Blog of SAKATE

“燐光群”主宰・坂手洋二が150字ブログを始めました。

スーパームーンとかいっても、月じたいが本質的に何か変わったわけじゃないのだ

2015-09-30 | Weblog
福山雅治・吹石一恵ご両人の結婚は他人事だしスーパードライとユニクロの掛け合わせも別にいいんじゃないかと思うが、菅義偉官房長官が「ママさんたちが『一緒に子供を産みたい』という形で、国家に貢献してくれればいいなと思っています。たくさん産んで下さい」と言ったというのは、確かに気持ちが悪い。国家に貢献?! 関係ねえだろ。「子供を産みやすく、育てやすい社会を作るのが政府の役割だと思っている」と言ったらしいが、政府はそんなこと何一つしてない。全部逆じゃないの。だったらまず消費税やめなさい。「大変人気が高いビッグカップルなので、世の中が明るくなる。皆さんが幸せな気分になればいいなと思っている中での発言だった」って。世の中をこんなに暗くしたのが、若者たちの夢を奪っているのが、自分たちだと、わかっていて言っているのかいな。「結婚=出産」という短絡は、「同性婚」の否定にも繋がっているということも、認識できているのか。まったく時勢が読めていない。

「SEALDs」奥田愛基君とその家族への殺害予告の脅迫状が彼が在籍する明治学院大学に届いたという。大学側が「言論の自由に対して許しがたいこと」と声明を発表するのは当然である。でも昔はこういう脅迫に「取り合わない」というスタンスもあった。相手への過大評価になるし、ある種の陣営はそこで熱くなって、かえって身が危険だという考え方も、現実も、あった。そうでもないとすれば、今はある意味では「平和」なのだろうか。

インドネシア政府は、日本と中国が受注を競っていたジャワ島の高速鉄道計画について、中国案を採用したという。中国政府がインドネシア側の持ち出しのない破格の条件を提示したためということになっているが、確かに中国が普通なら実現できそうにないことを言っている部分もあるだろうが、もっと深い意味で日本離れが起きているのではないか。相手は「親日」と思われていた国だが。日本は高速鉄道よりも約束通りジャカルタに地下鉄を早く完成させられなかったこと(工事が始まったと聞いてもリアリティがない)も、日本語力にこだわって看護士をインドネシアから大勢呼ぼうとして結局は半端に拒否したことも、何もかも信用されていないのではないか、という気がしている。

辺野古の新基地建設をめぐり、県が沖縄防衛局に対し、「聴聞」する方針を発表したことを受け、沖縄防衛局は29日、「埋め立ての必要性や環境保全措置を含めて県の意見を聴取し、事業内容に反映することで承認を頂いた。承認に何ら瑕疵はなく、県の取り消しは違法であるとして聴聞に応じない」「10月7日の聴聞には出頭しない」という趣旨の陳述書を県に送付したという。「聴聞」じたいが明らかに相手の詐術で、そういう提案が政府側から出ていても門前払いすれば良かったのである。そして防衛局は、今回送った陳述書をもって「聴聞」の手続きを終わらせても差し支えないとする考えを伝えているという。挑発しているのか。これですぐに沖縄県が承認取り消しをしないとなったら、理屈に合わないが、ここまで後手後手になってしまったら、なんだか踊らされているみたいである。それでも県に毅然とした対応はしてもらわねば困るのだが。
岸田文雄外務大臣・アシュトン・カーター米国防長官の会談で日米地位協定の「改善」があったというが、米軍施設・区域への限定的立入り等、ほんのちょっとのことでしかないではないか。カーター長官から示されたという「普天間飛行場の移設を揺るぎなく進めていく努力への謝意」が腹立たしい。明らかに比重はそちらにある。より多くのことをとっくに差し出してしまっているのだ。
辺野古工事の「承認取り消し」は明日でもいい、という意見に賛成する。

先週は身近でもあまりに理不尽な「お上」の所業に呆れ怒ることもあったが、我慢するというより、こちらがしっかりするしかない。自分より若い人たちともあれこれ話したし、事務的なことも日々堆積する。劇団のことも別な仕事も、解決しないこと山積。で、いろいろな締切が追ってくる。本来なら無用なはずのトラブルの処理を幾つかしなければならない立場もある。面倒な連絡が多いし、なかなか筋の通らないことにも、日々直面する。自分のお人好しに呆れることも多々。時間が幾らあっても足りない。

自分の本番が終わってから芝居もいくつか観たが、ぜひ観たいと思ったものを見逃してもいる。最近何を観ても、作り手が「自分の身の丈を越えるもの」を目指している感じがしないというのは、こちらがシビアになっているのかもしれないが、ある程度は本当にそうなのだろうという気はしている。「内向き」が自然な時代なのだ。だがその度が過ぎると多くのことを見逃すし、知らず知らずのうちに踊らされていたりすることになるのだ。

映画は本当に観ていない。ある必要があって移動の狭間に駆け込んで唯一観たのがなんと『アントマン』だが、まるでゲームのように指揮され死んでいく蟻たちの群れが、戦場に駆り出される無名の兵士と市民たちそのものに見えて、暗澹たる思いを抱える。途中降板したというエドガー・ライトが最後まで関わっていれば、そのことじたいからのブラックな批評性が期待できたのかもしれないが……。
他に来年公開の映画の特別上映も観たが、その感想は今は書かない。

日曜午後は下北沢での『下北沢を考える SHIMOKITA VOICE2015』座談会に出る。二年ぶりに出たらしい 。ライフスタイルプロデューサー・映画監督という肩書きの浜野安宏さんという、不思議で面白い人と初めてご一緒する。保坂展人世田谷区長の然るべき時の「意地」も、しっかりと見せてもらう。お馴染みの皆さんの間で、私は控えめに喋ったつもりだったが、がんがん言っていたねという意見もいただく。まあいい。下北沢という町を支える人たちと過ごす時間は、豊かだ。昔いたのにいなくなった人もいる。だが、人が繋がっている場所は、時に時間を、時に生死を、超えられる。

スーパームーンは十分足らずくらいだけ眺めた。夜中は厚く広い雲が流れて、それを透かせる光量で、不思議な空の陰影ショーを実現していた。だから何なんだ、とも思うが。ガラパゴスPHS携帯のカメラで撮れるのは、この写真のレベルまでだ(これは雲登場以前の時間帯)。
まあしかし、スーパームーンとか言っても、月じたいが本質的に何か変わったわけじゃないのだ。NASAの調べで火星には水があったことがわかったというが、それもわしらが知らなかったというだけのことだ。特別なことみたいに感じるのは、人間が自分本位に生きていることの反映でしかない。

この間ずっとあれこれ調べ物をしていて、今日は資料を探しに初めての町に出かける。バスと電車を何度か乗り換え片道一時間半以上かかる資料館を往復。帰路もいろいろあって予定を変更せざるをえなくなる。やれやれ。
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「違憲」の歴史過程を「闇に葬る」のか

2015-09-28 | Weblog
他国を攻撃した敵への武力行使を認める「集団的自衛権」の行使容認は、明らかに「違憲」である上、実施されれば戦後の安全保障政策を大きく転換させるもので、今月成立させられた安全保障関連法の一番の問題点である。
内閣直属機関で、審査事務=政府が作る法令案の審査と、意見事務=内閣に対する法的な助言を主な役割とする「内閣法制局」は、積み重ねられてきた法解釈との整合性を重視した厳格な審査をすることから、「法の番人」と呼ばれてきたという。
毎日新聞によれば、これまで40年以上も「集団的自衛権」を違憲と判断し、政府の憲法解釈として定着させてきていたはずのこの「内閣法制局」が、解釈変更を巡り閣議前日の昨年6月30日、内閣官房の国家安全保障局から審査のために閣議決定案文を受領。閣議当日の翌7月1日には憲法解釈を担当する第1部の担当参事官が「意見はない」と国家安全保障局の担当者に電話で伝えた、という。
依頼されて翌日回答?
たった一日で判断?
しかもこの検討過程は公文書として残されていないという。
横畠裕介長官は今年6月の参院外交防衛委員会で、解釈変更を「法制局内で議論した」。衆院平和安全法制特別委では「局内に反対意見はなかったか」と問われ「ありません」と答弁している。
法制局が今回の件で文書として保存しているのは、安倍晋三首相の私的懇談会「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)の資料、安保法制に関する与党協議会の資料、閣議決定案文の3種のみで、横畠氏の答弁を裏付ける記録はないという。
たった一日で「法制局内で議論した」とはとても思われない上、意思決定過程の記録を行政機関に義務づける公文書管理法の趣旨に反するというのは、専門家でなくてもわかる理屈だ。
「集団的自衛権行使は憲法上許されない」とする1972年の政府見解では、長官以下幹部の決裁を経て決定されたことを示す文書が局内に残っているという。
公文書管理法では「意思決定に至る過程や実績を検証できるよう、文書を作成しなければならない」としているが、それが「ない」わけだ。
富岡秀男総務課長は「必要に応じて記録を残す場合もあれば、ない場合もある」「今回は必要なかったということ。意図的に記録しなかったわけではない」と説明しているという。
しかし、「違憲」の審議の内容について「闇に葬る」意志は明らかで、「誰も責任を取らない」ための措置であり、逆に、実は「違憲」であることを、彼ら自身がわかっていたということの証左ではないか。

今月25日、「市民有志」による「安保関連法案の採決不存在の確認と法案審議の続行を求める申し入れ」が行われたが、安保法制は成立したとは言えないし、採決が無効であることは、こうして様々な方面から確かめられていくはずだ。
同「申し入れ」にあるように、「採決が行われたとされる同日16時30分頃の委員会室の模様を参議院のインターネット中継やテレビの中継・録画で視る限り、鴻池委員長席の周囲は与野党議員によって何重にも取り囲まれ、委員長の議事進行の声を委員が聴き取れる状況になかったことは一目瞭然です。また、委員長も動議提出の声を聴き取り、各委員の起立を確認できる状況になかったことは明らか」である。そしてそのとき総理大臣もまた、その場から逃げ去って、いなかった。
実際、速記録でも「議場騒然、聴取不能」と記されるのみ、議事進行を記す委員長の発言も質疑打ち切り動議の提案も、記されていない。参議院規則が定めた「議長は、表決を採ろうとするときは、表決に付する問題を宣告する」(第136条)、「議長は、表決を採ろうとするときは、問題を可とする者を起立させ、その起立者の多少を認定して、その可否の結果を宣告する」(第137条)という表決要件を充たしていないことも明らかである。
そもそもまだ地方公聴会の報告さえ行われていない。自民党の佐藤正久筆頭理事が「記録を止めて下さい」と委員会の進行を一旦ストップさせていた上での、委員会メンバーではない自民党議員や秘書らによる鴻池委員長への「スクラム包囲」だった。
手順も、記録も、合法的でない。
「採決」を「撤回しろ」ではなく、「成立していない」ことを認めさせなければ、おかしい。
しかし賛同署名およそ3万2000筆の「安保関連法案の採決不存在の確認と法案審議の続行を求める申し入れ」提出に対して鴻池事務所側は、受け取りを拒絶したという。
自信があるならなぜ不意打ちで「採決」したのか。なぜ記録を残さないのか。疑問に対して説明を果たし、議論で応じようとしないのか。

もしもこの「採決」に抗議して、全野党議員が総辞職していたら、この法案は通らず、国会も立ち往生し、ひょっとしたら選挙に持ち込めたのではないか、という意見もある。
それが可能なのかどうかは私にはわからないが、なんとかしてブレーキをかけなければ、引き返すのが容易でない事態になってきているのは確かだ。

政府は防衛省の外局として「防衛装備庁」を10月1日に発足させるという。
1800人体制で、陸・海・空の自衛隊が別々に行っている防衛装備品の研究開発や調達、輸出を一元的に管理し、コストの削減を図るものだという。
自衛隊の部隊運用業務は内部部局の運用企画局を廃止、自衛官中心の統合幕僚監部に集約する組織改編を行うことも決めた。自衛隊運用の意思決定を早めるのが狙いだとしている。
中谷防衛相は記者会見で「新たな組織の下で、防衛省・自衛隊がより能力を発揮し、適切に任務を遂行できるようになる」と語った。
防衛省の平成27年度予算案には、設置の背景が次のように書かれている。……活発化する周辺国の活動への抑止力・対処力の向上、新たな脅威に対応するための技術的優位の確保、防衛装備の国際化、限られた防衛需要の下での、我が国の防衛生産・技術基盤の維持・育成、調達の適正性・透明性確保のための調達のあり方の検討。そして、厳しい財政的制約の下での防衛力整備、装備品の高度化・複雑化に伴う単価上昇への対応、中期防達成のための実質的財源7000億円の確保と、「カネ」の問題が重要であると、告白している。
「武器経済」としてのプロジェクト管理を強化できる体制の構築が必要とされていた、というわけだ。

武器輸出を認める「防衛装備移転三原則」は、昨年四月に閣議決定されている。
そして、民間企業の武器輸出を推進するため、防衛省が武器輸出事業に貿易保険の適用を検討している現実がある。
貿易保険は支払う保険金が巨額で民間保険会社では引き受けられない取引が対象で、独立行政法人が扱っているが、保険金支払いのために積み立てた資金を超える支払い請求があっても、国の特別会計を使って請求に応じられる体制を整えているという。国が補填した分は相手国政府などの債務となるが、債務返済が不履行になった場合は、最終的に国が背負うことになる。
つまり、保険金支払いで赤字運営になると国が不足分を補填する仕組みになっているというのだ。相手国の戦争や内乱などで輸出代金が回収できなくなったり、投資先が事業継続できなくなったりした場合が想定されている。防衛省装備政策課は「国として武器輸出政策を推進するには、企業を支援するさまざまな制度を整える必要がある」と説明しているという。

武器取引で生じる企業の損失を国民の税金で負担する?
武器輸出はもはや「国策」であり、防衛装備移転三原則から「集団的自衛権」、武器提供「支援」により、企業ばかりを設けさせる仕組みが完備された、ということでもあるのだ。
もはや政府にも企業にも「国民の理解は得られない」という不安はないのだろう。やった者勝ち、の厚かましさである。

武器輸出三原則がなくなることを、当時、ちょっとしたマイナス要因だが取り返せる、くらいに軽く見ていたとしたら、この国が「経済」で動いているという現実を、甘く考えていたことになる。

人間よりも、国土の安全より、「経済」が大事。
今年8月11日、川内原発再稼働強行の日に合わせ、宮沢経産大臣は停止中の原発に対する自治体への交付金減額を表明した。
毎日新聞によれば、原発の稼働率などに応じて自治体への交付額が決まる電源立地地域対策交付金制度について、経済産業省は、安全確保を目的とする停止中は稼働率を一律81%とみなして交付する現在の規定を見直し、東京電力福島第1原発事故前の稼働実績(平均約70%)に基づいて原発ごとにみなしの稼働率を定め、停止中の交付額を引き下げる方針を固めた。2016年度分から見直すという。
みなし規定は原発事故を受けて停止中の全国の原発についても適用されており、減額を恐れた自治体から今後、再稼働を求める動きが強まる可能性があるというが、理不尽すぎないか。
川内原発再稼働により、今後、「再稼働した原発」と「停止中の原発」を差別化し、「公平性確保」を保たねばならないのだそうだ。
民主主義には、「公平」「不公平」の考え方が適応されるべきところと、そうでないところがあるはずだ。
原発はあるだけで危険だし、稼動せずに維持するためだけでも、周辺に負担をかけるものだ。
自治体の「交付金頼みの財政」を批判することも必要かもしれないが、そのような関係性を作ってきた国の施策自体に責任がある。
「武器」と「原発」を輸出したい国家による、再稼働への露骨な圧力は、許されるべきではない。

一方、法務省が「第5次出入国管理基本計画」を決定。
保護すべき外国人を受け入れる新たな仕組みを検討するほか、就労目的で申請を繰り返すケースには在留を認めないなど、厳しい姿勢で臨んでいる、という。
初めから偏見に満ちていて、限りなく「移民受け入れゼロ」を目指しているこの国の態度である。

「積極的平和」は、「移民を受け入れること」にこそふさわしい言葉だ、という意見もあり、それは頷ける。
しかし日本国民の意識は、調査によると、「受け入れ人数を増やした方がいい」19.9%に対して、「受け入れ人数を減らした方がいい」が43.3%だという。たぶん、この国で「移民」というものの意味づけと実態が浸透していない中での調査なのだということは、わかる。
しかし、お寒い限りだ。

「リベラル」に見える人でさえ、「国益」というコトバを使っていて違和感を感じていないように見えることが、増えてきた。
本義的な意味で「平和」を語るとき、それが「世界の平和」であることは、自明でなければ、おかしい。憲法九条は、その原則を踏まえて存在するものだ。
「集団的自衛権」に反対するのも、そこが出発点である。
それを「お花畑」とか言っている人たちは、そうした自分の「リアル」を信じて、人間どうしが「殺し殺される」関係を、是認していくのだろう。

写真は、以前にも登場したメルヴィル人形。
過去の表現者に私たちの現実が見られている、晒されている、という感覚は、私には、時々、ある。
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「一億総被爆」

2015-09-26 | Weblog
9月26日付けのNHKのウェブニュース等によると、
東京電力福島第一原子力発電所の事故で放射性物質の大量放出が起きたとされる2号機について、名古屋大学などが素粒子を使って原子炉を透視した結果、核燃料の70%から100%が溶け落ちている可能性が高いことがわかったという。
1~3号機が炉心溶融(メルトダウン)を起こしていることは既に明白だったが、2号機について東京電力はこれまで「核燃料の一部は原子炉の中心部に残っている」としてきたが、それも1号機に続いて調べていた名古屋大学などの研究グループによりさまざまな物質を通り抜ける性質がある「ミューオン」と呼ばれる素粒子を使った調査結果で、原子炉の中心部に核燃料が残っていれば赤や黄色で示されるはずの反応が、ほとんど見られなかったという。
安倍晋三首相は「コントロールできている」というのだから、そのようにコントロールしたということなのだろうか。
ともあれ「まるごとメルトダウン」の現実の下では、もはや「廃炉に向けた核燃料の取り出し」という作業自体が、成立しないのではないか。

安倍首相は25日の会見で、成立した安全保障関連法について「根拠のないレッテルをはがしていきたい」というが、それが「自衛隊員の死」という「根拠」の登場で覆されるものでないことを願う。そして「万一、日本に危険が及んだ時には日米同盟が完全に機能する」というが、本当にそうか?
10月上旬に予定する内閣改造では「1億総活躍社会担当相」を新設する考えを表明。「誰もが家庭で職場で地域で、もっと活躍できる『1億総活躍社会』をつくる」と発表していた。担当相のもとに「国民会議」を置く考えも示したというが、いったいどんなものだ?
「1億総活躍社会担当相」、何をする仕事だ? 日本語としてヘンだ。ヘンすぎる。
そして「1億総活躍社会」とは奇怪だ。人口減阻止や高齢化社会対策などが「総活躍」なのか? 政府関係者は「子育て支援や社会保障に集中的に投資する」「誰もが家庭や職場、地域で活躍できる社会をつくるのが目標だ」というが、本当なのか。働き手を産んでもらって増やし高齢者も働かせる、ということか?!

「1億総××」と聞いて誰もが思い浮かべるのが「一億総火の玉」「一億総懺悔」。
現実は「一億総被爆」だな。

深夜ふとテレビを付けると「朝まで生テレビ」をやっていた。数十分見る。
出鱈目だ。
田原総一朗「(自民党は)集団的自衛権のことは選挙で言っていない」は、うん、本当にその通り。
日本は過去に後方支援をしている、と誰かが言う。いやどの意味で言っている? 過去もやっているから正当化される? だからこそどんな些細なことも阻止しなければならないのだ、と改めてわかる。
なんで民主党の人はちゃんと意見を言わないのか。
戦争で人が具体的に死ぬというリアリティを欠いた机上の空論。
醜悪。
奥田君がイラク戦争の是非を問うて、ひどい回答をする片山さつきの醜さ。
「イラク戦争はそれは失敗でしたよ」で笑う座組の気持ち悪さ。
終始悪相でなかったのは伊藤真さんだけだ。

テレビといえば、CMでお笑い松本某氏の気色悪いあれこれのものは観たくないので、観なくてすむスイッチがあれば、私は押したい。面白いと思っている人が一億人の中に一人でもいるのか?
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劇作家協会の新事業「せりふを読んでみよう」第一回終了

2015-09-23 | Weblog
劇作家協会の新事業「せりふを読んでみよう」。第一回めが終了。
「劇作家と俳優のためのせりふの読みかたワークショップ 」である。
「せりふを読む」という、意味や名称の似た講座は、既に各地に幾らでもあるようだが、劇作家協会がやるからには、きちんとしたものにしなければならない。
担当委員は、言い出しっぺである私と中津留章仁の他に、瀬戸山美咲、藤井ごう、古川貴義、古川健、奥山雄太の各氏。 事務局スタッフ、制作担当もベストメンバーで万全の体制を取った。私も二日め以外は顔を出した。

今回4日間かけての担当講師は、永井愛さん。「演技とは、言葉が生まれる瞬間を体現することだと言い換えることもできるでしょう。なぜこの人物は、こういう言葉を、この順番で発することになったのか? 短い場面をテキストに、発語のメカニズムに迫ります。」が、本人の言。選ばれたテキストは永井さん作『歌わせたい男たち』の一場面。音楽の女教師と社会科教師の、卒業式本番を前にした会話である。
初日は永井さんの提案で、オリエンテーション、3分間の即興。そして、いきなりの読み合わせ。大勢が観ている前なので参加者はさすがに緊張気味。だが、私はこういう時に、実際に読んでいる二人も大切だが、待機し聞いている他の十人も、見る。この待機し聞いているときのまさに十人十色のたたずまいがとてもよくて、この企画はうまくいくという確信を持った。
そう、初日と最終日の発表以降は見学可能としたのである。会場の都合でこちらも応募予約制にしたが、見学者は90名の定員のところ、完全に満席。俳優、劇作家・演出家、一般の方も含め、熱心に観ていただけたと思う。
あいだのクローズドの二日間の、緊張感と寺子屋感(?)も、私の見た限りでは、悪くなかった。
ただ、私自身は「4日間で俳優がどう変化するのか」を観ていただくというのは、ちょっと違うかも知れないと思っている。それぞれの日に、それぞれの課題がある。それを体感し、あるいは見届けていただければいい。
少なくとも、永井愛さんの演劇観、台詞や俳優についてのアプローチを知ることができるのは、どの立場からしても、とてもいいことだと思った。批評家やジャーナリズムの方にももっと関心を持ってもらってもよかったのではないかという気がしている。
最終日はリーディング発表会、質疑応答、私も参加したシンポジウム「せりふを書く、せりふを読む」。演劇教育にも話が及び、質疑応答では可能な限り訊きたいことに答えられたと思う。
その後は交流会が行われた。これはかなり楽しかった。

ワークショップに参加した俳優陣は、一般公募でそうとうな倍率の中を選ばれた十二人。今回は永井さんの意向もあって応募資格を「年齢20歳以上39歳まで」としたので、みんな若い。講座じたいを公開しているので、名前を挙げても差し支えないだろう。
東谷英人、浅倉洋介、綾田將一、石田迪子、井上みなみ、小野寺ずる、斎藤加奈子、橘 麦、野口卓磨、藤田ひさお、山村秀勝、梨瑳子の皆さん。
もともと知っている者もいるのだが、とてもよい集中力だったし、皆それぞれの個性は魅力的で、こうした企画がすぐれた出会いの場であることも、改めて痛感した。
写真は、質疑応答時間で、永井さんと中津留君も壇上に。みんな正面向きでなんだか雛祭り状態であるが。

「劇作家と俳優の為のせりふの読みかたワークショップ」の第2回めは、 2016年2月または3月を予定している。詳細が決定したらいずれまたお伝えします。
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『カムアウト』出演者オーディション!

2015-09-21 | Weblog
『カムアウト2016(仮題)』出演者オーディション!

一応キャッチフレーズでは「1989年初演時、女を愛する女たちの群像劇を描き、社会的にも大きな話題になった『カムアウト』を、27年ぶりに再演します」ということになっている。
確かに、1989年の段階では、今や一般語となっている「カミングアウト」というコトバを使う人はほとんどいなかった。
一般化した言葉なら引用しても恥ずかしくないと思っているのでWikipediaで引くと、「カミングアウト(Coming out)とは、これまで公にしていなかった自らの出生や病状、性的指向等を表明すること。英語の動詞形でカムアウト(Come out)とも言う。逆に、他人の秘密を暴露することをアウティング(Outing)という」となっている。
同時に、別な辞書では、どうやらカムアウトとは、「十字穴付きねじをドライバーを用いて締付けを行なう際に、上から押さえつける力(推力)が小さい場合等に、十字穴からドライバーが手元に浮き上がってくる現象のこと」ともなっている。なかなかうまく締まらない、という意味にもなるのだろうか。
ともあれ、それまで女性の同性愛を真正面から描いた戯曲作品はなかったと思う。当事者からは、男性の、しかもストレート(異性愛)の者が書くことに対する反発もあったが、結果としてはいろいろな人が喜んでくれたとは思う。「この劇の御陰で『カムアウト』というコトバが一般化するのが何年も早くなったと思う」というのは、当時から言われた。
上演は動員的にも大成功だった。時効だろうから言うが、シアタートップスでワンステージ320人入れたのは最高記録だと思う。(椅子なしのオールスタンディングでは劇団新感線が400入れているという)

『ブレスレス : カムアウト (坂手洋二戯曲集) 』単行本は1991年6月に出た。岸田戯曲賞受賞作『ブレスレス ゴミ袋を呼吸する夜の物語』と二本が入っている。私の初めての本である。受賞前から『トーキョー裁判 : OFFSIDE』も含めて出版が決まっていた。編集者としての村井健さんの仕事である。心から感謝している。
キャスティングのために斜め読みで見直ししてはいたが、先日、久しぶりにしっかり読み返して、いろいろな意味で驚いた。
まず、面白いのだ。
そして、実にきちんとしたストレートプレイなのだ。大勢出てくるのにごちゃごちゃしていない。構成が物語的にすっきりさばかれていて、長さを感じさせない。随所にいい台詞が出てくる。まったく、自分で言うな、だが。

しかし、最近の私は、演劇に対する実験のない劇はやらない、と、どこかで思っているのだという自覚はあったし、じっさい、普通のストレートプレイには拒否感があったのだ。
さいきん、デビッド・ヘアーの昨年の再演版の『スカイライト』をナショナルシアター・ビューイングで観て、じつはデビッドの社会的な「報告劇」三本(『パーマネントウェイ』『スタッフ・ハプンズ』『ザ・パワー・オブ・イエス』)を日本で初演している私であるが(この三本を全部上演したのはイギリス本国以外には日本だけだという話もある)、実は自分がそれ以前にデビッドのストレートプレイもとても評価していたという事実を、忘れるはずもないのだが、あらためて強く思った。
『スカイライト』は1996年の初演をロンドンで観ている。その時からストレートプレイの醍醐味を意識している。とにかく巧みなのだ。デビッドの『エイミーズ・ビュー』もロンドンで初演を観ている。
私の『ブラインドタッチ』(2002)は、岸田今日子・塩見三省の二人芝居だが、私の劇の中でもっともストレートプレイの醍醐味をやろうとした作品だ。なんと2011年の3月末、ロンドンでこの作品の英訳リーティングがあり、一応誘ってみたデビッドから「行けなくてすまない」というFAXが来たのには感激した。このロンドン行きは、震災・原発直後で成田空港は墓場のようにガラガラ、ロンドンで「from Japan?」と訊かれてそうだ答えると、あらゆる人に同情の目で見られた。あの時の空気を忘れてはならない、と思う。

二十年ぶりくらいに、映像だが『スカイライト』を観て、私の中で、近年のストレートプレイに対するガードが若干ほどけていることを感じるし、それが次作に影響しかけているのも事実だ。

さて、『カムアウト』の初演は1989年。27年経っている。
今回、演出は、『普天間』『ブーツ・オン・ジ・アンダーグラウンド』の藤井ごう氏に任せた。
時間が経ちすぎていて、自分では距離感が掴みにくいのと、新しい発見の連続で、あたってほしいからだ。

オーディション情報の続きを記そう。

<公演について>
○時期 2016年3月20日(日)予定~31日(木) 
○会場 下北沢ザ・スズナリ
○稽古 2016年2月初旬開始予定

<募集者>
○女性

<応募方法>
※履歴書と作文をA4サイズで作成し、以下にご郵送下さい。

○履歴書 要写真添付。氏名・住所・電話番号・メールアドレス(PC/携帯共)・身長・体重・年齢(生年月日)を
明記のこと。観たことのある、あるいは読んだことのある、燐光群または坂手洋二の作品があれば挙げて下さい。 
○作文 2点
・「カムアウトを読んで」
・「自分について」または「演劇について」
○送付先 〒154-0022 世田谷区梅丘1-24-14フリート梅丘202 �グッドフェローズ
○締切 12月21日(月)必着

書類審査通過の方は、12月22日以降の年内で指定する日の実技試験・面接にご参加いただきます。

劇団ホームページの表示は以下の通り。今時なのでレインボーカラーがデザインされている。

http://rinkogun.com/come_out2016_audition.html

多くの方の応募をお待ちしている。

安保由夫さんが亡くなったという報せに驚く。
林海象さんがついさっき安保さんのバー「NADJA」に滞在している写真をフェイスブックにアップしていたではないか。
安保さんは状況劇場の音楽を担当していた演劇人であるが、新宿2丁目のバー「NADJA」のオーナーだったことでも知られている。値段が高いので自分から入ったことは数えるほどしかない店だが。とにかく安保さんは新宿の路上でバッタリ会っても気さくに声をかけてくれる人で、近くの「シアター雑遊」のオープニングに関わっていた私がその表にいると、通りかがりで声をかけられ、立ち話をしたこともよくあった。「お、いけね」と安保さんが慌てて自分の店に戻ったりしたことも一度ではないような気がするから、結構話していたのだと思う。
六七歳だという。いつか何か仕事でご一緒すると信じていた。ご冥福をお祈りする。

我が家は義妹が来て二泊していくことになった。いきなり沖縄話で夜が更ける。沖縄の親族たち、亡義父の話になる。人の繋がりは時間と生死を越える。
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日本ペンクラブ声明 「安保関連法の審議やり直しを求める」

2015-09-20 | Weblog
演劇界からは私と永井愛さんも今年入会した〈日本ペンクラブ〉が、声明 「安保関連法の審議やり直しを求める」を出した。
内容は、以下の通り。

 安保関連法が今朝未明、参院で強行採決され、成立した。
 安倍政権と与党による蛮行、愚行と言うべきである。
 日本国憲法が戦争を放棄し、集団的自衛権の行使を禁じていることは自明であるにもかかわらず、政府与党は、
 立憲主義を破り、
 民主主義を、おざなりな多数決に堕落させ、
 戦後の日本社会が培ってきた平和主義と、世界中の人々からの信頼を壊し、
 米国政府の言いなりに、自衛隊を世界各地の戦場に赴かせ、
 各国の友人たちを裏切り、憎しみと敵意を増やそうとしている。
 この間、私たち日本ペンクラブは、繰り返し慎重な国会審議を求め、
 野党議員は多くの質問を行ない、
 国会周辺と各地の中心街では、幾万余の市民と若者たちが反対の声を上げ、
 すべての世論調査で、圧倒的多数の有権者が反対の意を表わした。
 これらに耳を傾けない政府与党の対応は、傲岸不遜と頑迷固陋そのものである。
 私たちは、内容的にも手続き的にも、あまりに瑕疵の多い安保関連法に納得しない。
 私たちは、政府与党に対し、もう一度最初から審議し直すことを求める。

   2015年9月19日   一般社団法人日本ペンクラブ


http://www.japanpen.or.jp/statement/2015/post_577.html
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私たちが立ち続けるために。

2015-09-19 | Weblog
まず、一つの大きな視点は、海外がこの国の変化をどうとらえているか、ということだ。日本の存在の仕方がずいぶん変わってしまう。逃げずにそこから考えなければならない。
過去の歴史の中から、このような事態がどのように認識されてゆくべきかのヒントを探ることも,決して忘れてはならない。歴史は決して繰り返さない。しかし物を見ることについて学ぶことは多い。

「内」を見ていても大したものは出てこないし、保守勢力の思うつぼだ。「外」と「過去」から、あらためて、ぶれない立ち位置を見つけていかなければならない。

この不当な「採決」を認めないことも大切だが、そんなに甘い話ではない。ほっといて近視眼のままでいたら,逆に「歴史の一コマ」にされてしまうということの本当の怖さをこそ、思い知るべきだろう。
「次の参議院で勝つ」のも大切だろうが、そんなにのんきに考えていていいのか。不当に成立させられた悪法の「適用」に対して、とことんたたかうことにシフトチェンジする必要もある。

そしてもっと恐ろしいのは、悪い方に「憲法を変える」という勢力の増大だ。
根本的な考え方をとりなおさなければならない。

で。

永井愛さんが「言論表現の自由のよって立つところ」でも触れてくれているが、この夏私は、「武力行使もしくは武力による威嚇を最終的な問題解決の手段」 とする考え方自体が、「言論表現の可能性をあらかじめ否定するもの」であるとして、憲法を介さないでも、直接関連づけて反対表明できないだろうかという提示をした。私たちはそこでずいぶん悩み、話し合った。このことは、さらに着実にまとめていきたいと思う。

この夏の劇作家協会のアピールをまとめる前、初期の頃の原稿で私が前文部分にあたるまとめに記したのは、以下の通りだ。あくまでもこれは私「個人」の言葉である。

…………………………


巷を賑わせている「集団的自衛権」についてですが、「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利」というのが、政府の説明でした。憲法9条の下では許されないとされてきた、「実力をもって阻止する」攻撃が許されることになります。
「攻撃をもって攻撃を阻止する」「戦争を止めるには別な戦争が必要である」ことを認めてしまうと、外交や、文民的な意見の表出を突き詰めることによって戦争への道を阻むこと、つまり戦争の危機に向けて、言論と「表現の自由」を行使する機会が、大幅に奪われてしまう可能性があります。
安倍首相は今年四月、安全保障関連法案を国会に提出する以前に、米議会で「夏までの成立」を約束しました。私たちは驚きました。この問題について国内での論議は必要ないのでしょうか。早くも言論と表現の自由が尊重されない状態が出現したのです。
過去の議論を無視した憲法の否定や、国民への説明の軽視は、私たち劇作家がよって立つ「言葉」の力を踏みにじることに他なりません。

…………………………


私たちは表現者として、こうした趨勢を阻止する必要を感じ、また、広く観客も含めた演劇に関わる皆さんの理解を求め、アピールを提出したのである。

当時のメモにはランダムに以下のようにも記している。

私たちは表現者です。表現する場を奪われることは、言論人としての死を意味します。

私たちの協会に、「人を殺すことが悪いとは思わない会員」は、いてもいいのかもしれません。
しかし協会全体では「人を殺さない」考えに譲っていただきたい。そちらが多数派であってほしいのです。
私たちは相手に死なれてしまっては、芝居を見てもらうこともできない。そして喧嘩さえできないのだから。

自民党の改憲法案は、明瞭に私たちの表現の自由に抵触しています。その一点だけで私たちは反対します。

自分たちの安全だけを考えるのでなければなおさら、戦争していることが「常態」である国と組むわけにはいかないでしょう。
与党勢力は議席数に物を言わせて、政権が『有事』だと思ったら戦争できるという仕組みになっていることを隠しません。
日本が戦争しやすくなるための「戦争法案」であることは間違いありません。

表現の自由、とは、たんに何か物を言うことができればいいということではありません。
民主主義は決して「多数決」ではありません。
選挙で多数の議席を得ていたとしても、彼らに憲法違反の法案を通す権限は与えられていないはずなのです。

自民党政権は若手研究会で、沖縄の二つの新聞を「潰す」という発言をした議員を辞任させることなく、放置しています。これは沖縄差別のみならず、報道の自由、国民の知る権利に対する侵害です。
「表現の自由」は、ここまで貶められているのです。

さて。

今日の現実に戻れば、次はほんとうに、沖縄だ。この勢いで辺野古も脅威にさらされるのは目に見えている。

しかし野党は何やってるんだ? 結局最後に「牛歩」っぽいことやったのは山本太郎一人だけ。「誰の為に政治やってるのか!外の声が聞こえないなら政治家なんかやめてしまえ!」。そりゃそうだろうが、ほとんどの野党連中も戦いきって満足してるみたいにも見える。そもそも野党議員たちはコメントも含めて「国民」「若い人」に頼りすぎ。一度は与党になった体験のある人たちは、そもそも政権時に何やってたんだよ、ということだ。「今日が終わりでなく始まりの始まり」(蓮舫)、それはそうだろう。しかし民主党、どん底から「野党第一党」として少しは浮上したと思っているのか、一部議員のどこか妙に嬉しそうにも見える瞬間は見逃さないぞ。

戦争ができる国にすることを「平和」「安全」と言い募ることの愚かさ。自民党の言っている「我が国の安全」の内実はどういうものか、誰も徹底的に問うてはいない。

本当は某国にいるかも知れなかった今日だが、日本にいてうんざりすることも大切なのだろうよ。議会傍聴の機会もあったが時間が合わず行けなかった。残念ではある。まあそれも仕方がない。「歴史の瞬間に立ち会った」みたいな「気分」にまとめられるのは御免とも、どこかで思うからだ。

井上ひさしさん、齋藤憐さん,山元清多さんらがいないことの寂しさが、今この瞬間には、先達への申し訳なさとして、襲いかかってくる。

はい。

気の早いドリアン助川はエッセイ(http://durian-sukegawa.com/)の中で「とにかく、次の選挙です。そして、書ける人は書くべきだし、歌える人は歌うべきです。そうそう。日本ペンクラブの会員になることになりました。ボクらのペンの力をなめるなよ。」と言う。まあそういう言い方をするしかないのはわかる。で、とにかく、今年、一足先に私もペンクラブに入ったので、それを知った彼の提言で、近々に某所で自主的ペンクラブ支部会?をするかもしれない。

写真は『バートルビーズ』、終景手前の、一瞬。
私たちは、立ち続ける。
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永井愛「言論表現の自由のよって立つところ」

2015-09-17 | Weblog
日本劇作家協会は8月11日、〈「安全保障関連法案」「集団的自衛権行使を認める閣議決定」の撤回を求めるアピール〉を発表した。
そのアピールを 言論表現委員会がまとめていった背景について、永井愛さんが委員会を代表して、会報のためにインタビューに答えるという形でまとめてくれた文「言論表現の自由のよって立つところ ── なぜ劇作家協会は「安全保障関連法案」に反対するのか。 言論表現委員の永井愛に聞く ──」(聞き手・構成 勢藤典彦)を、いち早く協会ホームページで発表することにした。

まず〈「安全保障関連法案」「集団的自衛権行使を認める閣議決定」の撤回を求めるアピール〉前文・本文を再掲する。
…………………………


 国民的関心の高い「集団的自衛権」ですが、政府案では、先制攻撃をも含む外国軍との一体化を否定せず、憲法9条の専守防衛では否定される「実力をもって阻止する攻撃」を認めています。
 「戦争を止めるには別な戦争が必要である」ことを前提とする考え方は、 外交や、文民的な意見の表出を突き詰めることによって戦争への道を阻むこと、つまり戦争の危機に向けて、言論と「表現の自由」を行使する機会を大幅に奪う可能性があります。
 安倍首相は今年4月、安全保障関連法案を国会に提出する前に、米議会で「夏までの成立」を約束しました。国会論議や国民意見を拒否する行動であり、 手続き的にも言論と表現の自由が尊重されない状況です。
 私たちは表現者として、国民議論を無視する趨勢を阻止する必要を感じ、また、広く観客も含めた演劇に関わる皆さんの理解を求め、以下のアピールを提出することにしました。

…………………………

「安全保障関連法案」「集団的自衛権行使を認める閣議決定」の撤回を求めるアピール

 日本劇作家協会は、昨年7月14日、「集団的自衛権行使を認める閣議決定に抗議し、撤回を求める緊急アピール」を発表しました。
 その末尾で私たちは「この閣議決定に基づく全ての法案提出にも反対します」と表明しました。
 実際、今年7月16日に衆議院で強行採決された「国際平和支援法案」「平和安全整備法案」からなる安全保障関連法11法案は、ほぼすべての憲法学者が違憲と指摘するものです。

 また、2013年に強行採決された「特定秘密保護法」では、国民の知る権利が担保されておらず、政府が「何が秘密なのかを永遠に秘密にできる」内容であり、憲法違反が仮にあっても、それを指摘することすら困難となります。

 過去の議論を無視した憲法の否定や、国民への説明の軽視は、私たち劇作家がよって立つ「言葉」の力を踏みにじることに他なりません。表現者・言論人の取材活動と表現活動を支えるのは、憲法の根本原理たる市民的自由です。
 私たちは表現者として、このたびの強行採決に反対し、一括法案の廃案と、あらためて「集団的自衛権の行使を認める閣議決定」及び「特定秘密保護法」の撤回を求めます。

…………………………

さて、以上のアピールをもとに永井愛さんが語った記事が、「言論表現の自由のよって立つところ ── なぜ劇作家協会は「安全保障関連法案」に反対するのか。 言論表現委員の永井愛に聞く ──」である。
本当に見事なまとめなので、以下から劇作家協会ホームページの該当記事に入れますから、全文をぜひ読んでいただきたい。

http://www.jpwa.org/main/genronhyogen20150917


以下、抜粋

(前略)

まず、この法案は憲法違反だということ。政府が改憲手続き抜きで憲法を解釈で変えていいなら、表現の規制にも歯止めがなくなって、政府に都合の悪い表現や言論が抑圧される恐れが出てくる。立憲主義が崩されると言論表現の自由にかかわってくるというところで危機感を抱きました。それと、アピールの前文でふれていますが、先にアメリカの議会で成立を約束してきて、後から国会の承認を得ようとするなんて、日本の国民主権や言論の場である国会での議論を甚だしく軽視していると言えるんじゃないでしょうか。

(中略)

劇作家の活動、つまり、取材や表現を支える市民的自由を守るために必要な意見の表明は、協会の重要な役割だと考えています。協会がかかわる問題には、政治的なことも多いですが、政治的な不一致があるので沈黙するということはありません。そのために協会は意思決定の方法として選挙による代議制をとっています。ですから、発表されるのは法人としての協会の意見です。これまで10年以上にわたって、協会は劇作家の市民的自由を守るために必要と判断した意見表明を行ってきました。それは会員の皆さんから託された仕事の一つだと考えています。

(中略)

将来的には別の方法も探ってみたい。これは、言論表現委員会内でも、まだすべての委員に共有されている考えではないけれど、「武力行使もしくは武力による威嚇を最終的な問題解決の手段」 とする考え方自体が、「言論表現の可能性をあらかじめ否定するもの」であるとして、憲法を介さないでも、直接関連づけて反対表明できないだろうかと思うのね。
 言論表現というのは、自分が考えたことを「どう思いますか?」と相手に差し出す行為だから、相手とはあらかじめ違っていることを前提にしていますよね。その上で、相手の理性と知性を信頼して共感を求めようとする行為なんだよね。だけど、武力行使っていうのは、その可能性の全面否定。「最終的に人間はわかりあえないかもしれない。だから、恐怖によって押さえつけるか、殺し合いによって降参させるのも止むを得ない」とする考え方で、人間の変化や歩み寄りの可能性を全否定している。それは言論表現行為の前提そのものと先天的に対立していると考えてもいいんじゃないか。だから、「安保関連法案」に対する反対は、単なる政治的意見の表明だと私は考えていないし、この法案が容認する武力行使は、言論表現と実は深いところで相反関係にあると思う。

(中略)

  ジャーナリズムもそうだけど、そもそもすべての言論表現というのは、相手に伝達することによって相手に影響を与えることを目的にしている。知らない情報を共有することによって相手からもフィードバックがある、一方通行ではない双方向を考えてる。つまり、相手から返ってくることにより、こっちがまた新たな情報や発想を得て相手に返す。そういうことを繰り返しながら、私たちは「真理」の発見を求め合っているのではないか。言論表現というのは、お互いの知恵を交換しながら、真理に近づこうとする行為なのではないか。人間は常に真理を求めていて、それを投げかけ、受け取るという双方向の循環の中で新たな知に目覚めていく。言い換えれば、人間は生命を維持するために、真理を求める必要がある。生命維持のための、双方向の知恵の出し合いを永久に遮断するのが武力行使。そんな方向で考えを深めながら、ゆくゆくは現行憲法を引き合いに出さなくても、劇作家として武力行使に反対できないだろうかと私は思うんですけど、どうでしょう?



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「採決」とは決していえない茶番 安倍内閣の「平和憲法を抱く国」に対するクーデター

2015-09-17 | Weblog
参議院特別委員会の「採決」とは決していえない茶番で、日本政府は戦争できる国への道を、ひた走ろうとしている。
本当にこれは安倍内閣の「平和憲法を抱く国」に対するクーデターだ。

安全保障関連法案は休憩に入っていた参院特別委員会が17日午後1時に再開、野党が出した鴻池祥肇委員長の不信任動議を賛成少数で否決。本来なら、理事会を開いてその扱いを協議するべきだが、なんと鴻池委員長は「委員長の職を佐藤正久君に委託します。」として、佐藤氏がそのまま委員長のイスに座ってしまった。これは前代未聞、自民党の国対委員長すらその誤りを認めたという。
その後、鴻池氏が委員長席に戻ったあとで、これまでの審議を締めくくる総括質疑を行わないまま、午後4時半ごろ、安倍総理が着席し審議をはじめるつもりかと思ったら、突如、与党側が委員長席にラッシュし、人間による「かまくら」を作り、民主党など野党が反対する中、与党が採決を強行、賛成多数で「可決された」という。多くの議員が「何がなんだか分からないまま」としている。
野党5党は、内閣不信任決議案、問責決議案の提出を含め、あらゆる手段で法案成立を阻止、廃案に持ち込む予定だというが、与党はすでに17日の衆参本会議の開会を職権で決めている。
蓮舫議員のツイッターによれば「自民党議員が委員長を取り囲み採決したかもわからない。何も聞こえない、何も見えない。議事録精査を要求すると、「議事録精査不能」とのこと。採決無効だ。」という。
委員会の議事録は残っていないというなら、不成立ではないのか。
本来なら差し戻しすべきところのはずだが、本会議は「その2時間後くらい」とされていて、刻一刻とその時が迫る。

委員会採決のあと、民主党の福山哲郎議員はNHKのインタビューに答え、「認められない。委員長が何を言ったかわからない。いつ誰が何をやったかわからない。あんな攻撃的なことを認めたら、日本の民主主義は死にます」と述べた。他の野党議員によれば、強行採決に抗議する女性議員の両足を与党議員がひっぱり、転倒させようとするなど、乱暴が続いたという。

会期は与党が延長したためあと10日も残っている。じっくり議論すればいいものを議論せず、採決を急ぐのは、「アメリカとの約束」を果たそうとしているだけだ。

写真は、昨日夜の国会。

昨夜は、早めに引き揚げて、龍前照明の岡本明さんを送る会に参加する。龍前照明の皆さん、岡本さんのお母様にもご挨拶する。
1986年、燐光群の『ビヨンド・トーキョー』『デッド・ゾーン』でプランを担当していただいた。
燐光群は竹林功がずっと照明を担当しているが、彼が龍前照明に入った直後、先輩として胸を貸してくれたのだ。
今年頭、私が演出したこんにゃく座『白墨の輪』の仕込み初日にも顔を出してくれていた。
闘病生活のつれづれはフェイスブックで知っていた。気を遣って直接連絡するのを控えていたことが悔やまれる。
また会えると思っていた。
残念でならない。
ご冥福をお祈りする。
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それでもゴーヤは育つ

2015-09-16 | Weblog
安倍晋三首相は14日、安保法案について「残念ながら、まだ支持が広がっていないのは事実だ」と認めた上で「国民の命、平和な暮らしを守るために必要不可欠な法案だ。一日も早く成立させたい」「熟議の後に決めるべき時には決めなくてはならない。それが民主主義のルールだ」と参院に早期の採決を促したという。

法律に則して何かを行うことを「民主主義」と言う人に、最近、身近にも遭遇したが、それは考え直してもらうことができた。民主主義は「法律遵守」そのものでも「多数決」でもない。話し合いは大切だ。話し合っている間に考えを柔軟に変えられるかどうかだ。そして、こちらの言い分が通ったとしても、考えを受け止めて変わることができた相手には、敬意を払う。それが民主主義だ。双方向に、そうだ。相手次第では難航するが。

しかし安倍首相はあろうことか同日に、「法案が成立し、時が経ていく中で間違いなく理解は広がっていく」と述べたらしい。
間違った法案でも、いずれ受け入れるだろうと高をくくっているのだ。強制して飼い慣らすという宣言である。この国に生きる人間を本当に蔑ろにした発言だ。民主主義とはほど遠い。

安全保障関連法案を審議している参議院の特別委員会の理事会が開かれ、与党側が16日、地方公聴会の終了後に、締めくくりの総括質疑を行うことを職権で決めたという。
奥田愛基SEALDs 国会演説をネットで聴き、なるほどとも思うが、これを聴いてただ溜飲を下げている人たちも多いであろうことが、気持ちを暗くする。
法案通過を諦めて関心を早々に来年の参院選に切り替えてしまうこともお断りだ。今の怒りは今の怒りだ。

面倒かもしれないが、おかしなことがあったら可能な限り話し合いたいし、指摘して共に考えていきたい。あきらめずにだ。
私たちにできることの一つの原則は、身近な界隈で民主主義を行使できているかどうかだ、とも思う。諦めないことだ。

さて、『バートルビーズ』千秋楽・打ち上げ以降、原稿書いたり、企画書書いたり、打合せ会議数件、まだぜんぜん終わらないけど可能な限り事務仕事したりしている上ではあるが、中津留章仁新作と古川健・日澤雄介新作の「お通夜劇」対決を観たり、劇作家協会座高円寺の「月いちリーディング」に凄く久しぶりに参加したり、横浜で地元演劇人たちとある案件について夕方から終電近くまで会議したり飲んだり、今だからできることをなんやかんややっているうちに、時間が過ぎていく。なんやかんやになり過ぎなのであるが、明日はどうしても数件のことについてまとめなければならない。

我が家の、庭とは言えない細い周囲の縁のような通路の地面に植えたゴーヤが実っている。いっぱいなるものである。出来のいいのは人にあげてしまったので残った写真撮影したものは色と形がいまいちのものばかりだが。プラスチックのように硬い外皮。もぎたては、匂い立つ。こうして時に自然の力を知る。
人間にも備わっているはずの生命の力、つまりこの場合では改革の可能性だが、それがあるはずだ、と信じたい。
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福島でフレコンバッグ流出

2015-09-14 | Weblog
共同通信(九月十一日付)等によれば、環境省は、大雨で福島県の河川が氾濫し、東京電力福島第1原発事故の除染で出た汚染廃棄物の入った大型土のう袋が川に流出したと発表したという。
この袋は約1立方メートルのフレコンバッグと呼ばれるもので、福島の立入禁止エリアにはいると国道沿いから延々と山のように積まれているのがわかるものである。その光景が何十分も続くのだ。私も立入のさいに目撃し、この世のものとは思われぬ光景に、声を失った。
そもそも除染袋は耐久性について「3~5年程度」とされており、そろそろ痛んできて移し替えねばならないものも出ているのではないかと懸念されているものもある。
11日午前6時ごろ、飯舘村役場から環境省に袋が流出していると連絡があったのが最初らしい。袋は川に浮いて流れている状態で、連絡を受けた除染業者が回収した。もともと水田に仮置きしていた。飯舘村以外に同県川俣町の仮置き場2カ所でも冠水したが、袋の流出は確認されていないという。
望月環境相は「関係者の方々にご心配、ご迷惑をおかけしていることについて、おわび申し上げる」と述べたという。
この時は、土のう袋は、仮置き場に運ぶ前に、一時的に保管していた場所から少なくとも82袋が流され、11日までに回収できた数は37袋と発表された。約30袋を回収したが全体の流出数は分かっていないという情報も出た。
環境省は12日、同村内で238袋、下流の南相馬市原町区で2袋の計240袋を発見したと発表した。南相馬市の2袋は中に何も入っておらず、流失したとみられるという。
同省は「いずれも最近刈り取られた草などで放射性物質濃度は比較的低く、周辺環境への影響はほとんどない」と説明しているが、中身が流れてしまっただけではないのか。
飯舘村では111袋を回収したが、残る127袋は重機や人が近づけない河川の中州や対岸にあり、水位の低下を待って回収する、という。
こうした土のう袋のずさんな管理について、望月環境相は、汚染物質を袋に入れたら、すぐに仮置き場に運ぶか、袋にタグを付けるなどして管理するなど、新たに改善策を検討する方針を示した。
何を今さら、と言うしかない。
時事通信(9月13日付)によれば、福島県飯舘村の除染現場から廃棄物の入った袋が豪雨により川に流された問題について、環境省は12日夜、破けて空になった2袋が下流で見つかったと発表したという。除染で刈り取られた草が入っていたという。同省は「放射性物質濃度は比較的低い」と説明している。残りは増水している水位の低下を待って、回収する予定ということだった。流出の総数は分かっていない。望月義夫環境相は発表に先立つ12日午後、「総力を挙げ、一つも喪失することのないように実態を把握しなければならない」と福島市内で述べたようだ。
数はどんどん増えていっている。
じっさい、豪雨で流出したものがそれだけというはずはない。環境省に「濃度が低い」と言われても、俄には信じがたい。

私たちはフレコンバッグを『バートルビーズ』で使用した。ラストには複数出てきて出演者全員が入る。そして棹のように棒を立て、「箱船」のように漂流していく佇まいで終わる。
悪夢と現実の区別がつかなくなってきている。
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武器輸出が「国家戦略」は許されない

2015-09-12 | Weblog
経団連は10日、武器など防衛装備品の輸出を「国家戦略として推進すべきだ」とする提言を公表。10月に発足する防衛装備庁に対し、戦闘機などの生産拡大に向けた協力を求めているという。提言では、審議中の安全保障関連法案が成立すれば、自衛隊の国際的な役割が拡大するとし、「防衛産業の役割は一層高まり、その基盤の維持・強化には中長期的な展望が必要」と指摘。防衛装備庁に対し、「適正な予算確保」や人員充実のほか、装備品の調達や生産、輸出の促進を求めた。具体的には、自衛隊向けに製造する戦闘機F35について「他国向けの製造への参画を目指すべきだ」とし、豪州が発注する潜水艦も、受注に向けて「官民の連携」を求めた。産業界としても、国際競争力を強め、各社が連携して装備品の販売戦略を展開していくという。

この件に関しては、
明日の自由を守る若手弁護士の会がいち早く出した見解が正論である。
http://www.asuno-jiyuu.com/2015/09/blog-post_30.html

既に去年の4月1日に「武器輸出禁止の三原則」は、「防衛装備移転の三原則」に名前が変わり、武器を輸出することは禁止が原則だったのに、輸出できることが原則で例外的に禁止の場合を定める、という内容に変わっている。
政府が、国家的戦略として、兵器産業を金融面で支援する(つまり国が武器輸出のために企業にお金を貸す)ことを検討しはじめ、武器を輸出することが推し進められ、それが日本経済を発展させる道である、ということにしようとしているわけである。軍事産業に頼った経済構造になれば、戦争がなければ武器の需要も減る。戦争で生計を立てる国民がとことん増えてしまう。「最悪の場合、経済を立て直すために戦争のひとつくらい起きてくれないか」なんていうことにもなりかねない、戦争で食いつなぐ国家、原発や米軍基地と構造が同じように、いざやめようとしたときに、やめられなくなってしまう中毒状態に陥る、ということである。

今止めなければ、いつ止めるのだ。
「武器輸出禁止の三原則」を持っていた国が、1年半もしない間に、武器輸出を「国家戦略として推進すべきだ」と、百八十度の転換を図ろうとしている。
どこまでこの国は、鈍感になっていくのか。
一刻も早く政権交代して「武器輸出禁止三原則」に戻らなければならない。

さて、『バートルビーズ』は終了した。ご来場のお客様、ありがとうございました。そして皆さん、おつかれさまでした。
写真は、『バートルビー』原作者メルヴィル人形。『バートルビーズ』の冒頭モノローグを英訳してくれたSam Malissaさんのパートナー・Chen Reichertさんが作ったものです。彼女はこのシリーズでいろんなキャラクターの人形を作っているらしい。打ち上げに持ってきてくださった。

さて、次の展開に向けて動き出す。
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何で今更、県民投票? 辺野古はすぐに工事中止以外にないはずだ。

2015-09-08 | Weblog
沖縄県と政府との5回の集中協議後、1カ月、歩み寄りがほとんどないまま、けっきょくサンゴ礁損傷に関する潜水調査が終了すれば、辺野古の工事は再開となる。
沖縄県が米軍普天間基地の名護市辺野古への移設の賛否を問う県民投票の検討に入ったとか、新たな知事選をという話が、出ているらしい。
なんじゃそりゃ。
菅義偉官房長官はさらに先回りして「法治国家なので法律の範囲内でできる。政府としては取るべき道を取ることに変わりはない」と述べたという。
ちょっと待ってほしい。
何で今更、県民投票?
知事選?
翁長雄志知事は「普天間基地の辺野古移設反対」で当選したのじゃないのか。
菅原文太さんだってそれで死の前週に辺野古まで応援に来てくれたのだ。その遺志をどう思っているのだ。もちろんそういう人たちは文太さんだけではない。
知事は、工事が再開されれば、埋め立て承認を取り消すと言っていたはずではないのか。
おかしい。
すぐに工事中止。それ以外にないはずだ。

『バートルビーズ』、9日まで。8日は2時と7時、9日は2時で千秋楽。

写真は、家庭劇的なワンシーン。ほんとうになんでもあり、てんこ盛りの作品である。ちゃぶ台に置いてあるのは「生姜せんべい」である。

スズナリの空間を特殊に使っている。
客席も狭い。ある意味、ニューヨークで言えば、スズナリの「オフオフ」化である。
本当にこの贅沢さは、見逃すと損をする。
8日昼は超満員、増席対応中だが、他の回はまだ余裕があります。

昨夜の大和田俊之教授とのアフタートークはおもしろかった。教授は「バートルビー」の決めぜりふたる「I would prefer not to 」を腕に入れ墨しているのだ! 「バートルビー命」の人なのである!
そういう人もいるということは、やはり「バートルビー世界」は実在するのである!

………………

『バートルビーズ』
詳しい内容はブログのこの記事で。
http://blog.goo.ne.jp/sakate2008/e/0a9790c0e840b5d41f25e7528c90e4c0

………………


『バートルビーズ』
~ハーマン・メルヴィル『バートルビー』より~ 

作・演出○坂手洋二

アメリカの国民作家ハーマン・メルヴィルの『白鯨』と並ぶもう一つの代表作、『バートルビー』(Bartleby 1853)の、新展開。

できれば私たち、そうしないほうがいいのですが。
逃避か、拒否か、怠惰か、絶望か。彼の選択には、いかなる言葉もあてはまらない。
永遠の謎を湛えた人物像が、混沌の現代日本のどこかに佇み、あなたが気づくのを待っている。

9月9日(水)まで。

8日14:00/19:00
9日(水)14:00

会場 = 下北沢ザ・スズナリ

一般前売3,300円 ペア前売6,000円 当日3,600円
U-25(25歳以下)/ 大学・専門学生 2,500円 
高校生以下1,500円
※学生、U-25は、前日までに電話またはメールでご予約の上、
当日受付にて要証明書提示。


円城寺あや  
都築香弥子
中山マリ 
鴨川てんし 
川中健次郎 
猪熊恒和 
大西孝洋  
杉山英之 
武山尚史 
樋尾麻衣子
松岡洋子 
田中結佳 
宗像祥子 
長谷川千紗 
秋定史枝 
川崎理沙 
宇原智茂 
根兵さやか 

照明○竹林功(龍前正夫舞台照明研究所)
音響○島猛(ステージオフィス)
舞台監督○久寿田義晴
美術○じょん万次郎
音楽○太田惠資
擬闘○佐藤正行
衣裳○ぴんくぱんだー・卯月
衣裳協力○小林巨和
舞台協力○森下紀彦
演出助手○山田真実
文芸助手○清水弥生・久保志乃ぶ
美術助手○福田陽子
イラスト○三田晴代
宣伝意匠○高崎勝也
協力○浅井企画 オフィス・ミヤモト
制作○近藤順子 鈴木菜子 
Company Staff○古元道広 桐畑理佳 鈴木陽介 西川大輔 宮島千栄 橋本浩明 内海常葉 秋葉ヨリエ

劇団HP
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詳細はこちら
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オンラインチケットの連絡先
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「国民に理解が得られなくても決める」に対して、私たちは「そうしたくない」と言い続ける

2015-09-07 | Weblog
私自身とは関係ないところで問題があって書き進められない締切を迎えた原稿がまだ残っているが、それは連絡をもらわないと書けないので、現在、本当に久しぶりに締切リミットの原稿のない状態となる。珍しいことだ。まあ時と共にすぐにまた締切が迫って来るのだが。

立入禁止地区の双葉町内にある原子力PRのアーチ看板「原子力 明るい未来のエネルギー」の標語を考案した大沼勇治さんが、『バートルビーズ』を観に来てくれた。
双葉町は看板を撤去する予定を示しているが、大沼さんは反対している。
『バートルビーズ』には、このアーチをモデルとした場面が登場する。
大沼さんには喜んでいただけたようで、ほっとしているが、秋にも撤去が強行されるかもしれないので、このような劇を作った私たちも、これから何ができるかを考えていきたい。この件についてのブログは↓
http://blog.goo.ne.jp/saÖ/e/b055c0280f023771a909ff6594cbd1fd

日曜日は、本番中を祭りのおみこしご一行が通過。スズナリ前で、みこしの交替作業があったのだが、それはもともとこちらの予定を考慮に入れ、昼公演終演後まで待ってくれていたのである。下北沢と演劇の共存の関係。制作の近藤はみこし終わりの一本締めにも参加したらしい。
それとはまったく関係なく、夜遅く、今日みこしを担いでいたらしいあんちゃんが駅前のベンチで一人飲んだくれて悪態をついていた。祭りじたいが昔と違うのだろう。若者たちがついてきてくれないのだろう。しかし愚痴って何になる。

土曜日はPARC(アジア太平洋資料センター)自由学校で吉岡忍さんと一緒に講座をした。
吉岡忍さんとは井上ひさしさん、齋藤憐さんらと共にお会いしたことがあるが、本格的に話すのは、ほぼ初めて。
講座は、べ平連、新宿西口争乱の時代から現在まで、様々な話題を駆けめぐる。いろいろ充実していたと思うし、手応えはあった。
吉岡さんと憐さんは、ベトナム戦争時代に、アメリカの脱走兵を匿い、ソビエトに脱出させる運動をしていたが、当時は直接の接点はなかったという。互いに秘密裏に動いていたわけだから、それはそうだ。
以前に井上ひさしさんが会長だったこともあってもともと打診されていたが、さらに強く誘う方がいらして今年はついに日本ペンクラブに入会してしまった。
吉岡忍さんは日本ペンクラブの専務理事である。
ペンクラブは、その創立と歴史が示すように、平和を希求し、表現の自由に対するあらゆる形の弾圧に反対するとの精神に賛同するP(詩人、俳人、劇作家)、E(エッセイスト、エディター)、N(作家)が集まり、独立自尊をモットーに活動をし続けてきた。ペンは剣よりも強し、という場合の「ペン」、文字を書く「ペン」だから(だけ)ではない、三種の連合を示しているということだ。私は、ポエト(詩人)・プレイライト(劇作家)の「P」に分類された。
日本ペンクラブも7月15日、16日連続で、声明 「本日の衆議院本会議での強行採決に抗議する」を出している。
この声明文は以下の通り、至ってシンプル。

日本ペンクラブは、本日、衆議院本会議で強行採決された、安全保障法案に強く抗議し、全ての廃案を求める。
集団的自衛権の行使が日本国憲法に違反することは自明である。私たちは、戦争にあくまでも反対する。

さて、民主党が解党して、リベラル新党をつくるという噂があるらしい。何かいいことのように言う人がいるが本当にそうか。喜ぶのは民主党保守派だろう。彼らが嬉々として自民党に行くだけだ。

「政府は戦争をやりたがっているわけではない」という言説には辟易する。既にイラク戦争で日本は戦争に関わってしまった。そのことを悔いる気持ちを持てない輩には、このたびの安保法案が戦争法案であることを理解できないだろう。
昨今話題の統幕長の会談記録を首相は知っていたに決まっている。政府ぐるみで国会を欺いた。
共同通信によれば、安倍晋三首相は6日放送の読売テレビ番組で、「憲法改正が悲願」と重ねて強調した上で、来年夏の参院選に合わせた衆参同日選挙の可能性について「考えていない」と否定。米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設については「普天間の危険性除去のために、移転先は、辺野古以外は残念ながらないというのが結論だ」と言い放った。管と翁長の会談は意味がないと初めから言っているわけだ。
参議院の特別委員会をさぼってテレビに出ていたこの男は、本当に民主主義をなめきっている。
日曜の新宿歩行者天国のデモなど、NHKが反安保デモを放送するようになったのは、強行採決方針が固まったからだと見る向きもある。

やはり共同通信によれば、自民党高村正彦副総裁は6日、青森市内での講演で、安全保障関連法案に関し、国民の理解が得られなくても今国会中に成立させる方針を示した。
「国民のために必要だ。十分に理解が得られていなくても決めないといけない」という。

私たちは「そうしたくない」と言い続ける。

『バートルビーズ』を「そうしたくない」を徹底する者たちの劇と見てくださる方々もいる。

上演は9日まで。
残り4ステージ。
7日7時、8日2時・7時、9日2時の四回。


今夜七時の回は 大和田俊之さん(慶應義塾大学教授)と坂手洋二によるアフタートークも開催されます
※本公演の前売券をお持ちの方、ご予約の方はご入場頂けます。

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『バートルビーズ』
詳しい内容はブログのこの記事で。
http://blog.goo.ne.jp/sakate2008/e/0a9790c0e840b5d41f25e7528c90e4c0
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『バートルビーズ』
~ハーマン・メルヴィル『バートルビー』より~ 

作・演出○坂手洋二

アメリカの国民作家ハーマン・メルヴィルの『白鯨』と並ぶもう一つの代表作、『バートルビー』(Bartleby 1853)の、新展開。

できれば私たち、そうしないほうがいいのですが。
逃避か、拒否か、怠惰か、絶望か。彼の選択には、いかなる言葉もあてはまらない。
永遠の謎を湛えた人物像が、混沌の現代日本のどこかに佇み、あなたが気づくのを待っている。

9月9日(水)まで。

7日19:00
8日14:00/19:00
9日(水)14:00

会場 = 下北沢ザ・スズナリ

一般前売3,300円 ペア前売6,000円 当日3,600円
U-25(25歳以下)/ 大学・専門学生 2,500円 
高校生以下1,500円
※学生、U-25は、前日までに電話またはメールでご予約の上、
当日受付にて要証明書提示。


円城寺あや  
都築香弥子
中山マリ 
鴨川てんし 
川中健次郎 
猪熊恒和 
大西孝洋  
杉山英之 
武山尚史 
樋尾麻衣子
松岡洋子 
田中結佳 
宗像祥子 
長谷川千紗 
秋定史枝 
川崎理沙 
宇原智茂 
根兵さやか 

照明○竹林功(龍前正夫舞台照明研究所)
音響○島猛(ステージオフィス)
舞台監督○久寿田義晴
美術○じょん万次郎
音楽○太田惠資
擬闘○佐藤正行
衣裳○ぴんくぱんだー・卯月
衣裳協力○小林巨和
舞台協力○森下紀彦
演出助手○山田真実
文芸助手○清水弥生・久保志乃ぶ
美術助手○福田陽子
イラスト○三田晴代
宣伝意匠○高崎勝也
協力○浅井企画 オフィス・ミヤモト
制作○近藤順子 鈴木菜子 
Company Staff○古元道広 桐畑理佳 鈴木陽介 西川大輔 宮島千栄 橋本浩明 内海常葉 秋葉ヨリエ

劇団HP
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オンラインチケットの連絡先
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下北沢を考える SHIMOKITA VOICE2015 開催決定!

2015-09-04 | Weblog
以下の企画に参加します。今年も、というべきか。やはり下北沢についての話となれば、演劇界を代表して、ということになります。保坂展人世田谷区長やレディジェーンの大木雄高さんらとシンポジウムに出ます。

しかしこういうときに高橋ユリカさんの不在を、あらためて感じてしまいます。遺志を継いでいかなければ、です。
……………………

SHIMOKITA VOICE2015 開催決定!

SHIMOKITA VOICE2015
~EXPOSED SHIMOKITAZAWA~

日時2015年9月27日(日)開場13:00
@下北沢アレイホール 入場料1000円

*小田急地下化の今、2・2kmの上部利用はどうなる?!
*最大幅26mの新規道路計画と駅前広場計画の行方は?!

第一部:シンポジウム「再開発の行方」
13:30~15:30「小田急線・上部利用のあり方」
  「広域生活・文化拠点」を巡って
パネリスト
保坂展人(世田谷区長)
服部圭郎(明治学院大学教授)
坂手洋二(「燐光群主宰・日本劇作家協会会長)
浜野安宏(ライフスタイルプロデューサー・映画監督)
大木雄高(下北沢商業者協議会・SHIMOKITA-VOICE実行委員長)
司会 石本伸晃(下北沢商業者協議会/シモキタ訴訟弁護団)

緊急課題としての「上部利用」構想は如何に?又、保坂区政が掲げた「広域生活・文化拠点」とは?底辺にある補助54号線と区画街路10号線を絡めた再開発の動きが新局面を見せるのか!

休憩:15:30~15:45

第二部:「下北沢の現在を学ぶ」
15:45~16:15 映画『下北沢で生きる』ダイジェスト版上映
2006年1月18日、前年結成した「下北沢商業者協議会」が「渋さ知らズ」に呼びかけ立ち上げた、サウンドデモの直接行動に始まり、それ以後の「Save the 下北沢」「まもれシモキタ!行政訴訟の会」に共催を呼びかけた7年間の「シモキタ・ヴォイス」イベント始め、再開発に渦巻く下北沢を捉えた9年に亘る運動の歴史と現在。新たな撮影を加えて編集した映像作品!

16:15~17:15「シモキタ・ワークショップ」
神崎公伸(ZOZO代表・デザイナー)(伊藤英樹(café&bar comp.)
山凬春奈(Mother)山田正美(山田軍団株式会社)司会・河野義家(下北沢商業者協議会事務局)

予約問い合わせ:下北沢商業者協議会 
〒155-0032 世田谷区代沢2-20-12 E-mailbigtory@mba.ocn.ne.jp
(ビグトリィ内Tel:03-3419-6261/Fax:03-3419-6848)

主催:SHIMOKITA VOICE実行委員会
(下北沢商業者協議会、Save the 下北沢、まもれシモキタ!行政訴訟の会)
http://shimokita-voice.net/

SHIMOKITA VOICEとは・・・2007年にスタートし、毎年連続で行われているシモキタ夏のイベントです。毎回多彩なゲストによるトークライブとライブパフォーマンスにより、シモキタの生活・文化とシモキタが直面している道路・再開発問題をアピールしてきました。

「下北沢商業者協議会」
地元商業者の立場から計画の見直しを求めて、2005年11月、飲食店、物販店、ライブハウス、法律事務所など510店 の賛同を得て結成。区役所までのサウンドデモを、節目節目で行なってきた。「SHIMOKITA VOICE」を主導して、今年8年目となる。
http://www.shimokita-sk.org/

「Save the 下北沢」
街並を激変させる「補助54号線」と「区画街路10号線」の建設や周辺の再開発の問題をアピールするため、2004年に結成された市民団体。住民や下北沢ファンなど、多様な人々が参加している。
http://www.stsk.net/

「まもれシモキタ!行政訴訟の会」
訴訟を通じて計画の違法性を問い、見直しの実現を目指し、2006年に作られた団体です。住民、地権者、商店主など120名の人々が原告として参加している。
http://shimokita-action.net/
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