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人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

アメリカ内戦化への懸念と移民政策(4): 高齢者は足元にご注意!

2024年03月16日 | 回想のアメリカ



二人の高齢者の目前にあるのは!  なんと、バナナの皮!

「さあ、スタートは切られた。アメリカの選挙を転覆させる可能性のあるものは何だろうか?」

’AND THEY ’RE OFF’ What could upend America’s election? 




本年11月のアメリカの大統領選は、バイデン大統領と前大統領トランプ両氏の激しい対決になりそうだ。すでにレースは始まっている。しかし、両候補共に、多数の不確定要因を抱え込んでいて、最終結果が出るまでは予断を許さない。第3者の候補が浮上してくる可能性は極めて低いが、ゼロではない。さらに、両候補とも高齢者であり、「老々対決」となることを考慮するならば、任期中に何が起こるかも分からない。不確定要因に左右される、リスクの極めて大きな時代になることはほぼ明らかだ。

ドナルド・トランプ氏の母親は、ヴァイキングの活動範囲であったスコットランドの田舎から移民。祖父はヴァヴァリアの田舎から移民。ジョン・バイデン氏の家族は、アイルランドとイングランドからの移民である。

そして、いまや世界で1億6千万人が機会があれば自分たちもどこかへ移住したいと考えている。これこそが世界の移民を動かしている胎動の源なのだ。同じ移民の子孫でありながら、なにが現在の両候補の間に違いを生んでいるのか。


課題山積の移民問題
アメリカ大統領が関わる政策課題はさまざまだが、とりわけ国民的な論争点となっているのは、経済に次ぎ、移民政策である。現状への対応では、両候補共に問題を整理し、実現可能な政策を提示しなければならないのだが、民主、共和両党の支持者に多大な不満を残している。

N.B. アメリカへの不法移民の急増と、目まぐるしい政策対応の一部については日本のメディアなどでも報じられているが、その実態、全体像はかなり分かり難い。ニューイングランドから南部への産業移転、AFL-CIOの南部組織化キャンペーン、ブラセロ・プランなどの時代から、日米実態調査を含め、断続的ながらも国境の光景を垣間見てきた筆者だが、近年の目まぐるしいばかりの変容には戸惑うことも多い。ひとつ確実なことは、移民問題の重点が国境近辺から、受け入れた国の国境の内側へと移行していることだ。近年では、「聖域都市」問題、「アメリカの地域的政治色の変化」など、「第二の市民戦争」ともいわれる断裂・分断の進行などに象徴される。


現実の変化は大きい。2016年トランプ氏が大統領候補であった当時、彼は何百万もの移民が不法に国境を乗り越えてやってくると主張していたが、任期中はそうした事態にはいたらなかった。


トランプからバイデンへ
アメリカで最後に、包括的な移民制度改革が実現したのはレーガン政権下、1968年であった。それ以降、ブッシュ(Jr)、オバマ政権下で改革が図られたが、議会の賛成が得られず頓挫した。2016年、トランプ大統領が就任後、アメリカ第一主義を掲げ、「国境の壁」建設を主張し、保守色を前面に打ち出してきた。トランプ大統領の非寛容的な政策も影響してか、この時代の不法越境者数はその後の激増と比較すると、安定的とも言える水準で推移していた。

代わって、バイデン大統領の任期が始まると、急激な不法移民の増加に直面することになった。寛容的な政策スローガンを掲げていた民主党政権への期待が、彼らの背中を押したのだろう。

全体として、寛容的政策を掲げてきたバイデン大統領側が、現実の変化に適切に対応できず、しばしば前トランプ共和党政権の非寛容的な厳しい移民規制の方向に傾斜し、これでは「トランプ以上にトランプ的だ」という国民の不満も多く、劣勢に回っているかに見える。


興味深いのは、当選以来、言行が一致しないかに見えるバイデン大統領だが、目前に山積する問題に対するに、必要とあれば、壁の建設など、トランプ前大統領側の政策に大きく修正、近接することも辞さず、臨機応変というくらい柔軟に対応しようとしてきたことだ。議会政治家として長い年月を過ごしてきたしたたかさが発揮されている。

国民の誰もが、移民に関わりがあることに加え、これまでの歴史的経過の中で、実態と対応が多様化と複雑化を重ねてきたこともあり、現代アメリカの移民の実態と問題点のありかを正しく捉えることが極めて難しくなっている。長年、筆者に適切な情報を与えてくれた友人たちも少なくなり、彼ら自身が分からなくなってきたと述懐するまでになった。


移民政策を制約する4つの局面
現在のアメリカの移民制度の改革においては、大統領は裁判所、上下両院の資金、国際法、最大の隣国であるメキシコという4つの面で、それぞれの制約を受けている。

2021年現在、国内には4,700万人の外国生まれの人口を抱え、そのうちの約1,500万人はアメリカ市民権を付与されずに、中途半端な地位に置かれながら国内に滞在する unauthorized immigrants 「法律的に認められていない移民」といわれる人々がいる。少しづつ減少しつつあるとはいえ、その解消には長い年月がかかる。彼らのそれぞれが独自の背景を抱き、判定に際しても多くの時間を要してきた。


アメリカの外国生まれの人口、推定値、2021年
Source: Pew Research Center


他方、フローの面に目を移すと、2023年12月時点では月1万人近い不法移民がメキシコ国境に押し寄せている。こうした激流の如き人の流れに抗しながら、複雑化した現代移民の現実に対処して行かねばならない。

バイデン大統領は、就任後、移民法の改正案 U.S.CITIZENSHIP ACT OF 2021 を上下院に提出したが、もとよりこれで移民に関わる問題の全てに対応できるわけではなく、命令、覚書、布告などを次々と発布してきた。このような移民問題に関する大統領指令 Executive Actions だけでも、2024年現在、500を越えて、トランプ大統領時代の472を上回ることになっている。下院で民主党が数的優位を維持できないこともあって、共和党の反対の前に法案が次々と否定され、実効が上がらないバイデン政権の移民政策の裏では、こうした一般には見えにくい政策対応も行われてきた。多発された大統領令の合法性が法廷で争われることも増えている。

バイデン大統領に政権移行した後、国境の壁の建設中止、入国禁止の取り消し、幼少時親に連れられ入国した人々の在留を認めるなど、寛容的な政策を目指したが、急激な不法移民の国境への殺到など、対応できない事態が生まれた。越境者の数は急増を続け、受け入れ側のシステムは、移民裁判所判事を始め、各種の人員不足が深刻化し、ほとんど対応できない破綻状態となった。国境で遭遇した者の多くはその段階で国境パトロールに難民認定の申請を行い、"credible fear" interviewとも呼ばれるインタヴューを受ける。そこで、'認定の可能性のある者は、概して保釈され、将来の裁判所の判断を待つ。移民裁判所は人手不足が深刻化しており、平均的には聴き取りが行われるまでには4年以上待たねばならない。審査までの間、アメリカ国内に滞在が許可され、半年後は就労も可能となっていた。バイデン大統領になってから、シカゴの市民数を上回る310万人が認められた。さらに、170万人が失効したヴィザのまま、あるいは発見されることなくアメリカ国内に滞在している。


「聖域都市」への集中
さらに、従来は移民問題の中心は、共和党の地盤でもあった南部諸州だったが、産業の発展に伴い、北部への人口移動が増加した。これに加えて、テキサス州のアボット知事が不法移民をバスでワシントンD.C.に移送してから、他の共和党知事もニューヨーク、シカゴ、デンヴァーなど民主党が地盤とする都市「聖域都市」へ移民を送り出した。その結果、受け入れ側の収容能力が無くなり、財政圧迫、地域住民との軋轢など多くの問題を生むようになった。

「聖域都市」サンクチュアリー・シティと呼ばれ、食事や宿泊場所を提供する不法移民のための制度がある都市。民主党系の市長であることが多い。こうした不法移民の大都市への移動は、労働市場がタイトな時にしばしば見られる現象であり、バイデン大統領の失政というわけではない。

変わるアメリカ・変われないアメリカ
アメリカ南部国境を越境する者も背景や目的も、年と共に多様化し、問題の内容も複雑になった。そのため、移民裁判所の判事など、関係者がほぼ同方向の政策イメージを共有しての合意決定が困難なことが多くなった。移民裁判所が迅速に手続きを行えない。難民審問を受けるだけでも平均4年以上かかる。国境警備隊の捜査官から難民担当官、移民裁判所の判事まで、人員不足が決定的だ。判事の出自、背景も様々で、守備一貫した裁定は期待し難い。バイデン大統領が議会の行動とそれに伴う資金投入が唯一の解決策だと主張する理由である。しかし、寛容を旗印とする民主党の移民政策は国民への趣旨の浸透に時間がかかり、実施にあたるスタッフの認識度や考えの統一は時間がかかり、結果として成果が目に見えず、国民の間の不満も高まることが多い。

バイデン、トランプ両候補のいずれが当選しても、大差で勝利という光景は想定し難く、現在までの光景に大きな変化は考え難い。冒頭に記したように、思いがけない出来事で局面が一変するリスクは、かつてなく大きい。国境の南側から見れば、トランプ大統領が再現するとなれば、それ以前に国境を越えてしまおうという動きが強まるかもしれない。

上掲の表紙に論及し、最近のThe Economist誌 March 9th-15th 2024は、考えられる様々な可能性に論及した上で、それ以上の不確実性が来るべき選挙には待ち受けていると記している。

アメリカという国が置かれた状況から民主、共和いずれかの政策通りに移民政策が貫徹する可能性も少なくなっている。このたびは失敗した「ウクライナ支援」と移民政策抱き合わせの超党派案の試みは、今後も形を変えて試みられるだろう。さもなければ、アメリカ社会の断裂、分断は想像を絶する方向へと進むかもしれない。図らずも世界が体験したパンデミックのような全地球的な人間活動の減速でもなければ、アメリカへ押し寄せる移民の激流が収まるとは考え難い。


REFERENCE
’The Border, Biden and the election’ The Economist, January 27th, 2024.
'What could upend America's election? AND THEY'RE OFF, The Economist March 9th-15th, 2024,



続く
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