非国民通信

ノーモア・コイズミ

最賃引き上げ反対の論理

2010-11-05 22:59:06 | ニュース

最低賃金上昇で弱者締め出し(日経BP)

現行制度で最大幅の引き上げとなる最低賃金の改定が始まった。低所得者層の収入を底上げし、格差是正につなげるのが狙い。一方で、社会的弱者の雇用そのものが失われるとの声も上がる。

 最大幅などと言っても、せいぜいが10円や20円といった小幅な引き上げであって誤差みたいなものではあるのですが、人件費削減によって利益を確保する日本的経営の護持を使命と考える経済誌から見れば、とうてい受け入れがたいことなのかも知れません。そこで「最低賃金を引き上げると雇用が失われるぞー」と、お決まりの脅し文句が出てくるわけです(特に目新しい主張はないので引用はしません)。しかし経済誌の語るフィクションではなく、現実の世界はどうなのでしょうか。最低賃金ギリギリで人を働かせることでしか存続できない事業者が日本の経済に占めるウェイトはどれほどのものなのか、その辺ぐらいは挙げて欲しいものです。

 日本の場合、最低賃金が全国一律ではなく県別になっています。例えば隣り合う東京と千葉での間ですら実に77円もの差があるわけです。最低賃金を引き上げると安い労働力を求めて雇用の流出が進むと引用元では説かれているのですが、それが本当であるなら最低賃金の高い都市部から最低賃金の安い地方へと雇用が広がっても良さそうなものです。確かに沖縄にコールセンターを移設するような動きもないではありませんが、しかし求人倍率を見れば一目瞭然、雇用が集中しているのは最低賃金の高い都府県であって、この傾向は微動だにしていません。人件費が2倍3倍に跳ね上がるならいざ知らず、現在の日本のように小幅な変動が雇用全般に影響を及ぼすことは考えにくいところです。ましてや最低賃金を先進国としては異例の低い水準に押し止めていてさえ雇用の流出は進んでいるわけで、雇用流出に関してはもうちょっと別の要因を考えるべきではないでしょうかね。

 昨今の異常な円高のせいで見かけ上の差が縮まっているところはありますが、旧西側に属するヨーロッパ諸国の最低賃金は概ね1000円以上に設定されているわけです。この日経の記事では最低賃金を引き上げると雇用が失われると唱えられているのですが、なぜヨーロッパ諸国では「起こらなかった」ことが、日本では起こりうると考えられるのでしょうか。なぜ他の先進国でできたことが、日本に限っては不可能であるかのごとく語るのか、最低賃金の引き上げに反対している人はその辺に答えるべきです。もし日本だけは例外的に最低賃金の引き上げによって雇用が失われるというのなら、日本だけが例外である理由を明確にして欲しいものです。

 痛みを伴う構造改革、なんてフレーズが熱狂的に受け入れられたわけですけれど、構造改革論者は「最低賃金ギリギリで人を働かせることでしか存続できない企業」をどう考えているのでしょう。不採算企業を整理統合し、相応の人件費を支払えるだけの経営体力のある事業者に集約させていくのも方向性としてはあり得たはずで、その先の段階として一時的に発生する失業を「改革に伴う痛み」と強弁して済ませるか、あるいは社会保障によって痛みを緩和させるかという議論があっても良さそうなものです。しかし実際はと言えば、最低賃金を低いまま据え置くことで「最低賃金ギリギリで人を働かせることでしか存続できない企業」を延命させてきたわけです。そして最低賃金引き上げの動きを見れば「最低賃金を引き上げると雇用が失われる」と脅しをかける、日本の改革論者や経済誌が説いてきたものは「痛みを脅しに使った改革の阻止」であったと言わざるを得ません。

「結果的に収入は減る」

 最低賃金が669円から681円に引き上げられた山口県にあるコンビニエンスストアのオーナーは苦境に立たされている。この店では売り上げが落ち込む中での改定で、売上高人件費比率は6%から7%に上昇するという。

  「今まではピーク時に3人体制を敷いていたが、2人にする。バイトを辞めさせたくはない。結局1人当たりの労働時間が減り、バイトの収入も減ることになるだろう」

 で、今回引用した記事の中でちょっと目を引いたのがこれです。ある意味、最低賃金引き上げに反対している人の知的水準を示す好例かも知れません。最低賃金が引き上げられればバイトの勤務時間を減らして対応するので、結果的にバイトの収入も減るなどと主張されています。たかだか12円で?と突っ込まざるを得ませんが、それ以前にバイトの収入が減るということは、コンビニ側が支払う人件費もまた減ることを意味しているはずです。消費税増税の際には便乗値上げを警戒する声があったものですが、この場合は「便乗賃下げ」と言えます。どさくさに紛れて人件費をカットしようとしている、単なる悪徳経営者の事例でしかありません。

 7 ÷ 6 =1.16666666…

681÷669=1.01793721…

 そもそも最低賃金が669円から681円に引き上げられたことで「売上高人件費比率は6%から7%に上昇する」と書かれていますが、最低賃金引き上げのせいにするには計算が合わないのではないでしょうか。時給が600円から700円に上がるのであれば、計算はぴったりです。しかるに6%が7%に上がるためには1.17倍の増加が必要なはずですが、669円から681円では、僅かに1.018倍の増加でしかありません。時間当たりの人件費が1.018倍になっただけで、どうして売上高人件費比率は1.17倍になるのか、この辺も説明が求められます。少なくとも数値が示す限り、最低賃金の引き上げによる売上高人件費比率への影響は限りなく軽微です。もし本当に売上高人件費比率が上昇しているのなら、それは最低賃金引き上げの影響ではなく単に分母となる売上が落ちただけと考えられます。まぁ経済誌の主張なんてデータに基づこうものなら根底から崩れ去るようなものばっかりです。数値を華麗に無視してこその経済誌なのでしょう。



 ←応援よろしくお願いします


コメント (15)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 現金ではないから云々と言う... | トップ | むしろ先を行く日本 »
最新の画像もっと見る

15 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (最下層公務員)
2010-11-06 00:19:29
これを書いた人が、この最低賃金で生活出来る事を証明してくれれば、これほど説得力をもった文はないんですけどね。
それはダメだって言い訳を聞いてみたい。
「私の場合は格調高い日経BP誌の有能な記者なので最低賃金より高くなくてはならない。」とか。
でも、あなたの賃金がさがって、しかも来年あなたの賃金が支払わなければ日経BP社はもっと利益を上げられますよ。
「それはダメだったらダメなの~~~~!」みたいな。
書いてて自分の低能さに嫌気がさして来たけど、書かずにいられない!(怒)
返信する
Unknown (非国民通信管理人)
2010-11-06 01:00:11
>最下層公務員さん

 どこかの自治体では自ら実験して不可能だと結論づけていたと思いますが(しかし是正まではしない!)、それ以前に日経は「考えようともしない」のでしょうね。日頃は会社の利益のために人件費を低く抑えろと説きつつ、自分の賃金については特別だと思う、周りの連中は無能だからどんどんクビを切れるようにしろと説きつつ、自分は有能なのだと自惚れている、それが経済誌のスタンスと言えます。
返信する
Unknown (ルーピー)
2010-11-06 11:49:34
 弱小企業の増税を推進しまくってる人に限って、最賃の引き上げに反対しています(書くこと自体馬鹿げていますが)。実は、消費税こそが弱小企業の負担増の最強ツールです。消費者の負担増云々ばかり言われていますが、弱小企業が一番犠牲になります。しかも、強大企業は消費税を一切払っておりません。なぜなら、価格に上乗せしているからです。弱小企業は消費税が上がったからといって上乗せ出来ません。
返信する
Unknown (大野)
2010-11-06 15:52:53
日経BPの記者は、この記事書くためにわざわざ山口まで取材しにいったのでしょうか。
最低賃金は東京でも上がったのですから、都内の取材で事足りると思うのですが・・・。
しかもそこまで「取材」した結果は、こうもあっさり論破されるレベルの内容でしかないわけです。
あらためて、経済誌に載っているものは「報道」でなく、「プロパガンダ」である、という事がよく分かりました。
返信する
Unknown (非国民通信管理人)
2010-11-06 18:44:30
>ルーピーさん

 強い企業と弱い企業、という面では強い企業の方に立っている論者でも、雇用主と従業員という軸になると、強弱に関わらず雇用主側、企業側に付く論者が多いですからね。

>大野さん

 仰る通り東京の事例でも良い、むしろ引き上げ幅の大きさを問題にしたいなら引き上げ幅の大きい東京の方が例としてふさわしい気もするのですが、日経の記者からすれば山口の事例がちょうど「都合がよい」ものだったのでしょうね。そうであるにも関わらず、経営難の理由はどう見ても売上減少のせいであって最低賃金の引き上げとはほぼ無関係、いわゆる無理筋の議論でしかなかったりするのですから肩をすくめるほかありません。
返信する
Unknown (24)
2010-11-06 21:29:19
この記事はほんっといいかげんですねぇ。

>この店では売り上げが落ち込む中での改定で

と書いているのに、なぜか最低賃金が原因かのような論調で書いている。

日経ビジネスに限った話ではなく、経済誌は「俺達だけに秘密のことを教える」という話が多くて困ります。そして自分だけが出し抜く競争を肯定する意図が読み取れる。さらには、この理論は「個々がドリョクをしなさい」といういわゆる精神論や努力論へとつながっていきます。
ここには最低賃金で働かざるを得ない人たちへの視線は全くありません。様々な社会的制約によって底辺層にくすぶる人は無視です。
経済誌は言ってみれば「上昇志向の見える中流」へ向けた本なのでこんなことになるのだろうかと思います。
返信する
しかしまあ・・・ (凡人69号)
2010-11-06 22:53:05
最低賃金が681円になったとして、フルタイムで働くと日給換算で5448円、仮に月に22日働いたとすると、月額12万円を切ることになりますね。恐らく生活保護費よりは下回るでしょう。まあ、実際は最低賃金よりもう少し上乗せされるでしょうが、それでもたかが知れようというものです。
ワーキングプアが増えることに対し政府・財界があまりにも無策であることはいうまでもありませんが、そんなことは知らぬ存ぜぬなんでしょうね。
返信する
Unknown (非国民通信管理人)
2010-11-06 23:38:28
>24さん

 最低賃金の引き上げに対するネガティヴなイメージを擦り込むべく、さりげなく原因がすり替えられているんですよね。賃上げに反対するにしても、やり方が姑息だと思います。ただ、こういう経済誌の主張が受け入れられがちなのが困りものですね。意外に中流よりも下、本当は貧乏なのに気分だけは経済通みたいな人も結構、この手の主張に賛同している気がしますし。

>凡人69号さん

 しかも放置するだけならまだしも、あろう事か生活保護費の方が高すぎるのだと話をすり替える人も多いですからね。日本の低すぎる最低賃金を正当化するためなら手段は問わないと言いますか、人件費抑制のためなら国民が犠牲になっても構わないとばかりの態度を取っている人が多すぎます。
返信する
おかしな話です。 (えちごっぺ)
2010-11-07 00:26:11
だいたい、フルタイムで働いて生活できない賃金って、なんの意味があるのか疑問です。
かりにフランスでは有り得ないでしょう!
何でも、欧州や北欧がいいとは思いませんが、権利意識に関しては、残念ながら日本って話にならないほど遅れていますね!
ILO勧告の批准も最低水準なのもこの国民性が反映されているのでしょうね。
返信する
Unknown (kmori58)
2010-11-07 06:19:21
この記事が参考になるかと。 http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20090726
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

ニュース」カテゴリの最新記事