非国民通信

ノーモア・コイズミ

とても不愉快だったので

2008-11-20 23:19:58 | 編集雑記・小ネタ

 国籍法が微妙に改正されるということで、まぁ前進には違いないのでしょうけれど、非常に小さな一歩にしか見えなかったので私はあまり気にしていませんでした。ところがまぁ、ある種の人にとっては非常な重大事のようでして、全会一致で可決するような法案=当たり障りのない法案であるにもかかわらず、ネットを中心に盛り上がりを見せているようです。

 「野党は反対ばかりしている/いつも反対している」という誤ったイメージが作られるのは、与野党で対立が生じるような問題でもないと話題性に乏しく、メディアに取り上げられることも少ないからです。その実、共産党ですら政府案に反対した件数よりは賛成した件数の方が多いわけで、ほとんどの問題は与野党の合意の元で可決されている、地味なものがたくさんあります。一部の例外で与野党の対立が生じ、そればっかりが報道されているがゆえに、野党の反対が当たり前のような印象が形成されていますが、大半の「無難な」法案は民主党だけではなく左派政党も賛成する形で可決されているのです。そして今回の国籍法の微修正も同様のはずなのですが、なぜか大騒ぎしている人が目立りますね。

 なんと言いますか、国籍法改正とは無関係なことで危機を煽っている人が多いです。今回の改正案が施行されたところで、起こりうるはずのない事態を提示して、「危険な法案である」と語っている人が多い。何が改正されようとしているかは無視して、ネット上のコピペだけを鵜呑みにでもしない限り「思いつく」ことすら困難と思われる突飛な危機を想定している人が目立ちます。まぁ日本国籍を取得しても決して日本人とは認めようとしないこの国ですから(参考)、内容云々ではなく方向性そのものが気に入らないのでしょう。単に日本の排外主義が緩むのが許せない、持ち上げられる諸々の懸念事項はそれを正当化するための口実であって、理由ではありません。

 とりあえず、コピペに反論するのも怠いので、参考サイトをどうぞ。

国籍法は改悪なんでしょうか? - いしけりあそび

国籍法改正反対コピペがウザい - 土曜の夜、牛と吼える。青瓢箪。

 前フリが長くなりましたが、私が言いたいのは国籍法の話ではないのです。最近、読んでいて非常に不愉快なブログがありまして、それをどうしたものかと。たまたま見かけただけのブログなら、肩をすくめて立ち去るだけですし、逆に向こうから勘違いしたコメントやTBを寄せてくるようなブログであったなら「Fuck!」とか、それに類するような言葉で追い返すだけです。しかるに昔は多少の交流もあって、それなりに評価していたブログだったりすると、どうしても苛立ちを感じないではいられない、私の人を見る目がなかったといえばそれまでなのですが……

 考え方の溝がどうしようもなく広がっている、もうお互いに理解は出来ないだろうと思う相手にとやかく言うのは、むしろ自身の人格を貶めるような行為に感じられないでもないのですが、私は真剣に不愉快だったのです。もしかしたら名指しでリンクでも張って語る方が適切なのかも知れませんが、仮にBさんとしましょう。

 このBさん、自認としては平和を愛好する護憲派であり、人権派、左派です。ただし右翼と理解し合いたいらしく、最近ではウヨに媚びを売る傾向が強まっています。護憲派を称しつつ先軍主義者の想定する危機――というより、ただの被害妄想――をそっくりそのまま受け容れてみたり、歴史修正主義者や死刑愛好家のコメントにも妙に好意的、そうした妄言に対して左翼はもっと踏み込んで考えるべき云々と繰り返し主張していたりと、自称中道の反サヨクにそっくりな主張を展開しているのです。

 そこでもう読むのは止めようかな、と思った矢先に、今回の国籍法改正案です。国籍法改正の必要性を認めつつも、曰く「右派の方々が危惧している偽装国籍問題をどうすればいいのか……」と。そんな問題は虚妄に過ぎない、単に排外主義が緩むことを嫌がる連中が口実にしているだけに過ぎないことは、上述のリンク先で既に明らかです。それでもBさん、レイシストの発言と左派の意見を、等価に扱いたくて仕方がないらしいのです。これではまるで、田母神氏を批判しつつも「言論の自由が~」と場違いな論理で田母神氏を擁護する歴史修正主義者の見解を付け加えることで、田母神氏批判に留保を付けようと無駄な足掻きを繰り返す産経新聞のようです。

 その昔、史実と修正主義の物語の中間が「中立」なのではないと主張したことがあります。真実と嘘の中間に立つのは「中立」でもなければ「バランスの取れた見解」でもないわけです。そういうことを書いた当時、Bさんは私の主張するところに賛同してくれました。しかし今のBさんはどうでしょうか? 平和路線と先軍主義者の、あるいは人権派とレイシストの中間に立つ、双方の意見を等価に扱うことで「片方の立場に偏らず、幅広い意見に耳を傾けるバランスの取れた自分」に酔いしれているようにしか見えません。

 たぶんBさんの立場は今でも平和路線であり、人権重視なのでしょう。ただし、先軍主義者やレイシストにも寛容、不寛容に対して寛容です。どうやら「対立する双方の意見を尊重すること」を至上命題としているようで、差別的言動、今回の国籍法改正を巡るコピペのような根も葉もない煽動をも、等価に扱うわけです。Bさん本人は、「自説を押し通すだけではなく、対立する見解に理解を示している」つもりなのでしょう。それは確かにヘイトスピーチの自由を高度に保証している日本では「模範的」とすら言えるのかも知れません。

 そりゃ確かに、自分とは異なる意見を尊重する、それだけなら立派でしょう。しかしヘイトスピーチをも尊重するようであれば、それは単なる無責任、不誠実なだけです。それが尊重すべきものか、それとも退けられるべきものなのか、自身の責任において判断することを放棄し、ミソもクソも一緒に並べているだけに過ぎません。そのくせ「自分の言いたいことだけではなく、他人に言いたいことにも気を使ってますよ~」という態度を取るなら、自惚れも良いところです。単なる日和見主義者、いいこぶりっこじゃねぇか!と。

 お前は何を言っているんだ、と思われたらすいませんが、とても不愉快だったので。

 

 ←応援よろしくお願いします


コメント (7)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« やっぱりサムライが好き | トップ | 同じ新聞社なのに »
最新の画像もっと見る

7 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (ルザミof大阪)
2008-11-21 00:18:48
 結局、こういう日本国籍に重きを置く人々はすごく心が狭いのでしょうね。貧しい外国人が入ってきたら食いものにされる!と、そればかり心配していて、貧しい人が可哀想とか、そういう発想は全く無いんでしょう。そういうタイプの人に限って、日本の経済力を自慢して有り余る富をアピールしますが、人にくれてやるつもりは全く無いんですな。ハルパゴンの如き『守銭奴』であります。まぁ、自分の金では無く人の金を守るために吠える人が殆どですから、番犬に近いのですが・・・。余りに生活が苦しくて余裕が無いのか、余りに安易に生きれ過ぎて皆がそうだと勘違いしちゃっているのか?
 只、そういう人はあまり「武士」的ではないということに気付いていないんでしょうな。
返信する
Unknown (仲@ukiuki)
2008-11-21 17:21:12
>ネット上のコピペだけを鵜呑みにでもしない限り「思いつく」ことすら困難と思われる突飛な危機を想定している

私も、いったい何が危惧されているのかについて、某ニュースを読んだ段階では、とんだ勘違いをしてしまったみたいです。その後、コメント欄で教えてもらえたのですが、それでもその内容にリアリティがないよう……と、目眩が収まりませんでした。
あんな妄想じみたもので大騒ぎになって、婚外子差別の問題を冷静に議論できる状況がなくなってしまうというのは、あまりにも情けなく、しかも今後、移民受入の是非に関する議論などでも同様のことが繰り返されそうで、なんともはや、気が遠くなりそうです。

本題についてですが、私の場合、歴史修正主義とかレイシズム言論に好意的だなあと受け取ったブログからは自然に足が遠のいてします。自分で世間を狭くしている気はしますが、たとえ人権とか平和とか謳っているブログであっても、歴史修正主義とかレイシズムを肯定したうえでの「人権」「平和」なんてありえないと思いますし、そういうブログを読んでいると、すごく肩身の狭い気分になって、心を北風が吹き抜けるようなうら寂しさに見舞われますので。

コメント欄があればそこで意見する道もあるのでしょうが、立ち位置があまりに違いすぎて徒労に終わる気がして、結局やはり、黙って立ち去ってしまいます。拙ブログに歴史修正主義やレイシズムに染まったコメントが来た場合、説得を試みるか、ギャラリー向けに論破を試みるかしますが(それがまだできそうな範囲に、コメントの数が収まっていますので)、よそに乗り込んでそこまでするパワーがありません。。。

それはさておき、右派ブロガーが左派ブロガーに歩み寄るという例は、あまり聞かない気がします。逆はいろいろ見かけてますが。左派の閉塞感ってもののせいなのか、大日本帝国時代の流れをきちんと断ち切れなかった戦後民主主義・平和主義の潮流(全部とは言いませんが)の弱さが露呈しているだけなのか。興味があるところです。

返信する
Unknown (Gl17)
2008-11-21 21:04:46
よくあることじゃないのかとは思います。
某・超メジャーなさるさる日記の人なぞはネタによって落差がものすごいですね。
ああまで行かずとも、まあいくら何でもあの国籍法問題で中間を取るのは酷いですけどね。

私の場合、大概はまあ権力の身勝手とか非合理と、それによる庶民の被害、みたいな文脈でいつもこぼしているわけですが。
ただ他はともかく、趣味の銃規制や刃物規制関連で同様のことを話すと、途端に反応が芳しくなくなるといったケースは日常茶飯事だったり。
返信する
自己レスで補足しますと (仲@ukiuki)
2008-11-21 21:22:02
歴史修正主義やレイシズムの上に立つ「平和や人権」って、そこで踏みつけられた人を踏み台にしてのもの、つまり他者を「捨て石」あるいは生け贄の羊、スケープゴートにしてものだと思うので、歴史修正主義やレイシズムと闘わずに「平和や人権」など唱えられないのでは、と思っているのです、私の場合。なんかわかりづらいかなと思ったので、補足しました。連投すみません。。。
返信する
Unknown (非国民通信管理人)
2008-11-21 23:37:19
>ルザミof大阪さん

 まぁとんでもない被害妄想の持ち主が多いのか、国籍法の微修正ごときで妄想を逞しくしている人は後を絶ちませんね。勝手に「脅威」を作り出して危機を煽るのもまた武士らしくはないはずですが、勘違いの上位かぶれでサムライ気分の人も少なくないかも知れません。

>Gl17さん

 想定しているブログが同一かどうか確信があるわけではありませんが、まぁ週刊誌的と言いますか、ポピュリズムに近いところはありますよね、立場が同じ(例えば、現政権に批判的など)であることを最優先にする人にとっては期待を感じさせるものなのかも知れませんが、その一方で裏切られた云々と感じさせることも多いような。ちなみに銃刀関係の規制はどうなんでしょう、法的に罰せられはしても、それがモラルと関連づけては語られず、大麻の時に見られたような道徳的非難を伴わない辺り、優遇されている方だとも思いますが。

>仲@ukiukiさん

 まぁ、よくぞ思いついたとしか言いようのない被害妄想に満ちあふれているわけで、それを真に受ける人の多さに頭を抱えてしまいます。

 例えば一口に「平和」を重視すると言っても、他国を抑えつけた状態を「平和」と呼ぶ人々と、国際協調関係の構築を「平和」と呼ぶ人々では全く違いますよね。それなのに「右も左も平和を大切にしている人同士~」などと語るのは不誠実でしかない、そういう人の唱える平和や人権にも疑わしさを感じられずにはいられないわけです。仰るように歴史修正主義とかレイシズムを肯定したうえでの「人権」「平和」など有り得ないのですが、そこに目を向けず、一時の馴れ合いに走る人もいるようで、そんな姿を見ると気分が悪くなります。
返信する
寛容は非寛容には非寛容であるべき。 (いるか缶)
2008-11-26 23:12:20
コメントを再度書きました。そしてタイトルはどなたかのパクリなのですが思い出せません(笑)
ここで出ている方が誰かはわかりませんが、管理人様の気持ちはすごいわかります。「反自民リベラル」が「反自民保守」におもねるというのは非常によく見られると感じます。それにはもちろん管理人様の言う「寛容の履き違え」もあるのだと思います。あと、うまく言えませんが、今まで保守政権が続いていたことへの気後れとかがあるのかなと思います。あとは「左」「アカ」と呼ばれるのが怖いのかもしれません。
一番きつい言い方をすると、そのような自称「リベラル」の方は実は自民党さえ倒せれば(もっと言えばアンチ自民祭りみたいなことができれば)よくて、それこそファシズムでも受け入れるのではないかと不安になってしまいます。
返信する
Unknown (非国民通信管理人)
2008-11-26 23:30:27
>いるか缶さん

 何やらお手数をおかけしてしまったようで、申し訳ありません。それはさておき、根本的な考えは対立するはずなのに、「反自民」「今の社会に不満」と言うだけで馴れ合おうとする人々の存在には警戒感を感じないではいられないのですよね。仰るように「反自民」というだけの共通項で集まった、馴れ合いのファシズムに発展する可能性はある、「国家社会主義“日本”労働者党」のような存在に結びつく可能性は否定できないと思います。反自民なら、レイシズムには目をつぶる、反自民の差別主義者を味方につけたいばかりに、ヘイトスピーチをも受け容れるようになる、そうなった先に希望があるはずはないのですけれど。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

編集雑記・小ネタ」カテゴリの最新記事