Blog of SAKATE

“燐光群”主宰・坂手洋二が150字ブログを始めました。

「せりふの読みかたワークショップ」第三回 本日より参加俳優応募開始!

2016-08-22 | Weblog
「せりふの読みかたワークショップ」第三回 本日より参加俳優応募開始!
受付期間:8月22日(月) 00:00〜9月1日(木)23:59
受講料は無料です!
詳細は以下を御覧ください

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昨年から劇作家協会で中津留章仁さんたちと始めた「せりふの読みかたワークショップ」。
第一回の永井愛さん講師のときは立ち会うことができましたが、これは劇作家にとっても俳優にとっても勉強になる、意義深いものでした。
素晴らしい出会いもありました。

第三回の講師は私が務めることになりました。
今年9月19日(月・祝)〜22日(木・祝)です。

参加する俳優の皆さんを募集します。
「なんで年齢制限があるんだ!」とこぼしていた44歳までの皆さん、朗報です。
前二回の応募資格は年齢40歳未満まででしたが、今回は44歳まで引き上げました。

受付期間は8月22日(月)〜9月1日(木) 。
参加費は無料です。


以下、開催情報。

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せりふを読んでみよう

── 劇作家と俳優のためのせりふの読みかたワークショップ ──

第3回 講師:坂手洋二


言葉と出会い直そう!

どんなにさりげない一言も、その人のその場に於ける必然として発せられる。すべての演技はリアクションである。「言葉に真実が宿る」「人は心にもないことを言う」は、矛盾しない。短い場面をテキストに、認識と発語のメカニズムに迫ります。

講師:坂手洋二  劇作家・演出家

1983年燐光群旗揚げ。『屋根裏』『だるまさんがころんだ』等により、岸田國士戯曲賞、鶴屋南北戯曲賞、読売文学賞、紀伊國屋演劇賞、読売演劇大賞最優秀演出家賞等を受賞。他に『カムアウト』『くじらの墓標』『天皇と接吻』、『エレンディラ』脚色等。物語性の強い劇からドキュメンタリーシアターまで幅広く手掛ける。戯曲は海外で10以上の言語に翻訳され、出版・上演されている。国内外でワークショップを重ねる。
日本劇作家協会前会長。


せりふの奥にある宇宙     ── 中津留章仁
 
劇作家が戯曲を書くとき、せりふとト書きによって表現しますが、その実態は文字になっていない領域を作っている作業に他なりません。俳優も戯曲からその文字になっていない領域を読み取ろうとするのです。そういった意味で、劇作家が直接俳優に語りかけることは、俳優がより深く戯曲を読み解くうえで、とても重要な作業だといえます。また、若手の劇作家にとっても、説得力を持つせりふを書くために俳優の作業を知ることは重要なのです。
 これは、劇作家と俳優それぞれの立場の相互理解を深めながら、せりふに対して考える4日間のワークショプです。

そのせりふに、衝動はあるか?   ── 古川貴義

 俳優が指定された抑揚を付けて表情豊かに「せりふ」を読んだところで、生きた人間は見えてきません。劇作家が人間を描こうとするときには、「せりふ」という文字の羅列ではなく、その裏に潜む衝動こそを描いているからです。
 生きた「せりふ」を発するためには、「せりふ」に潜む衝動を探り、その衝動に基づいて発語する必要があるのです。この衝動と衝動がぶつかるところにこそ、ドラマが生まれるのです。


《次代を担う劇作家を育成するためのプロジェクト》
文化庁委託事業「平成28年度 次代の文化を創造する新進芸術家育成事業」
主催:文化庁、一般社団法人日本劇作家協会
制作:一般社団法人日本劇作家協会

▽ スケジュール 全4日間 初日と最終日は一般公開
 
9月19日(月・祝) 芸能花伝舎 A-1(新宿区西新宿6-12-30)
  13:45―17:00 オリエンテーション・稽古 *一般公開!
9月20日(火)・21日(水) 梅ヶ丘BOX (世田谷区梅丘1-24-14-B1)
  終日     稽古
9月22日(木・祝) 梅丘パークホール (世田谷区松原6-4-1)
  10:30ー12:00 稽古
  13:00ー16:30 リーディング&講評 *一般公開!

15:00 トークセッション「せりふとの出会いを通して」

 登壇:坂手洋二  永井 愛  中津留章仁  古川貴義



 お申込み
   俳優 = 受付期間:8月22日(月) 00:00〜9月1日(木)23:59
   見学 = 受付開始:8月17日(水)


《俳優対象》
ワークショップ参加/全4日間 通し受講のみ受付
 昨年度に好評を得た、読解と想像によって観客に届くせりふを発するための、
 せりふワークショップ第3回。
 戯曲を徹底的に読み込むことで、人間がことばを発する起点を探ります。



募集要項

メール応募のみ受付 送信先: jpa.serifu@gmail.com

[募集定員]
 ・10ー12名程度
[応募資格]
 ・年齢20歳以上44歳まで
 ・舞台経験2年以上
 ・プロの俳優として生計を立てていくことを目標にしている方
[受講料]
 ・無料
[受付期間]
 ・8月22日(月)0:00 ー 9月1日(木) 23:59 必着

[応募方法]
 件名を「せりふワークショップ応募」とし、以下の書類ファイルを添付して
 メールでご送信ください

 1)経歴書
  以下をご記載ください
   ・氏名・ふりがな・住所・電話番号・メールアドレス
   ・生年月日・性別
   ・演劇経歴・舞台経験
   ・これまでに印象に残ったせりふがある方はお書きください(任意)
   **書類はWordや一太郎などこちらで修正できる形式とすること(PDFは不可)
 2)写真
   バストアップと全身の2枚

[選考]
  書類選考ののち、9月8日(木)夜までに、参加の可否をメールでご連絡申し上げます。
   jpa.serifu@gmail.com からのメールが受信できるようご設定ください。



《初日と最終日は一般公開!》
劇作家はもちろん、演出家・俳優・演劇スタッフ・観客、どなたでもご来場いただけます
稽古見学/リーディング&ディスカッション

見学者も学べるワークショップ!
坂手洋二による稽古を通して、せりふが立ち上がる瞬間とその方法をご覧いただけます。
筆記用具をご持参のうえ、メモをご自由にお取りください。

*追って設置の予約フォームよりお申込みください

[一般公開対象日] 両日来場の他、どちらか1日のみのご予約も承ります
 ・9月19日(月・祝) 13:45ー17:00
   劇作家によるせりふワークショップをなぜ行なうのか。その趣旨を語る
   オリエンテーションと、坂手洋二による稽古をご覧いただけます。
   俳優はもちろん、俳優に通じる言葉を求める演出家の方、劇作家の視点を
   知りたい演劇スタッフの方、自劇団の公演レベルアップを期す制作の方、
   稽古に興味のある観客の方にもおすすめです。
 ・9月22日(火) 13:00ー16:30
   4日間の稽古で俳優がなにをつかんだかを見る公開リーディングと、
   せりふを語るトークセッションにお立ち会いください。
   リーディング後には講師による講評あり。
   初日と併せてご覧いただくと、俳優のせりふの捉え方の変化を知ることができます。
   
[入場料]
 ・無料


【担当委員】
   中津留章仁  坂手洋二  奥山雄太  瀬戸山美咲
   藤井ごう  古川貴義  古川 健  村野玲子
【制作】
   吉水恭子(芝居屋風雷紡)  国松里香 /劇作家協会事務局

【お問合せ】
  日本劇作家協会 事務局
  TEL: 03-5373-6923
  MAIL: jpa.serifu@gmail.com (せりふワークショップ専用)
  **お問合せはできるだけメールでお願いします
     jpa.serifu@gmail.comからのメールが受信できるようご設定のうえお問合せください


http://www.jpwa.org/main/activity/serifu
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岸田國士を読みます

2016-08-21 | Weblog
〈南青山 Mandala 岸田國士を読む〉という企画に、南谷朝子さんに誘われ、一日だけ出演します。 ·

「南青山マンダラが主催するドラマリーディング・ライブのシリーズ。岸田國士の作品を、あ・え・て 読む!」。岸田國士戯曲を、 様々な団体が、南青山のライブハウス「マンダラ」にて、演劇ではなく、敢えて、朗読と音楽で届けるというもの、ということです。

作品は、『写真』『昨今横浜異聞』。

●日時: 8月22日(月) 1st 開場14:30 開演15:30 2nd 開場18:30 開演19:30
●料金: ¥3,700 (1ドリンク付き)
●会場: 南青山マンダラ 
https://www.google.co.jp/…/data=!3m1!4b1!4m5!3m4!1s0x60188c…
公式FACEBOOK
https://www.facebook.com/reading.kishidakunio/

演出 井上思
出演 中島久之、坂手洋二、長尾奈奈、垂水みる、小川もこ、南谷朝子
※マチネ・ソワレで、長尾奈奈、小川もこの配役は入れ替わります

定例企画に潜り込むだけという感じなのであまり告知もしていなかったのですが、少しは宣伝しなさいと言われましたので記します。
ライブハウスなので詰めればいくらでも入ると思うのですが、まあ予約くださった方が賢明です。

アメリカの俳優たちがアクターズスタジオに再教育としてふらっと通うような気軽なイメージで参加しようとしていたのですが、皆さんの真剣さに「おおっ」と思い、思っていたより高い入場料(ワンドリンクつきだけど)に慌てております。演出・井上思氏の采配も勉強になります。そしてなにしろ十代の頃からいろんなドラマ・映画で拝見してきた中島久之さんとの共演、緊張します。
四半世紀前に岸田國士氏の名前を冠する賞をいただきながら、不勉強でいたことを恥じております。

『写真』は、大正の終わり、ワシントン軍縮条約の頃の話。
『昨今横浜異聞』は、事変前の時代、中国との関係が背景にある。
この時点での岸田氏の思想はわからないが、戦争の時代に向いてのある種の不穏さは、場面の隙間に、既に忍び込んでいるということになるのだろうか。
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「クワイ河に虹をかけた男」トークイベント決定

2016-08-16 | Weblog
満田康弘監督、渾身のドキュメンタリー映画「クワイ河に虹をかけた男」、いよいよ今月末に東京公開。

もう、ちょっと前になるが、完成版を試写で見た。一人でも多くの人に見ていただきたい。
今朝までタイにいたのだが、取材で行く旅の途中だたので、カンチャナブリに寄り、この映画にも出てくるところに幾つか立ち寄った。
写真は、クワイ河にかけられた橋の上で。連合軍の空爆で部分的に破壊されたが、戦後修復され、今も鉄道が通っている。

第二次世界大戦中、日本軍がタイとミャンマー(ビルマ)間を往来する泰緬鉄道の建設を強行しようとして、多くの捕虜を強制労働させ、また、当地の住民を徴用し、数万人の死者を出した。
そのときの日本人通訳・永瀬隆さんを追った映画だ。彼は工事拠点に派遣されて捕虜への拷問にも立ち会った。
戦後、永瀬さんは犠牲者を慰霊する旅を開始、生涯をかけてタイを135回訪問し、1976年にはクワイ川鉄橋で元捕虜と旧日本兵の再会を実現させた。
本作では94年のタイ訪問を手始めに彼の旅を追い、つぐないにかける思いや関係者たちとの絆を見つめる。
事実に基づいているがフィクションの多い映画『レイルウェイ 運命の旅路』では、真田広之さんが演じた。
永瀬隆さんの「戦争のせいにしてはいけない。人間が人間を大切にしないことこそが問題なのだ」というメッセージは、今こそ重要だ。
日本兵からの虐待を受けた連合軍捕虜たちをして「彼は自分が握手することのできるただ一人の日本人だ」と言わしめた、元陸軍通訳である永瀬さんが辿った人生を、見届けてほしい。

公開に合わせてトークイベントが開催される。私も登場します。

詳細情報は以下の通り。

8/27(土)公開
ポレポレ東中野
開映 12:30(上映時間119分)

料金 当日 : 一般 1700円 / 大学専門 1400円 / シニア 1100円 / 高中 1100円 / 小学生以下 無料
前売 : 1300円

イベント情報
☆トークイベント決定!
 ※すべて12:30の回上映後

8/27(土) 初日舞台挨拶 
 満田康弘(本作監督)

8/28(日) トークイベント 
 大久保真紀(朝日新聞編集委員)
 坂手洋二(劇作家)
 満田康弘(本作監督)

9/3(土)  トークイベント
 中川洋吉(映画評論家) × 満田康弘(本作監督)

9/4(日)  トークイベント
 小菅信子(山梨学院大学教授) × 満田康弘(本作監督)

9/10(土) トークイベント
 熊谷博子(映画監督) × 満田康弘(本作監督)

9/11(日) トークイベント
 山本宗輔×(写真家) × 満田康弘(本作監督)


公式サイト
https://www.ksb.co.jp/kuwaigawa_movie/index.php

ポレポレ東中野
http://www.mmjp.or.jp/pole2/
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さようなら、小松幹生さん

2016-08-13 | Weblog
小松幹生さんが亡くなられた。
小松さんとのつきあいというのは、ほんとうにもう、劇作家協会の設立以来の歴史そのものである。
1993年の3月、劇作家協会の必要性については、私たち若手も言い出し始めていたが、新劇世代の先達たちの間でも声が出ていることを知り、私が斎藤憐さんに連絡し、協会設立のために、会おうということになった。私は川村毅氏と平田オリザ氏に声をかけ、西永福の斎藤憐さん宅を訪ねた。別役実さんと一緒に私たちを待ち受けていたのが、小松幹生さんだった。
それがすべての始まりだった。
「会長退任にあたってのご挨拶」に記したとおりだ。http://blog.goo.ne.jp/sakate2008/e/bd31051879f80c59ea780c0d295c4f07

その「ご挨拶」に「あれから23年の歳月が重ねられてきているわけだが、なにもかもが「あっという間」の中の出来事であったと思う。多くの方がお亡くなりになり、また、ご病気になられ、ミーティング時などでも、協会立ち上げ期を知る者が少なくなってしまった。というか、小松幹生さんを除いては、ほぼいなくなってしまった。」と記したばかりだが、その小松さんまでが亡くなられてしまった。
忘れがたいのは、1994年の北九州の劇作家大会で、そもそも大会じたいが、先輩劇作家たちから「そんなことできるの?」といわれていたわけだが、その際に初めての「公開審査」での戯曲コンクールを行った。
「公開審査」といっても、そのとき候補作品を既に読んでいるのが審査員だけだったら、一般の人たちや候補者に審査過程を公開する意味がない。私は複数の「最終候補作」が一冊の本になって、「公開審査」のさいには既に出版されている状態でなければならないと考えた。
多くの先輩劇作家たちは無理だろうと言った。
既に相談はしていたが、出版・編集の仕事のプロである小松幹生さんが、「オレがやるよ」と言い、鮮やかな動きで、「最終候補作」をまとめた本を作られた。本が届いた北九州の朝の、小松さんと交わしたやりとりが忘れられない。
戯曲を応募した人が希望する審査員名を書き、その投票で審査員が選ばれる方式は、この時にはまだ行う余裕がなかった。だがそれ以外のさまざまな形式はほとんどもうこの時完成していた。
この協会で「新人戯曲賞」を管轄する部署が「出版部」であるのは、そうした小松幹生さんとの共闘作業の結果の、自然な流れなのである。
「新人戯曲賞」は、小松さんの生み出した子供であった。

「じつはオレ、ガンなんだよ」と聞かされたのは何年前だったか。その後も、皮肉屋で兄貴肌の小松さんは、変わらなかった。
最後に長く話したのは、最後の「優秀新人戯曲集」が出たばかりのとき、それを渡されて、座高円寺のロビーでだった。
私も会長任期満了になることはわかっている時期で、互いに「後をどうするかなんだよね」という話ばかりしていた。
劇作家という仕事は孤独なものだと言われるが、信頼を寄せられる先輩に励まされることが、どれだけありがたいことだったか。

小松さん、感謝しています。
これからも、できる限りがんばります。
ありがとうございました。
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ゴップの本拠地・チェンマイ

2016-08-11 | Weblog
今回のアジア国際共同企画・タイ・ツアーは、「ゴップ」こと、ナルモン・タマプルックサーさんの協力なしにはあり得ない。
首都バンコク出身であるのに高校時代からチェンマイに住む彼女は、まさにチェンマイ演劇界のキーパーソンであり、ニコン・セタン、「トゥア」ことプラディット・プラサートーンと共に、タイ演劇を牽引している。
私と彼女とは1999年にニューヨークで出会っている。当時二人ともACC(アジアン・カルチュラル・カウンシル)のグランティーで、しばらく同じチェルシーのアパートに住んでいたのだ。私は五階、彼女は二階だった。
彼女が部屋でパフォーマンスをするというので中華街で買ったキムチを持って観にいくと、チベットについてのその一人芝居の主演者がオカワ・アヤで、それが私とアヤの出会いでもあった。このアパートはオンポロだが古い作りで広く、ゴップの部屋は途中に段差があったりして、ちょっとした上演に向いていた。私の部屋も広く、ワンフロアであのように広い部屋に住んだことは他にない。ちなみに私のいた部屋にその前年に住んでいたのはマキノノゾミ氏である。
当時アヤは俳優として引っ張りだこで、オフ・オフ版『不思議の国のアリス』に主演していたりしていた。この年の秋には日本に来て燐光群『天皇と接吻』に出演することになる。
アヤと、やはり『天皇と接吻』に出演するために来日したジョシュ・フォックス(後に映画『ガスランド』でアカデミー賞にノミネートされる)と、一緒に「International Wow Company」を結成したのが、ゴップである。「International」は、まず、アメリカとタイの繋がりの部分から始まっていたわけだ。
当時、ローラーブレードでニューヨークの街を滑走するゴップを見て、私もローラーブレードに挑戦し、ハドソン川沿いの真っ直ぐな道を今はなきワールドトレードセンターわきを抜けて自由の女神の見えるバッテリーパークまで走ったことなど、たまに思い出す。ニューヨーク二十世紀最後の年だった。
ゴップは「ホテル・グランド・アジア」に至る国際共同製作の一員としても、何年か日本に通っている。

ゴップは演劇以外にも社会活動家としても活躍している。
自宅はもう「村(ビレッジ)」というべき広々とした敷地に何棟もの建物が建ち、蓮の生えた池もある。台所と繋がった部屋はゲストハウスで、鈴木アツト君も何週間か滞在したそうだ。五間×六間の畳敷きの部分のまわりも広々とした廊下のある大きな道場もある。
道場、というのは、彼女は大学やその場所で仲間たちと合気道を教えたりしているのだ。
彼女がたまに出張して子供たちに合気道を教えるという「バーンロムサイ」は、HIVの母子感染の孤児たちを集めたことから始まった孤児院である。昨日そこにも取材した。「バーンロムサイ」は「大きなガジュマルの樹の下で」ということで、じっさいに施設が始まってから二十年近くの間におそろしく巨大化したこの地を象徴するガジュマルがある。この地でも、この樹にキジムナーを棲まわせる沖縄同様、ガジュマルは子供たちを守ると言い伝えられているのだ。

それにしても、いろいろなところに行くたび、ゴップの話題になる。彼女に会えば誰でも思うだろうが、凄いバイタリティーだ。
ほんとうに、感謝、感謝、である。
写真は、ゴップ宅の広大な庭にて。(撮影・古元道広)

リーディングはほんの一部で、日々休みなく取材とミーティングを重ねている。八時頃朝飯を食ったら出発で、帰宿は夜遅くになる。なかなかハードな旅だがチェンマイは魅力的で、アジアで最も静かで落ち着いた街と言割れているのも頷ける。タイ式マッサージには一度だけ行った。服役中の皆さんが施術してくださる特殊なところのようだったが、行ってみると普通で、トリップアドバイザーでも高得点を得ている。そこと一番古い寺院を駆け足で見学した2時間弱だけが観光的な時間であった。
まもなくバンコクに移動する。

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清水弥生作『Summer House After Wedding』、今夜、タイ・チェンマイにてリーディング。

2016-08-10 | Weblog
清水弥生作『Summer House After Wedding』、今夜、タイ・チェンマイにてリーディング。
八月十日、夜7時。
会場 ティップスハウス(テープシリ・ギャラリー) ワットウモーン寺院のそば、北にチェンマイ大学に向かう道沿い。

フィリピンと日本の交流から生まれた戯曲清水弥生作『Summer House After Wedding』がタイで紹介される。
リーディングが開催される。
演出はニコン・セタン。彼は日本でタイ版・野田秀樹作『農業少女』を上演したことがある。
Kop Narumolさん・通称ゴップがコーディネートしてくれた。
彼女とは十七年以上のつきあいになる。彼女が最初に日本に来たのは野田秀樹作・演出のタイ版『赤鬼』への出演である。

タイ語のチラシは日本版と同じ沢野ひとし画伯のイラストが載っている。
タイ文字と沢野さんの絵の線が妙に相性がいい。

国際交流基金アジアセンターとセゾン文化財団の助成を受けている。

燐光群、タイ・フィリピンを中心とした国際共同プロジェクト、2年目に入っています。

ขอเชิญชมการอ่านบทละครญี่ปุ่น เรื่อง
SUMMER HOUSE AFTER WEDDING
บทโดย Yayoi Shimizu
ดูแลการซ้อมโดย นิกร แซ่ตั้ง
พุธที่ 10 สิงหาคม 2559 เวลา 19.00 น.
ณ เทพศิริแกลลอรี ซอยวัดอุโมงค์
หลังการอ่านบทละคร ขอเชิญร่วมสนทนาเพื่อแลกเปลี่ยนความคิดเห็น
กับผุ้ดูแลการซ้อม ผู้เขียนบท นักแสดง และ คุณโยจิ ซาคาเตะ
ผู้อำนวยการคณะละคร Rinkokun กรุงโตเกียว
การอ่านบทละครครั้งนี้เป็นโครงการความร่วมมือด้านการละครระหว่างภาคพื้นเอเซีย จัดโดยกลุ่มละคร RINKOKUN ได้รับการสนับสนุนจากมูลนิธิเซซอนและมูลนิธิญี่ปุ่น
ข้อมูลเพิ่มเติม กรุณาโทรติดต่อ 081-4055379 (กบ)
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การอ่านบทละครญี่ปุ่น
SUMMER HOUSE
AFTER WEDDING
เรื่องราวที่เรียงร้อยขึ้นจากบทเรียนชีวิตของเหล่าหญิงสาวผู้ข้ามน้ำข้ามทะเลและแบกภาระอันหนักอึ้งไว้บนบ่า
บทละครนี้เขียนขึ้นโดยการสัมภาษณ์แรงงานข้ามชาติชาวฟิลิปปินส์ที่เข้าไปทำงานเป็นผู้ดูแลผู้สูงอายุในประเทศญี่ปุ่น แต่ใครกันแน่ที่เป็นผู้ดูแลหรือผู้ถูกดูแล ในขณะที่สังคมผู้สูงอายุของญี่ปุ่นไม่สามารถอยู่ได้หากขาดแรงงานจากต่างประเทศ แต่ปัญหาเรื่องแรงงานข้ามชาติและการอพยพย้ายถิ่นทั้งที่ถูกและผิดกฏหมายกลับสร้างภาระให้กับประเทศเป้าหมายเป็นอย่างมาก โดยเฉพาะทางด้านเศรษฐกิจ กฏหมาย และการเมือง ยิ่งไปกว่านั้นยังก่อให้เกิดความขัดแย้งหลายประเด็นให้กับผู้คนในสังคมอันเนื่องจากชีวิตความเป็นอยู่และวัฒนธรรมที่แตกต่างกัน
เราจะอยู่ร่วมกันและยอมรับกันและกันได้อย่างไรในสังคมพหุวัฒนธรรมที่เหลื่อมล้ำกันมากเช่นนี้
บทละครเรื่องนี้เขียนขึ้นโดยนักเขียนบทหญิงรุ่นใหม่ไฟแรง Yayoi Shimizu จี้ประเด็น “เพศและแรงงานต่างด้าว” ที่กำลังเป็นข้อถกเถียงของยุคสมัย ละคร Summer House After Wedding ได้ทำการแสดงไปแล้วที่กรุงโตเกียวในเดือนมกราคม 2559 ที่ผ่านมาและเรียกเสียงฮือฮาเป็นอย่างมาก บัดนี้บทละครได้แปลเป็นภาษาไทยและได้คัดเลือกบางฉากเพื่อนำมาเสนอในประเทศไทยเป็นครั้งแรกในลักษณะการอ่านบทละคร อำนวยการแสดงโดยศิลปินรางวัลศิลปาธร คุณนิกร แซ่ตั้ง
ร่วมอ่านบทละครโดย
1. ณัฏฐนันท์ ประเสริฐรัสมี
2. นัฐจภรณ์ สวัสดิ์พร้อม
3. นฤมล ธรรมพฤกษา
4. มณฑาทิพย์ สุขโสภา
5. ศิริธร ศิริวรรณ
6. ฤทัยรัตน์ กันชัย
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หลังจากจบการอ่านบทละคร ขอเรียนเชิญทุกท่านร่วมสนทนาเพื่อแลกเปลี่ยนความคิดเห็น การสนทนาสามารถครอบคลุมไม่เฉพาะแต่เรื่องบทละครเท่านั้น แต่รวมถึงประเด็นการโยกย้ายแรงงาน สภาพสังคม สภาพครอบครัว ความเหมือนหรือความแตกต่างระหว่างไทยกับฟิลิปปินส์จากมุมมองของแรงงานข้ามชาติ ความเห็นของท่านจะเป็นประโยชน์อย่างยิ่งที่ช่วยให้เราพัฒนาบทละครสำหรับเรื่องต่อไป

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高江に対する暴力に与してきた総理夫人が「私」「個人」の立場で「実態を知りたいから来た」は、あり得ない

2016-08-09 | Weblog
三宅洋平氏はブログで「総理夫人の高江来訪について、経緯の説明を試みたいと思います」として文を発表している。
http://ameblo.jp/miyake-yohei/entry-12188446850.html

「ぜひお会いしたい」「現場に行って、自分の目で見てみたいが、果たして自分は受け入れられるだろうか?」という安倍夫人の言葉を鵜呑みにしている時点で、彼はどうかしている。
「そんな(沖縄の)状況下にあって、昭恵さんが現場に行くことは可能なのだろうか?」というが、まず三宅氏は沖縄の「状況」のことを最優先に考えていなければ、ヘンだろう。なぜ安倍夫人の蒙昧につきあおうとしているのだ。
「高江の住民である友人へ相談するなどして、何か現場に取り継ぐことはできないか、と試みました」というが、その友人は厳しい現状を伝えたはずだ。なのに無視した。そもそも運動主体である高江の「住民の会」には取りつごうとはしていない。山城氏に言っておけばすむ、というのも運動の中にヒエラルキーを見出している感じで、納得出来ない。
三宅は「実態を「知らない」人たちに伝えることができる。(中略)新たに議論を深めるきっかけを作ることができる。」というが、総理夫人が「実態を「知らない」人」と考えるのは、いくら何でも無理。
「何より、彼女が現場を訪れること自体が、問題に関心を持つ人を増やすことができる。そう考えました。」というのは、ひどい話だ。自分のことを「知名度」のある人間と思っている彼は、「有名な人」としての安倍夫人が来ることが役立つというが、なぜ彼女が有名なのかといえば、まさにこの高江への非道な行いを命じる政府のトップの妻だからである。このことがわかって言っているのか?
「機動隊がどんな顔をしてそこに立っているか、その顔つきだけでも実際に見てもらいたい。」というが、本気で言っているのか?
「8/6、前日ウズベキスタンから戻ってきた昭恵さんは」と言うが、何が言いたい? 色んな地を知っているから、ということを言いたいのか? たいへんな中に来てもらったと言いたいのか?
「ご主人にも秘書にも内緒で、2名の友人(SPではない一般人)を帯同して」だそうだ。
「ご主人にも秘書にも内緒」の「首相夫人の冒険」という物語で見ているのか?
「お忍び」などという言葉を平気で使う三宅は向こう側の文脈で物を言っている。
山城ヒロジさんとの間に約束があったかどうか云々は、現場では事実関係に異論のある人も多いようだが、博治さんを利用し巻き込もうとするだけの言説だから、無視。

ここから先が大事。
「しかしここで、テント内では「感情を抑えて、迎えいれよう」という意見と「来訪自体、受け入れられない」という意見が同時に発生しました。」と三宅は言うが、つまり、体制側にとっては、こういう言葉こそが目的なのである。
「高江のテントで、総理夫人を迎えいれるか受け入れられないかの議論があった」という文言自体が、誰を利するのか。そもそも理性を持って我慢した高江の人たちを愚弄している。
安倍夫人は自らのFacebook上で「対立、分離した世の中を愛と調和の世界にしていくための私なりの第一歩」と記しているが、結局、この訪問自体が、体制側の関係者が「歩み寄る姿勢を見せている」「なのに地元住民は受け付けなかった」というプロパガンダとして使われているだけだ。

三宅氏は「反省している」という言葉を口にしているが、ブログを読めばわかるが、それは「NAUの記録撮影クルーを同行して前触れなくテントに入ってしまったため、物々しい雰囲気によって現場の皆さんを驚かせてしまう結果になりました。」「また、情報出しをどこまでして良いのか、という判断が非常に難しく、中途半端なメディア規制を皆さんに依頼したことは、適切ではなかった」ことを「反省しています。」と言っているに過ぎない。
総理夫人を連れてくることを運動の主体に事前に伝えもしておかずに、「食い違い」「現場の混乱を生み出す」云々と問題を矮小化して、ごまかしているのである。

安倍総理夫人が先月、沖縄の人々に選挙で完全に拒否された島尻某の選挙応援演説をしたことの意味は、誰の目からも明らかなことで、今さら付け加える必要もないと思っていた。
彼女は公式に、高江・辺野古に対する体制側の暴力を肯定する者の、応援をした。それは「総理夫人」だから、ではないのか。あるいは、総理夫人であるからではないのなら、その趣旨に賛同したからではないのか。
高江・辺野古に対する暴力をふるう側に与してきた者が「私」「個人」の立場で「実態を知りたいから来た」などと言うことを、正気の者なら真に受けるはずがない。
今回の三宅氏の行動を「権力側の手引きをした」とまで言う関係者もあるようだが、少なくとも、体制側の暴力を誤魔化し、ぼかす効果が生まれたことは、否定できまい。

写真は6年前のN1正面入口。土嚢入れを阻止する活動の一コマ。
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高江はゴジラぢゃないよ

2016-08-07 | Weblog
『シン・ゴジラ』を観た。映画の評価は林海象監督の言う「壮大な自主映画」というのがアタリであろう。庵野氏はやりたいことをやったのだと思う。
「災害事件」としてのゴジラ出現について、政治家や官僚が対応していく姿だけが続々と点描されていくわけで、映画的感興は乏しい。
とうぜんこの国の、東日本大震災、原発事故への対応という体験が、なぞられている。あくまでもなぞりである。もっともらしいだけである。通常のヒーローやヒロインがいる怪獣映画へのアンチテーゼということかもしれないが、結局は主人公ぽくふるまう若い政治家にも、なんの魅力もないので、観客はただ推移を眺めているしかない。
それにしても幼児期?のゴジラがオモチャめいた真ん丸な目といい姿形の色調絵柄といいアニメかだんじり祭のさいに曳かれていく出し道具にしか見えず、興ざめである。
というか、ほぼ全篇CGになったゴジラ映像だが、コンピューターグラフィック技術の発達によってほとんどの映画がアニメ化してしまった現在、どの画面もじつは実写のようだが、アニメだったのかもしれない。
この映画も「映画らしさ」は皆無だし、ゴジラじたいが薄っぺらいつくりものにしか見えない。着ぐるみに入ってしっかり歩く方がいいと個人的には思う。それがないと「擬人化」という仕組みによる批評性が、ほぼ成り立たないからだ。もちろんそれも一つの選択である。
モーションキャプチャーで野村萬斎が動いてると言われても意味不明だし狂言ぽいすり足が出てくることに、何の必然性もない。
滅私奉公する人々だけが描かれ、「それが現実だ」とすることに幾ばくかの批評性があると、みるべきなのだろうか。人間はそれぞれ自分の事情を生きているだけだ、という「真理」を描いているということにでもなるのだろうか。
簡単に言えば、登場人物の誰も「ゴジラ」と関わってはいない。
これじゃゴジラじゃないよ、と思う人が多いだろうし、平成版怪獣映画としては金子修介監督のガメラシリーズのほうが遥かに面白いことは保証する。

まあ私の個人的感想としては、7/22、沖縄・高江への日本政府の弾圧、千人近い機動隊らによる暴力的な排除を経て、この映画を観ても、とにかく武装した制服の人たちがずらーっと大勢並んでさも正当な使命をおびたかのように動いている様子だけでついつい、高江を包囲している権力、人を人と思わない機動隊員たちのことを思ってしまう。
日本政府が対応に困り、処分を悩み、持て余す対象としての、原発、高江、ゴジラということになるのか?!
高江に対しては、N1ゲート裏のテントが、フェンスで囲われ、5日までに撤去せよ、私物は放棄したものとみなすという防衛局の張り紙が貼られており、8/5以降に再度排除を強行するのではという話はあったが、今のところ大きな動きはないようだ。ゴジラを眠らせておく期間ってことか?

何年前からか、僅かながらも高江を知り、できることは限られているけれど関わって思うことは、私たちが内在化してしまっている現実に対する鈍感さも含んだ認識が、高江という器官と繋がることによって、あらためて問い直されるということだ。実際に身を運ぶかどうかということだけではなく、その「器官としての接続」を持つこと自体が大切だと考える。

三宅洋平や、昨日、きちんとした説明もなく高江に押し掛けた安倍夫人は、その「器官」に入ってくる人たちではないように思う。
高江から伝えられている、三宅氏の「伊方原発とか、いろんな現場にちょっとずつしか足を運べない。自分の知名度を利用してできることをしたかった」という手前味噌な発言、自分の個的な目的に利用しようとしながら「この運動は本当に開かれているんですか?」と高江の人たちに問うたという態度は、傲慢ではないのか。
三宅氏は安倍夫人訪問に手を貸し勝手にツイキャス発信するためその訪問映像を撮影させておきながら、高江の人たちには「僕たちが発信するまでは公にしないでほしい」と言ってのけたという。
三宅氏は「今すぐどうにかしないといけないんじゃない?(安倍夫人アテンドに)一縷の希望を賭けたんだよね」としつつ、「(向こうは)20年前からのロードマップに従ってやっている。安倍総理が全部決めてスイッチを押しているのではない。自民党や政権という組織が持っている思想や構造の問題では」と、別にあんたに言われたくないよとしか思えない言いぐさで、現状が体制の敷いた方向にしか動かないことを他人事のように語っていたという。

安倍昭恵は自らのFacebook上で「沖縄の高江に行ってきた。オスプレイのヘリパッド建設を巡り揉めている場所。参院戦後に三宅洋平さんに会い、高江のことを初めて知った。標的の村という映画を観た。高江の人に東京で話も聞いた。でも何が起きているのか、自分の目で確かめたい。そんな思いで高江に行った。私が行けば混乱を招くだろうし、洋平さんが責められることにもなるだろう。悩みながら、まわりの誰にも言わずに行った。夫にも言わずに。私が行ったからどうなるものでもないし、ネット上ではかなり非難もされている。批判は覚悟の上。対立、分離した世の中を愛と調和の世界にしていくための私なりの第一歩・・・」と記している。
空疎。
三宅氏は見事に利用されたのか、自ら望んだことなのか。

三宅氏と安倍夫人はそれぞれ身勝手に「自分の事情」を生きているだけではないのか。「命ある限り僕自身の運動は止まらない」という三宅氏の「運動」は、それぞれの現場の人々の個別の生の違いを、認識できているのか。
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「せりふの読みかたワークショップ」第三回開催詳細決定! 応募資格は「44歳まで」に引き上げ

2016-08-06 | Weblog
昨年から劇作家協会で中津留章仁さんたちと始めた「せりふの読みかたワークショップ」。
第一回の永井愛さん講師のときは立ち会うことができましたが、これは劇作家にとっても俳優にとっても勉強になる、意義深いものでした。
素晴らしい出会いもありました。

第三回の講師は私が務めることになりました。
今年9月19日(月・祝)〜22日(木・祝)です。

参加する俳優の皆さんを募集します。
「なんで年齢制限があるんだ!」とこぼしていた44歳までの皆さん、朗報です。
前二回の応募資格は年齢40歳未満まででしたが、今回は44歳まで引き上げました。

受付期間は8月22日(月)〜9月1日(木) 。
参加費は無料です。



以下、開催情報。

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せりふを読んでみよう

── 劇作家と俳優のためのせりふの読みかたワークショップ ──

第3回 講師:坂手洋二


言葉と出会い直そう!

どんなにさりげない一言も、その人のその場に於ける必然として発せられる。すべての演技はリアクションである。「言葉に真実が宿る」「人は心にもないことを言う」は、矛盾しない。短い場面をテキストに、認識と発語のメカニズムに迫ります。

講師:坂手洋二  劇作家・演出家

1983年燐光群旗揚げ。『屋根裏』『だるまさんがころんだ』等により、岸田國士戯曲賞、鶴屋南北戯曲賞、読売文学賞、紀伊國屋演劇賞、読売演劇大賞最優秀演出家賞等を受賞。他に『カムアウト』『くじらの墓標』『天皇と接吻』、『エレンディラ』脚色等。物語性の強い劇からドキュメンタリーシアターまで幅広く手掛ける。戯曲は海外で10以上の言語に翻訳され、出版・上演されている。国内外でワークショップを重ねる。
日本劇作家協会前会長。


せりふの奥にある宇宙     ── 中津留章仁
 
劇作家が戯曲を書くとき、せりふとト書きによって表現しますが、その実態は文字になっていない領域を作っている作業に他なりません。俳優も戯曲からその文字になっていない領域を読み取ろうとするのです。そういった意味で、劇作家が直接俳優に語りかけることは、俳優がより深く戯曲を読み解くうえで、とても重要な作業だといえます。また、若手の劇作家にとっても、説得力を持つせりふを書くために俳優の作業を知ることは重要なのです。
 これは、劇作家と俳優それぞれの立場の相互理解を深めながら、せりふに対して考える4日間のワークショプです。

そのせりふに、衝動はあるか?   ── 古川貴義

 俳優が指定された抑揚を付けて表情豊かに「せりふ」を読んだところで、生きた人間は見えてきません。劇作家が人間を描こうとするときには、「せりふ」という文字の羅列ではなく、その裏に潜む衝動こそを描いているからです。
 生きた「せりふ」を発するためには、「せりふ」に潜む衝動を探り、その衝動に基づいて発語する必要があるのです。この衝動と衝動がぶつかるところにこそ、ドラマが生まれるのです。


《次代を担う劇作家を育成するためのプロジェクト》
文化庁委託事業「平成28年度 次代の文化を創造する新進芸術家育成事業」
主催:文化庁、一般社団法人日本劇作家協会
制作:一般社団法人日本劇作家協会

▽ スケジュール 全4日間 初日と最終日は一般公開
 
9月19日(月・祝) 芸能花伝舎 A-1(新宿区西新宿6-12-30)
  13:45―17:00 オリエンテーション・稽古 *一般公開!
9月20日(火)・21日(水) 梅ヶ丘BOX (世田谷区梅丘1-24-14-B1)
  終日     稽古
9月22日(木・祝) 梅丘パークホール (世田谷区松原6-4-1)
  10:30ー12:00 稽古
  13:00ー16:30 リーディング&講評 *一般公開!

15:00 トークセッション「せりふとの出会いを通して」

 登壇:坂手洋二  永井 愛  中津留章仁  古川貴義



 お申込み
   俳優 = 受付期間:8月22日(月) 00:00〜9月1日(木)23:59
   見学 = 受付開始:8月17日(水)


《俳優対象》
ワークショップ参加/全4日間 通し受講のみ受付
 昨年度に好評を得た、読解と想像によって観客に届くせりふを発するための、
 せりふワークショップ第3回。
 戯曲を徹底的に読み込むことで、人間がことばを発する起点を探ります。



募集要項

メール応募のみ受付 送信先: jpa.serifu@gmail.com

[募集定員]
 ・10ー12名程度
[応募資格]
 ・年齢20歳以上44歳まで
 ・舞台経験2年以上
 ・プロの俳優として生計を立てていくことを目標にしている方
[受講料]
 ・無料
[受付期間]
 ・8月22日(月)0:00 ー 9月1日(木) 23:59 必着

[応募方法]
 件名を「せりふワークショップ応募」とし、以下の書類ファイルを添付して
 メールでご送信ください

 1)経歴書
  以下をご記載ください
   ・氏名・ふりがな・住所・電話番号・メールアドレス
   ・生年月日・性別
   ・演劇経歴・舞台経験
   ・これまでに印象に残ったせりふがある方はお書きください(任意)
   **書類はWordや一太郎などこちらで修正できる形式とすること(PDFは不可)
 2)写真
   バストアップと全身の2枚

[選考]
  書類選考ののち、9月8日(木)夜までに、参加の可否をメールでご連絡申し上げます。
   jpa.serifu@gmail.com からのメールが受信できるようご設定ください。



《初日と最終日は一般公開!》
劇作家はもちろん、演出家・俳優・演劇スタッフ・観客、どなたでもご来場いただけます
稽古見学/リーディング&ディスカッション

見学者も学べるワークショップ!
坂手洋二による稽古を通して、せりふが立ち上がる瞬間とその方法をご覧いただけます。
筆記用具をご持参のうえ、メモをご自由にお取りください。

*追って設置の予約フォームよりお申込みください

[一般公開対象日] 両日来場の他、どちらか1日のみのご予約も承ります
 ・9月19日(月・祝) 13:45ー17:00
   劇作家によるせりふワークショップをなぜ行なうのか。その趣旨を語る
   オリエンテーションと、坂手洋二による稽古をご覧いただけます。
   俳優はもちろん、俳優に通じる言葉を求める演出家の方、劇作家の視点を
   知りたい演劇スタッフの方、自劇団の公演レベルアップを期す制作の方、
   稽古に興味のある観客の方にもおすすめです。
 ・9月22日(火) 13:00ー16:30
   4日間の稽古で俳優がなにをつかんだかを見る公開リーディングと、
   せりふを語るトークセッションにお立ち会いください。
   リーディング後には講師による講評あり。
   初日と併せてご覧いただくと、俳優のせりふの捉え方の変化を知ることができます。
   
[入場料]
 ・無料


【担当委員】
   中津留章仁  坂手洋二  奥山雄太  瀬戸山美咲
   藤井ごう  古川貴義  古川 健  村野玲子
【制作】
   吉水恭子(芝居屋風雷紡)  国松里香 /劇作家協会事務局

【お問合せ】
  日本劇作家協会 事務局
  TEL: 03-5373-6923
  MAIL: jpa.serifu@gmail.com (せりふワークショップ専用)
  **お問合せはできるだけメールでお願いします
     jpa.serifu@gmail.comからのメールが受信できるようご設定のうえお問合せください


http://www.jpwa.org/main/activity/serifu
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蜷川幸雄さんの遺産としての新版『ビニールの城』 そして本日「劇作家たち、蜷川幸雄氏を語る」

2016-08-06 | Weblog
1985年。唐十郎作『ビニールの城』第七病棟の浅草常磐座初演は忘れがたい。
当時、龍前照明に入ったばかりの竹林功、映画館を上演会場にする作業のために当時燐光群の劇団員も手伝いに行ったはずだ。常盤座のスノコには厚み十センチの埃が積もっていたという。
唐十郎、石橋蓮司、緑魔子、そして携わったスタッフ皆の代表作といえるだろう。浅草の街からそのまま続く闇の深さ、水とビニールの仕掛け、俳優たちの執念と居ずまい。どれをとっても第七病棟の一番いいところが出たといえるものだった。
ある雑誌の過去の演劇を振り返る投票で一位になったこともあったはずだし、アングラ小劇場演劇の最高傑作という人もいるくらいだから、観た人たちの思い入れも半端ではない。
第七病棟は七十年代半ばまで現代人劇場・桜社で蜷川さんと共働していた人たちが作った劇団だ。唐さんの傑作『盲導犬』は第七病棟の前身のその集団で生まれた。以来、龍前照明の吉本昇さんが照明担当のメンバーだった。そして、オペレーターとして、今は亡き青木博志さんも龍前照明のメンバーであり、第七病棟の劇団員だった。
第七病棟の音響は、市来邦比古さん。
そして、燐光群は旗揚げ以来、吉本さん市来さん青木さんの人脈のお世話になってきた劇団である。
演劇界には、1975年に現代人劇場・桜社から商業演劇に進出した蜷川さんを久しく許していない人がいる。蓮司さんも後に蜷川さんの映像作品には出たが、一緒に舞台を作ることはなかったはずだ。そうした演劇史にまつわる人間関係に触れてきた上で、私は蜷川幸雄さんと2007年初演の数年がかりの大作『エレンディラ』で一緒に仕事をすることになるが、ある人には「蜷川さんと仕事をするのだったらしばらく君とは距離を取る」と言われたこともある。

そんな関係を経て、『ビニールの城』を蜷川幸雄さんが演出するという噂を聞いたのは冬頃だったか。ところが蜷川さんが亡くなられた。
演出は出演者の一人だった金守珍さんが担当することになったと聞いた。
キャスティングは蜷川さんだという。『ビニールの城』の上演に向け、病床に台本を持ち込みこの舞台への意欲を燃やしていたと聞くので、ひょっとしたらいくらかはコンセプトを提示していたのかもしれないが、「監修・蜷川幸雄」と記されている。
金さん演出ではあるが、蜷川さんの遺産としての新版『ビニールの城』ということになっている。
金さんは蜷川さんのもとで演劇をはじめ、唐さんの状況劇場に移り、やがて自身で「新宿梁山泊」を旗揚げしたが、ここ数年蜷川作品に俳優としてよく出ていた。

金さんとは三十年来のつきあいになる。某ホテルのイベントの仕事を数年間一緒にやったし、「新宿梁山泊」には『東京アパッチ族』を書き下ろした。
最近ご無沙汰していたが、金さんが稽古の合間に『ゴンドララドンゴ』を観に来てくれて、『ビニールの城』のゲネプロに誘ってくれたので、ちょうど劇作家協会の「戯曲セミナー夏期公開講座 2016 夏のプログラム」の一つとして「劇作家たち、蜷川幸雄氏を語る」というプログラムに出演することにもなっていたため、その前日というこのタイミングで観ておくべきだという思いもあった。
初日前なので新版『ビニールの城』の内容について詳しく述べることは控えたいが、『ゴンドララドンゴ』劇中でも触れている蜷川さんの口癖である「冒頭3分が勝負」ということに関連して言えば、金さんから伝えられていたことは、新版『ビニールの城』は「今回は幕開き8分勝負になっています」ということだった。

与えられた条件の中で、金さんは、すべきことをしていた。「新宿梁山泊」のふだんよりも豊かに、自由にできたことも多いだろう。
宮沢りえ、森田剛コンビは、石橋蓮司、緑魔子のお二人とテイストが違うのは当たり前のことで、このご時世では当然時代遅れである「ビニ本」「腹話術師」を現在に成立させるべく、しっかり身体を張っていて、すがすがしかった。毅然として向かえば、演劇はインターネットやコンピューターグラフィックに回収されることはないのだ。
唐さんがテント向きの劇ではないものとしてしっかり戯曲を書き分けていることも再確認した。
三十数年のいろいろな記憶、思いが渦巻いた。
蜷川さんも、確実にそこにいた。


さて。
「劇作家たち、蜷川幸雄氏を語る」、本日夕方4時からの開催ですが、当日券も出せるようです。ご興味のある方、他に予定のない方、ふらりと高円寺においでください。

以下、開催情報。

⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯

「劇作家たち、蜷川幸雄氏を語る」

日程: 2016年8月6日(土) 16:00ー18:00
会場: 座・高円寺2 JR中央線 高円寺駅 北口 徒歩5分

蜷川さんが演出した、戯曲を書いた劇作家。
蜷川さんの舞台を見て、この世界を志した劇作家。
蜷川さんの存在に、絶えず刺激を受けていた劇作家。
そして、蜷川さんの演出をつぶさに見ていた演出家。
蜷川さんが演出したシェイクスピア作品の翻訳家。
蜷川さんに関わった人々証言を通して、
その偉大なる軌跡を検証します。

(蜷川幸雄氏写真提供:舞プロモーション)

<登壇> 作品名は蜷川幸雄氏演出作品

・青木豪 2008年『音楽劇 ガラスの仮面』/2010年『音楽劇 ガラスの仮面 ~二人のヘレン~』
・石丸さち子 ニナガワカンパニーで蜷川氏の演出助手多数
・坂手洋二 2007年『エレンディラ』
・鈴江俊郎 1996年『溢れる果実』
・福田善之 2009年『真田風雲録』
・前川知大 2014年『太陽2068』
・横内謙介 1996年『魔女の宅急便』/1996年『カルメンと呼ばれた女』/2000年『NINAGAWA 火の鳥』

<映像出演>
・唐十郎×蜷川幸雄 対談 (10 分)
・松岡和子 彩の国シェイクスピア・シリーズ約30作品の翻訳

[料金] ¥1,000 (区民・劇作家協会会員は¥900)

《劇作家協会公開講座 2016年 夏》戯曲セミナー公開講座 / 次代を担う劇作家を育成するためのプロジェクト

年に一度の公開講座を、2日間にわたって開催する中のプログラムの一つとして開催されますが、この企画単独でも聴くことができます。


http://www.jpwa.org/main/activity/openclass
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「劇作家たち、蜷川幸雄氏を語る」6日・土曜日開催です。

2016-08-01 | Weblog
「劇作家たち、蜷川幸雄氏を語る」

故・蜷川幸雄氏のことを、劇作家たちが語るイベントの開催が、いよいよ今秋土曜日に迫った。情報等を加筆再掲する。
八月前半は海外とのからみなどで予定がなかなか決まらず、参加が危ぶまれたのだが、なんとか出られることに決まり安堵した。

私は蜷川さんとの仕事としては、ガルシア・マルケス原作の『エレンディラ』脚色という一本だけの関わりだが、私の知る限りのことを、お話ししようと思う。
戯曲版のメインプロットはセントラルパークからビルの谷間のハドソン川を見て鋭い瞬間的なインスピレーションが来て思いつき、戯曲後半は、オーストラリア滞在中に書いたのを、思い出す。コロンビアに取材に行った。オリジナル音楽作曲のマイケル・ナイマン氏とホリプロのスタジオに数日詰めて、中川晃教君らの歌う曲に日本語の歌詞を載せるための細かい相談をしたのも鮮烈な思い出だ。

司会進行の青木豪さんからは、
「坂手さんと『エレンデ ィラ』というのは、とても意外なカップリングでありました。同じ想いを抱いている観客は 多いかと存じます。ですので、まず『エレンディラ』執筆当時の想いや、蜷川 さん演出をどのように想定されて書かれたのかや、実際に作品をご覧になられてのご感想などを伺い、それから「花園神社の木に登って見られた」という『王女メディア』をはじめ、 坂手さんのお感じになる蜷川幸雄体験など、お話しいただければと考えております」
と言われている。
ただ、私は最初はしばらく、大先輩の福田善之さんと話をすることになっているみたいで、福田さんという巨匠相手にどこまで喋ることができるか不安でもある。
石丸さち子さん、鈴江俊郎さん、前川知大さん、横内謙介さんといった人たちとも一堂に会して、かなり賑やかなことになりそうである。

告知が遅れていて、まだお席には余裕があるみたいですから、土曜の夕方に他に予定のない方、ふらりと高円寺においでください。

以下、開催情報。
日本劇作家協会 戯曲セミナー夏期公開講座 2016 夏のプログラムの一つとして開催されますが、この企画単独でも聴くことができます。

⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯

「劇作家たち、蜷川幸雄氏を語る」

日程: 2016年8月6日(土) 16:00ー18:00
会場: 座・高円寺2 JR中央線 高円寺駅 北口 徒歩5分

蜷川さんが演出した、戯曲を書いた劇作家。
蜷川さんの舞台を見て、この世界を志した劇作家。
蜷川さんの存在に、絶えず刺激を受けていた劇作家。
そして、蜷川さんの演出をつぶさに見ていた演出家。
蜷川さんが演出したシェイクスピア作品の翻訳家。
蜷川さんに関わった人々証言を通して、
その偉大なる軌跡を検証します。

(蜷川幸雄氏写真提供:舞プロモーション)

<登壇> 作品名は蜷川幸雄氏演出作品

・青木豪 2008年『音楽劇 ガラスの仮面』/2010年『音楽劇 ガラスの仮面 〜二人のヘレン〜』
・石丸さち子 ニナガワカンパニーで蜷川氏の演出助手多数
・坂手洋二 2007年『エレンディラ』
・鈴江俊郎 1996年『溢れる果実』
・福田善之 2009年『真田風雲録』
・前川知大 2014年『太陽2068』
・横内謙介 1996年『魔女の宅急便』/1996年『カルメンと呼ばれた女』/2000年『NINAGAWA 火の鳥』

<映像出演>
・唐十郎×蜷川幸雄 対談 (10 分)
・松岡和子 彩の国シェイクスピア・シリーズ約30作品の翻訳

[料金] ¥1,000 (区民・劇作家協会会員は¥900)

《劇作家協会公開講座 2016年 夏》戯曲セミナー公開講座 / 次代を担う劇作家を育成するためのプロジェクト
年に一度の公開講座を、2日間にわたって開催する中のプログラムです。


http://www.jpwa.org/main/activity/openclass
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愚民

2016-08-01 | Weblog
愚民。
他に何か言うことある?

ある人は、この結果が何かの改革だと思っているのかもしれない。
ある人は、都知事なんて誰がなっても同じだと思っているのかもしれない。
ある人は、「女性」であることに何かの可能性を感じているのかもしれない。
愚かだ。

⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯

『ゴンドララドンゴ』千秋楽を終えた。
疲れきった。
今日、後処理。

写真は姫田蘭さんの、思い出の地。
少し前の東京の写真。
よき時代の思い出。

皆さん、ありがとう。
今朝からやることをバリバリやる。
より良き次の段階に進む以外のなんの選択もない。
不思議なことに元気は滾々と湧き出てくる。
いろんな人から勇気を貰った。

こんな状況、それぞれの傷つき方もあるだろう。
しかし、拗ねたり閉じたりしている人もいるだろうが、いつまでもそうはしていられないだろう?と言うだけだ。
しらけている場合じゃない。
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『ゴンドララドンゴ』本日二時の回、千秋楽

2016-07-30 | Weblog
『ゴンドララドンゴ』本日二時の回が、千秋楽です。増席、当日券出せます。
写真は、撮影の姫田蘭さんが作ってくれた「おふざけ、勝手に宣伝バナー!」。この写真、文字以外の加工はしていない。演劇関係者ならとくに、唖然とするだろう。いったいどうやったらこんな遠近の写真が撮れるんだ? 劇場に来るとその謎は解けます。昨日も美術のじょん万次郎への絶賛の声が(こんなとするなんて呆れたぞ!でもあるのだろうけれど)。

高江に後ろ髪引かれながら、ずっと東京にいた。芝居自体、いろいろ微調整も必要だったし、アフタートークも予定されていた。
打ち合わせも幾つかあった。出版関係がいろいろある。原稿もあり、予定されている三つの取材旅行や秋のイベントの内容を詰めたり、もあった。
ここに来て歯医者に行かなくてはならなくなったり、けっこう睡眠時間もとれず、であった。
もちろん観に来てくれたお客さんともお話ししたい。時間は有限、なかなか思うようにならないものである。

都知事選に関しては、唖然とすることが多かった。日本という国が悪くなっていることに気づいていない、あるいは悪くなっているといってもまだまだたいしたことがないと思っている人が多いということに驚かされた。この国は世界の孤児である。都知事選は廃都の人身御供選びであるのかもしれない。いや、犠牲にさせられているのは都民であり国民だが。


投票には行った。
これから劇場に入る。


以下、アップし忘れていた。

東京都知事選にまつわる「公開質問」で、〈東京都の芸術文化振興における「表現の自由」〉というのがあったらしい。回答なしの候補が多い中、鳥越氏からは次のような回答だったという。

本条例に違反し、文化芸術活動の内容に介入・干渉したとする事実またはそのようなおそれがある事実が確認された場合、事実関係を調査し「制作現場からの救済の申し立てに対応する委員会」を設置するなど、貴殿は具体的にどのような施策または対応を採るのかをご記述ください。

回答:都は、東京都文化振興条例を策定するにあたって、行政が直接、都民の文化芸術活動に対して価値判断を加えない、一定の方向に誘導したり、統制しないとの基本姿勢を明文化したと聞いています。都の基本姿勢を堅持して、「住んでよし」の東京を実現します。

仮に都が文化芸術活動の内容に介入・干渉しなければならない例外が生じる場合があるとして、それはどのような場合に限定されるかをご記述ください。また、都が関与する企画や展示等において、都の文化振興を担う行政官、都立文化施設を指定管理する法人および各文化施設の管理職に配属されている都ないし市区町村の職員らの裁量は広く認められると考えますか。それとも、上記東京都文化振興条例の基本原則に鑑み、その裁量は狭いと考えますか。

回答:公的資金が用いられた、公的施設で行われる企画・展示であるならば、法令遵守(コンプライアンス)の視点が問われ、資金を拠出しているゆえの責任があると考えます。しかしながら、東京都文化振興条例の基本原則である、「都民が文化の担い手であり、その自主性と創造性を最大限尊重すること」と「文化の内容に介入し、または干渉することのないよう十分留意すること」を堅持するため、個々の活動を十分慎重に見ていく必要があります。


相模原市緑区の障害者施設「津久井やまゆり園」で入居者19人が刺殺された事件について、鳥越氏はTwitterで「相模原で大変な事件が起こってしまった。亡くなられた方にお悔やみを、被害に遭われた方にお見舞いを申し上げる。事件の背景はまだ分からないが、自分と異質なものを排除しようという社会の空気と共通するものを感じるし、恐ろしいと思う。」と述べている。まずは被害を受けた方々の痛みを思い、悼むべきだと私も思う、そして、この事件とその扱われかたじたいに、辛い思いをさせられている方々がいることを。



ともあれ、劇場でお待ちしています。『ゴンドララドンゴ』本日限り。お見逃しなく。


⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯

〈パンフレットの坂手洋二あいさつ〉

タルコフスキーの映画『ノスタルジア』に、温泉地の、蒸気が漂う岩場で、ある場所の端から端までローソクを持って渡りきるという無意味な行為を達成することで「世界を救うことができる」と主人公が信じ、それを試みる場面があった。
たかだか個人が自分の気まぐれな所業で「世界を救うことができる」と信じるのは傲慢だし、また、それはある意味無責任な「狂気」である。
私たちは、自分一人の一つの選択や判断で世界が大きく影響されることなどないと知っているし、ふだんからそう思っている。
現実に「自分一人が選挙に行かなくたって、結果は変わらない」と思う人たちが多くいる所以である。しかし、投票という行為そのものは事実として「一票」をカウントさせることができる。数字が一つ付け加わる。世界に影響を確実に与えている。
世界との繋がりを感じ、確かめるために投票に行く、という考え方だってあっていい。自分一人の「1」という単位の行為の結果、ごくごく僅かだとしても、現象としての世界は変わるのだ。
「この世界はどうして存在するのか」と、ふと感じる瞬間は、誰でも持っているはずだ。未来と過去と、まさにこの空間があること、そしてそれを自分の身が感受できているという、現実。
表現という行為の中で、そうした感覚と「数字を一つ増やす」というような客観事実が繋がり得ることを、私たちはどこかで信じている。

自分の命と引換えに何かができる、という考え方がある。その人は命と引換えに何ごとかをするのだから、ある意味、怖い物知らずで、無責任である。まわりの者たちは、迷惑である。
自分の命と引換えに「世界を救う」という考え方は、狂気である。「数字を一つ増やす」客観性への信頼を、拒否しているともいえる。
だが、産まれたばかりの赤ん坊にとっては、おのれの感覚じたいが、世界そのものだ。赤ん坊が泣くとき、かれは、全世界の求めに応じて、泣いているのだ。
やがて私たちは成長し、自己と他者の違いを発見し、言葉を獲得し、世界の枠組みを認識し、赤ん坊時代とは逆に、自分は一人ぶんの「1」でしかないことを受け入れていく。
演劇とは、表現行為とは、そうした客観を揺り動かして、決して赤ん坊に戻ることはできない私たちが、大人になってしまった身心と身につけてしまった論理を解いて、あらためて世界を受容する、どのようなものになるかわからないその感覚と出会い直すための「機能」を持っているのではないかと思う。
そのために私たちの存在を舞台上に差し出すくらいのことは、できるはずだ。
命と引換えにというようなことには、考えも及ばないが。

今回、「どういうきっかけでこの劇を作ることになったのですか」と問われて、答えるのが難しかった。もちろん劇の中身については企画書やチラシ等の宣材にも書いてある。助成金を貰うための書類にも内容は記した。
だが、実際にはこの劇の創作は、自分たち自身の、そして33年続いている劇団生活じたいの、「潜在意識」に潜り込み、浮上してくる何かを取り出すような過程を経てきたのではないか。と、今になっては思う。そのための触媒として、この極めて単純な物語が浮上してきたということだろう。
お楽しみいただければ幸いです。

(『ゴンドララドンゴ』当日上演パンフレットより)


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朝日新聞記事
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12460449.html?rm=150

毎日新聞記事
http://mainichi.jp/articles/20160707/dde/012/200/042000c


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ゴンドララドンゴ
“Go-n-do-la, La-do-n-go”

作・演出○坂手洋二

7月16日(土)~ 31日(日)
下北沢ザ・スズナリ

1980年代末、東京。ゴンドラやブランコに乗って、ビルのガラス清掃、外壁補修等、高所作業を業務の中心とする会社があった。全員が同じ時給、出勤は自己申告、「原始共産制」を標榜する自由な気風の中、社員の半数は俳優や音楽・美術等のアーティストだった。仕事のこと、未来のこと、さまざまな問題でぶつかり、通じ合う仲間たち。「昭和」「バブル」の終焉を経て、彼ら、そして家族たちは、さまざまな選択をしてゆく。

そして現在。私は、幼い頃、横書きされていた「ゴンドラ」という文字列を逆に読んだ記憶を頼りに、思いがけず、父たちの時代と出会い直すことになった。

日本社会は、どのような経緯をたどって現在の状態にあるのか。それを1990年前後の「バブル」の時期、そしてそれが変容していく象徴的な社会事件の多かった「95年」前後、そうした時期を舞台に描き出します。


川中健次郎 
猪熊恒和 
大西孝洋  
杉山英之
武山尚史 
山村秀勝
尾崎太郎
 
都築香弥子
中山マリ 
樋尾麻衣子
百花亜希
田中結佳 
宗像祥子
秋定史枝 
大浦恵実

円城寺あや


照明○竹林功(龍前正夫舞台照明研究所)
音響○島猛(ステージオフィス)
舞台監督○森下紀彦
美術○じょん万次郎
衣裳○小林巨和  
アクション指導○佐藤正行
振付○矢内原美邦 
演出助手○村野玲子
文芸助手○清水弥生 久保志乃ぶ
美術助手○ 鈴木菜子
小道具応援○鴨川てんし
宣伝意匠○高崎勝也
写真・映像○姫田蘭
協力○オフィス・ミヤモト さんらん DULL-COLORED POP
制作インターン○寺島久美子(オイスターズ)
制作○古元道広 近藤順子

日曜は14:00開演

受付開始○開演の40分前 開場○開演の20分前 

開演直前・直後は(一時的に)ご入場を制限させて頂く場合がございます。
未就学児のご入場はご遠慮下さい。


【全席指定】
一般前売3,600円 ペア前売6,600円 当日4,000円
大学・専門学校生&U-25(25歳以下)2,500円 
高校生以下1,500円
※学生、U-25は、前日までに電話またはメールでご予約の上、当日受付にて要証明書提示。

前売開始○6月19日(日) 11:00

★燐光群オンラインチケット(一般・ペア前売のみ)
http://rinkogun.com 
24時間いつでもホームページ上でご予約頂き、セブンイレブンでチケットをお受け取り頂けます。
お支払いは現金(セブンイレブン)、またはクレジットカードとなります(手数料はお客様負担)。
※会員登録(無料)が必要です。 

★ご予約・お問合せ○燐光群/(有)グッドフェローズ 
03-3426-6294 ticket-rinkogun@ee.alles.or.jp  
①<お名前/電話番号/希望日時/チケットの種類と枚数>をお伝え下さい。
こちらからのお返事を以てご予約とさせて頂きます。
②当日、開演の15分前までに受付にお越し下さい。代金と引換でチケットを
お渡しします。
開演の10分前までにご精算頂けない場合は、あらかじめご用意したお席にご案内できない場合がございます。
※キャンセル・日時変更はできません。 

主催○有限会社グッドフェローズ

http://rinkogun.com/gondola_ladongo.html
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『ゴンドララドンゴ』、今月限り。今週限り。お見逃しなく。

2016-07-27 | Weblog
下北沢で、ザ・スズナリに通う日常が続いている。
1981年から、年に何度か、そうして数週間を過ごす。ずっとそうしてきた。
きのう、松岡和子さんをお招きしたアフタートークで、ご一緒に過去をふり返りながら、あらためて、この劇場との歴史を思った。

ニューヨークでリチャード・フォアマンが七十年代からずっとセント・マークス・チャーチで数ヶ月の公演を毎年続けているのを見て、自分もそれでいいのだと思った。

今回写真にも使っている、赤い紐を使った80年代アングラを冷やかしたシーンだが、いろいろな方々から「自分も昔の舞台で赤い紐を使った」と言われている。
(前列左より、尾崎太郎、大西孝洋、円城寺あや、後列は、大浦恵実、武山尚史)
何しろ私の初のスズナリ体験である1981年夏の転位・21『うお傳説』でも、赤い紐を男女が引き合うシーンが出てくる。
縦に使って見事だったのはシアターコクーン蜷川幸雄演出の『あわれ彼女は娼婦』だったが、これは最近だ。

もうバラしていいだろう、劇中、蜷川さんネタが出てくるのだが、『王女メディア』の野外公演を、新宿花園神社で樹の上に登ってただで観てしまったという逸話は、実話である。私のことである。十年以上経って、プロデューサーの中根公夫さんには、そのことを謝罪した。

「アリゾノ」という人物について作中人物が語るが、これはもちろん有薗芳記氏のことである。猪熊恒和らと同じ会社で働いていたのだ。なぜか有薗氏だけは実名で出したくてそうさせて貰っている。
「カクトミ」という人物のことも語られるが、暗黒舞踏の神領國資さんがモデルである。お目にかかるたび、私の出自(「坂手」=「逆手」)について、古事記・日本書紀や古い文献について熱く語っていた。もうかなり前、若くして「舞踏家廃業宣言」という公演で引退した。恋ヶ窪のアトリエだった。
「トンさん」と呼ばれるピアニストのことも語られるが、生活向上委員会の原田依幸さんをモデルにしている。八十年代、富士山麓でピアノ演奏をして話題になった。今回の劇中ではオホーツクの流氷の上で演奏したことになっている。原田さんには『ビヨンド・トーキョー』でオリジナル音楽を作って貰った。
落下事故を体験したと語られる「タケハルさん」のモデルは、木之内頼仁さんである。

そして、なるべく水を飲まないと決めている彫刻家の男は、私の高校時代の友人・三本琢男くんのことを思って書いている。私の誘いで、硬式テニス部をやめて、陸上部と映画部に入った。よく一緒に学校をサボった。一緒によく走った。彼は極力水を飲まないのだった。最初に作った自主映画は、彼が走り続ける映画だった。燐光群旗揚げから4本のチラシとポスターの絵を描いてくれた。『オルレアンのうわさ』では劇中に現れる人形を作ってくれた。日大芸術学部に進んだが、彫刻をやめて、デザインの会社で働いていた。今年の春の彼の死以来、浮上してくる彼のイメージを登場人物に反映させた。

『ゴンドララドンゴ』は、私の、私たちの、劇である。

言いにくいタイトルとしても話題の『ゴンドララドンゴ』、江森盛夫さんはブログで『ゴンドラドラゴン』と表記されています。(http://enbukuro.exblog.jp/26049999/)

ともあれ、そんなこんなで大注目の『ゴンドララドンゴ』、今月限り。今週限り。お見逃しなく。

劇場でお待ちしています。

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〈パンフレットの坂手洋二あいさつ〉

タルコフスキーの映画『ノスタルジア』に、温泉地の、蒸気が漂う岩場で、ある場所の端から端までローソクを持って渡りきるという無意味な行為を達成することで「世界を救うことができる」と主人公が信じ、それを試みる場面があった。
たかだか個人が自分の気まぐれな所業で「世界を救うことができる」と信じるのは傲慢だし、また、それはある意味無責任な「狂気」である。
私たちは、自分一人の一つの選択や判断で世界が大きく影響されることなどないと知っているし、ふだんからそう思っている。
現実に「自分一人が選挙に行かなくたって、結果は変わらない」と思う人たちが多くいる所以である。しかし、投票という行為そのものは事実として「一票」をカウントさせることができる。数字が一つ付け加わる。世界に影響を確実に与えている。
世界との繋がりを感じ、確かめるために投票に行く、という考え方だってあっていい。自分一人の「1」という単位の行為の結果、ごくごく僅かだとしても、現象としての世界は変わるのだ。
「この世界はどうして存在するのか」と、ふと感じる瞬間は、誰でも持っているはずだ。未来と過去と、まさにこの空間があること、そしてそれを自分の身が感受できているという、現実。
表現という行為の中で、そうした感覚と「数字を一つ増やす」というような客観事実が繋がり得ることを、私たちはどこかで信じている。

自分の命と引換えに何かができる、という考え方がある。その人は命と引換えに何ごとかをするのだから、ある意味、怖い物知らずで、無責任である。まわりの者たちは、迷惑である。
自分の命と引換えに「世界を救う」という考え方は、狂気である。「数字を一つ増やす」客観性への信頼を、拒否しているともいえる。
だが、産まれたばかりの赤ん坊にとっては、おのれの感覚じたいが、世界そのものだ。赤ん坊が泣くとき、かれは、全世界の求めに応じて、泣いているのだ。
やがて私たちは成長し、自己と他者の違いを発見し、言葉を獲得し、世界の枠組みを認識し、赤ん坊時代とは逆に、自分は一人ぶんの「1」でしかないことを受け入れていく。
演劇とは、表現行為とは、そうした客観を揺り動かして、決して赤ん坊に戻ることはできない私たちが、大人になってしまった身心と身につけてしまった論理を解いて、あらためて世界を受容する、どのようなものになるかわからないその感覚と出会い直すための「機能」を持っているのではないかと思う。
そのために私たちの存在を舞台上に差し出すくらいのことは、できるはずだ。
命と引換えにというようなことには、考えも及ばないが。

今回、「どういうきっかけでこの劇を作ることになったのですか」と問われて、答えるのが難しかった。もちろん劇の中身については企画書やチラシ等の宣材にも書いてある。助成金を貰うための書類にも内容は記した。
だが、実際にはこの劇の創作は、自分たち自身の、そして33年続いている劇団生活じたいの、「潜在意識」に潜り込み、浮上してくる何かを取り出すような過程を経てきたのではないか。と、今になっては思う。そのための触媒として、この極めて単純な物語が浮上してきたということだろう。
お楽しみいただければ幸いです。

(『ゴンドララドンゴ』当日上演パンフレットより)


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朝日新聞記事
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12460449.html?rm=150

毎日新聞記事
http://mainichi.jp/articles/20160707/dde/012/200/042000c


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ゴンドララドンゴ
“Go-n-do-la, La-do-n-go”

作・演出○坂手洋二

7月16日(土)~ 31日(日)
下北沢ザ・スズナリ

1980年代末、東京。ゴンドラやブランコに乗って、ビルのガラス清掃、外壁補修等、高所作業を業務の中心とする会社があった。全員が同じ時給、出勤は自己申告、「原始共産制」を標榜する自由な気風の中、社員の半数は俳優や音楽・美術等のアーティストだった。仕事のこと、未来のこと、さまざまな問題でぶつかり、通じ合う仲間たち。「昭和」「バブル」の終焉を経て、彼ら、そして家族たちは、さまざまな選択をしてゆく。

そして現在。私は、幼い頃、横書きされていた「ゴンドラ」という文字列を逆に読んだ記憶を頼りに、思いがけず、父たちの時代と出会い直すことになった。

日本社会は、どのような経緯をたどって現在の状態にあるのか。それを1990年前後の「バブル」の時期、そしてそれが変容していく象徴的な社会事件の多かった「95年」前後、そうした時期を舞台に描き出します。


川中健次郎 
猪熊恒和 
大西孝洋  
杉山英之
武山尚史 
山村秀勝
尾崎太郎
 
都築香弥子
中山マリ 
樋尾麻衣子
百花亜希
田中結佳 
宗像祥子
秋定史枝 
大浦恵実

円城寺あや


照明○竹林功(龍前正夫舞台照明研究所)
音響○島猛(ステージオフィス)
舞台監督○森下紀彦
美術○じょん万次郎
衣裳○小林巨和  
アクション指導○佐藤正行
振付○矢内原美邦 
演出助手○村野玲子
文芸助手○清水弥生 久保志乃ぶ
美術助手○ 鈴木菜子
小道具応援○鴨川てんし
宣伝意匠○高崎勝也
写真・映像○姫田蘭
協力○オフィス・ミヤモト さんらん DULL-COLORED POP
制作インターン○寺島久美子(オイスターズ)
制作○古元道広 近藤順子

平日19:00開演
ただし 7/20(水)・7/28(木)は14:00 / 19:00
日曜・祝日は14:00
土曜日は14:00 / 19:00

受付開始○開演の40分前 開場○開演の20分前 

開演直前・直後は(一時的に)ご入場を制限させて頂く場合がございます。
未就学児のご入場はご遠慮下さい。


【全席指定】
一般前売3,600円 ペア前売6,600円 当日4,000円
大学・専門学校生&U-25(25歳以下)2,500円 
高校生以下1,500円
※学生、U-25は、前日までに電話またはメールでご予約の上、当日受付にて要証明書提示。

前売開始○6月19日(日) 11:00

★燐光群オンラインチケット(一般・ペア前売のみ)
http://rinkogun.com 
24時間いつでもホームページ上でご予約頂き、セブンイレブンでチケットをお受け取り頂けます。
お支払いは現金(セブンイレブン)、またはクレジットカードとなります(手数料はお客様負担)。
※会員登録(無料)が必要です。 

★ご予約・お問合せ○燐光群/(有)グッドフェローズ 
03-3426-6294 ticket-rinkogun@ee.alles.or.jp  
①<お名前/電話番号/希望日時/チケットの種類と枚数>をお伝え下さい。
こちらからのお返事を以てご予約とさせて頂きます。
②当日、開演の15分前までに受付にお越し下さい。代金と引換でチケットを
お渡しします。
開演の10分前までにご精算頂けない場合は、あらかじめご用意したお席にご案内できない場合がございます。
※キャンセル・日時変更はできません。 

主催○有限会社グッドフェローズ

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三上智恵監督の前作『標的の村』自主上映会、受付継続決定!

2016-07-27 | Weblog
三上智恵監督の前作『標的の村』自主上映会、受付継続のお知らせが届いた。
三上智恵監督『標的の村』『戦場ぬ止み』については、配給会社・東風さんにより劇場公開・自主上映が行われていたが、『標的の村』の制作・著作権者である琉球朝日放送と東風との配給契約が2016年8月10日に終了することになっていた。琉球朝日放送の判断によるものであった。琉球朝日放送自身が自主上映についての受付を管理するということだったが、ただ貸し出せばいいというものではない。自主上映会については、ノウハウがある。専門の配給会社のフォローがなければ、なかなか成功させられるものではない。今後の『標的の村』の全国での上映が縮小されてしまうことが予想され、非常に残念なことだと思っていた。
その後も『標的の村』上映を望む声が引きもきらず、そして、今月のN1地区に対する、オスプレイパッド基地に反対する人たちに対する国家権力による強制排除を受け、これまでの経緯を知らない人たちにこの状況について理解してもらうためには『標的の村』を観てもらうことが一番だと多くの人が再認識していた。
ここにきて、琉球朝日放送と東風さんが協議を重ねた結果、配給契約を1年間延長し、2016年8月10日以降に開催が予定される自主上映会の受付を、東風さんが継続することになった。
まずはめでたいことだと思う。
DVD化される予定もないはずである。
未見の方は是非上映会を検討していただきたい。
高江に関心を持たれる多くの方が、この映画に触れることを期待する。

自主上映についての方法・詳細は以下をご覧下さい。
・ http://hyoteki.com/jyouei/
・ http://hyoteki.com/news/?p=442 

昨年二月、横浜市教育委員会は『標的の村』上映会の「後援」を「撤回」した。
理由は『「特定の政治活動に関する事業でないこと」という後援条件にそぐわない』からではなく、『中立性の観点から市教委としては、オスプレイ配備について賛成、反対の 判断をしているかのように見えるかもしれない上映会の後援をするのは不適切だ』ということだった。
これからの時代、この映画が埋もれないように応援していただきたい。

○映画『標的の村』解説
日本にあるアメリカ軍基地・専用施設の74%が密集する沖縄。5年前、新型輸送機「オスプレイ」着陸帯建設に反対し座り込んだ東村(ひがしそん)・高江の住民を国は「通行妨害」で訴えた。反対運動を委縮させるSLAPP裁判だ。[※1]わがもの顔で飛び回る米軍のヘリ。自分たちは「標的」なのかと憤る住民たちに、かつてベトナム戦争時に造られたベトナム村[※2]の記憶がよみがえる。10万人が結集した県民大会の直後、日本政府は電話一本で県に「オスプレイ」配備を通達。そして、ついに沖縄の怒りが爆発した。
2012年9月29日、強硬配備前夜。台風17号の暴風の中、人々はアメリカ軍普天間基地ゲート前に身を投げ出し、車を並べ、22時間にわたってこれを完全封鎖したのだ。この前代未聞の出来事の一部始終を地元テレビ局・琉球朝日放送の報道クルーたちが記録していた。真っ先に座り込んだのは、あの沖縄戦や米軍統治下の苦しみを知る老人たちだった。強制排除に乗り出した警察との激しい衝突。闘いの最中に響く、歌。駆け付けたジャーナリストさえもが排除されていく。そんな日本人同士の争いを見下ろす若い米兵たち……。
本作があぶりだそうとするのは、さらにその向こうにいる何者かだ。復帰後40年経ってなお切りひろげられる沖縄の傷。沖縄の人々は一体誰と戦っているのか。抵抗むなしく、絶望する大人たちの傍らで11才の少女が言う。「お父さんとお母さんが頑張れなくなったら、私が引き継いでいく。私は高江をあきらめない」。奪われた土地と海と空と引き換えに、私たち日本人は何を欲しているのか?
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