Blog of SAKATE

“燐光群”主宰・坂手洋二が150字ブログを始めました。

シビウ演劇祭、そして帰国

2015-06-27 | Weblog
もどってきて一週間になるが、帰国報告がまだだった。

写真は、シビウ演劇祭の、『屋根裏』上演当日朝の別会場でのカンファレンス(記者会見)のもよう。
今回のシビウ演劇祭参加について、何かにつけて応援してくれ、この日も通訳をしてくれた野田学さん、私、通訳のデュボアさん、『屋根裏』をシビウに招いた張本人の演劇祭の若手重鎮オクタビアン。かつてオクタビアンは梅ヶ丘まで来てくれたのだ。

シビウには日本人が大勢だった。批評家諸氏はもはや常連らしい。ボランティアスタッフも日本から十五名。とてもよくしてくださった。そのうちの一人が息子と大学の同学年・同学科だったのには驚いた。

扇田拓也さんが来ていて、手提げ鞄の中に偲ばせていた故・扇田昭彦氏の遺影を見せてくれる。扇田氏はシビウ演劇祭をいつも楽しんでおられたという。

『屋根裏』上演じたいは、会場他にかなり厳しい条件もあったが、なんとか終了。みなもとごろう氏によると、観客の皆さんはそうとう熱心に見てくれていたという。
会場のゴングシアターは昨年に野村萬斎さんの『マクベス』も上演されたところ。

『スカパン』の串田和美さんがお元気だったのが嬉しい。上演じたいも串田和美ショウとして楽しめた。ひさびさ馬渕英俚可さんとも異国で再会を喜ぶ。彼女とラティガン作『ウインズロゥ・ボーイ』をやってからもう10年になるのか。『スカパン』組と『屋根裏』組はシビウ←→ブカレスト・オデオン座を逆の順序で交代に上演する不思議な巡り合わせ。

帰国直前、東谷くんが、入れ代わりにシビウ入りした笈田ヨシさんに会いにいったそうで、間接的に笈田さんから思いがけないメッセージをいただき感激する。

各所から今後の海外公演の話もいただく。

帰国、成田でツアー本隊は解散、後は事後処理の各自別行動をとった。私はその日はいったん帰宅しすぐに芸団協で会議、そのまま秋の作品のための取材等。溜まっていた雑務を消化しつつ、翌日夜は八十年代に編集事務所でお世話になった西やん先輩の結婚パーティー。さらに翌日は映画のアフタートーク出演、西田シャトナーさん一人芝居等。翌日もべったり劇団事務所で雑務、夜は吉祥寺で『新・冒険王』を観てソン・ギウン君らと話。翌日は国際交流基金との打ち合わせ、『明治の柩』千秋楽になんとか顔を出し、劇作家協会の戯曲セミナー講師を終えて、何を思ったか高円寺から歩いて帰る。セミナーは研修課の個別指導もする。翌日は劇団ミーティング。今後の仕事の準備が六本ぶんくらいになっている。とにかく時差ぼけになっている暇もないままいろいろこなしながらメルヴィル学会の準備も並行してきた。仕上げなければならない原稿を抱えてなのでブログを書くのにも遠慮があったというわけだ。昨日はとにかくメルヴィル学会の基調講演をやり遂げ一安心。これを終えるまではどうにも落ち着かなかった。夜っぴて中津留くん日澤くんと長話して、なんだかやっと日本の日常に戻ってきたのだなあ、と思いつつ来週のフィリピン行きの用意も進める。
今回の『屋根裏』ツアー、日本にいることと海外にいることにこんなに落差を感じない渡欧は初めてではなかったかと思う。何かがたいへんだったのかもしれないし、自分なりに新しい視点で物事を見はじめているのかもしれない。
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第10回国際メルヴィル会議に参加します

2015-06-25 | Weblog
第10回国際ハーマン・メルヴィル会議が本日6月25日から29日まで東京・慶應義塾大学で開かれます。世界中のメルヴィル学者たちが集います。
ハーマン・メルヴィルは、アメリカ人が聖書の次によく読んでいるとされるあの『白鯨』の作者であるだけでなく、アメリカ思想のある基底を作ったともいえる存在です。
アジアで初めて開催される国際ハーマン・メルヴィル会議。

25日は、池澤夏樹さんの講演。
26日は、メルヴィル作『バートルビー』をもとにした坂手洋二作『バートルビーズ』のプロトタイプが発表されます。

http://www.melville-japan.org/
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ブカレスト・オデオン座は天井が開く

2015-06-13 | Weblog
ブカレストに移動。
オデオン座公演。
なにしろ小さなかわいらしい白い劇場である。
内側はプチ馬蹄形の三層。
宿舎が隣なので部屋の窓から「Theatre Odeon」の電飾看板が見える。
六年前のブカレスト公演の時に制作の古元くんとここでパフォーマンスを観て、いつかここで公演したいと言っていた夢が叶ったわけだ。

仕込み時に驚いたのが、天井の薄かまぼこ形のドーム屋根が電動で移動することだ。スライドして、外光を取り入れることができる(写真 撮影=Teodora Mihai)。ある意味省エネで、オープン時は開放的でいいのだが、用途は限られるだろう。
そういえば世田谷パブリックシアターの天井の円形ドームには、青空と白い雲の絵が描かれているが、それがもともとはドームが開閉して空が見えるようにするというイメージがあったからだと聞いたことがあるが、本当かどうかは知らない。
感心してばかりもいられず、この電動ドーム天井、厳密に完全には閉まりきらないことがわかり、暗転がとれないのは困るので試行錯誤して、うっすら外交の光の筋が浮かび上がるレベルにまでは閉じてもらった。いやはや。

いろいろな出来事があるが、あっという間に時間が過ぎる。場当たり開始時刻を早めておいてよかった。
それぞれの国、都市、劇場で流儀も違う。劇場で働く人たちには共通点もあるし、違いもある。違う部分の多くは「管轄」ゆえの問題であったりする。いろいろな「整理」の仕方があるのだろう。何を自由と感じるかも含めての彼我の違い。日本の方がいいとも言えないし、私(たち)は日本を代表しているわけでもない。何ごとも勉強になると考えるだけだ。

少しは街を歩いてみたいが、今はまだ机に向かっている。私たちの事情ではないがシビウの準備も終わらず、片付けるべき書類もあるし、帰国後は新作を控えているのだ。この時期に私がぼーっとしてるように見えたら、それは新作のことを考えているのである。
新作のこと以外も、渡欧以前からも後にも、日本での今後の仕事のことや伝達・情報がいろいろと入ってくる。全てに即対応していけるわけでもない。仕方がない。

オデオン座公演は、見切れ席や字幕に遠すぎるとしてペンディングした部分にまで一部お客が入って、盛況。熱心に観ていただけた。
海外公演では、日本での公演よりも妙なクスクス笑いが多いなと感じるときがある。これは字幕がダイレクトに意味を伝えてくれるので、目の前のアクティングとの対比で、かえって戯曲じたいの求めている反応だと感じられるときがある。言語とは不思議なものだ。
観てくださった方々と話すが、かなり細かいところまで観ていただけていることがわかる。
どの地でもそうだが、『屋根裏』は「演劇らしい演劇」であるにも関わらず、「新しい演劇」「「演劇」を越えた世界観の提示」としても確実に受け入れられていることがわかる。日本社会について知ることもできるが、現代人の「生」について確実に共感を呼んでいる。と、いうことだ。さまざまな枠組みを超えて興味を持っていただけることは、ありがたい。こうして、海外で上演するに値するものをやっているという自負を持つことができるのは、幸いなことだし、海外であるとか国内とかを意識している場合でない時代になってきているのかもしれない。
今回もパレスチナについて言及する部分で観客から意見が来る。
「ひきこもり」は日本特有なのかという質問があったりすることは希で、どの国でも、じつは自分の子どもや孫が「ひきこもり」なのだと言われたりもする。そういうものだ。

明朝はシビウに移動するが、すでに松本市民芸術館『スカパン』組はシビウに入っているようだ。昨日ミュンヘン空港のトランジット中の音響の市来邦比古さんからフェイスブックの〈メッセンジャー〉で連絡が入った。〈メッセンジャー〉で通話した。フェイスブック機能で国際電話したわけで、なんとも不思議だ。
私はSIMカード無しのiPhone所持者である。2年半前に新型機に乗り換えた某スタッフ氏から頂いたのだ。とにかくSIMカードを入れずに使用している、つまり無料使用である。このSIMカード無しiPhoneは海外では活躍するが(Wi-Fi環境の乏しい地域では無駄だが)、日本国内では使っていない。私は日本国内では今やガラパゴス以前の「PHS」所持者なのである。時に「ピッチだ」と言って「まだピッチってあるの?」と言われたりする。十年前既に若者たちの会話で私が「PHS」所持者と知らずに「今時ピッチの人っているわけないじゃない」というのをよく聞いたものだが、時にティーンエイジャーはその存在すら知らぬ者がいるはずだ。

シビウ国際演劇祭へは日本からも多くの人が行くようだ。そういえば成田でも批評家のKさんに会った。ずいぶん早く行くのだなあと思った。

ブカレストは劇場だらけだ。ブルガリアもルーマニアも演劇が盛んというより、街じたいが演劇を大事にしている。羨ましい限りだ。
夜は五つくらいの劇場を擁するらしいルーマニア国立劇場を覗いてみることにしたいが、どれを観たらいいのか、まるでわからない。
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『屋根裏』ソフィア公演

2015-06-12 | Weblog
『屋根裏』ソフィア公演2ステージは無事に終わった。まあいろいろたいへんな面はあったが、満席のトリプルコールで幕が開き、2ステージめも終演するや否やのオールスタンディングであった。
字幕翻訳を担当してくださったのは、村上春樹作品の翻訳でも知られるドラ・バロヴァさん。明らかに字幕そのものへの肯定的な反応というのもあるわけで、俳優陣はそれを自分自身へのものとできるよう、より密度が求められることを身をもって知る。海外公演で俳優が鍛えられる一面である。
ソフィア大学のインターネット・メディア〈フライデー・チョップスティック〉のメンバーたちは連日やって来た。どうも日本はじめアジアの表現については、この地ではある種の「ブーム」が続いている。
そしてこの街の人たちは演劇をとても大事にしている。
タイミング的に、年に一度の「薔薇祭り」とぶつかる週末で、日本関係者では観られない方もいて、残念。
写真はバラシ後にツアーメンバーと劇場スタッフさんと。

今回はソフィア市立劇場だったが、『屋根裏』という劇のサイズに合わせた面はある。まさに「市民劇場」である。何しろ公園の中にあって、劇場のドアを開けるとメリーゴーランドが回っているのである。

十九年前ソフィアで『神々の国の首都』を上演したときは、イワン・バゾフ国立劇場であった。その二年前の〈ウィーン芸術週間〉日本特集で田中泯さんらとともに紹介され、再度招かれたヨーロッパで四都市を巡った。
イワン・バゾフ国立劇場はブルガリア随一の国立劇場であり、当時ここで国立の劇場の形態、組織運営など様々な状況を知ったことは、大きな成果だった。新国立劇場のオープン直前だったが、「国立劇場」のあり方について、自分なりにイメージできたことは大きい。詳しいことは聞かれればいくらでも話せるが、いずれまた。

イワン・バゾフ国立劇場では、到着後の打ち合わせが早めに終わったのでその日にルイジ·ピランデッロ作『あなたは私を好き』を観た。
第二次世界大戦前のベルリンを舞台としている。これは舞台上に客席と舞台を架設していて、小劇場仕様にしている(これもこの劇場独自の舞台機構で実に平易に可能である)。考えてみれば熊本県立劇場などでそういう舞台上架設の上演もしたことがあり、これなら『屋根裏』もやれたと思う。
『あなたは私を好き』は冒頭5分の映画スクリーンを模した舞台空間作りが傑出していて、白紗幕と照明、セットの遠近法の使い方等、ステージングに関して最近にない感動を覚えた。寺山修司さんに見せたかった。ただし残念ながら最初の5分だけである。
イワン・バゾフではソフィアを発つ前に新作『エッジ』も観た。現在のブルガリアの人たちの真情を余すことなく描いたとして、老若男女、街を挙げて絶賛されている作品である。これも劇場の独自のセリの動かし方などやはり劇場機構を駆使していて、強風に人間が飛ばされるスペクタクルな導入部から引きつける。ボレロの安直な使用など選曲は凡庸だし、同時多発の嵐ともいうべき群像劇ゆえに、細部はもっと深めるというより、もっとダイナミックにプロットの幹を作ることができるのではないかという感想は出てくるのだが、言葉の壁ゆえの感想かもしれない。
最後の台詞は、浮浪者となった父が、ついに再会した、孫を抱いた娘に語る、「ブルガリアは終わった」。もちろん、ただのネガティブな発露ではないはずだ。
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第21回劇作家協会新人戯曲賞 募集要項発表

2015-06-11 | Weblog
第21回劇作家協会新人戯曲賞 募集要項が発表されました。

http://www.jpwa.org/main/drama-award/guidance

……………………………………


第21回劇作家協会新人戯曲賞 募集要項

[主催] 一般社団法人 日本劇作家協会 [後援] 公益財団法人 一ツ橋綜合財団

日本劇作家協会では、演劇界の未来を担う才能の道を拓くべく、1995年より劇作家協会新人戯曲賞を主催しています。第1回受賞者の長谷川孝治氏から第20回の角ひろみ氏まで、常に新しい才能を輩出し続けているこの賞は、まさに新人劇作家の登竜門と言えるでしょう。
一次審査と二次審査を経て最終候補作を選出したのちに、受賞作を決めるための最終選考会が公開で行なわれることが、劇作家協会新人戯曲賞の大きな特色です。その審査員たちが応募者の希望により選ばれること、受賞作がその場で発表されることも含め、非常に公正な賞です。
今年度の公開審査会は、12月13日(日)に開催の予定です。また、例年5~6本の最終候補作は、単行本にまとめて出版しています。過去20回の最終候補作も、それぞれ『優秀新人戯曲集』(ブロンズ新社)として刊行されています。
下記の要項をご確認のうえ、ぜひご応募ください。

応募受付期間
  2015年7月1日(水)~8月1日(土・消印有効)

応募資格
  不問(自らを新人と思う者)

応募規定
 1人1作品
 2014年8月1日から2015年7月31日までに、日本語で書かれた作品で、
   書籍あるいは雑誌に未発表のもの(上演していても可)
 同作品の、同時期の他の賞との重複応募は不可
   また、過去に他の賞の佳作以上を受賞した作品は、手直しをしていても不可
 原作のあるものの脚色は不可
   また、他の戯曲・小説・映画などの一部を使用する場合は、作品名を
   明記し、著作権処理が必要な場合は応募者の責任で行なうこと

原稿形式・必要記載事項・応募上の注意
 1.表紙(2部)
   ・作品タイトルと作者名を記載
 2.あらすじ(2部)
   ・800字~2000字程度 (*あらすじにも作品タイトルと作者名を付記)
 3.戯曲(2部)
   ・ワープロの場合は、片面印刷でA4に800~1600字詰め(原稿用紙への印刷は避ける)
   ・手書きの場合は、400字詰め原稿用紙使用
   ・枚数は、400字詰め原稿用紙に換算して250枚程度を上限とする
   ・ページ番号をつける
 4.別紙(1部)
   ・住所・氏名(ペンネームの場合は本名も)・電話番号・メールアドレスを記載
   ・希望する審査員(劇作家協会員に限る)3名を記す。協会会員名簿はこちら

 上記を1~3を1部ずつ順に重ね、ダブルクリップまたは紐でとめたものを、
   必ず2部送付
 別紙は1部のみ
 応募書類(原稿を含む)の返却には応じかねるので注意のこと

最終審査員
  劇作家協会会員7名  ⇒ 会員一覧
 応募者の希望を集計し、上位7名を最終選考会の審査員とする
  **審査員の記載は、最終審査員を決めるためのものであり、
   希望する劇作家が応募作を読むという意味ではありません。


  劇作家協会新人戯曲賞1編
  正賞=時計 副賞=賞金50万円
  (他の最終候補作者にも記念品贈呈)

著作権
  応募者に帰属

ご応募・お問合せ
  日本劇作家協会 事務局 
  〒166-0002 東京都杉並区高円寺北2-29-14-501
  TEL:03-5373-6923
 *応募の際は「新人戯曲賞応募作品」と封筒に明記のこと

第1~20回の受賞作
第1回 長谷川孝治(弘前劇場) 『職員室の午後』
第2回 杉浦久幸(劇団もっきりや) 『あなたがわかったと言うまで』
第3回 泊篤志(飛ぶ劇場) 『生態系カズクン』
第4回 夏井孝裕(reset-N) 『knob』
第5回 高野竜 『ハメルンのうわさ』
第6回 小里清(演劇集団フラジャイル)『Hip Hop Typhoon -少女には死にたがるクセがある』
第7回 棚瀬美幸(南船北馬一団) 『帰りたいうちに』
第8回 芳崎陽子(糾~あざない~) 『ゆらゆらと水』
第9回 黒岩力也 『カナリア』
第10回 ひょうた 『東おんなに京おんな』
第11回 田辺剛 『その赤い点は血だ』
第12回 嶽本あゆ美 『ダム』
第13回 黒川陽子 『ハルメリ』
第14回 ナカヤマカズコ(しずくまち♭) 『しびれものがたり』
第15回 横山拓也(売込隊ビーム) 『エダニク』
第16回 鹿目由紀(劇団あおきりみかん) 『ここまでがユートピア』・平塚直隆(オイスターズ) 『トラックメロウ』
第17回 柳井祥緒(十七戦地) 『花と魚』
第18回 原田ゆう 『見上げる魚と目が合うか?』
第19回 刈馬カオス(刈馬演劇設計社) 『クラッシュ・ワルツ』
第20回 角ひろみ 『狭い家の鴨と蛇』

過去の応募総数
第1回162本/第2回75本/第3回206本/第4回188本/第5回164本/第6回193本/第7回235本/第8回162本/第9回182本/第 10回215本/第11回177本/第12回183本/第13回168本/第14回188本/第15回161本/第16回173本/第17回220本/第18回200本/第19回215本/第20回214本
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「安全保障法制等の法案に反対し、平和と人権及び立憲主義を守るための宣言」に賛同します

2015-06-06 | Weblog
ご報告です。

一般社団法人日本劇作家協会は、「安全保障法制等の法案」についての対応を協議していましたが、2015年6月5日付けで、日本弁護士連合会さんによる2015年5月29日付けの宣言「安全保障法制等の法案に反対し、平和と人権及び立憲主義を守るための宣言」に、賛同を表明することを決めました。
http://www.jpwa.org/main/statement/appeal20150605


「安全保障法制等の法案に反対し、平和と人権及び立憲主義を守るための宣言」は、以下の通りです。
http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/assembly_resolution/year/2015/2015_1.html

………………………………………………………………


安全保障法制等の法案に反対し、平和と人権及び立憲主義を守るための宣言

戦後70年を迎えた今、平和と人権及び立憲主義はかつてない危機に瀕している。

政府は、2014年7月1日に集団的自衛権の行使容認等を内容とする閣議決定を行い、これを受けて現在、安全保障法制や自衛隊の海外活動等に関連する法制を大きく改変する法案を国会に提出している。これは、日本国憲法前文及び第9条が規定する恒久平和主義に反し、戦争をしない平和国家としての日本の国の在り方を根本から変えるものであり、立法により事実上の改憲を行おうとするものであるから、立憲主義にも反している。

先の大戦は国内外で多くの戦争被害者を生んだ。日本はアジア・太平洋地域への侵略により、同地域の多くの人々に重大かつ深刻な被害を与えた。また、日本軍の多くの兵士や関係者も死傷し、国内では沖縄における地上戦、広島・長崎への原爆投下、大空襲等により、膨大な数の人々が被害を受けた。

戦争は最大の人権侵害であり、人権は平和の下でこそ守ることができる。

これは、先の大戦の余りにも大きく痛ましい犠牲に対する真摯な反省と、そこから得た痛切な教訓であり、この反省と教訓を胸に私たちの国は戦後の歴史を歩んできた。

憲法前文及び第9条が規定する徹底した恒久平和主義は、この悲惨な戦争の加害と被害を経験した日本国民の願いであり、日本は二度と戦争を行わないという世界に向けた不戦の誓いの表明である。これまでも幾度か憲法第9条を改正しようとする動きがあった中で、今日に至るまで恒久平和主義を堅持してきたことが、アジアのみならず世界の人々の平和国家日本への信頼を育んできた。

ところが、戦後70年を迎え、日本国憲法の恒久平和主義に、今大きな危機が迫っている。

今般、国会に提出された安全保障法制を改変する法案は、憲法上許されない集団的自衛権の行使を容認するものであり、憲法第9条に真正面から違反する。

また、自衛隊の海外活動等に関連する法制を改変する法案は、自衛隊を海外のあらゆる地域へ、しかも「現に戦闘行為を行っている現場」以外であれば戦闘地域を含めどこにでも派遣し、弾薬・燃料等の軍事物資を米国及び他国軍隊に補給することを可能とするものである。これは外国で戦争をしている他国軍隊の武力行使に対する積極的協力であり、他国軍隊の武力行使と一体となり当該戦争に参加するに等しいものであって、憲法第9条に明らかに違反する。また、このような戦争をしている他国軍隊への積極的協力は、相手側からの武力攻撃を誘発し、我が国が外国での武力紛争に巻き込まれる危険を伴い、現場の自衛官は、武器を使用して他国の人々を殺傷する立場に追い込まれ、自らが殺傷される危険に直面する。全世界の国民が平和的生存権を有することを確認し、国際紛争を解決する手段として戦争と武力行使を永久に放棄し、戦力の保持を禁じ、交戦権を否認している日本国憲法の下で、このような事態を起こしかねない法制への改変は到底許されない。

このように、最高規範である憲法の恒久平和主義に反する極めて重大な問題であるにもかかわらず、主権者である国民に対して十分な説明が行われないまま、2014年7月1日に閣議決定がなされ、それを受けた与党協議を経た安全保障法制等を改変する法案が第189回国会に提出されたが、米国との間で「日米防衛協力のための指針」の見直しが先行して合意された。政府の方針が、主権者への不十分な説明のまま、対外的に決定され、憲法改正手続を経ることなく、法律の制定、改廃によって憲法第9条の改変が事実上進められようとしている。これは立憲主義に反するものであり、到底容認することができない。

戦前、弁護士会は、言論・表現の自由が失われていく中、戦争の開始と拡大に対し反対を徹底して貫くことができなかった。戦後、弁護士及び弁護士会には弁護士法第1条の「基本的人権を擁護し、社会正義を実現する」という使命が与えられた。この使命は、国民からの期待と信頼に応えるものであり、今、弁護士及び弁護士会が「基本的人権を擁護し、社会正義を実現する」という立場から意見を述べ行動しなければ、弁護士及び弁護士会は、先の大戦への真摯な反省と、そこから得た痛切な教訓を生かせないことになる。

私たちは、1950年の第1回定期総会(広島市)に引き続いて開催された平和大会において、日本国憲法の戦争放棄の崇高な精神を徹底して、平和な世界の実現を期することを宣言した。私たちはこの決意を思い起こし、憲法の恒久平和主義や基本的人権の保障及び立憲主義を守り抜くために、集団的自衛権の行使等を容認し自衛隊を海外に派遣して他国軍隊の武力行使を支援する活動等を認める、今般の安全保障法制等を改変する法案に強く反対するとともに、平和と人権、そして立憲主義を守る活動に国民と共に全力を挙げて取り組む。

以上のとおり宣言する。


2015年(平成27年)5月29日
日本弁護士連合会


提案理由

第1 はじめに

1 平和と人権及び立憲主義の危機

戦後70年を迎えた今、平和と人権及び立憲主義はかつてない危機に瀕している。

日本は戦後、恒久平和主義を基本原理とする日本国憲法の下、一度も戦争をすることなく、平和国家の礎を築いてきた。

ところが、政府は、2014年7月1日に「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」と題する閣議決定(以下「本閣議決定」という。)により、集団的自衛権の行使を容認する立場を明らかにするとともに、自衛隊を海外に派遣して戦争を遂行する他国軍隊を直接的に支援したり、任務遂行のための武器使用を認めるなどの活動の拡大方針を決定した。本閣議決定を受けて、「日米防衛協力のための指針」が国内法制に先行して見直され、そして今、安全保障法制や自衛隊の海外活動等に関連する法制を大きく改変する法案が国会に提出され、その審議が行われている。

これは、日本国憲法前文及び第9条の下でこれまで築いてきた平和国家としての日本の国の在り方を根本から変えるものであり、立法により事実上の改憲を行おうとするものであるから、国家権力の行使は憲法に基づかなければならないという立憲主義にも反している。

今改めて、日本国憲法の恒久平和主義と、その原点である先の大戦を振り返り、平和と人権の問題を確認することが必要である。

2 アジア・太平洋地域における戦争下での人権侵害

1931年9月18日、日本軍が謀略により起こした柳条湖事件を口実に開始された中国侵略は、1937年7月7日の日本軍の夜間演習中の偶発的出来事から生じた盧溝橋事件等を機に本格化する。

日本は、アジア・太平洋地域への侵略により、同地域の多くの人々に重大かつ深刻な被害を与え、約1900万人の戦争犠牲者を出したとされており、数々の重大な人権侵害を引き起こした。

日本軍の多くの兵士や関係者も、戦死し、病死し、餓死していった。日本国内でも、沖縄における地上戦、広島・長崎への原爆投下、大空襲等により、膨大な数の人々が被害を受けた。我が国の戦争犠牲者の全体数は約310万人といわれている。

戦争は最大の人権侵害であり、人権は平和の下でこそ守ることができる。これは、先の大戦の余りにも大きく痛ましい犠牲に対する真摯な反省と、そこから得た痛切な教訓であり、この反省と教訓を胸に私たちの国は戦後の歴史を歩んできた。

第2 日本国憲法の徹底した恒久平和主義

1 戦争の違法化の徹底

国際社会は、戦争をめぐり、不正な攻撃への対抗等を目的とする「正義の戦争」だけが許されるとする「正戦論」から、戦争に訴える権利は国家の主権的自由であるとの考え方(無差別戦争観)を経て、戦争は違法であると考えるようになった(戦争放棄に関する条約(パリ不戦条約、1928年))。もっとも、そこで禁止される戦争は、「國家ノ政策ノ手段トシテノ戰爭」、すなわち侵略戦争を指し、自衛戦争は認められるなど全ての戦争を違法とするものではなかった。

第二次世界大戦の反省の下に制定された国際連合憲章(以下「国連憲章」という。)は、平和的解決義務を具体化し(国連憲章第2条第3項)、「武力による威嚇又は武力の行使」を原則として禁止し(国連憲章第2条第4項)、戦争の違法化を徹底した。しかしなお、国連が軍事的措置等をとるまでの間の暫定的な措置として、個別的又は集団的自衛の権利を害するものではないとされた(国連憲章第51条)。

2 国連憲章を超える日本国憲法の徹底した恒久平和主義

このような中で日本国憲法は、全世界の国民の「平和のうちに生存する権利」を憲法前文に明記し、「武力による威嚇」及び「武力の行使」を禁じて戦争を放棄したこと(憲法第9条第1項)に加えて、戦力の不保持と交戦権の否認を規定し(憲法第9条第2項)、国連憲章の規定による集団的自衛権の行使をも認めないという、世界の平和主義の系譜の中でも類がない徹底した恒久平和主義を基本原理とすることとした。

それは、余りにも悲惨な戦争の被害と加害を経験した日本国民の願いであり、日本は二度と戦争を行わないという世界に向けた不戦の誓いの表明である。これまでも幾度か憲法第9条を改正しようとする動きがあった中で、今日に至るまで恒久平和主義を堅持してきたことが、アジアのみならず世界の人々の平和国家日本への信頼を育んできた。

第3 日本国憲法の恒久平和主義の大きな転機

1 安全保障法制等を大きく改変する法案の国会提出に至る経緯

本閣議決定では、①武力攻撃に至らない侵害への対処、②国際社会の平和と安定への一層の貢献(①及び②は自衛隊の海外活動への規制を大幅に緩和するもの)、③憲法第9条の下で許容される自衛の措置(集団的自衛権行使容認に係る安全保障法制に関するもの)の3点について述べている。

本閣議決定を受けて、「日米防衛協力のための指針」の見直しが行われ、今般、安全保障法制及び自衛隊の海外活動等に関連する法制を改変する法案が国会に提出され、その審議が始まっている。

2 安全保障法制等の特徴-集団的自衛権行使容認と自衛隊の海外での戦争協力支援

(1) 徹底した恒久平和主義を採用している憲法第9条の下では自衛戦争を含めた全ての戦争を放棄したとの見解が有力にある中で、従来の政府見解は、自衛のための実力の行使が認められるとしつつ、それはあくまでも、我が国が外国から武力攻撃を受けた場合にこれを排除することに限定していた。その上で、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず実力を持って阻止する集団的自衛権の行使は認められないとしていた。これにより、自衛隊が海外に出て戦争に参加するような積極的な武力の行使に歯止めをかけ(専守防衛政策)、我が国の安全保障法制の合憲性を保持しようとしてきたのである。

しかし、本閣議決定はこれらを変更し、我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」にも、必要最小限度の実力を行使し得ることとし、今般の安全保障法制を改変する法案は本閣議決定の実施に法律上の根拠を与えようとするものである。

これは従来の憲法上は許されないとしてきた集団的自衛権の行使を「自衛のための措置」として認めるものであり、さらには「自衛のための措置」であれば国連の軍事的措置への参加も可能にしようとするものである。

(2) また、自衛隊の海外活動等に関連する法制を改変する法案は、地理的限定をなくして海外のあらゆる地域の戦闘行為を行っている現場近くまで自衛隊を派遣し、戦争等を遂行する米国及び他国軍隊への支援として、弾薬・燃料等の軍事物資の提供や輸送その他の役務の提供等を可能とするものである。

これは外国で戦争をしている他国軍隊の武力行使に対する積極的協力であり、他国軍隊の武力行使と一体となり当該戦争に参加するに等しいものである。

さらに、今般の法案では、平和協力活動の範囲を拡大するとともに「駆け付け警護」その他の任務遂行のための武器使用を認めようとするものである。また、自衛隊法を改変する法案等により、自衛隊の活動と権限を他国軍隊の武器等の防護等や在外邦人の救出活動にまで広げようとしている。これらの法案もまた、我が国が戦争や戦闘行為に陥る具体的危険を生じさせるなど、自衛隊の海外における武器の使用に道を開くものに他ならない。

3 安全保障法制等を改変する法案は恒久平和主義に反する

このように、今般の安全保障法制等を改変する法案は、集団的自衛権の行使等を容認するばかりでなく、戦闘中である米国及び他国軍隊への後方支援として、自衛隊を海外のあらゆる地域へ、しかも戦闘地域まで派遣し、弾薬・燃料等の物品や自衛隊の役務を米国及び他国軍隊に提供することを可能とするものであり、また自衛隊の武器使用権限を拡大するものである。

他国軍隊に戦闘地域で弾薬・燃料等を補給することは武力行使と一体化した戦争参加とみるべきものであり、相手国からの武力攻撃を受け、武力紛争へと発展する高度な危険を伴う。また、武器の使用権限の拡大も武力紛争のきっかけとなりかねない。いずれにしても、このような状況下で、現場の自衛官は、武器を使用して他国の人々を殺傷する立場に追い込まれ、自らが殺傷される危険に直面する。戦前の盧溝橋事件は、現場での兵士の武器使用が全面戦争のきっかけとなる危険があることを示しており、今改めてこの歴史の教訓に学ばなければならない。全世界の国民が平和的生存権を有することを確認し、国際紛争を解決する手段として戦争と武力行使を永久に放棄し、戦力の保持を禁じ、交戦権を否認している日本国憲法の下で、他国軍隊の武力行使に協力することは、平和的生存権を侵害し、憲法第9条に反し、到底許されないものである。

第4 日本国憲法の立憲主義に対する危機

1 国民への情報提供が不十分な中での安全保障法制等の改変

今般の安全保障法制等の改変に向けて、本閣議決定やその後の「日米防衛協力のための指針」の見直し作業、さらには与党協議が行われてきたが、その間、主権者である国民に対しては、十分な情報が与えられず、民意を反映させようとする努力も行われてこなかった。国民は、第189回通常国会が開会された後、安全保障法制等の改正案等が国会に提出されて初めて具体的な情報を得ることができた。

そもそも、国政の在り方を決定する権威と権力を有するのは国民である(国民主権)。

この国民主権が十全に機能するためには、内閣総理大臣、国務大臣及び国会議員は、憲法尊重擁護義務(憲法第99条)を負う者として、充実した国民的議論が保障されるように、必要かつ十分な情報を提供し、多様な意見に十分に耳を傾けながら、丁寧に説明する責任がある。しかし、政府は、恒久平和主義に反する安全保障法制等を改変する法案が国会に提出されるまで、主権者である国民に対して十分な説明を行わないまま、不透明な状況下で既成事実を積み重ねてきたのである。

2 立憲主義に反することは許されない

このように、最高規範である憲法の恒久平和主義に反する極めて重大な問題であるにもかかわらず、主権者である国民に対して十分な説明が行われないまま憲法の恒久平和主義に反する本閣議決定がなされ、それを受けた与党協議を経た安全保障法制等を改変する法案が国会に提出され、米国との間で「日米防衛協力のための指針」の見直しが先行して合意された。政府の方針が、主権者への不十分な説明のまま、対外的に決定され、憲法改正手続を経ることなく、法律の制定、改廃によって憲法第9条の改変が事実上進められようとしている。これは立憲主義に反するものでもあり、到底容認することができない。

第5 憲法の恒久平和主義や基本的人権の保障及び立憲主義の擁護と弁護士会の責任

1 戦前の弁護士会の活動の教訓

今、平和と人権及び立憲主義が危機に瀕しているときだからこそ、弁護士会は、憲法の恒久平和主義や基本的人権の保障及び立憲主義を守るための意見を述べ、活動に取り組まなければならない。

戦前、人権擁護活動を熱心に行っていた弁護士はいたものの、それは個人的対応に留まり、弁護士会としては、必ずしも十分な人権擁護活動は行っていなかった。朝鮮への植民地支配や、中国への侵略、さらにはアジア・太平洋地域へ戦線が拡大し、言論・表現の自由が失われていく中で、弁護士及び弁護士会も戦時色に染まっていき、1944年には、中国大陸の権益を軍事力により確保するための国家総動員体制に組み込まれる形で、大日本弁護士報国会が作られるなど、弁護士会は戦争の開始と拡大に対し反対を徹底して貫くことができなかった。

また、先の大戦下では、個人の権利主張は反国家的であるという風潮が強まる中で民事事件が減少し、刑事事件についても被疑者・被告人を弁護することを敵視する見方が強まった(日弁連五十年史)。そのため、国民が司法制度を利用する機会が減少し、弁護士の活動範囲が狭まったのであり、平和や人権を守るための活動を積極的に行うことは、それ自体大事なことであるとともに、日常の弁護士活動の基盤として弁護士が人々の権利を擁護するために必要であるということも、真摯な反省と痛切な教訓として残った。

2 当連合会の原点-人権を守り平和な世界を築くこと

日本国憲法は1946年11月3日に公布され、1947年5月3日に施行された。基本的人権の保障が憲法上明確に規定されたことに伴い、弁護人依頼権の規定(憲法第34条、第37条第3項)など弁護士に関する規定が憲法上初めて置かれた。これにより、弁護士の職務が人権擁護や司法制度にとって不可欠な存在であるとされた。この弁護士の新たな地位及びその職務を規律するため、1949年5月30日に改正弁護士法が成立し、弁護士法第1条により新たに「基本的人権を擁護し、社会正義を実現する」使命が設けられた(同年6月10日公布・同年9月1日施行。)。

改正弁護士法を受けて、1949年9月1日に当連合会が設立された。1950年5月12日に当連合会は第1回定期総会を被爆地である広島市で開催し、それに引き続いて平和大会を開催して、次の平和宣言を採択した。

「日本国憲法は世界に率先して戦争を放棄した。われらはこの崇高な精神に徹底して、地上から戦争の害悪を根絶し、各個人が人種国籍を超越し自由平等で且つ欠乏と恐怖のない平和な世界の実現を期する。右宣言する。」

この宣言に表れているとおり、戦争を放棄した日本国憲法の恒久平和主義(憲法前文及び第9条)を徹底することは、当連合会の原点である。そして、その原点は、戦前において国が戦争への道を推し進めようとしているときに、弁護士及び弁護士会がそれに必ずしも十分な対応ができず、むしろそれを推し進める役割の一翼を担ってしまったことへの真摯な反省と痛切な教訓に基づくものである。

3 立憲主義違反を阻止するのは弁護士及び弁護士会の当然の責務

憲法をないがしろにすることは、憲法により守られている私たちの人権をないがしろにすることである。弁護士及び弁護士会の「基本的人権を擁護し、社会正義を実現する」という使命は国民からの期待と信頼に応えるものであるが、今この立場から意見を述べ行動しなければ、弁護士及び弁護士会は、先の大戦への真摯な反省と、そこから得た痛切な教訓を生かせないことになる。

当連合会はこれまでも、2013年5月の第64回定期総会において「集団的自衛権の行使容認に反対する決議」を、2014年5月の第65回定期総会において「重ねて集団的自衛権の行使容認に反対し、立憲主義の意義を確認する決議」を採択した。また、2014年9月には「集団的自衛権の行使容認等に係る閣議決定に対する意見書」を、2015年2月には「『日米防衛協力のための指針の見直しに関する中間報告』及びこれに基づく見直しに対する意見書」を採択してきた。

平和宣言に示された私たちの原点を踏まえたとき、日本国憲法の基本原理である基本的人権の保障と恒久平和主義に反する法律が制定されようとし、立憲主義が脅かされている今、これに対して、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とし、日本国憲法の掲げる平和な世界の実現を期すると宣言した私たち弁護士及び弁護士会が、人権と平和を守るために意見を述べ、行動することは当然の責務である。

第6 結論

私たちは、1950年の第1回定期総会(広島市)に引き続いて開催された平和大会において、日本国憲法の戦争放棄の崇高な精神を徹底して、平和な世界の実現を期することを宣言した。私たちはこの決意を思い起こし、憲法の恒久平和主義や基本的人権の保障という基本原理及び立憲主義を守り抜くために、集団的自衛権の行使等を容認し自衛隊を海外に派遣して他国軍隊の武力行使を支援する活動等を認める、今般の安全保障法制等を改変する法案に強く反対するとともに、平和と人権、そして立憲主義を守る活動に国民と共に全力を挙げて取り組む。



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出発します

2015-06-03 | Weblog
成田空港のカウンターを通り、飛行機の搭乗を待つ。

国内ツアーに関わってくださった方々、ありがとうございました。
劇団の留守番の皆さん、よろしくです。

燐光群『屋根裏』ヨーロッパツアーの日程は、以下の通り。

【ソフィア】 6月6日 19時開演/6月7日 14時開演 Theatre Sofia
http://sofiatheatre.eu/гостува-театър-„ринко-гун”-япония-таванът__4974
(文字化けしていたら劇団のホームページから入ってください http://rinkogun.com/)
【ブカレスト】 6月12日 19時開演 Odeon Theatre
http://www.teatrul-odeon.ro/acasa.html
【シビウ】6月16日 16時開演 Gong Theatre〈シビウ国際演劇祭正式招待〉
http://www.sibfest.ro/events-2015/the-attic

ブルガリアとルーマニアに知り合いのいらっしゃる方、よろしくお伝えください。

オリジナル版での海外公演は、イタリア・ローマ、テルニ演劇祭、ウクライナ(ヤルタ)・チェーホフ演劇祭のツアー以来、二年ぶりである。
考えてみれば、海外キャスト・スタッフ版の上演があったり、自分が演出しに行ったり、リーディングフェスティバルにも何度か招待されたり、打ち合わせがあったり、『屋根裏』関係での出国は十回を超えていると思う。
ありがたいことである。

今回は海外用の屋根裏キットは別送で動いている。ブルガリアで再会となる。

行ってきます。
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さようなら高瀬久男さん

2015-06-02 | Weblog
高瀬久男さんの訃報に茫然としている。
闘病中であることは聞いていたが、意欲的に活動されていたので、俄に信じがたかった。

稽古中だった「明治の柩」にかける思いも強かったようだ。
パンフレットに原稿を書くよう高瀬さんから指名されて書いた。
アフタートークにも出ないかと誘われたがヨーロッパツアーとぶつかっているので参加できず残念だった。
「明治の柩」はまさに今、上演されるに相応しい劇だ。
高瀬さんの遺志を継いで上演されるようだ。
http://www.bungakuza.com/hitsugi/

二十年以上前と思うが初めてお目にかかったのはなぜか名古屋の「うりんこ」の稽古場だった。
幅広いジャンルの仕事をされていたが、珍しく高瀬さんご自身が「観てほしい」と誘ってくださった「NASZA KLASA」は、傑作だった。
いつか何かやりましょうという話題はよく出たが、とくにここ数年、そろそろほんとに一緒にやりましょうとお話していた。

ご冥福をお祈りします、
残された私たちがしっかりしなければと、あらためて決意している。

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『屋根裏』本年度国内ツアー終了

2015-06-01 | Weblog
昨日の新潟えんとつシアター千秋楽で、『屋根裏』本年度国内ツアーは終了した。
岡山、松山、大阪、名古屋、新潟の皆さん、お世話になりました。
素晴らしい出会いと再会に恵まれ、充実したツアーだったと思います。
こんな今の日本で、演劇をやろう、演劇に関わろうとする人たちは、素敵でやさしい人たちばかりだ。そのことを痛感した。
感謝あるのみです。

五つの街を18日間で回る、公演日と移動日(兼搬入仕込日、時にバラシ搬出も)だけの、合間の日程なしの強行軍であった。
まあそれは合間の日程なしはいつもそうなのだが、移動距離が長かったり、夜公演の後のバラシ搬出だったり、逆に公演は終えても翌日にならないと作業できなかったりで、なかなかイレギュラーだったのだ。そのちょっとの違いが、こたえるときにはこたえるということであるし、やってみないとわからないから心理的な負担にもなるということだ。岡山、松山あたりはある意味そのような旅全体に対する緊張があったが、途中からリズムが生まれたのと、なんとかクリアできる手応えが出てきて、加速度が付いてきた。
本当に皆さんお疲れ様でした。

今日からあいだ二日をおいて、明後日にはヨーロッパ公演に出発である。
未だ終えていないその準備はもちろん、やることが山のようにある。今日も劇団のこと以外に、打ち合わせがびっしりである。原稿締切りも提出書類もある。けっきょく朝八時前から出かけている。個人的なことも、いろいろしなければならない。
まあこういうときには、やることがあるというのは幸せなことだと思うことにしている。

写真はえんとつシアター初日乾杯の模様を、屋根裏の裏から。
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