【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

避難の呼びかけ

2011-09-01 18:41:08 | Weblog

 「高台に避難をしてください」と呼びかけて回っている人は、低いところにいます。

【ただいま読書中】『日本の対外行動 ──開国から冷戦後までの盛衰の分析』小野直樹 著、 ミネルヴァ書房、2011年、6000円(税別)

 19世紀のヨーロッパは、お互い縁戚関係にある王制の列強(+フランス)によって作られた“国際システム”によって、割合安定した世界となっていました。アメリカは建国がまだ終わらず(カリフォルニア併合は1848年)さらに南北戦争もあって“世界”とはほとんど没交渉でした。そこに日本が参入したわけですが、丁度その頃は「英国の没落」と「独逸の興隆」とが重なった時代でした。産業革命や自由を求める市民運動など、各国の事情の違いがお互いに影響し合い、世界は第一次世界大戦へとなだれ込んでいくのです。
 その頃の「東アジア」の姿は今とはずいぶん違っていました。その南半分はほとんどが列強の植民地となっており、国際政治的には「東南アジア」は存在しなかったのです。「東アジア」は清朝を中心とした世界と、そこから独立(孤立)した日本で構成されていました。(「鎖国」は、ヨーロッパよりは中国から離れる効果の方が大きかったのかもしれない、と私には思えます) 日本は、欧米列強と、中華帝国と、その両方の国際システムに最初は「小国」としてデビューしたのです。列強の足並みもバラバラです。英国は経済重視、仏露は領土拡張の野心満々。ドイツが統一されて大英帝国を脅かすほどの経済成長をするのは19世紀後半のことです。そんな情勢の「東アジア」で「小国」の「最善の選択肢」は何でしょう? 著者は「欧米とは対立を避け、中国とは距離を置く」が最善とします。なんとか時間を稼いで経済と軍事を充実させるべき、と。そして、実際に明治政府が選択したのも“その道”でした。
 第一次世界大戦までの日本の対外政策はおおむね“成功”でした。しかしそこから第二次世界大戦までは“失敗”と評価できます。ではその原因は? 明治の元勲の意外な“効能”がここでは述べられます。
 戦間期(二つの大戦の間の時期)、ヨーロッパは混乱していました。ロシア革命・全体主義の勃興(ドイツ、イタリア、スペイン)・国民の間での社会主義や全体主義への関心・世界不況……ヨーロッパ列強による多極型の国際システムは、19世紀には安定をもたらしましたが、20世紀には破綻していたのです。そのため「西欧」の関心は「西欧の内側」に向いてしまいます。そして、そこに登場したのが「米国」。ヨーロッパ諸国は米国の主張に耳は貸しませんが、その主張や影響力をまったく無視することはできなくなっていました。しかし米国自身、その影響力をどう使うかには不慣れでした。日本も急成長していました。人口規模では西欧“列強”を抜いていましたが、経済規模ではまだまだ“中流”、つまり国民の所得水準が非常に低い、という国でした。ただ、軍事力の差は経済力の差よりは小さいものでした。ただ、東アジア唯一の工業国、というユニークさによって「列強並み」の扱いが与えられていたのです。「ローカルの強国」です。したがって、その影響力を東アジアに制限するために、ワシントン条約では「海軍力」が制限されます。
 ここでの日本の最善の道は? 中国は内乱状態です。しかもナショナリズムが台頭しています。そこに武力行使をすることは可能ですが、きちんとした政府を攻撃するのとははるかに大きな困難さが予想されます。パワーバランスを考えても、米国とソ連とは協調路線を採る方が得策です。しかし、実際に日本が行なったのは……
 冷戦下での日本のキーワードは「経済成長」と「平和ぼけ」です。米ソは政治的・経済的には対立していましたが、軍事的には正面対決を避け、ローカルな紛争にそれぞれ介入することを続けていました。世界各地でのナショナリズムの活発化や植民地の独立運動や民族対立がこれでややこしいことになります。本書では「55年体制」の政治的な構造について面白い分析が示されていますが、日米の同盟がほとんど共依存の関係であることも興味深いものです。ただ、日本は豊かになり国際的な地位も向上したのですから、この時代の日本の対外行動は「成功」と言えます。
 そして冷戦後。ここで話題の中心になるのは、失調気味の米国です。問題はどんどん「グローバル化(地球規模問題)」となっていますが、それへの対応が適確とは言えませんし、政権が変るごとに方針が揺らぎます。そして日本はそれ以上に……
 本書は、日本の対外行動が「成功」か「失敗」か、だけを論じる本ではありません。なぜ成功したのか、なぜ失敗したのか、その原因を分析してあります。面白いのは、たとえ「失敗」の時期でも国内にはちゃんと「成功への選択肢」を求める見解が存在していたことです。だったらなぜそれを無視したのか、その「国内事情」を論じています。私にとって面白いのは、正確な情報の分析や論理的な選択の前に「(真の意味での)危機感」が存在するかどうかが重要、という指摘です。世間一般の印象論とは違った意味で「危機感」が使われているので、詳しくは本書をお読みください。