全国で唯一、コンドームなど避妊具の18歳未満への店頭販売を条例で規制している長崎県で、条例の是非を巡り熱い論議が起きている。
県の審議会で撤廃が妥当かどうかを話し合っているが、コンドームは性感染症予防に効果的で規制すべきでないという声が出る一方で、性のモラルの低下を懸念する意見も。若年層の性の問題に結論がまとまらない状態が続いている。
県こども未来課によると、1978年に県少年保護育成条例が改正された際、「避妊用品を販売することを業とする者は、避妊用品を少年に販売し、又は贈与しないように努めるものとする」との条文を盛り込み、販売を規制した。自動販売機についても、購入をチェックできるよう屋内に置くよう定めている。
(中略)
厚生労働省によると、全国の若者における性感染症の罹患(りかん)者数は、02年頃のピーク時に比べ減少しているが、08年では、クラミジアが10~14歳で44件、15~19歳で3170件。性器ヘルペスウイルスが10~14歳で9件、15~19歳で336件など、依然として多い。
県医療政策課の藤田利枝医師は「条例ができた時期は古く、今の状況が反映されていない。高校3年生の約半数が性体験があるとされており、性感染症や望まない妊娠を防ぐには、コンドームが必要」と話す。
一方、長崎大教育学部の赤崎真弓教授(家庭科)は「10代の若者は、内面はまだ成長段階。条例はそのままにして、性について親子や地域でもっと話し合うべき」と訴える。
性教育を巡る議論でも概ね似たような議論がなされていると思います。しかるべく知識を持たせるべきとする人もいれば、徹底して遠ざけたがる人もいる、その論拠も同じようなものですね、前者は「性感染症や望まない妊娠を防ぐ」ためには早期の性教育が必要と主張し、後者は「性のモラルの低下を懸念」と称して性教育に否定的、まぁリベラルな立場からすれば前者を推したいところですが、ただ学校で教えられるような「正しい性」なんぞ糞食らえ、という気持ちもないでもありません。
それはさておき、長崎県内では子供はコンドームを買えないそうです。隣の県まで出かけて買い込んでおけばいいのかも知れませんが、取り敢えず18歳未満の長崎県民は近場でコンドームが買えないことになっています。そこは煙草と同じで、子供相手でもどんどん販売する小売店には事欠かないのではないかという気もしますけれど、とにかく条例上は買えないことになっているわけです。じゃぁ、長崎の子供は催した時にどうしているのでしょうか? 避妊具なしでコトに及ぶのか、それとも避妊具が調達できないから諦めるのか、その辺まで踏み込んだ調査があれば、条例の有効性や害悪も見えてくるはずです。
性感染症の罹患者数とやらが挙げられ、「依然として多い」などと結論づけられていますが、本当に多いのでしょうか。何でも「高校3年生の約半数が性体験がある」そうです。では15~19歳の約半数が性体験があるとすれば、その分母は300万人弱、その300万人に対してクラミジアが3170件、性器ヘルペスが336件ということになります。性器ヘルペスは1万人に一人強、クラミジアでも1000分の1程度ですから新型インフルエンザとか結核に比べると深刻さは低いようにも見えます。ただそれより問題は「全国」の性感染症罹患者数が提示されているだけで、コンドーム販売禁止の長崎と他県との比較がないことです。性体験にしても同様、コンドーム販売禁止の長崎と他県との比較はなされていません。お客様の中にお医者様は――もとい、県別のデータをお持ちの方はいらっしゃいませんか?
長崎の未成年は他県に比べて性感染症罹患者の割合が高いとなれば、コンドームの販売禁止が性病予防を妨げていると考えられますので、速やかにコンドームの販売禁止条例を撤廃すべきということになります。逆に長崎の未成年の性体験の割合が低いのであれば、避妊具を手に入れにくい環境が性体験を抑止していると推測されるわけです。果たしてそこまで性体験を抑止すべきなのか、少子高齢化を問題視するならむしろ若い頃から子作りに積極的な人を応援した方が良いのではないかとも思われますので、コンドームの販売禁止が性体験を抑止するからと言って販売禁止を継続すべきとは言えませんけれど。
上の段落を書きながら気づいたのですが条例撤廃派は性感染症の問題を根拠にしている一方で、規制継続派は性の「モラル」を理由にしているわけです。仮に長崎の未成年は性感染症罹患率が低いとなれば、コンドームの販売禁止が奏功していると考えられるので条例撤廃派の論拠を崩せそうなものですが、規制継続派はあくまでモラルを問うていることに注目してください。しかるに「モラル」は数値では計れない、性体験の有無が「性のモラル」とやらに直結するとは限りませんから、どうしても印象論でしか語れなくなってしまうわけです。異なるものを指標としている上に、そのうちの片方は客観的に判断することがほぼ不可能である、これでは議論は平行線をたどるほかありません。私に言わせりゃ、モラルなんてどうでもいいのですけれどね。
また男子はマスターベーションにも疑問を多く持っています。運動部の先生がマスターベーションしたら体力が落ちるから、してはだめだと言った、とか頭が悪くなるとか、背が伸びなくなるなどと言われたなどです。勿論すべて間違った知識なのですが不安でしょうがないのでしょう。(81ページ)
『たたかいの社会学』(三元社)が指摘する様に、勝負に固執することは不毛でしかないのですが、しばしば体育と近接しているとして「保健体育」と総称される保健の一部に関する知識も上記のとおり不正確なのは、上記の問題発言の発言者が体育会系の人間である運動部の先生であることと関係がある様に貝枝にはおもえます。
性に関する規範に関しては、次回かきます。
『新宗教と日本人』(浅見定雄・ばんすい社・35ページ)
上記の浅見氏の発言が、今回の記事のコンドーム問題および性に関する道徳を論じる人間全般の本質を、すべてことごとくひとつのこらず要約しているように、貝枝には感じられる。
そして他人の(しかも年少者という弱者の)性を道徳などという美名のもとに規制したい連中は、みずからもまもれるはずのない道徳などというアイマイウヤムヤな概念ではなく、貞操帯という確固たる器具によって年少者および女性の性器を管理することを公共の場で明言し、その場で生じる反論を逐一論破すべきである。
そしてその際の「貞操帯」は当然に以下の様な男性用のそれではなく、
http://www.epism.com/smgoods/mens.htm
女性用のものであるべきだ。(ただし、男性でも小児や児童といった年少者については、ビクトリア朝時代の器具をもとに再度自慰規制のための貞操帯というか拘束器具を開発すべきですぞ)
この様に発言すると「性別の判定が難しい子どもたちは、二〇〇〇人に一人の割合で生まれています」(『解放増刊号 解放・人権入門2010』206ページ)という指摘をふまえて性別が男女の2種類に区分されない場合はどうするのか、という問いが生じるかもしれないが、ご安心めされよ。そもそも他人(とくに弱者)の性を規制しようとする人間には、その様な少数者に対する配慮など存在せず、それゆえ議論にもなりません(存在さえしないものについて、どうやってさしせまった問題として真剣に議論できようか)。
そして、「貞操帯という確固たる器具によって年少者および女性の性器を管理することを公共の場で明言し、その場で生じる反論を逐一論破するべき」との貝枝の主張にしたがわないなら、それはすなわち単に「どうも大人というものは――とくに管理する側の大人というものは――自分にやましい体験があるとかえって、わが子だけは純潔にと願うようである」という本稿冒頭の引用が的を射ていることを意味するのみである。(それ以外の解釈ができるなら、以下のコメント欄に書いてみな)
(通婚者間のセックスは祝福されたものと考えられていますので性に対する蔑視ということはないと思いますが、まあ結婚を相当に重視しているということでしょう。『結婚』が法律婚のことをさすのか、事実婚も含めるのかという話はあるはずですが、ややこしくなるのでここでやめておきます)
いずれにせよ個々のクリスチャンやキリスト教会が上記のような考え方を持つのは、信教の自由、思想、信条の自由の範囲内であって別にかまわないと思うのですが、いざ公共政策の問題になると、そのような考え方をダイレクトに適用しようとする(アメリカではそのような傾向がありますが)のはいかがなものか、と思います。
あと、
>一方、長崎大教育学部の赤崎真弓教授(家庭科)は「10代の若者は、内面はまだ成長段階。条例はそのままにして、性について親子や地域でもっと話し合うべき」と訴える。
まあ理念としては分からなくもないのですが、どうも日本は性についてまじめに、かつ正面から話すことが忌避されていますよね。そういう土壌のもとで地域で話し合うといっても「うちの子に変なこと吹き込まないで!」って感じになりそうですし。
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個人的に、「(自分が信じるところの)性のモラル」を重んじるだけなら結構な話ですけれど、それが社会的な規範として行政に反映されるとなると、何かとやっかいですよね。「親子や地域でもっと話し合う」というのも聞こえはいいですが、親子間で性の話をするのは、何かと難しいところもあるでしょうし。そこは公教育なりの関与も必要で、自治体側もモラルを振りかざすだけでは済まされないところもあると思うわけです。
体育の付録の如き扱いにしないで、医学部の教授に授業をお願いしたり、倫理的な面からもきちんと教えていくことで、「興味本位になったり、モラルが低下するから性教育はけしからん」という声がほんの少しでも聞こえなくなればと思います。
中学生の頃から、セックスの話は尽きなかった状況を思い出しました。中絶費用のカンパだったり、学年で一桁順位の人の裏話などを知ることになりました。高校に進学したら、そういうことで退学者が出たこともありました。
早い子は早いですからね。教えようが教えまいが、興味の出てくる子はいますから、性感染症予防とか避妊に対する知識だけは持たせておかないと行けませんし、そのための手段(コンドームなど)は入手できるようにしておいた方がいいのでしょう。