■電力会社「容量オーバー」/事業者「商売敵の排除だ」
太陽光など再生可能エネルギーで作った電力を電力会社が固定価格で買い取る制度がスタートして約11カ月。異業種の参入が相次いだ大規模太陽光発電所(メガソーラー)事業が曲がり角を迎えている。建設計画が集中する北海道では、ソフトバンクなど事業者による売電申請の7割以上が門前払いされる可能性が出てきた。北海道電力の送電網に接続できる容量に限界があるためだが、高めの買い取り価格の設定で売電申請の殺到を招いた制度上の問題を指摘する声もある。
ソフトバンクは北海道安平町と八雲町の計3カ所で計画するメガソーラーの建設について、中止も含む見直しを決めた。合計18万キロワット以上の発電を予定していたが「北海道電から『(送電網に)接続できないものが出る』と通告された」(ソフトバンク関係者)という。苫小牧市と釧路市の計3カ所で計4万4千キロワットのメガソーラーを計画する神戸物産も「計画を断念する可能性がある」と困惑を隠せない。
北海道電は4月、固定価格買い取り制度導入に伴う大規模な太陽光発電の受け入れは、出力2千キロワット以上で40万キロワット程度が限度と発表。国から設備の認定を受けた事業者から87件、計156・8万キロワットの購入申し込みがあり、受け入れは申し込み順で判断する方針だ。太陽光発電は天候次第で出力が変わる。電力の需要と供給の均衡が崩れると停電が発生する恐れもあるため、電力会社は火力発電の出力を増減させて需給バランスをとっている。北海道電は容量の限度を「技術的に制御できる限界」とし、理解を求める。
そりゃもう、日照量なんて原子力と違って人間が制御できるものではないですし、こういう問題が発生することは制度発足前から当然、予測できたはずです。まぁ、悶着が起これば電力会社を非難しておけば良いと当時の政府関係者は考えていたのかも知れませんね。国民や国内事業者に安定したインフラを提供することよりも支持率の確保が政治家の本分と心得るのなら、景気よく再生可能エネルギーの普及をアピールして、起こりうる不都合の責任は嫌われ者に押しつけておくのが最良の策となる、それを前政権は地で行ったということなのでしょう。
「将来に期待」と「今の時点で戦力」になるかは全く別で、遠い未来のブレイクスルーに期待して太陽光発電なりの研究を進めるのは悪いことではないと思いますけれど、現時点で天候次第の太陽光発電の比率を増やしたところで、引用元でも説明されているように電力供給を不安定にするだけ、コスト面だけではなくインフラの安定性の面でまで国民及び国内事業者(ひいては国内の労働者)にリスクを押しつけるだけのことにしかならないわけです。広い土地が確保しやすい北海道ではメガソーラー事業の進出が多く、額面の出力では全国の25%超とのことですが、その負担を北海道電力という他地域の同業者よりも規模の小さい事業者に強いるのは尚更、無理があります。
なにしろ制度上は何の営業努力も不要で発電すれば発電しただけ買い取りが保証されている、しかも買い取り額は負担増に耐えきれず全量買い取りを放棄する羽目になったドイツのそれをも大きく上回る法外な設定です。売電側の事業者にとっては美味しい商売、電力会社に高値で買い取りを強いることができるとあってか国民のウケも悪くないところもありましたが、さすがに無理があったのではないでしょうかね。むしろ独占はダメだ、自由化しろ、競争が必要だ云々と宣うなら、電力会社側にも「不当に高い電気は買わない」「供給が不安定な電気は買わない」という自由を与えなければ釣り合いが取れないのではないかと思ったり。
事業者側が勝手にリスクを負ってくれるのなら、それこそ自由にやってくれと言えるのですが、どうでしょう。ソフトバンクが自社通信局の電力需要を太陽光発電で賄う、原発を使っている電力会社には頼らない、空が曇ったり夜になったりすれば携帯電話が繋がらなくなるけれど、それは今までが便利すぎただけ、「便利」は人を不幸にする(キリッ……と、そこまで徹底してくれるのなら「まぁ頑張れよ」とささやかなエールを送る気にもなります。しかるに太陽光発電事業への肩入れで世間に名を売りつつ、その実は不当な高値で電力を「買わせる」ことで間接的に国民へ電気代の余分な負担を強い、電力供給の不安定化というリスクをも世間に負わせているとあらば、むしろ非難されるべきは北海道電力よりもソフトバンクではないかと言いたくなるくらいです。
電気シェーバーの充電池や携帯電話のバッテリー等々、誰でも蓄電池を生活の中で使う機会がありますが、それだけにバッテリー容量の進化は遅い、ということは誰もが実感せざるを得ないと思います。太陽光発電の不安定性を補うために蓄電池の設置を進めるところも多いですが、バッテリーの性能は残念ながら進歩の遅い世界です。いつか画期的なブレイクスルーが起こらないかと期待を寄せるのはアリだとしても、現時点ではどうなのかなと。それから個人的な話をすれば、電力会社を個人で自由に選べるなら、安定性を最優先で「なるべく風力/太陽光発電の比率が低い」電力会社を選びたいところです。こうしたニーズも少なからずあるはず、本当に太陽光発電の増大は国民のため、国内事業者及び国内の労働者のためになるのか、めでたく政権も変わっただけに、その辺も再考されることが望まれます。
今のご時世、原発を稼動させないことが何よりも善であると判断されるわけで、『木を見て森を見ず』と私は思いますね。北海道は、冬であっても暖房や融雪関係で多大な電力を使い、それが深夜にピークが来ることも多い土地柄。今まで何も考えずに散々原発の電力を使用してきながら、ひとたび事故が起きると意識も急転直下。そんな急に世の中変わるのであれば誰も苦労はしません。『私は正しい』といわんばかりの人が多いのは何とかならないものでしょうかね。
脱原発が絶対正義と化す中で、色々なものが蔑ろにされている気がするところですかね。俄に湧いた太陽光フィーバーも、電力供給の安定をもたらすどころかむしろ逆効果なわけですし、もうちょっと考えて行動した方がまだしも原発を減らす方向に繋がるのではと思うところですが、ほとんど勢いに任せるがごときに制度が作られてしまったようで……