【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

子役

2011-09-28 18:54:23 | Weblog

 「演技」は「本来の自分ではない存在になりきる」行為です。すると「天才子役」は恐いことをやっていることになります。まだ自我が確立していない(「本来の自分」ができていない)人が「本来の自分ではない存在」をきっちり演じるわけですから。

【ただいま読書中】『戦艦ビスマルク発見』ロバート・D・バラード 著、 高橋健次 訳、 文藝春秋、1993年、5825円(税別)

 表紙カバーには、海底に横たわる戦艦ビスマルクの姿が大きく描かれています。その上には、ビスマルクの前部甲板に大きく描かれた逆卍(スワスチカ)を探照灯で照らす探査船の小さな姿が。素晴らしい絵です。
 1985年に海底のタイタニック号を発見した著者のチームが次のターゲットとしたのがビスマルクでした。
 話は1940年に遡ります。ドイツの最新鋭戦艦ビスマルクは、当時ドイツ海軍で最高の火力を誇る戦艦でした。新兵(ほとんどが志願兵)が集められ、厳しい訓練が始まります。
 そして1988年、著者はぎりぎりの瀬戸際にいました。タイタニックで獲得した名声は危機にあります。かつてはウッズホール海洋研究所の科学者(海洋地質学者)だった著者は独立して海洋探険センターを設立し、資金集めに奔走しなければならない立場なのです。探険の母船となるスタレラ号は老朽のトロール漁船で、クレーンは油漏れがします。そのクレーンが、5000メートル下の海底を走査する無人探査機「アルゴ」をぶら下げ、海底の地形に沿って上下させているのです。もし不具合が起きてケーブルが切れたら、50万ドルがパアです。さらにスタッフに著者の19歳の息子トッドが加わっていることも事情を複雑にします。著者はことばを選んでいますが、どうも二人の間にはなにか問題がある様子です。そしてこの年の探索は、失敗に終わります。著者は言います。「第一ラウンドはビスマルクが勝った」。
 1941年ライン作戦が開始されます。ヒトラーは戦艦を英米間の通商路破壊に投入します。それだったら、同じ資源をUボート、あるいは空母に投入していたら、もっと効率的に作戦が遂行できたはずなのですが、これは後知恵というものでしょう。日本も戦艦大和に夢中になっていた時代です。
 チャーチルは苦悩していました。クレタ島でドイツ軍の降下作戦が始まっています。そこで大西洋の通商路が大損害を受けたら、イギリスには致命的な損害です。ただ……これがアメリカ参戦を促すという“メリット”があるかもしれない、という計算もチャーチルには働いていました。しかしそれまでは英海軍がドイツ戦隊を阻止する必要があります。巡洋艦がビスマルクを追尾し、主力艦(第一次世界大戦直後に進水した英海軍の“象徴”(実は老朽)戦艦フッドとできたての(実はまだ未完成の)プリンス・オブ・ウェールズ)の到着を待ちました。ただイギリスには新型長距離レーダーがありました。これで奇襲ができるはずですが……戦争というのは“想定外”の連続です。双方の指揮官とも予想外の形で砲撃戦が始まりますが、数回の斉射でフッドは撃沈してしまいます。1419人の乗員で助かったのは3人でした。ただ、ビスマルクも傷を負っていました。動きが鈍ったビスマルクに空母から発進したソードフィッシュ(なんと複葉機)が襲いかかり、舵を破壊します。そして英艦4隻による包囲。1時間半の戦闘で総計2876発の砲弾がビスマルクに向けて発射されました。ビスマルクはそれに耐えて浮かび続けたのです。しかし、最期の時が来ます。
 そして1989年。著者がビスマルク探索に使える日数はわずかに10日間でした。資金がそれだけだったのです。虚しい探索が続き、海底の泥土を眺めるのもルーティンワークとなった日に、まずは破片、そしてもっと多くの破片、何か重いものが引き起こした地すべりの跡、海底に散らばるブーツ、そして主砲塔。一つ一つの破片に飛びつきたくなる気持ちを抑えて、著者は海底を系統立って探索し続けます。そしてついに、ビスマルクは二回目の“発見”をされたのです(ちょうどそのとき、中国の天安門広場で虐殺が行なわれた、というニュースが船に飛び込んできました)。探査チームにとって、ビスマルクは「発見するべきトロフィー」ではすでにありませんでした。海底のブーツを発見した時から、そこにはかつて生きていた人間がいたことが、実感としてわかるようになっていたのです。海底に横たわるのは錆びた鉄の塊ではなくて、生きていた(生きている)人びとの物語、歴史の断片なのです。そして著者は、巻尾で「若くして命を失った者たちすべて」に盃を捧げます。その中には著者自身の個人的な物語も入っているのですが、それについては本書をお読みください。私は痛切な思いに胸が締めつけられました。