非国民通信

ノーモア・コイズミ

「主義」としてのベーシックインカム

2011-01-12 23:11:40 | ニュース

「主義」としてのベーシックインカム(DIAMOND online)

 さて、ベーシックインカムとは、国民の全てに無条件で一定額の現金を給付する制度だ。困窮者への生活保護、高齢者への年金、失業者への失業保険といった、受給のために詳細な条件や手続きがある社会保障制度ではない。

(中略)

 国の予算は、新しい支出に対して厳しく「恒久的財源」を求めるが、財源の問題はどうか。一人月5万円のベーシックインカムだとすると、年間に必要な財源は約75兆円だ。これは、巨額に見えるかも知れないが、現在の社会保障給付は既に年間約90兆円ある。年金、雇用保険などで既に負担している保険料も含めて税金に置き換えてベーシックインカムの財源とすることができれば、健康保険など医療関係の支出約30兆円を除外して、追加財源は15兆円程度で実施可能だ。消費税で賄うなら、5%程度の税率引き上げでいい。また、税金を払う人もベーシックインカムを受け取るので、お金の出入りに重複があり、見かけほど負担が増えるわけではないから、規模的には月5万円以上のベーシックインカムも実現可能だろう。

 昨今は俄にベーシックインカム論が流行っています。なぜ流行りだしたのかと言えば、それは従来の社会福祉的な観点からではなく、全く反対の立場からのベーシックインカム論が出てきた、それによって社会福祉的なものには否定的な立場の人がベーシックインカム推進の側に立つようになったことが挙げられるでしょう。具体的には後ほど見ていくつもりですが、今回の引用元の見出しにある「『主義』としてのベーシックインカム」という表現は言い得て妙です。なにぶんにもダイヤモンドですので本文はまさに糞ですが、合理性や必要性ではなくイデオロギー的な、つまりは「主義」的な側面からベーシックインカムを唱えている人が多いように思われますから。

 ここでは実現可能な範囲として月5万円ほどのベーシックインカムが考えられています。その財源として必要なのは75兆円で、現在の社会保障給付90兆円から医療関係30兆円を除外した60兆円をベーシックインカムへと切り替えれば追加財源は15兆円で済む、消費税を5%増やせば足りるとのことです。果たして、こういう形でベーシックインカムを導入してしまうと、いったい何が起こるのでしょうか。

(1) 手続きが簡単で、先の生活が計算できる「シンプルさ」
(2) 受益者に偏りが少ない「公平さ」
(3) 使い道や、資源配分に関して、政府の介入が少ない「自由さ」
(4) 相対的低所得者にとって有利な「格差是正効果」
(5) 運営コストが安い「低コストな制度」

 引用元ではベーシックインカムの長所として、上記5つが挙げられています(引用は見出しのみ)。1,3,5辺りは小さな政府を好む層からウケが良さそうですね。一方で論者は日本でベーシックインカムが実現しない理由として「官僚の仕事が減るからだ! 官僚が抵抗するから改革できないんだ!」と幼稚極まりない(けれども読者のウケは悪くないであろう)理由を持ち出したりもしています。まぁ、制度がシンプルで運営コストが安く済む点は肯定的に評価されるべきなのでしょうけれど、しかるに「長所」として挙げられたものの中には「短所」でしかないものも含まれているように思われます。その短所があるが故に、日本ではベーシックインカムの実現が難しいのではないかと。

参考、試金石

 上記リンク先では、高校授業料無償化によって「奨学金はもう必要ないのでは」という声が出てきたことを取り上げました。実際、育英会などへの寄付は大幅に減ったそうです。授業料が無償化されたのだからもう奨学金は必要ない、子ども手当が出るようになったのだから追加の支援は必要ない、そういう考えが出てきたわけですね。しかるに奨学金支給の対象になるような低所得世帯ともなりますと、元より授業料が減免されているケースが多く、つまりは無償化されようがされまいが、あまり関係のない話だったりします。にも関わらず奨学金が「無償化されたのだから」という理由で打ち切られてしまうと、かえって無償化以前よりも困窮する羽目になってしまうのです。無償化と引き替えに奨学金が打ち切られ、授業料以外の諸々の支出に対応できなくなる、これでは本末転倒でしかありません。

 他にも子ども手当導入に合わせて扶養手当を廃止した企業も少なからずあったと聞きます。ではベーシックインカムの場合はどうでしょうか。この場合も、ベーシックインカムという新制度導入と引き替えに既存の社会保障を廃止することが念頭に置かれているわけです。しかるに病気や障害、年齢などの理由で社会保障以外に収入を得る手段のない人はどうなるのでしょう? 医療保険だけは残されるにしても、病気で働けないのであれば得られる収入はベーシックインカムの5万円だけになってしまいますし、あるいは老齢年金が廃止されて収入はやはりベーシックインカムだけの5万円となったら? 既存の社会保障をベーシックインカムに置き換えることは、社会的弱者の切り捨てでもあります。

 また上記(2)と(4)で挙げられた「公平さ」や「格差是正」を求める声はそれなりにあるのですが、しばしばそれは歪んだ認識に基づいています。つまり、どういうところに「不公平」を感じ、どういうところに「格差」を感じているか、その辺が怪しいわけです。では昨今、ベーシックインカムに好意的な人々が問題視したがる「不公平」や「格差」とは何なのでしょう。それは往々にして、既存の社会保障受給者と、そうでない人の不公平であり格差であったりします。すなわち既存の社会保障者を不当な受益者と見なす立場から、その不当な受益者によって搾取される自分たちとの「公平さ」や「格差是正」を求めてベーシックインカムを唱えている人が多いのではないでしょうか。

 年金受給者や生活保護受給者、こういう人々を不当な受益者と見なす人ほど昨今はベーシックインカムに肯定的であるように思われます。既存の社会保障受給者への支給を打ち切って、社会的弱者も強者も同じく一律の給付にしてしまうことに「公平さ」と「格差是正」を感じる、そうした「主義」に基づいてベーシックインカム論議が盛り上がっているフシは決して否定できないはずです。ベーシックインカムが既存の社会保証に付け加えられるものとして導入されるのではなく既存の社会保障を置き換えるものとして導入されてしまえば、既存の社会保障によって支えられてきた人々は路頭に迷うことになるでしょう。それは昨今のベーシックインカム論者にとっては正義ですらあるのかも知れませんが……

 

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5 コメント

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Unknown (ルーピー)
2011-01-13 17:24:28
ホリエモンが推進派なのは有名ですね。ザコは社会進出するよりも家で寝ていてくれた方が合理的である、という論理でした。
 ホリエモンとは反対側から推進している中にも、「財源は消費税で」と主張しているひとがいます。こちらも問題がありますね。
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パンとサーカス (おおいけ)
2011-01-14 01:51:38
古代ローマ共和制期の「パンとサーカス」を連想しますね。
共和制ローマの政治家達が「パンとサーカス」に熱心だったのは、
票集だけでなく、貧民の増大の根本原因である失業問題、自作農民の没落や
小作人→奴隷への労働力の置き換えに、富裕層である政治家達が決して手を付けたくないから
であったと言われています。


ベーシックインカムをお金持ちも含めて一律同額というのは確かにシンプルですが
他方で、生活保護受給者に対し「金を渡すな、生活に要る物を現物給付しろ」という声も
あったと思います。
ベーシックインカムが出来ても、ベーシックインカムに生活の多くの依存している人を
不当な受益者とみなす風潮は変わらないでしょう。
むしろ、上のように目に見える「格差処遇」を求める声が増えるのではないかと思います。
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Unknown (非国民通信管理人)
2011-01-14 23:55:41
>ルーピーさん

 昨今ではベーシックインカムそのものよりも、ベーシックインカムを推進する人々への疑念から、ベーシックインカムに疑いのまなざしを向けたくなるところがあります。アレな人たちに人気の理論というと、それ自体が怪しく見えてくるもので……

>おおいけさん

 本物の格差から目を逸らせようとする動きは根強いですからね。むしろ社会保障受給者を不当な受益者として偽りの格差を問題視し、格差を憂うフリをして本物の格差を覆い隠そうとする傾向もあるように思いますし。この辺、ベーシックインカムは解決策になり得ない気がします。
返信する
弱者のためになるのか? (凡人69号)
2011-01-16 22:26:11
最近のベーシックインカム論も、賛成側は新自由主義・リバタリアン、“勝ち逃げ中高年”へのルサンチマン、ヒッピー的“怠ける権利”など様々な立場の呉越同舟状態(新自由主義的視点が多数派か)、反対側は日本的「働かざる者食うべからず」論が主流で、制度そのものへの疑問から反対というのは少数派といったところでしょうか?
さて、ベーシックインカムについてですが、仮に7万もらったとしても、生活がそれでまかなえるとは思えない、結局「金をやるから文句をいうな」ということになりそうですから、現状では賛成できません。もし導入するなら、それに付随した政策も為されるべきでしょうが、無理でしょうね。
これまで、“労働者のため”とか“弱者救済”のお題目でやってきたことが強者のためにしかならなかったというのは、製造業への派遣労働解禁などの労働者派遣法改正などでも明らかですが、ベーシックインカム以外にも、仮にワークシェアリングや同一労働同一賃金といった対策が施行されたとして、果たして労働者や弱者のためになるかどうか不安になります。

※書店に行ったときに見つけたのですが、労働問題に取り組むNPO法人POSSEの機関誌『POSSE』のvol.8で、ベーシックインカムについて取り上げていました。賛成派・反対派それぞれの意見を収録しているみたいです。
http://www.npoposse.jp/magazine/no8.html
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Unknown (非国民通信管理人)
2011-01-16 23:39:38
>凡人69号さん

 上でも書きましたが、ベーシックインカム論議に参加している人への懐疑が、そのままベーシックインカムへの懸念に繋がる感もありますね。新自由主義者と仮想上の「既得権益」を叩くルサンチマンを煽り、“労働者のため”とか“弱者救済”と称して推し進めてきたものと言えば、仰るように強者のためにしかならなかったわけですし。
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