徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

小林幸子の結婚

2011-09-01 17:49:27 | 音楽芸能
 あれはたしか僕が大学に入った年だったから東京オリンピックがあった昭和39年のことだ。僕は川崎の木月町というところにあった大学の水泳部寮に住んでいた。寮にはプールが隣接しており、夏の間は一般公開もしていたので小中学生たちがよく遊びに来た。その中に特に頻繁に顔を見せる3、4人の少女グループがいた。僕の一級上に子どもの面倒見がよい先輩がいて、彼女らはいつもその先輩を頼って遊びに来た。都会っ子らしく快活にしゃべる娘たちの中に一人だけ無口な女の子がいた。先輩の話では、最近新潟から出てきたのだという。「ほら、コバヤシサチコって知ってるだろ、アレのお姉ちゃんだよ」と先輩は付け加えた。「コバヤシサチコ」という名前には聞き覚えがあった。たしか10歳になるかならないかくらいの演歌歌手で「美空ひばりの再来」とか言われていたような。それ以来、その「コバヤシサチコの姉」のことが気になるようになった。しかし、それからしばらくしてプールのシーズンが終わり、秋になるとともに女の子たちも見かけなくなった。
 後年、小林幸子さんがその当時のことを語っているのを雑誌で読んだことがある。歌手を夢見て9歳の時に新潟から上京し、一人暮らしをしていたこと。実家の家業が新潟地震で出来なくなり、両親と姉二人が彼女の住まいに同居するようになったこと。わずか10歳の彼女が家族の生計を支えるため必死に働いたこと。デビュー曲の「ウソツキ鴎」はヒットしたものの、それ以降は鳴かず飛ばずが続き、生活は食うや食わずの困窮を極めたこと、等々。テレビのワイドショーが小林幸子の結婚を伝えているのを眺めながら、そんな遠い日のことを考えていた。


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