<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

若い人たちの演奏会もいいだろう 活気があって

2018年02月04日 12時19分37秒 | Weblog

小雪が風に舞っている。風の勢いが激しい。激しく舞っている。おお、寒かろう、外に出れば。今日はお昼から単独高等学校の吹奏楽演奏会を聞きに行く。娘に頼まれて。しぶしぶ。500円の入場料。若い人たちの演奏もいいだろう。活気があって。文化会館の一番広いホールだが、閑散としたものだろう。この嵐じゃ。

 

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ああ、弟よ、きみに泣く

2018年02月04日 08時30分26秒 | Weblog

今年も、サザンカが咲いて咲いて、木の発する生命エネルギーをあふれさせて、あかあかとふくらんでいる。4年前になるが、花バサミで百千ものサザンカ花明かりをこしらえ、見送る人たちに頼んで弟の棺にならべてもらい、遺体あまねくあかあかに飾ってあげた。弟の顔がぽっと明るくなった。

その日から、しかし、もう弟とは遊んでいない。一度も。何処へ行ったんだろう。お浄土に決まっている。そこは此処よりかいいところだ、ずっとずっといいところに決まっている。だから、残された者が泣くことはない。そうは分かっていても、でも、さみしい。あれこれのことがついつい思い出されてしまう。口喧嘩もしてたのに、居なくなってしまうと、こうだ。

しくしくしているしかない。何しろ遊ぶ相手がいないのだ。いっしょに飯も食えない、盃を酌み交わすこともない。日本仏教の祖師方のご苦労の話をして、止まなくなって、夜更かしをする、そういうことももうない。「おおい、兄貴、いるか」「今夜は寒い、鶏鍋をしよう」「明日は温泉にでも行ってゆっくりあたたまろう」ということにもならない。ずっと一人で居る。「おおい、兄貴、いるか」の声を待っている。

弟の着古したズボンを譲ってもらった。弟はスポーツ万能だったから、骨太だった、でかかった。足元もお尻周りも余ってしようがない。痩せの兄貴では、ぶかぶかしている。それを履いている。小さい頃に一緒に遊んだ山や川、丘や原、行くところ行くところに思い出がある。それにすぐに捕まってしまう。ああ、弟よ、きみに泣く。泣かされてしまう。生きているときにはこういうことはなかった。笑い合っていた。口論もしたが、いつしかまたいっしょになって遊んでいた。何処へ行ってしまったんだろう? ふっとその疑問が海原の波を作って寄せて来る。

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