Blog of SAKATE

“燐光群”主宰・坂手洋二が150字ブログを始めました。

人間が人間を見つめる

2012-06-03 | Weblog
あまり眠らぬまま、蒲団に横になることもなく仕事というか雑務を続ける。進まないんだから仕方がない。……午後、ザ・スズナリで三条会『ひかりごけ』。快作である! 船長と検事の榊原毅一人二役は一世一代、ユーモアが孤独を際立たせる。大倉マヤのバイオリン・カノンと美しく鮮やかな口跡。美術:石原敬+照明:岩城保、マッチングの巧みさ。十年掛けてこの世界を磨き上げた関美能留のこれまでの到達点だろう。ロビーで舞監・森下紀彦さんと9月に向けて打合せの立ち話。……その足で同じ街の劇場で3時半過ぎからの『冬眠まんざい』を観る。昨日幾つかNOTEをしたので確認しなければと思ったのだが、予想通り私の注文というかお願いについては難なくクリア、さすがは坂本・五大コンビである。……そして慌ただしい中「日本の問題」松枝くんから相談を受ける。……夜は稽古。終えて名簿確認作業で終電二本前まで粘る。天気予報を信じて自転車をやめた日だが、ほんとうに深夜の電車が嫌いだ。……某所でNHKのオウム特集を観る。ドラマ部分はぴんと来ない。どうしたってステレオタイプになってしまう。麻原の肉声テープの部分だけは凄まじくダークな「念」が公共の電波を通してリアルに届く。オウム後期の風景には常に富士山が見えていたという理解が、一つの収穫ではある。私たちも90年代、富士山のそばに倉庫を借りていたのだ。で、最後の一話は「警察をヨイショしている」と言わねばなるまい。さすが天下のNHK、である。サリン事件については言いたいことがいろいろあるが、まだ時期ではない。……ヘビーな日だったか? たぶんね。読んだり書いたりしなければならないものがまだまだ山のようにあるが、もう寝る。
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『BIG MIRACLE』

2012-06-02 | Weblog
午前中、映画試写『だれもがクジラを愛してる。』(原題〝BIG MIRACLE〟http://love-whale.jp/)。クジラ関係者としては観ないわけにはゆかない。1988年、アラスカのバロー沖、冬になって凍り始めた分厚い氷の下に、南下することができず閉じ込められ、動けなくなっていたコククジラ3頭の、世界中よってたかっての、救出劇を描く。実話であり、当時は「世界中に紛争が絶えない現実の前で、動物を助けるために何をやっているのか」と、ずいぶん皮肉られたりもした。じっさい、ある種の喜劇でもあり、「世界最北のメキシコ料理店」「町にホテルは一軒しかない」等、当時のロケーションについても興味を引くように作られている。私はアラスカはジュノーにしか行ったことはないが、数千年凍りつづけている氷河をはじめ、大自然は見事であった。なにしろアラスカはアメリカからすれば「カナダの向こう」にある。それでもこの映画に描かれるのは「北極圏のアメリカ」なのだ。氷もクジラも撮影用の作り物らしく、よくできているのだが、最近観客も鈍感になっていて、どんな映像を見ても「どうせ合成だろう」と思ってしまうのは困ったことである。ドリュー・バリモア演じるグリーンピース職員が奮闘するので、一瞬グリーンピースの宣伝映画のようになってしまうが、あくまでもハリウッド的に処理されている。政府、実業家、ソビエト等、全方向に対して、あたかも平等であるように描いているということだ。「クジラを殺して食べる」アラスカ・イヌイット族の人々への描写は、差別感は否定できない。だが、「油田開発で潤っている今はいいが、いずれ来る食糧難の時代に、クジラを捕り続ける技術が継承されていないということになっては困る」という彼らの言い分は説得力がある。ラスト、イヌイット族の少年が騒動を振り返って「バカ騒ぎ」と言うところでもバランスを取っている。いずれにせよ、『ザ・コーヴ』で「イルカを殺して食べる日本人」を徹底して悪役として描いたのに比べれば、ずいぶん歩み寄っている。映画としてはハリウッド的にバランス良くまとまっていて、デートにも家族向きにも対応できているということであろうが、ぎりぎりのところでクジラを擬人化する愚はおかしていないところは好感が持てる。……映画といえば、新藤兼人監督が百歳の大往生。『竹山ひとり旅』が好きだった。……午後、仙台から10-BOXのボス八巻さんが梅ヶ丘に訪ねて来てくださる。10-BOX最寄りのスーパー銭湯も津波被害で営業停止していたという話に、「そんな近くまで……」とあらためて思う。劇場のまわりに架設住宅も含めて一万人もの避難民の現実。さまざまな話をしているうちに一時間半があっという間に過ぎる。……稽古。言葉に対する集中力、身体ごと感じる力の重要性。……打合せの電話数件。いろいろなことを進める。……夜、二日あいて久しぶりに『冬眠まんざい』。いろいろとチェック。慌ただしく一日が終わる。
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髪を切る

2012-06-01 | Weblog
打合せ二件。県立図書館で資料をあたる。思っていたようなものがない。岡山駅前で1800円カットのみのスピード散髪。途中下車して取材する予定をやめ、まっすぐ帰京。東京に向かう新幹線の中で夜を迎えると、なんだか闇が深いような気がして、時間感覚がおかしくなる。着いた後、駅のホームで二、三件の電話を掛け、ずれた感覚の帳尻を合わせる。
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東京を離れ

2012-06-01 | Weblog
理事会が二つ重なる日。正式理事ではないオブザーバーとして呼ばれている片方は諦め、東京を離れ、もう一つに参加。……なんだかラーメン屋が目につく。岡山ラーメンという概念はあるのか。高江の石原岳くんが行って喜んだという「やまと」は、はたして岡山ラーメンなのか。……いろいろ溜まっていること、すべき連絡事項が多い。なかなか進まない。
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初日はいつもながら

2012-05-30 | Weblog
『冬眠まんざい』。同時上演の他の作品が手間取っていたので、かなり時間が押していたが、五十分に満たない作品ゆえ、ゲネプロを端折らず通させていただく。……仕込んでいたことは無駄ではなく、きちんと初日が開く。坂本長利さん、舞台で培われた肉体の実在感、言葉の切れ、味わい深さ。82歳は現役俳優の最高齢に近いと思う。一緒にやらせていただいてありがたい。五大路子さんは19歳でこの役をやっているわけだが、逆に若い時より可憐でさえあるのだろう。舞台の魔法。四十年後、同じ共演相手と演じている二人。舞台という「生もの」でなければ醸し出せない手応え。太田惠資さんの演奏も見事。照明・沖野隆一さん、舞台監督・小川静夫さん、美術の大野泰さん、考えてみれば私が一番の若造である、座組。そして秋浜戯曲の方言混じり標準語、「昭和の日本語」の魅惑。リーディングの演出を苦手にしてきた私だが、諸先輩の薫陶を受け、初めて手応えを感じる。
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初めての劇場

2012-05-29 | Weblog
『冬眠まんざい』劇場入り。待ち時間に音響・島猛氏といろいろ打合せ。私と島君は『冬眠まんざい』のみの担当だが、なにしろこの公演は三本立てなのだ。後の二本『土佐源氏』『ある市井の徒』は交互上演になるけれど、『冬眠まんざい』は毎回上演される。……場当たり。照明・沖野隆一さん、生演奏・太田惠資さんとは、場当たりで決めていこうという方針だったので、短い時間の中で合わせていく。さくさく進める。……「「劇」小劇場」、という、考えてみると不思議な名前の劇場。ここでやるのは初めてである。というか、私は下北沢ではザ・スズナリ以外の劇場ではほぼ芝居をやっていない。例外は本多劇場だけである。圧倒的「スズナリ派」なのだ。スズナリで芝居をした数で言えばおそらくぶっちぎりに第一位なのである。さて、「劇」小劇場の敷地には昔「まんぷく食堂」があったので、以前にはこの劇場名は「まんぷく劇場」でも良かったのではないかと思っていて、本多一夫さんにもそう言ったことがあるが、やはり、「今日はまんぷく劇場にいてね」とは、なかなか言いづらいだろうな。……テレビをつけているとうんざりする。ここ数日の事故調でもあらためて明らかになっているように、どう考えても東電を現場から撤退させなかった菅直人元首相の功績は大きいのだが、それを認めさせまいとする、よくわからないバイアスが働いている。……そしてテレビといえば「タレント」と称する人達の内輪ネタ番組だらけの異常さ。我々が放射能でおしゃかになるかもしれない地域に住んでいるという厳然たる事実、忘れてはいけない「常識」は、徐々に薄めさせられようとしているのだ。
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年に一度の

2012-05-28 | Weblog
午後から劇作家協会運営委員会、総会。いつものことだが長時間である。運営委員会はある点で長引くが、恣意的な背景抜きに原則論のみでということで決着をつける。他にもはっきりさせなければならないことが多い。新しい人が多いから以前から説明していることでもリアリティを持ってそれぞれが自覚的にやろうということに持って行くには時間がかかる面もある。それは仕方がない。進行しながらだから必ずしも自分の意見をすべて言っているわけではないが、これも仕方がない。とにかく片付ける。幸い総会はとんとんと進む。終えて懇親会。とにかく今年は大胆な人事改革をして若手が大挙参加しているのがとてもいいのだが、井上ひさしさんも斎藤憐さんもいないのが心から寂しい。
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「格差」の根拠

2012-05-27 | Weblog
『冬眠まんざい』稽古。なぜ「まんざい」なのか、少しずつわかってきたような気がする。稽古は今日で終わり、一日おいて劇場に入る。……夜は地人会新社『シズウェは死んだ!?』に滑りこむ。2007年に解散した木村光一さん主宰の地人会の、制作者渡辺江美さん主導による復活である。私は地人会に十五年前『海の沸点』を書き下ろし、その後『心と意志』を作・演出させていただいた。今回の再出発は出演者の変更等でたいへんだったようだが、江美さんがこの戯曲にこだわった理由が、観てみるとよくわかる。終演後に観客に舞台上に上がってセット(美術=島次郎)を見てもいいというサービスがある。四十年前の戯曲であり、描かれているのは南アの人種差別の問題なのだが、描かれる差別によって生ずる「格差」を見ていて、現在の社会は、「格差」そのものが差別を作り、その「格差」を再生産しているのだということを思う。……巷を賑わす生活保護問題。現象としては、「格差」についての不安が人々をヒステリーに向かわせているともいえるだろう。ただ、五千万円年収ある人の親が生活保護を受けていてはおかしいというのは常識以前の問題。芸人が不安定な仕事だから不安というのはわかるが、実際に収入がなくなって困った時に保護されるのでなければおかしいのは当然のことである。それにしてもマスコミ報道の後から乗っかった自民党議員が威張っているのが嫌な感じである。これが生活保護の本質を見誤らせるキャンペーンになってほんとうに必要とする人たちに対する給付を渋る世の中になってはいけないし、年金制度がもっとしっかりしていれば生活保護制度に今ほど「グレーゾーン」が生まれないはずであることが隠蔽されている気配もある。
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ポーランドの歴史劇

2012-05-26 | Weblog
梅ヶ丘で『冬眠まんざい』稽古。……夜は『NASZA KLASA(ナシャ・クラサ)・私たちは学んだ 歴史の授業・全14課』(作:タデウシュ・スウオボジャネク、訳:久山宏一、中山夏織、演出:高瀬久男)を観る。文学座でないとできないなと思わせる、それはどういう部分なのだろうと考える。アトリエの空間、劇場サイズと演技がうまく噛み合っている。久しぶりに適度な明るさの照明を観た気がする。台詞を覚えてはいるが一種の「朗読劇」ではある。十人の俳優たちはほんとうにおつかれさまである。一日2ステージはたいへんであろう。台詞は全て聞き取れる、口を動かしすぎに見えてしまう俳優もいるが、真っ直ぐに演じるしかないテキストだから仕方ない。旧知の山本郁子、佐古真弓の二人も、劇団中軸を担う立場になっている。考えてみれば時は過ぎているのだ。そして、同級生を演じる俳優陣に年齢差がある理由が次第にわかってくる辺りは、演劇ならではの表現であろう。「報告劇」という意味では、私たちがデヴィッド・ヘア作品でやって来た手法と似ている。ただ、十人均等に人生の単位で振り分けているぶんだけ、お話としては作りすぎともいえるかもしれない。ポーランドで、ユダヤ人地区・ポーランド人地区を見た記憶が甦る。……ぐうぜん客席に佐伯隆幸氏、「演劇人佐伯隆幸とは誰なのか」という小冊子を本人から渡される。
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『ニーチェの馬』×『冬眠まんざい』×『宇宙みそ汁』

2012-05-25 | Weblog
『冬眠まんざい』稽古をしていて、昨夜の直感が正しいと納得する。『ニーチェの馬』と『冬眠まんざい』は、おそろしく共通項が多い二作品なのである。世間から隔絶され厳しい自然の中で労働し食うにも困っている父と娘、二人で乏しい中、言い争い慰め合い、時として僅かな酒を飲んだりするのも似ている。近親相姦的というのとも違う、親子の官能もある。「超自然」にも出会う。未来に絶望して終わるのも同じだ。なんでこんなに似ているのだ。劇作家秋浜悟史はすごいぞ! 坂本長利さんが体力の限界まで挑まれている。五大路子さんは俳優として経験値と自ら演じる躍動のクロスする高みの時期にいる。この二人で、そろそろ「演じている人自身が楽しめるリーディング」にスイッチしていく。私はリーディング演出のセオリーなど、構造的には誰でもわかるものもあるだろうし時にそれを他人に勧めたりもするが、自分の現場ではそんなことはどうでもいいので、とにかく俳優を見て決める。俳優に興味が持てなければ方法論なんて役にも立たない。私も楽しむぞ! ……そして『ニーチェの馬』と『冬眠まんざい』は、『宇宙みそ汁』にも似ている。現代の孤独な母息子の、時間が停止したような世界は、この二作と呼応している。シンクロニシティというのも違う。私自身が呼び起こした偶然でもあるのだろう。そして、「物語の摂理」というものがあるとすれば、当然のように、私の中の「劇を作る」というフィールドが、それらを否応なしに呑み込んで、さらに違うものにしていくことになる。そうしたダイナミズムを素直に感じることを禁じられたかのような一年余の「震災以後の時期」だったが、少し元気にならなければならない。他人を励ます「懐」を持ってこその、生。しかしそれはもちろん、無神経になるということであってはならない。人間は面倒くさいものだが、シンプルに考える糸口を示し、励ますこともまた、「創作」の力なのだ。
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『ニーチェの馬』

2012-05-24 | Weblog
午前から演出者協会理事会。いろいろと世界は動いている。昨年から数本の重量級戯曲を重なるように継続して書いていたため、劇作家協会関連のこと以外には演劇業界も含めて世間に疎くなっていた私も、あらためていろいろやらなくてはと思う。なかなか本調子にならないのだ。……来年に向けて、ひょっとしたら楽しい?しんどい?仕事が入るかもしれない。……『冬眠まんざい』稽古、久しぶり。一気に通し、一気に確認事項を当たる。衣裳合わせ。リーディングで「寒さ」をどう表現するべきか。坂本長利さんは富良野で倉本聰さんとも仕事しておられて、『Dr.コトー』で離島にも長くおられ、考えてみれば演劇界きっての「自然派」でもある。……珍しく新百合ヶ丘、川崎アートセンターへ。オープニング時に『ワールド・トレード・センター』を上演したことのある小劇場の隣の映像ホール。画面も大きく、見やすい。さすがは日本映画学校のある土地柄。7時50分から、二時間半を超える『ニーチェの馬』。風を描いた映画歴代ナンバーワンであろう。もうこの監督の手法はわかっているので、困惑することはない。俳優たちも例によっていかにもな存在感だが、馬も哀愁に満ちた「名演」である。「仕事したくない馬」をキャスティングしたのだという。映画に出なければ翌日ソーセージにされる予定だったとか。この監督チームは、映像派だと思われているが、じつはテキストがしっかりしている。それにしても私はこの映画を19世紀末が舞台とは考えず、近未来SFとしてしか観ることができないのである。いや、SFでもないな。ここに描かれている暮らしの寓意は、私たちの現在そのものである。あの父娘が引き返してくる時、彼らは丘の向こうに何を見たのか。
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下北沢とニューヨーク

2012-05-24 | Weblog
悪天候。……シナリオ作家協会の担当常務理事・伴一彦さんとシナリオ・戯曲のアーカイブについての相談。伴さんが演劇にも詳しいことに驚く。話が面白くて脱線しつつ、二協会の交流はいよいよ本格的に始まりそうな予感。……かねてより誘われていた「箱庭演舞曲」という劇団を初めて観る。静かな演劇ふうに始まったのでこれはイタイかなと一瞬不安になるが、演劇の内部と外部に通底するものがあると信じていることは伝わり力ずくで押しきっていて印象は悪くない。突っ込みどころ満載だがそれも確信犯ぽく見せている面あり。そう受け取れるかどうかは微妙だが。「言葉ではっきり言うこと」が「はっきりさせている」ことになるとは限らないのである。……夜、久しぶりに小川絵梨子さんと話す。自分の中では「ニューヨークの知人」として認識されていたので、日本で腰を据えて話すのは初めてかも。話は面白いし、こちらも元気になる。
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『宇宙みそ汁』『無秩序な小さな水のコメディー』

2012-05-24 | Weblog
夏の新作、発表となりました。
http://rinkogun.com/Next.html
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わかっていたはずなのに起きた事故

2012-05-21 | Weblog
溜まっていた事項をなるべく「さくさく」の気持ちで「じわじわ」と片付ける。少しでも進めばいい。……青年劇場『臨界幻想 2011』へ。俳優陣の半数以上は『普天間』と重なる。ふじたあさやさんが三十年前に原発事故を予測していた作品を自らリニューアル、誘致市長の演説が加わったり、いちいち「この劇が初演された×年後〜」というフレーズが加えられてメタシアター的になったり。当事者としての真剣さが増せば増すほどたくまずしてユーモアも出てくるという演劇の特質に感興あり。ロビーのふじたさん、実にいきいきとされていた。客席で、協会の件で連絡を取ろうとしていた青井陽治さんと隣の隣の席だった。休憩時、一度にいろいろな話を進めさせていただく。……沖縄国際大学の藤波潔さんを紹介される。旧知の佐藤学さんの同僚。そこで偶然田村光男さんに久しぶりに遭遇。一緒に話すことになるが、田村さんの博覧強記とバイタリティ、藤波さんといきなり深い話も。……あらためて思い出したのは黒木和雄監督『原子力戦争』。鴨井達比古脚本。原田芳雄主演。再上映されるべきだ。何かと応援している〈原田芳雄映画祭〉でもこの映画はやらないはず。残念。
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自転車で杉並区渋谷区

2012-05-20 | Weblog
蒲団で寝ないで朝。睡眠不足を感じない。麻痺か。この時期は秋以降の新作のため時間を費やすことも必要。他にもやることは山積。各現場で制作的な仕事をしなくてはならないのが煩雑でならない。安易に人に託しすぎても二度手間になることもあり。だが夏に幾つもの企画、追いつかない。午前中、また違う懸念の一件片付く。……朝十時から劇作家協会事務所で高校演劇部門打合せ。新アイデア続々。午後、渡辺えりさん『月にぬれた手』。終演後缶ビール1ケース差し入れに行き、久しぶり短時間だが四方山話。劇場を出て殺風景だがガレットという食物(そばクレープだと)を出す店に長居して仕事。……移動して新国立劇場『負傷者16名』、パレスチナ問題の劇が満席とはいいではないか。今まで一緒に十本以上の海外戯曲を紹介してきた盟友常田景子翻訳だが、題名は訳し方が難しかったはず。確かに「Wounded」は「負傷者」だが、「犠牲者」「被害者」という言葉を使いたくなかったとするところに作者の「中立」意識への寄り添いがあるのか? この手の長台詞で説明することを是とする欧米演劇に対して、今の私ははっきりと違和感があるが(台詞が多いと言われた私の昨年の連作はそれとは仕組みが違うのだ)、スタッフ・キャストの健闘を否定するものではない。パレスチナ問題を噛んで含めるように説明しているのが不思議な劇でもある。説明しやすくするためか、ひねっているつもりでも微妙にステレオタイプになってしまうし、ディティールをはっきりさせない感じも出てくる。宮田慶子芸術監督と立ち話。アムステルダムが舞台であることについてなど。そういえば宮田さんとは成田空港でばったり会ったことが何回かある、不思議なことだが。……本日『月にぬれた手』の舞監野口君と新国の制作茂木ちゃんは十五年前にコンビでツアーに就いてもらい一緒に長い旅をしたことがある。『漱石とヘルン』。みんな歳を取るわけだ。そういえば高円寺でばったり会ったNさんもその劇に出ていた。彼女は今度NHKドラマでオウム信者を演じる。……さて、今日は全ての移動が自転車、爽快と言えば爽快。夜は久しぶり家族のためカレーを作る。たいした独創はない、「からいはうまい」だ。……深夜のテレビ、「復帰」前の沖縄の十八歳が「私は日本民族」と言う映像。辛くて仕方がない。……今更のように自分の家で階段を昇降する時に感じる違和感は何かとふと考えると、私は故郷では平屋育ちだった。今はなき本籍地の県北の家もそうだった。岡山では世帯の中に階段があるということじたいがイレギュラーだったのだ。……深夜、M君の突発的に人生に悩む書き込みを心配して電話してあげるが、基本は酔っぱらいであった。まったくもう。
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