時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

労働市場イメージの再編成

2012年04月26日 | 労働の新次元

 

この人たちはどんな仕事をしているのか

 

 Source:The Economist, March 10th 2012.


  世の中でどんな仕事が増えていて、どんな仕事が減っているのか。「雇用創出」ジョッブ・ジェネレーション、「雇用喪失」ジョッブ・デストラクションともいう。求職者のみならず、労働政策の立案者にとっては大きな関心事だ。しかし、その仕組みはあまり解明されていない。いくつかの理由があるが、政府統計などが、現実の変化に追いつけないでいることが大きい。

 世の中の雇用の数が全体としてあまり変化していなくとも、現実には水面下で、仕事の増加と減少(消滅)が激しく起きている。雇用の総数はその増減を併せ、相殺し合った結果なのだ。これは失業についてもいえる。全体の失業者数がほぼ同じのようでも、その背景では新たに失業者に加わった人たちと、新たに仕事に就いた人たちの数が相殺されている。

 『国勢調査』に代表される公的統計は、実施されてから結果が公開されるまで長い時間がかかる。その他の調査でも現実の求職活動にはあまり役に立たない。公表までの時間が長いことに加えて、職業や産業分類が現実に追いついていないことが分かる。失業率や有効求人倍率は、いわば労働市場の体温を示しているようなものだ。実際に市場の内部でなにが起きているかは、それだけでは分からない。

 いかなる産業・職業的な増減が展開しているのか。たとえば、「販売従事者」、「事務従事者」といっても、どんな販売の仕事についているのか。いかなる事務の仕事をしているのか。分類名を見ても分からない。「生産工程従事者」といっても、なにを作っているのか。自動車工場の生産ライン
で働いている人もいれば、町中の小さな作業場で機械部品を加工している人もいる。その実態をできるだけ早く提供することが、雇用政策の見通しや就職支援には必要なのだ。

 求職支援活動に関わってみると、求職者の要望に応えうる適切な情報を持ち、中・長期の労働市場に関する見通しを持って、確たるアドヴァイスができる人材はきわめて少ないことを実感する。大学などのキャリア支援センターなども、就職活動に本当に必要な情報の提供という意味では、実際にはほとんど機能していない。きわめて危うい状況だ。

 こうした状況で、アメリカの大統領経済諮問委員会は、いかなる産業、職業が大きな増減をしているかを調査するよう民間調査機関に依頼した。
それに関連して、最近、興味深い記事に出会った。LinkedIn というプロフェッショナルといわれる人々を主たる会員とするソーシャル・メディア型(SNM)のウエッブサイトが、世界に広がる1億5千万人近い会員の中で、アメリカ人6千万人を母集団として、会員の職業調査を行った結果の一端が紹介されている。主体となっているのは、プロフェッショナルと呼ばれる職業が主体となっている。ITシステムなので、時間のかかる政府統計と比較して、調査結果は迅速に得られる。
 
 会員の就いている仕事の肩書き、タイトルで、最も伸びている仕事と最も減少している仕事を比較している。それによると、アメリカで最も増加している職業は、”adjunct professor” というタイトルである。日本ではあまり耳にされたことがない方が多いかもしれない。この記事の注釈によると、「低報酬で、過重労働のアカデミックの種族」、(an ill-paid, overworked species of academic)とされている。日本でいえば、非常勤の大学講師に相当するといえようか。肩書きはインテレクチュアルな職業に聞こえるかもしれないが、実際はいくつもの大学を駆け巡って、あるいは多くの授業時間を担当して、やっと生活ができる程度の報酬しか手にしえないアカデミック・プロフェッショナルのことである。大学も教員の労働コストの固定化を避けようと、パートタイムの講師などの比率を高めていることが分かる。

 他方、最も減少率が大きいのは、「セールス・アソシエイト」というタイトルの職業である。なにかの物品やサービスの販売に関わる仕事をしているのだが、なにをしているのか、タイトルからは推定出来ない人たちである。なにかの販売に従事しているが、景気、産業などの盛衰に比例して、短期間に仕事を失う人たちではないかと思われる。こうしたひとたちはすべて雇用期間に定めのある契約である。

 これらのタイトルからはどんな産業で、いかなる仕事をしているのか分からない人たちが増加していることに注目したい。増加が著しいタイトルを見ても、「プリンシパル」、「パートナー」、「コンサルタント」、「ヴァイス・プレジデント」といった名称が続く。他方、減少著しいのは「プロジェクト・マネジャー」、「ヒューマン・リソース・マネジャー」などである。

 情報が十分公開されていないので、この他の職業の増減がいかなるものか、分からないのだが、この小さな標本からも最近の労働市場に起きている変化のいくつかを推定することはできる。

1)    プロフェッショナルといわれる人々の間でも、増加しているのは、かなり働いているのに報酬水準が低い人たちであることが分かる。大学などの一見知的な職業分野でも、労働条件は厳しく、パートタイムで知識の切り売りをしているような状況が浮かんでくる。他方、減少しているのも、販売などの分野で働いている、低報酬で“マージナル”な人たちらしい。

2)    タイトルからは、実際にどんな仕事をしているのか分からない人たちが増減の上位を占めていることが気になる。もっともらしい肩書きだが、彼(女)らの仕事がいかなるものか、ほとんど分からない。一口に「パートナー」といっても、世界的に著名な弁護士事務所のパートナーもいるが、2、3人の小さな事務所のパートナーもいるだろう。

3)    全体として、仕事の世界でのヴァーチャル化が進み、実態が分からなくなっている。こうしたディジタル世界の仕事を含めて、労働市場のイメージの再構成が必要になっている。次の世代の労働市場政策を確立する上でも、新たなアプローチが必要だ。フェイスブックやLinkedInのようなSNMのようなシステムをこうした目的に使うのは、個人情報保護などの点で検討の余地があるが、労働市場の変化を迅速に求職者などに伝達するためには、雇用統計のあり方に根本的な検討が必要と思われる。

 

 ”A pixelated portrait of labour” The Economist, March 10th 2012.

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