-10-18 | Weblog
逮捕。そして理不尽な情報攻撃。

しかし高江の運動は「非暴力」。
屈しないこと自体が、「表現活動」。
そこに敬意を払っています。

いつも初心に還ることができるよう。
現場には【ヘリパッドいらない住民の会「TAKAE座り込みガイドライン」】の立て看板があります。


【ヘリパッドいらない住民の会「TAKAE座り込みガイドライン」】

1. 私たちは非暴力です
 コトバの暴力を含め
 誰もキズつけたくありません

2. 自分の意志で座り込みに参加しています
 誰かに何かを強いられることはありません
 自分の体調やきもちを大切に

3. いつでも愛とユーモアを!
  Let’s have a sense of humor and love!
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斎藤憐さんをふりかえる会

2016-10-17 | Weblog
「斎藤憐さんをふりかえる会」を開催した。
座高円寺2階のカフェ アンリ・ファーブル。
実行委員長なので、挨拶。盛況でした。
美佐子さんの語りに、どうにも憐さんがそこにいるようにしか感じられない瞬間がありました。
皆の憐さんへの愛情が、逆に憐さんが愛に溢れた存在であったことを、浮かびあがらせてくれました。
憐さんが、実に凄い活動量であったことも、あらためて思い出しました。
憐さんの二度目のがん手術の頃のことは、あまり周囲に言っていないのですが、私もものすごく打ちのめされていたことを、思い出しました。そこから復活しての最後の数年間が、また壮絶だったのです。
ご来場の皆さん、ありがとうございました。
実行委員の、四人。篠原久美子さん、西山水木さん、いい司会コンビでした。篠原さんの受け答えの中に「憐さん時間」がありました。長谷基弘さん、言い出しっぺのあなたがほんとうにえらい。丸尾聡さん「誰某がよ〜」という言い出しは確かに憐さんの愛情表現でしたね。そして、手伝ってくださった多くの皆さんも、おつかれさまでした。
挨拶でも言ったように、他の方も言ってくださったように、時折、こういう会は開きたいですね。
写真は、今にも、「お前な〜」と言いはじめそうな憐さんの写真。以上現地より報告。

その会の最中に、高江で逮捕事件の報が届く。
「なんでもあり」を許してはならない。これからどうなるのか。
不当逮捕時は匿名が原則ということで、名前は出さないが。
産経新聞の「器物損壊容疑の現行犯逮捕」報道を真に受けるかどうかはともかく、逮捕状況も手続きの正確なところも、まだ、しかとは、わからない。
日米政府が協議し高江の米軍提供地域内での逮捕に合意していた節もある。日本側の逮捕権を認める特例が適用されたのか。

座高円寺1階で、現在、今週末公演の『ワンテーブル・ツーチェアーズ』のためインドネシアから来日しているマルゲスティに、ばったり。2000年『南洋くじら部隊』出演者の一人だ。挨拶だけでお別れ。やはり出演者だったジョーコの死について話す時間はなかった。
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タイ。国王の死に伴い、バンコク・シアターフェスティバル中止。

2016-10-16 | Weblog
タイ。バンコク・シアターフェスティバルが中止という。国王の死に伴い、国民は葬式が行われるまで一年間以上喪に服し、一ヶ月は娯楽等は慎む、ということらしい。
しばらくは王位も不在のままにするという。

中止になったものの中には、進行中のプロジェクトも多々あるはず。
数ヶ国で行う予定のものも、ある。
私が知っているもの、関係者と繋がりのあるもの、これから情報が入ってくるだろう。
これからのタイ演劇界に、どういう影響が出てくるのだろう。

日本では1989年1月・昭和天皇の死により、「自粛」の動きがあった。次の天皇代替わりの時には、どうなるだろうか。

  ※  ※  ※

新潟では知事選、再稼働慎重派の米山氏が、自公系候補らを破った。
反原発・泉田前知事の不出馬がなんだか不透明だっただけに、安堵した。
柏崎刈羽の再稼働はストップということになる。
新潟県民は賢明な選択をした。
民進党は誰が責任をとるのかな。

九州電力川内原発の一時停止を公約とした新人が現職を破った7月の鹿児島県知事選に続く選挙結果。

原発ストップは、国民の声。
東電・安倍陣営は従うべきだ。
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ジョーコと一緒にクジラを捕ったよ!

2016-10-16 | Weblog
はい。この一番左端がジョーコです。
2000年。燐光群+国際交流基金『南洋くじら部隊』の、一場面。
下はトニー・ブルール。『最後の一人までが全体である』『裏屋根裏』でも、燐光群のお客様にはおなじみ。
右は、キャメロン・スティール。そして、川中健次郎。
ちくしょう。オレにとっても、あいつにとっても、16年前なんだよ。

正直、こんなに心をかき乱されると、何も手をつけられない。
友達であり、仲間であるということは、ほんとうに、かけがえのないことなんだよ。

若い人たちよ。
国境を越えて友達を大事にしろ。
オレももっとがんばる。

ジョーコ。
許さないからな。
お前がいなくても、傑作を作ってやる。
バカヤロー。
愛してるよ。


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さよならジョーコ

2016-10-14 | Weblog
Joko Bibit Santoso、インドネシアの友、ジョーコ・ビビット・サントソが亡くなったという。
昨日まで元気で、今朝、突然の心臓発作だったという。

作・演出が中心なのですが、2000年の燐光群+国際交流基金『南洋くじら部隊』には、俳優として出演してくれました。
ほぼ同い歳ということもあって、親しくしていました。
ラマレラにも行きました。一緒に乗った船団が見事にクジラを捕ったよ。沖縄にも行きました。

ソロの劇団、Teater RUANG のリーダーでした。
ソロの川辺で千人くらいが観られる野外劇場を架設していました。
いい仲間たちがいっぱいいました。
「オレの稽古場を見てくれ」というのでその川沿いをしばらく行くと、コンクリートのタタキがあるだけなのでした。
インドネシアでは、私をいろいろ怪しいところに連れて行ってくれたり、腹が減ったら通りすがりの知らない家でも立ち寄って、ご馳走になれるということを実証してくれたりしました。

Facebookで、こちらに関係ないことでも、読んでほしかったのだと思いますが、すぐに私をタグ付けしてしまうので、うるさーいと文句を言ったりしていたのですが、ごめん。もっとやりとりしとけばよかった。
ほんとに人なつこくて、いいやつだったのです。

久しぶりに新たなインドネシアとの企画を、ぼそぼそと動き出させようとしていた、矢先でした。絶対にジョーコとまた一緒にできると思っていたのに。

とても信じられない。
さみしすぎるじゃないか。
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アカマチのグリーンカレー、日本最西端のカフェで 十日前

2016-10-14 | Weblog
いろんな所から、いろんな情報が入ってくる。いくつも。
なぜ人は争うのだろう。なぜ人は他者を大切にしないのだろう。ちゃんとした確証もなく他者を疑い、貶めるのだろう。あるいはやりすぎとわかっていて無駄な一步を踏み出し、心にもなかったはずのやり方で、他者を陥れるのか。自分を安全圏に置いて、他者を攻撃するのか。虚偽とわかりきったことまで、ごり押ししようとするのか。そして、確信犯の者たちは、自覚さえない。
どうも、そういう種類の話題が多い。
日本の至る所で起きている事件、事件。ここ数日の見えない動きを、必要とはいえ、想像するだけで、苦しい。誰かの痛みは、自分の痛み。
いま直接私に何かが降りかかってきているわけではないし、他人のことより自分も顧みるべきだが、世の中のさまざまな不条理に包囲されている感じのする中で、また一日を過ごす。まあずっとそんな感じだが、今日はとりわけそうなのだ。

それはそれとして、とにかく集中する。できればこの日に果たしたい希望のあった用件も、キャンセル。どう考えてもそれどころではない。

ところで、ボブ・ディランのノーベル賞。彼にこだわりのある演劇人が誰かいないか、と、某マスコミの方から尋ねられる。その世代の人だと面白くないので、彼の曲に触発されたという『オールライト』を昨年に書いた瀬戸山美咲のことを伝えたが、連絡は行っただろうか。

体調も今ひとつの中で、激しく仕事している今現在だが、こんな時こそ、まだ鮮明な良き思い出に励まされる。
今月頭、日本最西端のカフェ・イタリアンレストラン「RistoranteTETSU」&「Moist Roll Cafe」にお世話になった。(http://blog.goo.ne.jp/sakate2008/e/28f9fd3f953f07829268d3d2433d2817)
写真は、シェフ・パティシエである猪股哲さんにご馳走になった、お手製のアカマチのグリーンカレー。日本最西端の港に揚げられたアカマチという南の魚が入っている。鍋が細長いが、四十センチ以上ある大きな鍋である。大きめの魚が、ストンと入る。料理好きな人は、ほしいはずだ。
こだわりの料理人でもある、斎藤憐氏に見せたかった。「斎藤憐さんを振り返る会」も間近なので、長谷基弘さんと憐さんの思い出を競争のように甦らせている。(http://blog.goo.ne.jp/sakate2008/e/5d4d3ab91eb9c53923baefbe9ff19935)
それにしても、魚の風味がしっかりしていて、後口の辛さが快いカレーだった。哲さんが漁師から直接仕入れている。
で、哲さんがこのカレーの残りを使って翌朝作ってくれた特製スクランブルエッグがまた、厚切りトーストとの相性も含めて、信じがたいうまさだった。
その日のアカマチの目玉は、「ボサツ」の夕食の一部になった。

滅多にはないが一日の食事が二度のレトルトカレーということであった東京での昨日を、わがもともとの日常として、そんなにおかしいと思わぬままでもいるが、それはそれとして、ほんの十日前に食した奇跡のように素晴らしかったカレーを、こうして不意に思い出すのだった。

http://moistchocolat.com/ristorante/index.html
http://moistchocolat.com/index.html
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日本劇作家協会、「TPP と著作権に関する緊急アピール」を発表。

2016-10-13 | Weblog
TPP著作権法案審議を前に、一般社団法人日本劇作家協会は、本日、

TPP と著作権に関する緊急アピール

を、発表しました。

協会はすで2013年7月17日付けで、「TPPに反対する緊急アピール」を発表し、TPP政府対策本部に意見として提出していますが、三年を経て、新たに出すものです。

各方面から指摘されているように、情報開示の欠如が是正される様子もなく、米大統領選の有力候補は2者ともTPP反対を明言している現状からしても、「一括」で拙速に決定しようとするのは、正しいことでしょうか。


⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯


TPP と著作権に関する緊急アピール

 日本劇作家協会では、2013年にTPPに懸念を表明する「緊急アピール」を演劇系4団体との連名にて行いました。アピールでは、表現活動に大きな影響があり得る「著作権保護期間の大幅延長」「非親告罪化」「法定賠償金の導入」などの条項が、国民が交渉過程を知り得ないまま導入される事態に警鐘を鳴らしています。
 その後、政府による説明会合にも度々参加して意見を述べて来ましたが、情報開示が無いに等しいことへの国内外の批判が続く中、2016年2月、参加国はTPPを妥結署名し、早くも3月には、政府によってTPP関連の著作権法改正案が公表されました。

 改正案では、「非親告罪化」には一定のセーフガード文言があり、パロディや二次創作がただちに非親告罪化されないなど評価できる部分もある一方、「保護期間の大幅延長」は手つかずでそのまま導入されています。これは遺族の収入増には結びつかず、逆に大多数の作品の死蔵を招き、新たな創造を困難にするとして、国内では一貫して強く批判されてきたものです。
 作家の死後長期間が経過した作品が、権利承継者の強い意向で上演などを制約される例は少なくなく、私達は権利者である以前に表現者として、このことに無関心ではいられません。

 また、改正法の施行はTPP発効後と規定され、同条約の発効には日米を含む6か国以上の批准が必要です。しかしながら、広く報道される通り、現在米大統領選の有力候補は2者ともTPP反対を明言しており、TPPが現在の条文のまま近い将来に批准・発効される可能性は、不透明と言うほかない状況です。
 しかるに、政府はこの11月にも、TPP関連法案を全て一括で成立させる方針と報道されます。
 第一に、一括審議はまず承認ありきの審議法であり、これでは著作権法改正案に対する個別の修正などは事実上不可能で、議論を尽くす姿勢とは到底言えません。第二に、TPP の発効及びその内容が全く不明な状況で、日本のみが前倒し立法するのは、変化の速い著作権などの知財政策の分野において、極めて不利な選択に思えます。豊かな知財立国・文化立国のための柔軟な制度づくりとは、真逆と言える姿勢でしょう。

 当協会は、劇作家の表現活動と人々の情報アクセスを守る立場から、冷静に時期を見極めた、 かつ成立ありきではなく個別法案ごとの、十分な審議を強く訴えます。また、国民の判断に資するための交渉経過の十分な情報開示も、改めて求めます。


2016年10月13日 
 
一般社団法人 日本劇作家協会 


※演劇団体や芸術文化団体にもこのアピールへの賛同を広く呼びかけています。

ホームページは以下を御覧ください

http://www.jpwa.org/main/statement/appeal20161013
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