戒厳令の布かれた後、僕は巻煙草をくわへたまま、菊池と雑談を交換してゐた。尤も雑談とは云ふものの、地震以外の話の出た訣ではない。その内に僕は大火の原因は○○○○○○○○さうだと云つた。すると菊池は眉を挙げながら、「嘘だよ、君」と一喝した。僕は勿論さう云はれて見れば、「ぢや嘘だらう」と云ふ外はなかつた。しかし次手にもう一度、何でも○○○○はボルシエヴイツキの手先ださうだと云つた。菊池は今度は眉を挙げると、「嘘さ、君、そんなことは」と叱りつけた。僕は又「へええ、それも嘘か」と忽ち自説(?)を撤回した。
再び僕の所見によれば、善良なる市民と云ふものはボルシエヴイツキと○○○○との陰謀の存在を信ずるものである。もし万一信じられぬ場合は、少くとも信じてゐるらしい顔つきを装はねばならぬものである。けれども野蛮なる菊池寛は信じもしなければ信じる真似もしない。これは完全に善良なる市民の資格を放棄したと見るべきである。善良なる市民たると同時に勇敢なる自警団の一員たる僕は菊池の為に惜まざるを得ない。
これは芥川龍之介が関東大震災の際に書き残したものです。芥川が皮肉を込めて「善良な市民」と呼んだ人々が震災の混乱に乗じて朝鮮人や共産主義者の虐殺に走ったことは夙に知られるところですが、関東大震災を上回る巨大地震を経た後の日本の状況はどうでしょう。朝鮮人虐殺の再現を夢見て、ここぞとばかりにネット上でデマを広めようとする動きも当初は散見されましたが、幸いにして所詮はネット上で虚しい頑張りを見せる連中が出ただけのことでした。では、「善良な市民」はいなかったのでしょうか。この「善良な市民」が単にレイシストを指すに過ぎないのであれば話は簡単です。しかるに「善良な市民」とは「善」の仮面を被っているからこそ「善良な市民」なのです。排外主義を焚きつけるための流言の拡散に失敗してネットの片隅に息を潜めているような人々ではなく、もっと大々的に活動している人々こそ「善良な市民」と呼ぶにふさわしいように思います。
「善良な市民」とは芥川が明言したように、まず陰謀の存在を信じるものです。陰謀よりも好んで用いられるところでは、利権や既得権益云々でも良いでしょう。何はともあれ、陰謀なり利権なりの存在によって真実が隠され危機がもたらされていると、そう信じることが善良なる市民と云ふものです。付け加えるなら少くとも信じてゐるらしい顔つきを装はねばならぬもの、すなわち陰謀の存在を信じている人と肩を並べ、陰謀を信じている人の行動に水を差さないこと、それが善良な市民の資格と言えます。
付け加えるなら、自らが「善」であることを信じて疑わないことも善良な市民の条件です。そして混乱に乗じて、自分たちが嫌っているもの、もしくは「悪」と考えている対象を攻撃します。ただ、それが純然たる攻撃でありながらも、あくまで自分たちの行為は「正当な防衛行動」であって、他者への加害となっている可能性を考えようとすらしないのも善良な市民の特徴と言えるでしょう。そして、こうした加害を「防衛」に置き換えるための大義名分として自らに迫り来る脅威の存在が強調されるところですが、実際のところ善良な市民の語る脅威とは思い込みに過ぎない、ただ世間一般で幅広く、「それは我々を脅かすものだ」という意識が共有されているだけだったりします。そして脅威だと思い込んでいる相手に対する「正当な防衛行動」のために善良な市民は立ち上がるわけです。
559■真実
助けてください 福島県南相馬市の 女子高校生です
(中略)
親友は今も放射能の恐怖と 戦ってます
だけどもう、諦めてました
まだ16なのに 死を覚悟してるんです じわじわと死を感じててるんです
もし助かったとしても この先放射能の恐怖と 隣り合せなんです
政治家も国家も マスコミも専門家も 原発上層部も全てが敵です 嘘つきです
(中略)
政治家はお給料でも 貯金でも叩いて助けて下さい
彼らの贅沢をやめて 被災者を生きさせて下さい
上は、奈良県で開かれたイベントで読み上げられたという「福島の女子高生」からの手紙なんだそうです(引用元/改行が多すぎて読みづらいので少し詰め直しました)。少なからず怪文書じみたところがないでもありませんが(「女子高生」というアピールがあざとい……)、まぁ子供らしい文章と言えば子供らしい文章でもあります。「お給料でも貯金でも叩いて」「贅沢をやめて」という辺りはいかにも俗論をなぞった感があって辟易させられますけれど、子供の考えることだったらこんなものでしょう。
「病は気から」という言葉もありますが、これは科学的にも概ね正しいと認められるところです。精神的なストレスは神経系を乱し、免疫機能を弱めるなど直接の健康不安要因ともなりますし、あるいはストレスから暴飲暴食や飲酒に喫煙など不健康な生活習慣に陥る人も出てくるわけです。夏の電力不足への対策として電力消費のピークをシフトさせるべく深夜労働の増加が予測されますが、この深夜労働が常態化すると前立腺ガンになる可能性は3.5倍、乳がんになる可能性は1.6倍、心筋梗塞になる可能性は2.8倍に増加すると言われています。これは放射線の影響など遙かに上回るものですけれど、公正を期すために付け加えれば、これは深夜労働に伴うストレスの影響を考慮に入れたデータでもあります。割に合わない深夜労働に追いやられ、昼夜の逆転した生活を強いられた結果として不健康な生活習慣を身につけてしまい、原発の近くで暮らすよりも遙かに高いリスクを負わされる、まぁストレスを甘く見てはいけないということです。
この辺は原発関係でも普通に考えられることで、現にチェルノブイリの周辺地域でも「俺は被曝した、もうダメなんだ」と悲観して酒浸りの日々を送り、当然のことながら健康を害する人が少なくないと聞きます。「こうなったのも原発のせいだ」と糾弾の矛先を原発に向けるのは簡単ですが、ただ原発事故に遭ったからと酒に溺れなければならないというものではないはずです。もうちょっと前向きに生きる、すなわち健康的に生きることは可能であるように思われますし、それを周囲が支援することは闇雲に原発を罵ることよりもずっと、事故による被害を埋め合わせる結果に繋がるのではないでしょうか。加害者に厳罰を下そうと息巻くことばかりが問題解決の手段ではないですから。
そこで南相馬市の「女子高校生」のことを考えてみましょう。曰く「放射能の恐怖と戦ってます」「もう諦めてました」「死を覚悟してるんです」「じわじわと死を感じててるんです」「この先放射能の恐怖と隣り合せ」…… 何もそこまで焦らねばならない状況ではないのですが、当人は本気で怯えているようで完全に諦めモードに入っています。将来的には落ち着きを取り戻し、この手紙が厨二病時代の黒歴史と化す可能性もありそうですが、一方で「自分は被曝したからもうダメだ」と勝手に悲観して自暴自棄になり、不健康な生き方に嵌る可能性もあるでしょう。そしてそうなることで、放射線の影響よりもずっと高い確率で健康は損なわれます。
「政治家も国家もマスコミも専門家も原発上層部も全てが敵です、嘘つきです」と聞く耳を持たない様子です。ではこの「女子高校生」は、いったい誰の言葉に耳を傾けているのでしょうか。「別にそこまで悲観しなくても大丈夫ですよ」と説明する人はすべてが敵であり、嘘つきなのだそうです。その代わりに「福島はもう終わりだ、おまえ達は皆ガンになって死ぬんだ、もう助からないんだ、それもこれも原発のせいだ、東電が悪いのだ……」こういう言葉の方を真に受けているとしたら、自暴自棄になるのも当たり前なのかも知れません。でも自暴自棄になることこそ明らかなリスク要因であって、それこそ避けるべきことなのです。にも関わらず自暴自棄になる人々に向かって「おまえはガンになって死ぬんだ」「原発事故が起こったら何もかも終わりなんだ」と脅しをかけている人はいないでしょうか。こんな時、私は「善良な市民」の存在を思い出さずにはいられません。