時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

危機の時代にはラ・トゥールが生きる(1)

2022年01月27日 | ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの部屋
1972年、ラ・トゥール展文献の一冊から:表紙

このところ、筆者の小さなブログのラ・トゥールに関する記事へのアクセスが急増していることに気がついた。2005 年の国立西洋美術館での企画展の時も同様な現象が起きた。今回の背景には大阪に続き、東京国立新美術館で本年2月9日に開催されるメトロポリタン美術館展の展示作品に、ラ・トゥールの《女占い師》が含まれており、しかも日本初公開というニュースが伝わったことがあるようだ。

この作品に描かれた美女と占い師の老婆の容貌は、一度見たら忘れられない。とりわけ中央に描かれた美女の顔は、その特異な顔立ちからジプシー(今ではロマと呼ばれる)ではなく、ロレーヌの人々の血筋を引いていると見られる。画家の名前は知らなくとも、この顔に見覚えのある人は少なくない。認識度ではモナリザに次ぐともいわれるほどだ。美術史家でもない筆者の仕事場にも、この顔を表紙にした書籍が少なくも10冊以上ある。

半世紀以前の出会い
ブログ筆者が初めてこの作品に出会ったのは、1965年ニューヨークのメトロポリタン美術館であった。半世紀以上前の昔である。《女占い師》はひと目で惹かれた作品ではあったが、他の作品にも目を奪われ、専門も全く異なっていたので、画家や作品について深入りして調べたことはなかった。初めての壮大な美術館に感激して、ニューヨークにいる間、連続して訪れた。

この画家についての印象が転機になったのは、その後1972年パリ、グラン・パレで開催されたラ・トゥールの大企画展であった。たまたま仕事でパリに滞在していた幸運もあったが、この時の強い印象はその後の人生を通して消えることのないものとなった。ラ・トゥールの作品で当時知られていた主要作品のほぼ全てが出展されていた。《女占い師》はルーヴル所蔵の《ダイアのエースを持ついかさま師》と並んで展示され、画家の数少ない「昼の作品」として、大きな注目を集めることになった。


1972年ラ・トゥール展に並ぶ人たち

周到な企画と展示作品の素晴らしさは、目の肥えたフランス人を含め多数の美術愛好者にたちまちアッピールし、当時ほとんど例をみなかった長い行列が生まれた。ひとりの画家の展覧会としては、最大の観客数を記録したと言われる。ラ・トゥールの名は日本では未だ知られていない時代であった。日本の美術史家の中で、この展覧会を訪れた人はきわめて少なかったと思う。筆者は幸いにもそのひとりに入ることができた。時を同じくして刊行された当時は新進気鋭の美術史家田中英道氏の著作からは大きな啓発を受けた。『冬の闇』(新潮社、1972年)は、今でも専門も全く異なる筆者の仕事場の書棚に置かれている。

発見された「現実の画家たち」
いつしかラ・トゥールのフリークとなった筆者は、その後世界で開催された主要企画展はほとんど訪れることになった。ラ・トゥールばかりでなく、プッサン、ル・ナン兄弟など、いわゆる「現実の画家たちを初めて紹介した1934年のオランジェリーでの展覧会をそのままに再現した2006 - 2007年の企画展も観ることができ、この画家のほとんど全ての作品に幾度も接する機会を得た。必然的に知識も増え、その一端がこの覚書きのようなブログを始めた契機となった。

ORANGERIE 入り口 

作品に込められた深い精神性
ラ・トゥールの作品を正しく理解することはそれほど容易ではない。この画家は制作に際して、深い思索に沈潜する時間を過ごしていたとみられる。それも、単にカンヴァス上の美の表現、体裁にとどまらず、人間の本性、精神面に深く立ち入った作品が多い。

これまでのブログ記事から推測できるように、画家が主として画業生活を送った環境は、17世紀ロレーヌという激動、混迷の地域であった。30年戦争に代表される戦乱、悪疫の流行、魔女狩りの横行、飢饉の頻発など、当時の文化の中心であったローマ、パリ、そして北方諸国の繁栄とは大きく異なっていた。

しばしばラ・トゥールと比較されるプッサンあるいはフェルメールと比較して、ラ・トゥールが過ごした環境は、格段に厳しかった。この画家の作品がきわめて少ないのは、戦火など動乱の中で逸失したことが大きな理由とされている。断片的な記録から、ともすれば横暴、強欲な画家と評されることもあるが、家族や使用人への心遣いなど、多大な配慮をしていた記録も残る。

ロレーヌの人々は、突然迫ってくる戦火や悪疫などに絶えず脅かされていた。現にラ・トゥール夫妻は1652年1月に相次いで呼吸器系の感染症(インフルエンザか?)で死亡している。

「危機の時代」を考える手がかりにも
17世紀はさまざまな危機的状況がグローバルな次元で発生した最初といわれる。初期にはヨーロッパに限定されたものと考えられてきたが、すでにグローバルな範囲に拡大していた。その後、人類は第一次、第二次大戦を含め、幾多の危機を経験してきた。

今日、人類はその存亡を賭けての危機に直面している。新型コロナウイルスがもたらしたパンデミック、地球温暖化に伴う異常気象、巨大地震、火山噴火などの勃発、アフガニスタンのタリバン復権、ウクライナ国境の緊迫、AIシンギュラリティに向かって新たな次元での戦争への恐怖など、時代は明らかに危機に満ちている。

危機の内容は異なるが、17世紀、ラ・トゥールという稀有な画家が、何を思いカンヴァスに向かっていたのか。その答えを求めてきたこのブログも終幕が近い。

Reference
ORANGERIE, 1934: LES “PEINTRES DE LA REALITE’  , Exposition au musee de l’Orangerie, Paris, 22 Septembre 2006 - 5 mars 2007.
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水晶球占いより確か?:2020年の世界を予測する 

2022年01月18日 | 午後のティールーム




例年、年末年始になると、さまざまな回顧や予想が行われる。この2年余りcovit-19のパンデミックを過ごしてみて、世界の人々は近未来であっても、この社会に起きる事象の変化を予想することがいかに難しく、不確かであるかを肌身に感じることになった。世の中には限りなく多くの未来予想に関わる言説が横行している。しかし、3年前、誰がコロナ禍の発生とその拡大を予想していただろうか。

予想、とりわけ未来についての予測は難しい。頻繁に起きる事象については統計的モデルを作ることは比較的可能であり、実用に耐える予測も不可能ではない。しかし、それも統計的計測に耐える歴史的(時系列)データが存在しない場合はかなり困難だ。

そうした場合に、手がかりとなるのは 「多数の知恵」”wisdom of crowd”とも言うべき手段で、一例としては株式市場における投資家たちの行動を集計した株価予想が挙げられる。

将来の政治的あるいはニュース上の事象について、イギリス、アメリカなどに多い職業的予想屋の力を借りることも可能だ。The Economistは、賭博取引、予想会社、賭け屋であるBetfair, Metaculus, PredictIt, Smarketsの力を借りて、次のような領域についての予想を行っている。

予想は2022年1月1日号(print edition)と1月4日号に掲載されている。具体的には、ワールド・ニュース、Covit-19、政治、ビジネスと経済、スポーツとカルチュアの分類で行われている。いくつかの例を挙げてみよう。

1月1日号によると、 次のような問題について、どのくらいの確率で起こりそうかを示している。来るべき新年に問題となる点のいわば断片だ。数値が高いほど、当該事象が「起こりそう」likely なことになる。

「少なくも65億人分のcovid-19ワクチン接種が世界で2020年中に実施される」(63%)、「アメリカで共和党が下院の過半数を占める」(82%)、「ノルウエー・チームは冬のオリンピックで金メダルのほとんどを獲得する」(78%)、「エマニュエル・マクロンはフランスの大統領選で勝つ」(63%)、「ロシアがウクライナに侵攻する」(43%)、「オミクロン株は年末でも猛威をふるっている」(44%)、「ボリス・ジョンソンはダウニング街にいられなくなる」(46%)、「2022年、アメリカのインフレ率は4%を越える」、「アメリカで民主党は下院で過半数を維持」(30%)、「ウエスト・サイド・ストーリーは、映画でオスカーのベスト映画となる」(24%)。「原油価格は年末にはバレル当たり$60以下になる(21%)、「世界の航空機旅客数は6月までにパンデミック前までに復活する」(10%)、「中国と台湾の間で武力衝突が起きる」(10%)・・・・・・。

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N.B.
IT edition (January 4th 2020 edition)は、デジタル版もあり、上述のプリント版とは別の事象を取り上げている。そのいくつかを挙げてみよう:
「英国がEUを離脱(exit)する」(99%)、「石油価格は年末にはバレルあたり$70以下となる」、「ドナルド・トランプはアメリカ大統領としての最初の任期を達成する」、「ビットコイン価格は年末には$7,500以下となる」、「スコットランド議会は国民投票で独立に投票する」(45%)、「ジョー・バイデンは民主党の大統領指名を受ける」(38%)、「グレタ・トゥーンベルははノーベル平和賞を受賞」(31%)、「’パラサイト’はオスカーの最優秀映画賞を受ける」(28%)、「英語圏の富裕な諸国で住宅価格が低落」(28%)、「英国は新しい君主をいただく」(30%)、「アメリカは次の12ヶ月の間に不況に陥る」(20%)、「世界の最高平均気温がNASAによって記録される」(25%)、「イングランドはEURO2020の男子サッカートーナメントで優勝」(18%)、「中国はオリンピックで金メダルのほとんどを獲得」(9%)、「S&P 500株式指数は年末には少なくも10%は下落」(11%)、「アメリカはNATO脱退の通告をする」(6%)・・・・・・。
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さて、現実にはどんなことになるでしょう。プロの予想がどれだけのものか、この1年、注目してみたい。

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歳をとり小さくなる国、日本の近未来

2022年01月13日 | 午後のティールーム

日本の人口逆ピラミッド
縦軸:人口グループ
横軸:100万人
1980年、2020年、2060年(予測)



出所:人口社会保障研、THE WORLD AHEAD 2022 The Economist 


成人の日。久し振りに着飾った若者たちの集団に出会った。コロナ禍に鬱々とした日々を2年以上にわたって過ごして来た若い人たちが、しばしの開放感を楽しんでいる光景を見るのは、ホッとする思いがする。

年末から年始にかけて、世界の多くのメディアが新年、近未来についての予想を特集している。その中で、半世紀近くにわたって購読してきた雑誌のひとつ、The Economist誌の年末・年始の特集は、いつも楽しみにしてきた。しかし、この10年近く日本についての記事には考えさせられてきた。ひとつは、日本に向けられる関心度が顕著に低下していることだ。もうひとつは、世界でほとんど最高(正確には韓国に次ぐ)となったこの国の高齢化がもたらす活力低下の記事増加だ。この二つは相互に関連しているところがある。最近の記事を素材に少し記しておく。


SPECIAL REPORT: On the front line, The Economist, December 21st, 2021
Getting on THE WORLD AHEAD 2022:The Economist’ 2022


五城目町の場合
人口をテーマに取り上げた「古い国(歳とった国)」The old countryという小さな記事が掲載されている。ここでは、例として秋田県の五城目町、人口8307人くらい(2021年12月推定値)という小さな町が取り上げられている。500年近い歴史を持ち、500年近く続く朝市、城館跡、古民家集落など日本の原風景を今に残す魅力のある町である。しかし、コロナ禍の影響もあってか、観光客も少なく、住民数の減少が続いている。この町の人口は1990年以来、ほとんど半減、しかも住民の半数以上は65歳を越えている。そして、このイメージは日本の近未来と重なっている。


五城目町と全国の年齢別人口分布(2005年)五城目町の年齢・男女別人口分布(2005年)
■紫色 ― 五城目町
■緑色 ― 日本全国
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性
出所:Wikipedia 五城目町

縦軸:年齢グループ、横軸:人数
最上掲の日本全体とは年齢軸が逆になっていることにご注意
出所:五城目町HP


かつて The Economist誌は「信じられないほど小さくなる国」と題して、日本を特集した。人口減少が止まることなく進行している。反転の可能性はあるのだろうか。もしあるとすれば、いつのことで、何が反転の機運となりうるだろうか。筆者は幸いこの世にいないので心配することもないのだが、同様の記事を見るたびにやはり気になってしまう。

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N.B.
人口は年齢増加(長寿)と出生率の減少の二つの相乗結果である。2020年、日本の出生数は1899年いこう、史上最低の840,832人に過ぎなかった。他方、死亡数は1,372,648人で、自然増減数は531,816人で、これまでの最大の減少となる。自然増減率は4.3で数率共に14年連続減少、低下となった。
(厚生省人口動態統計月報年計概数)
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新成人を制度的に作り出しても、この実態はほとんど変わらない。2018年に制定された新制度で2022年4月から成年年齢が20歳から18歳へ引き下げられる。これでおよそ200万人の新成人が一夜にして生まれることになる。これは成人の下限が1876年に定められて以来の制度改正になる。そして選挙権が2016年から20歳から18歳となった。

制度上で成人の範囲を拡大したところで、日本の高齢化の構造が変わるわけではない。日本ではすでに29%以上が65歳以上である。ちなみに、イタリアでは23%、アメリカ17%、イギリス19%となる。

日本のベビーブーマーの高齢化はとりわけ顕著だ。1947-49年生まれのコーホートのおよそ8百万人が来年には75歳以上になる。

日本では65-69歳のほとんど半分、70-74歳層の約3分の1が働いている。日本老年学会では65-74歳層は”pre-old”と呼ぶべきだと提唱している。しかし、75歳以上では構図が大きく変わる。仕事についているのは、10%と急減する。

こうした状況は、ほぼ既知のことであり、これまでもさまざまな対応がなされてきた。地域の例として挙げられた五城目町の場合も、ふるさと納税をはじめ、地域おこしの努力を行ってきた。しかし、コロナ禍が続く中で、リモートワークなど、地域の制約を解き放す変化も進行してはいるが、流出人口の抑制に有効なほどの変化は生まれていない。観光客の増加にも限度があり、人口減少、高齢化進行に歯止めをかけるほどの効果を生み出すことは、極めて難しい。

全国レヴェルで見ても外国人の受け入れ数は、産業維持に欠かせない数にまで達している。労働力不足に対応するために、さらに受け入れ増が必要になるが、解決すべき問題は増え、一筋縄ではゆかない。ロボットから税金をとる日は案外近いかもしれない。

追記(2022/01/15):
「スポチカラ:秋田ノーザン・ハピネッツ」NHK BS1 (2022年1月15日再放送)は、バスケットチームの力で地域再生を目指す、秋田県民の努力を興味深く提示している。




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ニューノーマルの入口に立って

2022年01月05日 | 午後のティールーム


ウイルヘルム・ハマスホイ 《Interior. Young woman seen from Behind》

扉の向こうにはなにが

「ニューノーマル」が生まれるまで
2019年末、中国武漢に発したと思われる新型コロナウイルスCV-19は、世界的規模に感染・拡大し、次々と変異株を生み出した。2021年にはオミクロン株という聞きなれない名前の変異株が世界を席巻し、新年になっても収束の見通しは見えてこない。アメリカでの感染者数は新年早々1月には200万人を越え、日本でも全国で2600人を越えた。第6波の到来は不可避な状況を呈している。旧年末には、日本はなんとかオミクロン株の感染拡大を抑え込んだのではないかとの見方が高まったのだが、期待は脆くも裏切られた。

多くの混迷と混乱が世界を覆っている。新型コロナウイルスの感染範囲は世界的範囲に及び、限られた地域の病気 endemic ではなくなった。人々はコロナとの絶え間ない戦いに翻弄され、疲れ切って、安定ともいうべき状態を希求するようになっている。

新型コロナウイルスの感染拡大に先立って、今世紀初めの頃から「ニューノーマル」New Normal (新常態)*という新たな概念が提示されるようになった。この新しい概念の意味する内容に少し立ち入ってみたい。材料として、前回提示した The Economist の短い論説をひとつの素材としてみよう。

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N.B.
元来、このNew Normal 「新常態」「新規範」という新語は、2007年から 2008年にかけての リーマンショックとして現れた世界金融危機後の産業社会の本質について述べられた概念といわれる。しかし、その後2020年年初からの新型コロナウイルス感染症(COVID-19)がパンデミック(世界的な大流行)にいたっているとのWHOテドロス事務局長の認識などもあって、このニューノーマルなる概念は金融界を超えてさらに広い意味で使われるようになった。しかし、その概念は十分確定したものではない。
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時代を変えた9.11:世界は予測不可能に
このブログでも再三記したように、2001年9月11日の同時多発テロの勃発は、その後の世界を大きく変えた。人々の記憶は移ろいやすいが、この出来事の後、しばらく空の旅は不安とリスクに満ちたものとなった。ロックされたコックピットのドア、武装した航空保安官、液体ボトル、刃物、ラップトップなどの機内持ち込み禁止などの規制を思い起こしてほしい。この同時多発テロ以後、何が起きるかわからないという意識が人々の間に忍び込んだ。予測できないことが頻発する時代になったという感覚は、この頃を境に強まった。それを裏付けるように、9.11の後、リーマンショックが起き、金融界のみならず、産業界全般に不安定感が浸透した。

新型コロナウイルスによるパンデミックはこの延長線上に起きた。2020年年初から既に2年間、世界の人々はマスクの着用を強制され、旅行の制限、禁止、ロックダウン、ワクチン接種証明など、変異株の出現ごとに多くの規制に縛られた社会に生きることを強いられている。これらは、疾病と共に生きるために支払う価格と言えるかもしれない。

さらに、地球規模の気象変動への危機感、アメリカ・中国という2大スーパーパワーの関係悪化などもあって、地球自体が著しく狭小化したことを人々は認識することになった。

パンデミックが変えた世界
コロナ禍は2022年に入っても、収束し消え去る気配はない。ポストコロナの時代に持ち越されるとみられる変化の数々が挙げられている。その内のいくつかは、AIなど新技術の変化、ロボット化、巨大IT企業の影響力拡大など、コロナ禍の発生以前から進行していた変化も含まれている。オンラインに代表される働き方の変化、学校教育や医療システムにもたらされる変化、デジタルノマドなど、社会のほとんどの領域にわたり数多い。

こうした諸変化が一体となって、人々の考え方も変え、以前とは明らかに異なった時代になったと思わせる新たな状態を生み出し、世界に根づきつつある。New Normal「新常態」ともいうべき時代を画する規範の域にまで及びつつある。後世の歴史家が現段階をいかに位置づけるかは別として、明らかに新時代を画する諸変化が次第に根付き、新たな地盤変化をもたらし、人々の考えや生活スタイルに影響する規範ともいうべき変化が起きている。注目すべきは、パンデミックがアクセルの役を果たし、コロナ禍以前から進行していた変化を大きく押し進めたことである。リモートワークでの仕事や教育は、パンデミックの後押しで急速に進んだ。デジタル革命がその背後で進行している。仕事の2極化も大きな注目点だ。多くの先進国で中間層の崩壊が進む。その先にはいかなる光景が広がるのだろうか。

ニューノーマル時代の特徴
コロナ禍後、世界はより安定した時代へ戻れるだろうか。世界は2020年以前の時代へ戻れるだろうか。戻れると考える人々は恐らく極めて少ないだろう。ノスタルジックに過ぎる望みともいえる。新型コロナ感染がもたらした諸変化はあまりに大きく、2020年前に一部が復元したとしても、中核的部分は不可逆的なものとして根を下ろすだろう。時代は大きな境界を越えたといえる。

閾値を過ぎると、どんな小さな一押しでも古い均衡から外れ、新たな次元の均衡へと進むことができる。半分開きかけた扉を軽く押すような感じ(nudge)である。しかし、その扉が再び閉ざされることはない。現在、世界が立っているパンデミックの時代はいわばドアの入り口であり、そこを通り抜けると戻ることがない。

コロナ禍後、ニューノーマルの時代に指摘できることは、時代の不透明性が強まるということだろう。今日世界が直面している状態では、かなりの事象が「予測不可能であること」を予測できる時代が到来していることが特徴として認められる。予測技術の進歩によって、かなり正確に近未来の変化を予測できる可能性も高まっている。その反面で、新型コロナウイルスのように、予測できない事象で世界が揺り動かされるという時代が生まれている。


Reference
’The new normal’ The Economist, December 18 -31st December 2021
James K. Galbraith, The End of Normal, New York: Simon & Schuster, 2014

追記(2022/01/09)
本ブログ中の関連記事は多いが、差し当たり下記を参照いただきたい。

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