ここまでの4章では「過去に起こった事実」を振り返ってきましたが、最後に「これから先」のことを考えてみたいと思います。もっとも未来のことは誰も分からない、皆が上がると確信していた株価も時には急落するように、何が起こるかを予知することは出来ません。ただ「今」ある情報から、可能性の高いものを探っていくことは出来るでしょう。
まず、このウクライナを舞台にした戦争はいつ終わるのか。ロシア軍の前進は続いていますが、そのペースが加速したところでウクライナ全域を開放する目処が付くには遠く及ばないのが現状です。一方で劣勢のウクライナ軍も「負けない程度に」欧米諸国からの兵器や傭兵が送り込まれており、NATO側の継戦姿勢は変わる様子がありません。ロシア側には状況の良いところで停戦する意思が見えるものの、NATO側にはロシアが消耗しきるまで戦争を続ける意欲がある、そして傀儡国家であるウクライナには主権がない、というのが現状でしょうか。
ただ、NATO側の支援も中道派と右派のパワーバランス次第で変わる可能性があります。中道派はアメリカ陣営の敗北を絶対に受け入れることはできず、どれほど自国の負担になろうともNATOの勝利のために尽くしてきました。しかし「自国第一主義」を掲げる新しい右派はNATOの勝利のために自国が犠牲を払うことを厭う、自国の負担が増えるくらいならばウクライナなど切り捨ててしまいたい、そういう発想が強いわけです。
現在はまだヨーロッパでもアメリカでも中道派が主流であるものの、時に右派が得票率でトップに立つ場面も出てきています。アメリカ第一主義ではなく自国第一主義が影響力を強めていけば、NATOという「陣営」の勝利のための支出は減らされていく、ウクライナを操るための糸も少なくなっていくことでしょう。そうなったときに漸く停戦合意が現実的になる、ロシアとウクライナの間での戦闘停止までは進められるようになると考えられます。
ただ恐らくは、合意できても朝鮮戦争のように無期限の休戦であって、戦争の完全な終結とまではならない可能性は高そうです。結局のところウクライナとは舞台であって、根本的にはロシアとNATOとの対立がある、それが変わらない限り恒久的平和は望めません。ウクライナのNATO入りは既定路線となっていますが、そうなればウクライナはNATOの前線基地として再び自国を差し出すことになるでしょう。逆にウクライナが自国の意思で中立であろうとしても、ヤヌコヴィチ政権のようにクーデターで潰される虞も恐れもあるわけです。
前章で書いたように、クーデター後のウクライナでは2度の大統領選挙が行われましたが、いずれも相対的には穏健派の候補が勝利しています。ウクライナの国民自体は必ずしも争いを望んでいない、隣国に反感はあっても決定的な対立までは避けたがっているのでしょう。しかし、いずれの大統領も当選後はナショナリズムに訴える道を選んだ、選挙時の対立候補に負けず劣らず反ロシアを掲げ、国内の反対派(ロシア系住民)を弾圧してきました。これが繰り返される限り、ウクライナ人はNATOの傭兵として使い潰される運命から逃れられないといえます。
そもそもソ連が白旗を揚げ崩壊した後のNATOの歴史は、裏切りと侵攻の歴史でした。東方へは拡張しないとの口約束は容易く無視され、NATOは昔年の「東側」諸国を次々と傘下に組み入れていきます。それがウクライナまで到達したところで今回の衝突に至ったわけですが、仮にロシアとウクライナの二国間で停戦が成立したところで、ロシアとNATOの間の勢力争いが続いている以上、NATO側は必ずや「次の手」を打ってくることでしょう。対立の火種は、決して絶やされることはありません。
ウクライナがどのような結果に終わったとしても、NATOの東方進出は終わらない、次なるターゲットとしてモルドヴァは既に自ら挙手していますし、州じゃない方のジョージアやカザフスタンなどで親米政権が樹立され、対ロシアの前線基地が築かれる可能性は否定できないです。そして現在でこそロシアの同盟国として知られるベラルーシも、反政府活動家が当たり前のように国外からの支援を受けていたりします。ウクライナで起こったようなクーデターがベラルーシで起こらないとも限らない、そして誕生した親米政権がNATO入りを宣言してロシアに銃を向ける未来もあり得るわけです。
一方のロシア側に目を向けると、むしろ開戦してから経済が堅調に推移していることは注目に値します。考えられる理由としては①資源輸出先となる国には困っていないこと、②欧米資本の撤退によって脆弱だったロシア国内の企業にチャンスが生まれたこと、③軍需産業を中心に政府支出が大きく増えており、その結果が労働者への分配にまで繋がっていること、でしょうか。
上記①の資源輸出に関しては今後も継続して需要があり、戦争終結に関わらずロシア経済の柱の一つであり続けることと予想されます。そして②は結果として保護主義の導入と同じ意味をもたらしている、国内事業者に機会を与えているわけです。もちろん保護主義は長期的な解決にならず、閉鎖市場はソ連時代と同じような頭打ちに繋がる可能性がありますが、それでも市場開放の結果として欧米企業に蹂躙されて来たロシア国内企業に立ち直りの時間を与えるものとしては、良い効果をもたらしているようです。
そして③ですが、緊縮財政を国是とする日本の経済が低迷しているとのは真逆で、軍事であろうとも政府が支出を増やせばそれだけ市場は豊かになることが証明されています。日本では空想上の概念に過ぎなかったトリクルダウンがロシアでは現実に発生していると伝える向きもあるなど、何はともあれ結果は上々です。ただ戦争終結後にロシア政府が引き締めに走ると危ない、戦時から平時に戻ったからと日本的な財政再建論が優先されてしまうと、むしろ戦争終結後にこそロシア経済に危機が生じるものと予想されます。
また戦前はウクライナを巡る問題を何とか外交的に解決しようとしてきたロシアですが、NATOの頑なな姿勢が続いたことで「吹っ切れた」と言いますか、かつては欧米諸国との関係を意識して距離を置いてきた国──イランや北朝鮮など──との国交を深めるようにもなりました。元より極東地域の開発やアジア・アフリカ地域との外交に力を入れてきたこともありロシアの東方シフトは続く、今後は日米欧の排他的仲良しグループとBRICSなど新興国の寄り合い所帯との間では、後者の方に軸足が移されていくことでしょう。
ただ現状でこそ旧ソ連時代からの遺産と潤沢な輸出資源のおかげで新興国の中の大国として地位を築いているロシアですけれど、懸念点として「人口」の問題は避けて通れません。ロシア経済の好調ぶりを反映して失業率も非常に低い状態が続いているのですが、それは人手不足の現れでもあります。元より人口規模で中国やインドには全く及ばず、これから伸びてくるアフリカ諸国にも人口規模の面で後塵を拝することになるでしょう。人口流出こそ限定的であるものの、他のヨーロッパ諸国と同様に出生率は低く自然減の局面に入っており、このためにロシアの経済規模は頭打ちになる、存在感が相対的に小さくなっていく可能性は無視できません。
人口減少を補えるのは中央アジアなど諸外国からの移民ですが、ソ連時代の多民族友好の精神で移民を自国に取り込めるのか、あるいはウクライナのように政治がナショナリズムに阿り多数派住民「以外」の存在を排除してしまうのか、ロシアが大国で居続けるための分岐点はそこにあると言えます。ソ連時代にはアフリカからの留学生を積極的に受け入れ、ここから多数のアフリカの指導者が育ちました。一方で現代はアメリカで教育を受けた政治家が東欧の政界を牛耳っている等々、文化的発信力の面でもソ連時代からの後退が見られます。新興国の出身者を自国の力に変えられるか、それとも厄介者として排除しようとするのか、大国であろうとするならば困難でも前者を目指す以外に道はありません。
もっとも人口減少については日本やヨーロッパ諸国も同様であり、移民を自国に取り込むことが出来ない国は相対的に小国と化していくことが確実です。元よりNATOやG7といった枠組みは地球人口からすれば少数派グループに過ぎません。これまでは軍事力や経済力において先行していたからこそ大きな顔を出来ていたわけですが、そんな先行者の優位もいずれは縮小して行きます。今回の戦争を機会にヨーロッパ各国は旧世代の兵器をウクライナに送って一斉処分、新しい兵器に置き換えることで軍事力の強化に励んでいるところですが、それも永遠には続かないでしょう。
冷戦時代には、「COCOM」という共産主義陣営への輸出を規制する仕組みがありました。昨今は専ら中国に対する輸出規制が大きく目立つ状況ですが、これもまた人口規模で上回る中国に対して日米欧が優位を保つための悪あがきと言えます。今後は伸張する非NATO諸国に対して、アメリカの宗主権を受け入れない国への輸出を規制するCOCOM"2"的なものも出てくるかも知れません。それでもNATO諸国が少数派である運命は変えられない、いずれは力関係が逆転する日が来ます。そこに至るまでに新たな衝突が生まれる可能性も濃厚ですが、NATOの覇権が失われれば世界は一つ平和に近づくことでしょう。